ココで多くのキャラクターが増えて、この物語の核が僅かに見えてきます。
平和な世界の裏で起こる謀、それに巻き込まれていく主人公達。
それを感じながら読んでくだされば幸いです。
降り続ける雨が、俺と俺の眼前に立つ女の身体を濡らしている。
屋敷のエントランスから突然飛ばされ、辿り着いた場所はどうやら奴等の棲んでいる密林地帯の様だった。
「あらら、雨かぁ。私の能力だとこの天候は不利なんだけどなぁ。
でも、生き残る為には頑張るしか無いわよね」
屈託無く笑う女の姿を見て、既に俺は湧き上がる殺意を抑える事が出来なくなっていた。
「テメェがヴァルーの屑共に加担してるって言う『炎の女神』か。
神だろうが何だろうが獣の味方をする奴は全員潰す」
常に手にはめている黒の皮手袋を外すと、何時もの様に俺の右手が水色の光を発し始める。
「私も、負けるワケにはいかないのよ。
私が勝って、ヴァルーの民達を全て生き返らせる。
スカイロンの兵士達は減ったままなんだから、今度は相討ちにはならないわ。
彼等を絶対に勝たせてあげたいの」
ゴッドヤードの神が相手だとしても、俺には一撃必殺を可能にするこの右手がある。
触れた瞬間に相手の肉体を細胞レベルで吹き飛ばす強力な魔法がかけられたこの『滅の右手』で奴に触れさえすれば、俺の勝ちだ。
だが勿論、相手も馬鹿では無い。
光る右手に対して警戒し、俺を近付けまいとしてくるだろう。
スピードに関しては負けるつもりは無かった。
相手の攻撃をどう回避するかも戦いの結果に大きく関わってくる事になるだろう。
「いくわよ!」
女は両手から大量の火の玉を発射してきた。
木々に燃え移り煙を発生させる。
煙幕で身体を隠し、俺に致命の一撃を与えてくるつもりなのは明らかだった。
「チッ、妙な策を巡らしやがって」
その炎に当たってしまうのも不味い。
出鱈目に飛んでくる様に見える火の玉も、その内の幾つかは確実に俺を狙ってきている。
相手に目視確認されぬ様、俺は木々の間をすり抜ける様に走り、奴の姿を探した。
(畜生!飛んできている以上奴との距離が解るハズなんだが、それも解らねぇ様にされてやがる)
必死に辺りを見回し、ようやく俺は女の姿を捉えた。
ゴッドヤードの神は空を自在に飛ぶ事が出来る。
俺には飛行能力は無いが、跳躍力に関しては負けないつもりだった。
「いたわね!一気に片付けてあげる!」
女が両手を重ね、柱の様な炎をぶつけてくる。
俺は跳躍でそれを回避すると、相手の背中に抱き付いた。
「ゲームセットだ」
背中に右手が触れ、一瞬で女の身体が弾け飛ぶ。
だがその刹那、女は全身を発火させて俺の全身を炎で包み込んだ。
「ぐああああ……」
火傷が全身に回り、意識が遠のく。
凄まじい熱さと痛みで俺は意識を失った。
意識が戻ると、俺はエントランスに戻っていた。
思わず身体を触るが、何処にも火傷の跡は無い。
恐らく相手に勝つと、勝った人間の傷は消えるのだろう。
そしてそこには俺を含めて8人しか残っていなかった。
ヴァルーの獣や鬼、機械兵器の姿が見える。
だが、クルミの姿は何処にもなかった。
恐らく、今残っている奴等の内の何者かに負けて死んだのだろう。
(フン、仕方がねぇさ……運が悪かっただけの事。
悪いが、お前を生き返らせる分の願いは無ぇんでな)
叶えてもらえる願いはたった1つ。それならば、俺の願いは決まっていた。
この世から、ヴァルーの獣を一掃し、スカイロンの地上の土地とする事。
空中都市として栄えてきたスカイロンが地上の資源を得る事で、神をも恐れぬ力を持った国となる。
己の国の繁栄を願う俺としては、その夢を実現させる事こそが悲願だった。
「約束する、必ずお前達を助けるから待っていてくれ!」
ヴァルーの獣が醜い吼え声を出す。
俺は今すぐにでもその声を断末魔に変えてやりたかったが、何とか堪えた。
俺が優勝すれば薄汚い獣達はこの世から消滅する。全てが終わるのだ。
天界人とゴミが長きに渡って続けていた戦いに終止符が打たれる。
俺は壁にもたれかかり、『次』が来るのをただ待つ事にした。
そしてその時はすぐに訪れる事だろう。
紅白戦の余韻がまだ残る7月上旬。柏糸涼介は自宅にいた。
もともと頭が良く、吸収力がある彼は勉強こそ出来るがその時間はそこまで長くは無い。
授業中でも教師に隠れて他の問題をノートに書き、完璧にその内容を理解し、次に繋げる。
放課後すぐに塾に向かいそこでの勉強は2時間。家で勉強をする事は殆ど無い。
日曜日にエターナルナイトに入り浸っていてもテストでは学年でトップ10に入る程の優秀な頭脳を誇っていた。
『最近の調子はどうですか?』
自室でノートPCの電源を入れ、インターネットブラウザを開いた後あるサイトに出向く。
『王者の部屋』と呼ばれるこのサイトから入れるチャットに参加するには特定の条件があり、彼はそれを満たしていた。
その条件とは『都道府県認定ZEROゲーマー』である事。
このチャットは各都道府県の認定ZEROゲーマーが情報を交換し合う為に設置されたものだった。
『悪くは無いですよ。
SOLREYさんは千葉県認定ZEROゲーマーでしたよね?』
涼介に話しかけてきたのは古都府認定ZEROゲーマーの天邪鬼(あまのじゃく)だった。
ゲーマーの中には本名では無く、リングネームと呼ばれる別の名前を用いる者もいる。
本名が知れ渡っている場合は相手がどういう人間だが解るのだが、涼介はまだこの人物の事をよく知りはしなかった。
『私達は認定ZEROゲーマーのみで構成された『ギルドZERO』と言うチームを立ち上げました。
貴方達にはウチのチームのメンバーと是非戦ってもらいたいんです。
出来れば、あの氷室零さんとも手合わせしてみたいですね』
千葉県認定ZEROゲーマー=柏糸涼介である事は、雑誌『闘戦興(とうせんきょう)』でも周知の事実となっている。
そして氷室零も雑誌で何度も取り上げられ、ゲーマーの間では知らぬ者はいない程知名度が上がっていた。
『場所やルールはどうするんですか?』
『場所に関しては四国出身の方も参加されるので、古都府で行いたいと思っています。
既にこの企画に賛同している方が私を含めて相当数おりますので、貴方を含めて7名を連れてきてもらえないでしょうか』
(7名……微妙な数字だな。あと2名をどうするかって所かなぁ)
『ルールは単純に1名に対して1名ずつ。
どれだけ自分達のチームメンバーが勝利するかで勝敗を決めましょう。
氷室零さんと私で最後に一騎打ちをしてみたいと思っています』
チャットに参加していた『マリン香川』と言う名前から、涼介は香川県認定ZEROゲーマーの海野亜津子(うんのあつこ)がメンバーの中にいるのだろうと思った。
彼女は決勝トーナメント進出の経験こそ無いものの、全国大会の予選で突破寸前だった事が2回もある凄腕プレイヤーとして知られている。
『解りました。細かい日程はお互いに検討するとして、僕は参加者を募ろうと思います』
中学3年生の彼はこの秋古都府への修学旅行へ行く事になっていたが、他の生徒より早く古都に出向く事になりそうだった。
柏市のゲームセンターで、雨宮比呂子は狩谷優のアドバイスを受けながら野試合をこなしていた。
「そうだ、落ち着いていけ。
変に動揺したりしなければ、安定した強さを発揮する事が出来るだろう」
紅白戦の大活躍からさらに磨きがかかり、比呂子の強さは火村あかりに匹敵する程上がっていた。
井島豊でも今の彼女と戦って連勝する事は難しいだろう。
それだけ、狩谷の教え方が上手だと言う事でもある。
「やりましたよ、師匠!これで10連勝です」
「やはりお前に立ち回りを教えたのは正解だったな。
他の者には石ころに見えても磨けば光る、まさにダイヤの原石だった。
これだけやれれば充分だ。もう俺が教える事は何も無い。
これからは自分の足でしっかり歩いていくんだ」
彼女の背後にいた狩谷はそのまま店外へ出ていこうとした。
比呂子は慌てて後を追おうとする。
「勝手に行くなよ。俺と手合せしてもらうぜ」
だが対面の対戦相手が乱入してきた為、店を後にする狩谷を追いかける事が出来なかった。
(そ、そんな。いきなり私の前から姿を消してしまうなんて。
もっと教えてもらいたい事や、話したい事があったのに……)
この2か月以上の間、比呂子は狩谷と共にゲームセンターで修行を積んできた。
色々な苦難を乗り越え、手に入れた実力。
彼に感謝すると共に、比呂子は狩谷に対して淡い恋心を抱き始めていた。
(師匠。私は……)
恋心はあっても、比呂子は彼が自分の前から消えてしまった以上、探す事は不可能だった。
何しろ彼の情報が何一つ存在しないのだ。名前以外に解るものが何も無い。
顔すら長い前髪に隠されていたので、顔で探す事も出来なかった。
住んでいる所も交友関係も不明なのだ。
もう今から店を飛び出しても、見つける事は難しいだろう。比呂子は対戦相手と向き合い、バトルを開始した。
狩谷優は、昔ある人物にZEROを教えてもらった事で、今の実力を身につけた。
その人物は全国大会の決勝トーナメント出場も果たした程の腕前で、ゲームセンターで出会った時2人は相当若かった。
『そこじゃ無いでしょう攻め時は。
私が貴方をもっと強くしてあげる。決勝トーナメントに行ける位に』
結局彼が決勝トーナメント進出を果たす事は無かったが、彼女との出会いがきっかけで交際が始まり、今では結婚も視野に入れている。
にも関わらず彼が雨宮比呂子に近付いたのは、昔の自分に似たものを感じたからだった。
(勝てなくて、どうしても勝てなくて苛立ちと哀しみは増すばかり。
そんな時にアイツが俺に声をかけてくれた。
ただ闇雲に戦っていただけの俺に戦術を教えてくれた。
比呂子は……まるで昔の俺の様に涙を流していたんだ)
突然の別れを決意したのは、狩谷が彼女に対して好意を持っていたからこそだった。
彼女もまた綺麗な顔と心を持っていた。
これ以上彼女の隣にいたら、結婚を誓った相手がいるのに魅かれてしまいそうになる。
だからこそ、彼女の前から姿を消そうと思っていたのだった。
(だが、比呂子は氷室零と行動を共にするだろう。そうなればまた必然的に会う事になる)
それを最後のやり取りにしようと彼は決めていた。
彼女に道を示し、自分は彼女とは違う道を選び愛を誓った者と共に歩き出す。
その決意を固めようとしていた狩谷であったが、比呂子の笑顔がなかなか脳裏から離れてくれなかった。
「親善試合か」
梅雨明けも近付いてきた7月上旬。
日曜日と言う事もありクーラーの効いた店内では多くのプレイヤーが鎬を削っていた。
「うん。古都府でやりたいと向こうが言ってきたんだけど、どんな人が来るかはまだよく解ってないんだ。
リーダーの天邪鬼も素性が不明。
認定ZEROゲーマーだけで結成されたグループだから、強豪揃いである事は間違いないんだろうけど」
柏糸涼介は店内にいた井島豊に経緯を説明し、遠征のメンバーを募ろうとしていた。
「それで、7名を集めてこいって言われたんだろ」
「そう。僕と豊さん、あかりさん、比呂子さん、零さん。
この5名は入れるとして、後2名が問題なんだ」
遠征ともなると、軽い気持ちで助っ人は頼めない。
御母洋子の様に店の手伝いをしている者は尚更だ。
「ZERO絡みの対決なら、旅費は僕が担うよ。
まだ相当お金に余裕があるのは僕の所だけだと思うし」
軽はずみな発言に瞳は溜息をついた。確かに遺産は残っているとは言え、決してその金は無限では無いのだ。
「兄さん、皆の事を想うのは解るけどあんまり無茶は言わないでね。
こないだだって色々無駄に買い込んで……」
氷室瞳の腕前はメンバーによって鍛えられ、向上している。
元々零と同じ様に感覚を掴むのが上手なのか、数日前に柏糸涼介と対戦した時もかなり善戦していた。
「残り2人ねぇ……今一番伸びてるのは瞳ちゃんと久緒ちゃんじゃないかしら。
直近の対戦成績も決して悪くないもの」
「そうだね。瞳には参加してもらう事にしよう。
古都へ行くのも久しぶりだなぁ。瞳も楽しみだろう?」
「兄さんやあかりさんがそう言うのなら……ただ、あかりさん達に比べると実力は劣りますよ?」
不安げにそう言った瞳であったが、あかりは肩を叩いて瞳を励ました。
「大丈夫よ。私達がちゃんとフォローしてあげるから。ねぇ豊?」
「誰だって最初は素人だったんだし、瞳ちゃんは大分強くなってるよ。
ここでもっと強い人と対戦して、ここまで強いプレイヤーがいるんだって事を知っておくのは悪い事じゃねぇって」
そう言いながら豊は、今回の親善試合に『あの男』がいるであろう事を感じていた。
(都道府県認定ZEROゲーマーの中で最強の実力を持つであろう男……
俺も何度か取材で顔を合わせているが、直接対決になる可能性があるのは今回が初めてだろうな)
その男は、昨年のZERO全国大会で優勝し、ZEROのプレイヤーであれば知らない者などいない程の知名度を持っていた。
闘戦興では彼の専用のコーナーまで存在し、プロゲーマーとして格闘ゲームのテレビ番組に呼ばれる事すらある。
零を上回るかもしれない彼との再会を、豊は心の中で願っていた。
7月下旬。高校・中学共に夏休みに突入し、新幹線の中も沢山の人で溢れている。
この長い休みを利用して零達7名は東京から古都を目指し、新幹線『なおひ』に乗車していた。
「早めの予約で指定席が取れて良かったですね」
「自由席の方なんかココの混雑の比じゃ無かったもんな。
立ってでも乗り込んでくる奴が沢山いたみてぇだし」
家族で古都に向かう者や、一足先に思い出を作ろうと心の中に不安や期待を持って乗り込む女子高校生達……
古都府は観光においても特に人気が高く、何処の旅館もなかなか予約する事が出来ない。
「今回はギルドZEROの人達が現地でのサポートをしてくれるみたいですよ。
食事処とか旅館の手配も済ませてくれているらしいですから。そうですよね、涼介さん」
「そうみたい。僕も今パンフレットで確認してたんだけど、相当綺麗な所だよね」
古都府の旅行パンフレットで目立つ位置に記載されていた旅館『斑鳩』は、老舗旅館としては最高級だと言われている。
今回はギルドZEROのメンバーや零達がこの旅館に泊まる事になっていた。
「何時もはゲームセンターの中での閉じた世界だけど、たまにはこうやって外の世界へ飛び出してまだ見ぬ強豪と戦いに行くのも悪くないね」
幼少期は両親の影響で様々な所へ行く事が多かった零であったが、最近は県外に出る事すら殆ど無かった。
「俺も雑誌の取材ではあんまり古都府に行った事が無ぇんだよな。
中学の頃に修学旅行で行ったっけか」
「そうそう。あの頃はあの頃で、クラスメイトとの思い出作りに一生懸命だったわね。懐かしいわ」
心胸躍らせる一行を乗せて、新幹線は西へとひた走る。
目指す場所はどんどんと近くなっていった。
古都府は、織田信長が最初に天下を統一した時の居住区として知られている。
その後この場所を大切にしながらも首都を東京に移し現在に至っている為、絢爛豪華さと昔ながらの古き街並みが混じり合う都となった。
特に『新しさ』に関しては古都駅が代表的だ。最先端の表示板や未来的な装飾の数々が道行く者の目を引いて楽しませる。
零達は午前10時集合の予定だった為、10分前から『刻の灯』の前で待つ事にした。
「凄いですねこの時計。ちょっとしたイルミネーションって感じです」
「この時計の下にある柱が七色に変化するのが綺麗よね。
古都でも待ち合わせ場所として利用されてるみたい」
暫く待っていると、古都駅の入り口から数名の男女がやってきて零達と合流した。
「皆さん、初めまして。
私はギルドZEROのサブリーダー、海野(うんの)亜津子(あつこ)と申します。
この度は私達の我儘を聞き入れてくださり感謝しています。
その代わりと言っては何ですが、どうぞ古都と、私達との親善試合を楽しんでいってください」
ショートカットが良く似合う褐色肌の女性が零達と握手を交わした。
褐色肌とはいえ今回参加している西園久緒と比べれば多少日焼けしている程度でしか無い。
「へへ、雑誌で見るよりもずっと男前じゃんか。氷室零ってのはよ」
「俺達も皆さんと試合が出来る事を楽しみにしていたんですよ。
正々堂々戦って、お互いにベストを尽くしましょう」
その後ろに大柄な青年と、零と同じ様な雰囲気を纏った金髪の青年が立っていた。
(やはり来たか。東京都認定ZEROゲーマー、九龍(くりゅう)拓巳(たくみ)……!
2004年度全国大会の優勝者。
そして神奈川県認定ZEROゲーマーの日向(ひむかい)剛(つよし)。
2004年度全国大会の準優勝者のコンビだ)
九龍拓巳と日向剛は全国大会の前からライバル同士として知られていた。
ライバルであり親友でもあると言う間柄で、全国大会以外でも数々のタイトルを獲得している。
「はいはーい!ウチらの事を無視したらアカンでぇ。
大阪府認定ZEROゲーマーの双葉(ふたば)沙織(さおり)と」
「その姉で人気格闘ゲームアイドルの『ふたば』を一緒にやっとる双葉(ふたば)香織(かおり)や。宜しゅうな!」
狐の様な目をした双子の少女が前に出てきた。雰囲気も何となく狐に似ている。
ZEROは格闘ゲームであるが、その評判を広める為に『アイドル』を作り出そうとしている。
株式会社アークラインズが公式にアイドルとして認めているのが彼女達『ふたば』の2人組だ。
格闘ゲーム番組への出演やアークラインズ主導での芸能活動、歌手デビュー・イベントの展開と芸能人と同じ位人気を得ている。
つまりゲームソフトの『看板娘』としての役割を担っている為、プレイヤーとしての実力も相当高かった。
「……愛知県認定ZEROゲーマーの五十神(いそがみ)妖(あや)です。宜しく……」
金髪の2人組の横に、黒い髪を伸ばした影のある女性が立っていた。
その名前の通り妖しく光る赤い瞳を持っており、黒を基調としたゴスロリ風の衣装にロザリオと陰気な雰囲気が漂う。
目の色はレッドアイと呼ばれているコンタクトレンズで変えており、双葉姉妹も青色のコンタクトレンズを入れていた。
その男女の中に、見慣れた人物の姿を見つけ、比呂子は声をかけようとしたが拒否されている事が解り諦めた。
声をかけるなと言わんばかりの威圧感を感じた為そうする事が出来なかったのだ。
「そしてこちらは今回の親善試合の特別招待選手である狩谷(かりや)優(まさる)さん。
リーダーのたっての要望により、ギルドZERO側のメンバーとして参加してもらう事が決まりました」
夏だと言うのにニット帽を目深に被り、長く伸びた前髪のせいで顔もよく見えない。
怪訝な顔をして狩谷を見つめる零達だったが、豊と比呂子だけはその見つめ方が少し違っていた。
老舗は古都へ。新参は東京へ。
織田信虎総理が商業発展計画を推し進める前から、地方がそれぞれの役割を果たす『地方分担政策』は始まっていた。
大商いは堺。漁業は四国。
農業や畜産業は北海道とする様に、地方ごとに役割を分担し、プロフェッショナルとして責務を果たす事で日本全体を潤す。
それぞれの都道府県毎に『特色』を付ける事でアピールポイントも一本化する事が出来、外国から来た客を存分にもてなす事が出来る。
○○がしたければ○○へ行けと言う様に、1つの職業が集中する事で切磋琢磨し合い、向上を促す事にも繋がった。
そして、古都の『特色』は様々な老舗と神社仏閣によって形成されている。
最先端の技術や高層ビル等は東京で作られ、古き良き伝統は古都府によって守られていると言えよう。
「どうですか、古都の街並みは。
香川から来た私が言うのもなんですけど、風情があって良いでしょう」
先頭に立って零達を案内していた亜津子は、街を彩る色が大人しめである事を伝えた。
「カラフルと言うより、落ち着いた色ですよね。
この大通りを通っていると、とても懐かしい気持ちになるんです」
団子屋・煎餅屋・織物を売る店。
反物が軒先に並び、草履や籠など、千葉県ではまずお目にかかれない様な品が多く並んでいる。
「こりゃまさに伝統の街だな。
オーナー達へのお土産もどんなものにしようか迷う位だ」
暫く大通りを歩いていると、『西京』と書かれた看板の店があり、その店の前で一行は足を止めた。
「ここが、古都府のゲーマー御用達のゲームセンター、『サイキョー』です。行きましょう」
豊やあかりは顔を見合わせた。外から見るととてもゲームセンターには見えない質素な建物だ。
「古都の景観を損なわない様に、ゲームセンターはこの店の地下にあるんです。
防音構造になっているので喧騒は外に一切漏れ出しません。
ゲームセンターやキャバクラ等の施設は全て地下に店を構えています」
府の条例はかなり厳しく、こうしてカムフラージュする事で『最先端』は何とか古都でも生きていく事が出来る。
奥に入ると店先では見る事が出来ない位置にエレベーターが設置されており、そこから全員が地下へと降りていった。
ゲームセンターの中は地下で作られている為か非常に涼しく、エターナルナイトよりも遥かに広い。
静かな通りから突然騒がしい店内へと足を踏み入れた零達であったが、不思議と心が落ち着いた。
筐体から聞こえてくる聞き慣れた音楽がそうさせるのだろう。
「パンチングマシンにメダルゲーム、レースゲームに音ゲーか。
ラインナップだけなら遥かに上だな」
「格闘ゲームも相当充実しているじゃないか。
ZEROなんて筐体が20台も設置されている」
対面で10台ずつ設置されているので、一度に10試合を行う事が出来る。
エターナルナイトでは店舗大会でもここまで一度に試合を行う事は出来ないだろう。
「それにしても変ですね。私達以外のお客さんが1人もいませんよ」
比呂子の言う通り、これだけ広いゲームセンターであるにも関わらず、客の姿が見えない。
「今日だけ人払いをさせてもらいました。
人が多くて集中力が途切れるのはお互い嫌でしょう」
白い着物を纏った黒髪の女性が零達の前に姿を現した。
青と白の顔料を顔に塗っており、素顔が見えない。
「その顔は……?」
「これは古都の伝統芸能、歌舞伎で用いられている『隈取(くまどり)』と言うものです」
彼女の隈取は『鬼女(おにおんな)隈(くま)』と呼ばれるもので、その名の通り嫉妬に狂って鬼と化した女性役がするものだった。
「失礼、申し遅れました。私の名前は天邪鬼(あまのじゃく)。
ギルドZEROのリーダーとして、貴方がたに挑戦状を叩き付けた者です」
青い瞳が不気味な光を放っており、人を畏怖させる様な迫力を持っている。
(それにしても、彼女は誰なんだ……?
実力で言えば、九龍拓巳がリーダーを務めてもおかしくない。
彼以上の実力を持っているのか、それとも彼以上の人望がある為なのか……)
零は頭の中に浮かぶ記憶を探ったが、彼女が誰なのかどうしても解らなかった。
「今日は千葉県認定ZEROゲーマーである柏糸涼介さんや、最近闘戦興でも話題となっている氷室零さん。
編集員の井島豊さん等、千葉県から7名のプレイヤーを招き、私達と対戦してもらう事になりました」
海野亜津子が2つの箱を持ってきて、机の上に置く。その近くには数名の店員の姿があった。
「まずは、私以外のプレイヤーである海野亜津子、九龍拓巳、日向剛、双葉沙織、双葉香織、五十神妖、狩谷優の7名と戦ってもらいます。
1発勝負で多くの勝利を手にした陣営のリーダーが、私と戦う権利を得ると言う流れです」
天邪鬼は亜津子に命じ、2つの箱の中に手を入れさせた。
それぞれの箱の中から色違いのボールが出てくる。
「この箱の中には色が違う7個のボールが入っています。
赤色の箱は私達ギルドZEROのメンバー、そして青色の箱は関東組の皆さんの箱です。
1人ずつ前に出てボールを取ってもらい、同じ色のボールを取ったプレイヤー同士で対戦してもらう事になります」
その言葉に従ってそれぞれの陣営が1個ずつボールを取り、対戦の組み合わせが決定した。
氷室(ひむろ)零(れい) VS 九龍(くりゅう)拓巳(たくみ)
井島(いじま)豊(ゆたか)VS 日向(ひむかい)剛(つよし)
火村(ひむら)あかり VS 海野(うんの)亜津子(あつこ)
西園(にしぞの)久緒(ひさお) VS 双葉(ふたば)沙織(さおり)
柏糸(かしわいと)涼介(りょうすけ) VS 双葉(ふたば)香織(かおり)
雨宮(あめみや)比呂子(ひろこ) VS 狩谷(かりや)優(まさる)
氷室(ひむろ)瞳(ひとみ) VS 五十神(いそがみ)妖(あや)
「それでは全員、指定された筐体へと移動してください。
全ての試合を一度に行います」
天邪鬼と数名の店員が見守る中、親善試合が幕を開けた。
午前11時 氷室零VS九龍拓巳
氷室零が、絶対に戦ってみたかった相手だった。
「零さんと当たらなかったら、後で野試合でも何でも勝負しようと思ってたんですよ」
そして2004年度全国大会優勝者の拓巳もまた、どうしても戦ってみたかった相手だった。
日向剛との激闘の末に掴んだ、天武日本1億人のZEROプレイヤーの頂点。
本を出せば飛ぶ様に売れ、講演会を開けば傍聴席は満員になり、集まってくる女性の数も大幅に増えた。
それでも尚彼は現状に満足する事無く、強い相手を求め続けた。渇望していた。
名声も金も勿論彼にとって大事なもの。だが勝者として勝ち続ける事にも拘りを見せていた。
『千葉県に突如現れた新星!千葉県認定ZEROゲーマーの柏糸涼介に勝利』
その時点で僅か3か月しか筐体に触れた事が無かった男が、いきなり認定ZEROゲーマーを撃破する。
闘戦興の記事を読んでも、最初はとても信じる事が出来なかった。
しかし、エターナルナイトで行われた元千葉県認定ZEROゲーマーとの紅白戦でも勝利したと言う記事を読み、考えが変わった。
(コイツは本物だ。
生まれた時から、ZEROの申し子として勝ち続ける可能性のある男なんだ)
即座にギルドZEROのメンバーとして今回の親善試合への参加を決めた。
氷室零と戦い、勝利する事で自分が『王者』である事を周りの者に再認識させる。
その為に無理やり時間を割いて東京都から遠征してきたのだ。
「僕も貴方の様な『本物』と戦ってみたかった。
今年の全国大会で良い成績を残す為には、優勝者と戦って勝つ位の実力が無いといけないんですから」
お互いに実力は認めている。
後は、どちらが優れているかを試合の結果で示すだけだった。
キャラクター選択画面でお互いキャラクターを選び、『天空都市スカイロン』が2人の戦うフィールドとなる。
最先端の技術が結集された都市の大通りと言う設定になっており、背景では様々な店が軒を連ねていた。
「フガミヤシオか……このキャラクターを選ぶプレイヤーは多いからね。
対策は出来てるつもりだよ」
「そっちこそ、主人公を使ってるじゃないですか。
全てのキャラクターへの対処法は頭の中に入ってるんでね」
両者は睨み合い、戦闘が始まる。
『REAL DEATHGAME START!』
フガミヤシオは『滅の右手』を使って相手キャラクターを横方向に吹き飛ばし、そこからコンボを狙っていくタイプのキャラクターだ。
ヴォルフと比べると若干パワー寄りになっており、スピードはヴォルフの方が上になる。
とは言えシラノ等の完全なパワーキャラクターに比べれば、僅かな違いでしか無い。
(不用意には攻められないが、積極的に相手の跳躍に対して仕掛けていこう)
拓巳はジャンプから斜め下に攻撃する技を使い地上にいるヴォルフを押し込んでいく。
右端に到達してしまうとそのまま矢継ぎ早に攻撃を当てられてしまう危険性がある為、ヴォルフはガードを固めながらも反撃に転じた。
(まずはこちらのペース。
不味いと思ったら一旦距離を取るのも大事だ)
攻められている時に攻撃を受けたり投げを喰らう事を避ける為に通常技を連打する事を『暴れる』と表現する。
ヴォルフの『暴れ』が通った形となり、パンチ連打から上方向への蹴り、空中吹き飛ばしから起き攻めへと移行した。
勿論このまま相手の攻撃を許すわけにはいかず、ヤシオは衝撃波を使い距離を取る。
ここで無理に攻め込もうとするプレイヤーもいるが、拓巳は中距離を保ち再び読み合いをスタートさせた。
「流石に千葉県認定ZEROゲーマーに勝つ人だ。
1つ1つの動きが洗練されている」
拓巳は上空からの攻撃が通りにくい事を悟ると即座に地上戦へと切り替える。
床を蹴る様に走らせ、吹き飛ばし効果のあるダッシュパンチを繰り出した。
ヴォルフは咄嗟にガードしようとしたが間に合わず、攻撃をまともに喰らってしまう。
(吹き飛ばしの後の壁バウンド攻めが強力だ。
この1回が通っただけでHPバーの3分の1は持っていかれてしまう)
倒れた後の起き攻めは通らず、再び隙を見つけて殴るヴォルフ。
実力が拮抗しているだけの事はあり、勝負はシーソーゲームの様相を呈しつつあった。
午前11時 井島豊VS日向剛
よく見知った者同士の対戦カードであった。
「お手柔らかに頼みますよ豊さん。
ZEROプレイヤー歴はそちらの方が上ですからね」
日向剛は逆立った金髪と厳つい顔、公家の様な眉に口髭、2mの超大柄な身長と筋肉質な身体を持つ青年だった。
豊も顎鬚のせいで20歳には見えないが、日向剛は20歳であるにも関わらず30歳と言われても通用するだろう。
流石に20cm身長が違うと相手に与える威圧感もかなりのものがあった。
「剛君も来ると思ってたんだよね。
昨年のZERO準優勝者……でもやるからには勝ちに行くよ」
今まで何度も彼のホームである神奈川県のゲームセンターで戦っているが、結果はたまに勝つ程度であった。
取材を通して豊は彼の豪快な性格や漢気を感じ取っており、この2人もまたお互いを認め合っている仲だと言える。
キャラクター選択画面で2人がキャラクターを選び、フィールドは『古城の廊下』に決まった。
(日向剛の使うGU-DONは大柄で動きが遅い完全なパワータイプのキャラクターだ。
そのパワーはシラノを遥かに超える。
一発の投げでゲージの4割は持っていかれる程だからな)
日向剛と同じ様にGU-DONもまた高身長で、比べてみるとシラノの2倍程の大きさを持っている。
「リスクの高いキャラクターですよね。
攻撃範囲は広いけどダメージ判定も当然大きいワケですから。
そこをどう補っていくか……そこが俺の腕の見せ所になるんですけど」
お互いが距離を取った状態から、試合が始まる。
『REAL DEATHGAME START!』
動きが極端に遅いキャラクターには弱点が2つある。1つはクラムの様なスピードと手数で押してくるタイプ。
もう1つは長いリーチを誇り遠くから攻撃を仕掛けてくるタイプだ。
巨大な斧を振り回すシラノはまさにリーチの長さがあるキャラクターの為、苦戦は免れない。
「おっと、早速来ましたか」
ジャンプ中の斜め下に斧を振る攻撃や、両手で斧を横に振る攻撃を使い、相手を端へ端へと追い込んでいく。
しかしGU-DONも戦争の為に作られたロボットと言う設定上、状況を打開する為の武器は揃っていた。
「ちょっとでも隙を見せたら噛み付きますよ」
可動式の腕が細く伸びて鋭いカウンター攻撃を仕掛けてくる。
何とかガードしたが大きく後ろに弾かれ、背中から誘導式ミサイルが発射されシラノ目掛けて飛んできた。
(その巨体に見合った恩恵もあるからなぁ。迂闊には動けねぇか)
攻撃力だけでは無く、防御力も高い。
GU-DONはガードクラッシュしにくいと言う特性を持っているのだ。
移動こそ緩慢だが攻撃に関しては意外と素早い。ミサイルを避けながらどうやって近付くかがこの試合の鍵となる。
シラノはしっかり防御しつつ、隙を見計らって相手に近付いていく。
この勝負も長期戦になりそうだった。
午前11時 火村あかりVS海野亜津子
ギルドZEROサブリーダー、海野亜津子。
ギルドZERO陣営が勝利した場合は彼女がリーダーである天邪鬼に挑む事となる。
全国大会ではファイナリストの経験こそ無いものの、2回も四国予選突破寸前まで進む実力を見せ付けた。
その後天邪鬼に才能を見出され、現在は一癖も二癖もあるメンバーをまとめる補佐役を任されている。
「貴方に会うのは初めてですが、お強い方である事は解っています。
お互い最善を尽くして戦いましょう!」
「勿論よ。私は認定ZEROゲーマーじゃ無いから、挑戦者として精一杯やらせてもらうわ」
キャラクター選択画面でキャラクターを選び、バトルが始まる。
フィールドは『湿地帯』。
海野亜津子の使うキャラクター、マリン・ボルトアルファのホームと言う設定だ。
(マリンは泡と電撃を使うスピードキャラクター。
性能もサイファとよく似てるわね。
飛び道具が優秀だけど接近戦の方が得意。
何とかこっちのやり方を押し付けたい所だけど……)
『REAL DEATHGAME START!』
スピードに任せて相手を端に追い込んでいくのが得意な2人の対戦だけあって、内容は自然と派手なものになる。
まずはマリンが一方的に攻め立て、サイファも鉄壁の防御で応戦。
すかさずサイファが相手の攻撃モーション終了に合わせて割り込む形で反撃に転じ、近付いて投げを繰り出した。
(流石、豊さんと実力が互角と言うだけの事はある。
だけどリーダーの顔に泥を塗るワケにはいかない!)
そこからコンボに繋げたかったが失敗。
その隙をついて再度マリンが猛攻をかける。
攻めたもの勝ちと言う部分と、どちらのプレイヤーもとにかく突っ込んで攻撃を与えようとするので展開が速い。
「なかなか崩せないですね……」
サイファの防御を崩す事が出来ず、焦りも出てきていた亜津子であったが、溜め攻撃で横方向に吹き飛ばす事に成功した。
相手の防御や回避を崩す為には、リズムを変えながら攻める必要がある。
セオリー通りに攻めればカウンターを喰らう危険性も高まる為、テンポを遅らせたり早めたりする事で攻撃を当てていくのだ。
「ちょっと不味いわね」
このまま端で起き攻めを受け続けるのは得策では無いと判断したあかりは、衝撃波で仕切り直しを図る。
今度はあかりが上の取り合いを制し、空中攻撃を相手に当てた後炎を纏った拳でコンボへと繋げていった。
午前11時 西園久緒VS双葉沙織
「じゃあ、始めよか」
狐の様な細い眼をさらに細めた笑顔を見せながら、双葉沙織は西園久緒にそう呼びかけた。
久緒は目の前の人物がどれだけ強いか既に知っている。
大阪府認定ZEROゲーマー。
関西と言う猛者揃いの地域でその地位を獲得するのは愛嬌だけでは無理な話だ。
事前に対戦相手の可能性として全国の都道府県に散らばる認定ZEROゲーマーを調べていた時、最初に目についたのが彼女だった。
全国大会の予選突破の経験こそ無いものの、関西で開催される大規模な店舗大会で何度も優勝しており、実力は申し分無い。
さらに元認定ZEROゲーマーとの肩書を賭けた戦いでも、僅か13試合で決着を付けてしまう程ずば抜けた腕を持っている。
彼女と戦って勝つ事が出来れば、失われた己のプライドが取り戻せる様な気がしていた。
(NEWSZEROの皆、待っててくれ。
勝利の土産話を必ず持って帰ってくるからよ)
気合を入れ、画面を凝視する。
これ程の強い対戦相手になると一発勝負で自分の実力を最大限に引き出すしか勝つ方法は無い。
「そんな気ィ張らんでもええんやで。
もっと気楽にいこうや。命まで取られるワケや無いんやから」
一方、そんな久緒の決意に満ちた表情を見ても沙織は冷静だった。
格闘ゲームにおいてメンタルの強さと言うのはとても大事な要素である。
マイナスなイメージが頭をよぎってしまい負ける事も決して珍しい事では無いのだ。
『REAL DEATHGAME START!』
密林のフィールドで、バウンティ・チーズラットとD・KINGの戦いが始まった。
ネズミの獣人であるバウンティはスピードに秀でたキャラクターだ。
その速さはクラムに匹敵する。
D・KINGも『魔獣変身』の状態であればバウンティを抜き去る程のスピードを持つ為、いかに相手を捉えるかが勝敗の鍵を握っていた。
「へぇ。立ち上がりはしっかりしとるやん。
流石に零はんが連れてきただけの事はあるわ」
バウンティに攻撃のチャンスを与えない堅い立ち回りに対して、沙織は素直に賛辞を送った。
久緒の方も反撃の機会を伺うが、何も考えずに突っ込むとカウンターを喰らってしまう為迂闊には動けない。
(ここまで速いキャラ相手に空中戦を仕掛けるのは分が悪ぃ。
地面から突き上げる感じで狙っていく)
足を伸ばすダッシュからのスライディングは、相手が地上にいればコンボに繋げる事が出来る。
だが、相手が飛び上がって攻めれば当然ただ攻撃を喰らってしまうだけ。
見極めが重要だ。
「ここだ!」
だがバウンティはしっかりガードを固めて攻撃を防ぎ、相手が次の攻撃に移る間に攻め立てる。
「悪くは無いんやけど、ちょっと攻撃が単調過ぎるかなぁ。
もっと相手が驚く様な事をせんと」
バウンティの攻撃をこれ以上受けたくは無いD・KINGが衝撃波を放ち、バウンティを端に吹き飛ばす。
すかさず攻めに転じようとしたが、衝撃波を返され再び画面端へと追い込まれた。
(クッ、俺とコイツ……何が違うってんだ?
基礎から応用まで一通りの事は覚えたってのに!)
久緒はあの頃の一人だった自分とは違う自分を認識していた。
この試合での負けは自分の負けでは無い。
今の自分には背負っている物がある。
自分を励まし送り出してくれた仲間がいる。
『西園。古都の遠征、頑張ってこいよ。
皆、お前が勝つって信じてるからな』
中澤・柊・万場……信じて彼女を送り出してくれた者達の為にも、意地でも負けられない。
「畜生、舐めんなよッ!!」
一方的になりそうだった流れを何とか自分のもとへ手繰り寄せなければならない。
火村あかりとの確執から始まった彼女の戦いは今も続いていた。
午前11時 柏糸涼介VS双葉香織
双葉香織にとって、柏糸涼介は『格上』の存在であり、自分は『沙織の姉』でしか無かった。
姉妹の関係であれば沙織は自分の言う事に耳を傾けてくれる。
寧ろ自分が主導権を握る立場であった。
だがZEROゲーマーとしての実力は沙織の方が遥かに上だった。
戦績は店舗大会準優勝1回のみ。
大阪府認定ZEROゲーマーの沙織と一緒に『ふたば』を結成。
だが同格の実力では無い。
アイドルゲーマーとして客との触れ合いを担当するのが香織。
実力を発揮するのが沙織と言う状況だった。
(……そんな自分からの、卒業や)
我儘な望みである事は自分でも承知していた。
それでも、過去に自分が受けた『痛み』を克服する為には、強い存在であらねばならないと言う自負心がある。
その痛みを知らずに生きている妹よりも強くなって、心から沙織に尊敬される様な姉でありたい。
「宜しくお願いします」
その為の晴れ舞台の相手として、柏糸涼介はおあつらえ向きだ。
千葉県認定ZEROゲーマー。
つまり妹と同じ都道府県認定ZEROゲーマーに勝てば、自分の株も上がるだろう。
とにかく相手に勝ちたい。
その思いだけが彼女の頭の中を駆け巡っていた。
『REAL DEATHGAME START!』
妹と同じ密林ステージ。
カルニャー・ジャングルボーンは刃付きのブーメランと言う特殊な武器を持っているキャラクターだった。
ブーメランは炎や水の様にただ飛んでいくだけでは無く、戻ってくる。
戻ってきた時にも判定があるが飛ばした時の攻撃力の方が高い。
相手に与えるダメージよりも、相手をその場所に釘付けにする事で戦況を有利に進められると言う効果の方が有益だった。
「それじゃあ、僕から行きますよ!」
序盤から積極的に攻めるのはクラムの方だった。
カルニャーも移動速度は速い方だが、クラムほどでは無い。
コンボを繋げ易いクラム側としては、少ないダメージをいかに蓄積させていくかがポイントとなる。
(ココで押されると相手の勢いに呑まれてまう。
負けるワケにはいかんのや)
中央付近でバックステップや小ジャンプを使い、攻撃のタイミングを伺う。
牽制代わりにブーメランを投げたものの、クラムはそれを飛び越え、懐に潜り込んだ。
「迂闊に動くと手痛いダメージになりますよ」
戻ってきたブーメランを回避しながらコンボを繋げていく。
連続攻撃すればする程一発あたりのダメージは少なくなっていくので、ワザと落として起き攻めを開始した。
香織は斜め上方向への引っ掻き攻撃で暴れて怒涛の攻めから抜け出すと、反撃に転じようとする。
だが涼介も慣れたもので、危険を察知すると端に追い詰めていたのを良い事に素早く後方へ退がって窮地を脱した。
(クッ……あらゆる局面でのセオリーを守りつつそれを徹底する事が出来る応用力。
認定ZEROゲーマー相手にウチが勝つんは厳しいんか……
とにかく、相手の攻撃に備えな)
クラムが再び素早い動きに任せて攻め込んでくる。
カルニャーも上を取る為に跳躍して迎え撃った。
何とか上を取る事に成功したカルニャーがチャンスとばかりに連続攻撃を叩き込む。
涼介は衝撃波を使い相手を端へ飛ばすと、今度は走って相手の足元からガードを崩し攻撃を与えていった。
午前11時 雨宮比呂子VS狩谷優
氷室零と九龍拓巳の対戦が2人にとって理想の対戦カードであったとするならば、この2人の対戦カードはその逆であった。
雨宮比呂子としては自分の師匠であった人物と初対面を装って戦わなければならない事が苦痛であったし、狩谷優にとってもそれは同じであった。
自分が彼女の面倒を見ており、若干彼女の事を意識してしまっている事は絶対に気取られるワケにはいかない。
「じゃあ、始めようか。宜しく頼む」
自分を支え励ましてくれた男の事務的な態度に、比呂子は憂鬱な気持ちのままキャラクター選択画面を凝視していた。
(どうして師匠は、私と師匠が師弟関係にある事を頑なに隠そうとするんだろう。
何か事情がある事は解るんだけど……)
対戦自体も気落ちする内容だった。
自分の手の内は全て知られているし、実力は当然狩谷の方が上。
まともに戦って勝てる相手では無い。
それでも、自分の成長を示す為に比呂子は勝たなければと思った。
(例え赤の他人としてお互いが振舞っていたとしても、私は出来る事なら師匠に勝ちたい)
「はいッ、宜しくお願いします!」
変に気合を込めたせいなのか、比呂子の声は何処かぎこちなかった。
(比呂子の奴、隠し事が出来る様なタイプじゃ無ぇな。
早く終わらせて彼女から距離を取らないと不味い事になりそうだ)
天邪鬼の冷たい視線を感じながら、狩谷は比呂子との対戦を開始した。
彼の操るグリズリー・ビッグバロンは身体が大きく、当たり判定が大きいうえに動きも鈍い。
アイスノーの様な投げの威力が強いワケでも無い。
だが『覇気』の様な強い攻撃力を伴った衝撃波攻撃や、打撃技の威力の高さがある為アメジストとて油断は出来ない。
(飛び道具で近付かせない様にしないと……
私の使うアメジストは移動スピードはそんなに高くない。
接近させない様にする事が重要。
先輩のサイファみたいなインファイターだとまたちょっと戦い方が変わってくる)
雨雲の設置場所、鉄砲水を飛ばすタイミング。
この2つが重要な要素となり、お互いの読み合いが加速していく。
(アイツもこの数ヶ月で成長した。
だが、俺が成長させたんだ。どう攻めてくるかは承知している)
雨雲から降ってくる雨や鉄砲水をガードしながら、アメジストを徐々に端へ端へと追い込んでいく。
(追い込まれるのはしょうがない。解っていた事。
問題は相手の攻撃を避けて如何にまた離れるか)
エリアの左端から右端の方へと逃げる為、ジャンプで相手を飛び越えなければならない。
ガードをし続けていたとしても、グリズリーの体力はゆっくりと確実に減ってきている。
「時間切れで負けるワケにはいかねぇんでな」
ジャンプ中に鉄砲水をガードで受け止め、そのままアメジストの真横に着地する。
「不味い……」
比呂子は即ジャンプでグリズリーを飛び越そうとしたがその前にグリズリーが覇気を放ち、アメジストを地面に叩き付けた。
一旦攻撃が止んでしまい、アメジストに起き攻めする事が可能になると形勢は一気に逆転する。
相手の起き上がりに対して的確に拳や蹴りを当て、衝撃波を出す事も出来ない。
(グリズリーの恐怖は一発一発に吹き飛ばし判定が付く事。端で固められると脱出しにくい)
何とか衝撃波を使いグリズリーの猛攻から逃れる事に成功した。
だがアメジストの体力は4分の1程度まで減ってしまっている。
「さぁて、もう1度近付くか」
離されてしまってもやる事は変わらない。
それは狩谷も比呂子もよく理解していた。
だが戦術を理解していても実力の差は埋まらない。
付け焼刃の技術では本物に対抗出来ない事は解り切っていた。
それでも比呂子はあの紅白戦の事を思い出し、自分を奮い立たせる。
(私達と一緒に、もっと上に行きましょう)
火村あかりの為にも、NEWSZEROのメンバーの為にも負けたくない。
今までの弱いだけの自分との違いを示す為にも負けるワケにはいかない。
惨めな過去とさよならする為に、比呂子はしっかりとレバーを握り締めた。