※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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自分の努力ではどうにもならない苦難に直面して、それでも
希望を信じて生き抜こうとする人々。
明日を信じたい。この物語の大きなテーマの1つです。
何が何でも生き抜く。この気持ちを忘れない様にしたいですね。


番外編 あねおとうと 後編

【2010年 4月11日 東京都 プラナス本社ビル内 練習室】

 

 雨宮健太郎の人生は、どんどん過密なものへと変わっていた。

 ボクシングの鍛練に加え、血生会では銃の使い方や防弾・防刃チョッキを着た時の動き方や要人を安全に避難させる方法を学ぶ。

 さらに立派なインテリヤクザを目指す為、大蛇から社会に出た時の金の儲け方や会社の経営学の知識を吸収していった。

 

 君島にあるボクシングジム・血生会本部がある新宿歌舞伎町・東京駅から歩いて数分の所にあるプラナスの本社ビル。

 そこを行き来すると言うのは重労働にも等しい行為である。

 4月から新しく通い始めた公立虹見高校も3日に1日は欠席していた。

 

「貴方がZEROを長い間やっていなかったと言う事実を知った時は戸惑ったけれど……

 杞憂だった様ね」

 プラナスの本社ビル内に用意されている練習室。

 大理石の壁と床に覆われ、外の音は何も聞こえない。

 

「勘を取り戻す為に練習をしてきたんだ。

 当然だろう。

 どうしたって俺は1000万の勝利給が欲しいからな」

 黒沢美香は雨宮健太郎に『青龍』と言う仮の名前を与え、『玄武』・五十神妖と戦わせていた。

 

「美香様、彼の腕前は確実に上達しています。

 夏までには私を……

 いえ、全盛期の氷室零をも越えるでしょう」

 

「強くなってもらわないと困るのよ。

 計画を実行に移すまであと4ヶ月程しか無い。

 確実に全員が相手に勝利する位の力を持たなければ。

 勿論私を含めて」

 

 奥の筐体に1人で座っていた女性、『白虎』・長尾遼子が座っている席の反対側に座りながら美香は健太郎達に対してそう言った。

「そう言えば、朱雀はどうしたの?」

「今日は仕事の関係で遅くなると言っていました。

 こちらに来るのは午後8時以降になると」

 

「フン、『肉体労働』をしてお金を稼ぐのは良いけれど『頭脳労働』の方が大事だって事が解らないのかしら」

 美香はこの場にいない彼女を嘲ったが、誰も彼女を諌めようとはしなかった。

 彼等にはそんな余裕など無かったのだ。

 限りのある時間を有効に活用する為必死だった。

 健太郎も午後1時には血生会の本部へ出向き顔を出す事になっている。

 

 (練習内容を濃くする事が大事だ。

 血生会が絡んでいる会合や練習を欠席する事は出来ねぇ。

 出来るだけ早起きしてこっちに足を運んで練習。

 夜にはボクシングの練習もあるからな)

 起きている間、健太郎は休まずにあらゆる事を考え続けなければならなかった。

 

 移動時間も無駄には出来ない。

 ブラックエリプスを使って電車やバスの中でZEROの猛特訓。

 ボクシングにおけるイメージトレーニングや六法全書の暗記……

 頭に入れなければならない事が山の様にあるのだ。

 その『考える』と言う行為そのものが彼の頭脳に閃きを与え、知能の向上を促していた。

 

「会長、納得出来ません!」

 雨宮健太郎がプラナス本社ビル内にいる頃、血生会の本部では古参幹部達が会長である羽生と話をしていた。

「生粋の天武日本人である大蛇を重用するどころか、次期会長候補最有力とするなど……」

 

「そうですよ。

 我々は天武日本国で迫害を受けている信国人が中心となって結成された組織の一員。

 そして信国人を助ける事で彼等の協力を得てきました。

 もし大蛇が会長になれば、全員が反発します!」

 

 鰐淵(わにぶち)任明(たかあき)と鮫島(さめじま)龍吉(りゅうきち)。

 50年前、彼等は喫茶店『テトロドトキシン』にいた。

 当時から頭角を現していた羽生とは違い、単なる構成員でありブリッジ漬けになった女達を手籠めにしていただけだった。

 羽生と同世代であると言う理由だけで古参幹部にまで登り詰め、羽生に意見する事が出来る立場にまで成り上がっている。

 それは先代の会長が与えた地位と権力であり、羽生自身は彼等の事を嫌悪していた。

 

「俺の考えが不服だと言うのか?」

「会長、信国人が我々を庇い我々もまた信国人を庇ってきた。

 持ちつ持たれつの関係だったのです。

 もし大蛇が会長になれば、その関係が崩れてしまうのは明白。

 天武日本人が会長になれば血生会の存在意義が問われる事になります」

 

「どうか、私と鮫島のどちらかを会長候補としてください。

 我々が大蛇を無下に扱うなどと言う事はありませんから……」

 頭を下げて懇願する2人の願いを、羽生は一蹴した。

 

「馬鹿な事を言ってるんじゃねぇぞ。

 お前達は会長になって甘い汁を吸いたいだけじゃねぇか。

 血生会の今後の事など何も考えちゃいねぇ。

 この組織の躍進を望むなら、それこそ大蛇が会長になるべきだろうが」

 鋭い目つきで一喝され、鰐淵と鮫島は押し黙る。

 

「大蛇はな、ただボケッと組織の中に居続けたから昇進してきた独活(うど)の大木とは違うんだ。

 天武日本人と言う異端の存在であるからこそ血の滲む様な努力を続けた。

 頭の回転も抜群に早く、いざと言う時の度胸も十二分に備わっている。

 この世は頑張ってきた者が正当な評価を受けるんだ。

 お前達はこの数年間で何かを成し遂げたのか?

 言ってみろ」

 

 実際、この2人は古参幹部でありながら何もしていなかった。

 与えられた任務をこなし、それ以外の事に手を出さないと言う指示待ち人間でしか無かった。

 

「大蛇は2020年に東京都でオープンすると言う裏カジノの利権に食い込み、オーナーの地位を掴むと言う仕事をした。

 同じ年に天武日本で開かれる五輪にも積極的に関わっている。

 この2つの大仕事で血生会は莫大な利益を得る事になるんだ。

 さぁ、お前達は何をしたんだ?

 何をしたのかと聞いているんだ!!」

 

 羽生は怒り狂った狼の様に吠え、机を思いきり強く叩く。

 

「それにだ。

 お前達2人の内どちらかが会長になったとしよう。

 まず手始めにお前達の言う事を聞かないであろう大蛇を抹殺するハズだ。

 そして隠居した俺を暗殺する。

 組織を刷新すると言う名目で言いなりにならない者達を排除して、イエスマンだけで固めようとするに決まってるんだ。

 大蛇も紅蠍も雨宮もいなくなる。

 ボロボロになった血生会を織田政権が見逃すと思っているのか」

 

 強い口調でそう言われ、鰐淵は僅かばかりの抵抗を試みた。

 

「わ、我々がそんな事をするハズが無いでしょう」

「俺がお前達の立場なら絶対にそうする。

 大蛇がいなくなれば莫大な利益も泡と消えるぞ。

 甘い汁を吸うどころか、信鷹に舐められて攻め込まれる。

 後に残るのはお前達の屍だけだ」

 

 自衛軍が本部に殺到する光景が頭の中に浮かび、鰐淵と鮫島の頬に冷や汗が伝う。

 

「ハッキリ言っておくぞ。

 お前達は組織の頂点に立つ器じゃねぇ。

 敵対する組織に軽んじられるのが関の山だ。

 世代交代が迫っているこの大事な時期にクーデターを起こされちゃかなわんからな。

 今日を持ってお前達2人を破門する」

 

 羽生がそう言った途端、奥の扉が開き拳銃を持った黒服の男達が殺到してきた。

 鰐淵と鮫島も拳銃を構えようとしたが諦め、拳銃を床に捨てて手を上げる。

 

「会長、考え直してください。

 このままでは待っているのは血生会の破滅です!」

「目を覚ましてください。

 この組織を天武日本人のものにしてしまって本当に良いのですか?」

 拳銃を背中に押し当てられ、壁に向かって手をつく様に命じられる2人。

 

「俺は今まで、俺を裏切ろうとする者達をことごとく殺してきた。

 もしそれが親父や兄貴だったとしても躊躇なくやったハズだ。

 大蛇は俺に並々ならぬ忠誠を誓っている。

 何度奴に命を救われたか。

 数え切れない程の借りがあるんだ。

 俺を護ると言う事は血生会を護ると言う事。

 やり方を変えるなと奴には口を酸っぱくして言い聞かせている」

 

 拳銃を構えた男達に囲まれながら、鰐淵と鮫島の2人は部屋から追い出された。

 

「命は取るな。

 破門状を出すだけで充分だ。

 元々何もやらねぇ木偶の坊に大した事は出来ねぇよ」

「ですが、血生会の内部情報を金欲しさに売る可能性があります。

 殺しておいた方が会長の為になるかと」

 

 羽生の隣に立った大蛇はそう言ったが、羽生は腕を組みながら薄笑いを浮かべる。

 

「なぁに、長い付き合いだからな。

 情けをかけてやったのさ。

 信鷹にも鰐淵と鮫島の2人が危険人物であると伝えている。

 情報なんて売れずに野垂れ死に……

 少し生きている時間が長くなるだけだ」

 

 不意に大きな声で笑い始めた羽生を横目に、大蛇はあくまで平静を保っていた。

「甘い汁が吸いたかったのなら、今の立場に甘んじていれば良かったものを……

 『雉も鳴かずば撃たれまい』とはこの事ですね」

 

「俺が隠居する前に奴等はどうせ処分するつもりだった。

 それが少し早まっただけだ。

 お前もああいう奴等を反面教師にして頑張れよ。

 会長になれば、お前が今背負っている何倍もの重圧が肩にのしかかる事になる」

 

「肝に銘じておきます」

 大蛇はこの一件で自分の会長職就任が確定した事を悟り、緊張した面持ちで羽生の隣に立ち続けていた。

 

「鰐淵さんと鮫島さんが破門!?」

「血生会のトップ5に入るであろう地位を持つ2人をね。

 やむを得ない措置だったみたいよ。

 でもコレで大蛇さんの次期会長就任は時間の問題……

 貴方の出世もね」

 

 血生会の本部に招かれた雨宮は、何時もの様に紅蠍を背後から突いていた。

 生まれたままの姿となった両者が、ベッドの上で交わっている。

 

「アンッ……

 大蛇さんは、貴方の立場をより強固なものにして将来有望な新参者である貴方を守りたいみたい。

 まだ噂の域を出ないけれど、貴方と親子盃を交わすんじゃないかって話も出てきているわ」

 (お、親子盃……)

 

 暴力団の世界は血縁関係よりも強い『結束』と『信頼』によって成り立っている。

 大蛇政直と親子盃を交わすと言う事は、雨宮健太郎が『会長の息子』同然の扱い方をされると言う事に他ならない。

 健太郎が『会長の息子』になれば一足飛びでナンバー2の地位を手にするのだ。

「俺は今年で16になる若輩ですよ。

 いきなり親子盃だなんて」

 

「さっきも言ったでしょう。

 貴方を守る為よ。

 大蛇さんの会長就任に対して反発している幹部は多い。

 鰐淵・鮫島と言う2人の『見せしめ』があったから暫くは大人しくしているでしょうけど、貴方も天武日本人だし必ず標的にされる。

 貴方を殺す事で大蛇さんの地位を脅かそうと思っている人は沢山いるの。

 殺害を躊躇う程の地位と権力を得なければ、貴方がある日突然行方不明になっても不思議じゃないわ」

 

 捕まって何処かに監禁され、殺される光景が脳裏に浮かび健太郎の頬に冷や汗が伝う。

「俺の為に……

 どうしてそこまで」

 

「決まってるじゃない。

 貴方が現会長の羽生さんに選ばれた『金の卵』だからよ。

 大蛇さんは羽生さんに絶対の忠誠を誓っている。

 羽生さんが守りたいと思ったものは絶対に守るし、羽生さんが誰かを殺せと命令すれば間違いなく殺すわ。

 覚悟を決めなさい。

 貴方が万が一組織を抜けたいと思ったとしても、それは無理なんだから」

 

 健太郎にもそれは解っていた。

 足を洗おうとすれば、裏切り者として即座に殺されてしまうだろう。

 ナンバー2の座を約束されているのだから尚更だ。

 何時の間にか外堀を埋められてしまっている事を知り、健太郎の目に涙が滲む。

 

 (あの時、金属バットでのリンチを受け入れていたら……

 俺は奴等に殺されていただろう。

 命を拾ったとしても、一生病院のベッドから起き上がる事は出来なかったハズだ。

 会長が俺を救ってくれた。

 この道を真っ直ぐ突き進んでいくしか無い)

 

 覚悟を決めなければ生きてはいけない。

 そう思っていても、健太郎にはまだ迷いがあった。

 世の中の大多数の人々と同じ様に、平和な高校生活を送る事が出来たらどれだけ幸せだった事か。

 尊敬している姉が最も嫌っている『反社会的組織』に身を置くしかないと言う事実が、健太郎の心を苦しめていた。

 

「勇気を出して、ぶつかっていきなさい。

 私が貴方の心の中に隠れている獣性を引き出してあげる。

 誰が相手だろうと対等以上に相手が出来る程の豪胆さが、貴方の中に眠っているのよ」

 紅蠍と繋がっている為、健太郎のモノが萎えそうになっている事は彼女にもすぐに伝わる。

 健太郎はセックスから『男らしさ』を学び、それを己の人生で生かす事を求められていた。

 

「俺は……俺は、負けねぇ!

 誰が相手だろうが、勝ってやる!!」

「そうよ。

 貴方には勝てるだけの才能があるのよ。

 その滾った肉棒の中身を、私の中に解き放ちなさい。

 交わった数だけ、強くなれるわ」

 

 勿論、セックスを行う事で強さが手に入るワケでは無い。

 健太郎の肉体面は既に鍛えられており、それに匹敵するだけの精神面の向上が必要だったのだ。

 紅蠍は彼を誉めたり、叱咤する事で健太郎の心の内側に潜む『弱さ』を消そうとしていた。

 

 (こうなりゃいける所までいくしかねぇだろ。

 血生会の会長の椅子さえ、見えてるんだからよ……

 1000万だけじゃねぇ。

 全てを手に入れられる可能性があるんだ。

 やるしかねぇだろうが)

 

 弱い頃の自分に戻りたくないと言う思い。

 そして、虐めを受けていた間に育まれた相手を屈服させたいと願う思い。

 怒りや憎しみを相手にぶつける事で心の安定を得たい。

 健太郎はそう思っていた。

 

「誰も俺を止める事は出来ねぇ。

 俺は最強だ!」

 

「貴方は選ばれた人間。

 普通の人々とは違うのよ。

 与えられたものを全て享受しなさい。

 そうすれば幸せになれる。

 誰もが貴方に従い、どんな命令でも聞く様になるの」

 

 彼女の中に埋めていた熱の塊が己を奮い立たせる事でさらに熱く、硬くなっていく。

 健太郎は闇の中で、幸福を追い求めていた。

 だが健太郎が求める本当の幸せは、現状とは相容れないものだったのだ。

 

 雨宮健太郎が大蛇政直と『親子盃』を交わすと言う一報は、すぐに全国の支部に伝わる事となった。

 羽生晃が80前に隠居し、会長職を大蛇に譲り渡す。

 大蛇が血生会の会長となり、健太郎は本部の若頭に昇進。

 大蛇の側に付き従い、ナンバー2として大蛇の考えを全国に発信する。

 この流れに対して、賛同する者、反発する者、静観を決め込む者と様々な派閥が生まれた。

 

 羽生会長に並々ならぬ恩義を感じている大蛇の様な者達は、会長命令だからと全てを受け入れる。

 逆に羽生会長の台頭を快く思っていなかった者達は、大蛇を失脚させ自分達が王の座を得たいと思っていた。

 今下手に動けば鰐淵達の二の舞になると思っている者達は大蛇が会長に相応しい器かどうか見定めようとしている。

 様々な思いが渦巻く中、その争いの渦中にいた健太郎は自分に対する待遇が変わっていくのを実感していた。

 

「雨宮、お前がプラナスの本社に出入りしていると言う噂があるが……

 それは事実なのか?」

 6月中旬のある日、血生会本部の一室に呼び出された健太郎は大蛇と話をしていた。

 

「はい。

 黒沢グループの会長で、プラナスの現社長でもある美香さんから色々と頼まれていまして。

 良い関係を作っていけるのではないかと思っています」

 健太郎は嘘こそつかなかったが、肝心な部分をぼかして喋る。

 大事な時期に格闘ゲームの練習をしている事がばれると面倒な事になるのは解り切っていた。

 

「ほう、凄いじゃないか。

 綾小路財閥の頃より勢いが衰えているとは言え、黒沢グループは天武日本を代表する一大企業。

 その社長に頼られているとなれば血生会にもさらなるビジネスチャンスが生まれる。

 雨宮、その関係を大事にしろよ。

 暴力団にとって最も大事な事、それは力と金の2つだ」

 

 大蛇は机の上に札束と日本刀を置き、両手を広げて大袈裟な仕草をする。

 

「札束で頬を引っ叩いても言う事を聞かない相手には暴力で対応するしかない。

 逆に、暴力が通用しない相手には鼻薬を嗅がせる必要がある。

 この2つを極めていれば、お前は無敵の存在になれるんだ。

 会長がお前にボクシングの練習をさせたり経営学を学ばせたりしているだろう?

 全てはお前の為なんだよ」

 

 大蛇から『許し』を得た事を悟り、健太郎は心の中で安堵の溜息をついた。

 これで堂々とプラナスの本社に出向く事が出来る。

 尾行されていたとしても、本社の中まで追ってくる事は無いだろう。

 自分が『格闘ゲームに現を抜かしている』と思われる事は無い。

 健太郎はそう思っていた。

 

「黒沢美香から信頼を得て、もっと『仕事』を獲得してこい。

 血生会に金を上納すればするだけ、お前の価値も上がるからな。

 お前がお前自身の力で、誰からもおいそれとは手を出されない存在になれ。

 いいか。

 お前には確かに血生会の後ろ盾はあるが、最後にお前を助けてくれるのはお前自身だけだ」

 

 サングラスの奥で怪しく光る瞳が鋭さを増す。

 強い口調でそう言われ、健太郎は僅かに俯いた後頷いた。

「解りました。

 最大限の努力を続けて、美香さんから信頼される人間になってみせます」

 

「その意気だ雨宮。

 それにしても、普通の学生だったハズのお前が黒沢美香と繋がっていたとはなぁ。

 やはり、会長が選んだだけの事はある。

 お前を血生会に引き入れたのは間違いでは無かった」

 健太郎を絶賛する大蛇の満足げな表情を見ながら、健太郎は新たな悩みが生まれた事を悟りげんなりしていた。

 

 (格闘ゲームが得意だからたまたまスカウトされただけだって今更言えねぇよな……

 美香から何か良い条件を引き出す為にも、あの試合に負ける事は出来なくなったワケだ)

 

 絶対に負けられない試合に挑み、勝つ事が出来なかった蜂須賀の姿が脳裏に浮かぶ。

 蜂須賀の無念を違う形で晴らしたい。

 自分が勝つ事で、立場が危うくなっている蜂須賀を助けたい。

 健太郎は背負わなければならないものがどんどん増えている事を実感していた。

 

 血生会の為、姉の為、そして自分自身の為……

 8月に行われたZEROの試合において、健太郎は勝利した。

 

 相手を馬鹿にする事で精神の動揺を誘い、生じた一瞬の綻びを見逃す事無く一撃を決める。

 卑怯と罵られようとも、健太郎には勝利しか無かった。

 絶対に敗北は許されなかったのだ。

 そして欲していた1000万を手に入れ、美香からの信頼も勝ち取った。

 

 これで美香の陣営が勝っていれば健太郎にとって最高の結果だったが、その敗北は彼の責任では無い。

「健ちゃん、貴方は変わってしまった……

 失望しましたよ」

 

 全てが手に入ると思った。

 だが、手に入らなかったものもあった。

 尊敬し、愛していた姉から拒絶された。

 1000万円も受け取ってもらえなかった。

 心の何処かで、健太郎はこうなる事が予測出来ていたのかもしれない。

 

 健太郎は比呂子が望む人間とはかけ離れてしまっていた。

 美香の信頼を得る為にスパイまがいの事も行い、比呂子達を裏切った。

 卑怯な事が大嫌いな比呂子の気持ちとは真逆の、反吐が出そうな程汚い手段を用いて勝利した。

 心の綺麗な人間が大好きな比呂子に愛してもらいたい健太郎は、何時の間にか暴力団の幹部になっていたのだ。

「悪かったよ、姉貴」

 

 心が張り裂けてしまいそうだった。

 自分が心から望んでいたものだけ、手に入らなかった。

 いずれ金も女も手に入る身分になる事が決まっているにも関わらず、心が全く満たされない。

 小学生の頃、虐められ傷だらけになっていた健太郎を庇い、勇気付けてくれた比呂子。

 

 その無償の愛に癒された。

 姉の為なら、どんな事でもやってみせる。そう思えた。

 そんなかつての自分とは違う、もう1人の自分が姉を苦しめてしまったのだ。

 静かに心が壊れていく。

 健太郎は、自分が心から頼っていた存在を失ってしまった。

 

 健太郎は公園に向かい、ベンチに腰掛ける。

 あの日と同じ時間、同じ光景が眼前に広がっていた。

 (羽生会長が話しかけてこなければ、俺の人生は全く違うものになっていたハズだ)

 後戻りが出来ない事は解っていたが、健太郎はそう思わずにはいられなかった。

 

 (1000万を姉貴に渡す事は出来なかったが、美香が『アンタには借りが出来た』と言ってくれた。

 俺が勝利した事に対して一定の評価を与え、感謝するべきだと思っているんだろう。

 選択を間違う事が無ければ血生会に儲け話を紹介する事も夢じゃねぇ) 

 必死に別の考えに思いを巡らせ、目の前の哀しみから逃れようとする健太郎。

 それでも溢れる涙を止める事が出来ず、頭を抱えると健太郎は思わず叫び声をあげる。

 

「あ――――ッ!!

 あ―――――ッ!!!」

 最早人の声にも聞こえない慟哭。

 声にならない嘆き。

 血生会の雨宮健太郎としては最高の仕事をした。

 

 そしてこれからの道も明るく開けている。

 しかし健太郎が本当に求めている幸せとの間にギャップがあり、それを埋める事が全く出来なかった。

 姉に頭を撫でてもらいたい。

 褒めてもらいたい。

 昔の様な関係に戻りたい。

 

 その全ての願いが無惨にも打ち砕かれ、泡と消えた。

 健太郎はそれを認めなければならなかった。

 

 (もう、姉貴との仲を修復するのは不可能。

 それに……

 血生会の中枢に入っていくうえで今の生活を続けるのは無理だろう。

 家に居れば両親や姉貴の身に危険が及ぶ。

 俺は、昔の自分だけでなく今の生活とも決別する必要があるんだ)

 

 羽生は雨宮健太郎の自宅の住所を明かさず、彼の肉親に危害を与えようとした者がいた場合死をもって償わせると幹部達に忠告している。

 大蛇は『金の卵』を護る態勢を整える為、健太郎を血生会本部の空き部屋に住まわせようとしていた。

「……姉貴と永遠に仲違いする方法があるとすれば、1つしか無ぇな」

 悲壮な決意を胸に秘め、健太郎はそうぽつりと呟く。

 嫌いになった弟だとしてもその安否を心配するであろう姉と離別する事で、健太郎は退路を断とうとしていたのだ。

 

【2010年 8月9日(月) 午後6時 千葉県本郷 雨宮比呂子の自宅】

 

 健太郎は比呂子に己の異変を気付かれない様にしながら短い期間で準備を進めた。

 

『睡眠薬?』

『とびきり強力なものが欲しいんです。

 2、3時間は目を覚まさない位のものが。

 あと拷問用の拘束具があれば貸してください。

 それがあれば姉貴や両親と決別出来ます』

 

『……お前が何を考えているのかは聞かんが、お前が言ったものはすぐに用意してやれる。

 俺もお前が常に離れた所にいると護りきれんからな。

 近々ボディーガードも付けるつもりだ』

『自分の身は自分で護りますよ。

 俺は会長のボディーガードになる為に訓練をしているんですから』

 

 8月9日。

 両親が夫婦揃って旅行に出かけ、翌日の昼過ぎまで帰ってこない事を知った。

 大蛇に頭を下げ、『家族と話し合う時間』と嘘をつきボクシングの訓練等を免除してもらう。

 棚の中にしまっていた衣服や貴重品、最低限必要なものを本部に宅配便で送り、後は健太郎が身1つで転がり込むだけと言う状況だった。

 

「おかえりなさい」

 午後6時を少し過ぎた頃、自宅に帰ってきた比呂子を健太郎は玄関先で出迎える。

 

「どうしたの健ちゃん。

 最近は何時も家に帰ってくるのが遅いのに」

「この間の事で姉貴と話したい事があってさ。

 謝らなきゃならない事もあるし」

 

 ファンシーショップで働いていた比呂子は『疲労の蓄積』を店長の南屋朋美から指摘され、早めに帰らされていた。

 比呂子もまた、疲れ切っていたのだ。

 全てを決める戦いを見届け、弟との亀裂が消えぬまま今日と言う日を迎えていた。

 比呂子も健太郎が以前の優しい健太郎に戻ってくれないかと願っていた。

 弟と話し合わなければならないと思っていたのだ。

 

「健ちゃん、この間の事……ごめんね。

 私も熱くなり過ぎて、ついあんな辛辣な態度を取っちゃったけど……

 私は健ちゃんに反省してほしかったの。

 心から貴方の事を嫌っていたりなんかしていないわ」

 

「解ってるよ。

 姉貴が俺の事を何時も心配してるのは知ってる」

 だからこそ、姉に本気で嫌われなければならない。

 健太郎はそう思っていた。

 

 姉から拒絶されただけでは足りないのだ。

 もっと強烈な、『縁を切る』所まで行かなければ……

 健太郎は見せかけの笑顔を崩す事無く、居間にあるテーブル席に腰をかける。

「もうすぐ帰ってくると思ってたから、ジュースを用意しておいたんだ。

 姉貴も飲みなよ」

 

 反対側の席に用意されていたコップ。

 そこにはスパークネオンが入っている。

 比呂子は席に座ると喉の渇きもありコップに入っている量の半分ほどを喉の奥に流し込んだ。

「私は健ちゃんが良い子だって、信じてるからね」

 

 ジュースを飲んだ後、比呂子はそう言って健太郎の顔をじっと見つめる。

 普段用意などされていないジュースに対して比呂子は不審さを拭う事が出来なかったが、弟を信じようと決めたのだ。

 信じなければ、これから弟と腹を割って話し合う事など出来ない。

 比呂子はそう思っていた。

 

「覚えてる?

 俺が小学校で虐められてた時、姉貴も同じような目に遭っていたのに俺を本気で庇ってくれたよね。

 嬉しかったんだ。

 だからあの時から、ずっと姉貴を守りたいと思ってた」

 

「健ちゃんが大きくなってからは、私も仕事とか色々な都合があってつきっきりでいてあげる事が出来なくなったけれど……

 今でも健ちゃんが私の大切な弟である事には変わりが無いわ。

 これからもずっと支えていきたいって思ってる」

 

 比呂子は健太郎の面倒をずっと見ていたかった。

 だがそれが出来なかった事を負い目に感じていた。

 中学生になっても虐めが止まるどころか悪化している気配を感じながらも、自分の人生を生きる事だけで精一杯。

 弟が変貌した原因が自らにあると思い、悩んだ。

 弟を救いたいと思う気持ちに嘘は無かった。

 

「……健ちゃん。貴方が変わってしまった事には当然何らかの原因があると思うの。

 よくない人達と関わっていればその人達の思想に染まってしまう。

 私は健ちゃんを守ってあげたい。

 今まで健ちゃんはずっと私に黙っていたけど、私に全部話してくれない?」

 

 謎に満ちた弟の生活。

 健太郎が高校生になってからはさらにそれが酷くなり、日付が変わりそうな時に帰宅する事も増えていた。

 闇に沈み込んでいく弟の視線が怖くなり、会話する機会も減っていく。

 それでは駄目だと比呂子は思った。

 

 勇気を出して聞き、どんな返答があったとしても全てを受け入れなければ弟をその闇から逃がす事は出来ない。

 比呂子は懇願する様に言葉を発して弟の反応を待つ。

 健太郎はやがて口を開くと静かに言葉を紡いだ。

「……解った。

 全部話すよ」

 

 健太郎の目にも、比呂子の目にも涙が滲んでいた。

 今までは無理だったのかもしれないけれど、まだ間に合う。

 解り合う事が出来る。

 比呂子は咄嗟に健太郎に向かって手を伸ばした。

 

「けん……ちゃん?」

 その瞬間、比呂子の視界がぐらりと揺れ、景色が歪んだ。

 頭が重くなり、急速に意識が遠のいていく。

 テーブルに突っ伏す様な形で倒れ込んだ比呂子の手に、健太郎の右手が触れた。

 

「悪いけど、姉貴には地獄を見てもらうよ」

 健太郎はそう呟くと、涙を流しながら比呂子を背負い2階の自室に運んだ。

 

 比呂子は目を覚ました直後、自分がどういう状態になっているのかすぐには解らなかった。

 手と足が広がった状態でベッドに縛り付けられており、口にはゴルフボールの様な拘束器具が入っている。

「おはよう姉貴。

 大声で助けを呼ばれると困るから口を塞がせてもらったよ」

 

 大の字の様な状態でベッドに寝かされている比呂子。

 服は全て脱がされ一糸纏わぬ姿となっていた。

「ン、ンーンー?(け、健ちゃん?)」

 何故この様な事になっているのか皆目見当がつかず、涙を流しながら腕や足を動かす比呂子。

 だが腕や足に付いている拘束具は非常に頑丈で、手足が僅かに動いただけだった。

 

「ずっと姉貴とこうなりたかったんだ。

 俺は姉貴を愛しているから……」

 健太郎も服を着ておらず、全裸の状態でベッドの上に膝を置くと比呂子の胸に手を添える。

「ンーンー、ンンン!ンンンンン、ンンンンンッンンンン!

 (健ちゃん、駄目よ!こんな事、駄目に決まってるでしょ!)」

 

 悪魔の様な笑みを浮かべながら股間の肉棒を比呂子に見せ付ける健太郎。

 カタクナールΩの効能により痛い程硬くなった肉の凶器がドクンドクンと脈を打っていた。

 

「姉貴だって知ってると思うけど、今日は明日の朝までたっぷり時間があるんだ。

 心配しないで……

 避妊薬も用意してあるから。

 親父と御袋が帰ってくる前には消えるつもりさ」

 

 もう後戻りは出来ない。

 自分に何度も言い聞かせながら健太郎は指で比呂子の股間をまさぐる。

 羽生会長の『ヤリ部屋』にあった美しい全裸の女性の写真が健太郎の脳裏を掠めた。

 

『欲しいものは、無理やりにでも奪い取りなさい。

 貴方にはその力がある』

 紅蠍と交わっていた時、何度もその言葉を聞いた。

 それでも奪い取れないものがある。

 

 姉が真の意味で自分を愛してくれる事はありえない。

 それならば、肉体だけでも自分のものにしてみたかった。

「姉貴がいけないんだ。

 俺の事を拒絶するから……」

 

 1000万を手に入れる為に犠牲にした時間は計り知れない。

 姉はその金を受け取る事無く、2人の関係にヒビが入った。

 健太郎が受けたショックは大きく、健太郎は半ば自暴自棄になっていた。

 姉を犯す事によって家族と別れる事が出来るのならば、それが自分にとって一番幸せな結末なのだ。

 今の健太郎はそう思い込む事でしか理性を保つ事が出来なかった。

 

「さぁ、1つになろうか……姉貴」

 愛撫もそこそこに、健太郎は垂直にそり立っている陰茎の先端を膣口にあてがった。

 亀頭が半分ほど既に飲み込まれそうになっている。

 腰を前に突き出せば、全てが比呂子の中におさまるだろう。

 

「ンンーッ!!ンンンン、ンンンンンンン……ンン

 (嫌ーッ!!健ちゃん、お願いだから……やめ)」

 健太郎は姉に覆い被さると、腰を入れて己の分身の全てを膣の中に入れた。

 にゅるんと、まるで元から繋がっていたかの様に結合した肉棒は快感を感じた事でさらに太く膨れ上がる。

 

 (そ、そんな……

 私、健ちゃんとセックスしてるだなんて)

 絶望の涙を流す比呂子に構う事無く、容赦の無いピストン運動で健太郎は一方的な快楽を得た。

「思っていた通り、姉貴の中は最高だよ!

 マンコが締まって、俺のを擦ってくる」

 

 薬の作用によってガチガチに硬くなった剛直の先端が比呂子の奥に何度もぶつかる。

 

 (あぁ……嫌、こんなの……

 健ちゃん、私達は姉弟、血が繋がっているのよ?

 こんな事、絶対にやっちゃいけない事なのに。

 お願い、堪忍して……)

 比呂子の願いは届く事無く、抽送作業は続行されていた。

 

 限界までいきりたった肉棒は、通常よりも絶頂に達しにくくなる。

 射精量こそ増大するが、健太郎はその感覚がなかなか訪れない事に苛立ちを覚えていた。

 (もう一線はとっくに越えているが、駄目押しが欲しい。

 それが俺と姉貴に深い溝を生み出す)

 

 ベロを出して比呂子の頬を舐めながら、彼女の腰付近を両手で掴み奥へ奥へと突き進む。

 比呂子にとってはまるで現実感の無い状況だった。

 脳の自己防衛システムが発動し、心が現実逃避を始めていたのだ。

 

 (ゆ、夢よ。

 こんな悪夢……早く覚めて。

 健ちゃんはこんな野蛮な人間じゃない。

 優しくて、心が透き通っている立派な子なんだから……)

 

 豊とセックスをした時などどは比較にならない程の痛みが比呂子に襲い掛かっていた。

 身体の痛みはそれ程でも無かったが、精神的な痛みに心が潰されそうになる。

 

「良くなってきた……

 来たよ、姉貴。

 姉貴の中に全部注ぎ込んであげるからね!

 夜は長い。

 朝まで愛してあげるよ。

 俺とのセックスが忘れられなくなる様に」

 

 ビクビクと震える陰茎がますます太くなった様な感覚。

 股間に走る電流の様な衝撃。

 全身を駆け巡る快感が、射精が近付いている事を健太郎に教えていた。

「ンンンン、ンンン……ンンンンン!

 (お願い、中は……中だけは!)」

 

 兆候を感じつつ、さらに快楽を貪る健太郎。

 紅蠍との交わりが彼に獣性を与え、それが活かされている。

 健太郎は両手で小さい比呂子の胸を鷲掴みにしながら、唐突に肉棒が弾ける感覚に身を任せた。

「おおッお……おふ……

 凄ぇ、今まで出した事が無い位出てる……」

 

 奥に差し込まれた陰茎の先端から噴き出した精液が、比呂子の最奥へと注がれていく。

 痙攣しながら何度も射精を繰り返した勃起は、全く萎える事無く硬い状態を保っていた。

「はは、こんなに出したのにまだ勃起したままとは……

 あの精力剤、買って正解だったな」

 無理やり肉棒を膣から引き抜くと、ぱっくり口を開けた暗がりから粘液がだらだらと零れ落ちる。

 

「姉貴、飲みたいだろ?避妊薬。

 用意してあるんだけど……

 騒がないって約束してくれたら、飲ませてあげるよ」

 

 かつて健太郎が一心不乱に勉学に励んでいた頃に使っていた机の上に、液体の入った小瓶が置かれていた。

 比呂子は凄まじい勢いで首を縦に振る。

 健太郎はそれを信じ、彼女の口を覆っていた拘束具を外した。

 

「健ちゃん、どうしてこんな事するの?」

「そんな事よりまずは薬だろ。

 あーんして、あーん」

 健太郎は小瓶の蓋を開け、小瓶の口を比呂子の口元に持っていく。

 零れない様慎重に飲ませ終えると、健太郎は蓋と小瓶をもういらないとばかりに放り投げた。

 

「俺も流石に姉貴を妊娠させたいとは思ってないからなぁ」

「健ちゃん……」

 比呂子は抵抗する事を完全に諦めていた。

 この状態で大声を出せば自分の人生も終わってしまう。

 弟に犯された姉と言う事実が広まればファンシーショップで働く事すら出来なくなるだろう。

 

「健ちゃん、理由を教えて。

 健ちゃんは理由も無しにこんな事をする子じゃない。

 貴方に何があったと言うの?

 私は、ずっと健ちゃんの事を心配していたのよ」

 大粒の涙を流してそう訴える比呂子の言葉を無視するかの様に、健太郎は指で膣の中に残っている精液を掻き出し始めた。

 

「……お姉ちゃん。

 話が長くなるから全部まともに説明する事は出来ないけど、僕はヤクザの組長に命を救われたんだ。

 金属バットでリンチされそうになっていた僕を羽生さんが救ってくれた。

 そして暴力団の一員になって、全てを捨てなければいけなくなった。

 この家を出ていくんだ」

 

「だから、私を犯したって言うの?

 健ちゃん。

 私が健ちゃんの事を本当に嫌いになって、関係を断とうとする健ちゃんを無視するだろうって?

 私は諦めない。

 こんな事をしたって私の心はそう簡単には変わらないわ」

 

 ヤクザ者と健太郎の繋がりは薄々解っていた。

 言動の変化、服装の変化がそれを如実に物語っていた。

 それでも比呂子は臆病さ故に彼を救えなかった。

 これは、その罰なのだと比呂子は思った。

 

「……そんな事を言うんじゃないかって思ったよ。

 お姉ちゃん。

 昔からお姉ちゃんは卑怯な事、曲がった事が許せない人だもんね。

 でもこのまま僕が家の中にいるとお姉ちゃんに危害が及ぶ可能性がある」

 健太郎はかつての自分に戻ったかの様な喋り方のまま、再び比呂子の中に股間の滾りを埋める。

 

「御父さんだって御母さんだって、帰ってきてお姉ちゃんの事を見たら全てを理解するよ。

 告白文も机の上に置いておくつもりだし……

 そうすれば、僕はめでたく雨宮家から絶縁だ。

 お前の顔も見たくないってね。

 勿論その頃には僕は血生会の本部にいるだろうけど」

 

 抑えていた哀しみが最早止められなくなり、繋がったままの状態で健太郎は涙を流した。

 

「ねぇ、健ちゃん。

 無理してるんでしょう?

 本当は、私と別れるのが辛いって思っているんじゃないの?

 今なら私が黙ってさえいれば丸くおさまる。

 もうこんな事は止めて……」

 

「駄目なんだ。

 僕が万が一そう思っていたとしたって引き返す事は出来ないんだ。

 僕は血生会のナンバー2、大蛇さんと親子盃を交わす約束がある。

 組織を抜けたくても抜けられない。

 抜けるなんて言ったら殺されちゃうよ。

 お姉ちゃんと会えなくなるのは確かに辛いけど、こうするしか他に方法が無いんだ」

 

 比呂子の悲痛な叫びも健太郎には届かなかった。

 やり直すには全てが遅過ぎたのだ。

 比呂子は健太郎の心の叫びに気付いてあげる事が出来なかった。

 虐められている事を必死に隠し、自分の中だけで済ませようとしていた健太郎の動きを放置してしまった。

 

 忙しかった。

 それだけの理由で姉と弟の関係が引き裂かれようとしている。

 比呂子はそれが哀しかった。

 

「お願い、今日だけは許して。

 この夜に僕の愛情の全てを込める。

 許されない愛情かもしれない。

 世間的には認められたものじゃない。

 でも、僕を止める事は誰にも出来ない。

 お姉ちゃんも、今だけで良いから僕を受け入れて」

 

 あの時と同じだ。

 そんな思いが比呂子の脳裏に浮かんでいた。

 

 (私が狩谷先輩に無茶な願いをした結果、私は豊さんとセックスをする事になってしまった……

 そして私は健ちゃんの気持ちを全く考える事無く1000万を投げ捨てた。

 健ちゃんを壊してしまったのは私なんだ……

 私が責任を取らないと)

 

 健太郎に対する憐みと、諦念が比呂子の態度を一変させた。

 涙を流しながらも笑みを浮かべ、悲壮な覚悟で健太郎を受け入れようと決めたのだ。

「いいよ、健ちゃん。

 今日だけ……健ちゃんの恋人になってあげる。

 望む事、何だってしてあげるからね」

 

 その瞬間健太郎の感情が弾け、完全に理性を失ったかの様なピストン運動が開始される。

「ああ、お姉ちゃん!

 大好きだよぉ!!大好きだからぁ!!」

 恐怖を感じた程の険のある顔つきはそこには無かった。

 比呂子がよく知っている、弱くとも心の優しさだけでは誰にも負けない弟の顔が彼女にはハッキリと見えていた。

 

 何度交わり、何度健太郎が果てたのか比呂子にはもう解らなかった。

 健太郎を完全に許したワケでは無い。

 それでも弟の事を気遣い様々な要望に応じた。

 

 拙いながらもフェラチオをし、拘束具を外してもらった後立ちバックで繋がった。

 ベッドの上で四つん這いになり、相手の顔が見えない状態で何度も膣内に射精される。

 疲れてベッドの上に寝転がった後、再び拘束され健太郎の肉棒が入ってきた。

 

「お姉ちゃん、全部出し切るまで終わりたくないよ。

 悪いけど続けるね」

「うん、良いよ……

 健ちゃんのおちんちん、私の中で脈打ってる」

 

 健太郎の望みは、本当に自分とセックスしたいというものだったのだろうか……

 比呂子は心の中でそれを否定した。

 本当は、健太郎もそれを望んではいなかっただろう。

 だが、暴走した感情はそうする事でしか止まれなかったのだ。

 

 健太郎との今生の別れが近付いている。

 比呂子にはそれが解った。

「健ちゃん……でも、何時かは帰ってきてね。

 健ちゃんになら、それが出来ると思うから」

 

 健太郎には比呂子の言いたい事が伝わった。

 頂点に辿り着く事が出来れば、姉と会う事が出来るかもしれない。

 

「うん。戻ってこれる様にするよ。

 何年かかるか解らないし、無理かもしれない。

 でも諦めない。

 お姉ちゃんが諦めようとしなかった様に、僕も努力を続ける」

 

 比呂子は拘束されていた腕を動かし、一度片方の腕の部分の拘束具を外してほしいとアピールした。

 比呂子の右腕が自由になった後、比呂子は慈愛を込めて健太郎の頭を撫でる。

「どんな事があっても貴方は私の弟なのよ、健ちゃん」

「お姉ちゃん……!」

 健太郎は繋がったまま比呂子を強く抱き締めると歯を食いしばったまま涙を流した。

 

 何年分も流した様な涙の量。

 それは自分が望んだ人生を歩む事が出来なかった健太郎の哀しみを表現していたのかもしれない。

 

 翌朝、比呂子が目を覚ますと健太郎の姿は部屋から消えていた。

 机の上に手紙の入った封筒が置かれているが、腕と足を拘束された比呂子はそれを破り捨てる事が出来ない。

「健ちゃん……」

 身体のあちこちに精液が付着し、膣は激しく肉棒を出し入れされ続けた事により酷い痛みを訴えている。

 このまま両親に発見されるまで、自分は全裸の状態で寝そべっている事しか出来ないのだろう。

 

 比呂子は若干朦朧としている意識の中で、そんな事を考えていた。

 (これで、健ちゃんは自ら退路を断った事に……

 両親から勘当されて、たった1人で生きていくと言うの?

 それは、あまりにも辛過ぎる生き方でしょう。

 暴力団の構成員になってしまって)

 

 自分が何かをしていれば、防げた悲劇があったのかもしれない。

 綾小路桜華も、井島豊も、雨宮健太郎も、絶望に向かって進む未来しか無かったのだろうか。

 比呂子はそう思い悔し涙を流したが、健太郎が生きている事に一縷の希望を見出そうとしていた。

 

 (生きてさえいれば、光は必ず照らされる。

 私だって健ちゃんだって、きっとそれは同じ。

 美香さんだって、命を拾ったのだから幸せになれる。

 私は美香さんを救いたい。

 桜華さんの為に……

 そして幸せを追い求めて幸せを掴む事が出来なかった健ちゃんの為に)

 

 比呂子を心から信頼し、手を握ってくれた桜華。

 美香が死ぬ事は桜華の本意では無いだろう。

 哀しみの底に沈んでいる美香を救う事で、己の存在意義を見つける事が出来る気がする。

 比呂子はそう信じ、絶望の中にいても抗い続ける事を誓った。

 

 健太郎の本部常駐を最も喜んだのは羽生晃だった。

「高卒でもいいなら、それ以上の知識を持つ奴を引っ張る事が出来る。

 ま、近くの大学に通うという手もあるが……

 ともかく、コレでお前も間違いなくウチの一員だ。

 引っ越し祝いに何でもしてやるぜ」

 

「……では本部にあの3人の性奴隷を運んでもらえますか。

 留守中に掃除や洗濯をしてもらいたいので。

 紅蠍さんに家事をしてもらいたいとは口が裂けても言えませんからね」

 空き部屋に最低限の家財を運び終えた健太郎はそう言うと、純白のスーツに目をやった。

 

「どうだ、お前の為に買ってやったスーツは。

 お前のサイズを基にして作ったオーダーメイドのスーツだから着心地は抜群だろう。

 ヤクザってのは高級な服を着るべきなんだ。

 貧乏くさい恰好をしていると相手に舐められるだけだからな」

 姉に姿を見られても気付かれない様に、雨宮は外見を変える努力をした。

 

 髪型をオールバックに変え、サングラスをかける。

 髭が生えてきたら伸ばすつもりだった。

「ここからまだ身長が伸びる可能性もありますよ。

 その時は会長の手を煩わせずとも自分で買います」

 

「そうか、殊勝な心掛けだな。

 雨宮、俺がお前の面倒をあれこれ見るのは、お前をそれだけ評価していると言う事に他ならない。

 期待を裏切らない活躍を期待しているぞ。

 大蛇に色々聞いて、奴から様々なものを盗め」

 

 会長が退出した後、健太郎はスーツを着たままベッドの上に寝そべり両手を頭の後ろで組む。

 (もう、戻れない……

 今まで通り高校に通う事が困難なら、退学するしか無いだろう。

 君島のボクシングジムに行く時も姉貴と会わない様に注意しないと……)

 すっと自然に頬へと流れ落ちていく涙を拭く事もせず、健太郎は不退転の決意で人生を歩もうと心に決めていた。

 

「俺は走り続ける。

 覚悟を決めるしかないんだ。

 会長になる事が出来れば、姉貴にまた会えるかもしれない……

 親父と御袋が死んだ後の事になるだろうが。

 その時俺は何歳になっているのやら」

 

 昨晩の思い出は、健太郎にとって一生の思い出となった。

 欲望を全て吐き出し、思うままに姉を犯す。

 絶対にやってはならない事をしたと言う背徳感こそあったが、手段を選ばず戦えると言う自信もついていた。

「そうさ、やろうと思えば何だってやれるんだ。

 俺は無敵だ。負けやしねぇ」

 

 紅蠍に発破をかけられた時の事を思い出す。

 健太郎はその言葉を真実にしなければならないと思った。

 誰もが平伏する様な力を付け、権力・金・女の全てを手に入れる。

 健太郎はそれを目標にする事を誓った。

 

 夕暮れの近付く公園に、雨宮比呂子の姿があった。

 健太郎が比呂子と交わっていた時に教えてもらった場所……

 全ての苦難の始まりとなったベンチ。

 そこに腰掛け、そこから見える景色を眺める。

 朋美には『具合が悪い』と言って休みをもらっていた。

 

「コレが、健ちゃんが見ていた景色なのね」

 絶望に苛まれていた健太郎が、座っていた場所。

 人生の歯車が狂い出す分岐点となった場所。

 

 健太郎の気持ちを知りたかった。

 少しでも近付きたかったのだ。

 彼が何を考えていたのか知りたかった。

 

 (母さんは体調を崩して寝込んでいる。

 父さんは烈火の如く怒って健ちゃんの手紙を粉々に破り捨てた。

 家族がバラバラになりかけているけれど、それでも明日は来る。

 仕事にも行かなければならない)

 

 健太郎は、弟は同じ景色を見ているのだろうか?

 比呂子はそうである事を願っていた。

 同じ様に涙を流し、同じ様に明日に向かうのだろう。

 やるべき事をやる為に。

 

「私も頑張るよ……だから貴方も頑張って。

 健ちゃん」

 己に言い聞かせるかの様にそう呟く比呂子。

 彼女にもまた、やるべき事が多く残っていた。

 

 揺れているエターナルナイトのメンバーを1つにまとめる努力をして、美香を助ける。

 今まで受け身だった己を、能動的な性格に変える努力をしたい。

 比呂子もまた変化を望んでいたのだ。

「あかり先輩、豊さん……

 私、挫けたりなんかしませんからね」

 

 自分を暗闇から救ってくれた者達の様に、誰かを救う人間になりたい。

 もう過ちは繰り返したくない。

 その強い気持ちが比呂子を支えていた。

 

 比呂子も、健太郎も、それぞれの運命を受け入れ一歩一歩先へと進んでいく。

 その道がどこに繋がっているのか解らずとも、とにかく前へ。

 皆が願う『幸せな人生』のゴールに辿り着く為の2人の戦いはこれからも続いていくだろう。

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