及ばないと言うあたりでした。
より実践的な訓練を行っていないと言うのもあります。
天武日本に出向いて仲間を作り、
練習に励めばさらに強くなれるでしょう。
【2011年 2月6日 合衆国ネバダ州ラスベガス ZEROアリーナ内】
欲望渦巻く合衆国最大の賭博街、ラスベガス。
至る所にカジノがあり、ルーレット・ポーカー・ブラックジャック・スロットマシン等のギャンブルを堪能する事が出来る。
だがこの日は何時もと少し様子が違っていた。
ラスベガス最大の商業施設『City Arena』がZEROの世界チャンピオンを決める為の舞台に変わっていたのだ。
合衆国の州予選を勝ち抜いた50名、そして天武日本から招待されたシード選手2名が集い決勝トーナメントを目指す。
既に52名と言う大人数で行われた第二次予選は終了し、決勝トーナメントの準々決勝が始まろうとしていた。
『州予選に参加してくださった約1万名もの皆様、本当に有難うございました!
世界チャンピオンを目指すと言う高いハードルを乗り越えようとする過程で篩にかけられた挑戦者も多かった事でしょう。
その高き壁を死に物狂いでよじ登り、8名の挑戦者がこの舞台に残りました!
休憩時間の間に、8名のプレイヤーを簡単に紹介させて頂きます』
司会者である白人男性が、観客席に向かって話しかける。
『まずは今大会の優勝に最も近いと言っても過言ではないでしょう。
天武日本国出身、SHIN(シン)選手です!』
天井に設置されている巨大スクリーンに、選手の顔が映し出された。
『SHIN選手は昨年天武日本国で行われたZEROの大会で優勝。
その功績を評価される形で州予選を免除され、特別シードの選手として今大会に参加しました。
もう1人の天武日本からやってきた選手が第二次予選で姿を消す中危なげなくAブロック1位通過。
初の世界覇者を目標として気合も充分。
今最も波に乗っている選手であると言えるでしょう』
観客は殆どが合衆国の人間であった為、最下層とされている黄色人種の躍進を素直に喜ぶ事が出来なかった。
拍手もまばらで、異国で戦う選手に対しての『洗礼』はこの大会でも例外では無い。
『その対抗馬とでも言うべきCLOCK(クロック)選手は、我が合衆国が誇るスーパー選手です!
頭の中にスパコンが入っているのでないかと噂される程の隙の無いプレイ、冷静かつ大胆な判断力。
Bブロック1位通過と言う確かな実力で、ベスト8の先へと進む事が出来るでしょうか!』
美子と同じ未成年ながら、大人顔負けの余裕を見せて勝ち進んできたCLOCK。
黒人と言う立場上、同じ黒人から応援され優勝への期待も高まっている。
『他の6名も曲者揃い。
南アフリカ共和国からはASSAULT(アサルト)選手が参戦です!
貧富の格差が大きい国。
貧しい暮らしから抜け出す為、人材育成プロジェクトを開始。
彼はそのプロジェクトによってこの舞台までやってきました。
アフリカの希望の星として優勝出来るのか!
注目すべき選手の1人ですね』
様々な国で格闘ゲームの選手を育成して世に送り出すと言うプロジェクトが進行しており、成功したか否かは全て結果で判断される。
優勝すればプロジェクトに金を出すスポンサーが増える為、選手にかかる期待と重圧は増す一方だった。
『信国からはIQ(アイキュー)選手がベスト8に進出。
天武日本国の一部となった国の僅かな生き残りとして、その誇りを見せたいと語っていました。
Cブロック3位通過からベスト8と、ココまで残った選手の中では唯一の3位通過。
厳しい状況に変わりはありませんが、ベストを尽くせば奇跡が起きるかもしれません!』
3位通過と4位通過の選手が1回戦で姿を消す中、美子だけは踏ん張って先へと進んだ。
組み合わせの運もあったが、彼女自身は優勝も夢では無いと信じている。
『JUSTICE(ジャスティス)選手は合衆国出身、白人の選手です。
予選から彼の強さは際立っていましたが、今大会の第二次予選でもDブロック1位通過。
私の個人的な希望といたしましては、是非CLOCK選手との決勝戦を見てみたいですね!』
黒人と白人が優勝を賭けて激突すると言う対戦カードは遺恨を残しそうではあるが、観客が待ち望む展開ではあった。
だが彼の性格の悪さとビッグマウスから、彼の決勝進出は『相応しくない』と考えている者も一定数存在する。
『REDEYE(レッドアイ)選手はEU諸国連合からの参戦。
IQ選手と同じ女性プレイヤーです。
確かな知識と観察眼を武器にした立ち回りは芸術の域に達しています!
Dブロック2位通過ながら、決して侮れないプレイヤーです』
世界から各国のプレイヤーが集まってきた第1回大会は、代理戦争の匂いを醸し出していた。
特に世界一を自称する合衆国の鼻を折りたいと考えている各国の首脳達が自分達の国を代表するプレイヤーに期待を寄せている。
『KILLER(キラー)選手はカダル連合王国からの参戦。
我が国とは緊張状態にあった事実上の敵対国家の人間ですが、今年の1月に首脳同士が和解。
その為、州予選にも参加する事が出来ました。
合衆国でチャンピオンになると息巻いています』
第二次予選ではSHINと激闘を繰り広げ予選第2位でフィニッシュを決めていたKILLER。
出場者の中で唯一連合王国の正装に身を包んでいた為異様な存在感を放っていた。
『8人の中に残る事が出来た最後の挑戦者は、ロシア連邦から参戦したORG(オルグ)選手です。
曲者揃いのCブロックで見事1位抜けを果たし、準々決勝の舞台に立っています。
カダル連合王国と同じく合衆国と和解し、この大会への参加権を手に入れました!』
合衆国とカダル連合王国、そして周辺諸国を巻き込んだ巨大な冷戦は完全には終結していない。
今殴り合うのは時期尚早と判断した連合王国が見せかけの和解を行っただけに過ぎないからだ。
望む望まないに関わらず、格闘ゲームの大会は政治色の濃いものへと変化していた。
『準々決勝第1試合であるSHIN選手とASSAULT選手の対戦は、15分後に行われます!
ポップコーンやコーラの購入、トイレ等が済んでいない方はお早めに済まして席の方にお戻りください。
他の対戦カードはこの様になっております。
ベスト4に進出するプレイヤーが誰になるのか楽しみですね』
スクリーンに『IQ対JUSTICE、CLOCK対REDEYE、KILLER対ORG』と言う文字が表示される。
優勝賞品10億円と未来永劫続く名誉を求めて、8名全員が優勝する為に全力を尽くそうと考えていた。
「それにしても、まさか準々決勝で2人も黄色人種(イエロー)が残るとはなぁ。
黒人(ニガー)が残る事はある程度想定出来ていたが、それより格下のイエローが残るとは思っていなかったぜ」
8名全員が集められた待機室で、JUSTICEが毒を吐く。
無用な諍いを起こしたくない残りのプレイヤーは何も言い返さなかったが、REDEYEだけは我慢出来ず立ち上がる。
「アンタねぇ、肌の色だけで人間の優劣が決まるワケないでしょう!
私は白人だけど、黒人の無尽蔵にあるスタミナや黄色人種の物作りに対する造詣の深さは尊敬出来るわ」
スティックタイプの飴を舐めながら相手に近付くREDEYE。
ツインテールに金髪、真っ赤なカラーコンタクトを付けたその見た目は一度見たら忘れない程印象に残るものだった。
「合衆国で一番偉いのは白人(ホワイティ)だろ。
その合衆国が世界のトップなんだ。
連邦も連合王国も合衆国の実力を知って怖気づき停戦に合意した。
合衆国の白人こそが世界を引っ張り、世界一に輝くのが理想であり大多数の本意だろ」
人種差別主義者と言うよりも、合衆国の力に酔っている愚か者と言う見方をすべきだろう。
誰であろうと噛み付き、不快にさせる。
特に合衆国の黒人達は彼の敗北を心から願っていた。
「停戦合意は我々だって不本意だ。
その気になれば、我々だってH2O爆弾を大量生産する事が出来る。
タイミングさえ間違えなければ、合衆国に存在するもの全てを消し去る事だって出来ただろう。
だが政府は共倒れを避けた。
我々を格下だと見ている様だが、侮れば痛い目を見る事になるぞ」
KILLERも祖国を侮辱された怒りから、JUSTICEの前で腕を組み相手を睨み付ける。
「フン、石油を汲み出す事しか能の無い三流国家が何をほざく。
こっちには無限に沸くシェールガスと天武日本のメタンハイドレートがあるんだ。
猿の国を管轄して精製技術も我々が作り出し独占している。
これ以上強い国家は合衆国をおいて他に無い」
合衆国の国民にしてみれば、天武日本は事実上の傀儡国家だった。
その傀儡国家である天武日本の傀儡国家であった信国とは何だったのだろう。
美子は怒りよりも虚しさの方が勝っていた。
「信国の事は知っています。
国家として滅び、民族としても絶滅の危機にあると言う事も」
憂鬱な気分だった美子の隣にいたASSAULTが、彼女に話しかけてきた。
「貴方が知っているかどうかは解りませんが、私の国はとても貧しい国です。
国家として独立を果たしたのも十数年前。
それまではEU諸国連合の植民地でした。
明日を生きるのも難しいので犯罪発生率は世界でもトップクラス。
国民は飢え、白人からは虐げられ国家としての力が問われています」
自分達が住んでいた場所も同じ様なものだと美子は思った。
北鮮省は貧しい農村地帯が多く、強盗・詐欺・レイプと言った犯罪が多発。
被害者は殆ど泣き寝入りするしか無い。
警察が『上』への御機嫌取りで忙しいからだ。
全ての大企業が天武日本の管理下に置かれており、天武日本人を殺せば即座に死刑。
とにかく息苦しく、くつろげる場所も無い国。
それが信国と言う国家の現実だった。
「私達は自分達が『やれる』と言う事を証明したいのです。
格闘ゲームで世界一になる事が出来れば、暗闇に一筋の光が差し込んでくる。
国民の希望が新しい力になり、労働意欲や政治家の姿勢にも一定の影響を与えるハズです。
だから私はココにいます。
故郷に錦を飾り、胸を張って凱旋する為に」
美子は自分の立場で何の為に戦うのか考えてみた。
優勝したとしても10億円は自衛軍に没収されてしまうだろうし、自分にとって特になる事は何も無い。
「私も……
生き残っている皆に勇気を与えたい。
迫害され、ほぼ絶滅に追い込まれた民族でも勝ち進めると言う事を。
私と私の周りにいる人の誇りだけが、今の私を突き動かす原動力なんです」
美子はこの『ゲーム』が自分達の命運を左右している事は知らされていなかった。
信鷹もそれには同意したからだ。
重圧が増せば勝つ事すら出来なくなる。
ただひたすら自分の実力を試す為に、彼女は孤独な戦いに身を投じていた。
「似ていますね。
貴方と私は。
ですが王者の椅子に座れるのは1人だけ。
もし貴方と私が準決勝の舞台に立つ事になったら、正々堂々戦いましょう」
貧しさから逃げ出したい。
弱かった今までの自分を変え、新しい自分になりたい。
ASSAULTは善良な人間の見本の様な、包容力に溢れた好青年だった。
美子は彼の優しさに触れ、自然と涙が頬を伝う。
「はい。
その時は宜しくお願いします」
傲慢さも優しさも関係無く、全てが勝負によって決まる厳しい世界。
準々決勝は決勝トーナメントに相応しい、過酷なものになりそうだった。
『SHIN選手対ASSAULT選手の試合は、拮抗した展開からSHIN選手が隙を突く形で押し込み、勝利を手にする形となりました!
決して派手な戦い方ではありませんが、泥臭い戦い方をしてでも勝ちたいと言う熱が伝わってきます。
それでは次の試合に参りましょう。
IQ選手とJUSTICE選手は中央のバトルステージに上がってきてください!』
ゆっくりと階段を登りながら、これまでの長く苦しい道のりを思い出す美子。
(ハワイ州の州予選は、1回の負けも許されない過酷なトーナメント戦だった。
何回戦ったのか解らなくなる程バトルを続けて、気付いた時には52名の中に入っていた)
合衆国が用意した『ZEROスポーツウェア』を身に着け、自然と気持ちが高ぶってくる。
格闘ゲームを『プロスポーツ』の1つとして宣伝したいと言う政府の思惑もあり、美子達はアスリートの様な扱いを受けていた。
(総当たり戦は何回まで負けが許されるのかを他のプレイヤーの成績を見ながら常に考え、慎重な戦いに終始した。
大切なのは、目立たない事。
強いプレイヤーである事を示せば、当然他のプレイヤーが通過を阻んでくる。
私は地味な、その場にいるだけの人間であるかの様に思わせなければならなかった。
3位通過も恥じる様な結果じゃ無いわ)
1位通過や2位通過も立派ではあるが、とにかく生き残って最後に笑えればそれで充分。
美子の考え方は功を奏し、他のプレイヤーが潰し合う中それを横目に見る様な形で決勝トーナメント進出を果たした。
(移動中もホテルで休む時も、常にZEROの事を考え携帯機で練習を続けてきた。
本当は狩谷さん達がいてくれれば良かったんだけど……
今私の側にいるのは見張り役の兵士だけ。
最初しか、誰にも頼れないと言う事は解っていた。
私が頑張らなきゃ……)
彼女は自分に対してそう必死に言い聞かせた。
心が折れてしまいそうな時、何度も自分で自分に発破をかけた。
『格闘ゲームはメンタルのゲームだ。
技術だけで無く、『負けるかもしれない』と言う負の感情がそのまま勝敗に影響をおよぼす。
だから、何時でも胸を張れ。
自分は世界で一番強いんだと暗示をかけろ。
優勝する為にはそれが必要だからな』
優のアドバイスを、胸に刻み付けた。
不安な感情を捨て去る努力を続け、ベスト8の座を勝ち取った。
(優勝する。
私は優勝するの。
皆の為に……
そして何より、私自身の為に!)
美子の秘めたる覚悟。
格好悪かったとしても勝つ事が全て。
彼女にはそれが理解出来ていた。
目の前に、倒さなければならない敵がいる。
彼を踏み台にして、先へ進まなければならない。
『それでは対戦する挑戦者2名は、互いの健闘を誓い握手を行ってください』
美子よりも遥かに大きい2m近くの巨体は、普段の精神状態ならば怯えてしまいそうだった。
「イエローは餌を探して這いずり回る溝鼠(どぶねずみ)でいればいいものを。
ぶっ潰してやるぜ」
JUSTICEの圧倒的自信と、身体から発せられている狂気のオーラ。
そういうものを纏わなければ、この舞台まで来る事は出来ないのかもしれないと美子は思った。
一切言葉を発する事無く差し出された手に手を添え握手を交わすと、拍手の音が会場中に響き渡る。
「ショータイムだ……
お前は俺に料理される側だぜ。
勘違いするなよ」
相手の驕りも恫喝まがいの発言も、美子は気にしていなかった。
ただ、最高の状態で戦う事だけを考え、その為の準備を行っていたのだ。
(相手がどんな事をしてきても、動揺してはならない。
自然体を保ち、敵は自分の中にいると思え。
優さんがそう教えてくれた)
会場には様々なプレイヤーや業界人、政界の重要人物が集っている。
その最前列には村井国重と元天武日本国総理大臣、織田信虎の姿もあった。
「彼女のサポートを担当している同じウェアを着た青年は全て自衛軍の兵士達です。
彼女が逃げ出さない様に監視する役目も担っております」
「村井君、彼女はかなり出来る人物の様だね。
狭い工場の中に押し込んでおくには勿体無い。
美貌もカリスマ性もある。
天武日本国に欲しい逸材だよ」
ハワイ州で行われた予選から彼女を見守ってきた信虎は、彼女がさらに飛躍する事を信じて疑わなかった。
『両者が席に着き、キャラクター選択画面に移ります。
IQ選手はフローネ・カームグリーンを、JUSTICE選手はギドー・スネークラージを選択しました。
共に予選大会から一貫して使い続けてきた愛着のあるキャラクターで優勝を目指します!
そしてステージはフローネのホームステージである『ゴッドヤード~風が吹く草原~』に決まりました』
美子は様々なキャラクターとの対戦を重ねており、ギドーとの対戦も何十回と行っていたが過去の天武日本で行われた全国大会では使用された事が無い。
ギドーを使用する強豪プレイヤーの立ち回りを研究出来なかったのは気がかりな部分だった。
(多彩な武器で遠距離・中距離・近距離の何処からでも攻撃を仕掛ける事が出来る万能キャラクター。
私は強風と葉を投げる攻撃で様子を見つつ、風の槍や竜巻で近距離での大ダメージを狙っていく事になる)
これまでの戦いでも堅実な立ち回りで相手を焦らせ、自分から『隙を作る』事で勝利してきた美子。
その為には当然、HP差を広げて逃げると言う形を作らなければならない。
先に攻撃を喰らって追いかける展開になる事は避けなければならなかった。
『さぁ、準決勝第2試合が始まりました!
やはり先程の第1試合と同じ様に立ち上がりはかなり静かなもの。
お互いに牽制技を出しながら相手の戦い方を探り合っています』
『やはり優勝が見えてきている位置での試合となれば、動きが鈍るのも致し方無いでしょう。
たった1度のミスが敗北に直結すると言うこのゲームの特性上、無理に攻める事は出来ません。
ココは相手がどういう意図を持って攻めようとしているのか見定める時間帯でしょうね』
司会者である白人男性の隣に、黒人の中年男性が立ち解説を行う。
様々な格闘ゲームの研究を行っている合衆国の『御意見番』的立場で、テレビでもよく顔を見る人物だった。
『上から圧力を掛けて攻めようとするギドー、それに対してフローネが強風で動きを止め攻め手を封じます。
風の槍を放とうとした所でギドーが火炎放射器での攻撃を行いフローネがそれをガード。
余計な一撃は貰いたくないと言う意思が両選手から感じ取れる一幕となりました』
『準々決勝に残る2人だけあって、しっかりと全体が見えてますね。
並のプレイヤーだと自分のキャラの動きしか見えなくなるものですが、彼等は全体を見て相手が取ってくるであろう動きを予測しています』
緊迫した試合展開の中、膠着状態を打破したのはギドーの方だった。
『楕円軌道を描くスパナ投げで距離を取りながらも相手を近付けさせません。
当たりますかそれが!
すかさず距離を詰めて火炎放射、オイルタンク着火とダメージを蓄積させていきます。
いやぁ、今のは未来を予知したかの様な攻撃でしたねぇ』
『運もあったでしょうけどね。
恐らく当たればラッキー程度の意識で投げたんだと思いますよ。
ただ、その運をしっかり掴み取るあたり本物のプレイヤーは違いますね』
ピンポイントでの命中は美子にとって悔しい局面だった。
最も避けたかった『相手の背中を追いかける展開』になってしまった事が痛恨だったが、過去を振り返る暇は無い。
(追いかける展開になった時の対処法だって学んでいる。
大切なのは動揺しない事)
最初のラウンドで既に30秒が経過している為、挽回する時間はそれほど多く残されていなかった。
『JUSTICE選手、相手の起き攻めからの反撃を警戒し深入りはしない。
画面端では無かったので妥当な判断でしょう。
フローネは何とかしてこの状況を打開したい所です。
相手の立ち位置を見据えつつ相手のジャンプ中に竜巻を放ちますがキッチリブロック。
ギドーは近距離での重い一撃を狙うフローネに対して火炎放射器で反撃を許しません』
『やるべき所をしっかりやっているので好感が持てますね。
IQ選手としては普通の立ち回りをしていても勝てないので、ある程度の博打を打つ必要があると思います。
リスクを背負わなければHPを削る事は出来ませんからね』
(クソッ、イエロー如きが噛み付いてきやがって)
JUSTICEはそう見せない様に振舞っていたが、内心はかなり焦っていた。
紙一重での防御が続き、徐々に精神が擦り減っていく。
美子は判断を誤ってはいなかったが、相手のスキルが高過ぎた。
(ここまで揺さぶって、隙を見せないプレイヤーは今までいなかった。
次元が違う。
まだ私が見ていない世界がこの場所にあったなんて)
近付けば離され、離れれば危険なスパナが飛んでくる。
出来る限りの事を行っていた美子であったが、相手の堅牢な砦を崩す事が出来なかった。
『残り15秒。
IQ選手としては意地を見せたい所ですが……
画面端に寄った瞬間に距離を詰められ、尻尾振り回しのダウン攻撃を喰らってしまいました。
好機と判断したのか、密着状態で待機してさらなるダメージを狙うJUSTICE選手。
しかしココでIQ選手、相手の行動を見て起きるタイミングを微妙にずらし確定反撃を見舞います』
『このラウンドの決着を付けてしまいたいと言う心理状態が裏目に出ましたね。
先程からIQ選手が続けていた揺さぶりがかなり効いていたんでしょう。
全ていなしてはいましたが追い詰められる時も多かったですし』
ヘッドフォンを装着している為相手選手の声は一切聞こえないが、美子は画面から相手の焦りを感じてはいた。
(やはり相手も機械じゃない。
人間である以上隙がある。
大事なのは、その綻びをどう突いていくのかと言う事。
それこそが腕の見せ所になるわ)
最後の10秒間は互いのダメージを取りたいと言う思いが強くなり、一転してHPの奪い合いとなった。
『両者共に鎧を脱ぎ捨ててガチンコの殴り合い勝負に出ました。
緊張の糸が切れたと見るべきでしょうか?』
『お互いに守らなければいけないと言うプレッシャーから解放されたいと言う思いはあったんでしょうね。
それと、JUSTICE選手にそういう展開になっても勝てると言う自信があるのだと思います』
リスクを無視した攻め。
理性や計算が排除されたワケでは無いが、明らかに取っている姿勢が変化する。
フローネが風の槍を当てればギドーが火炎放射で相手のHPを削る乱打戦が展開されていた。
(どんな形のリングに引き摺り出されようとも、俺は勝つ)
(私の培ってきた技術の全てを出して、このラウンドを取りに行く!)
目まぐるしく動くHPの差だったが、終了直前でギドーがダウン攻撃を当て逃げる。
追いかける時間も無いままタイムアップとなった為、僅かな差でJUSTICEが最初のラウンドを取った。
『必死に喰らい付くIQ選手に対して、JUSTICE選手がキッチリ逃げ切ったラウンドとなりましたね』
『逃げる側の苦しみと言うのはありますからね。
正直今ホッとしてるんじゃないでしょうか。
恰好悪かろうが何だろうが勝てば次に進めると言うのは選手自身が一番解っているでしょうからね』
すぐさま第2ラウンドが始まるが、JUSTICEは怒りに震えていた。
(予選から俺は圧倒的な実力で相対する奴等を叩き潰してきた。
第二次予選の総当たり戦でもそれは変わらなかった。
こんなイエローのメスガキ如きが俺に消極的な選択をさせたと言う事実。
絶対に許せねぇ)
勝利こそしたが観客に無様な姿を見せてしまったJUSTICEは、これ以上の醜態を晒す事を拒んだ。
『体力3割を残している状態で始まったギドーと、HPバーが満タンのフローネ。
1本バーが残っているも同然のギドーは一方的に攻めていきます。
フローネは最終ラウンドを見据えると軽い気持ちで倒しに行く事は出来ません』
『結局最終ラウンドが一番大事ですからね、このゲームは。
最終ラウンド開始の時にどれだけ有利な状況でいれるかと言うのが肝ですよ』
2本のHPバーを管理し、最終的に1ドットでも相手より多く残っていれば勝ちと言うルールである以上フローネが負うビハインドは相当なものであった。
(余裕が一切無い状態で相手の猛攻を凌ぐのは不可能に近い。
勿論攻めに転じる余裕も無いけれど、守っているだけでは勝てない……
徹底したリスク管理で、五分に近い状態に近付けるのが私に課されたタスク)
ダメージは負えない。
それでも残りHPが3割の相手を倒したいと考えてしまうジレンマ。
相手を調子に乗らせない様にする為、どう牽制していくかと言うのも重要なポイントとなる。
『失っても痛くないHPを盾にしてどんどん攻めていくギドー。
しかし画面端で攻められても何とか粘り、反撃していきます。
ですが深追いはしない事を選択。
再び襲い掛かってきたギドーに対し竜巻を飛ばして牽制』
『緊張を持続して上手く力に変えていますね。
優勝を目指すプレイヤーには無くてはならない素質の1つですよ。
ココで潰れてしまう様なメンタルだったのならばこの舞台に立てていませんから』
ぶれない鋼の闘争心。
前掛かりにならず、かと言って消極的にもならない絶妙なバランスを保っていた。
美子が狙っているのは相手が上手くいかないと焦り、自滅する事。
当然JUSTICEもそれが解っているが、格下の相手に翻弄されていると言う苛立ちは徐々に強くなってくる。
(畜生、何でこんなイエローに俺が引っ掻き回されているんだ。
俺は合衆国を代表するスーパースターだぞ。
ZEROの試合で何度も勝ってその度に観客を魅了してきた。
その俺が蟻を踏み潰す事が出来ずにイライラするなんて有り得ねぇだろ)
観客を楽しませる、圧倒的な勝利を目指しているJUSTICEが『格下』相手にまさかの苦戦。
彼の脳裏にそんな記事を新聞に書かれるのではないかと言う思いがよぎり、さらに猛攻をかけた。
『先程とは全く異なる、積極的な攻撃を見せているJUSTICE選手。
画面端に再びフローネを追い詰め、火炎放射で相手がガードしたのを確認し上から蹴りを仕掛けます。
斜め上、横、尻尾での下段。
崩れません。全く崩れません!
IQ選手、正確なガードで主導権を渡さない。
これだけ多彩な技の数々を全てギリギリの所で守っているのは凄いですね』
『直後の予測が無いとこういうガードは出来ませんからね。
その場を何とかする為だけのガードでは無く、次にどういった攻撃が来るのかを把握している。
何千・何万と言うパターンを頭の中に描き、正解を導き出しているのでしょう。
単純に頭が良いと言うだけでは無く、引き出しの使い方が抜群に上手いんですよ』
焦りと怒りが隙を生み、それが反撃のチャンスへと繋がっていく。
美子にはそれが解っていたからこそ、不利な状況でも屈する事は無かった。
(侮ってもらえるのなら、その方が私にとっても有難い事。
隙の大きな攻撃で一気にHPを削ろうとしてくればもっと嬉しいんだけど……)
美子は相手が落下してきた瞬間を狙い、投げを決めるとあっさり相手をダウンさせた。
(そう、それで良いの。
それで良いのよ!)
美子の思いもよらぬ大健闘に沸き立つ観衆。
その中に狩谷真紀の姿があった。
素顔を隠す為、顔の上半分が隠れる狐の面を被り応援を続ける。
(貴方がこの数年の間にやってきた事は、決して無駄な努力なんかじゃない。
この大会はそれを証明する為の舞台。
思いっきり輝いて頂戴。
輝けなかった私の分まで)
真紀は『魔の全国大会』の苦痛を抱えたまま生きてきた。
ZEROから引退して結婚する事に対して全て良い言葉が投げかけられたワケでは無い。
『結局、自分が勝てない事が解ってるから逃げる理由を探してただけだろ?』
『顔を隠して出場してたんだから結局彼女は卑怯者って事だよ』
ネットの掲示板に飛び交う言葉の暴力。
ZEROにもう一度触れようとする度にそんな言葉を目にしてきた。
彼女にとって悔しかったのは、その暴言に対して言い返せなかったと言う事実だった。
(自分の情けない姿を認められず、顔も名前も隠して出場したのは本当の事……
卑怯者と言うレッテルを貼られても私自身そうじゃないなんて言えなかった)
ZEROから引退し、結婚して子供が生まれた。
夫婦仲も悪くならず、プライベートは充実している。
自分にそう言い聞かせてもくすぶるZEROへの思いを完全に断ち切る事は出来なかった。
そんな時に訪れた、『素人を玄人に育て上げる』と言う自衛軍からの依頼。
リスクが伴う事を承知で引き受けた。
真紀にとって、何もせずに引き下がる事は完全なる敗北を意味していたからだ。
(あの子は私とは違う。
この大舞台で顔を晒し、負けても涙を見せる事無く強豪プレイヤーと渡り合ってきた。
だからこそ、勝ってほしい。
私達が育てた『金の卵』が、優勝する瞬間をこの目で見てみたい)
それは1つの『裏切り行為』でもあった。
彼女の優勝を願うと言う事は、月山新二の優勝を否定すると言う事でもある。
エターナルナイトのメンバー全員が月山の優勝を信じていたからこそ、顔を隠すしか方法が無かった。
(……皆から卑怯者と罵られても私は一向に構わない。
そこはもう否定しない。
でも、美子さんには幸せになってもらいたいの。
神様、ほんの少しの我儘を聞いて)
無茶な特訓に耐え、己のプライドの為だけに戦っている美子。
純粋であるからこその輝きが、真紀に勇気と感動を与えていた。
『両者一歩も引かず、勝負の行方は最終ラウンドへともつれこみました!
IQ選手の戦いぶりに大勢の観客が拍手を送っています!』
『JUSTICE選手は合衆国ではCLOCK選手に匹敵する実力を持っていると言われていますからね。
アジアの小国から来た女性が健闘するのは予想外だったでしょう』
貶されたとしても、気にしない。
勝つ事だけを考える。
美子には雑音等一切入ってこなかった。
見えているのは目の前の画面だけである。
(相手は完全に頭に血が上っている。
冷静にさせずに、一気に押し切る)
(イエローが、随分と馬鹿にしてくれるじゃねえか。
処刑してやる……
この場所に来た事を後悔させる様な負けっぷりを晒しやがれ)
JUSTICEは1度目のダウンから起き上がり試合が再開したと同時に動き、相手の緩みを見逃さなかった。
美子の安堵が画面から伝わり、それが彼女を追い詰める決定打になると理解していたのだ。
『画面の中央付近に陣取り、再び画面端に追いやられる事を防ごうとしたIQ選手!
しかしそれが裏目に出ました。
起き上がりと同時にフローネの真横に移動し、スパナ投げでダメージを与えコンボが入ります』
『懐に潜り込むのはなかなか難しいんですが、いとも簡単に成功させましたね。
彼女も気付いてガードしようとしたんでしょうが、それが間に合わなかったと言う印象を受けます』
暗殺者が音も立てずに背後に回るかの様に、美子の隙を突く一撃。
派手では無いが相当の技術を要する技を繰り出すJUSTICEの動きに会場が沸く。
(チッ、途中でガードされちまったか。
まぁ良い。
死ぬのが少し遅くなっただけの事だ。
超必殺技だけは気を付けねぇとな……
それだけに頼る様な奴なら楽なんだが)
HPを半分失ったフローネは、もう余計なダメージを喰らう事が許されない。
油断していたワケでは無いのに攻撃を受けてしまった事で精神的なダメージが蓄積していく。
(コレが、世界上位プレイヤーの実力……!
ほんの少し、コンマ数秒の緩みが敗北に直結するだなんて。
頭では理解していたのに、感覚で追いつく事が出来なかった。
こんな所で終わりたくない。
私はまだ、この旅を続けていたい!)
負ければ、即座に現実へと引き戻される可能性が高い事は彼女も理解していた。
穴倉の様な工場に戻り、単純作業のつまらない毎日で人生をすり減らしていく。
未来の無い世界に戻る事が既定路線ならば、少しでも夢を見ていたい。
美子はそう思い、勝利だけを目指して戦いを続けていた。
(超必殺技で勝てる所まで来たが……
それは相手も同じ事。
今まで以上に慎重になるべきだ。
イエロー相手に消極的な立ち回りを強いられるのは癪だがな)
窮鼠猫を噛むでは無いが、追い詰められた相手は一番怖い。
JUSTICEは苛立ってはいたものの平静を保つだけの余裕は残していた。
勝利こそが全てである以上、腹が立っても勝利の為に全てを捧げる。
ZEROプレイヤーとして、揺らいだメンタルを早急に立て直さなければならない時間帯だった。
『両者、ミスを恐れるがあまり再び膠着状態に突入しました。
無理をせず牽制技で相手を威嚇するも、相手の懐には入っていけません』
『最終局面ともなると一撃で勝敗が決してしまいますからね。
選手を責める事は出来ません。
とは言ってもIQ選手の方はHPで負けている以上、どうしても何処かで仕掛ける必要があります』
焦れた方が負ける。
だが悠々としてもいられない微妙な状況。
半分と言う差を残り5秒で埋める為には超必殺技を当てるしか無い。
無理を承知で先に仕掛けるか。
それともギリギリまで待って相手が油断する数秒を待つか。
残り時間の中で彼女の心は激しく揺れていた。
(どうなっても負ければ全てが無意味。
一撃に賭ける勇気は私には無い。
攻めに行こう。
それで負けるのなら私の実力が足りなかっただけ。
こうしていればああしていればとか考えたくない。
自分に対して正直でいたいから)
雑念を振り払い、今だけを見る。
画面の中の自分の分身、フローネに視線を合わせた。
今の自分は彼女と一蓮托生。
彼女の喜びは自分の喜びに等しい。
美子は彼女が喜ぶ姿を見たいと思った。
『僅かではありますが、ジリジリと端に追い詰められているのはフローネの方です!
しかしやられまいと竜巻を飛ばしそれを回避。
逆に中央付近で相手を捉えました』
(いけるかもしれない!)
直接一撃を入れるのでは無く、弱パンチで相手が怯んだ所に入れる。
それだけを考えて指だけが動いていたが、相手の指捌きは彼女を大幅に上回っていた。
(テメェの考えなんざ御見通しなんだよ!)
弱パンチをジャストガードで防ぎ、相手の僅かな硬直時間に超必殺技を叩き込む。
観客には一瞬の出来事にしか見えなかったが、実際は高度な駆け引きの末に生まれた攻撃だった。
『超必殺技をフローネ防げず!
HPが減っていた事もあり耐える事が出来ませんでした』
『あの1秒も無い硬直時間を確定反撃に繋げるとは……
反応速度が獣並みですね。
彼女は人間で、相手が人間離れしていたと言う事でしょう。
準決勝での彼の活躍が楽しみです』
負けた事が解った瞬間、美子は自然と頬に熱いものが伝っているのを感じた。
(ああ、終わってしまったんだ)
避けられるハズが無いと踏んで出した超必殺技。
だが相手はそれを出されると解っていたのだから防げる。
最後の踏ん張りが足りなかったと言えばそれまでだが、あまりにも残酷な結果だった。
「ハッハー!!
イエローの幼稚な戦略を読み切ってやったぜ!!
次もイエローが相手なのは解ってるんだ。
叩き潰して一気に決勝へ向かってやる」
JUSTICEの言葉も、周囲の歓声も彼女の耳には届いていなかった。
絶望だけが美子の心を覆い、下を向かせる。
(これだけ頑張ってきたのに、こんな所で終わってしまうなんて……
今までの努力は何だったんだろう。
私は何の為に戦ってきたの?)
勝っている間は気にもしていなかった事が、次々と襲い掛かってきた。
泣き喚きそうになる自分を本能で懸命に抑え込んだ。
恥だけは晒したくない。
信国の代表として幼稚な姿を見せる事は出来ない。
美子は自分自身にそう言い聞かせていた。
「ナイスファイト!
良かったわよ!!」
それは耳を塞ぎたくなる様な大歓声の中で、確かに彼女の耳に届く。
美子はハッと顔を上げ、その声の主を探したが見つける事が出来なかった。
(……来てくれていたんだ。
真紀さん)
狩谷優、真紀夫妻に全てを教えてもらった。
自分が最初どんなに下手でも匙を投げる事無く丁寧に接してくれた2人。
彼女の為にも頑張りたいと思っていた。
真紀が自分を慰めてくれている。
本当は、真紀も泣きたい気持ちだったのかもしれない。
「有難うございました」
涙を流しながら笑った。
笑顔を見せる事が真紀への恩返しになる。
何故恩返しになるのか自分でも解らないけれど、そうするべきだ。
そう思った美子は大勢の観客に手を振り、観客も彼女の健闘を素直に称えた。
『私はグッドルーザーと言う言葉はあまり使いたくないんですけどね。
でも、敢えて使いたい。
IQ選手はまさに今大会一番のグッドルーザーでしょう』
『いや、大健闘だったと思いますよ。
アジアの国籍を持つ選手で準々決勝に進出したのはたったの2人。
SHIN選手はこのゲームが生まれた国での全国大会優勝と言う肩書を持っていますが、彼女は裸一貫でのスタートでしたからね。
よくぞココまで辿り着いたと思います。
恐らく会場にいる殆どの者達が彼女の躍進を予想していなかったでしょうし』
白人の司会者が観客に呼びかけ、観客もそれに応じる形で彼女の姿が見えなくなるまで手を振る。
黄色人種にしてはよく頑張った。
そういった侮蔑・嘲りと言った意図があったかもしれない。
それでも、美子にとってはその拍手や歓声がせめてもの慰めだった。
思い返してみれば、まるで一瞬の様な煌めきが連続する日々だった。
難敵に勝ち、工場に閉じ込められていた彼女が初めて公の場でスポットライトを浴びた。
勝ち進んでトロフィーが見える所まで登った。
だがそれも今となっては幻になってしまった。
(帰ろう……
私は力を尽くした。
やるべき事は全部やったのよ美子。
今まで皆に隠していた秘密を告白する事が出来る。
ベスト8になった事を誇りに思わないと)
膝から崩れそうになりそうな身体を懸命に引き摺り、控室へと続く廊下を歩く美子。
隣には監視役の兵士が付き添い、彼女を助ける事も慰める事もせずじっと見つめている。
(私は、虐げられている者としての意地を見せたかった。
下等な民族と蔑まれている信国人が、トップに立てる事を立証したかった。
負けたくなかったのに、負けてしまって……
楨に何て言えばいいのか)
様々な思いが頭の中を巡り、ひたすらに苦しかった。
何処に救いを求めたらいいのかも解らず、咽び泣く。
「よくやったよ」
天武日本語でそう呼びかけられた美子が顔を上げると、そこにはSHINの姿があった。
「後は俺に任せてくれ。
アンタの仇は必ず取る」
微笑みながら彼女の頭を撫で、労いの言葉をかけられる。
感情が弾けた美子は思わず彼を抱き締め、周りの事を考えずに涙を流した。
「恰好良かったよ。
俺もアンタみたいに誇りを持って戦うから」
暫くの間、彼女は同じ志を持つプレイヤーの胸に身を委ねる。
終わった者がいればこれから幕が開く者もいる。
2人の運命は対照的だった。
控室に戻った美子は、ソファに狩谷真紀とスーツ姿の男性が座っているのを見た。
「真紀さん、この人は?」
「ああ、すまない。
私の名前を知らなくてもそれは仕方の無い事だ。
自己紹介させてもらおう。
私の名は織田信虎。
天武日本国では総理大臣を務めていた事で知られているよ」
サングラスをかけた髭面の男性がそう言った瞬間、美子は思わず腰を抜かしてしまう。
「そッ……
総理大臣!?」
「ハハハ。
確かに総理大臣が目の前に現れたらビックリするだろうね。
君の戦いは前の方で見物させてもらっていた。
実に素晴らしい戦いぶりだったよ」
床に尻餅をついてしまった美子の手を引き、椅子に座らせる信虎。
真紀も粗相は許されないと、何時もより緊張している様だった。
「君はZEROプレイヤーとして実に優秀だ。
君の才能が埋没してしまうのはあまりにも惜しい。
工場に帰って単純労働をさせる生活に戻したら、全てが無駄になってしまうからね。
そこでだ」
信虎は胸ポケットから封筒を取り出すと、美子がいる方にその封筒を向ける。
「私の権限を使って君を特別名誉国民、つまり天武日本人として天武日本に招待したいと思っている。
住む場所も着るものも食事も一切心配は要らない。
私がポケットマネーを出そうじゃないか。
君にはもっと強くなってもらって、ZEROを大いに盛り上げてほしいんだよ」
思ってもいなかった申し出に、美子は困惑しその場から動く事が出来なかった。
(私が天武日本に?
ZEROプレイヤーとして戦い続ける事が出来る……?
私はこの大会にもう1回挑みたい。
このチャンスを逃したらその機会は永遠に失われてしまう)
「勿論、何の制約も無しに君に天武日本へ向かう渡航チケットを渡すワケでは無い。
特別名誉国民ともなれば二等臣民とは扱われない反面、信国への帰国が一切出来なくなる。
故郷の地を踏む事は不可能と言う事だ。
今まで通り、信国の言葉を用いるのも禁止。
SHIN君が主催しているZEROプレイヤーの養成所で腕を磨いてもらうのも条件の1つとなっている。
さぁ、よく選んで決めなさい。
選んだら、もう後には引き返せないよ」
チケットを受け取るべきか、拒むべきか。
突然突き付けられた究極の選択に美子は愕然とし、額に手を当てて懸命に考えた。
(どうしよう……
私がチケットを取ってしまったら、楨にはもう2度と会えなくなる。
私がいなくなる事で楨の立場が悪くなってしまうかもしれない。
でも、チケットを受け取らなければ私はきっと、死ぬまでZEROの筐体に触れる事が出来ない。
工場から死ぬまで出る事が出来ず、単純作業の繰り返し。
そうなってしまったら……
私達が持つ『国の誇り』を諸外国に見せる事は不可能になってしまう)
誰にも知られる事無く、自分の身が朽ちていく人生を想像すると胸が苦しくなる。
愛する者に対する裏切り行為であると思いながらも、美子はチケットを拒む道を選択する事が出来なかった。
「1つだけ質問させてください」
「何かね」
強者のオーラに圧倒されつつも、美子はしっかりした口調で話しかける。
「電話連絡も一切出来ないんですか?」
「……君にとっては嬉しくない話だろうが、信国との関わりを一切断つ事がチケットを渡す条件だ。
手紙での連絡も禁止させてもらう。
嫌なら良いんだ。
チケットを受け取らなければいいんだから」
最終通告とばかりに封筒を彼女の目の前で左右に振る信虎。
真紀は彼女の手を取り、真剣な表情をしたまま訴えた。
「貴方の才能は確かなものよ。
天武日本に来れば、私達が貴方の才能をもっと高めてあげられる。
それに特別名誉国民になれば全国大会にも出場出来るわ。
もし信国の人間として優勝すれば貴方の国の人達も喜ぶと思うの」
愛する者と会えなくなってでも、叶えたい夢がある。
(……楨、ごめんなさい!)
美子は震える手を伸ばし、ゆっくりと封筒の端を掴んだ。
「良いんだね?
受け取れば、後で後悔したとしても道を変える事は出来ないよ」
信虎は念を押す様にそう言ったが、美子はしっかりと封筒を受け取った。
空虚な工場生活に嫌気が差していた事や、真紀にもっと教えてほしい事がある等理由は多々ある。
一番の決め手になったのは『己がZEROプレイヤーとして飛躍したい』と願う欲だった。
(最初は嫌々やっていた格闘ゲームだったけれど……
今は本当に戦う事が楽しい。
自分の腕がどんどん向上していくのが面白かった。
人と会話するかの様に向き合って、強者である事を証明する。
それだけの事なのに、奥が深くて……
考える事が好きな私の性に合っていた)
故郷への未練を簡単に断ち切れたワケでは無い。
未練があっても、それ以上に魅力的な申し出だったからこそ受けたとも言えた。
「さぁ、善は急げだ。
私は天武日本に帰るから、その帰りの飛行機に同乗してもらおう。
真紀君も一緒にね。
今後の事も含めて存分に語り合おうじゃないか」
信国に戻る未来しか無いと思っていた美子にとって、容易には信じられない事態だった。
膝が無意識に震え、様々な拘束から解放された安堵感に包まれる。
(私は……
自由になれるんだ。
完全な自由じゃ無いけれど、あの場所にいるよりはずっと自由に)
新しい人生の幕が開き、別の日常が始まる。
美子は新たな出会いに胸を躍らせながら、人生がより良いものになる事を信じて疑わなかった。