この勝負に挑んでいるのか、して何故勝利を目指すのかを
しっかり説明する事、そしてその理由には本当に
様々あるという事を読者に解ってもらうと言う点でした。
特に妖の様に『対戦相手にも思い入れがある』人物の葛藤と
建前・本音の間で揺れる彼女の気持ちを
表現するのは難しかったですが、それが伝わってくれていれば幸いです。
【2010年 8月8日 午前10時 東京都 プラナス本社ビル内 黒の部屋】
試合開始時刻になった事を伝える様に、音楽が部屋内に流れ始めた。
「美香様が選曲したものです。
『リストの再来』と呼ばれた零さんを送る為に用意した曲……
リストの『レクイエム』。
魂の安息を願う鎮魂歌(レクイエム)として、まさにうってつけだとは思いませんか?」
ピアノ曲に改変されたメロディは数十秒間鳴り続け、その後部屋はまた静けさを取り戻す。
「それでは、私とあかりさんの試合を開始する事にしましょう。
準備は宜しいですか?」
「ええ、何時でも構わないわ」
あかりは筐体を間に挟む形で妖と向かい合い、椅子に座った。
「この1試合が、大きな意味を持つ事になります。
貴方にとっても、私にとっても。
そして、美香様にとっても」
キャラクター選択画面で2人は己が最も得意とするキャラクターを選択し、画面が暗転する。
火村あかりが選んだのはサイファ、妖が選んだのはカーミラだった。
『REAL DEATHGAME START!』
何度聞いたか解らない試合開始を告げる台詞。
スタートと同時に攻めを選択したのはカーミラの方だった。
ZERO SECONDに移行した事により、キャラクターの性能は見直され、変更点もあるが基本的な立ち回り方に大きな変化は無い。
(とにかく、相手を寄せ付けない事。
相手の遠距離技はダメージを与えられないし、こっちは大きなダメージを与えられる。
無理に走ってきたらカウンターで『毒の血』を発動。
ミッションを完遂すれば私が勝つ。必ず……!)
様子見とばかりに後ろに下がったサイファに蝙蝠を飛ばしながら、相手を近付かせない様に動いていく。
一方サイファの方は飛んでくる蝙蝠をしっかりとガードしつつ近付く隙を伺っていた。
(近距離で猛打しなければサイファは勝てない。
相手は近付かせない様に戦い、私が無理に近付こうとすればカウンターを狙ってくる。
ただ攻撃するだけで無く、投げや溜めキックも選択肢に入れて動かなきゃ……)
両者共に負けられない試合であるだけに、無茶な飛び込みは出来ない。
睨み合う様な展開が続き、20秒が経過した。
「ココで勇気が無いと、勝てないわ!」
蝙蝠をガードした後、カーミラが飛び退る事を予期して走り、着地した瞬間に合わせてジャンプ蹴りを行う。
カーミラも決死のガードでこの危機を何とか回避すると、相手の猛攻を防ぐ為に衝撃波で相手を吹き飛ばした。
「今のは危なかったですよ、あかりさん」
近距離が得意なキャラクターであれば仕掛けに行く所だが、あくまでカーミラは逃げながらの遠距離攻撃を徹底する。
飛び道具で攻撃した方がより大きなダメージを与えられるのだから、この行動は当然だった。
(時間切れでのHP勝ちを相手も意識している……
妖ちゃんの隙を突かないと勝てない。
最悪の場合、相手のHPがほぼ満タンの状態で第2ラウンドに突入してしまう可能性もある)
あかりは相手を前がかりにさせる必要があった。
今の状況ではカーミラはのらりくらりと攻撃を避けるかガードして、相手の疲弊を待つだけで良い。
ダメージを与えて、相手に攻めの意識を植え付ける事。
あかりはそれだけを考えなければならなかった。
「毒の血がある事を忘れないでくださいね」
「解っていても、行かなきゃいけないでしょ!」
カウンターのリスクを考慮しても、この不利を無理やり引っくり返さなければ勝機は無い。
フィールドの中央付近でやり合い、相手に『反撃のチャンス』と思わせる瞬間を待った。
一切相手を突き放せると言う色気を見せず、消極的な動きを貫くカーミラ。
「そこッ!」
僅かなダメージながら的確なタイミングで炎を飛ばし、カーミラに当てる。
怯んだ所でサイファが一気に畳みかけたが、フィールドの端でのやり取りでは無かった為カーミラは後退する事で窮地を脱しようとした。
だが、あまりにも消極的過ぎるその判断が、サイファに勢いを与えてしまう。
後ろに飛んで回避しようとしたカーミラの動きとダッシュして追いすがろうとするサイファの動きが綺麗に噛み合い、攻撃が通った。
「守ってばかりじゃ勝てないわよ!」
丁度フィールドの右端でコンボが始まってしまったのが妖にとっては痛恨だった。
ダッシュ蹴り→弱パンチ→弱パンチ→上段蹴り→強パンチと近接技が綺麗に決まった為、HPの3分の1が消えてしまう。
倒れた所からの起き攻めは素直にならずずらして攻撃を繰り出したが、しっかり見えていた為カーミラの反撃が通った。
「私の窮地はチャンスでもある。
相手の猛攻を回避しつつダメージを与える事が出来ますよ!」
至近距離で無いと当たらない毒の血がまともに当たってしまい、サイファは追撃を諦めた。
「これで試合の流れが変わったわね」
HPの減少及びスピードが遅くなると言うペナルティは、今までの構図を逆転させてしまうものだ。
ここぞとばかりに攻めてくるカーミラと、毒の血の効果が消えるまでひたすら耐えるサイファ。
だが守りに徹すると言う妖の意識を変えたと言う点では、あかりが有利に立った様に見えていた。
残り20秒の時点で相手が毒の血を喰らったが、体力ではサイファの方が有利。
その差はそこまで広がってはいないものの、妖の『追い付かなければ』と言う焦りはプレイングにも影響をおよぼしてくる。
「ココで決めなければ勝機はありません!」
自分を奮い立たせるかの様にそう言うと、動きの鈍ったサイファに近付くカーミラ。
あかりの方は逆に開き直った立ち回りを選択するしかなかった。
不利な局面が有利になるまで逃げるか耐える。
(何かをする時の行動全てが遅くなる。
ガードする為の時間も何時もより遅い。
通常の感覚のままやってると攻撃を受けてしまうから、早め早めの行動が求められる)
毒の血状態になっている時にジャンプしてしまうのは自殺行為だ。
移動もままならない状態のまま守備に徹しなければならない。
だがあかりはジャンプ下段攻撃からの猛攻を防ぎ切ってみせた。
(悔しいけれど、よく見えている。
私の攻撃に対応したボタンを押して防ぐ必要があるのに、全部読まれた)
攻めあぐねた所で投げを行おうとするが空振り、発動の遅い衝撃波で吹き飛ばされる。
決定打にならない攻撃を続けようとして前がかりになるが、ココでサイファの毒の血状態が治った。
「全部何とか防いだけど、固定で入るダメージ減だけはどうにもならないわね」
あかりが若干リードを取っているが、最早1発が当たれば簡単にひっくり返ってしまう程の差でしか無い。
妖は何としても攻撃を入れたかったが、相手のスピードが戻っている以上そこまでアグレッシブに戦う事は出来なかった。
(ココでどう動くべきか……
相手の攻撃を誘ってやり返すのも良い。
敢えて私から攻めに行くのも間違いじゃない。
一度消極的な動きを取れば残り時間の関係上、スタイルを変更している余裕は無いですが……)
その一瞬の逡巡がカーミラの動きとなって現れる。
サイファは相手の隙を逃さず叩きに行った。
ジャンプした直後下方向に炎を放ち、それが当たった瞬間に近付こうとしたがあかりは何かを感じ深追いするのを止める。
「もう1回毒の血を受けてしまう可能性がある以上、冒険は出来ないわね」
逆に妖は肩透かしを食らってしまい、反撃からのカウンターが発動出来なくなった事を悔やんだ。
(やはり、あかりさんを勢いづかせるべきでは無かった。
HPで有利になっている以上、リスクを取ってでも攻めなければいけないのは私の方なのに)
反撃を行う時間はあまり残っていない。
だが相手の牽制が枷となり前に出ていけない状態のままラウンドが終了した。
「これが、5年間で差を生み出した証明と言う事ですか」
「全国大会でベスト4にもなれなかった時は正直貴方より実力は下だったわ。
でも豊がパソコンやノートに残していた戦術や駆け引きのやり方を5年間かけて全部吸収した。
今の私は全国大会に出ていないから成績を残しているワケでは無いけれど、強くはなっているのよ」
あかりはHPの半分以上を残して次に進み、妖はもう後が無い状況へと追い込まれた。
(貴方の後ろには……豊さんが立っているんですね。
私の後ろには御嬢様が立ってくれているハズ。
美香様には悪いけれど、私は御嬢様の為に勝つ。
絶対に諦めはしない!)
第2ラウンド開始直後、再び妖には選択肢が用意されていた。
このHPの差をどう利用するべきかと言う事である。
逃げるべきか、突き放すべきか。
(どちらを選択してもリスクがある事には変わりが無い。
1つハッキリしているのは、もう余計なダメージを受ける余裕は無いと言う事。
覚悟を決めて、逃げて守る。
余裕があれば毒の血を浴びせてさらに逃げる!)
ノーダメージで互角の状態へ持ち込む為に、妖は逃げ続ける道を選択した。
勿論、サイファ相手にノーダメージが難しい事は承知している。
それでもこの状況に陥ってしまった以上はやるしかない。
妖は腹を括って、サイファの攻撃を全て防ぐ覚悟を決めた。
「さぁ、行くわよ!」
闇雲に突っ込む事は出来ない以上、あかりもまずは牽制から入る事になる。
蝙蝠と炎の飛ばし合いはある意味両者の火花の散らし合いでもあった。
(うーん……妖ちゃんがガードを固めてしまっている以上、近付く事自体が難しいわね。
遠距離攻撃同士の戦いになるとこっちが負けちゃうし……
どうしようかしら)
近接攻撃に優れているサイファの利点を活かしたいが、毒の血を受けるリスクをはらんでいる。
一転してビハインドを背負う事になったあかりであったが、気持ちは妖より楽ではあった。
妖はもう絶対にダメージを負えないが、あかりは1本ゲージを残しているからである。
「簡単にはやられませんよ。
最終ラウンドに繋いで、体力差で逃げ切ってみせます」
妖の決意は相当なものであった。
中距離でも危険を感じる程のオーラに満ちている。
それでもあかりは相手の着地時に発生する硬直に合わせて飛び込もうとしていた。
蝙蝠でダメージを喰らっても突っ込む覚悟で相手の蝙蝠を避けると、相手を端へ押し込む。
(どう来る。跳躍?地面からの蹴り?
近距離炎での怯ませ?投げ?
複数選択肢があろうとも、ココは集中して防ぎ切る。
チャンスがあれば衝撃波で猛攻を止める)
妖の鉄壁のガードを何としても崩したい。
だがあかりはカーミラが前に出ようとした為面食らった。
(セオリーから外れる事で私の攻撃をずらすつもり?
そうはいかないわ)
思い直して攻撃しようとした時には既に相手の投げを喰らっている。
サイファが近付き過ぎていた為、カーミラにしてみれば最低限の動きで投げる事が出来た。
相手がダウンしても起き攻めを選択せず、徹底的に逃げる。
互いに攻め手を欠いたまま30秒が経過しようとしていた。
一本筋が通った立ち回りは、武器になり得る。
あかりはそれを痛感させられた。
(駄目よ、ココでノーダメージだけは。
相手に勢いを与えてしまう。
向こうの自信と勇気は私の弱気と諦念を生んでしまうんだから。
この悪い流れを何とかして変えないと)
焦りは禁物であるが、もう焦らなければならない残り時間である事もまた事実だ。
妖がココで逃げ切れば試合の流れは一気に妖側へと傾いてしまう。
彼女の堅守を何としてもこじ開けなければならなかった。
(これは、勝ちが見えてきましたよ!御嬢様。
最初はどうなる事かと思いましたが……
逃げ切る事が出来れば勝てるでしょう。
色気を見せずに徹頭徹尾逃げ続けます!)
妖は天国にいるであろう桜華の事を思ったが、目の前の試合への集中を怠ってはいなかった。
あかりは再度相手に近付こうとしたが、毒の血を受けるリスクがあり無理に攻め込む事が出来ない。
それでも無理やり突っ込んだが軽く衝撃波でいなされフィールドの端へと吹き飛ばされた。
「やるじゃないの、妖ちゃん」
「貴方が5年間の間に成長した様に、私も美香様と共に練習を続けていたんですよ。
全国大会での優勝は出来ませんでしたが、安定した成績を残してきました。
このラウンド、貴方を抑え続ける事が出来れば私の勝ちです!」
起き上がったサイファの炎攻撃を避けつつ、前に出るフリをして相手を惑わす。
集中が途切れそうになる終了間際が一番危険な時間帯である事はしっかりと理解していた。
(この1試合に、私の情熱と知恵を全て注ぎ込む。
絶対に勝つ!)
妖の強い決意。
その強過ぎる決意はプレッシャーとなる。
彼女は自分自身に心理的な圧力を加えてしまっていた。
上からやってきたサイファの攻撃を後ずさりで回避し、毒の血でカウンターを仕掛けようとする。
この局面で決まれば間違いなく勝てる。
そう判断した妖であったが、あまりにも熱くなりすぎた。
「ココは止めなきゃ始まらないわ!」
毒の血の発動直前に超必殺技を発動し、炎の拳の乱打で相手のHPを削っていく。
HPが潤沢に残っている状態での必殺技は威力が低くなるが、それでもHPを3分の1程奪った。
「あ……」
決意が無駄になると、人間は緊張の糸が切れてしまうものだ。
妖も例外では無く、倒れた後での起き攻めの処理を失敗しさらにダメージを受けてしまう。
体力が2分の1以下になりサイファとの体力差が逆転。
逃げに徹してきたのが仇となり、第2ラウンドでビハインドを背負う形となってしまった。
残り10秒。差は無いが今度は何としても妖が攻撃を仕掛けていかなければならない。
「今は、泣く時じゃない!」
涙を滲ませながらも、妖の心は完全に折れたワケでは無かった。
あかりも妖にダメージを与え、心の何処かに隙が生まれていた為カーミラの接近を許してしまう。
あかりも軽率なガードで乗り切ろうとしたが、妖の鬼気迫る勢いに圧倒され捌き切る事が出来ない。
超必殺技、大量の血を浴びせて動けなくなった所に爪での一撃を入れる攻撃でカーミラがサイファをダウンさせラウンドを取った。
意地の一撃だった。
この超必殺技が防がれていたら、妖の敗北は確定していただろう。
だが僅かな望みを繋いだ。
お互いに必殺技を使ってしまった最終ラウンド。
凄まじい消耗戦になる事は解り切っている。
妖は2分の1以下にまで減った体力の差を取り返さなければならなかった。
「妖ちゃん……粘るわね。
私も今のは決まると思ったわ」
「泣くのは……嬉し涙を流す時です。
絶対に負けられません。御嬢様の為にも!」
切れてしまった緊張の糸。
崩れそうになる心を何とか立て直し、妖は最後の戦いに挑む。
スピードと近接攻撃に優れるサイファ相手に攻めるのは分が悪いが、最早そんな事を言っている場合では無かった。
(正直、もう半分負けている。
向こうはこの勢いのまま攻めてくるでしょう。
ですが、希望が残っている限りは諦めません。
私自身が何とか掴んだチャンス。
この望みを最終戦に繋げます。
あかりさんに勝つと言う役目を果たさなければ!)
気合を入れ直し、強い意志を取り戻した妖。
あかりはこの状態の妖と真っ向勝負を繰り広げるのは避けたかった。
(妖ちゃんが崩れた時にはもう8割方勝ったと思ったけど、解らなくなってしまったわ。
相手のHPが少なく前がかりになるとは言え、勢いに呑まれればこの有利もあっと言う間に無くなってしまう。
超必殺技が互いに残っていないから大崩れの可能性が消えたのが救いと言えば救いだけれど……)
今度は相手が開き直って攻めてくる。
HPで有利に立つまでは首を取る勢いで向かってくるだろう。
あかりはそう考え、自分から積極的に攻める道を選択した。
「一気に決めるわよ!」
最終ラウンド。
もう1つのミスも許されないと言う状況の中、試合はどうしても膠着する。
攻めきれない、近付けないと言う状態が続き、牽制合戦の末20秒が経過した。
軽はずみには攻められないが、相手に攻めの意識がある以上その勢いを削ぎたい。
サイファが少しずつ相手を端へと押し込み、それを防ぐ為にカーミラが粘ると言う状況が発生した。
(場を制圧されれば負けは確定。
押し込まれる事だけは避けたい。
でも、あかりさんの防御もまた鉄壁……
さっきの私と同じ様に覚悟を決めた守備を貫徹している)
追い付きたい。
だが大きく差を付けられるのも怖い。
あかりは守るべき時には守り、有利な時には攻めの姿勢を見せるが、決して深追いはしなかった。
「このままタイムアップでも私の勝ちだからね」
妖も攻めるタイミングが見つからず、時間を無駄に消費していく。
残り時間は20秒を切った。
(どうせ負けるのならば……勝つ可能性を信じて負ける。
こんな負け方をしたら御嬢様に顔向け出来ない)
チャレンジせずに敗北すると言うのは妖にとって屈辱的な事であった。
ほんの少し手を伸ばせば届きそうな距離に見えるHPの差が、実際は絶望的な程に高い所にある。
だがあかりが飛んで一旦距離を取った所で蝙蝠が当たり、試合の流れが変わった。
「逃しませんよ!」
すかさずダッシュで攻撃を当てに行くカーミラ。
だが距離が若干離れていた事もあり相手のガードが間に合う。
ココで守り続けるか、暴れで相手の反撃を阻止するか。
あかりは試合の勝敗を決める重要な選択を迫られた。
(衝撃波で逃げたいけれど、1回使うと暫く使えない事も考慮に入れなきゃ……
ココは暴れて急場をしのぎましょう)
カーミラが投げようとした所で反撃。
だが決死のガードで妖も粘る。
もう1度ジャンプから攻撃に転じた所で衝撃波を放ち、今度は自分から近付くと牽制して相手の希望を摘み取った。
「絶対に最後まで諦めません!」
追い討ちをかけてこない事を逆手に取り、もう一度攻めに出るカーミラ。
近付いてギャンブル感覚の毒の血を放つ。
面食らったあかりは攻撃を喰らってしまった。
「不味い……!」
残り数秒間、動きが鈍った状態で相手の猛攻を耐えなければならない。
HPの減少を考えると絶対にダメージを受ける事は許されなかったが、妖はこの攻撃で自信を取り戻した。
(勝てる!
あと5秒だけれど1回コンボが入ればギリギリ逆転出来る!)
カーミラが鬼の形相で攻め込み、サイファが歯を食いしばりながら防御する。
とにかくこの状態では逃げられない為、1回でも押すボタンを間違えれば致命傷になりかねない。
「崩す、絶対に防御を突き破る!」
「負けられないのよ、私は……豊の為にも!」
相手の動きを注視し、的確に守る。
サイファは端に追い詰められたが必死に耐えた。
崩れれば相手の勝ちが確定してしまう。
『TIME UP!』
妖の最後の猛攻も虚しく、時間稼ぎをしっかりと果たしたあかりがこの試合の勝者となった。
格闘ゲームで何連勝もすると言う行為は、実力差があるからこそ可能な事である。
実力が拮抗している場合、1試合の中でも逆転が起こり数秒先の展開が読めない。
極端な話、数ドット体力が残っている様な瀕死の状態でも勝つ試合が山ほどある。
だからこそ人々は格闘ゲームと言うものに魅了されるのだろう。
見る者を楽しませ、戦う者の心を熱くさせる。
だが、5年間と言う長い年月をかけて勝利を目指した結果の敗北と言う結末は、妖が望んでいたものでは無かった。
「私が、負けたのですか……」
何とか絞り出す様に声を発した後、妖は顔を覆い涙を流した。
声にならない声が漏れる。
あかりは席を立つと、妖の肩にそっと手を添えた。
「どっちに転んでもおかしくない試合だったわ。
私が勝ったのは運が良かっただけ。
でも、勝利が最低限の仕事だったから凄く嬉しいの。
本当は飛びあがって喜びたい位にね」
諭す様に、優しい眼差しを向けながら話すあかり。
あかりにとって妖は敵では無かった。
試合が終われば、多少の確執はあれど同じ格闘ゲームを愛する『仲間』である。
「私達が全力を尽くしてこの戦いに勝って……
貴方の望みを叶えてあげたい。
もう一度ギルドZEROに戻ってきてって、天邪鬼さんも言ってるのよ」
あかりは敢えて、妖の面倒を見ていた頃の名前を出した。
「真紀さんが……?
そう、ですか……」
真紀の優しさは妖にとって有難いものであった。
だが、今は負けたショックから立ち直れそうにはなかった。
全てを出し尽くして、敗れたのだ。
負けられない戦いだと思っていただけに辛かった。
(僅かな、本当に僅かな差でした。
でも、その差は僅かな様に見えて、本当は大きい。
決めるべき時に決められる人が強い。
私は、勝ちに繋げられる局面で全力を出し切れなかった……
あかりさんが単純に強かった。
御嬢様……申し訳ございませんでした)
妖は心の中で桜華に詫びた。
美香にではなく、桜華に。
最初から、妖は美香に対しての忠誠心など持ってはいなかったのだ。
桜華の為に戦い、勝利を目指した。
だが運命はあまりにも残酷だった。
「あかりさん……告白させてください。
私は拓巳さんと剛さんが拉致される事、そして綾小路財閥が竹中官房長官と組んでクーデターを起こそうとしていた事を知っていました」
涙を流しながら、妖はあかりに懺悔し始めた。
「私は財閥の『草』として、忠実に任務を果たしました。
青龍と玄武の中身に適した人物を探し出し、報告する事。
クーデターが開始される前に御嬢様を安全な場所に退避させる事。
直接的な所には関わっていませんが、私は逆らえなかった。
私には罪があります。
その事で糾弾されても文句は言えません。
ですが、これだけは言っておきたい」
妖は手で涙を拭うと、カラーコンタクトを外した状態であかりと向き合う。
血の様に赤かった瞳が、濃い灰色の瞳に変わっていた。
「御嬢様は、何も知りませんでした。
御側にいた私だけがそれを理解していました。
財閥の思惑に振り回され、御嬢様は全てを失い自殺に追い込まれた。
私は御嬢様を救う事すら出来なかったのです。
御嬢様は天使の様にお優しい方です。
氷室零と戦いたいと思ったのも、純粋に彼に勝ってみたかったから。
御嬢様は何時も私にこう言っていました。
比呂子と一緒に遊べたら、どれだけ良い事かと。
何の障害も無く皆と触れ合い笑い合う事が出来るのなら、私はそれ以上の事は望まないと」
妖は自分には非があるが、桜華には非は無いと叫びたかった。
桜華の事を慕っていたからこそ、彼女はそれをあかりに伝えたかった。
「桜華に、何の罪も無かった。
それを私達がすんなり信じるのは難しいけれど……
でも、貴方は自分の罪を告白したうえで、私に全てを話した。
だから、私は信じるわ」
あかりは妖の手を握り、妖はあかりの笑顔を間近で見つめていた。
「もしそれが本当なんだとしたら、私達は無実の人間だった桜華を精神的に追い詰め自殺に追い込んでしまった事になる。
私達にも罪があって、それを償う方法があるとするならば貴方を許す事、そして美香を許す事が償いになるんじゃないかと思うの」
あかりは憎しみ合う事、いがみ合う事に疲れていた。
桜華と同じ様に、笑い合って生きていければそれが一番素晴らしい事だと思っていたのだ。
だからこそ、あかりは妖の罪を責める様な事はしなかった。
そして、心の中であかりも桜華に対して詫びていた。
(色々な思いや心のすれ違いが、悲劇を生んでしまった。
再び悲劇を生まない様にする為には、お互いを理解し合うしか無い。
桜華、ごめんなさいね。
貴方の死や豊の死を無駄にする様な事は絶対にしない。
私達は互いを理解し合い、手を繋いで歩いていく事が出来るハズよ)
本来、お互いを尊重する心があれば、手を繋いで共に生きていく事が出来る。
だがそれは簡単な様でいてとても難しい。
考え方が違えば尚更だ。
それでもあかりは2つの陣営が1つになる事を諦めはしなかった。
あかりの望みは、妖の望みでもあったからだ。
「辛い事も哀しい事もあったけれど、一緒に歩いていきましょう。
それが桜華の、豊の望んでいる事だと思うから」
妖はあかりの手をしっかりと握り返し、その言葉に対してしっかりと頷いた。
妖とあかりの対決はあかりの勝利に終わった。
この時点で全ての試合の決着はついている。
だが今回は時を巻き戻し、他の者達の戦いを見てみる事にしよう。