※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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この2人の掛け合いはずっと書いていたくなる位大好きです。
超が付く程の凸凹コンビですが、境遇とか優しさとか
似通っている所はあるんですよね。
一見自分を快活で明るい人間に見せかけているけれど
本性は意外と傷付きやすくて繊細。そんな感じです。


あの世の番外編 もう1つの出会い

 恋愛の真の本質とは、自由である。 ――パーシー・ビッシュ・シェリー

 

 

「アンタは生きるの!

 心の中にいるとか、そんなの私は望んでない!!

 生きて、元気になってよ!!

 病院に行けば、まだ助かるから!」

 

 井島豊は、血塗れとなった身体を誰かに揺さぶられているのを感じていた。

 最後の力を振り絞り、皆に伝えたい言葉を発する。

 

「零……自殺なんか、考える……なよ。

 お前は生きろ……

 生きて、お前のやりたい事をやってくれ。

 皆、大好きだぜ……

 俺はココに居れて、幸せだった。

 何もかもが……輝いて……」 

 

 急速に意識が薄れていき、豊は暗闇に閉ざされていく様な感覚に身を任せた。

 

 意識が戻り、豊は目を開ける。

 どっと疲れて長い間眠っていたかの様に身体全体がだるい。

「俺は、死んだのか……?」

 何とか身体を起こすと、血塗れにはなっておらず腹に弾の跡も見当たらなかった。

 

 衣服は誰かに着替えさせられでもしたのか、染み一つ無い白の薄い着物に変わっている。

「ココが病院で、蘇生したってワケでも無さそうだ」

 股間に違和感を感じ、着物の前を探ると下着の類を一切付けていない事が解った。

 前がはだけており股間が丸見えになっていた為、豊は着物に付いていた紐を使い前を閉じる。

 

「コレだと、着物と言うよりバスローブみてぇだな」

 ようやく心に余裕が出てきた豊は、そのまま立ち上がり周囲を見渡した。

 

 着物と同じ純白の壁に包まれた空間。

 丁度一辺が10m程度の立方体の様な形をしている。

 壁に大きな鏡が設置されている以外は何も無い殺風景な部屋の中で、豊は何をすれば良いか解らず立ち尽くしていた。

「閉じ込められてるのかよ……」

 

 外に出たいと思っても窓や扉が一切見当たらない。

 壁がどれ程の厚さなのかと思い手を伸ばす。

「ッ、おおッ!?」

 壁に触れるものと思って伸ばした手が壁をすり抜けた為、豊は驚いて熱いものに触ったかの様に手を引っ込めた。

 

「身体もすり抜けられるのか?」

 意を決して走って壁に飛び込むと、そのまま壁を素通りして外に飛び出す。

「何だよ、この外も白一色か。

 落ち着かねぇなぁ……」

 雪景色の様に床も空も真っ白な空間が地の果てまでも続いていた。

 

 後ろを振り向くと先程自分が飛び出した立方体の壁面に自身の名前である『井島豊』と言う言葉が描かれている。

「自分の部屋って事なのか?

 もう、ワケが解らねぇよ。

 誰か説明してくれ!」

 

 自分以外に誰も見当たらないと言う不安も手伝い、愚痴をこぼす豊。

 そのままこの場所に立っているのも事態の解決にはならないと思った彼は、その場から歩き出した。

 

 先程豊がいた純白の立方体が、あちらこちらに点在している。

 その立方体の壁面全てに人の名前が書かれており、まるで立ち並ぶ墓の様だと豊は思った。

 (知らない人間の名前ばかりだ。

 人が住んでいるのか?)

 

 先程の様に飛び込めば中に入れるのかもしれない。

 そう思った豊は面識のありそうな名前が書かれている立方体を探す。

 (見知らぬ奴より、知っている人間と話した方が良いよなぁ……

 普通は)

 

 かなり長い間歩いたが、時間の感覚が全く掴めない。

 空が真っ白なので昼か夜かも解らなかった。

 そしてどれだけ歩いても殆ど疲れず、喉の渇きも空腹感もまるで感じない。

「やっぱり、俺は死んでるんだろうな。

 そして、この辺りにいる奴は全員死人か」

 

 表札の様な立方体に描かれている文字を見つつ、ただ歩く。

 そして、豊にとって会いたかったのか会いたくなかったのか解らない人間の名前が目に入った。

 

 壁を通り抜け、立方体の中に入る。

 そこには胡坐をかいたまま酒を飲んでいる男がいた。

「おい、勝手に入ってくるんじゃねぇよ。

 人のプライバシー位尊重しろってんだ」

 

 口元や顎に無精髭を生やし、少々呂律の回っていない喋り方をする男性。

 目の下には隈が出来ており、その目は生気を失い澱んでいる。

「荒れるなよ親父。

 そんなんだから御袋に見捨てられるんだぞ」

 

 豊はそう言うとその男性に近寄り、同じ様に胡坐をかく形で座った。

「……お前、豊か?

 豊なのか?」

「ああ、そうだよ。

 親父と会うのは初めてだな」

 

 髭だらけの顔とボサボサになった髪。

 まるで世捨て人の様に見える男の顔は、井島豊にどことなく似ていた。

 

 狩谷(かりや)哲(てつ)。

 エリートサラリーマンとして順風満帆なスタートを切ったかに見えた彼の人生は突如として暗礁に乗り上げた。

 腹心として信用していた部下の裏切り。

 会社の金を使い込み解雇された部下の監督責任として左遷される。

 

 給料は2分の1以下に減り、今まで見下していた層から見下されると言う屈辱を味わい彼は荒んでいった。

 どこに怒りをぶつければいいのか解らず、妻に暴力を振るう様になり離婚。

 既に生まれていた双子の男の子の親権を分かち合う形で決着し、息子である井島豊とはこれが今生の別れとなる。

 狩谷優に怒鳴り散らし酒の量も日に日に増え、左遷されていた会社から解雇通知を受けた。

 高校を卒業した優からは距離を置かれており、四面楚歌となった彼は飲酒運転による事故死と言う最期を迎えたのだった。

 

「そうか……

 お前、死んじまったのか」

 哲はそう言うと、うっすらと目に涙を浮かべた。

「別に俺が死ぬのは自業自得だから良いとして、お前に死なれると辛いな」

 

 アルコール中毒を患っているのか、酒瓶を決して手放そうとしない。

 中身を飲み干した後酒瓶を床に置き、哲が小声で何かを呟くとすぐに中身が一杯になった。

「何だよ今の」

 

「ああ……

 お前、死んだばかりなのか。

 そりゃそうだよな。

 死んですぐに俺の所に来たのか。

 お前には何もしてやれなかったが……」

 

「親父の『家』がたまたま見えたから入っただけだよ。

 それより、もし知っているのならココのルールを教えてくれ」

 豊がそう言うと、哲は暫く濁った瞳で自分の息子を見つめていたが、ゆっくりと話し始めた。

 

「ココは天国だ。

 本来なら俺は地獄行きだったんだが、親父が俺の罪を『肩代わり』してくれてな……

 百合に暴力を振るった罪と、交通事故で相手のドライバーに怪我を負わせた罪を庇ってもらった。

 親父も相当あくどい事をしていたからな。

 別に背負う罪が少々増えても問題無いと思ったんだろう」

 

 天国ではプライベートが守られており、自分の家を持つ事が出来る。

 自分の家で家主が思ったものは何でも出現し、自分の欲望を大いに満たしてくれるのだと哲は語った。

 

「煙草だろうがライターだろうが、思ったものは何でも手に入る。

 そして自分の意思で出したり消したりする事も自由自在だ。

 だが、生きている人間や動物の類は何度心に思い浮かべても呼び出せなかった。

 その辺りの明確なルールは俺も解っていない。

 お前も自分の家で色々試してみるんだな」

 

 そう言った直後立方体の中に椅子や机、豪華なシャンデリアが最初からそこにあったかの様に突然姿を現す。

 哲は立ち上がり、その椅子に座った。

 豊が背後を振り返ると、さっきまで影も形も無かった同じ形の椅子が出現している。

「俺の『家』にもあったんだけど、あの鏡は?」

 

「あれは暇潰し用の鏡だ。

 ボタンを押せば起動して、画面に様々なものを映し出す。

 世界のどんな場所でも見放題だ。

 念じた場所に『カメラ』が移動して、俺達に現世を見せてくれるのさ」

 壁に張り付いている鏡を見ながら、哲はそう言って溜息をついた。

 

「最初は面白かったよ。

 美女の着替えもシャワーシーンも自慰行為も見放題。

 誰が死んだのかも解らない葬式、血腥いマフィアの抗争、この世の全てを手に入れた大富豪のリッチで自堕落な生活。

 その全てをリアルタイムでモニタリングする事が出来る。

 だがそんな事が出来たからと言って俺の心が癒されるワケじゃない。

 今になってようやく解ったんだ。

 支えてくれる人間がいなきゃ、永遠に満たされる事は無いとな」

 

 浴びる様に酒を飲む哲の身体は、生きていれば恐らくボロボロになっていただろう。

 だが希望を失い、そうする事でしか心の安定を図れない状態となった父親の姿を見て豊は歯を食いしばった。

 

「……御袋と兄貴がこっちに来たら、頭を下げろよ。

 俺も協力するから。

 家族が死んでからもバラバラのままだなんて、俺は嫌だ。

 そんな事、俺も兄貴も望んでない」

 

「もっと早く気付くべきだったよ。

 貧しくても百合やお前がいてくれたら、もっとマシな人生を送れていたと言う事実を。

 だがもう駄目だ。

 百合は俺と絶交した。

 優も俺の事を心底嫌っている。

 もう元には戻らない」

 

「挑戦する前から諦めるのかよ!

 1人で絶望感に浸っていたいだけじゃねぇか。

 俺が地面に頭を擦り付けて、御袋の心を変えてやる。

 親父が諦めたら終わりだろうが」

 豊は怒り、思いのたけをぶちまけた。

 

 片親と言う人生のハンデを背負わされ、虐められた日々。

 父親がまともな人間であったら、幼い頃の思い出が思い出したくも無い悪夢に変わる事も無かったハズだ。

 勿論その虐めから火村あかりと出会う事が出来たと言う事実もあるが、やるせない気持ちはずっと彼の中で燻り続けていた。

 

「百合が俺を許すと思うか?

 さんざん暴力を振るい、傷付けた。

 優も同じだ。

 今になってそれが間違いだったと気付いても、相手は納得してはくれない。

 後悔していてももう終わった事だ。

 百合は俺が生きている間、電話すらかけてこなかったんだぞ」

 

「死んでからなら、また事情が変わるかもしれねぇだろ?

 兄貴だって結婚して子供が生まれて、父親になる事の大変さや辛さを知るハズだ。

 親父に対する気持ちもちょっとは変わってくるだろ。

 そうすればやり直すチャンスが……」

 

「出て行ってくれ」

 哲はそう言うと立ち上がり、千鳥足のまま豊の胸を掴むと壁に向かって突き飛ばした。

 当然豊の身体は壁をすり抜け、外へと追い出される。

 豊はもう一度中に入ろうとしたが、話が平行線を辿るだけになる事が解っていた為食い下がる事を諦めた。

「馬鹿野郎!!」

 

 涙を流しながら叫んだ。

 真っ白な世界に豊の叫びだけが虚しく響き渡る。

 豊は父親の愛情を知る事無く育ち、恋を信用出来ぬまま大人になった。

 父親が素敵な人格者であったならば、違う道があったのかもしれない。

 そんな気持ちを抱きながら生きていた豊にとって、落ちぶれた父親の姿を目にした事はショックだった。

 

「親父、俺はアンタの事を知らずに生きてきた。

 死んだ時に同情もした。

 全てを拒絶して生きていく事なんて出来ねぇぞ。

 血の繋がりだけは、どうあっても消せないんだ」

 

 外にいる豊の言葉は、『家』の中にいる父親の耳には決して届かない。

 外の情報を一切知らずに済む作り。

 完璧な防音構造になっており、心の安定は保たれる。

 だがその『逃げ』が本当の幸せに繋がらない事は、豊には痛い程解っていた。

 

 (俺だって、苦しくて逃げ出したい時があった。

 だけど、本当に苦しさから解き放たれたのは前を向いて辛い事から逃げずに戦った時だった。

 親父、何時かアンタにもそれが解る日が来る。

 兄貴と御袋が来たら、俺が2人を説得してみせるよ)

 

 壁に付いている鏡には、他人の家を検索して表示する機能も備わっている。

 父親からそんな話を聞いた豊はいつか必ず、再びこの家を訪れる事を胸に誓った。

 

 豊は父親の『家』から離れ、一旦自分の家に帰ろうとしたのだが完全に迷ってしまう。

「あー、やばいな。

 どれもこれも見た目は同じで表札みたいな名前以外違いが全く無ぇぞ」

 地平線まで続く、等間隔にそびえ立つ立方体の群れ。

 帰る為にはその為のルートを知る必要があるが、見知らぬ人の『家』を訪ねるのも抵抗があった。

 

「足はそこまで疲れてねぇけど、心がしんどくなってきたな。

 何処を見渡してもまるで同じ景色ってのは……」

 来た道を逆に進めば良いのだが、突き飛ばされて場所が解らなくなったせいか何処をどう通ってきたのか解らなくなってしまう。

 樹海の中を彷徨っている様な気分になり、そろそろ見知らぬ人の『家』に入ってでも帰りたくなったその時、豊はある人物の名前を見つけて立ち止まる。

 

 (これは……

 運命なのか?)

 目の前に見えた『綾小路桜華』の文字。

 導かれる様に立方体の壁をすり抜け、中へと入る。

 そこには自分や父親と同じ様に薄手の白い着物を身に付けた桜華がおり、うつ伏せになった状態で涙を流していた。

 

「死んでからも私は1人きり……

 どうしてなんですの、御母様」

 外に出れば袋叩きに遭うと思い、恐怖に怯える桜華。

 巨大な2つの毛糸玉の様にまとめられていた長い髪はストレートの状態を保ち、腰まで長く伸びている。

 

「……桜華」

 精神的に疲弊した状態だった豊は床に座り、彼女に声をかけた。

 突然声をかけられた桜華は捨てられた子猫の様にビクつき、豊の方を見る。

「た、確か貴方全国大会で……

 私、名前を失念してしまいましたわ」

 

 自分を間接的に殺した相手が、名前すらロクに覚えていない。

 豊はその事実を知り、思わず両手を床につけた状態のまま笑ってしまった。

 

「まぁ、そうだよな。

 お前にとって俺なんて、取るに足らねぇ存在だもんな。

 零の取り巻き位の感覚だろうよ。

 お前のせいで俺は死んだとも言えるってのに」

 

 自分が選んだ道ではあったが、急速に身体の力が抜けていく。

 死んだ事に対する後悔は無かったハズだったが、桜華に言われた『心無い言葉』が豊の胸を抉る。

「ご、ごめんなさい。

 私、そういうつもりで言ったワケじゃ……」

 桜華は相手を傷付けてしまった事を悟り、慌てて泣いている豊に駆け寄ろうとしたが足を滑らせ転んでしまった。

 

「痛ッ……」

 死んだ人間でも痛覚はあるのか、足を手で押さえたまま立ち上がれない桜華。

 転んだ時に着物の紐が取れ、前の部分が思い切りはだけてしまっている。

「あれ、お前……

 そんなに胸が平らだったっけ?」

 

 露わになった胸はまるで男の様に真っ平らで、全く膨らんでいない。

 全国大会の時に豊は桜華のドレス姿を見ているが、その時はかなりの巨乳だと思っていた。

 股間も露わになっており、割れ目の上には毛が全く生えていない。

 16歳と言う年齢にも関わらず、桜華は典型的な幼女体型だった。

 

「しかもパイパンとは……

 随分子供っぽい身体してるんだな」

 豊に図星を突かれ、顔が真っ赤になる程の羞恥心が彼女を襲う。

 

「し、失礼なッ!!」

 彼女が絶対に人に知られたくない秘密。

 そしてその事実を言葉に出された桜華は怒り、条件反射で手が出てしまった。

 豊は強い平手打ちを喰らい暫く呆然としていたが、彼の中で何かが弾ける。

 

「……お前のせいで俺は死んだってのに……

 お前は俺の名前も知らないし、俺に手を上げるのか。

 上等だよ。

 こうなりゃ自棄(やけ)だ。

 俺の好きにさせてもらう」

 

 桜華の両腕を掴んで床に倒し、暴れる彼女の動きを封じる。

「や、止めてくださいまし」

 豊の股間が盛り上がっているのを見て桜華は何をされるのかを把握し、サッと血の気が引いていった。

 

「お前のせいで零は光を失い、俺は死んだ。

 償いきれない程の罪を犯しておいて、何故お前はココにいるんだ!?

 我慢の限界なんだよ。

 俺は洒落にならない程怒っているんだ。

 その意味が解るか」

 

 精神的苦痛、自分が死んだと言う虚無感、やり場の無い怒り……

 父親がそうした様に、豊もまた桜華に哀しみと怒りを全て押し付けようとしていた。

 着物を剥ぎ取り放り投げ、自身も紐を説いて生まれたままの姿になる。

 馬乗りになった状態で抵抗する桜華の口元に、勃起した陰茎の先端をあてがった。

 

 (こ、コレが……

 殿方のモノ!?)

 脈動する欲望の塊を突き付けられ、彼女は恐怖と驚きのあまり全身が硬直する。

 屋敷の中で性行為がどういうものなのかと言う事は漠然と把握していたが、実物を見た事は全く無かった。

 その初めて目撃した肉の槍が、彼女の口を貫く。

 

「しゃぶれよ」

 自分でも何をしているのか解らない、泥酔している様な状態になりながら豊は熱に浮かされたかの如く怒りに身を任せていた。

 自身の股間を貫くかもしれない肉の凶器を口の中に差し込まれ、桜華もまた混乱する。

 (むせかえる様な匂い、滾る様な熱さ……

 コレが、殿方の欲望が、具現化したモノ……)

 

 まともな対応が出来ないまま、喉の奥に先端部分を差し込まれ、彼女は悶絶した。

「俺を気持ち良くしろよ。

 もっと舌を使え」

 心の中で、警告するかの様な声が響く。

 冷静に状況を分析している『もう1人の自分の声』だった。

 

『お前は何をしている?

 こんな狼藉、今すぐ止めるんだ。

 異常な事をしているんだぞ』

 壊れた意識の中で、豊はその警告を無視し続ける。

 

「五月蠅ぇな。

 俺はもう終わったんだよ。

 好きにさせろ。

 俺はもう死んでるんだ。

 何をしたって咎められるもんか。

 快楽を貪って何が悪い」

 

 漲りを増した剛直を桜華の口から抜くと、豊は彼女を抑え込んだまま自身の先端を『入口』にあてがった。

 桜華もまた、自暴自棄になっていた。

 死ぬ直前からこの状況に至るまでが、ある意味当然の結末の様に感じられる。

 

 (ああ、コレが私に課せられた罰だと言うのなら……

 甘んじて受け入れるしかありませんわね。

 大罪人と誤解され、多くの者から罵りを受ける。

 私はこの男を傷付けてしまった。

 殿方に犯され、全てを失う。

 終わりが来ると言うのなら、早く来てほしいですわ)

 

 絶望の中で、桜華は自分が存在している事にやるせなさを感じていた。

 死ねば逃れられると思った苦痛や悲嘆が、死んでからも襲い掛かっている。

 相手が自分を壊してくれるのならば、それも一種の救いなのではないかとすら彼女は思っていた。

 

「俺が何をしたって言うんだよ。

 いや、俺だけじゃ無ぇ。

 零も、玖留美さんも、拓巳も……

 皆失った。

 大切なものが数多く失われた。

 なのにお前は……!!」

 

 肉棒の先端が既に膣口にめり込んでいる。

 少しでも腰を前に突き出せば、容易くその槍は彼女の花を散らすだろう。

 だが僅かに残っていた理性が、『犯す』と言う行為を食い止めていた。

 

『何をしているんですか、豊さん。

 私が傷付くのはまだ許せますが……

 桜華さんを苦しめる事は私が許しませんよ』

 豊の記憶の中にいる比呂子が、彼の背中に抱き付いて引き剥がそうとしている様に感じられる。

 

 (比呂ちゃんは、桜華が大切な友達だと言っていた。

 そして俺は比呂ちゃんを傷付けた。

 レイプしたも同然の形で処女を奪った……

 本当に良いのか?

 こんな事をしたら、比呂ちゃんが哀しむ)

 

 観覧車の中でキスをねだられ、応じた記憶。

 帰り道に手を繋いで歩いた記憶。

 比呂子の笑顔が豊の理性を呼び戻した。

 ギリギリの所で、彼は入口に押し付けていた肉棒の先端をそっと退ける。

 

「良いんだ、コレで……

 こんな事をしちゃ駄目なんだ」

 彼の中で蓄積した怒りと哀しみが溢れ、彼は仰向けに倒れ込むと涙を流した。

 桜華は『救い』が消えた事に絶望し、素早く彼に駆け寄ると重力に逆らっていた勃起に手を伸ばす。

 

 (嫌、もうこのままでいるのは嫌!!

 壊れてしまいたい。

 これで全てを忘れる事が出来るのなら……)

 肉体の痛みより、心の痛みの方が彼女には重荷だった。

 肉体の痛みが自分を解放してくれるのならば、その方が良いと思っていたのだ。

 

「い……たッ……ヒッ!?

 あがッ……」

 桜華は自ら絶望に身を委ねた。

 今度は彼女の方が豊の上に跨り、肉棒を彼女自身の穴で飲み込んでいく。

 豊に犯されかけていた事で、どうすれば性行為に至る事が出来るのか彼女には充分理解出来ていた。

 

「ああ、もっと痛みを……

 もっと私に苦しみを……」

 幼い肉体でさらなる痛みを求め、身体を上下に揺さぶる。

 豊は突然の事態にワケが解らなくなり、肉棒を擦る膣の感覚だけが快楽として伝わっていた。

 

 破瓜の痛みをもってしても、彼女が心の中に抱いている絶望を消し去る事は出来なかった。

 股間の痛みよりも、精神的な痛みの方が大きくなっていた為感覚が麻痺していたからだ。

 

「どうして、終わらせてくれないんですの!?

 貴方が終わらせてくれると思ったのに!!

 痛いのに、私の頭は、意識はハッキリしていて……

 貴方に純潔を捧げた意味が無くなってしまいますわ」

 

 痛みで頭がおかしくなってしまえば良い。

 その一心で彼女は腰を振り続ける。

 一方豊の方は、狭くて直接肉棒を締め上げてくる幼い性器が与える快感に悶えていた。

 

 (ひ、比呂ちゃんより狭い!

 俺のをぎゅうぎゅう締め付けてきて、あかりとは全く違う形で気持ち良くなっている……

 やべぇ、こんなの我慢出来ねぇよ。

 うわッ、もう出ちまう……)

 

 それに加えて激しいピストン運動まで行われては、それ程快楽に対して耐性が無い肉棒が限界を迎えるのも当たり前の話だった。

「うくッ!」

 変な声を出して豊が全身を震わせた瞬間、反った肉棒の先端から勢い良く精液が噴出する。

 

 (これが、殿方の絶頂!?

 早過ぎますわ……

 これでは、私は何の為に)

 ビクビクと痙攣する欲望の塊が、精液を吐き出した事でゆっくりとしぼんでいった。

 やがて膣から自然にぬるりと抜けた肉棒が、豊の身体と同じ様に床へと倒れ込む。

 

「貴方、何をしているんですの!?

 私は、救われたいと言うのに!!

 全てが私のせいだと誤解され、私も全てを失った。

 貴方が私と同じだと言うのなら、私に引導を渡してくださいまし」

 

 桜華は涙を流し、精液塗れになった肉棒を手でしっかりと握り締めた。

 (殿方のモノは、擦ると刺激が与えられて大きくなる……

 そうすれば性行為が可能になる)

 

 身体に与えられた痛みは相当なものだったが、桜華の理性は崩壊するどころかさらに鋭敏になっていた。

 股間から精液と血を垂らしながら、一心不乱に萎えた肉棒を手で扱き上げる。

「おい、ちょっと待ってくれって。

 すぐには回復しねぇから。

 それにそんなんじゃ痛くて勃起出来ねぇよ」

 

 今度は理性を取り戻した豊が桜華を宥める番だった。

 桜華の手をぎゅっと握り締め、別の形で弾けた感情を抑え切れず彼女を力強く抱き締める。

 

「俺が言えた義理じゃ無ぇのは解ってるが、自棄(やけ)になるな。

 自分を見つめ直せ」

 自暴自棄になっていた自分が何を言っているのだろうと豊は思ったが、彼女にそんな言葉を投げかける事しか出来なかった。

 桜華も抱き締められた事で涙腺が崩壊し、豊の背中に手を這わせて号泣する。

「うわああああああ―――――ッ!!」

 

 最早感情がぐちゃぐちゃになり、互いに何を考えているのかすらも解らず泣きじゃくる2人。

 白い立方体の中で2人の獣の様な声だけが響き渡っていた。

 

 どれだけの時間が経過したのか、最早豊にも桜華にも解らなかった。

 セックスと言うよりも獣の交わりの様に、何度も何度も悪戯に性行為を繰り返す。

 精液の匂いが充満する部屋の中で、身体中を精液で汚した2人が床に寝そべっていた。

 

「あー……

 そう言えば、ベッドとか召還出来るんだからお前に呼び出してもらえば良かったな」

「な、何の話ですの?」

 涙を流しながら涎を垂らし、混濁する意識の中で桜華は豊にそう尋ねる。

 

「そうか、お前もこの部屋から一歩も出なかったから『ルール』が解ってねぇんだな。

 それにしても親父も誰から『ルール』を聞いたのやら。

 こんなの普通解らねぇだろ……」

 床に落ちていた精液は、時間が経つと勝手に消滅する。

 白い部屋の澱んだ空気も綺麗になり、豊は先程父親から聞いた『ルール』の内容を思い出していた。

 

『親父、そう言えば罪を『肩代わり』してもらったって言ってたけどそれにもルールがあるのか?』

 

『ああ。

 罪を肩代わりしてもらうにしても、重過ぎる罪は肩代わりしてもらえねぇんだ。

 例えば、何人も人を殺したとか国を侵略しようとした奴の罪を別の人間に被ってもらう事は出来ねぇ。

 せいぜい、やむを得ず人を1人殺した罪とか自殺した罪とかだな。

 肩代わりしてもらえるのは』

 

 床や自分達の身体が綺麗になっていく様に、豊の意識もハッキリし出す。

 (あれ?ちょっと待てよ。

 親父の言ってた事が本当だとすると、桜華は自殺した罪を肩代わりしてもらったって事になる。

 つまり、桜華はそれ以外の罪を何ら犯していない……?

 クーデターによる国家転覆も関係ねぇって事なのか?)

 

 豊はその『真実』に辿り着いた時、身体全体がガタガタと震え出した。

 (コイツの言っている事は正しかったって言うのか。

 『全部私のせい』にされて、苦しんでいただけ……

 じゃあ俺は無実の人間をレイプしようとしていた事になる。

 俺はまた、何て事を……)

 

 怒りと絶望が豊の心を蝕み、正常な判断を失わせていた。

 我に返った事でその絶望が余計に濃くなる。

 頭を抱え、歯を食いしばりながら大粒の涙を流す豊。

 桜華はその『悔恨』がどれだけ苦しい事であるか理解していた。

 

「貴方が悪いワケじゃありませんわ。

 私も現世において最後の最後まで誤解を解く事が出来なかった。

 その責任は私にあるのであって、貴方にあるワケでは無いと言う事はよく解っておりますの」

「桜華……」

 

 お互いの事をよく知りもしない2人が交わりによって恋に落ち、互いの事をもっとよく知りたいと思う様になっている。

 桜華に至っては相手の名前も知らない為、そういった意識がより強くなっていた。

 

「貴方の名前を……

 私に教えてくださいまし」

「井島、井島豊だ。

 井戸の井にアイランドの島、豊作(ほうさく)の豊(ほう)で豊(ゆたか)って読む」

 涙で滲んだ瞳を桜華に向け、彼女の肩にそっと右手を乗せる。

 

「ゆたか……

 素敵な御名前ですわね。

 心からそう思いますわ」

 苦しみと哀しみを共有する相手として、彼女は豊を選んだ。

 裸のまま身を寄せ合い、互いの身体の温もりに心を預ける。

 

『随分とお盛んですねぇ。

 死んでからこんなにセックスする人もなかなかいませんよ』

 聞き覚えの無い声と共に、突然全裸の女が2人の前に姿を現した。

 

「ぬおッ!?」

 咄嗟に豊は桜華の股間を手で隠そうとするが間に合わない。

 桜華は何も出来ず呆然としていた。

 

『私はこの辺りのエリアを統括している上級天使です。

 死んでから間もない人に死後の生活を教える為に来たんですが……

 良かったですね、井島豊さん。

 死後に罪を犯すと拘束される所だったんですが、ギリギリセーフでしたよ』

 

 人間は生前の罪によって天国か地獄かに選別されるのだと彼女は語った。

 天使らしく背中には羽根が生え、頭上には金色の輪が浮かんでいる。

 

『強姦は間違いなく罪ですが、貴方が踏み止まった事で『和姦』と判断されました。

 死後に罪を犯す人って結構いるものでして……

 そういう人は自宅に軟禁されるんですよ。

 良かったですね、貴方の良心の声に従う事が出来て』

 

 歌う様に言葉を発する天使の顔が、一瞬意地悪そうな顔つきに変化したが、再び元の綺麗な笑顔に戻っていた。

『人に暴力を振るったり、性的暴行を働いたりしては駄目ですよ。

 より悪質なものであるか否かは私達が24時間体制で監視して決定しています。

 貴方の御父さんが貴方に対して行った突き飛ばしに関しては危ない所でした。

 もう一悶着あったら確実に貴方の御父さんは拘束されていましたから』

 

 当たり前の様に恐ろしい事を平然と口にする天使の態度に、豊はすっかり震えあがってしまう。

 それは桜華も同じであった。

 豊に抱き付き、全裸である事を忘れ身体全体を小刻みに震わせる。

 

『そうビクビクしないでくださいよぉ。

 普通にしていれば私達が何かをする事はありませんから。

 私は貴方達に天国での優雅な生活を満喫してもらいたいと思っているんです。

 まずはその鏡。

 その鏡には何でも映ります。

 天国の映像も、地獄の映像も、現世の映像も見放題!』

 

 天使はそう言うと豊の手を引っ張り、半ば強引に壁に設置されている鏡の前へと案内した。

 

『テレビと同じ様なものですよ。

 電源スイッチが一番端の赤いボタン。

 白いボタンが天国、黒いボタンが地獄、青いボタンが現世です。

 会いたい人や見たい物の姿を思い浮かべながらボタンを押せば、その人物を追い続けます。

 貴方達が暮らしていた現世とは異なる現世を見たい時はこの緑のボタンを押してください。

 違う世界の貴方を見る事も出来ますよ。

 過去の映像も全て記録されているので、見たい時に何時でも見る事が出来ます。

 それと、豊さんが自分の家に帰りたいと思った時は白いボタンを押しながら念じれば帰れますから』

 

 念じる事で様々な世界を見る事が出来る鏡の説明を終えた後、天使は両手を広げとびきりの笑顔を見せた。

『自分の部屋では、家主が心に思った物を自在に出現させる事が出来ます。

 ただし、『意識のある生命体』を呼び出す事は出来ません。

 食べ物とか飲み物、家具なんかは大丈夫ですけどね。

 それと、空間はこの部屋の中で広がりますから、だだっ広い砂漠や海を出現させる事も出来ますよ』

 

 元に戻したい時は念じれば良い。

 自分の記憶の中にあるものならば何でも出せる。

 天使はそう説明した後、『夢枕』と『地獄巡りツアー』の説明を行った。

 

『現世の人が枕元に貴方の写真を敷いて眠ると、その人は夢を見ている間貴方達のいる部屋に行く事が出来ます。

 まぁ、あくまで夢なのでこっちに来た人は朝起きた時にココで起きた事を全部忘れちゃうんですけどね。

 遊びに来てもらいたい人はいますか?』

「じゃ、じゃあ俺の知ってる連中に来てもらえるのか?」

 豊がそう尋ねると、天使は一瞬きょとんとした表情を浮かべたがすぐに満面の笑みを浮かべる。

 

『珍しいですね。

 大抵の人はプライベートを守りたくて誰にも来て欲しくないって言うんですけど。

 解りました。

 綾小路桜華さん、貴方が会いたい人はいますか?』

「……会えるのならば、妖と美香には会っておきたいですわね」

 

 桜華は2人の顔を思い浮かべながら、そう言った。

『呼びたい時は『紙』と『ペン』を思い浮かべてその紙にペンで相手の名前を書き、『枕』を出現させてその下に紙を置いてください。

 そうすると現世の人間が無意識に枕の下に貴方の写真を敷いて寝ます。

 相手の睡眠時間によってもまちまちですが、大体7時間位呼び出せると思っておいて良いでしょうね』

 天使がそう言って指をパチンと鳴らすと、何時の間にか彼女の右手に白い旗が握られていた。

 

『次は『地獄巡り』についての解説です。

 地獄に堕ちてしまった人に会ったり、地獄の様子を見学する事が出来ます。

 地獄巡りをしたい場合は、私の名前を呼んでください。

 私の名前はルミナって言います』

 ルミナと名乗った天使は羽根を広げ、羽ばたいて宙に浮かぶ。

 

『地獄の見学も、地獄の罪人との面会も自由です。

 ただし面会にもルールがあります。

 面会を行う事が出来るのはその人物と深い関わりのある人に限ります。

 面会する1人に同行する事が出来るのは2人まで。

 3人までなら大丈夫です。

 面会する事が出来るのは現世での1ヶ月に1回まで。

 時間は30分までと定められています。

 そして夢枕で天国に遊びに来た人も、夢を見ている間であれば地獄での面会は可能である事も覚えておいてください』

 

 フワフワと浮きながら喋っていた天使は再び地面に降りると、2人の手をそれぞれの手でぎゅっと握り締めた。

 

『最後に、貴方達が出来る『変身』について話しておきましょう。

 貴方達は既に死んでいるので、肉体は存在せず『霊体』と言う魂だけの存在に変わっています。

 霊体は死ぬ直前の姿を模倣しますがそれ以前の姿、つまり今の貴方達よりももっと若い頃の姿になる事も可能です。

 ですが、全てはイメージが成せる技。

 貴方達がイメージ出来ないもの……

 つまり死んだ時よりも年老いた姿に変わる事は出来ません。

 ちなみに特殊なアイテムを使って霊体の見た目を交換する事も出来るのですが……

 普段出来ない事をしてみたいと思った時は気軽に私を呼んでください。

 その都度対応致しますので』

 

 そう言うとルミナはぺこりと頭を下げ、申し訳無さそうに頭を掻いた。

『長々とお喋りして、どうもすみませんでした。

 天国に来た人には必ず説明しているもので……

 御取込み中に御邪魔した事、謝ります。

 御二方とも、楽しい天国ライフを満喫してくださいね!』

 

 ルミナは再び笑みを浮かべたが、その裏には別の思惑が隠されている様に見える。

 2人の両肩に手を乗せ、『問題は起こすなよ』とでも言いたげな表情を浮かべた後彼女は姿を消した。

 豊と桜華は圧迫面接から解放された社会人の様に、どっと疲れた身体を寄せ合う。

 

「結局……

 死んでも私達は『ルール』に縛られ続けるんですわね」

「悪事さえ働かなけりゃ大丈夫だろ。

 セックスは咎められてねぇし……」

 

 豊は桜華と向き合い、元から恋人同士だったかの様に唇を合わせた。

 僅か数秒間のキスであったが、桜華にとっては繋がっていた時よりも価値のある時間の様に感じられる。

 

「誰とも会う勇気が無くて、このまま永遠に孤独を感じて怯え続けるものと思っていましたけれど……

 貴方がいてくれれば、もう怯える必要はありませんわね」

「ああ、乗りかかった舟だ。

 俺にも責任があるし、ずっと一緒にいてやるよ」

 

 お互いに殆ど面識の無かった2人に、恋愛感情の様なものが芽生え始めていた。

 獣の様に欲望を貪り合い、生きていた時の傷を舐め合う事で共通の痛みを見出す。

 2人共寂しさや苦しさといった心の痛みを紛らわせたかった。

 その為に身体を重ねていたのだ。

 

「豊ぁ……

 また、後ろから突いてくださいまし」

 

 全裸の状態で四つん這いになり、『快楽の続き』をねだる桜華。

「さっきも言ったけど、どうせやるんならベッドでやろうぜ。

 お前の家ので良い。

 頭の中に思い浮かべて、それが欲しいと思えば出てくるハズだ」

 

 桜華の『家』では、彼女が部屋の中の内装を変える事が出来る。

 彼女が拝む様に手を合わせ、床に膝をついた状態で意識を集中させた瞬間立派なベッドが姿を現した。

「うわぁ……いかにもなベッドだな。

 屋根つきでキングサイズ、表面も綺麗に磨かれてる」

 

 超が付く程の金持ちのベッドでも、成金趣味が丸出しになっているワケでは無かった。

 2人どころか4人が縦になって寝ても問題無く寝れる程の広さを持ち、毛布や枕には絹がふんだんに使用されている。

 希少な木材を使用した基礎や天井の部分は、そういった用途に使っても簡単に壊れる様な脆い作りには見えなかった。

 

「このベッドは私の自室に置いてあったものと同じですわ。

 今までずっと1人で寝ていましたけれど、これからは豊が傍らにいてくれるんですわね」

 豊に対して尻を向けていた桜華が振り向き、豊の腕にしがみつく。

「ああ、そうだな……」

 雨に触れて寂しそうにしている猫を拾って慈しむかの様に、豊は彼女の頭に手を触れ、優しく撫でた。

 

 ベッドの上で繰り広げられている痴態も、外からは一切見えはしない。

 しかし外から見えなくなっているだけで入ってくる事は出来る。

 豊と桜華もその事を知ってはいたが淫らな行為に集中していた為、そんな事を考えもしていなかった。

「どうすれば、これを大きくする事が出来るんですの?」

 桜華は眼前に突き付けられた肉の凶器が、先程とは違いだらんと垂れ下がっている事に気が付いた。

 

 性的な知識は本で読んだ程度でしか無く、実践した事など一度も無い。

「口に咥えて、舌で愛撫してくれ。

 そうすりゃ一発で勃起するから」

 先端から透明な液体が漏れ出ている男性の象徴を、桜華の頬に擦りつけながらフェラチオをねだる豊。

 

「口に含めばいいんですわね……

 ちょっと怖いですけれど、また全てを忘れる為ならば……」

 桜華にとってセックスは酒を大量に飲んで泥酔状態に陥る事と同義だった。

 痛みと快楽に溺れ、押し潰されそうな心の痛みを忘れようとしている。

 何もしていないと、冷たい感情に支配されて涙が止まらなくなってしまいそうだった。

 

「うむぅ……むぐッ……」

 拙い技術ではあったが桜華は根が真面目だった為、男性器独特の匂いや熱を我慢して口での奉仕を続ける。

 (変な味ですわ。

 私の中でどんどん漲って……

 一定の間隔で脈を打っていますわね)

 

 豊も快感を得て勃起し、肉欲と同時に硬くなった陰茎特有の痛みが襲ってきたのを把握した。

 (それにしても、滅茶苦茶背徳的で凄ぇ興奮する……

 膨らみすら無い胸、無毛の膣……

 身長も高い方じゃねぇし、年端もいかない女に咥えさせてるみてぇだ)

 

 桜華は16歳で死んだのだが、見た目や体つきはとても16歳には見えない。

 少し背の高い小学生として赤いランドセルを背負わせたとしても充分通用するだろう。

 おまけに財閥の頂点に立ち、ありとあらゆる贅沢を楽しんだとしても容易に余る程の金を持っている女に言う事を聞かせていると言う満足感が、豊の興奮をより確かなものにしていた。

 

「ハァ、ハァ……準備万端だ。

 お前はこれをどうしたい?」

「後ろから、後ろから獣の交わりの様に差し入れてくださいまし」

 あるハズの無い尻尾を思い切り振って『おねだり』をする光景が、豊の中で簡単に想像出来る景色が目の前に広がる。

 尻を若干斜め前に突き出し、剛直を受け入れる事によって桜華は己が救われると信じて疑わなかった。

 

 (あーもう、ロリ体型の奴にこんなポーズ取られたら誰だって痛い程硬くなるだろ……)

 破裂しそうな程膨れ上がった欲望が、解放を求めて激しく唸っている。

 青筋が浮かぶ程の勃起を維持したまま、豊は桜華の尻に両手を添えゆっくりと腰を前に突き出した。

 先端から亀頭、そして根元までが元から繋がっていたかの様にあっけなく飲み込まれていく。

 

 (うわぁ……

 もう何回もやってるけど、本当に全然違うな。

 女の中って言う同じ場所なのに全く違う。

 あかりは緩く締め上げて扱いてくるけど、桜華のは単純に狭くてきつい。

 比呂ちゃんよりも入れている時の『無理やり感』が強いのか)

 

 腰を引き、素早く前に突き出す。

 そしてまた引く。

 前後に激しく動くだけでも桜華の肉欲は大いに満たされていた。

「凄いぃ……

 私の中でますます硬くなって、今にも精を放ちそうな程に膨れあがっていますわ」

 

 ベッドのシーツに両の拳を置き、豊の肉棒が与える快楽に溺れる桜華。

 だらしなく目からは涙、口からは涎を垂らし全身を打ち震わせ凄まじい快感に身悶えている。

 (ますます締まるのか……

 中に入っていくと言うより、俺ので強引に押し広げている感じだ)

 ピストン運動を行う度に、肉の襞が勃起している陰茎全体を擦り、目の前が真っ白になりそうな程の快楽を与えていた。

 

「ああ……

 もっと激しく突いてぇ。

 先程の様に、全てを注ぎ込んで良いんですわよ」

 背中を隠してしまう位に長く伸びた美しい金髪を左右に揺らしながら、性欲の海の中へと沈んでいく。

 桜華がセックスに対して貪欲になるのもある意味当然の成り行きだった。

 

 桜華が送ってきた16年の人生は、一貫して『清楚な女性』である事を求められたものだった。

 性的な知識を漠然と持っていながら抑圧され、自分の時間は殆ど持てない。

 起きている間は常に誰かが彼女の側におり、1人になれる入浴も烏の行水程度の時間しか与えられなかった。

 さらに睡眠時間を自慰行為によって削る等自殺行為に等しかった為、桜華は人並みの性欲すら発散する事が出来ず耐える日々を過ごしていたのだ。

 プライベートにおいても『人々を魅了出来るカリスマ』になる為仮面を被らなければならず、本当の自分を出せない苦しみばかりが蓄積していく。

 

 悶々としながら生きてきた桜華が突然セックスを経験すれば、その反動で弾けてしまうのも理解出来る事だろう。

「私の秘所が豊のモノに蹂躙されている……

 熱くていやらしい肉の塊が、貫いているんですのぉ」

 桜華が淫らな言葉を吐こうとも、どんなに大きな喘ぎ声を出そうとも咎める者など誰もいない。

 常に監視され自由を求めてもがいていた小さな鳥が、籠から飛び出て自由に羽ばたいている様だった。

 

「我慢しろよ」

 限界が近付いている事を感じた豊は桜華に背後から覆い被さり、彼女にしがみついたまま激しく腰を振り続ける。

「あうッ、おおお……

 豊、豊ぁ!」

 

 淑女である事を放棄し、人の言葉とも思えない嬌声を出しながら自分の中で暴れている熱い滾りを受け入れる桜華。

 真っ白な部屋に、肉同士が叩き付けられる様な音と喘ぎ声だけが響き渡っていた。

 桜華が四つん這いの状態を保てなくなり、ベッドの上に倒れ込んだ瞬間、豊もまた絶頂を迎える。

「出るぞ……中に出すぞッ!

 ふううう……」

 

 彼女にしがみついたまま奥まで肉棒を差し入れ、子宮の入口に先端が触れている状態のまま遠慮無く全てを吐き出した。

 濃い白濁液が、ひくつきと共に注がれ桜華の膣内を汚していく。

「で、出て……出てますわぁ。

 豊のモノが、私の中で震えて……」

 

 精液を出されている事を認識すると言うより、勃起した肉棒の脈動によって相手が射精している事を理解する桜華。

 豊は股間だけで無く全身を小刻みに震わせ、先端から噴き出る精液を一滴残らず出し切った。

 密着したまま勃起を保っている滾りを一番奥までゆっくりと突き入れ、荒い息を吐きながら倒れ込む。

「重い……」

 全体重をかけられ、苦しそうにしている桜華の姿を見て、豊は彼女の真横へと移動した。

 

 射精を終えた肉棒が萎えてぬるりと抜け、豊は無言のまま彼女を抱き締める。

「あれだけ滅茶苦茶した後で言うのもおかしな話だが……

 まだ痛いのか?」

 

「最初の時よりは幾分痛みも収まってきましたわ……

 豊にも私の身体を気遣う余裕は無かったでしょう?」

「余裕が無かったのはお互い様って事か。

 俺も射精する事しか頭に無かったからな」

 

 破瓜の痛みは即座には消えなかった。

 針で刺されているかの様な痛みが断続的に襲ってくる。

 だが彼女にしてみればその痛みよりも性行為によってもたらされる快楽の方がより強く感じられていた。

 疲れる程互いを求め合い、ベッドの上で生まれたままの姿を晒す2人。

 桜華は豊の顔を見つめ、抱き合うと泣き笑いの様な表情を浮かべた。

 

「ずっと、恐かったんですの……

 私の世界は、常に緊張の中にあった。

 何か少しでも御父様の機嫌を損ねれば頬を打たれ、御父様が死んでからも染井がその代わりを担っていましたわ。

 常に完璧な存在である事を求められ、それが出来なければ出来る様になるまで愚直に教え続けられる。

 全部私と財閥の為なのだと教えられ、それだけを心の支えにして生きてきた……

 血の滲む様な努力が全て無駄になり、教えられてきた事が全て嘘だったと言う事を知った時私の中の何かが壊れてしまった」

 

 豊にしがみつき、嗚咽を漏らす桜華。

 豊は彼女が自分以上に苦しみ、自分が失ったもの以上に色々なものを失ったと言う事実を知った。

 

「零は、私の憧れだった。

 その憧れに追いつき、そして越えてみたかった……

 認めてもらいたかった。

 たったそれだけの夢すらも、無惨に打ち砕かれてしまう哀しみが、解りまして?

 天武日本国民全てを敵に回し、私の生存権さえも否定された私のこの気持ちが……」

 

 16年間、彼女は心の中で泣き叫び、助けてほしいともがき苦しんでいた。

 そのSOSは誰にも届かず、遂には心から尊敬している相手からも拒絶されたのだ。

 

「そうだよな、想像を絶する程苦しかったんだろうな。

 俺なんかが想像出来ねぇ位のさ……

 でももう、悪戯に傷付く必要は無ぇよ。

 俺が支えてやる。俺が側にいてやる。

 俺もお前と言う人間を誤解していたんだ。

 償わせてくれ。

 お前を笑顔にしてやりたい」

 

 桜華に向けていた感情は愛情と言うよりも、懺悔、償いと言う気持ちが強い。

 豊は桜華の純粋な心に触れ、自分の醜悪な心を恥じた。

 離婚した両親の姿を見て育ってきた豊は愛を信じられなくなっていたが、もっと信じるべきでは無かったのか。

 1人の人間として、彼女を信じる事が出来なかった。

 その罪悪感が豊に桜華と共に過ごす事を決意させていた。

 

「世界中の皆が誤解していたとしても、貴方が理解してくれればそれで良いですわ。

 私も貴方に手を出して怒らせてしまったんですもの……

 私も貴方に全て差し出したい」

 

 2人は心の痛みを捨て去るかの様に涙を流し続けた。

 過度なストレスによってボロボロになってしまった心が、人の温もりによって癒されていく。

 2人の人生は終わってしまったが、死後の世界で共に歩み出す未来はハッキリと見えていた。

 

「それにしても暇ですわね……

 いえ、暇である事が嫌だと言うワケでは無いんですわよ?

 ただ、あまりにも持て余すと逆に疲れてしまうと思って」

 

 数日後、2人は『豊の家』で生活していた。

 誰かに見られていたとしても関係無いとばかりに全裸のままでいる事が多く、お互いにその気になれば即座に性行為を始める。

 御嬢様としての生活から一気に原始人の様な生活へと変化したが、寧ろ桜華にとってはその方が気楽だった。

 

「じゃあ、筐体でも出してZEROでもやるか。

 他のゲームもあるから暫くは楽しめるだろ。

 飽きたらまた別の何かを考えたら良い。

 時間は腐る程あるからな」

 

 何も無かった部屋に一通りの家具が揃う。

 テレビ、DVD視聴用のデッキ、今まで豊が読んだ事のある本が並ぶ本棚が姿を現した。

 やる事も成すべき事も無い、ただ暇を潰す為の生活。

 桜華は全裸のまま椅子に座り、筐体を通して豊と向き合う。

 

「簡単には負けませんわよ」

「よし、始めるか!

 ……ん?」

 豊がスタートボタンを押そうとした時、壁からにゅっと手が出てきた。

 不可視の性能を持つバリアを貫通する形で部屋の中に出現した手が、外へ出てこいとばかりに手招きをする。

 

「桜華、服を着ろ。

 外に出るぞ」

「え、ええ……」

 立ち上がり、白い着物を羽織る豊。

 桜華も同じ様に薄手の着物を纏った後帯で前を締め、部屋の外へ出た。

 

「お、御母様!?」

 立方体の外はやはり白一色の殺風景な景色が広がっていたが、そこに巴が佇んでいる。

 豊達と同じ様に白い着物を羽織り、何処か寂しげな笑みを浮かべていた。

「貴方にどうしても、伝えたい事があったものだから」

 

 あまりにも美しい巴の姿に豊が黙ったまま立ち尽くす中、桜華は巴の身体にしがみつき童心に返った様に泣きじゃくる。

「あらあら、泣き虫な所は治っていないのね」

「だって、だってぇ……

 ずっと会いたかったんですもの。

 ずっと!」

 

 父親は嫌悪していたが、母親である巴の死は桜華の人生に暗い影を落としていた。

 母親の為にバイオリンを弾き、母親がいたからこそどんな苦難にも耐える事が出来た。

 巴が死んだ後、彼女は何を目標に生きていけばいいのか解らないまま耐え続けてきたのだ。

 

「今日私がココに来たのは、この世界で過度に怯える必要は無いと言う事を教える為……

 皆貴方の事を見守ってきたのよ。

 数年前から知っている人もいれば、生まれた時から見ていた人もいる。

 だから貴方が、悪い人間では無い事を皆が知っているの。

 ココでは迫害される心配は無いのよ」

 

 桜華は驚き、巴の顔を呆然とした表情で見つめる。

「下界を見る事が出来るからですか」

 豊がそう質問すると、巴は微笑みながら頷いた。

 

「あの世では下界を誰もが見る事が出来る。

 隠し事があったとしても意味なんて無い。

 だって、物事の裏側も全て見る事が出来るから。

 誰が悪いのか、悪くないのか皆が知っている。

 あの人や黒沢、染井は地獄に堕ちてしまったけれどそれは当然だと私も思っているわ」

 

 巴は夫である獅子王の事を嫌っていた。

 2人の間にあったのは恋愛感情では無く、打算的な利害関係だけだった。

 獅子王は彼女のバイオリニストとしての腕を買い、巴は潤沢な資金のある豊かな生活を享受する。

 お互いに金や技術が無ければ結婚などしていない仲。

 さらに娘である桜華に対する感情も異なっていた。

 

「あの人には愛は無かった。

 あの人にあったのは強大な野心と支配欲。

 多くの人を跪かせて笑っていたいと言うどす黒い感情だけ。

 私だって決して褒められた人間じゃ無いけれど、生きている限り貴方を護りたいと思っていたわ」

 

 巴も桜華を利用しようとした人間の1人だ。

 それでも最後には愛が勝った。

 娘が不出来な人間であろうとも、自分の腹を痛めて生み出した可愛い我が子だったのだ。

 

「御母様、大好きですわ!

 御母様の存在が私の支えであり、救いだった。

 また会えるなんて、夢の様ですわ……」

 桜華はもう決して離さないとばかりに巴の身体をしっかりと抱き締める。

 

 恐怖と悲哀の中、やっと見つける事が出来た優しさと大きな母性。

 攻撃される事が無いと解った瞬間、彼女は膝をつく形でへたりこみ、涙を流し続けていた。

 

「貴方の事も見ていたわ、井島豊君。

 娘に『おいた』をしたんだから、責任はしっかり取って頂戴ね」

 巴が豊に対してそう呼びかけると、豊も桜華も背筋を凍らせ反射的に彼女の目を見る。

「お、御母様、見ていたんですの?

 全部……?」

 

「あの世には本当の意味でのプライベートなんて存在しないのよ。

 私だってそう。

 だからもう開き直った方が楽に暮らせるわ。

 誰かに見られているから自制しようとか、そんな事を言ってもきりが無いんだから」

 

 豊は赤面して目を逸らし、桜華は愕然とした表情のまま巴の顔を覗き込んだ。

「つ、つまり……

 私達は見えない監視カメラにずっと見られているも同然と言う事?」

 

「お互いにね。

 貴方も見る事が出来るし、私もそう。

 風邪は引かないけれど、部屋の中で裸になるのは控えなさい。

 あの世にいる住民は全員貴方の姿を見る事が出来る。

 今言ってももう手遅れかもしれないけど」

 

 諦念の面持ちで桜華の頬に手を添える巴。

 桜華もまた、今更自分を繕うのは無駄である事を思い知らされた。

「はい……御母様」

 数千・数万の男達に視姦され、自慰行為のネタにされている光景が豊と桜華の脳裏に浮かぶ。

 とは言ったものの、獣の様な生活をしているのは恐らく自分達だけでは無いとも思った。

 

「心配しないで。

 貴方達は極めて正常よ。

 寧ろ、諦めている人の方が多いわ。

 死んでしまったと言う虚しさから女性の貞操観念は希薄になり、男もまた性欲を剥き出しにする。

 あの世と言うのはある意味ルールのある無法地帯なのよ。

 だから……

 娘をしっかり守ってあげなさい。

 私も遠くから見守っているから」

 

 巴がそう言うと、桜華はずっと一緒にいたいと駄々をこね首を何度も横に振った。

 

「ごめんなさいね、でも我儘を言わせて頂戴。

 私もまた1人の女として飢えているのよ。

 薄皮を引き剥がせば男も女も皆そんなもの。

 ココには人間の本当の姿がある。

 自分を偽らずに生きなさい。

 誰もがココではそうやって『生きている』のだから」

 

 巴も志半ばにして死んだ事で壊れてしまい、あの世にいる男性と性交を楽しんでいる。

 元々獅子王がろくに巴の相手をしないと言う事もあり、彼女もまた抑圧された人生を送っていた。

 獅子王にとってセックスはあくまで子供を作る為の手段に過ぎず、巴にとっては愛を確認する為の手段だった。

 巴もまた、すっかり解放的になり第二の狂った人生を味わい尽くそうと思っていたのだ。

 

「豊君、桜華の面倒を見て頂戴。

 私もたまには顔を出すから」

「はい……」

 全てを知られてしまっていると言う罪悪感と、彼女もまた自分達と同じ様に『外面』をかなぐり捨てていると言う事実。

 どういった表情をすればいいか解らぬまま、豊は巴の願いを了承した。

 

「桜華、これからの時間は全て貴方自身の為に使える時間なの。

 あの人や私が無理やりに押し付けたノルマは存在しない。

 自由に羽ばたいていきなさい」

 

 桜華も巴がどういった生活を営んでいるのか理解していた。

 母親もまた、『女』なのだ。

 それを再び自分の中で思い出そうとしているのだと思った。

 

「私も……

 1人で立って歩かなければならないと言う事ですわね」

「ええ、でも大丈夫。

 貴方にはちゃんと、一緒に歩いてくれるパートナーがいるでしょう」

 母親から身体を離し、桜華は立ち上がると振り返って豊の方を見る。

 

「豊……

 私達も、本能のままに生きていけば良いんですわね」

「ああ。

 もうそうするしか無ぇだろ。

 今更取り繕っても無意味だし」

 

 桜華が吹っ切れた様な笑顔を見せ、再び振り返るとそこに巴の姿は無かった。

 これからが、16年もの間手に入れる事の出来なかった『自分の人生』の始まりなのだ。

 桜華はやっと、心からそう思う事が出来た。

 

「豊、コレ結構美味しいですわね」

 白い部屋の中で全裸のままポテトチップスをほおばる桜華。

 豊も桜華も最早隠している事が面倒くさくなり、毎日を自堕落に過ごしていた。

 身体が性行為によって汚れてもすぐに綺麗になり、床に落ちた食べカスも綺麗に消滅する。

 2人が体験している事は全てバーチャル世界の疑似体験の様なものだった。

 

 だからこそ髪も身体も汚れないし、爪も伸びなければ身体の成長も無い。

 魂だけの存在になっているからこそ、あの世にいる人間は奔放な生活を楽しむ事が出来る。

「庶民の食べ物も結構美味ぇだろ?

 次は牛丼でも食べるか」

 

 永遠に続く『おまけ』の様な時間を、共に過ごす事にした豊と桜華。

 様々な制約から逃れた2人は、死と引き換えに誰にも縛られる事の無い『自由』を手にしていた。

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