読者にどう新しい主人公である事を認めてもらうか。
今までの主人公との違いを出さなければなりませんし、
前の主人公と違い過ぎていても駄目です。
月山新二に関しては、『クールな主人公』から
『熱血主人公』にバトンタッチしてもらう形になりました。
ただ、クールメインで熱さもある零と、
熱さが根底にありながらも冷静になれると言う新二は
良い意味で対比を生み出したと思います。
【2010年 8月8日 午前10時 東京都 プラナス本社ビル内 赤の部屋】
試合開始時刻になった事を伝える様に、音楽が部屋内に流れ始めた。
「この曲は……?」
「美香が、氷室零を送る為の曲だと言っていたわ。
荘厳な雰囲気でありながら、儚さも感じさせるわね」
曲自体は数十秒程で聞こえなくなったが、新二は曲が流れている間目の前の画面を食い入る様に見つめている。
(人の運命が決まる大事な試合。
勝ちたい……どうしても勝たなきゃいけない。
でも、そうじゃない。
誰かの為に勝つと思わず、自分が勝ちたいから勝ちに行くと思わなければ)
幼少期は樽酒(たるざけ)桃子(ももこ)と、そして青年期は鏑木(かぶらぎ)修吾(しゅうご)と駆け抜けた格闘ゲームの道。
新二にとっては茨の道だったが、苦しい時よりも楽しい時の方が多かった様な気がしていた。
そして、彼は今自分をその道に導いてくれた師匠と対戦しようとしている。
「さぁ、戦いましょうか。
もう準備は出来ているんでしょう?」
桃子が諭す様に戦いの開始を宣言し、新二もその言葉に対してしっかりと頷いた。
(シン君……残念だけど、貴方は負ける。
貴方と一緒にいた時に、貴方の戦い方や癖を見抜いてアドバイスをしたのは私なのよ?
確かに時が経って腕は上がっているのかもしれないけれど、本質的な動き方はレバーとボタンに初めて触れた時から変わりはしない)
樽酒桃子は新二の手の内を知り尽くしている。
アドバイスを行った事でどう変化したのか、その違いにも気付いていた。
だが、桃子が新二の手の内を知っている様に、新二もまた彼女の動きを見て研究している。
(師匠の動きを、戦い方をずっと見ていた。
離れる直前まで目に焼き付ける様に凝視していたんだ。
俺はずっと師匠に追いつきたかった。
そして追い越したいと思っていた。
今日、俺はその夢を叶える為にココにいる)
互いに全てを見ていると言う事は、自分がどうされたら不利になるのかと言う事も把握していると言う事だろう。
1つのミスも許されない。
お互いの長所と短所を活かした戦い方が求められていた。
月山新二が『ヴォルフ・ムーンリファード』を選択し、樽酒桃子は『ライオファング・エンペラー』を選択。
オーソドックスな殴り合いがメインとなる試合になりそうだった。
(ライオファング・エンペラー……
巨大な剣を両手に持ち、相手を斬る。
リーチの長さとかなりのスピードを持ったキャラクター。
雷斬撃(らいざんげき)と呼ばれる雷の斬撃を飛ばす事が出来るが、その斬撃は地面を這う様にしか移動しない。
動きの速さとリーチの長さが仇となり攻撃力はかなり低め。
上級者向けだったな……師匠らしい選択だ)
エンペラーは防御モーションの際、剣を交差させて敵の攻撃に耐える。
手に何も持っていないキャラクターが相手の場合、ガードに対して相手が投げ攻撃を成功させるとエンペラーの剣を片方奪う事が出来ると言う明らかな弱点も持っていた。
そういった弱くなる為の調整をしなければならない程、エンペラーの基本性能はヴォルフの性能を凌駕しているのだ。
新二としてはまず相手の猛攻に耐えて、隙を伺い攻撃を行うしか道は無かった。
(近接戦がメインになる場合は、遠距離戦以上にガードのタイミングの様な基本の動きが勝敗を分ける鍵になる事が多い。
落ち着いて、相手の動きを見る事。
相手にすんなり読まれてしまう様な行動を取らない事が大切だ)
フィールドはヴォルフのホームでもある『ヴァルー神殿前』に決まった。
『REAL DEATHGAME START!』
格闘ゲームにおける互いの癖は知っているものの、ZEROでの対戦となると初めてとなる両者。
強気に攻めたのは桃子の方だった。
ZERO全国大会優勝経験を活かしてヴォルフを端に追い詰めていく。
「地面にしか飛ばない斬撃だけど、その代わり他の飛び道具に比べて速く相手に届く。
相手の跳躍を防いで地面に釘付けにし、その間に近付いて上から斬りかかる事も出来るのよ」
その言葉通り、ヴォルフにガードをさせ相手が動けない事を確認してから襲い掛かった。
(大切なのは、焦らない事だ。
下手に動揺して逃げようとすると、バックステップでも向こうのダッシュの方が速いから捕まってしまう。
どっしり構えて、愚直に耐える。
相手が苛々すれば、必ず俺のターンが回ってくるハズだ)
勿論、言う程簡単では無い。
斬りかかる攻撃は斜め上の防御、その後の下から剣で薙ぎ払う攻撃は中段の防御。
下段に対しての攻撃も行ってくる為、それを全て予測し、最適なタイミングでボタン入力を行わなければならない。
少しでもタイミングがずれれば、大ダメージに繋がってしまう。
冷静に熱く。新二はあかりから言われた言葉を思い出していた。
『頭は冷静に、ハートは熱く。
勝ちたい気持ちだけを先行させるのでは無く、どうすれば勝てるのかを考えたうえでキャラクターを動かしなさい』
今の所、そのアドバイスは新二の役に立っている様だった。
だが、近距離で放った雷斬撃がヴォルフの身体に当たってしまう。
「張り詰めた空気の中で戦い続けるのは厳しい。
大切なのは、息抜きの仕方を間違えない事。
相変わらず、休み方が下手なのね……シン君は」
近距離で仰け反れば、当然相手のコンボの餌食になってしまう。
攻撃力の低さを手数で補い、エンペラーがリードを広げていった。
桃子は攻撃を当て続けてダウンさせ、起き攻めを敢行したが衝撃波で防がれてしまう。
(攻撃力が低いエンペラーで、ヴォルフのHPを3分の1も溶かしてしまった。
やはり師匠と真っ向勝負を行うのは危険だ!
でも、近距離攻撃しか出来ないヴォルフで駆け引きを行うのには無理がある。
突っ込んでその場の運に頼るべきなのか……)
そう考えている間にも、エンペラーが怒涛の攻撃を見せる。
ヴォルフは画面端に追い込まれ防戦一方。
相手の攻撃も的確で隙が見当たらない。
暴れようにもその暴れを封じるかの様な立ち回りで終始新二は圧倒されていた。
(ああ、何て強いんだ師匠は。
昔と何も変わっていない。
あの時と全く一緒じゃないか。
懐かしいな……
あの頃は何度やられてもそれが強くなる為の糧だと思ってがむしゃらに頑張っていた……)
新二の目に涙が滲んだ。
嬉し涙だった。
樽酒桃子と戦っていると言う喜び。
相手の強さに震える喜び。
桃子が仕掛けてきた近距離での斬撃を今度は跳躍で回避し、新二はようやく攻める形を作る事が出来た。
力の限り、不器用だが真剣にぶつかってくる。
桃子にとってもそれは懐かしい光景だった。
(シン君と一緒にやってた時は本当に良かったな……
あの時は明日が来るのが楽しくてしょうがなかった。
今は明日が見えない。
どす黒い私の中の闇が未来を覆い隠してしまう。
この戦いは、その闇をお金と言う名の光で消す為のもの!)
桃子は勝利への決意を固めたが、とても人に明かす事の出来ない己の暗い過去が脳裏に浮かぶ。
何故自分がここまで酷い仕打ちを受けなければならないのかと嘆いた日々。
そんな絶望の記憶が脳裏に浮かんだ事で彼女は隙を作ってしまった。
少しだけ涙でぼやけてしまった視界に、コンボを叩き込むヴォルフの姿が映る。
衝撃波で防いでしまおうと言う安直な逃げが裏目に出たのだ。
しっかりとガードで防がれ、ダメージを受けてしまっていた。
「師匠、次の世代への襷(たすき)を、俺に渡してくださいよ!
俺がそれを受け取って、必ず良い結果を残しますから」
ヴォルフは1発1発のダメージが大きい為、1回相手の攻撃を受けると半分程HPが減ってしまう。
「駄目よ。シン君は未熟な所が目立つわ。
全国大会優勝者として、まだまだ貴方に襷は渡せない」
新二も桃子も、涙を流している場合では無い事は解っていた。
それでも、この試合で2人が戦うと言う意味は重い。
新旧のどちらに女神が微笑むのかと言う点でも、興味深い戦いだった。
新二が僅かなリードを保ったまま、30秒が経過しようとしていた。
桃子としては、焦って余計なダメージを受け、差が開く様な事が無い様に注意すべき時間帯でもある。
「リードを保っている時こそ、積極的に。
師匠が教えてくれた事でしたよね」
ヴォルフが攻めエンペラーが耐えると言う展開の中、桃子は状況を打開する為に機会を伺っていた。
(雷斬撃、相手に一旦距離を取らせてダッシュ。
ダッシュ攻撃をガードされる。
相手はさらに距離を取ると見せかけて上からの攻撃。
ガード……近距離での雷斬撃が当たった!)
すかさず仰け反った相手に対して接近するエンペラーだったが、僅かに間に合わず出鱈目に攻撃したヴォルフの蹴りを喰らってしまった。
(結果論だけど、肉を切らせて骨を断つ様な展開になった。
俺が諦めていたら相手のコンボが成功していただろうし、師匠の反応が遅れていなかったら暴れが通る事も無かった。
この幸運を逃さない様にしなければ……!)
だが端に近い場所にいたのがヴォルフだった為、何回か攻撃した後エンペラーがガードして攻撃を耐える。
相手の勢いに呑まれる事だけは避けたかった桃子は、雷斬撃で相手を追い払うとフィールドの中央付近に移動した。
(端に逃げれば相手に対して迎撃が容易になるけれど、相手の攻撃が通った時逃げにくいと言う短所がある。
ココは中央付近に待機して場の流れを掴んでいきましょう。
時間にはまだ余裕があるもの)
桃子はそう自分に言い聞かせたが、残り時間は20秒。
逆転こそ可能なHP差ではあったが焦りは隠せない。
地面を這う遠距離攻撃しか使えないと言うエンペラーの特性上、相手がそれを跳躍で避けながら襲ってくる場合が多い。
上手く捌きつつ逆転を狙いたい桃子であったが、新二は逆転の芽を潰す事だけに注力していた。
(このラウンドで何とか勝って、HPで有利に立っておきたい。
第2ラウンドで師匠のHPを少しでも多く削る。
最終ラウンドでかなりの差が付く事が理想だけど、その為には目の前の目標をクリアしていかなければ……)
小競り合いが続いたが、お互いに上手く攻められない時間が続く。
スピードで勝るエンペラーが攻撃する方が長かったが、衝撃波で窮地をしのぎダメージを受ける事だけは許していない。
エンペラーが左端付近でリーチの長い振り下ろし攻撃を行ったがヴォルフはバックステップで回避。
追いかけてきたエンペラーのダッシュ攻撃もしっかりガード。
ダッシュ攻撃後の硬直を利用して確定反撃に転じた。
(シン君の動きが私の想像以上に堅い……!
無理にこじ開けようとするとカウンターを喰らってしまう。
かと言って必要以上に深追いもしない。
会っていなかった間に、これだけ強くなっていたなんて)
全国大会優勝と言う肩書も、この1試合に直接的な影響をおよぼす事は無い。
寧ろ美香にスカウトされるまで練習に時間を割く事が出来なかった桃子の方にブランクがあった。
残りHPが半分残ったヴォルフに対して、残り3割のHPを持つエンペラー。
1度決まれば逆転可能な体力差。
それが解っていてもなかなか相手を崩す事が出来ない。
悔しさを抱えたまま最初のラウンドが終了した。
1度ダウンした後エンペラーがHPを1本残した状態ですぐに起き上がり、第2ラウンドが始まる。
「師匠、最終ラウンドまでもつれると思いますけど……
最後まで付き合ってくださいよ!」
「当たり前じゃない。
シン君相手にストレート負けだなんて、私のプライドが許さないわ」
新二としては当然、半分残った余分なHPを攻撃にどんどん回していきたい。
桃子は倒し切るか、守り切るかと言う2つの選択の内どちらを選ぶのか迷う所だった。
最初にぶつかっていったのはヴォルフ。
多少のダメージは覚悟の上とばかりにアグレッシブな攻めを見せる。
その勢いを削ぐ事が出来ず、エンペラーは防戦に追い込まれたがダメージを喰らう事無く窮地をしのいだ。
(我慢の時間。
シン君も隙を見せる時が来るハズ……
その時まで余計なダメージを負う事は許されない)
桃子の立場からすれば、最終ラウンドにおいてHPが削れている事態は避けなければならない。
ヴォルフ相手に守り切ると言うのは難しいが、下手に前がかりになって自滅する可能性もある。
(超必殺技で強引にKOを狙う作戦も一応候補に入れておくべきだけれど……
最終ラウンドで相手に逆転の余地を残しておくのも危険よね。
どうするべきか……)
現状ではとにかく喰らわないと言うプランしか持っていない桃子。
その集中が果敢に攻めるヴォルフの隙を突いた。
上からの攻撃を耐え、着地硬直にエンペラーの攻撃を綺麗に合わせる。
相手の体力を1割まで減らしたが、起き攻めに対して衝撃波で返されさらなる追い討ちは出来なかった。
(がむしゃらな攻撃じゃ通らないのか……
いや、失うものは何も無い。
倒されてもイーブンに戻るだけだ。
とにかく攻めまくろう。
最終ラウンドに入ってから考え直せばいいじゃないか)
桃子は試合を終わらせる事に注力しつつも、隙を作らない様に細心の注意を払っていた。
跳躍で攻撃される位置に相手が来た時に雷斬撃を出す様な事はせず、リーチの長い横払い攻撃で牽制しつつ時計の針を進めていく。
どちらも攻撃する機会を見出せないまま30秒が経過した。
「このまま終わらせる。
シン君の思い通りにはさせないから」
「でも師匠だって、一波乱があるかもしれないって思ってるんでしょ?
HPが残っている限り諦めませんよ」
新二は決して強気な姿勢を崩さなかった。
火村あかりが彼に言った『恐れないで戦う』と言う言葉を胸に刻み勢いを保持する。
中央付近での競り合いは互いに牽制しつつガードを固め、ヒリヒリする様な試合展開が続いた。
そしてこの均衡が僅かに崩れる。
それは桃子が近付かれる事を嫌がりバックステップを続け、端に移動した事がきっかけだった。
(迎撃されたらそこまで。
追いかけて相手のミスを誘うんだ)
相手の攻撃がギリギリ届かない所までダッシュで走り急停止する事で、相手の攻撃を誘う。
どんな攻撃を繰り出してくるのかを見極めなければならなかった。
飛ぶべきなのか、もう1度ダッシュして素早く一撃を入れるべきなのか。
(大丈夫。
相手を飛ばせて守れば反撃して終わりに出来る)
雷斬撃を飛ばして相手の跳躍避けを狙ったがヴォルフは飛ばず、ガードで耐える。
一旦端から脱出しようとエンペラーが逆に飛んで上からヴォルフに襲い掛かろうとしたが、ヴォルフも飛んだ為エンペラーは咄嗟に空中でガードした。
自分のHPを守る為により慎重な行動を取った桃子。
だが守った事で端から脱出する事が出来ず、タイミングがずれたのかコンボを喰らってしまった。
(中段の攻撃が入った!
恐らく師匠のボタン操作がほんの少しだけ遅れたんだろう。
追い詰められた後の判断で迷ったのか?)
新二の頭の中にそんな疑問が浮かんだが、端で攻撃が通ったと言うチャンスは絶対に逃せない。
(下手にガードせずに、相討ちで攻撃し合って相手をダウンさせれば良かった……!
絶対にダメージを受けない立ち回り方を徹底した事が裏目に出てしまった。
小銭を惜しんで大金を失った様なものだわ)
端の見えない壁に叩き付けながら相手にダメージを与えていくヴォルフ。
相手のHPを3割程削った後、さらに起き攻めをかける。
桃子は衝撃波で再び仕切り直しになると言うリスクを避け、ヴォルフが前がかりになり過ぎた所で反撃し、ラウンドを取った。
最終ラウンド。
お互いに超必殺技を残している為、相当な大差がついてもたった1回の攻撃で逆転出来る可能性がある。
今まで以上に相手の攻撃を受けない事が大切になる一戦。
だが受け身に回れば無駄なダメージを受け易くなる事もまた事実だ。
(当たれば相手を葬り去る事が出来る超必殺技。
でも外した時の硬直は着地硬直の比では無い。
衝撃波を無効化する事は出来てもガードは無効化出来ないと言う特性上、頼らない様にしなきゃ……)
いちかばちかの攻撃に全てを委ねる様な戦い方は出来れば避けたい。
それは新二も思っている事だった。
(超必殺技を出さなければ負けると言う所まで相手を追い込めれば、防ぐのも容易になる。
でも微妙なHPの時に出されるのが怖い。
特に試合開始直後に喰らったら残りHPが限りなくゼロに近くなるだろう)
今までよりもダメージを受けたくないと言う意識が先行し、牽制こそ互いに行うが懐に入る事が出来ない。
1つのミスが命取りになると言う緊迫した状況の中で20秒が経過した。
(それにしても、たった1試合でこんなに緊張したのは初めてかもしれないな……
師匠に見守られながらも結果を出せなかった店舗大会の時も、ここまで負けたくないとは思っていなかった)
その熱量の無さが、敗北に繋がったのかもしれないと新二は考えていた。
緊張の糸が切れない様に自分を保つ。
派手な動きは出来ないが、消極的過ぎるのも良くない。
様々な思いが脳裏を駆け巡る中、桃子が少しだけギアを上げてきた。
(少しだけ色気を出していく。
そして試合が終了に近付く度に増していけば良い。
シン君もそう思っているハズ。
大事なのは圧力の掛け方。
私の方から積極的に動いていく)
ヴォルフがエンペラーに押される展開になりかけたが、新二も圧力を跳ね返す様な動きをしていた。
フィールドの中央で中距離での睨み合いが続き、互いに攻める時間があったがどちらも攻めきれない。
端に近付きそうになった所で桃子が衝撃波で相手を追い払い、無理な攻めは見せなかった。
ヴォルフもバックステップをしながらダッシュする様な素振りを見せ、相手の対して一歩も引かない姿勢を見せる。
完全に試合は膠着し、40秒を過ぎた段階でお互いにダメージを全く与えられないと言う状況に陥った。
(駄目よ。
このまま終わったら私がHPの差で負けてしまう。
無理やりにでも攻撃を通さないと……
超必殺技に頼ってでも逆転しなければ勝てない。
ココが正念場ね)
残り20秒になった辺りでエンペラーが怒涛の攻撃を仕掛けてきた。
元々スピードとリーチの長さで勝るエンペラーが攻撃に重きを置けば、ヴォルフは受け身にならざるを得ない。
だが新二は崩れなかった。
絶対に無駄なダメージは受けないと心に決め、攻撃しつつ端に追い詰められない様に動き回る。
左端付近で攻撃を受けた時も、相手の攻撃をガードで防ぎ切り、ダッシュ攻撃を跳躍で回避して位置関係を上手く入れ替えた。
「完全に動きを読まれているわね。
攻撃を当てたいって気持ちが強くなってるから当然か……」
「劣勢に立っている時の打開の方法も師匠から教わりましたからね。
師匠の動き方はある程度解ってますよ」
最早リスクを考慮してなどいられない。
桃子は残り10秒になった時点で超必殺技も視野に入れた猛攻を開始した。
雷斬撃を2度放ち、相手の出方を見た直後に上から襲い掛かる。
キャラクターの背中部分に蹴りを入れる様な『めくり』を狙ったが失敗。
しっかりと逆方向のガードを決めたヴォルフが反撃を試みるも意地のガードで何とか最大の窮地を防いだ。
(もう出すしか無い。当たって!)
超必殺技に己の勝利を全て預けようとしたエンペラーだったが、ガードからそのモーションに移ろうとした一瞬の間に超必殺技を決められてしまう。
残り5秒と言う状況において逆転のチャンスがそれしか無い事は新二にもよく解っていた。
3割のHP差が最終ラウンドにおいて大きな意味を持った試合だった。
空中ガードが非常に悔やまれる。
同じタイミングで相討ち覚悟の攻撃を行っていれば最小限のダメージで最終ラウンドに向かう事が出来たハズだ。
そうしていれば新二もある程度焦れたハズ……
勝負の世界において『たられば』は無意味だが、桃子は後悔する事しか出来なかった。
(シン君がこんなにも試合巧者になっていたなんて……
試合の進め方も、終わらせ方もほぼ完璧。
私の心理を確実に読んで、崖を背にして立っている様な状況でも踏ん張り続けた。
それはかつて、私がやっていた事……)
再会するまでの間に、両者の腕が変わってしまっていた事を桃子は悟った。
容姿も性格も変わってしまったと自覚していた桃子であったが、自分のゲーマーとしての腕が変わってしまった事をどうしても認める事が出来なかったのだ。
だからこそ、リハビリの様に練習を重ね、懸命に努力し続けた。
だが努力を怠らなかったのは新二も同じだった。
同じ様に努力を続けた両者の勝敗を分けたのは、この試合が行われるずっと前からの努力。
鏑木修吾と共に全国大会を目指して走っていた頃の努力が実を結んだと言えるだろう。
「もう、私が貴方に教える事は無さそうね」
桃子は泣き喚きたい衝動を必死に抑えつつ、涙を流しながらも何とか笑顔を見せた。
全国大会優勝者と言う己のプライドが、無様な姿を晒す事を拒んでいたのだ。
「師匠が1000万円を勝ち取る事は出来ませんでしたが、俺はそれで良かったと思ってます。
師匠に再び会って、思いのたけをぶつけ合って勝てた。
俺の人生において大きな意味を持つ一戦でした。
さっきも言いましたけど、本気で優勝を目指します。
俺と一緒に歩いてもらえませんか?」
新二は立ち上がり、桃子の横に来ると手を差し伸べた。
「私なんかで良いの……?
私はもう、汚れてしまっていると言うのに」
「何を言ってるんですか。
師匠は、俺の人生における恩人なんですよ。
師匠は人間的にも素晴らしい人だ。
何時も最後まで諦めずに戦い抜く事を俺に教えてくれた。
師匠がそうやって俺を鍛えてくれたからこそ、俺は師匠に勝てたんだと思っています」
嘘偽り無く、真正面から彼女を見据え、真剣な表情で桃子を見つめる新二。
新二には、かつての桃子の美しい姿が映っていた。
立ち直りさえすれば、あの頃の姿をきっと取り戻せるだろうと信じていたのだ。
「シン君……今負けてしまった事も含めて、私にはまだ答えが出せない。
時間を頂戴。
必ず貴方の告白に対する返事はするから」
桃子は絞り出す様な声でそう言った。
それもまた、桃子の本心から出た言葉だった。
絶望から這い上がる為に掴んだチャンスを失ったと言う事実が、彼女の心を大きく抉っている。
その痛みと混乱が彼女の心の中を支配しており、冷静に考える余裕が全く無かったのだ。
「待っていますよ、師匠……
その答えを出すのに長い時間がかかったとしても」
桃子は自分の生き方に誇りを持っていたいと思う性格だった。
故に、今の醜い自分を元に戻す努力をするだろう。
そして新二が全国大会で優勝すれば、桃子は必ず告白を受け入れてくれる。
新二はそう思った。
『おい、どこまで飛べるかやってみようぜ!』
幼い頃、そんな会話をした記憶が鏑木修吾の中に残っている。
小学生の頃、彼の同級生がそんな言葉を発していた。
あまり仲が良くなかったので、顔は覚えていない。
応援してやれない己のふがいなさを感じつつ、だからと言って何処へ行くと言うあても無かった修吾は公園のブランコに揺られていた。
「どこまで飛べるか、か……」
ブランコを漕ぎに漕いで、ジャンプした時の飛距離を競う。
子供の頃ならではの無鉄砲な遊びで、今では怪我が怖くてやれたものでは無い。
だが、今一人で戦っている月山新二ならどうだろうか。
彼ならば、そんな無鉄砲な行為でも躊躇する事無く行うのかもしれない。
「シンはどこまで飛んでいくんだろうな……」
自分は選ばれなかった。
大事な試合の助っ人として呼ばれなかった哀しみが、重くのしかかる。
目に涙を浮かべながら独りきりの公園でブランコを漕いだ。
時折地面を蹴りながら。
「勝ってくれよ、相棒」
修吾は気付いていなかったが、新二は彼がいたからこそ勝ったのだ。
彼の優れた知識と戦術眼は、樽酒桃子との戦いにおいて少なくない差を生み出した。
打ちのめされていた彼にも、また等しく機会は訪れる。
年末の全国大会で結果を出して周囲を見返したいと修吾は思っていた。
それは当然、月山新二と優勝の座を賭けて争うと言う事でもあるのだ。