『世界は綺麗事では動いていない』と言う点です。
それと信虎を善人の様には書かないと言うのは
物語を書き始める前から決めていました。
ハッキリ言って、信虎は悪人ですし国での立場が変われば
大犯罪人です。そういう底抜けの悪が国を動かしていく。
清廉潔白な政治家なんてそうそういないと思っています。
最終戦争から遡る事およそ20年前。
ヴァルーの民と天界人との間で始まった戦争は、1人の使者と天界人の王の会話から始まっていた。
「これが最終通告となる。
お前達野蛮な獣達は、我々天界人の下につくべきであろう。
お前達が選ぶ道は2つに1つ。
全てのヴァルーの民が儂の奴隷となって未来永劫王国の民に仕えるか、我々に滅ぼされるかだ」
豪華を極めた宮殿の玉座に座る王はまだ若く、傲慢だった。
長きに渡り続いていた不毛な戦いの停戦を模索していた先代の王を暗殺し、ヴァルーの民をこの世から抹殺するつもりでいたのだ。
鎧を着た兵士達が王の脇を固め、皆蔑む様な目でライオンの姿をした獣人を見つめている。
「我々を滅ぼす事が貴様の望みか。
我々が服従するハズが無いと思っているのだな」
「儂はお前達の国の資源が欲しいのだ。
土の中に埋まっている特殊な金属は我々の国の建物を作る為に必要なもの。
そして、あの自然に満ちた密林地帯は貴族達がバカンスを楽しむ場所としてうってつけではないか。
お前達を駆除して自然を満喫するのも良いが……
服従すると言うのなら使ってやらねばなるまい」
座ったままふんぞり返り、傲慢さに満ちた表情で嘲笑うスカイロンの王。
その隣に立っていた20代半ば程の青年は、憎悪に満ちた目を獣人に向けていた。
「リゾート地には宿泊施設や様々な遊具が必要だ。
お前達が服従した場合、それを全てお前達に作ってもらおう。
このスカイロンに新しく作る施設の建設、この荘厳な宮殿の修理。
やってもらいたい事は山程ある。
我々とお前達では兵力に10倍の差があるのだぞ。
科学兵器を駆使する事が出来るスカイロンの兵士達。
それに比べてヴァルーの獣人では槍や刀を振り回すのが関の山ではないか。
そう思わんか?」
金を基調としてダイヤ等の宝石類が散りばめられた王冠を被る若き王の隣で、獣人を睨み付ける青年。
紫色の髪に黒ずくめの衣装、毒々しい赤紫色の目がかっと見開かれた。
「国王、奴等を侮ってはなりません。
あのエンペラーと言う名の獣人に我々の仲間が多数殺されております。
獣を檻に入れても飼い慣らす事は不可能。
奴隷にする等と言う甘い考えは捨てていただきたい。
奴等がいる限り国民の命が危険に晒されます。
全て、この世から消し去るべきです」
右手だけに黒い皮の手袋をはめた青年はそう言うと、エンペラーと呼んだライオンの獣人を睨み付ける。
「侵攻戦において、王国軍に手痛い打撃を加えたのはお前の指揮する獣人達だった。
王の御前で無ければ、今すぐ俺の右手で消してやる所だ」
「愚かな……
貴様達が我等を殺す為に攻めてこなければ、天界人が命を落とす事は無かったのだぞ?
我々はあくまで自衛の為に殺したまで……
平和に暮らしてきたヴァルーの民とて、殺されるとなれば牙を剥く」
2人の間に激しい火花が散っていた。
王の右腕として仕えている青年は天界人が最上位であると考えており、獣人を強く憎んでいたのだ。
遺跡に集い神への祈りを捧げる野蛮な民族。
彼等はスカイロンの国民達と相容れない関係にあった。
「フガミ、それ位にしておけ。
儂はこの獣人が出す答えが知りたいのだ。
さぁ、獣の王よ。
お前はどの道を選ぶ。
絶対服従か、それとも滅びの道か?
好きに選ぶが良い」
ヴァルーの獣人達の力など屁とも思っていない国王はあくまで強気だった。
エンペラーは暫くの間顎に手を当てて思案していたが、やがて顔を上げながら言葉を発した。
「3つ目の道が提示されていないな。
我々が死力を尽くして戦った結果、スカイロンが滅ぶ道だ」
国王は暫くぽかんとした顔を浮かべていたが、やがておかしくてたまらないとばかりに大声で笑った。
「ば、馬鹿にも程がある!
何を言っておるのだこの獣は。
頭がおかしくなったのか。
先程も言ったであろう。
我々は科学兵器を保有し単純な兵力は貴様達の10倍はあると。
勝ち目の無い戦いを行うと言うのに『スカイロンが滅ぶ』とな。
笑い過ぎて腹が痛むわ」
「奴の宣戦布告だ!
まずは目の前にいるその獣を八つ裂きにしろ。
死体を奴等のもとに送り届け、交渉が完全に決裂した事を教えてやらねばならん」
紫色の髪の青年がそう言った瞬間、奥の部屋から武装した兵士達が次々と姿を現す。
「相変わらず芸が無いな。
物量だけで我に勝てると思ったか。
帰らせてもらうぞ。
貴様達と戦う支度を整えねばならんからな……」
ライオンの獣人、エンペラーはそう言うと背中に背負っていた巨大な剣をそれぞれ1本ずつ手に持ち、身構えた。
「さぁ、あの世に行きたい者から我に向かってくるが良い。
地獄(ヘルハウンド)に送ってくれようぞ」
ライオン特有の荒々しい唸り声を発するエンペラーに対して、兵士達はたじろぐ。
「殺してしまえ!
奴等への見せしめにするのだ。
決して逃すな!」
黒づくめの青年、フガミテルアキが叫んだ後、兵士達は槍や刀を構え、突進した。
「やれやれ、刀や槍を振り回す野蛮な民族とはどちらの方なのか……」
そう呟きながらエンペラーは入口の方へと走り、立ち塞がる兵士達を斬り殺しながらその場を後にする。
宮殿の外では両手で持つビーム銃を装備した精鋭部隊が、入口から走ってくると思われるエンペラーを迎撃する為に待機していた。
「国王陛下からの命令により、ヴァルー側の使者を殺す事となった!
決して容赦はするな。
相手は我々の軍勢をたった1人で半壊させたと言う噂を持つ男だぞ」
ヴァルーの民最強の戦士、ライオファング・エンペラー。
その圧倒的な力は空に浮かぶスカイロンの国でも話題になる程だった。
「いいか、姿が見えたら一斉射撃だ。
恐れをなして引き金を引く指が遅れようものなら、我々が死ぬ事になる」
隊長の指示に従い、突破されにくい陣形を取った後兵士達は銃を構える。
彼等はまだ若く戦場を経験していない者も多かった為、銃を持つ手を震わせている者も少なくなかった。
入口を睨む様に見つめていた兵士達に突風の様な斬撃が襲い掛かってくる。
地面を這う様に飛んできたかまいたちの様な一撃は、国で訓練を積んできた兵士達に傷を負わせてなぎ倒すには充分な威力を持っていた。
「先に行かせてもらおう」
怯み、恐慌状態に陥った彼等は入口から姿を現したと同時に兵士達に接近してくる黒い影の存在に気付いていない。
片手でも持つのが困難な程に巨大な剣を振り回して兵士の首を落とすと、エンペラーは遠くから撃ってくる兵士達をあしらいつつ市街地を目指した。
市街地では非武装の国民達が何も知らずに日々を過ごしている。
兵士達も国民にビームが当たる事を気にした為、エンペラーを見逃す様な形を取った。
「悪魔め!
消してやるぞ、お前の存在ごと!」
エンペラーの前に立ちはだかった黒い服の男は、皮手袋を外し不気味に青白く光る右手を取り出す。
「暗殺一族にのみ許された呪法により、我が右手はあらゆるものを消す『滅の手』となった。
触れたもの全てがこの世から跡形も無く消滅する。
お前も今すぐに消してやろう」
「貴様に構っている暇等無い。
我は忙しいのだ……スカイロンが送り込む軍との戦いに備えねばならん。
さらばだ、獣人を殊更に憎む青年よ。
せいぜい怒りの炎を燃やし続けるがいい」
「ふざけるな!」
青年は激昂するとエンペラーに向かって左手で刃物を投げ、相手がそれを刀で払い落とした時には目の前まで走ってきていた。
「消えろッ!」
相手の頭に触れようとした瞬間、エンペラーは素早く仰向けの状態で倒れながら右手を避け、両手の剣を振るう。
触れれば剣も消す事が出来るが、指を持っていかれるかもしれないと考えた青年はそれを諦め一旦距離を取った。
「相討ちを望まぬか。
それは我も同じだ。
次に会う時は本気でやらせてもらうぞ」
倒れそうになる身体を地面に突き立てた剣で強引に立て直し、風の様に走り姿を消すエンペラー。
一瞬死の危険すら感じた事を恥じながら、青年は歯を食いしばっていた。
「おのれ……野蛮な獣の分際で、この私を退けるとは。
このまま奴を逃がしてなるものか!
シャインアロー砲を喰らわせてやる。
貴様の考えの及ばぬ所から、致命の一撃を与えてやるからな」
青年は市街地の近くにある砦に向かって走り出した。
その砦には巨大な『ビーム狙撃銃』が格納されていたのだ。
エンペラーの直属の部下である鷲の獣人スコール・スカイフィールドは、空に浮く巨大な要塞とも言うべきスカイロンの端で彼の到着を待っていた。
「待っておりましたぞ」
「一刻も早くこの場所から去り、ヴァルーの神殿に集まっているであろう仲間達と合流するのが良かろう。
我にはこの緊急事態を皆に伝えると言う責務がある。
まだ死ぬには早いわ」
エンペラーはスコールの身体に掴まり、大空へと舞い上がる。
その雄々しい背中を、黒服の青年が捉えていた。
「あの上の鳥を狙った方が宜しいのでは?
鳥が死に、エンペラーが落ちて死ぬかと」
「いや、まずは大将首を狙うべきだ。
獣人の身体は憎たらしい程に頑強。
鳥を撃って奴を落としたとしても生還する可能性はゼロでは無いだろう。
シャインアロー砲の充填に時間がかかる以上、確実にエンペラーの命を奪う」
砦の屋上に設置されていた巨大な狙撃銃、シャインアロー砲は太いビームを数キロ先の標的に命中させる事が出来る。
ただし発射してから次の一発を撃つまでに数分を要する為、実戦向きの武器とは言い難かった。
(この武器は、油断した相手1人を確実に葬る為のもの。
エンペラー、お前にプレゼントをやるぞ。
ビーム砲で永遠の死をくれてやる。
我々に宣戦布告した事をあの世で後悔するがいい)
ケルゾアと共に飛び去ろうとしているエンペラーの背中に標準を合わせ、引き金を引く。
若干標準がぶれはしたが、相手の腹部に致命的な傷を負わせる事に成功した。
「え、エンペラー様!?」
スカイロンの兵士達が遠くから撃ってくるビーム銃。
そのビームが自分達を捉え切れない事に安堵していたスコールであったが、エンペラーの身体に起きた異変をすぐに感じ取った。
「いいから……今は飛べ。
ココから離れろ。
ヴァルーに帰る事だけを考えるのだ」
エンペラーの下腹部に黒い穴が開いており、そこから血がだらだらと流れ落ちている。
「大丈夫ですか?
何とか捕まっていてください」
スコールは命令通り、スカイロンから離れゆっくりと降下。
ヴァルーに向けて飛んでいった。
「やったぞ!出血多量で助かるまい。
私の計算が間違っていなければ、ヴァルーに到着する頃には血が全て流れ出てしまっているハズだ」
「奴の頭を撃てばより確実に殺せたのでは?」
兵士が青年に対してそう言った瞬間、青年は兵士の頬に剥き出しの右手を添える。
「私は暗殺術には秀でているが狙撃手では無い。
頭蓋を撃つのが難しかっただけの事……
いちいち私を苛々させるな。迷惑だ」
その瞬間、兵士の肉体が消え失せ鎧だけが床に落ちて音を立てた。
「まぁいい。
今日は怒りが失せる程の良い事が起きた。
エンペラーが死ねば奴等の戦力は半減したも同然。
奴等は強い指導力を持ったリーダーを失ったのだ。
こうなればスカイロンの勝利はより確実なものとなる」
青年は下品な笑い声をあげながら、黒い点となって消えていく影を見つめていた。
密林地帯の中央にそびえたつ石造りの巨大な神殿。
そこに運び込まれたエンペラーはすぐに治療を受けたが、薬草と包帯と言う治療法で彼を治す事は不可能だった。
「エンペラー様、気をしっかり持ってください。
死んではなりません」
大勢の獣人が彼の安否を気遣い集まっていたが、終わりの時が刻々と近付く。
「強き……指導者は、強き軍を作る事が出来る……
よいか、これからは、我に代わる新たな指導者を生み出すのだ……
我の死後、最も早く生まれた赤子に我等の未来を託せ。
その赤子を指導者として育て上げ……最強の戦士を……」
虚ろな目で微かな吐息を混ぜながらも、しっかりとした口調でそう告げるとエンペラーは目を閉じた。
「エンペラー様、エンペラー様!?」
傍らにいた獣人達が彼を揺さぶるが、全く反応が無い。
やがて彼の近くにいた獣人の1人がゆっくりと立ち上がる。
「……エンペラー様の考えを尊重すべきだ。
今、最も早く生まれてくるであろう赤子はいるか」
「狼のリュヌ・ムーンリファードがあと数日で子供が産まれると申しておりました」
スコールは部下の言葉に頷き、暫く思案していたがやがて周りにいる者達全員に聞こえる様に呼びかけた。
「リュヌ・ムーンリファードの子が男であれ女であれ、エンペラー様の御言葉通り我等の指導者として育て上げる!
誰か、異議を唱える者はいるか?」
集まっていた獣人達は静まり返り、一言も言葉を発しない。
彼等にとってエンペラーは絶対的なリーダーであり、彼の言葉は神の言葉と同義だったのだ。
圧倒的な力を持つ英雄が最後に遺した言葉に文句をつける者など1人もいなかった。
(我々が、エンペラー様に代わる戦士を作り出す事等出来るのだろうか……
いや、出来るかでは無い。
やらねばならないのだ。
天界人に立ち向かうには、どんな困難な道であっても越えていく覚悟が必要になる)
スコールは幼い我が子、ケルゾアの事を想った。
己の大切な者の命を守る為に戦い続ける。
その先に死が待ち受けていようとも一歩も退かないと彼は心に決めていた。
「ライオファング・エンペラーをこの世から葬り去る事に成功致しました。
これで獣人達の団結力は瓦解し、奴等は怯えているハズです。
今の内に総攻撃の御命令を!」
宮殿内の玉座に座る王。彼に向かってそう報告したテルアキは、王が放った言葉に驚き愕然とした。
「焦るな……奴等の首を真綿で絞めていけ。
軍の一部をヴァルーに送り交戦させる様に命じろ。
奴等に底無しの絶望を植え付け、降伏する様に仕向ける。
我々にはかなわないと思わせるのだ」
「何故です!?
あれ程我々に反抗する獣人を見逃す様な事を……
奴等は確かに野蛮な民族ですが、殺傷力はかなりのもの。
殲滅しなければ一般市民に犠牲者が出るかもしれません!」
思わず立ち上がり叫んだテルアキは、王に睨まれそれ以上喋る事が出来なかった。
「お前は、誰に向かって話しているのか解っておらぬ様だな。
儂はこの国の最高権力者。
儂に文句を言うなど言語道断。
万死に値する行為だぞ」
兵士達が近付き、後ろから彼の頭に布で出来た袋を被せる。
不意を突かれテルアキは暴れたが、その直後に両手も拘束された。
「これまでの功績から殺しはせぬが、お前を地下牢に幽閉する。
儂に逆らう様な言葉を発した事をそこでじっくり後悔するが良い」
「国王陛下、今一度奴等の処遇についてお考えを……」
兵士達に連れていかれながらも叫ぶテルアキの姿を見ながら、国王は欠伸を漏らした。
「何でもかんでも殺せば良いと思っているのは実に愚かだ。
そう思わんか?」
「その通りでございますな」
傍らに控えていた兵士が冷や汗をかきながら返答する。
絶対的な権力を持つ国王に逆らえば命は無い。
誰もがその事を知っていた。
「我々スカイロンの国民達を汗と泥に塗れさせたくない。
そういう汚れ仕事は獣人にやらせればいいのだ。
奴等を屈服させ、奴隷の様に働かせる。
しかし、もし絶対に降伏しないと言い続けるのなら……」
国王は飲み終わったグラスの1つを手に取り、床に叩き付け粉々に割った。
慌てて兵士の1人がそれを片付け始める。
「こうしてやるしかあるまい」
国王は力を持っているからこそ、その力を上手に使うべきだと思っていた。
労働力の確保、国民の繁栄。
スカイロンの民を幸せにする為に、彼はヴァルーの民を犠牲にしようとしていたのだ。
この後、20年もの間ヴァルーとスカイロンは小競り合いを続け、最終戦争に至る事になる……
長尾遼子は黒服の男に案内されるままに歩いていた。
廊下を通り、エレベーターに乗って上の階へ。
そしてまた同じ様な廊下を歩く。
その廊下の奥に扉があり、扉の前には1人の女性が立っていた。
「お久しぶりですね、遼子さん」
丹羽(にわ)律(りつ)。
元天武日本総理大臣である織田信虎の秘書官であり、彼の忠実な右腕として知られている。
遼子も全国大会の時に顔を合わせる機会があった。
常に険のある表情をしていた彼女だったが、今日はその表情も少し緩んでいる様に見える。
「信虎様はこの扉の奥におられます。
貴方1人だけを通せと既に命令されておりますので……」
前に会った時と変わっていたのはその表情だけでは無かった。
常に表に出て信虎の隣にいる時はスーツ姿であった律が黄緑色の着物を着ている。
「お通りくださいませ」
律が自分の手で扉を開け、遼子に向かって頭を下げる。
遼子が会釈をしてから部屋の中に入っていくと、彼女は扉を閉め鍵をかけた。
「蟻の子一匹通さない様に、お願いしますよ」
律が遼子を連れてきた黒服に対してそう言うと、黒服は頷き無線で他の黒服と連絡を取る。
「今長尾遼子が部屋の中に入りました。
このエリアに人が立ち入らない様に監視を続けます」
無線を切った後、黒服は律にお辞儀をしてからその場を去る。
彼女は廊下を歩いて遠ざかっていく男の姿をずっと見つめ続けていた。
そこは、ビルの中の一室とは思えない程豪華な『和室』だった。
金箔が用いられているのであろう障子や屏風、上質な畳が敷かれ刀や鎧兜が設置されている。
「遼子君、よく来てくれたね。
私も君と一度、話をしたいと思っていたんだよ」
黒くて平べったい茶釜の横に2個の容器が置かれ、その横に織田信虎が胡坐をかいた状態で座っていた。
スーツ姿で手招きをする信虎に従い1段高い『茶室』に入ると、遼子は緑茶が入った容器を渡された。
「黒沢グループの人達にお願いして作ってもらったんだ。
これは平蜘蛛茶釜の忠実な模造品でね。
この地獄絵図の掛軸も刀も全部本物と同じ様に作られている。
まずは最高級の玉露を味わいながらゆっくりしてくれ。
話し合うのはその後にしよう」
贅沢を極めた一室。黄金に彩られた部屋の中で、遼子は信虎相手でも怯む事無く対応した。
受け取った緑茶を飲み、鋭い目を信虎に向ける。
容器を盆の上に置いた後彼女は語り掛けた。
「こうして贅を尽くした部屋が作られる一方で、虐げられている人々が存在している。
貴方は何故、信国の人間を絶やさなければならないと思っているのですか?」
信虎は真剣な表情になり遼子の目から視線を逸らさない。
返答が無いまま彼女は言葉を続けた。
「信国の住民はH20爆弾を落とされ、ボロボロになっています。
それをさらに消滅させようと言う事になれば、国際社会から非難を浴びる事になるでしょう。
我々の国民性が疑われ、さらなる戦争の呼び水になりかねません。
貴方は、この国をどうしようとしているんですか?
私はそれが聞きたいんです」
遼子の頬に涙が伝った。
非人道的な国家の汚名を着せられたくない。
何よりも、人の命が悪戯に奪われていく事が許せない。
そんな悲痛な叫びだった。
「君は、オセロと言うゲームを知っているかね?」
信虎はそう言った後、懐からオセロの駒を取り出した。
「このコインの様な駒の表は白、裏は黒だ。
世界は、この白黒に満ち溢れている。
華やかに見える芸能界の表が白だとするならば、その裏で行われる枕営業やアイドルの自殺等が黒。
この天武日本の国技ですら例外では無い。
勇壮に戦う力士のぶつかり合いやその大迫力の試合が白ならば、星のやり取り……
『注射』と言う隠語で呼ばれている八百長や血みどろの暴行事件が黒だと言える。
物事は万事が全て表と裏に分かれているが、1つハッキリしている事があるんだよ。
それは、一般人が見る事が出来るのは表だけで、裏は想像する事しか出来ないと言う事だ」
遼子は黙ったまま、信虎の話に耳を傾けている。
「表は誰にでも見える。
外に開かれているからだ。
だが皆裏をひた隠しにする。
それは当然の事だ。
裏が暴かれれば表は輝きを失い壊れてしまう。
だから人々は裏を想像して邪推する。
こういう事があるんじゃないかとか、こうなるんじゃないか……とね」
信虎は自分用として置いてあった容器を手に取り緑茶を一口飲んだ後、さらに言葉を続けた。
「天武日本の未来もそうやって様々な事が言われている。
合衆国の言いなりになって世界征服を企んでいるんじゃないかとか、信国を滅ぼすのはそのきっかけなんじゃないかと……
あらぬ噂が飛び交っている。
我々にはその噂を止める術が無い。
『それは違う』と国民に説明する事が出来ないからね」
「違うと言うんですか?」
遼子は涙を流しながら訴えた。
「大量虐殺の果てに待っているのは間違いなく第三次世界大戦です。
大量の血が流れ、国民の命が失われてしまいます。
私達国民の幸せが脅かされる。
滅びの道を辿っているとか思えません。
私が今日この場所に来たのは、貴方の息子である現総理の信鷹さんにそれを止めて欲しいとお願いする為です。
人の命を奪って敵を増やしても何の得にもなりませんよ。
どうか考えを改めてください」
頭を下げて懇願する遼子に対して、信虎は顎に手を当てた後溜息をついた。
「そこなんだよ……君を含めた国民全員が勘違いをしている。
そうじゃないと私は言いたいんだが伝えられない。
褒められた理由じゃないからね。
だからこそ、遼子君には全てを教えておきたいんだ。
さっき私が言った『裏』の理由を。
当然それは真っ黒だが、黒くてもそれは輝いている」
丁度信虎が座っていた為見えなかった部分。
彼の背後にある床に置かれていた巻物を彼は手に取った。
「そもそも、この計画は400年以上前から始まっていた。
私の先祖である織田信長公が考えていた企てだったんだ。
この巻物は私の一族に代々伝えられてきたものなんだが、これ自体は中に書かれていた文章を現代語訳したものだよ」
信虎は巻物を床の上に広げ、遼子にもその中身が見える様にした。
「本物は誰にも教えていない場所に保管しているんだがね……見て御覧。
朝鮮半島と明を攻め滅ぼし、攻め取った地を『信国』とすると書いてあるだろう。
問題はその後の文章だ」
巻物には、信国として明を統治した後どうすべきかと言う事が書かれていた。
(信国の人間、気性が荒く相手に対して素直に従う人種に非ず。
溺れた犬を好機とばかりに叩き殺すその残虐性、恨みや怒りを糧にして生きると言う後ろ向きな性格は日ノ本の者達と永遠に解り合えない。
支配すれば必ず復讐の牙を研ぎ、襲い掛かってくるであろう。
それを合図として滅ぼすに限る。
そして更地となった広大な土地に『真国』を作るのだ。
それが民にとっての『真の幸せ』を生み出す事となる……)
「こ、こんな理不尽で恐ろしい行為を信長が行おうとしていたと言うんですか!?」
遼子は思わず大声をあげたが、信虎はあくまで冷静だった。
「信長公は400年以上の前の時代に『国益』を考えていたんだ。
信長公以外の人間は、日本の支配者になる事だけしか考えていなかった。
だが信長公は、世界を見据えていた。
強い世界と戦う為には植民地を持つ事が大前提。
そしてその先に植民地では無い『天武日本の為だけの国』を作ろうとしていた。
私達はその計画に従って行動を起こしたんだよ」
信虎は巻物を元の形に戻して床に置くと、天武日本と周辺の国が書かれた地図を畳の上に広げた。
「天武日本はこれから、『真国』を作る事になる。
信国の人間が1人もいなくなった更地に農地や工業地帯を作るんだ。
天武日本人が農地の管理や工業製品の製造を請け負う事になるが、ココで重要なのが『人が住む場所を極力作らない』と言う事。
人口が増えれば国民に与える富は薄まり、全員に幸福を提供する事が出来なくなるからね」
それは最早国家と言うより『生産区域』と言うべき代物だった。
天武日本の富を生み出すだけの場所。
そうする事で1億人の国民に十分な潤いを与えていく。
狂気の沙汰と言っても過言では無い計画だった。
「こんな事を、私の祖先である謙信公が許したとは到底思えません!」
「そうだろうね。
君が信じたくない気持ちはよく解る。
謙信公も当初は反対した。
だが信長公の『天武日本の民を全員幸せにしたい』と言う熱意に負け、この計画を了承したんだよ」
遼子は呆気に取られ、口をだらしなく開けたまま何も言う事が出来なかった。
「遼子君、私は天武日本の国民を心から愛している。
その気持ちに嘘偽りは微塵も無い」
信虎は真剣な表情でそう言うと、遼子の顔を見つめた。
「そもそも、あの紅虎明命のクーデターに対して行われたH2O爆弾の投下には、合衆国の思惑も絡んでいた。
そうで無ければ合衆国主導で戦闘機を飛ばすハズが無いだろう?
あの時合衆国はカダル連合王国の黒い影に脅かされていた。
彼等が合衆国から設計図を盗んでH2O爆弾を大量に製造していた事も知っていたんだ。
もし信国がカダル連合王国と組んで合衆国にH2O爆弾を投下すれば、それこそ最終戦争が始まってしまっただろう。
合衆国、ロシア連邦、EU諸国連合、カダル連合王国を全てこの世から消滅させる天の矢が地上に降り注いだハズだ。
勿論それは我々の国も例外では無い。
最終戦争を食い止める為には、合衆国を挑発すればどういう事になるかと言う『見せしめ』が必要だった」
涙を流し俯いていた遼子はその言葉を耳にして思わず顔を上げた。
「信国の思いもよらぬ惨状を目にしたカダル連合王国は、合衆国と真っ向から殴り合うと言う考えを改めた。
現に2010年に国王が合衆国の大統領と直に会って話し合い、協調路線に向かう事を宣言している。
本当は超が付く程の反米国家だ。
合衆国に頭を下げるのは屈辱的だっただろう。
だが彼等は自国民の命の為に合衆国と手を結んだんだよ」
信虎は空を見上げるかの様に少しだけ目線を上にする。
その顔はとても哀しそうに見えた。
「世界平和を叫ぶのは実に綺麗で素晴らしい事だ。
だが、世界は裏の顔を持っている。
理不尽な暴力を抑制する為に暴力を振るわなければそれを止める事は出来ない。
破壊兵器に対するストッパーはやはり破壊兵器だ。
相手を躊躇させ、その後の結末を予想させるには充分だった。
信国の者達は世界平和の礎となったんだ。
勿論それだけの理由で死んだワケでは無いけれどね……」
話している間、信虎は疲れている様な素振りを見せる。
その顔には自分を殺して仕事を成し遂げた男の苦労が滲んでいた。
「綺麗事だけでは世界は回らない。
誰かを幸福にする為には、誰かを不幸にしなければならないんだ。
信国の人間が犠牲となる事で天武日本国が潤い、世界の秩序が保たれた。
私はきっと、地獄に落ちる事だろう。
ロクな死に方はしないハズだ。
現に総理大臣を辞した一族の多くが不審な死を遂げているからね」
遼子は何も言う事が出来なかった。
その覚悟の大きさに圧倒され、身動きが取れなかったのだ。
「でもねぇ……私は幸せなんだよ。
私が地獄に落ちたって、他の大多数の天武日本人は何の罪も犯していないんだ。
だから皆天国に行ける。
私は自らを犠牲にして天武日本国の平和を守っているんだ。
素晴らしい事じゃないか。
公に吹聴出来る事では無いし、到底道義的に許される事では無いけれどね」
信虎の話が一旦途切れ、遼子は何とか言葉を発する事が出来た。
「全て……私達の暮らしている国を救う為にした事だと言うんですか?」
「私はそう認識しているよ。
君がどう受け取るかは解らないが……
これが一連の事件に関する『真実』だ」
信虎は全てを語り終えた後、遼子の返答を待った。
「……きっと私の御先祖様も、理解は出来ないが真実を受け入れると言ったんでしょうね」
遼子もまた疲れていた。
天武日本の国民の為に全てを捧げる男。
幸せの為に全てを犠牲にする男と相対した事で、許す事は出来なかったが諦めるしかないと思ったのだ。
「理解出来なくて良いんだよ。
君が私の話した『真実』を本当の意味で理解してしまったとしたら、それは君が私と同じ人間になってしまったと言う事だからね。
君には『白』のままでいてほしいんだ。
清廉で美しい『白』があるからこそ、邪悪で手段を選ばない『黒』が存在する事が出来る。
表裏一体。
全ての事柄は繋がっている。
世界がそれを望み、私はそれに答えた。
これからも平和は犠牲を払いながら続いていくのさ」
信虎は吹っ切れた様な顔をすると立ち上がり、遼子の手を掴んで立ち上がらせた。
「遼子君。
君と話し合う事が出来て本当に良かった。
この国には君の様な声を発する事が出来る人間が必要なんだ。
万が一祖先の遺志と反する考えを持つ為政者が出てきた時に、その為政者を退かせる為にね」
信虎は息子である信鷹に自分が通ってきた道を全て話し、同じ道を歩む様に導いたが、その先の事は彼にも解らない。
孫、曾孫、玄孫の代に織田信長の思想と理念を正しく行う者が現れると断言する事は出来ないのだ。
遼子が属している『長尾財閥』は、その不測の事態を考えて作られた組織だった。
「人を殺すと言う事は、許されない事です。
ですが……貴方の覚悟はそれを超越している。
どんな事をしても国民を幸せにしたいと願うその悲壮な決意が私の心を動かしました」
「有難う。
そう言ってもらえると私も少しは救われた気分になるよ。
これからも政権を見守っていてほしい。
その鋭い目で、何の間違いも起きない様に」
遼子の想像していた信虎とは、違った姿がそこにあった。
人の命を踏みにじっても何とも思わぬ冷酷な男。
彼女はそんな姿を想像していた。
だが実際は命を奪う事に躊躇しながらも目的の為に走り続ける正義とも悪とも言えぬ存在。
それが信虎の姿だと遼子は思った。
「第三次世界大戦は絶対に防いでみせる。
カダル連合王国が合衆国の大統領と握手をしても、それは偽りの握手でしか無い。
2つの大国間の冷戦はまだ続いているんだ。
私は今後2つの国の真の友好を築く為全力を尽くそうと思っている。
息子が総理大臣として職務に励んでいる以上、そういう仕事の為に動けるのは私だけだからね」
信虎は悪事を働いたと言う自覚があるからこそ、償う為に生き続けたいと思っている様だ。
遼子はそう思い、また自分の目にも彼がそういう人間であると映った。
「……また、お会い出来るでしょうか?」
「すぐには無理だろうけど、何年か後にまた会えたらいいね。
その時に私が生きていればいいんだが。
自業自得だけど、最近は天武日本国内にいる信国人に命を狙われているんだ」
当たり前の様にそう言った後、信虎は笑った。
(きっとこの人は人の命を救う為に人を殺す事を悪とは思わない人だ。
そういう考え方で見ればこの人がやった事も少しは納得出来る。
それでも私は心の中で、死ぬまで政権がしてきた事を否定し続けるんだろう)
表と裏とはそういう事なんだ。
建前と本音。何故か面白いと思い遼子は微笑んだ。
「遼子君、元気でね。
君も私にとっては大事な『天武日本国民』だ。
幸せになる事を心から祈っているよ」
「有難うございます」
遼子はこれが彼との今生の別れになる様な気がしていた。
そしてそれは恐らく現実になるだろうとも思った。
どんなに彼女が嫌だと思っても、遼子と財閥、織田政権の関係は続いていく。
遼子は自分の運命と向き合い、大人になった。
部屋から出て律との挨拶を済ませ再び黒服の男と共に廊下を歩きながら、彼女はそんな己の心の変化を感じ取っていた。