※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

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『政治』は本当に綺麗事だけでは通用しない世界だと思います。
何かを犠牲にする覚悟が無ければ幸せは掴めない。
極端な話、平和を守る為に悪人を処刑する事も立派な犠牲です。
誰もが幸せになる世界はありえない。
だからこそ、なるべく多くの人を幸せにする政治家が
求められているんだと思います。


番外編 いのち 後編2 奪うと言う『覚悟』

【2011年 2月7日 真国 北鮮省中部 捕虜収容工場】

 

 尹(ユン)楨勳(ジョンフン)は、洪(ホン)美子(ミジャ)の帰りをずっと待っていた。

 (合衆国で、対戦格闘ゲームの大規模な大会があり、美子がそれに参加する事を聞かされた……

 驚いたけれど、信国の代表として悔いの無い様に戦ってほしいと皆が願っている)

 彼女が『何か』を頑張っている事は尹も薄々気付いてはいたが、格闘ゲームだとは思っていなかった。

 

 優勝すれば10億円もの大金が入る世界大会だと言うが、優勝したとしても賞金は没収されるだろう。

 とにかく、無事に帰ってきてほしい。

 楨勳には祈る事しか出来なかった。

 

「君、ちょっと私についてきてくれ」

 作業中に声をかけられた楨勳は、抵抗する事無く彼の後についていった。

 椅子と机だけが用意された殺風景な部屋に案内され、兵士と向かい合う形で座らされる。

「君は確か、瀬川美奈子と同じ部屋にいて彼女と恋人関係にあるんだったね」

「はい」

 

 嘘をつく理由も無かった為、楨勳は正直に答えた。

「彼女が合衆国で開催されたZEROの世界大会に出場した事は君も知っていると思う。

 瀬川美奈子はベスト8止まりだった。

 優勝を果たす事が出来なかった」

 兵士は事実のみを淡々と述べ、対面にいる楨勳の顔を凝視した。

 

「そうですか……」

 俯きながら、その事実を受け止める楨勳。

 (美子、頑張ったな。

 誇れる記録だ。

 胸を張って帰ってきてほしい)

 

「君は知らないだろうが、彼女がこの大会に出場した事にはある理由があってね」

 兵士は胸ポケットから数枚の顔写真を取り出し、机の上に並べる。

 

「我々の国の総理大臣、織田信鷹様は君達を毛嫌いされておられる。

 この大会で瀬川美奈子が優勝出来なかった場合、この工場にいる信国人の数を減らせと仰せになった。

 先程も言った様に彼女はベスト8。

 私は5名を殺害せよと命じられたのだ」

 

 感情が失われたかの様な抑揚の無い口調で語る兵士。

 楨勳は話の内容に驚愕し、身体を小刻みに震わせていた。

 

「美奈子は……

 瀬川美奈子は無事なんですか!?」

 平静を保てなくなり、椅子から立ち上がろうとした楨勳だったが、兵士がそれを制する。

「落ち着きたまえ。

 彼女は無事だ……今の所は」

 

 織田信鷹の顔写真以外の写真に映っている人物は、彼が名前を知っている者達ばかりだった。

「瀬川美奈子は現在、我々が合衆国内で拘束している。

 彼女の命を握っているのは君自身だ。

 我々の命令に従ってもらえば彼女は助かる。

 だが拒むとなれば、彼女の命を保証する事は出来ない」

 

 愛する者を人質に取られてしまっては、相手に逆らう事等出来ない。

 楨勳はどんな命令を受けても、それを実行しなければならないと決意した。

「……俺に何をしろと言うんです」

「簡単な話だ。

 君を含めた5名の信国人をこの世から取り除く」

 

 まるで『部屋を片付ける』かの様な言い方をしながら兵士は懐から拳銃を取り出す。

「金原俊夫はこの工場内で度々問題を起こしており、施設内の和を乱している。

 粗暴で短気、典型的な信国人だ。

 彼と彼の取り巻きを含めた4名、そして君には退場してもらおう」

 

 兵士は拳銃を机の上に置き、楨勳にそれを手に取る様促した。

「私達が直接手を下せば、残った45名に動揺が広がってしまう。

 恐怖や猜疑心が場を支配し、まともに働く意欲が失われてしまう可能性が高い。

 我々が彼等をココに連れてくるので、君はこの拳銃を使って彼等を撃ち殺してくれ」

 そう言い放つ兵士の眼前で、楨勳は暫くの間微動だにせず目の前に置かれた拳銃を見つめる。

 

 (この話には、黄崎も絡んでいるのだろうか……

 奴にとって目障りな金原が消えれば、思う存分残った者達を支配する事が出来る。

 そして俺が消えれば俺に女をあてがう等の『サービス』をする必要も無くなるだろう。

 黄崎にしてみれば一挙両得。

 いや、そんな事を考えていても仕方無いか。

 どちらにせよ、俺がやらなきゃ美子が殺されるんだ。

 俺に選択の余地は無い)

 

 何が真実であるのか、もう解らない。

 目の前にある『事実』は、美子の命を救う事が出来るのは自分だけと言う部分のみ。

 そう思った楨勳は震える手でゆっくりと拳銃を掴み、自分のポケットに入れた。

 

「君には拳銃で4名を撃ち殺し、その後自殺してもらいたい。

 あくまで我々が殺したのでは無く、君達の間の『内輪揉め』と言う形にする。

 まぁ、それでも残った者達は我々の関与を疑うだろうがね」

 

 兵士の言葉が遥か遠くから聞こえている様な気がする。

 愛する者の為に死ぬ。

 美子の命を救う為に死ぬのならば本望だ。

 楨勳は自分の心の中で必死にそう思い込もうとしたが、死の恐怖はなかなか消えてくれなかった。

 

「では、早速彼等を連れてくるとしよう。

 私は彼等をこの部屋の中に案内した後、外側から鍵をかける。

 この狭い室内だ。

 外す等と言う事は滅多に無いだろう」

 立ち上がり、部屋から出て行こうとする兵士を楨勳は呼び止める。

 

「ちょっと待ってください」

「……どうした?

 この期に及んで怖くなったのか」

 鬼の様な形相で睨み付けてくる兵士から顔を背けながら、彼は『最後の願い』を口にした。

 

「この世に何も残さずに死ぬのは、悔いが残ります。

 美奈子に……

 彼女に宛てた手紙を書きたい。

 それを彼女のもとに送ってください。

 それ位は、許してくれてもいいでしょう」

 

 精一杯の抵抗。

 無理やり押さえ付けて来る圧倒的な力に対して、そんな事しか頼めない。

 それであっても楨勳にとっては大切な願いであり、美子を想っているからこその行動だった。

 

「解った。

 紙とペンと封筒を持ってきてやる。

 15分の間に書いて封筒の中に入れ、私に渡せ。

 だがそれを彼女に渡すかどうかは私の一存では決められない事を予め言っておく」

 

 その手紙が、届かないかもしれない。

 寧ろ、握り潰される可能性の方が高いだろう。

 それでも僅かな可能性に賭けたかった。

 彼女に自分の思いを伝えられないまま死にたくは無かったのだ。

 

 これから人を殺して、自殺する。

 本当にそんな事が自分に出来るのだろうか。

 震える手でペンを握り、字が読めなくならない様全力を尽くしつつ筆を走らせる。

 

 君の為なら何でもやれる。

 君の無事とこの施設での平和な生活を心から望む。

 生きて、幸せになってくれるのならば他には何も望まない。

 そういった自分の感情を正直に書き綴っていると、涙が頬を伝うのを感じた。

 

 (本当は、君とずっと一緒にいたかった。

 この外界とは隔絶された世界であっても、君と一緒に生きていけるのならば全て受け入れようと思っていた。

 君の笑顔を見る事も、君に言葉をかけられなくなる事もとても辛い)

 

 彼女との間にあるのは愛だった。

 多少の性欲はあったかもしれないが愛に勝る感情等無い。

 楨勳にとって幼い頃から『似非人』と罵られていた自分を励ましてくれたのは彼女だけだった。

 

「時間だ。

 手紙を封筒の中に入れて、私に渡せ。

 それと拳銃の安全装置を解除する方法を教える」

 15分間が過ぎ、兵士が彼の感情に構う事無く淡々と受けた命令をこなしていく。

 封筒を兵士に渡した後、楨勳はポケットの中から拳銃を取り出し机の上に置いた。

 

 机と椅子と言うスペースを除けば、人間が5名部屋に入ってきただけでかなり狭く感じられる。

「さっさと歩け」

「何だよ。

 ちゃんと歩いてるだろ」

 金原が部屋に入ってきた瞬間、楨勳は心の中で冷や汗をかいた。

 

 (図体がでかく、身体もがっしりしている。

 格闘になったらまず勝てる相手じゃない。

 拳銃は連射の性能が高くは無いのだから、一番最初に狙うべきは金原だ)

 

 部屋に入ってきた4人の内、真っ先に殺さなければならない相手。

 引き金を引けば弾が発射される状態になっているとは言え、素人である自分が1発で息の根を止められるのか。

 そして残りの3人を殺す事が出来るのか。

 不安は大きかった。

 

「おいおい……

 外から鍵をかけられちまったじゃねぇか。

 部屋の中に見張りの兵士もいねぇし、随分と妙な雰囲気だ」

 

 金原は特殊な状況に警戒していたが、『敵』になりうる存在が楨勳1人である事を確かめると途端に態度を変える。

「ハッ、誰かと思えば幸田かよ。

 俺達に大事な話があるとか言ってた様だが……

 話の内容次第によっては乗ってやらねぇ事も無ぇぜ」

 

 予め用意されていた椅子に座る4名。

 楨勳が座っている位置から全員が射程距離に入っていた。

 (胸に一発。いや二発……

 この拳銃には弾が6発分装填されていると言う。

 最悪、生き残れた後俺が新しく弾を貰って自殺しても向こうは許してくれそうだ)

 

 自暴自棄になっている事は確かだった。

 逃げる事も出来ない。

 ココで金原達と協力して外にいる兵士達を倒そうとしても、兵士はマシンガンを常に持ち歩いている。

 退路は完全に塞がれていた。

 彼等を撃ち殺すしか方法が無かったのだ。

 

「黄崎の事だ。

 最近は俺に優しくしてくれず、富を全て享受しようとしている。

 俺がいればクーデターを起こす事も夢じゃない」

 相手に対して都合の良い嘘をつき、油断している間にポケットからゆっくりと拳銃を取り出す。

 

「お前は奴の懐に潜り込めるからな。

 良いアイディアだ。

 それにしてもよく仕事中に俺達を呼び出す事が出来たな。

 兵士に賄賂でも渡したのか?」

 

 腕を組み、優位に立つ為自分を大きく見せようとする金原。

 相手が銃を持っているとは思っていない無防備な態度。

 楨勳は狙うには今しか無いと思った。

「まぁ、そんな所かな」

 

 右手に持った拳銃を素早く金原の眼前に向け、引き金を引く。

 発射された弾丸は金原の右胸に直撃し、一撃で彼の動きを止めた。

「て、てめ……」

 

 もうどうでもいいと思っていたからだろうか。

 自分でも驚く程最初の一発は上手くいった。

 驚き、椅子から立ち上がろうとする金原の仲間の1人をもう1回引き金を引いて仕留める。

 椅子から崩れ落ちて動かなくなった2人を気にする余裕など残された2人には無く、1人は楨勳に向かって突進した。

 

「この野郎!」

 向かってくる相手は的が大きくなっているとも言える。

 その殴りかかってきた1人を撃った瞬間、彼等が座っていた椅子の1つが飛んできた。

「痛ッ」

 

 椅子を手に命中させ、拳銃を落として無力化する作戦。

 金原の取り巻きの1人はこの作戦を見事成功させ、そのまま相手の腹を強く蹴る。

「俺は死なねぇ……

 殺されてたまるか」

 

 金原程鍛えてはいないが、楨勳ではとても金原の取り巻きにはかなわない。

 そのまま好き放題殴られ、倒れた所でマウントを取られさらに強く殴られた。

 (ああ、コレで俺は死ぬんだな)

 意識がどんどん遠くなっていく。

 消えゆく意識の中、彼は美子の無事だけを祈っていた。

 

「畜生、金原さんを殺しやがって。

 死にやがれ」

 

 青年は気絶した楨勳の胸に拾い上げた拳銃の銃口を向け、引き金を引く。

 その瞬間部屋のドアが開き、武装した兵士が彼目掛けてマシンガンを連射した。

 穴だらけになって絶命する青年。

 兵士達は生き残っている人間がいない事を確認すると『シナリオ』を書き直す必要がある事を悟った。

 

「幸田楨治が金原俊夫を殺害し、残り4名を殺そうとしたが失敗。

 森野(もりの)智樹(ともき)が幸田楨治を殺害した為、自衛軍の手によって即座に処刑。

 こんな所だろう。

 動揺が大きくならぬ様、公式発表は明日行うものとする」

「瀬川美奈子の処遇に関しての発表はどうなさいます?」

 

「大会後『行方不明』と言う説明で充分だ。

 残った44人が真実を知れるハズも無し。

 万が一彼女が天武日本に渡った事が知られても奴等にはどうする事も出来ない。

 とにかくその辺りの事はぼかして、曖昧な情報を伝える様に」

「了解致しました」

 

 他の信国人が作業を行っている間に死体処理を行う為、慌ただしく動き始める兵士達。

 美子を愛した男がこの世を去り、黄崎が権勢を振るう時代が訪れようとしていた。

 

「話が違うじゃないか」

 同日、政界の限られた者達だけが利用出来るホテルの一室で、『信鷹派』と『信虎派』の話し合いが行われていた。

 信鷹を筆頭とし、現大臣である元大臣の息子達を中心に結成された『信鷹派』。

 信虎を筆頭とし、丹羽律や有馬弥助等今も信虎に忠誠を誓う元大臣達で構成された『信虎派』。

 構図としては、それぞれに一定の権力を持つ豊臣秀吉と豊臣秀次の様な関係だろうか。

 

 信鷹がリーダーとなって繰り広げられている親子喧嘩の様なものだったが、どちらの派閥が勝利するのかと言う点においては誰もが興味を持っていた。

 太閤や上皇の様に一線から退いても尚強大な影響力を持つ信虎が天武日本の手綱を引き続けるのか。

 それとも健全な世代交代が行われるのか。

 それは野党も注視している部分であった。

 

「親父、ベスト4ならともかくベスト8だぞ?

 信国人は50名から40名に減らす約束だったハズだ。

 事前に作成した表にもしっかりそれを書いて、親父もそれを受け入れただろう。

 5名だけ殺したって言うのは完全なルール違反だ。

 どう言い訳するつもりなんだ」

 

「1人の人間が4人を殺して自殺したと言うシナリオは書けるが、9人を殺して自殺したと言うシナリオは難しい。

 今回の事件はあくまでも内輪揉めと言う形で終わらせたいんだ。

 突然人が10人もいなくなったら国際社会から疑いの目を向けられる。

 合衆国とカダル連合王国の冷戦を早期に終結させる為にはそうするしかなかった」

 

 豪華な椅子に座りゆっくりと話す信虎に比べ、信鷹は終始落ち着きが無くイライラしている。

 突然立ち上がり、こめかみに手を当て爆発しそうな感情を抑えている様にも見えた。

 

「親父の立場とかは聞いてないんだ。

 俺は今回のゲームで『約束』が果たされなかった事が不満なんだよ。

 ルールを予め決めておいて、両者納得のもとで始まったゲームだろ。

 それに、ルールが守られなかった事はおろか親父は勝手な判断で信国人の一人を亡命させた。

 こんな納得のいかない結末に対して、何らかのペナルティを受ける覚悟はあるんだろうな」

 

 広い部屋内に国会さながらの野次が飛ぶ。

「そうだそうだ!

 取り決めを破ったのだから罰を受けるべきだ!」

「今こそ完全に一線を退かせ、我々が政権の要である事を国民に示そう!」

 

 大臣の息子達である『若い世代』は父親からの『自立』を目指していた。

 経験の浅いヒヨコと呼ばれる事を嫌い、どんなきっかけでも良いから彼等を退陣させたいと思っていたのである。

 

「信国人の1人である瀬川美奈子を亡命させたのは、彼女が天武日本のゲーム産業を盛り上げる力になると感じたからだ。

 政治家と言うものは、『使えるもの』と『使えないもの』を正確に見極める力が求められる。

 偏見で目を曇らせてはいけない。

 例え我が国に対してクーデターを起こした国の国民であったとしても、有用だと思えば迷わず起用する。

 それはかつて、異国の民であったとしても頑健な肉体を持っていた者を家臣とした信長公の考え方そのものだ」

 

 信虎は隣にいた弥助に目を向け、視線を戻すと手を2回叩き部下達を呼び出した。

「さぁ、さっさと歩け」

 信虎の部下達は手を後ろできつく縛られ目隠しをされた男達を10名程部屋の中に招き入れる。

 部下は男1人に対し必ず背中に拳銃を突き付け、逃げ出さない様細心の注意を払っていた。

「その壁に椅子を持ってきて、横一列に並べる様に」

 

 信虎の命令により壁に密着させた椅子に座らされた男達は縛り付けられ、身動きの取れない状態となる。

 

「逆を言えば、『使えないもの』を見抜く力も必要だ。

 この男達は天武日本国内において重大な犯罪を犯しながら、血生会によって保護されていた信国人だよ。

 殺人・強姦・放火……

 大それた事をしでかしながらそれを隠蔽されのうのうと生きてきた。

 我々は相応の裏金を払う代わりとしてこの10名を譲り受けたと言うワケだ」

 

 信虎は血生会において事実上のナンバー2である雨宮健太郎にこの話を持ち掛け、成立させていた。

 必要とあらば犯罪に手を染める事も躊躇わない姿勢は、政権発足当初からずっと変わっていない。

「彼等を秘密裏に殺す事に関して、合衆国や国際社会が文句を付けてくる事は無いだろう。

 真国の捕虜収容工場で働いている者達とは全く事情が異なる。

 世界から監視されている人間と、我が国の裏社会に隠れていた者達との違いと言う事だよ」

 

 信虎はそう言うと懐から護身用の拳銃を取り出し、両手で持て余すかの様に弄んだ。

「……この、天武日本国に住んでいた信国人10名を殺す事で帳消しにするって事か?

 まぁ、筋は通ってるな。

 これで多少のルール違反に対して目をつぶれると言うものだ」

 

 信鷹も信国人に対して強く出る父親にこれ以上の文句を付けるのは逆効果だと考え、追撃を止める。

 これを機に信虎派を追い込もうと思っていた大臣達の勢いもそれに合わせて下火となった。

「親父、今回はこの10人を殺すって言うので手打ちにしようじゃねぇか。

 互いにとって有益な結末だったな。

 それじゃ、俺達はこれで失礼させてもらうぜ」

 

「信鷹、まだ話は終わっていないぞ」

 部屋から出ようとする信鷹を呼び止めた信虎は、信鷹に持っていた拳銃を差し出す。

「お前が彼等を殺すんだ」

 信鷹は、父親が何を言っているのか理解する事が出来なかった。

 

「は、はは……

 いきなり何を言い出すんだよ親父」

「お前に天武日本国を背負って立つ覚悟があると言うのなら、自分で言い出した『ゲーム』の始末を付ける必要がある。

 そう思わないか?

 『使えないもの』を排除すると言う覚悟だ」

 

 信虎は真剣な表情をし、冗談を言っている様には見えない。

 信鷹にしてみれば、わざわざそんな事をする必要性が感じられなかった。

「いやいやいや、そんな事は下っ端に任せれば良い事じゃねぇか。

 何で一国の長が、自分の手で犯罪者を殺さなきゃならねぇんだよ」

 

「この部屋にいる誰もが、私も含めてお前にその『覚悟』があるのかを知りたがっている。

 天武日本国には強力なリーダーが常に求められ、全ての総理大臣がその責任を果たしてきた。

 お前に総理大臣である自覚があるならば、全員の前でその『覚悟』を示せるハズだ」

 

 信鷹は今まで一度も握った事の無い拳銃を握らされ、激しく動揺する。

「信鷹様、男を見せてください」

「ココでこの国を引っ張っていくと言う勇気を見せれば、御父上もきっと納得してくださいます」

 信鷹にしてみれば不味い事に、自分の味方である『信鷹派』の者達までそんな事を言い始めた。

 

 (おいおい、自分が撃たないからって勝手な事をぬかすんじゃねぇよ。

 人殺しだぞ?

 殺しても構わないって言われた所で、俺自身が殺すのと誰かが殺すのは全然違う)

 

「お前の仲間もそう言ってくれているじゃないか。

 歴代の総理大臣や私が通ってきた道。

 お前も、私と同じ様に試練を突破する時が来たのだ」

 間違っても誰かに当たらない様、信鷹以外の全員が距離を取って後ろに下がる。

 

 信鷹は誰にも助けてもらえず、さらに緊張が高まった。

「そんな、考え直してくれよ。

 こんな事に何の意味がある」

 

「そう思っているのはお前だけだ。

 後ろにいる者達の顔を見るがいい。

 皆、お前に期待を寄せている。

 ココで逃げれば、お前は一生『臆病者』の烙印を押される事になるぞ」

 最早、逃げ出す事は不可能に近い。

 

 (クソッ、親父にはめられた。

 この広いホテルの一室を親父が指定してきた時から、親父はこうするつもりだったんだ。

 完全にやられた……

 ただ難癖をつけようとしていただけの俺とはレベルが違う)

 

 信鷹が信虎の座っていた王座を手中に収める為には、自分の手で犯罪者を葬るしか無かった。

 震える手で、拳銃の引き金に指をかける。

「安全装置は既に外してある。

 自信が無いのなら近付いて撃っても一向に構わない。

 大事なのは狙って撃つ事では無く、相手を確実に殺す事だからな」

 

 父親の保護の下、甘えた考えを持って育ち増長し父親に取って代わろうとした男。

 無菌室で育てられた赤ん坊に等しい信鷹に、人殺しの『覚悟』などあるハズが無かった。

 尹楨勳の様に愛する者を守りたいと言う強い意思があるワケでも無い。

 与えられたレールの上を進んでココまで来た。

 政治家になるにはあまりに心が弱過ぎたのだ。

 

 (や、やってやるよ……

 殺せばいいんだろ、殺せば)

 無理やり自分を奮い立たせようとするが、心は既に悲鳴を上げている。

 信鷹は撃てば確実に命中する位置まで近付き、拳銃を信国人の1人に向けた。

 

「ん――ッ!!

 むぐ、むぐぐぅ!

 んむぅぅぅ」

 

 動けない状態でも必死に暴れ、涙を流し命乞いをする男。

 勿論『殺さないでくれ』と訴えているのだろう。

 その訴えに対して、信鷹は大いに心を揺さぶられる。

 

 (信鷹、お前は試されているんだ。

 この試練に合格した時、お前はこの国の総理大臣に相応しい人物となる。

 覚悟を見せろ。

 私を崖から蹴り落として新たな支配者となるのだ。

 さぁ)

 

 信虎もまた、自分の息子の我儘に手を焼きつつも、彼が立派な為政者となる事を願っていた。

 正しい者を生かし、正しくないものを殺す。

 そういった割り切りこそが、天武日本の総理大臣としてあるべき姿だと信じていたのだ。

「……駄目だ、俺には殺せない。

 撃てないよ」

 

 涙を流して抵抗する犯罪者を撃つ事が出来ず、拳銃を床に落とした信鷹は膝から崩れ落ちる。

 彼は人間として真っ当であったが、『政治家』にはなれなかった。

「時に政治家は、機械か悪魔と呼ばれる様な存在であらねばならない。

 感情を殺し、目の前の人間の涙より国益を優先すべきだと知っているからだ」

 

 信虎は床に落とされた拳銃を拾うとまるで自動販売機に硬貨を入れる様な、ごく日常的な感覚で相手を撃った。

 その冷徹さに怯え、恐慌状態に陥った信鷹を気にする事無く次々と犯罪者を自らの手で葬っていく。

 

「丹羽君、替えの弾倉を私に」

 一旦弾が切れた事を確認し、律から弾倉を受け取った信虎は『処刑』を再開する。

 相手が命乞いをしようが泣こうが喚こうが関係無く10名全てを1発ずつの弾丸で処理した。

 そして信虎が周囲を見渡した時、大臣達は『どちらにつくべきか』を嫌と言う程理解する。

 

「総理、お見事でした」

「悪人を許さないその姿勢、素晴らしい」

「こうでなくては、我が国の舵取りを任せる事は出来ません」

 自分の仲間であったハズの若き大臣達にまで裏切られ、信鷹は呆然としたままその光景を見つめていた。

 

「この国は革新党を第一党とする一党独裁制度の国。

 そして、独裁国家に求められるのは為政者の『覚悟』と、国益を第一に考える姿勢だ。

 どんな事をしてでも、地面に這いつくばってでも国家の幸福を優先する。

 合衆国の犬と揶揄されても、1つの属国を滅ぼしてでも、国民を幸せにしなければならない」

 

 信虎は、狂っているのかもしれない。

 もしくは、とんでもない悪人なのかもしれない。

 

 だがハッキリと言える事は、『真人間に政治家を務める能力は無い』と言う事だ。

 一時の感情に流されて国益を無視すれば、国民が危険に晒される事になる。

 信鷹には政治家としての資質が無かった。

 それが幸福であるのか不幸であるのかは、本人にしか解らないだろう。

 

「残念だが、今のお前に総理大臣の器は無い。

 それでも、私が再び表に出るのは国家を運営する方法としてあまりにも不健全だ。

 これから私が死ぬまでの間に学び、改善していくしかないだろう。

 その為には、脇を固める側近達の働きが重要となる。

 息子を、男にしてやってくれ」

 

 この瞬間、数年に渡って続いてきた『信鷹・信虎の確執』に終止符が打たれた。

 信鷹を突き放すのでは無く敢えてもう一度チャンスを与える事によって、信鷹派の心を掴んだからだ。

 信鷹派は信虎の信奉者となり、『彼の為ならば』と言う心理状態へと変化していた。

 

「勿論です信虎様。

 しっかりと私達が支えて参ります」

「父上から良い所を吸収し、立派な大臣となる事で信鷹様を立てていく所存です」

 孤独となり完全に敗れ去った信鷹は放心状態のまま、誰に言うでもなく呟いた。

 

「……最初から狙っていたのか」

「お前は『殺せ』と言うばかりで、人任せにしてばかり。

 お前自身が率先して発言に対し責任を持たなければ求心力を失い組織が瓦解する。

 私は、この国の将来を憂いたのだ。

 決してお前を苦しめる為に企てた事では無い」

 

 信鷹はその言葉を聞いた瞬間、うなだれたまま床に手を置き放心状態に陥った。

 心配した大臣が彼を立たせ、部屋の外へ連れていく。

 最早復活を望んでも無理である様に思われた。

 

「信鷹様の再起は、非常に難しいと思われますが」

「私の息子だ。

 私を含め私の周囲にいる者、また彼の周囲にいた者達で立ち直らせる。

 今回の一件はあいつにとって良い薬になっただろう。

 尊大な態度を取っていれば総理大臣として相応しいと言う考えを改めさせる事が出来たのだから」

 

 独裁国家の世代交代は、トップがカリスマであればある程難しい。

 天武日本の国益がスムーズな世代交代に左右される事を知っているからこそ、信虎は息子の復活を信じて疑わなかった。

 

【2011年 3月6日 天武日本 東京都 池袋駅周辺】

 

『次のニュースです。

 我が国の内閣官房長官である林(はやし)隼人(はやと)氏が今朝の会見において、織田信鷹総理大臣が病気療養中である事を発表しました。

 現時点では総理大臣の職務を果たすには難しい状態であると説明し、数ヶ月の間総理大臣不在での国家運営を行うとの事です。

 元内閣総理大臣で、現職である織田信鷹氏の父親である織田信虎氏も会見に応じ復職は全く考えていないと言う声明を出しています。

 総理大臣の席が空席となり大臣と閣僚でこの緊急事態を乗り切る事に、国民からは不安の声も上がり始めており……』

 

 街頭のテレビに映るニュースキャスターを見つめていた美子は、後ろから声をかけられ振り向く。

「ごめんなさいね。

 遅くなっちゃって」

「いえ、そんなに待ってないですよ」

 

 違和感の無い、流暢な日本語で応える美子。

 彼女の目の前にはボサボサの赤毛にオレンジ色のサングラスをかけた女性が立っていた。

「この近くのホテルに泊まってるんですって?」

「泊まっていると言うより、住んでるって言った方が正しいかもしれませんね。

 掃除や部屋着の洗濯はホテルのスタッフが全て行ってくれるので楽させてもらってます」

 

 天武日本の首都、東京都。

 ゲームセンター『電脳皇帝』から100mも離れていない場所にあるホテルで美子は生活していた。

 外に出る際は監視員の許可が必要で、彼女の腕には位置情報を確認する為のセンサーが取り付けられている。

 そして時折視界に映る黒服に黒サングラスの男性。

 彼の存在には常にお前を見張っているのだと言う強いメッセージが込められていた。

 

「大変でしょう。

 気の休まる時が無くて」

「前にいた所よりは楽ですよ。

 この腕輪を常に装着している代わりに、ホテルの部屋には監視カメラが付いていませんから。

 外出だって禁止されてはいませんし、最低限のプライバシーは保証されてます」

 

 行動の自由は制限されていたが、美子の生活は劇的に変化した。

 働く事無く格闘ゲームに専念させる為に毎月10万円の生活費を支給。

 ホテル代が既に払われている事を考えれば、破格の待遇と言っても過言では無かった。

 そして、全国大会に優勝した場合賞金を没収する事無く全額使用可能と言うおまけまで付いている。

 

 (縛られてはいるけれど、金銭面での『勤労意欲』が持てる事は素直に嬉しい。

 全国大会で優勝して、合衆国で行われる全米大会に挑めるとなれば渡航費用は向こうが負担してくれる。

 私は祖国に残された皆の為に、信国の民ここにありと言うのを示さなければ)

 

「じゃあ、早速行きましょうか。

 皆貴方が来るのを心待ちにしていたのよ」

 女性にそう言われ、後をついていく美子。

 彼女にとって新しい生活、新しい人生が始まろうとしていた。

 

 ゲームセンター『電脳皇帝』は、広いスペースにZEROの筐体がずらりと並び独特の空気を漂わせている。

 近未来的なデザインの壁及び床と天井。

 部屋の中央にはミラーボールが吊り下げられ、音量こそ小さいがダンス・ミュージックがかかっていた。

 

「ゲームセンターと言うより、まるでディスコクラブみたいですね」

「この賑やかな雰囲気が御客さんを安心させるのよ。

 ゲームセンターの悪いイメージを払拭すると言う意味でも、有意義な変化だと思うわ」

 

 閉じられた、薄汚れた一部のマニア達だけの空間。

 一般客を取り込みZEROに興味を持たせる為には、改革が必要不可欠だった。

 偏見を持つ者達の意識を変える。

 月山新二はその目的を果たすべく様々な取り組みを進めていた。

 

「貴方の国にもディスコがあったの?」

「テレビで見た程度ですけど……

 私の故郷は田舎で、家の周りには草原しかありませんでしたから」

 

 都会に憧れながら日々を過ごしていた美子にとって、東京は魅力的な街だった。

 多くの人々が行き交い、街全体が活気に溢れている。

 天武日本の中枢と言える場所でZEROをプレイする事が出来るのは望外の喜びだった。

 

「あかりさん、この方が例の?」

「総理大臣のお墨付きで腕は確かだそうよ。

 この間の大会でベスト8まで駒を進めた。

 その功績が認められて特別名誉国民の称号を貰ったんですって」

 

 奥から歩いてきた青年が、美子に対して軽く頭を下げる。

 紺色のスーツにサングラスと言う風貌だったが、その顔は優しそうに見えた。

「初めまして、電脳皇帝で店員及びZEROの指導員を務めている鏑木(かぶらぎ)修吾(しゅうご)と申します。

 50名程の生徒に指導を行い、全国大会で優秀な成績を収められる様な人材を育成しようと考えている所です」

 店内には修吾の他にも数名のスタッフが常駐しており、生徒の練習を見守っている。

 

 日曜日と言う事もあり50名全員がゲームセンターに集まっていた。

「私達は貴方の様な優秀なプレイヤーの来店を待っていました。

 全米大会で結果を出したプレイヤーにこの店の講師を務めてもらえれば鬼に金棒です」

 美子も事前に火村あかりからその話を聞いており、自主練の時間を設けると言う条件付きで受諾する。

 だが、誰かに教えると言う経験が皆無である美子は引き受けたものの不安を感じていた。

 

「私はZEROプレイヤーですが誰かに私が経験してきた事を教えると言うのは初めてなんです。

 上手くやれる様になるまで時間がかかるかもしれませんが、それでも宜しいんですか?」

 

「俺も同じ様なものですよ。

 この店の店員になるまでは色々教えてもらっていましたから。

 最初から教える事が上手な教師なんてなかなかいません。

 皆で一緒に強くなっていきましょう。

 新しいスタートラインに立ったと思ってください」

 

 見るもの、やる事全てが新鮮で驚きに満ちている。

 自分にはそこで一歩を踏み出す勇気が必要なのだ。

 美子はそう思った。

 

「解りました。

 私も勉強しながら、精一杯与えられた仕事を務めさせて頂きます」

 美子の言葉に感激した修吾は、思わず彼女の手を両手で掴み強く揺さぶる。

 

「有難うございます。

 一緒にこの電脳皇帝を盛り上げていきましょう。

 更衣室は奥のスタッフルームに併設されているので、そこで着替えを行ってください」

 遠くに見える扉を指差し、早速仕事をさせようとする修吾。

 美子もこの環境に慣れたいと言う思いがあった為、すぐに更衣室へと向かった。

 

 指導員『瀬川(せがわ)美奈子(みなこ)』としての初仕事。

 完璧な日本語で対応し、指導を受けた50名全員が彼女を天武日本人だと勘違いする程だった。

 

「私は元信国人ですが、ZEROを愛しプレイする事に国や民族は関係無いと思っています。

 ですが、心の奥に『自国の誇り』を持つ事はとても大切な事です。

 自分の国を背負って立ち、『誰にも負けたくない』と言う反骨心を育む事が出来るかどうか。

 世界で戦うと言うのはそういう事です。

 皆さんもそういった意識を持って戦ってください」

 

 的確なアドバイスと気高い理想。

 彼女は瞬く間に全生徒から尊敬の眼差しを向けられる存在となる。

 彼女に教えてもらえれば絶対強くなれる。

 そう言い出す生徒が続出する程だった。

 

「いやぁ、綺麗な女性と言う事もあるんでしょうけどいきなり人気ナンバーワンの講師になるとは……

 信国人でここまでやれる人、初めて見ましたよ」

 

「国籍は関係無いと言うけれど、粗暴でカッとなり易い人が凄く多いって言うのが信国人の特徴よね。

 でも彼女は違う。

 学歴は無いかもしれないけど、知的で冷静。

 リーダーシップも取れる。

 特別名誉国民と言う称号に恥じない、立派な態度を見せていると思うわ」

 

 天武日本国で生きると言う事は、存在する『差別』との戦いを生き抜くと言う事でもある。

 美子はその優れた知性と振る舞いによって色眼鏡で彼女を見る者達を黙らせ、自分の力で差別に立ち向かっていた。

 

 (私は祖国の代表としてこの国の人達から称賛される存在で無ければならない。

 魔の全国大会以降、この国の人達の信国人に対する不信感はどんどん増していると聞く。

 だからこそ、私は模範的な振る舞いを見せなければ。

 祖国の名誉を挽回する為にも)

 

 彼女は天武日本国から見れば自国の人間とそう変わらない人間に見えるが、信国から見れば『突然変異体』扱いを受ける側の人間だ。

 相手を憎む事も恨む事もせず、ただ前を見て懸命に生きる。

 そんな人間だからこそ、信虎は彼女を天武日本国に招き入れたのだろう。

 

「落ちる所まで落ちた信国のイメージを、回復させる事が出来ればいいわね」

「彼女なら、同時にそれもきっと成し遂げてくれますよ。

 シンも彼女の事を気に入って可愛がるハズです。

 これからもっと良くなっていくでしょう」

 美子は楨勳が死んだ事も知らなかった為、彼も自分に期待しているだろうと信じていた。

 

 (楨、元気にしてる?

 何時か貴方の所まで、私達の祖国の良い評判が流れてくるといいわね。

 ……ううん、私が広めてみせる。

 この国に巣食う差別を無くして、信国人と天武日本人の友好を築く為にも私が頑張らなくちゃ)

 

 彼女は人一倍責任感が強かった為、自分が祖国の象徴になるべきだと考えていた。

 誇りを胸に、気高く生きる民族。

 それが真実であるかどうかは別として、彼女自信は眩い輝きを放っていた。

 

 信国の生き残り44名を1つの国とするならば、その王は間違いなく黄崎明だった。

 邪魔者である金原と腹心の様に扱っていた幸田が死んだ事により、王座はより盤石なものとなる。

 5名が死んだ事件に関してその背後に黄崎がいたワケでは無い。

 だが『黄崎が黒幕である』と言う噂が瞬く間に広まり、彼に逆らおうとする者もいなくなった。

 

「俺にしてみれば、厄介な奴が全員いなくなってくれて有難い事この上ない。

 特に瀬川は頭も顔も良かったから、新たなリーダーとして担ぎ上げようとする奴等もいたと聞く。

 そして彼女は天武日本国に『閉じ込められた』。

 俺の1人勝ちと言う事だな」

 

 王の部屋と化した自室は豪華な家具や装飾品で溢れ、光り輝いている。

 椅子に座り裸の女性達から怒張した肉棒を愛撫され、快楽と権力を独り占めにしていた。

「貴方様こそが私達の支配者であり、弱き私達を救ってくださる後ろ盾です」

「私達を守ってください。

 私達も貴方への奉仕でそれに報いるつもりです」

 

 女性達を自分の部下とし、金を集めてくる『働き蟻』に仕立て上げた黄崎。

 彼もまた美子と同じ『異端者』だった。

 彼にとって大事なのは憎しみでも恨みでも無く、己の快楽と金だけだったのだ。

 

 (瀬川……

 もう二度と会う事は無いだろうが、一度その身体を味わってみたかった。

 あの均整の取れた美しい裸体。

 俺が幸田に負けた部分があるとすれば、その1つが挙げられる。

 心残りだ。実に惜しい。

 今俺の周りにいる女達の誰よりも優れていたからな)

 

 自分の上に座り喘ぎ声を発する女性達を見つめながら、彼はそんな事を考えていた。

 

 瀬川美奈子と黄崎明。

 2人の男女は立場こそ違えど、己の能力を駆使して幸福を掴み取った。

 信国人に対する風当たりが強くなろうとも、彼等ならば自分達の力で乗り越えていける。

 国家は脆くも崩れ去ったが、天才はその国家から生まれ巣立っていくのだ。

 2人の幸福な生活が続くかどうかは、彼等の行動によって決まっていくだろう。

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