※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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皆、誰もが傷付きながらも『自分の道』を進んでいく。
そこに正解があるかは解らないけど、人生の終わりまで
歩んでいくしかない。この物語で自分が伝えたい事の1つです。
不幸って言うのは誰もが味わう事なんですよ。
その規模は様々だと思いますけどね。


番外編 1998 かえりみち 後編

【2010年 12月24日 千葉県 吉原(よしわら)ソープランド『パラダイス』 部屋内】

 

 クリスマスの時期は、水商売にとっての『書き入れ時』である。

 キャバクラもホストクラブも、客から『プレゼント』をねだり、客はその要求に応えなければならない。

 ナンバーワンホステスやナンバーワンホストともなると、たった一晩で数千万もの金を稼ぐ事すらあった。

 

 東郷恵の様な『ナンバーワン風俗嬢』であっても、その構図は変わらない。

 パラダイスは予約が殺到する時期に突入すると『オークション制』を導入し、客を大いに競わせた。

 早い話が金と言う実弾の撃ち合いである。

 

 より多くの金を積んだ者だけがナンバーワン風俗嬢とクリスマスイブにお相手してもらえると言う権利を得るのだ。

 パラダイスは1人の風俗嬢が1人の客を相手にする時間を2時間と定めており、風俗嬢は1日に5回『仕事』をする事になる。

 その5枠と言う狭き扉を開く為に、客は崖から落ちそうな程のチキンレースに身を投じるのだった。

 

「ミフユちゃん。

 今年の御客さんは一律120万円払ってくれるから。

 普段の12倍で、たった1日で600万円稼ぐ事になるね。

 頑張っておくれよ」

 

 午前7時40分、定刻通りに到着した恵に対してオーナーの藤村が揉み手をしながらそう言った。

「……一番多く払うと言った客の金額に合わせて、抽選を行うんでしたっけ」

「流石に120万円ポンと出すと言った人は8人しかいなかったけどね。

 大体が懐にかなりの余裕がある富裕層の御客さんだよ。

 年末年始もこの路線で行く予定だから」

 

 藤村は笑いが止まらないと言った表情を浮かべていた。

 彼が満面の笑みを浮かべるのも当たり前だろう。

 恵の普段の日給は7万5千円。

 同じ比率で考え、さらにナンバーワン風俗嬢である恵にその分のボーナスを払っても彼女に渡す金額は100万円でしか無い。

 600万円のうち500万円が店側に入るのだから、儲かったと言う気分に浸れるだろう。

 

「まぁ、私は何時も通りこなすだけですけどね~」

「君と相手をした御客さんからの評判は常に良いから、それを継続しておくれ」

 風俗店は金を稼げるが、その為には恵の様な容姿・性格・技術が揃った風俗嬢が在籍していなければならない。

 恵はその条件を全て満たしていた為他店からも彼女を引き抜こうとする動きが活発化する。

 藤村は彼女を引き留めようと必死になっていた。

 

 (大晦日も仕事が入ってるし、今年もZEROドームには行けないかぁ……

 後で比呂子にメール入れなきゃ。

 決勝トーナメントに新二君が残ってるって言うから気にはなってたんだけど)

 

 恵にとって、大晦日は別の意味で大切な日だった。

 格闘ゲーム『ZERO』のプレイヤー天武日本一を決める大切な大会が開催される日。

 ZEROを愛し、大会にも参加していた恵はゲームセンターから離れてしまったがZEROを愛する心は失っていない。

 特に今年は高校時代の親友である雨宮比呂子が会場に足を運ぶ事を考えると、本音としては『祝祭』に参加したかった。

 

「こういう仕事をしてる限り、無理だからねぇ」

 浴槽が綺麗になっているかどうか確認しつつ、恵は独り言を呟く。

 あと5分で最初の客がこの部屋にやってくる為、あまりゆっくりとしてはいられない。

 最初の客を相手にする時はどんなに慣れていても緊張するものだ。

 

 1日の最初に躓くと、その日全ての仕事が上手くいかなくなる。

 若いが何年も風俗嬢を務めている恵には、その事が嫌と言う程解っていた。

 

「おはようございますぅ~。

 御元気でしたか?」

「ああ、元気元気。

 ミフユちゃんと遊ぶ為に仕事してる様なものだからなぁ」

 

 10万クラスの風俗店ともなると、1つ1つの所作が重要になってくる。

 2時間の間風俗嬢は客を満足させる為あらゆる事に気を配り、客の顔や仕草に気を配らなければならない。

 階段の踊り場で御辞儀を行い、客の手を取って部屋に入る。

 

 部屋の中に入ったら客の荷物や服を床や収納スペースに一旦しまい、今度は床に頭を付ける勢いで御辞儀。

 初めての客が相手の場合は両手で名刺を差し出すが、やり過ぎると『営業感』が出てしまい客が不満に感じる時もある。

 客が『満足している』のか『不満に感じているのか』を即座に判断する力が求められていた。

「室温上げます?」

 

「あぁ、有難う。

 外は大分寒かったからね。

 まだ晴れているけれど、夜は降るらしいよ。

 早速だけど、ミフユちゃんにプレゼント。

 喜んでもらえると良いんだけど……」

 

 客が持参してくるプレゼントは食べ物であったり高級品であったりと様々だが、恵はそこにも細心の注意を払っていた。

「一番人気だって言うから買ってきたんだ。

 ミフユちゃんにピッタリだと思うよ」

 ブランドものに身を包んだ中年男性が高級そうなバッグの中から取り出したのは、これまた高級そうな時計だった。

 恵は腕時計に詳しくないので知らなかったが、50万もする女性用の腕時計である。

 

「すっごぉい。

 頂けるんですかぁ?

 有難うございます~」

「安い買い物だよ。

 今度来る時はもっと面白いものを見つけておくから」

 

 感謝の気持ちを示す恵だったが、心の中では盲目的に喜んでいるワケでは無かった。

 (後で『仕込み』が無いか調べてもらわないと。

 この御客さんは常連だからそうそう無いとは思うけど……)

 

 客と風俗嬢はあくまで『他人』。

 120分の間恋人の様に振舞う恵であっても、そこは絶対に忘れはしない。

 客の中にはプレゼントに『仕込み』を行う悪質な者がおり、今まで3回程恵はそれを経験していた。

 

 客が恵に渡した高級目覚まし時計に、盗聴器が仕込まれていた事がある。

 クマッタシリーズのぬいぐるみの中に盗撮用の遠隔操作カメラが仕込まれていた時は身体が震えた。

 当然脅迫を企んだ客は出入り禁止及び警察への通報を行ったが、この手の客は無くならないのが世の常である。

 表ではあくまで何も疑っていない様な天使の微笑みを見せ、疑念は全て心の中にしまっておく。

 風俗嬢と客の間には線を引きつつその線を客には見えない様にすると言う高等テクニックが用いられていた。

 

 4時間分の『仕事』を終え、恵は簡単な昼食を取りつつ短い休憩時間を取っていた。

 (あッ、そっか。

 スマホで休憩時間に見ればベスト8くらいは確認出来るよね。

 新二君、全国大会で優勝出来ればいいなぁ。

 比呂子も朋美も彼の事を応援してるハズだし)

 

 手に入れた金を殆ど貯金に回している恵は、食べ物においても決して贅沢する事は無い。

 ハムとチーズのサンドイッチを胃の中に入れ、トイレも必ず休憩時間中に済ませておく。

 風俗嬢は自分の時間が取れない中で、胃腸を含めた自分の体調をコントロールする必要があった。

 客の為の2時間はどんなに短い時間であろうとも無駄にしてはいけないのだ。

 

 プロとしてのプライドも含め、恵はそういった点においても完璧な振る舞いを見せていた。

 部屋の中を見渡し、汚れている箇所が無いかどうか確認する。

「うん、大丈夫」

 恵は次の客の相手をする為に一旦部屋から出て、階段の踊り場へと向かった。

 

「それでは御時間までごゆっくりお楽しみください」

 1日に相手をする客は予め決まった時間を知らされている為、その時間には店に到着している。

 13時。

 定刻通りに待合室から客が姿を現し、恵と対面した。

 

「初めまして~。

 宜しくお願いしますぅ」

「宜しく頼むよ。

 君とする事を考えて昨日はなかなか眠れなかったからね」

 

 前に相手をした中年男性とはまた違った形の『富裕層』の男性。

 30過ぎ位だろうか。

 派手な色のスーツを着込んだホスト風の男だった。

 

「お部屋に御案内しますね~」

 手を握り、密着しながら笑顔で階段を登る恵。

 仮面を被る事には慣れていた。

 例えそれがどんな相手だったとしても。

 

 (アンタの顔を忘れた事なんか一度も無い。

 コイツ……あの時リーダーって呼ばれていた奴だ。

 私と両親の人生をぶっ壊した悪魔が、今私の目の前にいるなんて)

 

 恵は自分を抑える事に集中していた。

 本当はすぐにでもぶん殴ってやりたかったが必死に耐えた。

 今はとにかく、相手の逃げ道を塞いだうえで警察に電話するのが最善策である。

 

「トイレは済ませましたか?」

「ああ、そうだね。

 まだしてなかったよ」

 心の中でガッツポーズをしながら、恵はプレイする為の部屋の隣にあるトイレの扉を指差した。

 

「あちらになります。

 先に履物をお預かりしておきますね」

 男がスリッパに履き替えた後トイレに入ったのを見計らい、恵は部屋の中に男の革靴を置くとバッグの中からスマートフォンを取り出す。

 

 (怪しまれちゃいけない。

 少しのミスが命取りになる)

 スマートフォンを部屋の外にある棚の上に置き、部屋の外に出さえすれば電話が出来る状態を作る。

 この棚は男性スタッフが持ってきた飲み物を置く為のものだった。

 

 髪の色が茶髪に変わり、12年もの歳月が経過していたが端正な顔立ちは殆ど変わっていない。

 一方、当時11歳だった恵は肌の色も髪の色も変わり、派手な化粧をしていた為気付かれていない様だった。

 

 (私の事に気付いていない。

 当たり前か……

 何年も前に毒牙にかけた女が、こんな所で働いているだなんて思わないでしょう。

 きっとコレは、必死に働いてきた私に神様が与えてくれた御褒美。

 絶対に逃がさない)

 

 棚の上にスマホが置かれた事にも相手は気付かなかった。

 そのまま部屋に入り、恵に上着を渡す。

「ミフユちゃんにお相手してもらいたかったんだよね。

 パラダイスのナンバーワン風俗嬢でしょ。

 クリスマスイブに君の客になれば、良い話の種になって俺も自慢出来るだろうし」

 

 恵を下に見るかの様な高圧的な態度。

 男はかつて恵を傷付けた時と同じ様に偉そうな喋り方をしていた。

「そんなぁ。

 自慢だなんて……

 私なんてそこまでの女じゃないですよ~」

 

「ナンバーワンにはそれだけの理由があるんだから。

 あ、コレ君にあげる為に持ってきたプレゼント」

 男はバッグの中から高そうなワインのボトルを取り出し、わざと跪いて差し出す様なポーズを取る。

「エルゴミュラーの白ワイン。

 結構したけど、君の様な女性にはピッタリだと思ってね」

 

 最高級の白ワイン。

 恵は酒が弱いので酒の知識は皆無に等しいが、100万以上はする代物だった。

「有難うございます。

 家に帰って、ゆっくり飲ませてもらいますねぇ」

 

 例え酒が飲めたとしても彼から与えられたものを口にするつもりは毛頭無かったが、恵は仮面を被り通す。

 床に頭と指を付けて御辞儀をし、自己紹介と共に名刺を差し出した。

 

「御相手をさせて頂く『ミフユ』と申します。

 今日は楽しんでいってくださいね」

「こちらこそ。

 宜しく頼むよ」

 

 男は自分が金を出している立場なのだと言わんばかりの態度で、腕と足を組みそう言い放つ。

 恵は爆発しそうになる怒りをこらえながら、精一杯の笑顔を男に見せた。

 

 男の服を丁寧に脱がせ、自分の服を相手に脱がせてもらうと言う何時もの手順を踏みつつ恵は男に質問した。

「御客さん、凄いお金持ちなんですね~。

 このスーツも高いんでしょ?」

 

「まぁね、ブランド品だけど。

 金なら幾らでもあるんだ。

 親父が大きな会社を経営してるから。

 詮索しないでくれよ?

 俺も羽根を伸ばす為にココに来てるんだからさ」

 

 服を脱がせると、あの時と同じ筋肉質な身体が恵の眼前に現れる。

「じゃあ、余裕があるんですね。

 羨ましいな」

 

「そりゃね。

 俺が何もしなくても金が転がり込んでくるんだから。

 使い放題ってワケ。

 女と付き合うのにも、豪勢な暮らしをするのにも金がかかるんだから沢山あったってもっと欲しいよ」

 

 唸る程の金を持ち、不自由する事の無い生活を送るドラ息子。

 だからこそ刺激を求めて、性犯罪に手を染めたのだろうか。

 恵は静かな憎悪の炎を燃やしながら、そんな事を考えていた。

 男がボクサーパンツのみ、そして恵がパンツを履いているだけの状態になり、恵は唇を前に突き出す。

 

「ナンバーワンの実力がどれ程のものか、是非知りたいね」

 甘い偽りのキス。

 何十人、何百人の男性としてきた愛の無い接吻を行うのは慣れていた。

 心を殺す事に慣れ切っているからこそ、殺したい程憎い相手ともキスする事が出来る。

 

「教えてあげますよ、たっぷりと」

 天使の様な微笑みを見せながら、恵は思いが弾けたかの様に男の身体を強く抱き締めた。

 

 全裸になった男をベッドに寝かせ、恵は男の股間を優しく握り締めながら舌を這わせる。

「こんなに大きくなっちゃって……」

「君が魅力的だからだよ」

 ボクサーパンツを脱ぐ前から己の存在を主張していたペニスは、脈動しながら重力に逆らい反り立っている。

 恵はカタクナールΩを服用したのではないかと思う程屹立した陰茎の先端を咥え、舌で尿道を刺激した。

 

「あー、凄い……」

 男を骨抜きにする為のテクニックならば、恵の右に出るものはいない。

 生まれ持った才能と言う点で言うなれば火村あかりには負けるかもしれないが、恵は努力で足りない部分を補っていた。

「気持ちいいですか?」

 爆発しそうな程に硬い陰茎を絶妙なポイントまで導いては、ギリギリの所で焦らす。

 

 男が全身を震わせて射精しそうになる直前まで攻めては止めると言う行為を繰り返した。

 相手の陰茎の反応、顔や息遣い、触っている皮膚の感覚と言った五感によって得れる情報を頭の中でまとめ最適な状態を作り出す。

 そしてその間に準備を整えておいた膣の中に導いた後、とどめを刺すのが彼女の仕事だった。

「じゃあ、最初は俺が攻めるから」

 男は自分から動く事を選択し、恵をベッドに寝かせると硬くなったモノを一気に突き入れる。

 

「君、最高だよ……

 今まで相手をしたどの女よりも締まって、俺のを気持ちよくしてくれる」

「凄いぃ……

 まるで熱い鏝が入ってきたみたいです」

 

 12年前の悪夢が、昨日の事の様に思い出される。

 今と同じ様に乱暴に突き入れられた。

 情け容赦無く腰を振った男は、彼女の中に欲望を吐き出したのだ。

 (またコイツに私の身体を許す事になるなんて)

 

 恐慌状態に陥りそうな心を自分で懸命に宥めたが、溢れ出る涙を止める事は出来なかった。

「あ、ゴメン。

 痛かった?」

 男はあくまで事務的な口調でそう言った。

 恵の事を心配していると言うより、傷物にしたら不味いと言った感じの言い方に聞こえる。

 

「あんまりにも気持ち良かったものだから……」

 恵は万が一にも警戒されない様、快感により涙が零れたのだと誤魔化した。

 唾を吐きかけたい程憎い相手が自分の身体を貫いていると言う現実が彼女の心を抉る。

 

 (世の中に、これ以上の屈辱があるのかな。

 ああ、仕事中で無ければ殴ってやるのに……

 いや、仕事だとしても殴りたい。

 私はコイツに全てを奪われた)

 男の顔を見つめると過去を思い出して悲鳴を上げてしまいそうだった。

 

 あの時の記憶がまるで今体験しているかの様にフラッシュバックしそうになり、慌てて顔を背ける。

「恥ずかしいから、あんまり見ないでぇ」

「なんかそう言われると、余計に興奮しちゃうな」

 涙を流している自分の顔を見られたくなかった恵は、両手で目を覆う。

 不自然では無かった為、男は恵に対して怪しいと思う事は無かった。

 

 恵の態度を気にする心の余裕も男には無い。

 極上の快楽が男に襲い掛かる。

「出る、出ちゃうよ!

 君の中に出すよ!」

 

 興奮した男は恵を心配する素振りすら見せなくなり、快楽を貪る事だけに集中した。

 上から恵に覆い被さり、彼女を抱き締めたまま一心不乱に下半身だけを動かし続ける。

 

「あ――ッ!!あ――ッ!!

 出るッ」

「あぁん!

 あ……は――ッ、は――ッ……」

 

 獣の様な叫び声をあげながら男は唐突に射精した。

 その動きも絶頂を迎える時の声も、恵は12年前に経験している。

 (あの時と同じだ……何も変わってない。

 私が大人になっただけ)

 

 ぬるりと抜ける陰茎。

 膣からだらだらと精液が零れ落ちた。

 昔の恵ならば、ココで挫けてしまったかもしれない。

 だが鋼の精神力を手に入れた恵は再び立ち上がるだけの強さを備えていた。

 

「お疲れ様」

 机の上に置いておいたハンカチで素早く涙を拭い、相手を労う。

「まだまだ、こんなものじゃないさ。

 後で君をもっと泣かせてあげるよ」

 

 相手を苦しめる事に至上の快感を覚えているのか、男の肉棒は興奮し再び硬さを取り戻していた。

「ちょっと休憩させてくださいよ~。

 御飲物、何にします?」

 机の上に置かれていたメニュー表を男に見せ、蕩けた様な顔をする恵。

 相手を油断させれば油断させる程、男がどんな人物なのか探る事が出来る。

 

 男と言うのは単純なもので、肌を重ね合わせた相手に対しては一定の隙が生じるものだ。

 彼も例外では無く、既に恵の隣に座り肩に手を回す等前から付き合っていた恋人の様に振舞っていた。

『4号室のミフユです。

 ウーロン茶とスパークネオンをお願いします』

 

 そう言うと、恵は部屋の壁にかけられていた内線電話の受話器を元の場所に戻した。

「古都から取り寄せた最高級の和菓子も一緒に来ますから、食べてください」

「へえ、そんなサービスもあるんだ。

 流石は通常でも10万取る高級店だね」

 タオルで股間を覆い、男は壁によりかかると両手を頭の後ろで組み疲れた様な息を漏らす。

 

「始まったばかりですからね、へばらないでくださいよぉ」

 恵は上目遣いで小悪魔の様な笑みを浮かべながら、男の肌に胸を密着させた。

「ああ、2回戦どころか3回戦だって出来るよ。

 俺は結構精力強い方だし」

 

 ほどよく引き締まった筋肉、端正な顔立ち、全身から発している肉食獣の様なオーラ。

 この男に群がらない女はいないだろう。

 金を持っているとなれば尚更だ。

 女はまさに選び放題。

 選択肢が多過ぎてつまらなくなるのかもしれない。

 

 (コイツにとって、レイプする事は遊びの1つに過ぎない。

 単なる暇潰し。

 日常を彩るスパイス……

 私には、そう考えている様に見える)

 

 プライドは天よりも高く、だからこそ『最上級』に固執する。

 恵にとっては彼がそういう人物であった事が有難かった。

 こうして別の場所で再会する事が出来たのだから。

 

「ちょっと飲み物と和菓子を持ってきますね」

 客から離れても唯一怪しまれない僅かな時間。

 部屋の外に出て男性スタッフが持ってきた飲み物を運ぶ。

 男は棚の上にスマホが置かれていた事に気付かなかったし、バスタオルを巻いただけと言う恰好で部屋の外に出る恵に疑いの目を向ける事は無かった。

 

 恵は部屋の外に出て棚の上に置かれていたスマホに手を伸ばすと、すぐに電話をかけた。

 電話番号を登録していた為、余計な手間をかけずに相手と繋がる。

『はい、柳瀬です』

「柳瀬君、私だけど今手は空いてる?」

 天武日本総合病院にいるであろう柳瀬に時間がある事を願いつつ、恵は相手の返答を待った。

 

『もう少ししたら今日2回目の回診に行くけど……

 何かあったのか?』

 今手が離せないと言う状態では無い事が解り、ホッと胸を撫で下ろしつつ恵は小声で通話を続ける。

 

「今私が働いている店に客が来てるんだけど、そいつは小学生の時私を輪姦したグループのリーダーなの。

 多分私の他にも女の子を強姦してる。

 色んな所で何人も。

 詳しい話は後で幾らでもするから、松波君に連絡して。

 このチャンスを逃したらもう捕まえられないかもしれないし」

 

『えッ……』

 柳瀬は絶句し、一瞬の間を置いた後全てを察したかの様に会話を再開した。

『……解った。

 お前はあの店にいるんだな?

 『パラダイス』って言う名前の』

 

「うん。

 松波君なら、すぐに動いてくれるでしょ?」

 

『多分な。

 いや、お前の為ならすぐ飛んでくるよ。

 皆お前の事をどれだけ大切だと思っているか……

 すぐに連絡する。

 お前はその男から目を離すんじゃないぞ』

 

「プレイ中だから捕まえておけるわよ。

 逮捕する為なら、殺したい程憎い相手に抱かれたって構わない」

『……頑張れよ』

 通話を終えると、恵はすぐに部屋へと戻り怪しまれない様最善を尽くす。

 

「ごめんなさいねぇ。

 トイレに行きたくなっちゃって」

 

「なぁに、ちょっと待っただけだろ。

 そこまで謝る事無いよ。

 それより、来たね……和菓子。

 確かにこれは相当値が張りそうだ」

 

 お盆の上に2つのグラスと和菓子が乗った小皿が置かれ、恵はそれを机の上に置いた。

 (柳瀬君、きっとショックだったんだろうな。

 私がそういう相手とまた寝ているって言う事が。

 でもそこに愛なんて微塵も無いんだよ。

 私はそういう仕事をしているんだから傷付かないで)

 

 恵には柳瀬の気持ちが痛い程解った。

 恵の事が好きだったと直接彼女に伝えていたのだから、その事実を知れば心中穏やかではいられないだろう。

 今でも彼の中では、恵は小学生時代の恵のままだった。

 特Aクラスで輝く純粋無垢な少女の姿のままだったのだ。

 

 警察が店に到着するまでどれだけの時間がかかるのか、恵には解らない。

 プレイ時間は残り1時間20分。

 とにかく1分1秒でも男をこの場所に留めておきたかった。

 

「それじゃあ、クリスマスイブだし乾杯でもしましょうか」

「そうだね。

 街も浮かれた者が多いし少しでも楽しい気持ちになるべきだ」

 掛け声とほぼ同時にグラスを合わせ、互いに一口飲んだ後和菓子に目を向ける。

 

 平たい小皿に黒蜜がかかったわらび餅が6個乗っており、その横には割り箸程の長さを持つ『黒文字』が添えられていた。

 古都の高級和菓子の老舗『満月堂』から取り寄せた、5000円はする代物である。

 

「ああ、満月餅を出している所のわらび餅だ。

 これは高いよ。

 俺も1回仲間と一緒に古都旅行をした事があるから知ってる。

 驚く程美味いから」

 

 仲間と言う言葉が恵の心に突き刺さった。

 あの3人と一緒に、古都でも悪事を重ねたのだろうか。

 心の中は闇に覆われていく一方だったが、外面を取り繕う事だけは忘れなかった。

 

「毎日コレを食べてるんで、食傷気味なんですけどねぇ……

 あッ、ごめんなさい。

 今の話、お店の人には内緒にしておいてください。

 怒られると困るので……

 私と貴方の間の秘密って事にしましょう」

 

 相手に心を許していると思わせる為に、敢えてそういう言葉を用いる事で『特別感』を演出する。

 男は恵が自分との距離を縮める努力をしてくれているのだと勘違いした。

「勿論さ。

 君を心配させる様な事はしないよ」

 

 甘い恋人同士の様に、黒文字を使って相手の口にわらび餅を持っていく恵。

「はい、あーん」

「あーん。

 うん、人に食べさせてもらうと余計に美味しく感じるよ!」

 

 黒文字をそのまま相手の喉に突き刺してやりたいと言う衝動と戦い続ける恵。

 殺してやりたかったが、男を殺してしまえば自分もまたこの男と同じレベルまで落ちる事になる。

 恵は自分自身にそう言い聞かせながら、偽りの笑顔を作り続けていた。

 

「それじゃあ、マットの準備をするので待っててくださいね」

 相手の身体をスポンジと恵の身体で洗い、シャワーでシャンプーを洗い流してから相手を風呂に入れる。

 和菓子と飲み物を片付けた後、恵はマットプレイの準備をする為お湯とローションを混ぜていた。

「ミフユちゃんはどうしてこの仕事を選んだの?」

 風呂に浸かりながら、男は何となくそんな質問をする。

 

 この男だけにはそんな質問をされたくなかったが、恵は苛立つ気持ちを抑えながら平静を保った。

「稼げるからって事と……

 あと、御客さんと話したり、肌を重ね合わせていると嫌な事を忘れられるからですかね~。

 私、結構辛い思いもいっぱいしてきているので……

 こういう仕事に就くのは必然だったのかもしれませんね」

 

「そうなんだ。

 ワンバーワン風俗嬢でも苦労してるんだね」

 男はわざとらしく頷きながら、相手に同情しているかの様な素振りを見せる。

「こういう質問をすると意外に思われるでしょうけど、御客さんには恋人や奥さんはいないんですか?

 貴方程顔が綺麗な人なら、幾らでも相手がいるんじゃないかなと思うんですけど」

 

「いやぁ、束縛されるのが嫌いなんだよね。

 セックスフレンドは結構いるよ。

 身体だけの繋がり。

 プレゼントとかも貰ったりするけど。

 でもさ、結婚したらそういう感じじゃ無くなるでしょ。

 私だけを見てよ!みたいな台詞あるじゃない。

 だから俺は生涯独身でいようと思ってる」

 

 相手への警戒心を解いたのか、男は『詮索されたくない』と言っていたのにかなり饒舌になっていた。

 プライベートな事に関しても今ならもっと深い所を突けるのかもしれない。

 恵は男の個人情報をなるべく多く聞き出したかった。

 復讐相手の事を何も知らないと言う状態なのが嫌だったのだ。

「さっき仲間って言ってましたけど、その方達も女性なんですか?」

 

「あー、さっき古都に行ったって話をしたね。

 そいつらは男。

 俺を含めて男4人で旅したの。

 大学時代からの古馴染で、男ばっかりの旅ってのは変に気を遣わないから良いね。

 そりゃ女は大好きだけど、同性の仲間ってのも良いもんだよ」

 

 間違いない。

 その4人とは自分を奈落の底に落とした者達だと恵は思った。

 大学から今までつるんでいるとすれば、この男を逮捕するだけで芋づる式に全員を捕まえる事が出来る。

 この男だけでは無く、全員に罰を受けさせたい恵にとっては願ってもない話だった。

 

「へぇ……

 私も友達がいますよ。

 今は私がこういう仕事をしているので疎遠になっちゃいましたけど。

 抱えている問題が片付いたら、私も仲間内で旅行に行ってみたいですね」

 

「行ってみなよ。

 一度きりの人生なんだから。

 自分が見た事の無い景色を見る事が出来るのは人生の糧になる。

 今まで北海道、大阪、古都、広島、沖縄に足を運んだ事があるけれど、皆良い思い出だった」

 

 何も知らずに聞けば頷ける話ではあるが、この男の裏側を知っている場合この言葉に強烈な悪意が潜んでいる。

 仲間と共に全国を巡り、年端もいかない少女を壊してきたのだ。

 旅のついでとばかりに……

 いや、もしかしたら観光はおまけで、主目的がそれだったのかもしれない。

 

 恵は恐怖を懸命に振り払いながら、マットにローションとお湯の混合液を付着させ、自分の身体にもかけた。

「準備が出来ましたのでどうぞ。

 足元が滑るので、気を付けてくださいね~」

 男は湯船から上がり、滑らない様に注意を払いながらマットの上に寝そべった。

 

 マットプレイ中に部屋から逃げ出す事はまず無理だと言って差支えが無い。

 男の身体もローションまみれになり、少し動いただけで滑る。

 恵は何十回何百回と同じ行為を繰り返していた為慣れていたが、素人が立ち上がって部屋の外へ逃げ出そうとすれば派手に滑って転んでしまうだけだろう。

「密着すると気持ち良いでしょう。

 ローションとお湯で私達の体温も上がってますよ」

 

 先程まで風呂に入っていた男に至ってはさらに体温が高い。

 滑らない様に背中に胸を当てたり、勃起した陰茎に手を這わせ刺激を与える。

「うわ、凄いな……」

 セックスの経験が豊富にありそうな男でさえ、マットプレイは初体験だったのか目を輝かせている。

 特に身体全体がぬるぬるになっている状態で剛直を扱くと、その温かさと快感で男が容易く絶頂を迎えそうになっていた。

 

「どうですか?

 まるで貴方と私が溶け合って1つの物質になっているかの様な気がしてくるでしょう」

「ああ、全然違うね。

 手で擦られるだけでも熱に包まれている様で本当に気持ち良い」

 先程の硬さと熱さを取り戻した陰茎を手や口で弄びつつ、射精しそうなギリギリのタイミングで根元を握り締める。

 

「うッ!?」

「我慢してくださいねぇ。

 手や口で射精しちゃったら勿体無いですし」

 

 男が射精寸前に至る過程を把握している恵は完全に男の上に君臨していた。

 男性が射精しそうになった時に起こる身体の痙攣を察知し、先端から粘液が飛び出しそうになる直前でそれを無理やり遮断する。

 それを何度も繰り返すだけで、男は射精したいと懇願する幼稚な少年へと変貌するのだ。

 恵はこういった仕事を経験する事で男がそういう生き物である事が解っていた。

 

「た、頼むよ。

 何度もお預けをくらっていたらモノが破裂してしまいそうだ」

「じゃあ、そろそろ私の中に入れましょうか」

 男の前に座り口や手で重力に逆らう反り返りをさらに硬くさせていた恵は、ゆっくりと身体をスライドさせて自分の中に陰茎を導く。

 騎乗位の状態でゆっくり腰を上下を動かすと、本当に膣の中で陰茎が溶けて混ざり合っているかの様な快感が男に襲い掛かった。

 

「す、凄い。

 こんな快感……生まれて初めてだ。

 こんなに素晴らしいセックスがこの世にあったのか」

 

「ありますよ。

 セックスって言うのは相手を思いやるからこそ気持ちいいんです。

 独りよがりのセックスなんて快感とは言いません。

 特に……『強姦』に関しては」

 

 流石に火村あかりの様に膣内を自在に操れるワケでは無いが、恵は自分の意思で膣をギュッと締め、肉棒を逃がさぬ様に捕まえる。

「おい、ちょっと痛いって……

 何してるんだ。

 爆発しそうなんだよ、動いてくれ」

 

 文句を言う男の肩に手を置き、恵は今までとは全く違う種類の笑顔を浮かべた。

「……昔話をしましょうか。

 私が小学生だった頃、私は特Aクラスに選ばれる程の優秀な生徒でした。

 でも、そんな日常はあっと言う間に破壊されてしまいました。

 私は貴方達に強姦されてしまったんです」

 

 ギラギラと怪しい光を放つ瞳。

 口が裂けるのではないかと思う程の狂気を纏った笑顔。

 跨った状態のまま、恵はゆっくりと両手を相手の首にかけて男の顔をじっと見つめる。

 

「私の幸せな未来は儚く崩れ去りました。

 私の人生もおかしくなり、両親の人生もおかしくなりました。

 そして私は風俗嬢になり、私を強姦した4人の男達は罪の意識も無く同じ事を続けました。

 私の他に何人の幼い女の子が犠牲になったのか、私には解りません」

 

 今までとは全く違う毒を含んだ様な口調。

 男は全てを理解し起き上がろうとしたが上から押さえ付けられた。

 

「お、お前……

 俺達が遊んだ女の1人なのか」

「貴方にとっては、『遊び』だったんでしょうけど私達にしてみればたまったものじゃないですよ。

 口や股間に異物を捻じ込まれ、嬲られる事がどれだけ苦しく辛かった事か。

 そして今こうして貴方と再会したと言う事は、何か意味があるのでしょう」

 

 身長や体格で比べれば通常男の方が明らかに力が強い為、殴り合いになれば間違いなく恵の方が負けてしまう。

 だがマウントポジションを取り、暴れられない様に相手をローション塗れにした時点で男の勝ち目は無かった。

 

「思い出しましたか?

 私にした事を。

 気持ち良かったんですか?

 私をいたぶれて……

 でも、今この瞬間だけは立場が逆転していると言う事を解ってもらえますよね」

 

 恵の膣内に収まり、脈動している肉棒を上下運動によって扱き上げながら射精しそうになる直前で根元を締め上げ抑制する。

 最初は抵抗しようとしていた男も、痛い程勃起した陰茎が射精を妨げられている事に耐えられなくなった。

「頼む、射精させてくれ」

 

「駄目ですよ……

 私が止めてと言った時、貴方達は止めなかったでしょう。

 快感を得ても達する事が出来ない無間地獄。

 貴方にとって一番相応しい罰だと思います。

 そう思いませんか?

 ねぇ、レイプ魔さん」

 

 カッと目を見開き、大口を開けてけらけらと笑う恵。

 狂気すら感じるその表情をまともに見た男は、恐怖に駆られガチガチと歯を鳴らしながら涙を流した。

 (ば、化け物だ!

 俺は今、化け物とセックスしているんだ!)

 

 男の中で、恵の恐ろしい顔が何倍にも誇張されていく。

 口が裂け、鋭い歯が並び、爪が伸び、頭に角が生えて背中から羽根が生えた姿が見えた。

 勿論それは男の幻影に過ぎなかったのだが、恵から溢れ出す怒りと狂気のオーラはそれを見せるだけの何かを持っている。

「助けてくれぇ!

 この女に殺される!!」

 

「殺してあげた方が、楽になるかもしれませんね……

 でもこれから、貴方は生き地獄を味わうんですよ。

 罪の意識に苛まれ、苦しみ続ける人生を送ってください。

 それが貴方への罰なのですから」

 

 首を絞める両手に少しだけ力を込めた瞬間、男は恐怖が弾けたのか彼女の膣内で射精した。

 射精した後、尿道の管に切り替わり涙を流しながら失禁する。

 男の顔は恐怖に歪み、端正な顔立ちは面影が無い程変わっていた。

 

「あの時と同じ様に……

 私の中に注ぐんですね。

 だらしなく出しちゃって」

 

 最早膣の中に尿を出されようとも恵は動じなかった。

 痛みを受け入れ、前進する強さを備えていた。

 男にはその強さは無かった。

 壊すだけ壊して逃げる卑怯者。

 それ故に恐怖を克服する力を持っていない。

 

「あ……

 あぅあ……ああ……」

 男は助けを求める様に天井に向かって弱々しく両手を上げ、涙を流しながら言葉にならない声を出す。

 全てを出し切れていないのか精液と尿を出した肉棒は恵が膣から引き抜いても勃起したままだった。

 

「結構面白かったよ。

 アンタのそういう顔を初めて見れたの……

 胸がスカッとした」

 営業スマイルを完全に捨て、自分の喋り方に戻った恵はゆっくりと立ち上がり未だ恐怖に震えている男を見下ろす。

「恵!!」

 

 その瞬間鍵もかかっていない部屋の扉が開き、拳銃を握り締めた男2人が中に飛び込んでくる。

 彼等の後ろから警察手帳と1枚の紙を持った男が恵に近付いてきた。

「松波君、来てくれたんだね」

 

 恵は振り返り、涙を流しながら生まれたままの姿を彼等に晒した。

 身体はローション塗れのままで、膣から精液が滴り落ちている。

「目のやり場に困るから服を着ろ。

 それと……お前か。

 お前が恵を地獄に落としたのか」

 

 マットに仰向けの状態で寝そべり、陰茎を勃起させている男に対して2人の男が拳銃を構えながら近付く。

 通常ではありえない、異常な状況の中裸の男に手錠がかけられた。

「お前には複数の女性に対する性的暴行の容疑がかけられている。

 署まで同行してもらおうか」

 無精髭を生やした角刈りの青年がそう言うと、男は弾かれた様に身体を起こし男の袖にしがみついた。

 

「たッ、逮捕でも何でもいいからその女から俺を遠ざけてくれ!

 そいつは化け物だ。

 ココにいたら殺される!

 とにかく早く俺をこの部屋から出してくれぇ!!」

 

 マットの上で滑る身体を男にしがみつく事で何とかその場に留め、泣き叫ぶ男。

 恐慌状態に陥っている男の精神を落ち着かせる為に、松波は恵に目配せした。

「うん、そうする」

 

 恵は刑事達にお湯がかからない様気を付けながらシャワーを浴びてローションを落とす。

 部屋の隅に置かれていた下着を着けバスタオルを身体に巻いてから部屋の外に出た。

 恵が視界から消えた事でようやく緊張状態が解けたのか、気絶してしまった男を刑事達は大いに持て余す。

「コイツの所持品と服は俺が持つ。

 シャワーでローションを流して、トランクスだけ履かせたらパトカーに乗せろ」

 

 松波は部下2人にそう支持すると、白目を剥いている男の顔をじっと睨む様に見つめた。

「全部吐かせてやるから覚悟しろ。

 俺はそんなに甘い男じゃないからな」

 当然、気を失っている男にその声は届いていない。

 松波は立ち上がり、部下に全てを任せた。

 

 一連の逮捕劇は、パラダイスで楽しんでいる他の客に一切迷惑をかける事無く行われた。

 部下2人が気絶した男を運び、パトカーに乗せると風の様に去っていく。

 松波も助手席に乗って走り去っていったので、恵は彼と殆ど会話する事が出来なかった。

 

「すいません店長。

 迷惑をかけてしまって」

「いやぁ、あの客を出入り禁止にすればいいだけの話だからウチとしては何の問題も無いよ。

 風俗営業法を守ってるから今回の件で警察に睨まれる事も無いしね。

 120万も事前に貰ってるし」

 

 藤村は札束を握り締めながら朗らかに笑った。

 頂くものはしっかり頂くと言うのがいかにも商売人らしい。

「それで……ミフユちゃん。

 この後の仕事は大丈夫?

 今警察に行かれたら困るんだけど」

 

「さっきの刑事さん、私の幼馴染なので……

 仕事が終わってからで良いって言ってもらえました。

 私にとってこの仕事が人生に関わっているのは彼にも解ってもらえましたから」

 言葉を少し交わした時、松波が寂しげな顔をしていたのが恵には印象的だった。

 

 (コイツがいなければ、俺とお前がこんな形で再会する事も無かったのに)

 恵には、松波がそう言いたそうにしている様に見えたのだ。

「あー、良かった。

 物解りの良い人で助かったよ。

 お金を払ってもらっている以上、ミフユちゃんにはしっかり働いてもらう必要があるからね」

 

 藤村は優しいが仕事にはシビアな男だった。

 規律とノルマを果たせない風俗嬢はこの店で生き残る事は出来ない。

 恵はそれが解っているからこそ、プロフェッショナルとしてクリスマスイブの仕事を全うするつもりだった。

 

 夜の9時を回った頃、恵は東京都内の警察署に足を運び、松波から話を聞いていた。

 

「篠崎(しのざき)博士(ひろし)は全てを自供したよ。

 お前を含めた10名の少女に性的暴行を行った罪を白状した。

 余罪が山ほどありそうだから追求していくつもりだが。

 仲間の小松(こまつ)拓也(たくや)、新谷(にいたに)将光(まさみつ)、和久井(わくい)翔平(しょうへい)も既に逮捕している。

 全員親が金持ちのロクでもない馬鹿息子だった。

 馬鹿に金を持たせると悪事しか働かないと言う良い見本だな」

 

「……そっか、有難う」

 恵はホッとした様に視線を下に向け、溜息をつく。

 松波は腕を組んで暫く考え込んでいたが、躊躇いがちに切り出した。

 

「確認の為に面通しをしたいんだが、大丈夫か?」

「あー、それなら問題無いよ。

 同じ顔だって私が松波君に教えれば良いんでしょ?」

 当然の様にそう言い放つ恵に対して、松波は多少面食らった様だった。

 

「強いな、女は」

「強くないよ。

 強いフリをしてるだけ。

 アイツと顔を合わせた時だって、自分を抑えるだけで精一杯だったし」

 

 唇の端を上げつつも、僅かに肩を震わせる恵。

「そうだよな。

 殺したい程憎い相手だったろう」

「でも、私が人殺しになったら色々な人に迷惑がかかるから……

 後の事は松波君に任せるね」

 

「任せておけ。

 殺人事件じゃないから奴等を死刑にする事は出来ないが、奴等の両親には死刑宣告をしたも同然だろう。

 金持ち特有の圧力がかかるだろうが、俺は信鷹総理にも可愛がられている。

 この国で総理に逆らう事が出来る奴なんて殆どいないさ。

 強いて言えば血生会位だ」

 

 松波は恵に了承を得た後、ポケットから煙草を取り出し立派なライターで火を点ける。

「警察って御給料いいの?」

 

「良いけど、それに見合った仕事を求められるからな。

 連日徹夜なんてのも珍しくない。

 お前も辛そうだけど、俺みたいに徹夜なんてするなよ」

「やっぱり大変なんだね。

 警察の仕事って」

 

 松波は警視への昇進が確実で、警視総監の座も狙える程のキャリア組だった。

 警部と言う役職の時点で総理大臣からも目をかけられており、大きな信頼を寄せられている。

 恵にとって、そんな幼馴染がいる事は幸福だった。

 

「私はちゃんと寝れるだけ良いよ。

 何連勤とかは当たり前だけど……

 じゃあ今からアイツ等の顔を見に行こうか。

 取り乱したりしないから安心して」

「ああ、じゃあ行くか」

 

 椅子から立ち上がり、松波の後について部屋を出ていく恵。

 彼女はただ泣き叫ぶだけの弱い少女では無かった。

 全てを受け入れて戦う強さを手に入れたのだ。

 彼女の友も、それを充分過ぎる程に理解していた。

 

 天武日本は法治国家であるが、総理大臣の力が働くとそれが一転する。

 10名の少女を手にかけたレイプ魔4名には独房での終身禁固刑が言い渡された。

 更生の余地無しと言う判決が凄まじいスピードで出され、4人の両親が受けたダメージも相当なものだった。

 連日の様にマスコミが騒ぎ立て、彼等が経営していた企業から次々とスポンサーが撤退。

 即座に倒産とはいかなかったが、黒字化を達成していた会社が赤字に転落する事は確実でその先の終わりすら見えている。

 

 恵はそのニュースを目にしつつ、加害者が『殺される』世の中こそ正しい道だと思った。

 (被害者だったのに、私の両親は世間に『殺された』。

 まぁ、あくまで世間体を気にした御父さんに非があるのだろうけど。

 でも、私達の人生が壊れただけと言う現状に私は納得していなかった。

 ようやく私は救われた)

 

 憔悴しきった表情で歯を食いしばっている男達の顔を見た時、何の感慨も無かった自分の記憶を思い出す。

 彼等が裁かれるのだと言う事実を認識した瞬間、恨みも怒りも煙の様に消えてしまった。

 後には疲労した肉体と虚無感しか残らない。

 恵はそんなものなのかもしれないと自分自身に言い聞かせていた。

 

「いやぁ、世の中には悪い奴がいたもんだ。

 年端もいかない女の子を次々レイプするなんて。

 しかも中には精神が壊れて入院している子もいるんだろ?

 私がそいつの立場ならとっくの昔に自殺してるね」

 1回戦を終えバスタオルを巻き談笑していた時、男性客が世間話としてその話題を出す。

 

「本当の悪って言うのは罪の意識も持たないものですよ。

 罪の意識があったとしても誤魔化してるんだと思います。

 だから、そうやってずっと隠し続けてきたものが明るみに出ると耐えられない。

 4人組のリーダーは既に『意味不明の供述』をしているみたいですし」

 

 膨れ上がった罪の意識に押し潰され、篠崎は壊れてしまった。

 毎夜悪夢を見るらしく、最近では泣きながら笑い続けると言う意味不明の行動を起こす事もあるらしい。

 松波からその話を聞いた時、恵は自分もまた何かが壊れているのだと思った。

 

 (私もずっと、悪夢を見ている。

 生きている限り決して逃れられない、覚めない悪夢を。

 私の中に芽生えた狂気をずっと隠してきた。

 でも、それはずっと私の中に居続ける。

 大切なのは、その事実を自分の中で認める事。

 そうしなければ、アイツと同じ様に自分を保っていられなくなる)

 

「ミフユちゃんも他人事だと思っちゃ駄目だよ。

 狙われたりしたら大変だからね。

 最近はストーカー被害とかも多くなってるらしいから気を付けないと」

 

 (他人事どころか、私もその男の毒牙にかかった被害者本人なんですけどね~)

 口が裂けても言えない事実を胸の中に秘め、客に対して愛想良く振舞う。

 長い冬が終わり、彼女にとっての春が訪れようとしていた。

 

 2011年4月、『ZERO GALAXY BATTLE2011』を制した月山新二の優勝を祝うパーティが開催された。

 優勝直後から多忙な日々を送っていた新二はなかなか休みが取れず、4月に入ってからようやく休みを取る事が出来たのだ。

「良かったですね、新二さん。

 夢が叶って」

 

「いや、まだこれからですよ。

 俺も頑張りますけど、これからは俺と同じ様に世界で戦っていける天武日本人を増やさないと。

 あかりさんも零さんも全面的に協力してくれるって言うんで、ZEROはこれから益々人気が出るゲームになると思います」

 夢の出発点となった『エターナルナイト』は新二の為に貸し切り状態となり、新二と関わりのある数十名が集まっている。

 だがその中に、新二が会った事すら無い者達が混ざっていた。

 

「新二君、紹介するね。

 この人達は私の小学校時代の幼馴染なの。

 君に力を貸してあげてほしいってお願いしたら、喜んで協力してくれるって」

 比呂子の隣にいた恵がそう言って笑い、近くにいた男性が新二に名刺を手渡した。

 

「私の名は柳瀬繁。

 天武日本総合病院の医師をしている。

 天武日本でも海外でも格闘ゲームが流行っている様だが、身体と精神のメンテナンスは重要だからね。

 健康とメンタルコントロールのアドバイスが出来ると思うんだ。

 君達はいずれ、アスリートと同じ様に扱われると思うからね」

 

 その隣にいた角刈りの男性も懐から警察手帳を見せ、自分が刑事である事を示す。

「松波徳治だ。

 俺は織田信鷹総理大臣と仲良くさせてもらっている。

 前総理の織田信虎が推し進めたクールジャパン政策に対して信鷹総理は懐疑的なんだが、俺が説得してみせるよ。

 御父上も彼に色々話すだろうが、俺からも言えば考えを変えるだろうからな」

 

 傍らにいた女性2人も、名刺を差し出し微笑みながら新二の方を見た。

「平野珠美と申します。

 現千葉県知事、北条(ほうじょう)鼎(かなえ)の特別秘書を務めております。

 私からお願いすれば、千葉県全体でZERO及び貴方のバックアップを行う事が可能でしょう」

 

「寿節子です。

 プラナスの黒沢美香社長とは仲良くさせてもらっています。

 プラナスも貴方の夢に投資して、一緒に夢と莫大な資金を手に入れようとしている所です。

 Eスポーツの対象になったZEROを、世界に広めていきましょう!」

 

 政治・財界・警察のトップに立つ者達が、新二の目の前に現れ協力してくれると言う。

 突然の事態に理解が追い付かず、新二は呆然としたまま恵の方を見た。

 

「え、あの……

 この方達が恵さんの友達なんですか?」

「友達なんて水臭い。

 親友だろ、俺達は」

 恵の肩に手を回し、全幅の信頼を置いていると言わんばかりの優しい目を向ける松波。

 

「うん。

 そういう事だから、新二君は心配しないでどんどん自分のやりたい事をして。

 サポートしてくれると思うから。

 私じゃなくて比呂子に感謝してよ。

 比呂子が私に言ってきたんだから」

 

 比呂子との会話の記憶を、恵は脳裏に思い浮かべた。

『私達NEWSZEROも、新二さんに何かしらしてあげられればいいんですけどね』

 祝勝パーティが開催される直前、比呂子は恵に電話をしていた。

 

『私が何かしてあげられるワケじゃないけど、私の友達を紹介してあげようか?

 結構凄い経歴を持ってる人達ばかりだよ。

 助けてあげられると思う』

 恵は比呂子の為に新二を助けようと思った。

 

 昔の繋がりでも、今なら使えると思ったうえでの発言だった。

『すいません、恵さん。

 お手数をかけさせてしまって』

『別に良いよ~。

 だって私達、友達だもん』

 

 肉欲に溺れ出口の見えない暗闇の中で彷徨っていた恵を救い上げてくれたのは、比呂子だった。

 誰にでも優しく、汚れた自分を色眼鏡で見る事無く1人の女性として扱ってくれた比呂子。

 貶したり、馬鹿にしたりせず何時も恵を励まし、出来るだけ困った時は助けようと努力してくれた。

 その恩を返す為ならば、どんな繋がりでも利用しようと恵は思っていた。

 

 そして4人の幼馴染も、恵の生き方を批判したりせず、彼女の願いを聞くだけの優しさと度量を持っていた。

 だからこそ、新二が思いもしなかった強力なサポート体制が作られる事になったのだ。

 

「最初は驚いたよ。

 『格闘ゲームを有名にしようと頑張っている青年を助けてあげて』と言われた時はさ。

 恵がそういうものに興味を持ってると思ってもみなかったし、俺自身全く知らない世界の話だったから」

 

「でも恵が雨宮比呂子さんの為にって言った時に解ったの。

 比呂子さんも恵にとって、私達と同じ様にかけがえの無い存在なんだって。

 だったら、恵の友達は私達にとっても大事な存在でしょ。

 助けてあげられるなら助けてあげようと思った」

 

 相談を持ち掛けられた恵の友人達は、最初恵が何を言っているのか理解出来なかった。

 やがて、彼等は理解する。

 恵は自分達の前にいた時とはまた違った人間に変わっているのだと。

 格闘ゲームに意味を見出し、勝つ事で己の存在意義を見つけようとしていた恵。

 友人たちは彼女のそういった人生観を尊重し、改めて止まっていた時間の針を動かそうとしていた。

 

「本当に有難うございます。

 これで後戻り出来なくなった事が逆に嬉しいです。

 覚悟を決めて、俺が始めたプロジェクトを進めていこうと思っています」

 

「頑張ってね。

 私自身はお店の仕事が忙しくてなかなかそっちに行けないけど。

 比呂子が手伝うだろうから私は心配してないよ。

 比呂子は賢いから。私が保証する」

 恵がそう太鼓判を押すと、比呂子は照れ臭そうにして恵の手を握った。

 

「私だって忙しいんですよ?恵さん。

 でも、そう言ってもらえると素直に嬉しいです」

 4人の幼馴染は雨宮比呂子が恵にとって大切な人物であると言う事実を受け止めていた。

 色々な事が起こり、何年も会えない状態が続いた。

 それが寂しかったからこそ、また繋がりが持てる今沢山の思い出を作ろうとしていたのだ。

 

「新二君、今日は朝まで飲むわよ!

 皆もとことん付き合って頂戴」

 祝勝パーティの実質的主催者である火村あかりがそう言うと、盛大な拍手が巻き起こる。

 零も玖留美も、涼介も比呂子も皆笑っていた。

 そしてその後ろで恵も微笑んでいた。

 

「どうしたのミフユちゃん。

 なんか嬉しい事でもあったの?」

 マットプレイ中に客からそう指摘を受け、恵は素直に頷いた。

「とっても楽しい事があったので」

 

「へぇ、それは良かったねぇ。

 ミフユちゃんが笑っていると何だか私まで嬉しくなるよ」

 常連客である中年男性の勃起した肉棒が、あの時と同じ様に恵の膣内に収まっている。

 

 だが今の恵には怒りも哀しみも無かった。

 これからの未来に喜びと希望を見出していた。

「たっぷりサービスしますから、御客さんも楽しんでいってくださいね」

「頼むよ。

 君と繋がっていると仕事の辛さも吹き飛んじゃうんだ」

 

 風俗店『パラダイス』の一室で客と繋がり、何時もの様に務めを果たす恵。

 その腰は何時もより軽快に動いている様に見えた。

 

「今となっては、私この仕事をしていて良かったと思ってるんですよ。

 だって……

 御客さんを元気にして……

 あげられるから。はァんッ……」

 

「ああ、凄く気持ちいいよ。

 私のモノが喜んでいる」

「大きくなってますよぉ……

 今、絶頂に導いてあげますから」

 

 未成年の頃、恵はセックスをただ金を稼ぐだけの手段としか捉えていなかった。

 風俗嬢になってから少しだけ考えが変わった。

 自分と同じ様に悩み苦しんでいる男性の心を癒やす力がセックスにはある。

 そう思えるだけの心の余裕が出来たのだろう。

 恵はそう思った。

 

 (ねぇ、比呂子……

 やっぱり私は、駄目な女なんだろうね~。

 与えられていた栄光の道を自ら手放して、こんな事をしているんだから。

 でも、そうする事でしか私は自分を保てなかったんだよ。

 だから……)

 

 腰を激しく上下に振り、肉棒を扱き上げ刺激を与えながら恵自身も絶頂に向かって突き進む。

 そして男性と共に絶頂を迎えた瞬間、恵は己の身体に光が差した様な気がした。

 彼女の仕事はこれからも続いていく。

 男性の心を癒やし、自分の傷付いた心も癒やす為に。

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