「畜生……初めて負けた……しかも負けたくないタイプの奴にッ……!」
久緒は大粒の涙を流して歯を食いしばり、拳を握りしめ身体全体でその悔しさを表していた。
彼女と相対した時から、初対面ではあるが似た匂いを感じ、自分と似ているからこそ負けたくなかったのだろう。
久緒は決して弱いプレイヤーでは無い。
だがかつての比呂子と同じ様に経験や技術を積んでおらず荒削りなままだ。
大きく飛躍するかそのままの状態に甘んじるかは、これからの出会いや努力にかかっているのかもしれない。
「見ていてください。本当の強さと言うものを。
久緒さんがこれからもっと強くなりたいのであれば必ず越えなければならない壁と言うべきものを披露しますから」
そう言うと、今回の副将である堀北栞は筐体の前へ向かい、あかりに握手を求めた。
「初めまして、火村あかりさん。堀北栞と申します。
リーダーと共に研鑽を続けてきた時間が、無駄では無かった事を証明してみせますよ」
「私も、そう簡単に負けるワケにはいかないわ。
このまま最後まで突っ走っていく為にも!」
お互いにしっかりと握手を交わし、筐体の前に座る両者。
栞は指で眼鏡のフレームをつまみ位置を調整すると、今まで以上に真剣な眼差しを見せる。
「随分気合が入っていますね。
栞は私が基礎からZEROの戦い方を叩き込んだ私の分身とも言うべきプレイヤーです。
頭の回転や状況判断の上手さは私に匹敵、いえ時には上回る事がある程ですよ」
朋美の弟子、共に戦ってきた相棒、頼れる腹心……
朋美にとって栞はかけがえの無い存在だった。
だからこそ彼女は栞のさらなる躍進を心から願っている。
火村あかりとの戦いはそのきっかけになる可能性を秘めていた。
「闘戦興から発売されているZEROの攻略本の中身は全て頭に入っています。
あらゆる可能性を考慮し全てのキャラクターとの模擬試合をリーダーとの協力でこなしてきました」
栞が選んだのはハシモト・タマエ。
アメジストと同じ設置罠を使い相手の行動を封じるキャラクターだ。
サイファの様な動きが速いキャラクターの場合速過ぎて罠に引っかかってしまう事がある。
慎重に動かなければならないが、下手に距離を取ろうとするとサイファの良さが消されてしまう為難しい戦いになりそうだった。
(ベスト16経験者の朋美さんのもとで修行してきたプレイヤー……
1人の挑戦者として戦わせてもらおうじゃないの)
あかりが臆する事は無かった。
負けるつもりは無いが、万が一負けたとしても次に繋げる形を作りたい。
涼介が彼女の動きから何かを掴んでくれればと思いつつ、あかりはレバーを握り締めた。
選ばれたステージは『図書室』であった。
栞が操るハシモト・タマエは魔法の本に書かれている呪文を唱える事で魔方陣を作り出す事が出来る天界人と言う設定を持ったキャラクターだ。
魔方陣はその場所で身動きを取れなくさせたりするものや、魔物を召還して攻撃するものの2種類に分かれる。
「動きを止める魔方陣が特に厄介だ。
召還攻撃の魔方陣より小さくて出現している時間も短いが、当たると1秒間身動きが取れなくなる。
設置罠だから避けなきゃいけねぇんだが、上手なプレイヤーは追い詰めて当たらざるを得ない状況を作り出す事が出来るから用心しなきゃな」
動きが鈍いキャラクターはタマエとの戦いで若干不利になるが、あかりの操るサイファはスピードで勝負する事が出来た。
サイファとしては如何に敵の攻撃をかいくぐり、近接攻撃を当てられるかが勝負の鍵となる。
『REAL DEATHGAME START!』
あかりは試合開始直前までタマエの真横に陣取り、開始直後の後退ステップに追いすがるつもりだったが背後に設置された魔方陣を見て慌てて飛び上がる。
「最初から、すんなり近付かせてはくれないわよね」
床に設置された魔方陣から魔物の腕が出現し、前方に強烈な一撃を叩き込む。
勿論そこに相手がいなければ意味は無い。
あかりはステップで前や後ろに移動しながら近付くチャンスを狙っていた。
「残念ですが私の近くまで寄らせもしませんよ、あかりさん」
栞は前方に動きを封じる魔方陣を置き、サイファを牽制しつつも魔物召還の魔方陣で遠距離攻撃を行う。
あかりもこれに対して炎を放つ遠距離攻撃を行い少しでもHPを減らそうとした。
「あの遠距離攻撃は殆どおまけみたいなものですからね。
逆にハシモト・タマエの方は近接攻撃力が殆どありません。
設置罠の特性の違いはありますがアメジストに似たキャラクターですよ」
「あのあかりって人、栞ちゃんの魔方陣を結構避けてるね~。
私は野試合だと簡単に喰らっちゃうんだけど」
恵が驚く程、あかりには敵の動きが見えていた。
見えてはいたが懐に飛び込む事が出来ず、苦しい戦いを強いられる。
一方栞の方は戦術のブレも無くその動きは冷徹ですらあった。
魔方陣を的確な場所に置き決して近付かせず相手のHPの消耗を待ちそのままHP差のダウンに追い込む。
時間切れのHP差による決着を狙っているのだ。
「あの戦い方は諸刃の剣でもある。
1回サイファに近付かれたらコンボをくらって体力が逆転。
そのままタイムアップで自分がダウンしかねないからね。120秒間耐え続ける気力も必要になってくるよ」
「先輩……大丈夫ですかね。
寧ろ先輩の方が消耗して焦れている様な気がするんですけど」
比呂子の読みは当たっていた。
60秒が経過する直前になってまだ1度も攻撃らしい攻撃を当てていない事がプレッシャーとなって彼女に襲い掛かる。
(比呂ちゃんの弾幕以上に厳しいわね。解っているのに前方に罠。
無闇に突っ込めば背後からの一撃。成す術が無いわ)
相手が苦境に立たされていても、栞の方に動揺は無い。
機械の如く勝つ為の戦術をこなしていく。
だが魔方陣の設置場所が僅かにずれた事によって、付け入る隙が生まれた。
すかさずあかりは相手の懐に飛び込んでいく。
「背後からの拳を封じる為に跳躍で蹴りを入れる。そこから繋ぐ!」
栞は近付かれてしまった事にショックを受けたが、そこで慌てる事無く冷静に距離を取ろうとする。
だが右側の端に立ち絶体絶命の窮地に立たされた。
サイファが魔方陣をかいくぐって飛んでくる。
(お見事!ですが、どんな手段を使っても時間稼ぎを行って勝つ。
これが私の戦い方です)
栞はタマエを進ませ、飛んできたサイファを迎撃した。
本を掴んだタマエがサイファを殴る。
「えッ!?」
あかりは相手の動きの速さに愕然とした。
完全に入ったと思った蹴りが僅かに届かず、絶妙なタイミングでそのモーションが終了した直後に一撃が入ったからだ。
スピード自体はサイファが勝っているが先を読む力、その決断力の速さがあかりを上回ったと言って良い。
攻撃力こそ無いが近接攻撃でコンボを入れる事によってタイムアップまでの時間を稼ぐ。
「涼介の戦い方にも似ているよ。
クラムは近接攻撃力が低いが近接攻撃しか出来ないキャラクターだ。
手数の多さで相手に攻撃するチャンスを与えなくさせる。
栞さんはそこの所をよく理解しているね」
栞がサイファを突き放すのと同時にタイムアップとなり、HPの量で負けていたサイファはラウンドを取られてしまった。
(相手はまだまだ潤沢なHP。
こっちはゲージ1本しか無い崖っぷち……覚悟を決めるしか無い様ね)
最早勝負は付いたも同然だった。
次の60秒間の間にHP量で上回っても、その時には自分も相当のダメージを負っている。
栞の鉄壁のガードの前では耐え抜く事は非常に難しい。
「後は気力、気力で押し切る!」
あかりはダウンから復帰したのと同時に駆け寄り、アッパーを見舞う。
完璧とも思われるサイファ封じで気が緩んだのか、栞らしくない失敗だった。
(うッ……!油断した。
この一瞬ホッとする瞬間が命取りになると解っていたハズなのに!)
普通のプレイヤーであれば、勝負を投げるレベルの差が付き匙を投げる程のHP差。
あかりの精神力を舐めていた部分があったのは否めない。
栞は己の未熟さを恥じた。
「栞さん、まだ大丈夫です!相手の攻撃が完全に決まったワケではありませんから!」
アッパーを喰らって上に飛び、落下してダウン状態となったタマエに対して、当然あかりは起き攻めを選択する。
この起き攻めが通りコンボに繋がってしまうと致命的だ。
戦局が大きく変わりかねない。
栞は敵の動きを冷静に見極め、相手が蹴りを入れてきた所に合わせ衝撃波を放ち相手の反撃を阻止した。
「まだまだ!」
あかりは特攻とも言うべき無謀な攻めに出た。時間の余裕が無い。
2回目のタイムアップの時に相手のHPが上なら即敗北。
相手に精神的余裕が生まれる前に押すしか無かった。
(私が態勢を整える前に近付いてしまおうと言う魂胆でしょうが、そうはいきませんよ)
栞は若干焦ってはいたがこの勢いに飲み込まれてしまうと危ない事は承知していた。
迫るサイファに対して通るであろう場所に魔方陣を設置し、通り過ぎようとした瞬間に発動させる。
「うわ、目の良さが尋常じゃねぇな」
「自分のペースに戻す勝負強さも流石だね。
僕は栞さんと戦った事は無いけど朋美さんに叩き込まれたんだと思うよ」
1秒間と言えども動けないとなれば攻撃する事も容易になる。
タマエは空中に設置するタイプの魔方陣を発動させ、巨大な魔物の足でサイファを蹴り上げた。
ダウンした所で今度は栞の方が情け容赦の無い起き攻めを行う。
魔方陣の発動タイミングによっては衝撃波をも破る可能性がある為、あかりも迂闊に動く事は出来ない。
拳で殴る魔方陣を発動させサイファにガードさせると、動けない隙を狙って動きを封じる魔方陣を直接サイファがいる場所に設置する。
たまらずサイファは衝撃波を放つが、動きを封じる魔方陣はあかりを誘導する為のブラフだった。
「単純な『罠』に引っかかりましたね」
衝撃波は近くにいるキャラクターや技を掻き消す効果があるが、発動直後は隙だらけになる。
栞は敢えて動きを封じる魔方陣を発動せず、サイファの眼前に拳を打ち出す魔方陣を作り再び壁に追いやった。
(レ、レベルが違い過ぎる……
全ての局面において私の行動が筒抜けで彼女の掌の上……)
のらりくらりと立ち回り、時間稼ぎを続ける栞。
あかりは何をしても打開策を見つける事が出来なかった。
必殺技を放とうにも絶妙なゲージ調整により決定的なダメージを与えられる残量に届かず、さらに近付かなければそもそも当てられない。
そして無情にも60秒が経過し、魔方陣による攻撃でHPを削っていた栞の勝利が確定した。
最後の10秒間は完全に飲まれ、攻めに出る事が出来なかったあかりは溜息をつく。
「負けちゃったわ……
意地は見せれたけど、あそこでチャンスを掴めなかった事が大きな敗因ね」
「あかりさん。正直驚いています。
試合を見ていた時はあそこまで食い下がってくるとは思わず、接近を許してしまった自分が憎いです。
でも……ああやって貴方が近付けたのは私の隙だけでは無く、貴方の技術がそれだけ高かったのだろうとも思いました」
栞は頭を下げ、自然と健闘を称える拍手が起こった。
あかりは照れ臭そうに頭を掻く。
「私もまだまだ勉強しなきゃ駄目って事ね。涼介、後は頼んだわよ」
事前の取り決めにより中堅を任されていた柏糸涼介が前に出てあかりと交代した。
(柏糸涼介……)
握手を求める涼介に応えて握り返したものの、その握る手に自然と力がこもる。
彼女にとって涼介は越えるべき壁であり、自分の尊敬する朋美に勝利した宿敵でもあった。
南屋朋美がまだ千葉県認定ZEROゲーマーだった頃、彼女に挑む挑戦者として現れたのが柏糸涼介だった。
店舗大会での優勝回数5回。連続防衛試合数20試合。
第3回全国大会予選準決勝敗退。
素晴らしい戦歴を持って挑戦してきた涼介に対し朋美は臆する事無くその挑戦を承諾する。
「それではただいまより、千葉県認定ZEROゲーマーの称号を賭けた争奪試合を行います。
両者が同じキャラクターで戦い続け、先に10回勝利した方を認定ZEROゲーマーとして公式に登録するものです。
賞金は一切ありませんが、認定ZEROゲーマーの称号はいわば箔。
自分の実力を証明する手段と言えるでしょう」
規定のゲームセンターにおいて闘戦興の編集部の人間が見届け人となり、結果は雑誌に掲載される事となる。
当時雑誌でも女性認定ZEROゲーマーとして人気が出ていた朋美は、今回も華麗に勝利するつもりであった。
「試合開始!」
栞はただ見守っていた。朋美の勝利を心から信じて。
ところが勝負はもつれ込んだ。
何時もならばあっさり10勝を決めるハズであった朋美であったが、涼介に9勝されてしまったのだ。
大勢の観客が見守る中、最早敗北は許されない戦いが始まった。
(この私が、初めて追い詰められた。
中学生にリードを許すだなんて……!)
当時高校2年生だった朋美は実力こそあったもののここぞと言う時のプレッシャーに弱く、負け知らずだった為か追い詰められると脆くなる一面があった。
この時朋美は7勝しており、クラムの素早い動きに翻弄され本来の実力を発揮しきれない。
今まで他のクラム使いとは何度も戦っており、苦も無く勝利した経験を持っていた彼女にとっては信じられない状況だった。
「行ける、このままなら勝てる!」
涼介は攻勢に出た。スピードを活かして連続攻撃を叩き込む。
雑念を捨てて挑まなければならない崖っぷちの状況である事は承知していたが、朋美はどうしても自分が勝つイメージを掴む事が出来ない。
結局粘ったものの、8勝した後に10勝されてしまい、朋美の敗北が確定してしまった。
(リ、リーダーが負けた……)
栞の目には涙が浮かんでいた。
現実を素直に受け止める事が出来ず、その場に崩れ落ち嗚咽を漏らす。
「こんな、こんなに強い人がいたなんて……」
朋美は悔しいと言う気持ちより驚きが勝り身動きする事が出来なかった。
暫く呆然としていたが、ふと我に返り対戦相手の方を見る。
「しんどかった……もう1回やれって言われても嫌だよ」
緊張で汗だくになっていた涼介がハンカチで顔を拭いていた。そこに余裕は全く感じられない。
(ああそうか。彼もギリギリだったんだ。
私にとっても彼にとってもきつい勝負だったと言う事……)
立ち上がり、涼介のもとへ近付くと朋美は握手を求める。涼介もそれに応じた。
「もう私は『千葉県認定ZEROゲーマー』になる事が出来ません。それが一番悔しいです。
でも、機会があればまた戦いたいですね。
何も気負う事無く、正々堂々の真剣勝負を」
「朋美さんが背負ってきたものを受け取って、僕はさらなる高みに向かって進んでいきたいと思います!」
互いに全力を出し尽くし戦った両名に惜しみない拍手が送られる。
栞も拍手を送りながら涙を流し続けていた。
(柏糸涼介……何時か私の前に現れる事があったなら、全力で叩き潰す。
リーダーの仇を取ってみせる!)
力を込めて握り返された涼介は、一見冷静に見える栞の中の闘志に気付いていた。
「やっぱり、僕の事を恨んでますか?
まぁ、しょうがないですよね……あの時僕が勝ったワケですから」
「あの後、リーダーの代わりに新世代の戦士として貴方が祭り上げられる事になった。
皆リーダーの事を忘れてしまった……
恨んでいないと言えば嘘になりますよ。
貴方が悪いワケではありませんが、この試合は絶対に負けられません」
席に座り、キャラクターを選ぶ2人。ボタンを押す指にも若干力がこもる。
背景は『岩山』に決まった。
荒涼とした砂漠の様な風が吹く場所で、両者が戦う事になる。
「クラムはサイファよりも動きが速い。全キャラクターの中でもそのスピードはトップクラスだ。
反面攻撃力が極端に低い。封印罠に引っかかっただけで体力が逆転しちまう」
手数の多さでコンボを上手く決めさえすればダメージはある程度与える事が出来るが、女性キャラクターは当たり判定が小さい。
だが当たり判定が小さいのは背が低いクラムも同じだった。
栞としてはその小さい当たり判定でどうやって魔方陣の中に引き込むかが鍵となる。
『REAL DEATHGAME START!』
涼介は一旦クラムを後退させ、攻め込むタイミングを伺う。
栞は初手から容赦無く魔方陣を設置し動きを封じようとしてきた。
(この試合は何としてでも勝つ!
私がここで負けてしまったらリーダーは3人と対戦しなければならない。
リーダーがどれだけ強くても3試合では不測の事態が発生する可能性がある。
その可能性は消しておかなければ)
だが涼介も認定ZEROゲーマーとしての貫禄を見せつける。
前移動のステップで封印罠を回避すると攻撃罠を飛んでかいくぐり、一気にタマエの目の前まで辿り着いた。
「不味ッ……」
逃げようとしたが背後は画面端。
涼介はこのタイミングを見逃さず、スコップを使ったコンボに移行する。
クラムの素早い動きによってタマエはダメージを受けるものの、HPは2割程しか減らなかった。
「クラムは相手を倒すと言うよりも、ダメージの差で逃げ切るタイプのキャラクターだ。
劣勢に立たされたら逃げ回って、優勢に立ったら起き攻めを延々と続ける。
解り易いから立ち回り方も楽だよな」
「でも相手にしてみればそれが解っていても具体的な対策が無ければ勝てないわよ」
起き攻めが通れば続行。衝撃波で距離を開けられたらまたチャンスが来るまで逃げ回る。
クラムの戦法は実に単純明快だが、そのスピードのせいで理解していても攻撃を当てる事が難しい。
(衝撃波で起き攻めを回避。
相手が叩き付けられた瞬間にその地点に封印罠を設置して動きを止める)
栞は衝撃波で相手を叩き付けた後封印罠を設置し、さらにそれを回避した場合も想定して攻撃罠を背後に置く。
だが攻撃罠の設置は相手にも見えてしまう。
その地点の地面が光るので特定も容易だ。
「攻略本の内容を忠実に実行するセオリー通りのやり方じゃ、僕には勝てないよ!」
クラムは素早く起き上がると前に駆け出し、慌てて前方に置かれた攻撃罠も回避すると再びタマエに接近する。
「今日の涼介さん、やけに積極的ですね。
何時もは逃げて勝ちを拾う戦い方をしますけど」
「栞ちゃんに引導を渡したいんだろ。
逃げて勝った時に相手が抗議する事が目に見えてるってのもあるだろうが」
何時も以上に涼介も勝つ事に拘っていた。
栞を倒す事が出来れば朋美と再び対戦する事が出来る。
(朋美さんともう一度戦って、僕が千葉県認定ZEROゲーマーに相応しい事を皆の前で証明してみせる!)
タマエの真横に来たクラムは攻め続けた。
タマエは衝撃波を撃つにはまだゲージが足りず、防御する事しか出来ない。
涼介は連続攻撃で相手に隙を与えず、ガードクラッシュに追い込むと再び空中に打ち上げ、スコップで殴り続ける。
「あと20秒……攻撃の手数が多いせいで1回のコンボにかかる時間が長い。
やはり涼介さんとの試合は苦戦してしまう様ですね」
「何が本当の強さだよ。
認定ZEROゲーマー相手に圧倒するどころか、遊ばれてるじゃねぇか」
久緒は先制攻撃に失敗した栞がこのままでは勝てない事を把握していた。
何としてもクラムの動きを封じ、自分が受けている以上のダメージを与えなければならない。
タマエが受けたダメージは全体の4割程度。
攻撃さえ当たれば体力は瞬く間に逆転出来る。
「最後まで気は抜かないよ!」
ラスト15秒。タマエを地面に叩き落し、再び起き攻めを開始するクラム。
勿論このままでは負けてしまう為栞は衝撃波で相手を端に飛ばすと、封印罠を設置せず相手の出方を見る事にした。
(時間差で起動する事を考えると事前に設置しておくのが定石。
でも定石ではとても勝てない。奇策に出なければ)
クラムは起き上がると前に出た。
勿論背後に逃げる手段は豊富な為、涼介も相手をしっかりと見たうえで行動している。
この流れが変わったのはラスト10秒になった時だった。
タマエを前に出し、敢えてクラムに近付くと投げ、倒れた所で封印罠を設置する。
クラムは回避したが、背後に設置されていた攻撃罠に引っかかり、ダメージを受けてしまった。
「あらら、気が緩んじまったかな?」
「今のは栞ちゃんの策に嵌められた感じがするわね。
こうやってダメージを受けちゃうと後が怖いんだけど……」
あかりが言った通り、狂った歯車はそう簡単には直せない。
焦って抜け出そうとした所で封印罠を踏んでしまい、クラムはタマエから本による直接攻撃を受ける。
(最後まで気を抜かずにいようと心に決めていたのに!)
涼介は自分の勝負弱さを悔いた。
肝心な所で生まれた少しばかりの慢心が、自分を敗北へと導いてしまう。
結局このダメージが決め手となり、60秒経過した時点で倒れたのはクラムの方だった。
1回戦は涼介の敗北に終わったがタマエの残り体力はそのままなので、ゲージの差が変わらないまま60秒が経過すると取り返されてしまう。
ここで栞が勝つ為には相手を叩き潰すか、体力の逆転を果たした後何が何でもそれを維持し続けるかのどちらかが必要だ。
「いやいや、新世代のプレイヤーは違うね。
互いの気迫がこちらにまで伝わってくる様だ」
「私もオーナーと同じ事を考えていました。2人共勝利への執念が感じられます」
蔵崎は店内を見渡し、大勢のプレイヤー達の応援を見て1人頷く。
(彼等が頑張れば頑張る程店は潤い、新しいサービスを提供出来る様になる。
誰もが幸せになる為にはこの好循環が必要なんだ。
それを生み出すのは私達じゃ無い。涼介君の様な若い力だよ)
エターナルナイトは噂が広がり、隣の県からわざわざやってきてお金を落としていくプレイヤーまで現れる様になった。
千葉県の人々にとっても大切な場所で、互いのプレイヤーの勝負が行われる。
そしてその試合を誰もが見たがっていた。
(落ち着け。有利な状況で始まるんだから焦る必要は無い。
寧ろ前がかりになって攻めてくるのは栞さんの方だ。
さっきのミスは今取り返せ。
こんな所で負けてしまったらあかりさんが作ってくれたリードを潰す事になる)
そう思う心とは裏腹に、涼介の心は揺れていた。
負けてしまったらと言う思いから冷や汗が流れ落ちる。
しかし栞の方も全く動揺していないワケでは無い。
無表情を貫いているものの心の中ではかなり焦っていた。
(ここで下手に動けば私が不利な状況に陥りかねない。
それでも最終戦に持ち込むのは危険……
多少の犠牲は覚悟の上で、動かなければ勝てない。
前に出ていく勇気を見せなければ!)
タマエは気付かれない様にゆっくりとではあるがクラムとの距離を縮めながら相手を端へ押し込もうとする。
逃げる為の選択肢が減ってしまう為クラムも端からは逃げておきたい。
だが前に飛び出す事も出来なかった。
「涼介!お前は攻める必要が無ぇんだからな!
近付いてきたらあしらう程度にして、逃げ続けろ!」
「そうよ涼介、今はダメージを受けない事を考えて!」
体力のゲージ量は全てのキャラクターが同じであるが、1回のダメージで減る量は異なる。
相手の攻撃力と防御力の相殺によって減る量が決まるが、弱い攻撃でも紙の様な装甲のクラムでは大きなダメージとなってしまうのだ。
(相手の弾幕が面倒だな。
上手く空いている所を見つけてすり抜けちゃいたいんだけど)
クラムが逃げる為に前へ出る事は相手もよく解っている。
問題はそれを予測して何処に罠を設置するかだ。
(走って飛び越えるのか。ジャンプの連続で来るのか。
いずれにせよ、私がミスをすれば背後から襲われるのは明白)
振り向く前に背後から殴られる危険すらある為、この予測は栞にとっても重要なものとなる。
攻撃を外す事は許されない。
「直感で行く!」
涼介は理詰めで考えて行動するタイプのプレイヤーであったが、この行動に答えは無い為己を信じて前に出た。
端に追い詰められそうになって逃げるのだから端に設置する必要は無い。
空中か、地面か。その場所を当てる必要がある。
「ここです!」
クラムがタマエを飛び越し涼介が安堵しかけたその瞬間、空中に設置した罠に触れクラムの動きが止まってしまう。
「うわ、避けたつもりだったのに!」
映像を見て回避するだけでは解らない、その攻撃範囲。
何度もタマエと戦ってコツを掴んでいたハズの涼介であったが、この戦いでは誘われる様に罠を踏んでしまう結果となった。
すかさず動きが止まったクラムを本で叩いて斜めに叩き落とすと、予め設置しておいた攻撃罠でダメージを与える。
「あらら、体力が逆転しちまってるよ」
「こうなると、涼介さんにとっては辛い展開になりますね」
涼介としては形振り構わず攻めていくしか無い。
これ以上のダメージを受けてはなるものかと衝撃波で脱出し、そのままタマエの真横に向かって走り出す。
「私自身の動きは遅くても、罠の発動スピードは互角ですよ!」
体力が逆転した時点で涼介が強引な攻めに転じる事は解っていた。
衝撃波で端にぶつかる事も計算して真横近くに攻撃罠を設置し、クラムを捕えると再びダメージを与える。
「涼介さんも焦りで持ち味を崩しましたか。
栞はこういう試合で粘り強く戦って結果を出すタイプですからね」
「チッ……あれが壁って奴なのか。俺もいずれ必ず栞と同じ場所まで上がってやるぜ」
久緒が目指すのは『頂点』。
格闘家としても、ZEROプレイヤーとしてもその目標は変わらない。
栞の強さを目に焼き付けながら、彼女は火村あかりとのリベンジマッチを誓っていた。
残り時間15秒。絶望的な差が開いているが涼介も諦めるワケにはいかない。
この15秒間全てにおいて完璧なコンボを続ける事が出来れば体力が逆転するかもしれない、という絶望的な状況の中で足掻き続ける。
「勝負は捨てたら駄目なんだ。
強い気持ちを持たなければ勝利は見えてこない!」
攻撃罠で端に吹き飛ばされたクラムはその場所で待っていた封印罠を起き上がりで回避し、すかさずタマエに近付いていく。
「逆転の芽は摘ませてもらいます」
冷静に、攻撃を回避する為にバックステップで逃げ回り、罠を仕掛ける栞。
1秒でも長く時間を浪費させればそれだけ逆転される可能性が少なくなる。
だが残り10秒で遂にクラムが相手を捉えた。
「絶対に、諦めない!」
スコップで殴り空中で相手を袋叩きにしてから地面に叩き付け、起き攻めを行う。
タマエも衝撃波での回避を試みるが、それを見越した攻撃により差はジリジリと縮まっていった。
(大丈夫。クラムの攻撃力の低さを考えれば逆転はしない。絶対に無理)
「最後の最後まで、1秒でも長く攻撃を続ける!」
栞は内心怯えていた。
理屈では確かに逆転は不可能なのだが涼介の鬼気迫る表情に押され、まともな対応を取る事が出来ない。
「涼介君には残念だけれど、もう無理だよ。
10秒早く仕掛けていたら結果は違っていたかもしれないけどね」
「でも、あれだけ立派な立ち回りを見せれば充分よ。
認定ZEROゲーマーとしての矜持は見せる事が出来たと思うわ」
あかりは自分の為に迷惑はかけまいと奮闘した涼介の事を思い涙を流した。
『TIME UP!』
攻撃の手を最後まで緩めなかった涼介であったが、無情にも時間切れとなり、勝者は堀北栞となる。
負けはしたが終盤涼介が見せた鬼の様な攻めは人々の心に深く刻まれ、認定ZEROゲーマーの強さを見せ付ける結果となった。
決着が付いた後も、堀北栞は暫くの間立ち上がる事もせず呆然としていた。
(勝ったけれど、最後に無様な姿をリーダーに見せてしまった。
勝負に勝って内容で負けた……)
近付いてきた涼介が握手を求めると、我に返り栞はそれに応じる。
両者に対して大きな拍手が送られた。
「いやぁ、涼介は頑張ったよ。
次はいよいよ俺か。皆の前で恰好良い所見せねぇとな」
「期待してるわよ豊。
勝って、大将を引きずり出して頂戴」
涼介に代わり豊が椅子に座る。
あかり達の所に戻った涼介は目に涙を浮かべていた。
「充分頑張ったわよ、最後まで勝負を捨てないその姿勢が立派だったわ。ホラ泣かないの」
「ごめんなさい。次に繋げる事が出来なくて……」
歯を食いしばり涙を流す涼介の頭をあかりはそっと撫でた。
比呂子はその光景を眺めながら視線を筐体の方へ移す。
(栞さんが冷静な判断で勝利を掴んだ。
豊さんはそれにどう対抗していくのか……
シラノはタマエから逃げるのがさらに難しくなる。
互いのセンスが求められる試合になる事は間違いない)
「初めまして、格闘ゲーム雑誌の闘戦興で記事を書いてる井島(いじま)です」
「リーダーの事を書いてくれていた方ですよね?
何度かお見かけした事はありましたが、こうして戦うのは初めてです。
リーダーに今まで教えてもらっていた事が、間違っていないと言う事を証明してみせますよ」
常に飄々としているが、その奥には負けたくないと言う思いと今まで培ってきた実力からくる余裕が垣間見える。
今まで一度も彼の戦い方を見た事が無い栞にしてみれば厄介な対戦相手である事は間違いなかった。
「豊さんは全国大会でも良い成績を残されているプロのZEROゲーマーです。
全国でもトップクラスの位置にいる彼と栞が、どんな戦い方をするのか楽しみですね」
朋美は豊の実力を重々承知していた。
彼女がまだ認定ZEROゲーマーであった頃、何度か手合わせをした事がある。
野性的な動きは一見粗野に見えるが、計算された野生の動きは対戦相手にとって脅威となっていた。
「始めましょうか」
キャラクターを選択し、暗転した後画面が表示される。
今回のステージは『遺跡前』になった。
『REAL DEATHGAME START!』
試合開始と同時にシラノはスッと近付き当たり前の様に斧で相手を横に吹き飛ばすと、端でのコンボに移行する。
「やっぱり攻撃の置き方や位置取りが上手いわね豊は。
相手に準備させる前に仕留められれば勝機はあるわ」
「あかりさんがあんなに苦戦したのに、豊さんは凄いですね……」
起き攻めもタイミングを少しずらし、起き上がって距離を取ろうとしたその瞬間を狙う。
(私の動きが見切られている……!?
クラムと違って若干緩慢な動きだと言うのにこの強さは一体……)
栞はあくまで冷静さを保とうとするが、さらなる起き攻めに対して衝撃波を出したにも関わらず防がれた瞬間頭を抱えたくなった。
「こんな馬鹿な!」
豊のプレイスタイルは相手を研究したうえで強引な攻めを行い勝利を手繰り寄せると言うもので、先程の試合から既に豊は相手の傾向を見抜いていた。
(理詰めで戦う人間程咄嗟の判断がなかなか出来ない。
セオリー通りやろうとすればする程対策は容易になる)
一発の破壊力が大きいシラノはいきなり相手のHPを6割がた削り、ノーダメージのまま端で攻め続ける。
タマエは水際の防御をしつつシラノの後方に攻撃罠を設置したが、それも見抜かれ回避されてしまった。
「嘘だろ。次元がてんで違うじゃねぇか」
「流石に全国大会で優秀な成績を残したプレイヤーは違うねー。栞ちゃんが汗かいてるよ」
だがシラノが攻撃罠回避の為に距離を取った事で栞の攻撃も容易になる。
相手が離れてさえいれば、封印罠設置を主軸とした立ち回り方で牽制しながら有利に試合を進めていけるからだ。
「おっと、こりゃ不味いな」
足が遅いキャラクターはまともに動いていると即罠に引っかかってしまう為、バックステップで回避するのが常識となっている。
豊も同じ様に封印罠を避けていたが、その動きを見破られ攻撃罠を喰らってしまった。
「ここで取り戻す!」
端に吹き飛ばされたシラノに対して封印罠を真下に設置し、相手の動きが封じられた所で攻撃罠の連続攻撃を浴びせる。
先程開いていたハズのHPの差も、既にかなりの所まで詰まってきていた。
(このままだと逆転負けしちまうな。
多少乱暴でも恐れず行くしか無ぇ)
起き上がりに再び封印罠を発動させようとした瞬間、衝撃波によりタマエは端に吹き飛ばされる。
その隙を逃さずにシラノはジャンプを混ぜながらタマエに近付き、最短でギリギリの場所まで近付くと斧を振るった。
シラノは動きこそ若干鈍いものの、巨大な斧での攻撃はリーチが長く、距離があっても当たってしまう。
「うッ」
ジャンプで回避する事は出来た。
だが意地を張って再び攻撃を加えようとした為にコンボを喰らってしまう。
何発かの斧での攻撃によりタマエのHPはゼロになり、1ラウンド目は豊の勝利となった。
「クラムの素早い攻撃を凌ぎきったのに、立ち回りでシラノに負けるだなんて……」
「相性としてはタマエとクラムはクラム有利。
タマエとシラノはタマエ有利のハズなんだけどね。
豊さんがそれだけ場数を踏んでるって事と、栞さんが焦ってるって事なんじゃないかなぁ」
涼介の言う通り、思わぬ動きをしてくるシラノとの対戦は栞にとって初めての経験の為彼女は焦りを感じていた。
今まで自分が勝つ為に行ってきた動きが全て裏目に出てしまう。
(私とは違う。流石全国大会のファイナリスト……
でも、ココで貴方をリーダーの所に行かせるワケにはいかない)
深く息を吸い込み、呼吸を整え画面に目を向ける。
自分の戦い方を押し付ければ充分挽回する事が出来るハズだった。
2ラウンド目が開始されると、豊は中距離から離れずに相手の出方を伺う戦法に出た。
「そう何度も何度も惑わされはしませんよ!」
何時でも攻める事が出来る。何時でも逃げる事が出来る。
豊は自身の性格同様に飄々とした動きで相手を翻弄した。
栞もムキになる事無く、セオリー通りに距離を取り、封印罠を設置して様子を伺う。
どちらも攻め込むタイミングを伺う膠着状態が続いたが、それも長くは続かなかった。
中距離からそれが少し縮まった瞬間を見逃す事無く、シラノがジャンプ中に斧を振りタマエにヒットさせる。
タマエが斜めに飛ばされ地面に叩き付けられると、好機到来とばかりに近付き、バックステップの直後にしっかり斧を当てた。
「あの状況で攻められれば当然逃げたくなりますからね。
豊さんは相手の心理もしっかり読んでいますよ」
「自分の強さだけで無く、相手の強さも把握しねぇと勝てねぇって事か」
栞としては起き上がり直後の投げを警戒したつもりであったが、豊にしてみればどう動いてもそれに対応した攻撃を行えば攻め込む事が出来る。
斧の連続攻撃を当て再び近付くが、今度はシラノが衝撃波を喰らって後方に吹き飛んだ。
「当てられっぱなしで終わるワケにはいきません!」
栞も朋美の弟子と呼ばれるだけの実力を備えている。
特に『目の良さ』に関しては突出した才能を持っていた。
彼女は眼鏡をかけているが『目の良さ』とは視力が良いと言う事では無い。
キャラクターの画像を見るだけでは無くその画像だけでは解らない『当たり判定』を見抜くと言う事だ。
「くそッ!流石に簡単には勝たせてくれねぇわな」
起き上がりに攻撃罠を喰らい吹き飛ばされ、再び起き上がって逃げようとした瞬間に封印罠に触れてしまう。
動けないシラノに対してタマエが魔術書での直接攻撃を行い、その隙に背後に新たな攻撃罠を配置した。
「1つ1つの動作が正確だね。
やっぱり『完璧』と呼ばれている朋美さんの教えを受けているだけの事はあるよ」
「豊、ココで勢いに呑まれたらそのまま続けてラウンドを取られて終わっちゃうわよ!」
あかりの言葉の意味を豊は重々承知している。
格闘ゲームには『流れ』が確実に存在し、攻め込まれてパニックに陥っている内に負けてしまう事はざらにあった。
例え数秒前に優勢だったとしても、一発が通れば簡単に有利不利等覆ってしまう。
「これは仕切り直ししか無ぇか」
2ラウンド目のカウントも残り少なくなっている。
この状況で付いたHPの大差を引っくり返せる程の時間は残っていなかった。
だが最終決戦に備えて少しでも相手のHPを削っておきたい。
タマエが後方にシラノを弾き飛ばし、攻撃罠によって前方に吹き飛ばされると再び封印罠を発動させる。
だが前方にかっ飛んでいるシラノの動きを捉えるのは難しい。
封印罠を通り越えてシラノがタマエの眼前に迫る。
「ミスはどんなプレイヤーにでもある!問題はそれを取り返せるかどうかです」
栞はタマエの蹴りで直接攻撃しようとしたが、操作が可能になった為シラノは後方に着地した。
蹴りで前に飛び出したタマエが眼前で着地した瞬間に斧を振ってタマエを攻撃する。
「不味い……」
コンボに繋がるかと思われたが、ラウンド終了によりタマエは救われた形となった。
シラノのHPはフルゲージ。
一方ダメージをかなり受けたタマエのHPは半分程ともう後が無い。
勿論封印罠からのコンボが3回決まれば逆転も充分可能な為、栞も諦めてはいなかった。
「良いタイミングで駆け引きが振り出しに戻りましたね。
あと10秒早くあの形になっていたら栞は負けていたでしょう。
この幸運を次のラウンドで活かすべきです」
大勢の観客が見守る中、最終ラウンドが始まる。
栞は呼吸を整え焦りを鎮めようとしていた。
(このチャンスを逃さない。井島豊を倒して氷室零を引きずり出す。
リーダーの手を煩わせる事無く勝つ!)
タマエは露骨な逃げで画面端に陣取ると、向かってくるシラノを迎撃する態勢を整える。
「比呂ちゃんはよくやってる事だけど、あれをかいくぐるのは厳しいよね」
「先輩は速いキャラクター使ってるからまだ良いですけど、豊さんはもっとキツいでしょう」
シラノにしてみればココで立ち止まる事は出来ない。
弾幕を張る用意が整う前に突撃すべきだ。
(……なんだけど、俺はちょっとタイミングをずらす。
セオリーの塊みたいな栞ちゃん相手にムキになれば当然型にはめられて終わり。予想出来ない事をしていかないと)
シラノはブラフも混ぜつつ、バックステップを交えながら封印罠を回避していく。
攻め込まれれば後が無い栞にとって近付かれる事は脅威。
攻撃罠も封印罠に引っかからない限り容易に発動出来ない。
お互いすべき事は解っているのだがそれをさせない立ち回りでジリジリと時間が過ぎていく。
「強い相手同士の対戦ともなるとやっぱり膠着状態になるんだな」
「豊さんがあんなに堅い動きをするのも珍しいわね。
何時もはもっと軽快に動くのに」
栞は焦りを感じていた。
無闇に動けば突撃されてしまう事は解っているのだが、負けていると言う不利な条件が彼女を苦しめる。
(残り30秒。コンボを3回決める為の時間を考えるともう時間が無い。
相手はこの状態のままでも勝ててしまうのだから、勝負に行かないと……!)
豊は容赦無くプレッシャーをかけ栞を追い込んでいく。
普段の相手ならば当たる罠を簡単に回避し、攻撃の機会を伺うシラノの動きを崩す事が出来ない。
「クッ……!」
最早我慢出来る状況では無かった。
栞はタマエを前方にずらし、封印罠だけで無く攻撃罠も使ったコンボを行う為動き出す。
(まぁ、そうなるよな)
豊も当然栞が焦れて動く事を予想していた。
封印罠だけを配置していた不確定な要素を含むフィールドとは違い、今は2つの罠が置かれている。
不確定要素が取り除かれた今シラノがすべき事は、罠を避けてタマエを倒す事だけだった。
「決めるぜ!」
緩急を付けた動きは目が良い栞も惑わされ、距離が少しずつ縮んでいる事に気付いていない。
一気に勝負を決める為跳躍し、タマエの姿を捉えるとジャンプ斬りで相手を地面に叩き付ける。
「何故前方に移動したか……少しの体力位差し上げますよ。
その後で貴方の体力を全て奪いますけど」
この時の為に配置していた封印罠が発動し、シラノの動きが止まる。
ここからコンボを決め、超必殺技に繋げれば体力は逆転し、栞の勝利となっただろう。
だがタマエがシラノに攻撃を仕掛けようとした瞬間、無情にもカウントがゼロになり最終ラウンドが終了した。
「……えッ……?」
栞は暫く画面上のカウント表示を見つめたまま動く事が出来なかった。
豊がタマエに対してプレッシャーをかけ続けた理由はただ1つ。
万が一の事態が起きる前に時間切れに持ち込む事。
それは見事に成功し、カウント表示を見る余裕も無かった栞の計画を粉々に破壊してしまった。
「ふう……やっぱり同程度の実力を持ってる相手と戦うと疲れるわ。
策を練らねぇと勝てねぇんだもん」
息をする余裕も無かった豊はやっと落ち着けると言った表情をする。
栞は台に突っ伏して涙を流していた。
(罠にはめるつもりが、弄ばれていた……
こんな屈辱は初めて受けた。これ程強いなんて!)
嗚咽を漏らし続ける栞のもとに朋美が訪れ、優しく肩を叩いた後頭を撫でた。
「貴方は全力を尽くしました。勝負は時の運。
今回はたまたま貴方の試合では無かったと言うだけの事。
私が2連勝すれば済む事です。
自分をそれ以上責めても仕方がありませんよ」
「リーダー……NEWSZEROの誇りを持って挑んだ試合で負けてしまい、申し訳ありません」
朋美は久緒の方を向き彼女を来させると、栞を立たせ移動させた。そして彼女が席に座る。
「……貴方の強さは今の試合を見る前から知っています。
ZEROが産声を上げた時からずっと、貴方は私のお手本でした。
野性的な動きの中に緻密さがあり、何より戦況を引っくり返すパワーがある。
井島豊さん、貴方の事を心から尊敬していますよ」
そう言っている彼女は一見落ち着いている様に見えたが、その奥で燃えている激情の炎を豊は感じていた。
(おーおー、本気にさせちゃったよ。
朋美さん、本気にさせるとヤバいんだよなぁ)
「ただし、紅白戦の大将として貴方に挑むとなれば話は別です。
尊敬しつつも、勝負は譲れません」
凛とした表情のまま決意を露わにする朋美。
その立ち居振る舞いの『強さ』に栞はずっと憧れていた。
それは、数ヶ月前に栞が別のゲームセンターで朋美と共に野試合をこなしていた時の事だった。
「おッ、『元』認定ZEROゲーマーさんがこんな所で励んでらっしゃる」
ガラの悪い不良連中が朋美に喧嘩を売ってきた。
店内に入ってくるなり朋美の隣に向かい囲い込む。
「どうよ?中学生のガキに負けちまった感想は。
『女王を目指す若きホープ』が聞いて呆れるぜ。
俺達と勝負しろよ。負けたら即ネットにお前の情けない面をアップしてやるからさ」
かなり強そうな連中だった。背も高く筋肉も付いている3人組で、喧嘩に発展したらまず勝てそうも無い。
栞は朋美を助けたかったが、腕っぷしも強くない為怯えて固まる事しか出来なかった。
「言いたい事はそれだけですか」
人を刺す様な鋭い言葉を放ちながら立ち上がる朋美。
1人が殴ろうとしてきた瞬間、彼女は相手の腕を掴み横に投げる。
その勢いのまま男は床に倒れ込んだ。
残りの2人はキレて襲い掛かろうとしたが、朋美が彼等を一喝する。
「貴方達は喧嘩がしたいんですか?
それならば神聖なこの場所で戦うのはゲーマーへの冒涜となります。
私と『ゲーム』がしたいのか『喧嘩』がしたいのか、選びなさい。
私は貴方達がどちらを選んでも負けるつもりはありません」
大の男2人が、およそ見た目では自分より強いとは思えない少女に圧倒され、反論する事も出来ず身動き1つ出来ない。
栞は自分が彼女についてきたのは間違いでは無かったと強く認識し、彼女への憧れがますます強くなった。
(その後、リーダーは3人と試合をし、完膚なきまでにうちのめした。
無駄な足掻きを見せて襲い掛かろうとしてきた奴等は暴行未遂の現行犯で警察に逮捕された……
私が知らない間にリーダーはSOSメールを警察に送っていたんだ。
本当に何をやらせても完璧な人だと思った)
栞は朋美と同程度の知力を持ってはいるが、彼女は知力だけで無く久緒の様な強さも兼ね備えている。
絶対に追いつけない存在であり、自分が生涯ついていこうと決めたZEROの師匠の姿が今ハッキリ見えていた。
「始めましょう」
キャラクター選択が終わり、試合を行う背景は『古城のエントランス』に決まった。
「ヴィラン・エクセンテッドかぁ……
豊さんが勝てばここで白組の勝ちが決まるね」
「近距離の飛び道具を持っていたり、背中に生えている黒い翼で浮き上がったりと癖のあるキャラを選択したわね。
投げが『首絞め』になって体力を吸収する効果があるから、近接戦闘のシラノだと厳しいかもしれないわ」
ヴィランはゲームの設定では『悪と破滅の女神』とされており、あまりの危険思想からゴッドヤードを追放された悪の化身とされている。
紫色の炎を身に纏っており、口から炎を吐いて相手を攻撃したり、必殺技は相手を燃やし尽くす火柱等炎属性を持っている事が特徴だ。
『REAL DEATHGAME START!』
試合が始まると、2人共様子を見ながら動き始めた。
お互い遠距離攻撃は持っていない為、相手に捕まってしまうとダメージを大幅に削られてしまう。
特にシラノは大振りな攻撃が多い為、空振りは絶対に避けなければならなかった。
「張りつめた空気が漂ってるわね。怖くてとても近付けないわ」
「ヴィランの方が素早いですからね。
場を支配するのは朋美さんの方になると思います」
相手の方が速い場合、遅いキャラクターは一方的な攻撃に晒され易い。シラノも劣勢に立たされる。
(やっぱり慣れてるだけあって追い込み方が上手いねぇ。
ま、避けさせてもらうけども)
ファーストヒットを決めたのは豊の方だった。
飛び掛かってきたヴィランに対して真横に斧を振り、端へ吹き飛ばす。
だが決して深追いはしない。
動きの鈍いシラノがヴィランと同じ事をしても反撃されてしまう可能性の方が高いからだ。
「良いですよ、今のは。ワクワクしてきました」
ゲームを心から楽しんでいると言わんばかりに口角が上がるが、朋美の目は決して笑ってはいない。
ただ冷静に画面を見つめ、どうやって相手を倒すかと思考を巡らせている。
「攻めに行くか」
豊はのらりくらりと立ち回りながらヴィランに近付き、投げを決めた。
すかさず倒れた所で端に追い込んでいく。
動きの鈍いキャラクターは少ないチャンスを活かさなければ勝てない。
(やっぱりそう簡単にはいきませんか。仕方ありませんね)
朋美は大怪我をする前に衝撃波を使いシラノを吹き飛ばす。
シラノが起き上がり近付いてきた所で近距離の炎を吐いた。
「うわッ、やべぇな」
ヴィランが吐息と共に繰り出す紫色の炎はダメージこそ少ないものの、一定時間相手の動きを鈍らせる効果を持っている。
元々動きが鈍いシラノはさらに鈍くなり、まともに防御する事も出来ない。
「攻め時ですね」
この機を逃さず、朋美は攻撃を仕掛けた。
ヴィランはマントの先端を硬質化させ、確実にダメージを与えていく。
シラノの動きは鈍くなっている為、今衝撃波を使っても簡単に防御されるであろうと思われた。
「あれは厄介だよね。かなりモーションも早いし、喰らうと致命傷だよ」
「先輩のサイファなら、簡単に避けられると思いますが、豊さんのキャラクターだとそうはいきませんし……」
シラノも懸命に防御しようとするが、ヴィランの攻撃を捌く事が出来ずかなりのダメージを受けてしまう。
やっと遅くなる効果が切れたが、焦った為か斧を空振りし、再び紫の炎を受けてしまった。
(うーん、流れがどうも良くねぇな。仕掛けていく必要がありそうだ)
ヴィランが再び攻撃を浴びせようとしたその時、シラノの身体が光る。
「え、嘘。こんな時に?」
「いや、間違ってないですよ。この判断は正解でしょう」
朋美はまさかこの序盤に相手が必殺技を出してくるとは思っていなかった。
必殺技は1つの試合中1回限りで、空振りに終われば次は無い。
それにダメージが多くなればなる程必殺技の威力が増す為バトルの後半で使われる事が多かった。
だが豊は必殺技は遅くなる効果の対象外である事を知っており、早めに必殺技を繰り出したのだ。
「ここまでするとは……
今私の攻めを許しておくと厳しくなる事を見越しての判断ですか」
必殺技はヴィランに当たり、イエローゾーンに入っていた為威力は中。
一気に体力を五分に持ち込む。
「ただこれで危機は脱したけど、相手は必殺技を残していて俺には後が無ぇ。
厳しい状況が続くなぁ」
遅くなる効果が消え、再び両者共相手を牽制しながら睨み合う。
ヴィランが攻撃した所でシラノが近付くが防御され、どちらもバックステップで距離を取ると言う展開が数回続いた。
「1ラウンド目の終盤だけあって流石に2人共動きが硬くなってるわね」
「ただここで時間切れになると豊さんの方がラウンドを取られてしまうから豊さんは必ず攻めに出ないと勝てないですよ」
イエローゾーンで1つ目のライフゲージの量はそれ程変わっていないが、朋美の方が若干体力が多い。
残り10秒。豊としては何としても攻めるしか方法が無かった。
(相手の逃げに追いつけねぇなぁ……ここはとにかく対空で当てたい所なんだが)
浮き上がる事が出来るヴィランはここで無理に攻める必要が無い為徹底的に逃げる。
たった1回でも攻撃が当たると体力が逆転してしまうので、安全に立ち回る事で万が一の事態を回避しようとしていた。
空中でさらに浮き上がってシラノの空中攻撃を避けるヴィラン。
だが地上に降りる時、先に地面に着地していたシラノの斧を喰らってしまう。
(体力差での負けは避けなければ!)
だが朋美は動じる事無く、衝撃波で逃げると即座に近付きシラノを端で固めて攻撃を当てようとした。
豊は懸命に防御するものの彼女の必死の攻撃を捌き切れず、体力差によりラウンドを取られてしまったのはシラノの方だった。
「うわぁ、最後逃げ切れるかと思ったんだけどなぁ」
「朋美ちゃん、良い根性してるじゃないの。
並のプレイヤーだったら数秒で立て直すなんて事出来ないだろうし」
2本目のHPバーが出現し、2ラウンド目が始まる。
だが朋美との差はそれ程離れているワケでも無い。
(リードした状態を保ちつつ、そのまま決着を付けようと言う魂胆だろうな。
悪いが俺も往生際が悪いんでね)
早い段階で相手をダウンさせなければ差は広がる一方だ。
だが迂闊に攻めに向かえば迎撃されてしまう。
一方朋美の方はココでトドメを刺さなければ体力差によって判定負けを取られてしまう為相手にダメージは与えておきたい。
「後半戦は悩み所よね。朋美さんとしては逃げていると勝てない。
でも豊にしたってダウンを取っておかないとダメージを受けて最終戦での勝利が難しくなるんだから」
どちらが優勢とハッキリ断言出来る程の差は無い。
先に動いたのは朋美の方だった。
(万が一ラウンドを取られてしまったとしても、相手にダメージを与えておけば有利になる事は明らかです)
2人はこの時右端に近い部分で戦っていた。
ヴィランが何回かシラノに近接攻撃を仕掛けるがシラノは防御した為なかなか崩れない。
一旦バックステップで距離を取り再びジャンプ攻撃で頭上から襲い掛かるヴィランだったが、着地点がずれてしまい右端に降りてしまう。
(しまった)
シラノはこの機を見逃さず、相手が着地した瞬間に斧での攻撃を行い、一気にラウンドを取り返した。
「うわ、凄い!あっと言う間に劣勢を跳ね返した」
「このミスは痛いですね。
このままの展開が続くと、朋美さんでも不味いかもしれません」
たった数秒間で最終戦に持ち込まれた形になったが、朋美は動揺する心を無理やり落ち着かせようとする。
「やはり、簡単には勝たせてくれませんね」
「俺としては零の手を借りずにこのまま白組の勝ちにしたいんですよ」
ヴィランが起き上がり、最終戦が始まった。
一見互角に見えるが、必殺技はヴィランしか使えない。
(必殺技のアドバンテージは朋美さんも意識しているハズだ。
とにかく隙を作らず攻めていくしか無ぇ)
豊はこれ以上様子見を決め込むのは無駄だと判断し、積極的に攻め込もうとした。
勿論動きの遅いキャラクターが攻めに出るのはリスクを伴うが、残り時間の事も考えると悠長に構えてはいられない。
ヴィランは相手の攻めに付き合うリスクを避け、バックステップで距離を取り、相手が着地した瞬間を狙う。
朋美もそれ程簡単な手に引っかかる対戦相手だとは思っていない。
端に追い詰められまいと相手が飛んだ瞬間に下を潜り抜けた。
「おいおいそれは不味いって」
豊は必死にキャラクターを振り向かせようとするが、着地するまでは向きを変える事は出来ない。
シラノが着地する直前に近距離の麻痺炎が当たり、動きがさらに鈍くなる。
すかさず朋美は相手を攻め続けた。
「単純な策ほど、相手も警戒せずに嵌るものですよ」
効果は数秒間続く。
その間に相手のガードを崩してコンボを決める事が出来れば勝利に近付ける。
豊は相手の攻めを防ぎきる事が出来ず、ダメージを受けてしまった。
「ココで決めます!」
鋼鉄に変化するマントで相手を宙に浮かせ、コンボを決めきった後必殺技を発動する。
HPバーがイエローの為決着に至る程のダメージを与える事は出来なかったが、シラノは瀕死に近い状態まで追い込まれた。
「躊躇せずに、決めに行ったわね。
豊の判断も間違ってはいなかったんだけど、朋美さんの方が上だわ」
「こうも大きな差が付くと、豊さんも無理やり攻めるしか無いですからね。
そうなると朋美さんの独壇場です」
無茶な攻めが出来るキャラクターでは無い。
だが豊は諦める事無く愚直に攻めに行く。
「勝てる可能性がある限り勝ちに行くのが格闘ゲームプレイヤーってモンだろ」
体力が例えゼロに近い状況でも決して諦めない。
相手の体力を減らせる限り勇気を持って立ち向かう。
朋美は豊の諦めの悪さを称賛してはいたが、同時に負けられない戦いを行っている事も悟っていた。
「残念ですが、卑怯と罵られようと勝ちに行きますよ。
格闘ゲームプレイヤーとはそういうものです」
攻めに行く必要が皆無となったヴィランは逃げの一手に出る。
元々シラノは動きが遅く、ヴィランはシラノより早いのだから逃げに徹する事は充分可能だ。
「オーナー、厳しい戦いになってきましたね」
「豊君も闇雲に追いかけるつもりは無いだろうね。
チャンスはまだ残っているハズだよ」
そう言ったものの、エターナルナイトの店員達も豊の敗色が濃厚である事は解っていた。
残り30秒の時点でまだシラノはヴィランを攻撃する事が出来ていない。攻撃が掠りもしなかった。
(落ち着け。相手はとどめを刺すと言う行為を放棄している。
リスクをとにかく負わないやり口だ。
こっちは逆に負け上等の立ち回り。
無茶な行動をしようが問題は無い。追い続けろ)
だがその状況が破られる時が来た。
浮き上がりを利用して巧みに逃げ回っていたヴィランがシラノの斧を受けて真横に吹き飛んだのだ。
(迂闊!私とした事が、タイミングを誤るだなんて)
シラノはこの機を逃さずコンボに移行しようとするが、ヴィランも完璧なタイミングで衝撃波を発動し相手を追い払う。
残り15秒。最早1回たりとも余計なダメージを受ける事は出来ない。
先程の攻撃だけで差が縮まりつつあった。
「私を追い込んだのは流石と言うべきでしょうが、これは如何ですか?」
逃げに徹すると見せかけて追いすがろうとするシラノに麻痺炎を当てる。
朋美は距離を取って可能性の芽を潰す作戦に出た。
どうしても数秒間は動きが鈍くなり追いかける事が出来ない。
やっと動きが通常に戻ると言う所でヴィランは誘う様に動きを止める。
「近付いてきても構いませんよ」
この挑発に乗るか否か豊は迷った。
麻痺炎を浴びせられとどめを刺される可能性が高いが、飛び込むしか勝つ為の道は無い。
シラノはダッシュで近付くと飛び上がり、真下に向けて斧を振る。
この位置関係ではヴィランの麻痺炎は当たらない。
だがその時無情にもタイムアップとなり、朋美の勝利が確定した。
朋美は溜息をついた後ハンカチで額を拭う。
(何とか勝てた……豊さんが迷ってくれたおかげで助かりました。
あと10秒時間があったら勝負はもつれていましたね)
「迷ってる場合じゃ無かった。
でも結果的に迷ってしまった。その数秒間が明暗を分けましたね」
豊は手を前に突き出し、親指を立て朋美の実力を称えた。
「恰好良かったですよ。また機会があれば俺と戦ってください」
「いえいえ、豊さんの様な紳士的な方となら何時でも戦いますよ。お気軽にどうぞ」
朋美もおしとやかにお辞儀をし、そのまま自分が座っていた席に戻る。豊の背後には零が立っていた。
「君の努力を無駄にしない様に、全力で勝ちに行くよ。絶対に勝ってみせる」
「あんまり気張るなよ。
勝ちに拘り過ぎると却ってミスしやすくなるからな」
まだ2人が出会ってから時が経っていないにも関わらず、2人は交流を深め仲良くしている。
片手ハイタッチで『交代』すると、豊はあかり達がいる方へ戻っていった。
豊と朋美の試合終了直後は拍手や歓声で盛り上がっていた空間が、零が歩き出すと自然に消えていく。
それは零から発せられる荘厳な雰囲気がそうさせるのか、朋美が生み出す張り詰めた空気がそうさせるのかどうかは解らない。
或いは両方、その両方に静かなる闘志が感じられるからかもしれなかった。
「……いよいよ、兄さんが出るんですね」
今まで一言も言葉を発する事無く、あかり達のいる場所から離れて観戦していた瞳が、ようやく彼等のもとにやってくる。
「そうね、この試合で決着が付くわ。
この最終戦に紅白戦の全てが託されたと言ってしまって構わない。
だからこそ、2人共凄まじいプレッシャーと戦っているハズよ。
勿論表には出さないでしょうけど」
全員が固唾を飲み、2人の一挙一動も見逃すまいとモニターを凝視している。
表向きは涼しい顔で座った零であったが、その指先は僅かに震えている様にも見えた。
「貴方とは初めて戦いますが……
豊さんから貴方の実力は伺っています。負けるつもりはありません」
「僕も負けるつもりは無いよ。
正々堂々戦って、お互い悔いの残らない試合にしよう」
フェアプレーの精神を確認し合いキャラクター選択画面でキャラクターを選択。画面が暗転し試合が始まる。
(兄さんの戦いが始まる。私に話したあの約束を胸に秘めて……!)
瞳は前日の夜に零と話した事を思い出していた。
『僕にとってこの紅白戦は重要な意味を持っている。
目指すべきは全国大会での優勝。
1回負ければ即敗退の予選を勝ち抜いて、ベスト16に入っても1発勝負のトーナメントだ』
零は瞳と共に食事を取っていた時、ZEROに関しての話を始めた。
『1億円を獲得する為には、たとえそこがどんな場所であろうと、どんな時であろうと負ける事は許されない。
観衆の前で行われる試合ならば尚更だ。
だからこそ、重要な局面で無様に負ける事があったら……』
零の顔が一瞬曇ったが、すぐにまた冷たさすら感じさせる真剣な表情に戻る。
『僕はZEROでの成功を潔く諦める。
音楽の道に戻るよ。トラウマを乗り越えるのは大変な事だけど』
瞳はその『トラウマ』と言う単語を聞き、心の中で考えをまとめた。
(ああ、そうか……兄さんは『弾かなかった』んじゃ無い。
『弾けなかった』んだ。
父さんと母さんが教えてきたピアノ、両親と唯一繋がる鍵がピアノだったから……)
ピアノは瞳にとってはそれ程意味を持つものでは無かった。
だが零にとっては両親に褒められる為の道具であったし、常に隣にあったものでもある。
音楽の才能が開花しなかった娘よりも、両親は愛情を息子に向けた。
厳しかったが、それは逆を言えば娘に対しては厳しくも甘くも無い。
つまり無関心だったと言う事でもある。
『覚えてる?兄さん。
子供の頃、私がピアノに触ろうとしたら、父さんに怒られて……
その時に庇ってくれたのが兄さんだった。
音楽に興味を示す事の何が悪いんだって言ってくれたの』
零は妹を不憫に思い、彼なりの愛情を注いだのだろう。
だがレッスンが激しさを増すにつれだんだんと妹と関わる時間も減っていった。
『私はあかりさんの言葉で思い出せたの。
応援しなきゃいけないのは、私なんだって。
頑張って兄さん。
兄さんなら、誰にも負けないスーパースターになる事だって夢じゃ無いわ』
『有難う』
その短い一言の中に、今まで妹がしてきてくれた事への感謝が全て込められていた。
最終戦。ヴォルフ・ムーンリファードとヴィラン・エクセンテッドの戦い。
この試合で勝った者がチームに勝利をもたらす事が出来る。
そして零にとってはこれからの自分の道を決める戦いでもあった。
「最後に神殿前ステージが来たわね。
紅白戦の最後を飾るには相応しい舞台かもしれないわ」
「零も相当鍛えてるが、実力で見れば朋美ちゃんもそんなに変わらないだろ。
勝負は間違いなくもつれるな」
大勢の観客の前で戦うプレッシャーは無い。
2人共、自分自身との戦いに勝利しようと必死だった。
『REAL DEATHGAME START!』
ヴォルフとヴィランを比べるとスピードに差は殆ど無い。
ヴィランは浮き上がりによって相手の攻撃のタイミングを計り回避する事が出来るが、ヴォルフには強い近接攻撃がある。
「ダメージ量で考えればヴォルフに分があるけど、麻痺炎を何度も喰らったら朋美さんがリードするよね」
「零さんもそれは解っているでしょうし、お互いやりたい事をどうやってやり抜くかと言う所でしょうか」
近付きたいが、無闇に近付くワケにはいかない。
両者は中距離から睨み合い、攻撃のチャンスを伺う。
(膠着状態は承知の上……
ヴィランの主武器である麻痺炎は必ず地面に立っていなければ出せない技。
ジャンプ攻撃を当てる時にカウンターで出すのが当て易いですが、向こうもそれは知っていますからね)
数秒間の駆け引きの後最初に動いたのはヴォルフだった。
相手の着地に合わせてダッシュで飛び込み、攻撃を当てる。
「ファーストヒットは零か。縁起は担げたかもな」
「今のは良いタイミングだったわね。
着地直前だったら浮き上がりで回避されてたかもしれないし」
数回攻撃した後倒れた所で端に押し込む。
衝撃波で回避を試みたいが使い所を間違えれば追撃を許してしまいかねない。
「ここです!」
起き上がり直後に爪で攻撃していたヴォルフは端に吹き飛ばされ、今度はヴィランがそれを追いかける。
だが零はそれを読み起き上がると走ってきた相手に対してジャンプ攻撃を当てた。
「防御しても防ぎ切れないめくり攻撃ですか。
紅白戦の大将を務めるだけの事はある様です」
「朋美があそこまで押されるのは珍しいな。
下手すると大したダメージも与えられずにダウンさせられちまうぞ」
通常は攻撃に対してガードすれば当然防ぐ事が出来る。
だがガードの判定は格闘ゲームの場合、体の前半分しか判定が無い事が多い為後ろ半分を狙えばガードしているのに技が当たる事があるのだ。
朋美は相手を追いかけていた為、即座に麻痺炎を吹く事は出来ない。
こういった際に発揮される零の状況判断力はずば抜けていた。
「これ、いけちゃうんじゃないの?」
「いや、まだまだ。やり方によっては幾らでも巻き返せる。
だからそれをどう阻止するかが重要だな」
ヴォルフは全くダメージを受けていないが、既にヴィランの体力は半分程減ってしまっている。
(ここで焦らない事です。
堅く、確実に勝つ為にはどうするか。考える事はそれだけ)
焦りは感じているが、顔に出す事はせずポーカーフェイスを貫く朋美。
一方零も油断する事無く冷静にヴォルフを操り、ジャンプめくり攻撃を当てた後更に追撃を当てた。
ヴィランは端で倒れ、ヴォルフは起き上がりに対して両手での引っ掻き攻撃を繰り出す。
「衝撃波が使えない状況であれを出されるとまず避けられないんだよなぁ」
ヴォルフが一方的に相手を追い込む展開に、栞は動揺を隠しきれない。
(リーダーが、あそこまで相手の罠にはまってしまうなんて……!)
容赦の無い追撃から何とか逃れると、態勢を立て直す為に朋美は相手から一旦距離を取った。
「良くない状況ですね。
流れを貴方に渡すワケにはいかないので、距離を取らせてもらいますよ」
零にしてみればこれだけ体力で差が付いている以上、積極的に相手を追う必要が無い。
麻痺炎は相手が仕掛けてきた時のカウンターとして用いられる為、相手が来ないとなかなか使えないのだ。
(ラウンドを取られてしまう位なら、行くしか無いでしょう)
体力を4分の1程度まで奪われた朋美にしてみれば、前がかりになって攻めるしか道は無い。
残り時間は30秒。
巻き返せるチャンスがある時に動く。そう思いヴィランをヴォルフの近くに向かわせた。
試合の流れが変わったのはその直後だった。
ヴォルフは相手のダッシュ攻撃をバックステップで回避したが、そこから歩いて真横に立ったヴィランの麻痺炎を喰らってしまう。
「うわ、勇気あるなぁ。
ヴォルフが消極的な動きをしてるからなんだろうが、それを確信して動ける奴はなかなかいねぇよ」
「今までの流れが全部引っくり返される可能性が出てきたわね」
勝機と捉えた朋美はヴォルフに近付き投げを決めると、倒れた瞬間に端へと運び起き攻めを開始した。
僅か数秒間とは言え、麻痺しているとガードするまでの時間も長くなる。
成す術も無くただダメージだけが蓄積していった。
(この油断だけでゲージを半分減らされた。
もう1回相手が攻撃を通すと逆転される可能性すらある)
やっと麻痺が解けたが、容赦の無い連続攻撃は続く。
タイミングを見逃さずにヴォルフは衝撃波で相手を吹き飛ばした。
「やっぱりそう簡単には勝てねぇよな」
「これで最初に戻ったって感じかしら。
零の方が若干有利だけど、大幅有利と言える差じゃ無いわね」
再びお互いの動向を伺いながらの駆け引きが始まる。
残り15秒。朋美は体力で負けている為、1回は攻撃を当てなければならない。
朋美は先程と同じ様にバックステップも交えつつ麻痺炎での連続攻撃を狙うが、警戒されているのかヴォルフは距離を保ったままだった。
(強引に近付いてでも勝ちを拾わなければ……!)
ヴィランは飛び上がり、ジャンプ攻撃を繰り出すが地上からの対空攻撃の方が僅かに早く、逆にダメージを受けてしまう。
ヴォルフは追撃をかけようとしたが思いとどまり、また中距離での睨み合いに戻った。
「このまま終わるワケにはいきません」
「朋美さんはそうだろうけど、僕としてはこのまま判定勝ちに持ち込みたいんだ」
ヴォルフが追いかけなかったのは、正解だったのかもしれない。
麻痺炎を喰らうリスクを考えれば、追いかけるよりも相手を焦らせた方がリスク無しで大きなリターンが見込める。
ヴィランも必死に食らいついたが、同じスピードのヴォルフに対して攻撃を当てる事が出来ないまま第1ラウンドが終了した。
「いいわよいいわよ。この調子でいけば勝てるわ!」
「とにかくアドバンテージがあるなんて思わない事だ。全力でいけよ!」
時間切れの判定によりヴォルフは体力の半分程度を残し、まだHPに余裕がある。
一方ヴィランはもう体力ゲージが満タン1本分しか無い。
体力差の時間切れか相手を1回倒さなければならないと言う厳しい状況だった。
(調子に乗って追撃をかけてもらえれば迎撃出来たんですが……
そう甘くは無い相手なのは百も承知。
耐えるのは現実的で無い以上、開き直って攻撃するしか無いでしょう)
ダウンしても即座に第2ラウンドが始まる。
ホッとしているであろう零に向かっていくには絶好のチャンス。
そう考えた朋美はすぐさまヴォルフの真横に陣取り麻痺炎を繰り出す。
だが零は決して油断などしていなかった。
麻痺炎をガードすると相手の硬直時間を利用して必殺技を当てる。
「零の奴、ここで逃げ切りに出たな」
「どういう事です?」
瞳の質問に対して比呂子が代わりに答える。
「必殺技は自分のダメージが大きければ大きい程威力もそれに比例していくんですが、逆に考えれば確実に一定のダメージを与えられるんですよ。
ヴォルフの場合は威力小でもゲージの4分の1は確実に削れます。
相手が後出しで必殺技を出そうとしても対処出来ますからね」
出さなければならない状況に追い込む事によって相手の選択肢を狭めていこうと言う作戦だ。
これでもっと攻めに行かなければならないのが朋美側であるが、それは相手に手の内を明かしているのと同じ事とも言える。
(必殺技を温存せず勝ち逃げの為に使うとは……
ですがその慢心が命取りですよ)
必殺技を喰らってダウンした所でヴォルフは起き攻めを開始したが、衝撃波によって飛ばされ位置関係は振り出しに戻った。
ヴォルフは近付かなければ攻撃が出来ないキャラクターなので無理をせず中距離からの様子見を続ける。
一方時間的にも余裕が無いヴィランは積極的に攻め立てた。
上空からのジャンプ攻撃で相手にガードさせるとそのままマントで何度も攻撃を行う。
「流石にガード入力も完璧だな。
朋美ちゃんの連続攻撃を見事に防いでるぜ」
「攻めに行く必要が無い分さらに慎重になってるわね。
このままの状況が続けばいいんだけど」
ヴィランは一度距離を取ると見せかけてスライディングを敢行した。
当たれば確実に相手をダウンさせる事が出来るが隙が大きく、当たらなかった場合のリスクも高い。
博打に近い選択だったが零は予想に反した攻撃に面食らい、ダメージを受けてしまう。
「リーダー、このチャンスを逃さずに行きましょう!」
攻めるしか無いと言う時は、吹っ切れて全力でぶつかる場合が多い。
朋美もその1回のチャンスを通した。
数回の攻撃を完璧に決めて相手の体力をゲージがゼロになるギリギリの所まで追い詰める。
「零、ここで相手の勢いに飲まれちゃ駄目よ!態勢を立て直して!」
「攻撃を1度でも当てれば違ってくる。
この先の展開を変えなきゃ!」
起き攻めに対してヴォルフは衝撃波を使い逃れる。
第2ラウンドの残り時間は30秒となっていた。
ヴォルフにとってみればカウントがリセットされる事のメリットは全く無い。
ここまで追い詰められたからには相手に少しでもダメージを与えて足掻いておきたかった。
(ココでヴォルフをダウンさせれば第3ラウンド。勝利の可能性が見えてきます)
フィニッシュをどう決めるか。
とどめを刺せなかったばかりに負けてしまうと言うパターンは格闘ゲームの場合嫌と言う程ある。
プレイヤーが名のある者同士の対戦ならば尚更だ。
朋美はダメージを受けない事を念頭に置き、攻めの手を緩める。
時間切れになっても体力差によって相手のダウンを奪う事が出来るからだ。
一方零は今こそ攻めに行かなければならない。
勝利を掴む為には前進あるのみだ。
「ココで決めに行く!」
零はタイミングをずらしながら相手に近付こうとする。
無理をする必要が無い朋美はバックステップで位置をずらし、相手で走ってきた所で麻痺炎を当てた。
「うわッ、ココで当たるのは痛いよ」
麻痺炎により動きが遅くなった所で朋美がとどめを刺そうと近付く。
両者の攻撃が同時に当たりダメージこそ受けてしまったものの、第3ラウンドへ突入した。
(今のは響くかもしれません……
早く倒そうとしたのが裏目に出ましたか)
ヴィランの体力は4分の3より若干少なく、ヴォルフの体力は当然満タンである。
だがこの程度の差は有利と言えるものでは無い。
朋美の猛烈な巻き返しによって勝負は解らなくなってきていた。
「リーダーの努力が無駄では無かった事が、もうすぐ証明されますね」
「それにしてもあの状況からよくもまぁ……やっぱ強ぇな」
一時は追い込まれた朋美であったが、今では完全に勢いのままヴォルフを倒さんとする勢いだ。
零も飲み込まれまいとしたのだが押し込まれ、精神的には朋美が優位に立っている。
(不味い。朋美さんが完全に場を支配している。
ココでそのまま流れを渡すワケにはいかない。攻めよう)
ヴォルフは近付こうとしたが、殺気を感じて直前で後退した。
ヴィランの必殺技は空振りに終わる。
「私の必殺技を回避してしまうなんて……」
朋美は窮地に立ち、突撃してきたヴォルフを必殺技で仕留めるつもりだった。
だが零は何かを感じそれを避ける事が出来た。
こうなると精神的に朋美が不利になっていく。
勢いを失ったヴィランに対して果敢に攻め込むヴォルフ。
ガードしきれず攻撃を喰らってしまった。
「まだ、まだ終わったワケでは……!」
追撃を回避する為に衝撃波を使いその瞬間に走っていく。
スライディングで相手の懐を狙うも今度は通用せず、反撃されてしまった。
「あらら、必殺技が外れた後、裏目が目立つ様になっちゃったわね」
「緊張の糸が切れちまったんだろ。
ずっと気を張ってるのは予想以上に厳しいんだよなぁ」
気付けば、朋美の額からかなりの汗が流れ落ちてきている。
緊張と重圧は冷静を常に保ってきた朋美にも襲い掛かってきていた。
(必殺技が当たっていれば……
向こうに流れを持っていかれてしまいました)
一方零は心の中でホッと胸を撫で下ろしていた。
ある意味野生の勘のレベルで相手の必殺技を見抜き、咄嗟にバックステップを取ったのが功を奏したのだ。
(さっきの回避は本当に運に恵まれた……
開幕の必殺技を恐れていたとは言え、勝手に出たバックステップだった……)
時間はそれ程経過していない。
4分の1まで体力的に追い込まれたヴィランは怒涛の攻めに打って出る。
それを捌きつつ、反撃の機会を伺うが相手もそこまで無理はせず、何度も仕切り直した。
「膠着状態か……朋美ちゃんにしてみれば時間切れになるのも不味いからな」
「ココで逃げ切りに出るのもヴォルフのスピードだと難しいし、微妙な所よね」
何度目かの攻撃でようやくチャンスが巡ってきた。
めくりジャンプ攻撃で相手を崩すと、ヴィランが立て続けにダメージを与えていく。
衝撃波で致命傷は免れたものの、ヴォルフは体力を半分近くまで減らされてしまった。
「お互いに集中力を保つのが難しくなってきたみたいですね」
「大将戦だからね。
自分だけの勝ち負けじゃないから、やっぱり精神的にもきついでしょ」
お互いに再び距離を取って睨み合う。
ココでもう一度攻撃を通した方が試合の流れを掴むのは明白だった。
(何とかココまで意地で立て直しました……
もうたらればなんてどうでもいい。絶対に勝ちます)
(嫌な空気を断ち切れたと思ったら……そう簡単には勝たせてくれないな)
流石に2人共慎重になっており、無理に攻められない。
残り時間は20秒。
ココで攻撃を当てなければ体力で負けている朋美が判定負けとなってしまう。
「勝たせてもらいますよ!」
再び上空から攻めるヴィランに対して、ヴォルフもジャンプ攻撃を狙う。
どちらも上からの攻撃を狙ったが両者空振りに終わり交差して地面に着地した。
間髪入れずにヴォルフが振り向いてダッシュし、ヴィランが麻痺炎を出す前に攻撃を当てる。
「ああッ!?」
朋美は自分の反応の遅さを悔いた。
解っていたハズだったが、実際に入力出来なかったのだから仕方が無い。
さらにそこで慌ててしまった為無駄にダメージを増やしてしまい、ヴィランの体力はゼロになってしまった。
(兄さんが、勝った……!)
朋美は筐体にもたれかかりながら嗚咽を漏らす。
涙が溢れて止まらない。
「わ、私が、この私が対応しきれなかったなんて……
こんな負け方はしたくありませんでした……」
何度も、勝つチャンスはあった。
そのチャンスを活かす実力は充分にあった。
だが朋美はそのチャンスを掴み切れなかった。
そこが今回の試合における彼女の『反省点』なのだろう。
「今回の紅白戦、大将戦は僕の中で大きな意味を持っていた。
正直勝ったと言うよりは、勝たせてもらったと言う気持ちの方が大きいよ。
勉強になる事が山ほどあったしね」
零の方は立ち上がると、観客に向かって手を振った。
観客は拍手でそれに応える。
その後朋美の方へ近付くと、彼女は涙を拭いて自分で立てるとばかりにしっかりした足取りで立ち上がる。
「私のプライドを賭けて挑んだ一戦でしたが、結果は零さん、貴方の勝利となりました。
この事を受け入れ、次に繋げていきます。
このまま諦めるつもりは無いですから」
まだ涙が滲んでいたが、気丈に振る舞い、観客に向かってお辞儀をする。
彼女を馬鹿にする者等1人としていなかった。彼女の健闘を称える声が飛び交う。
「凄かったぜ、またこんな戦いを見たいなぁ」
「次こそは優勝してください!朋美さんは私達女性プレイヤーの憧れの存在ですよ!」
NEWSZEROのメンバーも彼女に駆け寄り、彼女を労った。
「時の運って部分もあるし、朋美ちゃんが駄目だったワケじゃ無いからね~」
「良いモン見させてもらったぜ。次は俺もアンタのレベルに到達してみせる」
「リーダー、次があれば必ず勝ちましょう。
気持ちを切り替えて、全国大会の為に力を尽くすのみです!」
朋美は零と握手を交わし、筐体から離れると、あかり達の近くにいた比呂子を連れてきた。
「先程あかりさんも仰っていましたが、私の口からも言わせてください。
NEWSZEROのメンバーからも、そして零さんの陣営からも称賛される試合を見せてくれた比呂子にもう一度盛大な拍手を!」
朋美は強い女性だった。
何時までも過ぎた事を悔やまず、そして誰よりも仲間を想う気持ちが強い。
比呂子は突然呼ばれ戸惑ったが、拍手と歓声の中で笑顔を見せ、朋美の手を強く握る。
「紅白戦を見てくださった皆さん、本当に有難うございました。
今回の紅白戦では私は特殊な立場でしたが、この戦いが出来たのは私が橋渡しになったと言う部分もあったんじゃないかと思っています。
豊さん達エターナルナイト常連組の1人として、またNEWSZEROのメンバーとして、これからも頑張っていきたいです」
優勝者が零ならば、比呂子は殊勲賞を貰った様なものだった。
2人は大きな拍手で迎えられ、称賛される。
店内の興奮は暫くおさまりそうに無かった。
「乾杯!」
飛鳥軒はこじんまりとした立ち食い蕎麦屋なのだが、エターナルナイトのメンバーとNEWSZEROのメンバー、そして先程見ていた観客で満員になっていた。
普通の客が入る事を入り口近くで諦めてしまう程、大勢の客が蕎麦をすすっている。
「今日の結果はどうだったんだい?洋子」
「うん、初戦で負けちゃった。比呂子さんが凄く強くてね……」
NEWSZEROのメンバーが全員未成年と言う事もあり、酒を飲む者や煙草を吸う者はいなかった。
竹輪天蕎麦を食べながら、豊はあかりと今日の結果について話し合う。
「今日は比呂ちゃんが持ってった感があるなぁ。
いや零の大将戦も凄かったけどさ」
「今だから言うけど、私も見ながら結構緊張してたんだからね。
零が勝てて良かったわ」
あかりの右隣に豊、左隣に比呂子が立っていた。
豊の近くに零と瞳がおり、会話に加わっている。
「あそこからの3連勝も見事だったよ。
誰かと言うより、皆で掴み取った勝利だからね」
「でも、兄さんの頑張りがあったからこそよ。本当に凄い試合だったわ」
彼等の話を聞きながら、NEWSZEROのメンバー達も今日1日を振り返っていた。
「メンタルでの負けがあった事は否めません。
技術の精度を高めていく事が必要になるでしょう。
ただ、収穫があったのは確かですね。
紅白戦によって私達が改めて奮起するきっかけが作れたと思っています」
これまで学校内のZERO好きが集まっていただけであったが、朋美の試合を見て全国大会への気持ちを強めた者もいた。
特に何となくZEROをプレイしていた恵や久緒は、紅白戦を経験し『強くなりたい』と思う様になったらしい。
「まずは比呂子ちゃんのレベルに近付く事かな。
人を魅了する戦いが出来る様にならないとね~」
「俺は打倒あかりを掲げるぜ。
あの女に勝てるレベルになれば、大舞台でもしっかり戦えるだろうしな」
この紅白戦は決して無駄では無かった。誰もがそう実感している。
特にその思いを強くしていたのは零だった。朋美に勝利した事で自信がつき、全国大会への情熱も高まる。
「何としても全国大会に出場したいよ。
決勝トーナメントに出れるのは16名のみ。
その中に入って自分の実力を確かめたい。
優勝したいけどまずはそれを目標にしないとね」
「うちのメンバーは全国で見ても相当レベルが高いからなぁ。
予選突破する奴が結構出てくるだろ。
まぁ各都道府県には認定ZEROゲーマーがいるから、そう簡単にはいかないだろうが……」
千葉県認定ZEROゲーマーを擁するエターナルナイトのメンバーは強豪揃いだが、全国にはそれと同じ位強いゲーマーが沢山いる。
古都府や大阪府、香川県と言った他の地方でも実力、人気共にトップクラスの認定ZEROゲーマーがいるのだ。
店内トップでは全国大会へ進むのは難しい。
零は地方へ出向いて親善試合を行う事も視野に入れていた。
「『ギルドZERO』って言う、認定ZEROゲーマーだけで結成した集団がいるんだが、俺はそこの会員と知り合いなんだ。
零みたいな強いプレイヤーだったら、皆戦いたいって思うだろうなぁ。
今度連絡してみるわ」
零は豊との会話を終えると、瞳と向き合い手を握って礼を述べた。
「有難う。今日は来てくれて嬉しかったよ。
瞳のおかげで頑張れた」
「ううん。兄さんの実力よ。
あんなに楽しそうな兄さんの顔を久しぶりに見る事が出来て嬉しかったわ」
その場にいた全員が、戦いの終わりと、そして次なる戦いの始まりを予感していた。
全国大会の地区予選が行われるのは今年の11月。
プレイヤー1人1人の戦いはまだ始まったばかりである。