もし天国で何も成す事が出来ないのならそうなるよなと言う
私の想像です。この世に最早何の影響も与えられないと言うのは
承認欲求の強い人間だと苦痛でしかないでしょうからね。
【天国 井島豊の居住スペース 現世では西暦2011年1月】
肉と肉が打ち付け合う様な音、淫らな喘ぎ声。
白い部屋の中に、数名の男がおり1人の女性を犯していた。
「むぐッ、うふ……
ふむぅぅぅぅ」
「もっと舌を使ってくれよ。
そうそう、上手いじゃねぇか」
「マンコの具合も最高だ。
こんなに俺のを興奮させるとはなぁ」
女性は長い金色の髪を引っ張られ、男の腰に両手を添えながらフェラチオを行っている。
2人の男が勃起させた肉棒を近付けると、彼女は右手と左手を使って処理を始めた。
「ゾクゾクするぜ……
こんな上玉と毎日の様にセックス出来るなんて夢の様だ」
膣には熱を帯びた肉棒が根元まで埋まっており、激しい出し入れが繰り返されている。
絹の様に滑らかな肌、ほつれの無い艶やかな髪、スレンダーな体型、整った顔立ち……
男達にしてみれば、その全てが自分達を欲情させる要素であり何回相手をしても飽きる事が無かった。
「あうッ、へええぇぇ……
もっと激しく突いて。
全部忘れたいの」
眼前にいる男の股間に舌を這わせながら、彼女は夢の中を彷徨っているかの様な表情をしている。
「ああ、サイコーに気持ち良いセックスで忘れさせてやるよ」
挿入していた男は彼女の腰に両手を置き、何度も奥へと肉棒を叩き付けた。
その度に先端が子宮の入り口に触れ、『キス』が行われる事により快楽を提供する。
「凄いの、私の中でビクビクしてるの……
一滴残らず、全部頂戴」
「勿論、アンタが望むなら全て膣内に注ぎ込んでやるよ」
他の男達も彼女にさらなる奉仕を要求し、彼女はそれを嫌がる事無く受け入れた。
「うむうふッふッ……
うむ、うむぅ」
「あー、お前のフェラ最高。
喉使われたら簡単に出ちまうって」
「気を抜かずにこっちにも力を使えよな。
俺だって射精したいんだ」
4人の男の相手をたった1人で引き受け、快楽の海に溺れる。
それは彼女自身が望んだ事であり、男達も彼女との性行為を存分に満喫していた。
「ラストスパートだ。
派手にいくぞ」
ぱんぱんと鳴っていた淫らな音が、どんどんそのスピードを増していく。
手で扱かれていた男達が果実の様に垂れている胸に手を伸ばし、鷲掴みにした。
「ふうふ、うふ、うふぅぅぅぅ!!」
相手を絶頂に導く為、あらゆる手を尽くして快感を与えていく。
亀頭部分を優しく喉で包み込みながら、舌が肉棒の側面に絡み付いた。
剥けた2本の肉槍が、細い指によって扱かれる。
彼女を犯していた女性はその蜜壺の快楽に耐え切れず弾けた。
「ああッ、あッ……
やべぇ、何時もより出てるかも」
殆ど同じタイミングで、肉棒の先端から白濁液が噴射され彼女の顔や髪を汚していく。
そこから一瞬遅れて、口の中でフェラチオをさせていた男の欲望が放たれた。
「いやぁ、こんなに興奮するとは思わなかった……
毎日毎日動物みたいにセックスしてるってのに」
粘り気のある白い液体が、彼女の口からだらりと流れ落ちる。
膣の最奥で激しく脈動を続けていた肉棒は、やがて硬度を失い穴から抜けた。
「ハァ、ハァ……
生きている間は、こんな美人にしてもらえる事なんて無かったからな。
風俗に行ったってこんな上玉に出会う事は無ぇだろ」
彼女の口の中に残っていた精液の感覚がスッと消えていく。
それと同時に、髪や顔にかかっていた精液が煙の様に霞んで消滅した。
「ホント、天国に勝るモノはこの世には無いな。
おまけに膣に出した精液を掻き出す必要が無いってのも嬉しいねぇ」
彼女は売女(ばいた)の様に扱われていたが、寧ろ彼女にとってはその方が幸せだった。
丁寧に、傷付けぬ様に、腫れ物に触るかの様に扱われると昔の自分が蘇ってしまう。
生前、彼女に気安く触れる人間など誰もいなかった。
彼女に触れる権利を持つ男でさえ、子作りの為の性交以外で触れた事は一度も無い。
美しいが、棘がある故に女扱いされない薔薇。
彼女は心の奥底でその屈辱を味わっていた。
「じゃあ交代だ。
今度は誰がマンコに入れる?」
「俺がやる。
手でしてもらう程度じゃ満足出来ねぇよ」
疲れたのか、彼女の膣内に欲望を吐き出した男は椅子に座って背もたれによりかかる。
3人は彼女をベッドへ連れていき、仰向けの状態にさせた後繋がった。
「心配すんな。
時間はたっぷり無限にある。
セックスをし続けていようが誰に咎められる事も無ぇ。
毎日がパーティだ。
たまには別の奴を連れてきたりして楽しもうぜ」
男が変わったり、彼女と同じ様に壊れてしまった女性がこの場所に来て共に輪姦を行う事も珍しくは無い。
理性をかなぐり捨てて、男達と彼女は性行為に没頭していた。
「もっと腰を振っても良いのよ。
そう、とっても素敵……」
結合部付近が淫靡な音を立て、男が彼女の鼻先に膨張した欲望を近付ける。
「俺のを舐めてくれ。
おお……やっぱ先っぽが良いな。
アンタの舌、癖になりそうだ」
3人の男に攻められている女性の淫らな姿を見ているのも、良いものだと男は思った。
(正直、喉から手が出る程俺は彼女とのセックスを望んでいた……
綾小路巴。
死ぬ直前はその美貌に陰りが見えていたが、天国ではそんなもの関係が無い。
何時でも若くて肌に艶があった頃の姿に変われる。
どれだけ金を積んだとしても相手が出来ない女に膣内射精をするなんて夢の様だ)
彼女の美貌が最も輝いていた、20代半ば頃の見た目。
当然彼女も、男を相手にするのならば若い頃の姿で相手をしたいと考える。
彼女にとっても男達にとっても有益な関係が保たれていた。
『オチンチン、もっと頂戴。
私を滅茶苦茶にしてぇ』
『言われなくても、今やってるだろ。
そろそろ出すぞ』
自分が見た事の無い姿をした母親が、男達に犯されよがり狂っている。
『はあッ……
出てる、いっぱい出てる。
私の中でビクビクしてるのぉ』
『そっちも動いて、俺のを搾り取ろうとしてるぞ……』
魂を失ったかの様な目をした巴が、薄ら笑いを浮かべていた。
「御母様(おかあさま)」
桜華は自分でも、何故この光景を画面越しに眺めているのかよく解らなかった。
そして、心の中で渦巻いている感情も全く説明が出来ないものだった。
(御母様が下々の男達の慰み者になっている姿なんて、見たくなかった。
でも、私も豊との性交により黒い感情を無理やり塗り潰そうとしている……
私と御母様の何が違うと言うんですの?
この涙は一体)
頬に熱い涙が伝う。
どういった感情での涙なのか自分でも理解出来ない。
見たくないものが目の前にあるのは解っていた。
それでも、今自分が見ている『現実』を受け入れなければならないと思ったのだ。
「お前とお前の母親、どっちがより重いものを背負っていたと思う?」
豊が桜華にそう尋ねたが、桜華はその質問に答える事が出来なかった。
(御母様は、過去をもう思い出したくも無いおぞましいものとしか考えていない。
でも、私は……
私は少しだけ違う。
全てが、無意味なものだったとは思っていませんわ。
御母様が私を抱き締めてくれた時の温もり、比呂子が私の手を握ってくれた時の感動……
あの決勝戦で、勝てなかったけれど氷室零と濃密な『会話』をした時の興奮。
それを全て忘れてしまったら、その喜びを与えてくれた人達を冒涜する事になりますもの)
数年間、特に何をするでもなく桜華は平和な日々を過ごしていた。
豊と適当に話し合い、お互いがその気になればセックスをし、火村あかりを呼び出して泳ぎを教えてもらう日々。
泳ぎに関しては大分成長し、かなり遅いが25mプールを往復出来る程の実力を付けた。
だがそれも『遊び』の範囲に過ぎない。
桜華は重い荷物を背負わされる事に疲れ果てていた。
(御母様の様に、快楽で傷を塗り潰そうとしても傷は決して消えてくれなかった。
御父様や染井に折檻された時の記憶が蘇ったのは一度や二度では無い。
逃げても逃げても私の傷は時折開き、私の心を苦しめ続けている。
結局、私はまだ子供のままなんですわね)
自分を心から励ましてくれた比呂子の笑顔。
彼女を支え、相談に乗ってくれる豊の大きな背中。
自らの足で立って前に進む為には、己の過去と向き合わなければならない。
桜華は、臭い物に蓋をしたくないと言う思いで母親の痴態を眺めていた。
「……豊」
地上や天国といったあらゆるものを見る事が出来る鏡。
桜華はそこに映っている光景を消した後、豊と向き合う。
「私は、前に『1人で立って歩いていかなければならない』と言いましたけれど……
豊やあかりに頼ってばかりで、それが出来なかった。
私の苦しみは、私自身が動かなければ解決しない。
言っている事が矛盾しているのは承知していますわ。
私に……」
「ついてきてほしいって言うんだろ。
そして何処に行きたいのかも大体解る。
何年一緒に生活してきたと思ってるんだ。
お前の考え位御見通しだよ」
桜華のトラウマを払拭する為には、トラウマを生み出した相手と向き合わなければならない。
そして、決別を宣言する事で心の中に巣食う呪縛から逃れる事が出来る。
何処へ行くべきなのか、豊にはそれが解っていた。
「地獄に行って、会うべき人間に会って知りたい事を聞くんだろ。
俺には地獄で会いたい奴なんていないけど、お前にはいる。
いや、会いたくないけど会わなきゃならないの間違いかな」
桜華は立ち上がり、決意に満ちた表情でしっかりと頷いた。
「御父様を含め、皆私を騙し続けてきた。
本当の事なんて、何1つ言ってくれなかった。
私が音楽業界で成功を収めれば、それは綾小路財閥の功績。
ZEROで優勝すれば、クーデターにより天武日本が混乱した時私が役に立つ。
うんざりですわ!
私に説明する事は全て嘘ばかり。
私を都合の良い操り人形としか考えていなかった。
染井も、黒沢も、他の幹部達も。
どうしてそうなってしまったのか、私には真実を知る権利があると思うんですの」
底無しの怒りと、哀しみが桜華の心を覆っていた。
あまりにも弱かった。
平手打ちをくらい、幼少期にはただ泣く事しか出来なかった。
大きくなればなる程監視の目が厳しくなり、思い通りに動く事すら出来なくなった。
「私は自分を客観的に見つめ直さなければいけませんわ。
今までの自分から離れて、新しい人間になりたい。
それが私の願い。
籠を投げ捨てて、大空へと羽ばたく鳥になる為に」
豊やあかりの笑顔と優しさに触れる度に、その思いは少しずつ大きくなっていった。
贖罪を行い、自分自身の誇りを取り戻す為にも、過去と向き合い決別する必要がある。
現世では極悪人として知られている桜華が、唯一出来る抵抗だった。
「俺はどっちでも受け入れようと思ってたんだ」
豊は座ったまま、遠くを見る様な目で彼女を見つめる。
「お前がお前の母親の様に肉欲に溺れて、過去を捨てて全ての責任を放棄すると決めたのならそれでも良いと思っていた。
お前には背負いきれない程の責任だからな。
しかも、それはお前のせいじゃない。
お前の責任ですら無い重荷を背負わされたら、普通は『どうでもいい』と思うだろう。
でも、お前がそれでも自分と向き合って全てに決着を付けたいと言うのなら」
豊は一瞬視線を逸らしたが、勇気を振り絞る様にもう一度彼女の方を向いた。
「俺はお前に賛同するし、お前の力になれる様最大限努力するよ」
桜華はその言葉を聞いた瞬間、豊の身体を強く抱き締める。
「私、本当に豊が側にいてくれて良かったと思っていますわ」
言葉にならない慟哭、流す涙。
豊は歯を食いしばりながら涙を流す桜華の髪を、優しく撫でた。
(俺だって、決して褒められた人間じゃ無いんだ。
マイナスになる様な事だってしてる。
きっと今俺が天国にいるのは、そのマイナスがプラスによって打ち消されたからだろう。
桜華、お前だって今からマイナスをプラスに変えていけるんだぜ)
この世で起こってしまった事は、何があっても覆せない。
あの世で成した事がこの世に全く影響を及ぼさずとも、何の意味も無いとは思えない。
自分が桜華と過ごしたこの数年間は『幸せ』だ。
豊はそう思っていた。
『地獄巡りをなされるのでしたら、面会予約のオプションが付いた1日周遊プランがオススメですね』
この辺りの居住ブロックを担当している天使、ルミナはそう言うと虚空から机とパンフレットを出現させる。
『天国にお住いの方が地獄を見学するのは、一種の観光みたいなものなんですよ。
特に行きたい地獄を数種類事前に選択しておいて、巡ると言う形になります。
私個人の意見としては、『等活地獄』は見応えがあるのでオススメですね。
極悪人同士の殺し合いは迫力満点。
見たい地獄ナンバーワンに100年連続輝くと言う実績を誇っていますから』
豊はパンフレットの中身を確認しながら、様々な名前が付いた『地獄』を見て顎に手を当てた。
「天国は1つなのに、地獄は沢山の種類があるんですね……」
『天国は罪を犯していない善良な一般市民が楽しく暮らす場所として一貫してますけど、地獄はそうじゃ無いですからね。
地獄の場合は、『罪の種類』によってどういった裁きを受けるのかが変わってきますので』
ルミナが鏡に向かって2回手を叩くと、鏡に地獄の名前とどういった罪を犯した者が行く場所なのかが映された。
等活(とうかつ) 殺人
黒縄(こくじょう) 窃盗・泥棒・脱獄
衆合(しゅうごう) 強姦
叫喚(きょうかん) 酒に関わる犯罪
焦熱(しょうねつ) 詐欺・妄言
阿鼻(あび) 尊属殺人
青蓮(せいれん) 血の通わない金儲け
無間(むげん) 外患罪
『解り難そうな所を説明させて頂きます。
『酒に関わる犯罪』と言うのは飲ませた、飲んだ両方が該当します。
例としては『泥酔中に人を殺してしまった』とか、『酒に弱い人間に無理やり酒を飲ませて殺した』とかですかねぇ。
妄言って言うのは真っ赤な嘘を広めて多くの人に迷惑をかけたりする事。
尊属殺人は両親等を含めた『血族』を殺害する事。
血の通わない金儲けはその言葉通り手段を選ばず金を稼ぐ事だけに没頭し多くの人々を不幸にした罪。
外患罪って言うのは簡単に言うと国家転覆を企んだって感じですね。
この八大地獄の中で一番最大懲役年数が長いのが無間なんです』
桜華は豊と共にパンフレットの内容を確認していたが、『面会』の項目を読んだ後ルミナに話しかける。
「この面会と言うのは、予約制なんですわね」
『天国も地獄も、結構御役所感覚で仕事してますからね。
1人の人間が1人の犯罪者に対して面会する事が出来るのは2週間に1度だけ。
面会時間はたったの15分。
そして、1人の犯罪者が面会に行く事が出来るのは1ヶ月に5回。
とは言っても、面会人は『その犯罪者から被害を受けた人物』か『その犯罪者の身内』に限られます。
ですから、余程の事が無い限り予約は取れると思いますが』
桜華は暫く俯いて思案している様な素振りを見せていたが、やがて顔を上げて言葉を発した。
「時間指定は向こうの都合で良いですわ。
黒沢輝との面会を希望します」
豊は桜華の言葉が意外だったのか、目を見開いて彼女の方を見る。
「良いのか?
お前の父親とかの方が……」
「御父様や染井と面会しても、そもそも会話になる気がしませんもの。
罵詈雑言を並び立てるであろう御父様と、激昂して喚く染井。
15分と言う時間が勿体無いですわ。
だったら、まだ話が通じる黒沢の方が良い。
黒沢に、美香の事を本当に愛していたのか尋ねたい気持ちもありますし」
躊躇する事無く平然とそう言った桜華の態度に、豊は彼女の『成長』を感じた。
(実の父親と、実質育ての親みたいな存在だった染井を『会話不能』と即切り捨てた。
昔の桜華だったら、出来なかった事だろう。
大人になったなぁ……)
豊には妹はいないが、もし妹がいてしっかりと決断の出来る人間になったらこんな感慨を抱くのだろうか。
そんな事を思う豊を尻目に、桜華はルミナと話し合いを続けていた。
『それでしたら、等活→青蓮→無間→面会→賽の河原→強制転生の間と言う観光プランが最適かと思われます。
実際に現地である地獄で案内をするのは私では無く鬼の案内人になりますが、問題は無いですよね?』
「面会時間や詳しい日程が決まり次第、連絡してもらえると有難いですわね」
『ええ、それは勿論。
地獄にいる者と相談して決めたいと思っています。
当日は私では無く鬼が迎えに来ると思いますのでそのつもりで……』
ルミナが姿を消した後、桜華はパンフレットを眺めながら溜息をつく。
「何処に行ってもルールありき、ですわね」
「ルールが無かったら単なる無法地帯だからな。
ルールは何処にでもあるさ。
お前はルールによって縛られまくっていたからそういうのが嫌いなのは解るけど」
豊は腕組みをしながら暫く目を瞑って記憶を辿っていたが、呟く様に言葉を発した。
「黒沢輝ってどんな人だったんだ?
俺、あの人とまともに会話した事無ぇからよく解らなくて」
「染井よりかは話が通じる男、と言う感じですわね。
染井が怒り狂ったスパルタ的教育を徹底する傍ら、黒沢は一歩下がった所でそれを見ている。
そして行き過ぎた振る舞いがあった時には私のモチベーションを保つ為に前に出て穏健な態度を取ると言うか……
財閥におけるバランサー、みたいな立ち位置だったと記憶していますわ」
歩く暴走暴力装置とも言うべき染井を窘め、抑え込んでいたのが黒沢だった。
逆を言えば、染井に意見出来る人間など黒沢以外には1人もいなかったのだ。
「染井と黒沢と言うナンバー2が2人いて、後はその他大勢。
今考えてみれば、歪な組織だったと思いますわ。
最高権力者であるハズの私が御飾りで……
黒沢の直属の部下が30か40名ほど。
私自身が全体像をまるで把握していないんですもの。
把握させてもらえなかった、と言う方が的確なのかもしれませんわね」
桜華は再び溜息をつきながら、パンフレットを読んでいる豊の方へと視線を移す。
「コレえぐいなぁ。
無間地獄の最大懲役年数、3000年だってさ。
3000年もの間強制労働させられて、終わったら即ゴキブリとかミジンコに転生させられるんだろ。
国家転覆なんて企むモンじゃねぇって事か……」
「私達が向かう地獄は、まだ救いがある所かもしれませんわね。
先程天使が言ってましたけれど、海外の地獄は永遠に炎に焼かれたりする地獄があるとか。
苦しむ時間が決まっているだけマシ。
私はそう思いますわ」
罪を犯していないにも関わらず桜華は、永遠に罪の意識に苛まれ続ける。
その苦しみから逃れる為には生まれ変わり記憶を全て失うしか無いが、自分を捨てる程の勇気は桜華には無かった。
今目の前にある現実から逃げずに立ち向かう。
そうする事が己を救う方法だと桜華は信じていた。
何処を見ても一面白一色の世界から一転して、時折雷鳴が轟く黒い雲の海の中を、一台の車が飛んでいく。
桜華と豊は『火の車』に乗り込み、等活地獄へと向かっていた。
「私、今回御二方の地獄観光及び面会に関する様々な手続き・御案内を担当させて頂く青木(あおき)紀子(のりこ)と申します。
生前人間だった頃は有名な遊園地の職員を担当しておりました」
火の車の中には椅子代わりの段差があり、豊と桜華は向かい合う形で紀子と対峙している。
紀子と名乗った女性の頭部には2本の角が生えており、真っ青な肌と金色の瞳が印象的だった。
「等活地獄の御案内をさせて頂く前に、まずは天武日本の地獄について解説を致しましょう」
彼女の横に置かれていたタブレットに映像が映し出される。
そこでは丁度『閻魔大王』が白い着物を身に纏った亡者を裁くシーンが映されていた。
『次の者、前へ』
髭を生やした赤鬼、閻魔大王がそう言うと馬の頭と牛の頭を持つ鎧姿の男が亡者を台の上へと登らせる。
『名前と享年、そして死因と自らの罪状を述べるが良い。
先に言っておくがこの浄玻璃鏡(じょうはりのかがみ)は全てを見通す。
お前が嘘をつけばつく程お前自身の罪が重くなるものと知れ』
亡者は中年の男性で、額に汗を流し焦りと緊張からか目が泳いでいた。
『田岡(たおか)忠二(ちゅうじ)、55歳。
ホテルを経営しております。
妻に隠れて不倫を行っていましたが、それが露見し妻に刺殺されました。
愛人の方は金を盗み出して逃走中。
我ながら不憫な人生だと思いますよ』
自分は被害者だと弁解する様に男は話していたが、鏡が光り映像が映し出される。
『今年の決算書、何時もの様に頼みますよ。
折角これだけの金を儲けてるんだ。
税務署なんかに持っていかれちゃ洒落にならない。
ホテルの改築費用も多めに書いておいてもらえると助かるんですが』
中年男性が電話で話している映像。
それを見た瞬間男の顔が真っ青になる。
『お前は決算書を偽造し、税務署に払うべき税金を払う事無く懐に入れていた。
改築にかかった費用までも捏造し、その差額も懐に入れている。
そして一連の不正を告発しようとした従業員に多額の口止め料を渡した』
『どッ、何処もやってる事です!
ウチみたいな吹けば飛ぶ様な知名度の低いホテルがやっていくには裏技を使うしか無い。
それに税務署を騙しただけで、誰も不幸になんかなってないじゃないですか』
開き直ってそうまくしたてた男性を、閻魔大王は思い切り怒鳴りつけた。
『愚か者め!!
お前は己の欲望、金を儲けたいと言う欲の為に支払われるべき金を隠した。
それによりその金を受け取るハズだった者達が不幸になっているではないか。
さらにはこの儂に対して嘘をついた。
この罪は重いぞ。
解っているのだろうな』
男の両脇に牛頭と馬頭が並び、男の両腕を掴んで逃げられない様にする。
『青蓮地獄、懲役200年の刑に処す。
以上!次の者、前へ』
『おッ御慈悲を、御慈悲をォォォォ』
中年男性は泣きながらそう訴えたが、牛頭と馬頭に引き摺られていった。
「亡者が地獄に招かれると言う事は、罪を犯していると言う事。
死んだ瞬間にそれが判定され、天国に行くのか地獄に行くのかが決まるワケです。
あとは、閻魔大王によって『罪の重さ』を決めるだけ。
簡単でしょう?」
タブレットの電源を落とした後、紀子は当たり前の様にそう言ったが豊と桜華は肩を震わせ怯える。
「いや、自分もこうなっていた可能性があると考えると怖いですよ」
「私なんか、閻魔大王の御前に立つ立場だったんですものね……」
桜華は『自殺』した事で地獄に行く可能性が高かったが、黒沢が罪を肩代わりする事で地獄行きを免れていた。
彼女が黒沢に面会したいと思った背景には、何故彼が自分を庇ってくれたのか聞きたかったと言う理由もある。
「罪を全く犯さない人間など、この世に存在しません。
お釣りをちょろまかす、人の傘を盗む、赤信号を無視する。
罪を数えればキリがありません。
地獄に行く人間と言うのは人生のトータルで見て善行で悪行を打ち消す望みが全く無い、『悪人』に限られるんですよ。
貴方達2人が天国にいるのも、幸運だと思ってくださいね」
天国にいる人間が地獄を観光する際、案内人は地獄がどんなに恐ろしい所なのかを説明する。
天国にいる喜びを噛み締めてほしいと言う理由や、天国で今後問題を起こさない様に釘を刺すと言う理由もあった。
「見えてきましたよ。
御二人が最初に観光する事になる地獄、等活地獄です」
窓の外に広がる黒い雲が晴れ、巨大な闘技場が姿を現す。
豆粒の様に見える観客が観客席を埋め尽くしており、その凄まじい熱気が伝わってくるかの様だった。
「殺せ、やっちまえーッ!!」
「どいつが生き残ろうが構わねぇ、殺し合え!!」
巨大な円形闘技場に集まっている観客は、その半数近くが鬼だった。
赤、青、緑、黄と言った肌の色を持つ鬼達が虎柄のトランクスやブラジャーを着用して闘技場を見つめている。
だが中には豊や桜華と同じ様に白い着物姿の男女もいて、椅子に座って大声を出していた。
「席は事前に予約しています。
こちらへどうぞ」
数十万名は収容出来ると思われる闘技場の通路を、豊と桜華は紀子の先導に従う形でついていく。
やがて、隣同士座れる席が3つ程空いており、2人はその席に座った。
「等活地獄では、懲役を終えるまで果てる事の無い殺し合いを強要されます。
死んでも即座に復活して翌日にはまた闘技場で殺し合い。
復活出来ると言っても刺されれば痛いし、殴られても痛い。
その痛みを味わいたくないのならば、殺し続けるしかありません」
紀子は空いている席には座らず、立ったまま説明を行う。
闘技場では長い薙刀を振り回す屈強そうな女が、多くの亡者を斬り殺していた。
「ハハハッ!!
お前達、弱過ぎて欠伸が出そうだ。
卑怯でも何でもいいから私に傷の1つでも付けてみろ。
出来るものならな」
短い黒髪に褐色の肌。
女は棒の両側に刃が付いている薙刀を中央部分で取り外し、2本の短い槍となった武器を振り回していた。
「あの女性、さっきから全く傷付いていない様に見えますわ」
「等活地獄のレジェンド、月黄泉(つくよみ)さんですね。
あの方は戦国時代の忍者、『歩き巫女』だった人です。
生きている間に殺した敵の数は100人以上。
この地獄において、傷を負った事がありません」
「え、等活地獄の最大懲役年数は300年だってパンフレットに書いてありましたけど」
豊は紀子の言葉に驚きながらそう言ったが、紀子は少しだけ哀しそうな表情をした後言葉を続ける。
「だから特別な人なんです。
300年と言う懲役が終わった後も彼女は闘技場での戦いを希望した。
閻魔大王も特例として月黄泉さんをこの地獄に置いたんです。
等活地獄における『死の番人』として」
包丁を持って斬りかかってきた男性も、爆弾を投げようとした男性も月黄泉に殺された。
「横田、幸田ァ!!
私を倒したいのなら足りない知恵を振り絞って考えてみるんだな。
真正面から挑んで勝てる相手では無い事を自覚しろ」
じりじりと近付き、ナイフで彼女を刺そうとした女性も首を刎ねられる。
「私は学習したんだ。
不意討ちにも対応出来る様になった。
無敵の忍になる為にな」
笑い続ける月黄泉の周囲で、彼女と同じ様に白い着物を着た男女が殺し合いを行っている。
刺し、殴り、切り刻む。
まさにこの世のものとは思えない光景が広がっていた。
「うへぇ……酷い地獄だな。
人を殺すと、こんな地獄に放り込まれるのか」
「天国の人達の『娯楽』でもあるんですよ。
趣味の悪い娯楽だとは思いますけどね。
この場所があって、人を殺すと殺し合いをさせられるんだぞと忠告する事によって天国でのトラブルを事前に防いでいる。
ある意味、『必要悪』なんですよ。
この地獄が存在する意義は、別の犯罪を抑制する事にあるんです」
紀子は歩いてくる人影に気付き、空いている席に彼女が座り易い様場所を移動する。
豊の横に座った白い着物姿の女性にも案内役の鬼が寄り添っていた。
「香織ちゃん!」
「……あ、豊はん」
豊はその女性の顔に見覚えがあった。
とは言っても、溌剌としていたあの笑顔はもう何処にも無い。
彼女の不幸を一心に背負った様な暗い表情が、豊と会った後の彼女の人生を示している様に感じられた。
「知り合いなんですの?」
「古都府で会った事がある程度だけど。彼女の名前は双葉香織。
ゲーマーアイドルやってたんだ。
その後色々あって、今は天国にいるみたい」
見た目は若かったが、香織の見た目や疲れた様な表情はまるで人生に疲れた老婆の様だ。
豊に会った事で昔を思い出したのか、彼女の頬に涙が伝う。
「全部、解っとるんやろ?
ウチの秘密も、その結果起きた悲劇とその顛末も。
慰めも何も要らんのや、ウチは。
ただ……どうしても決着を付けたくなってな」
「香織ちゃんも桜華と同じ様に、自分の人生に向き合う覚悟が出来たって事だね」
豊は、香織がどうして底無しの暗闇へと堕ちていったのかその全てを知っていた。
天国の鏡を見て、その一部始終を目撃していた。
彼女の最期を見届けた後、助けてやれない自分に対して不甲斐なさを感じた事を覚えている。
「誰もが辛い思いをして、それでも歩き続けていくんですわね。
私は自分だけが苦しいと思い込んでいましたけれど、そうでは無かった。
私と同じか、それ以上に苦しんでいる人達が沢山いる。
この数年間でそれを学びましたわ」
桜華がそう言うと、香織は自嘲気味な笑顔を見せた。
「桜華はんも大概やったなぁ。
何もしてへんのに犯人扱いされるのは可哀想やわ。
ウチも普通の人間と同じ身体やったら、苦しむ必要も無かったはずやのに」
両の拳をギュッと膝の上で握り締め、香織は大粒の涙を流す。
豊はいたたまれない気持ちになり思わず視線を逸らしたが、桜華は彼女をずっと見つめていた。
30分程その光景を見続けていただろうか。
闘技場で行われていたのはルール無用の残虐ファイトだった。
飛び道具可、重火器可、火炎放射器やロケットランチャー、爆薬の類も使用可。
その無法地帯においても月黄泉の強さは際立っていた。
攻撃を回避したかと思えば、次の瞬間には相手の首を薙刀の様な武器で刈り取っている。
彼女の武器は二刀流にもなる特殊な薙刀。
近接武器だけでかすり傷1つ負っていないのは驚異的だった。
「生き延びようが殺されようが、明日になれば何事も無かったかの様にリセットされて殺し合い。
その繰り返しです。
ですが彼女ほど生き残り続けた罪人は他にいない。
400年以上も彼女はひたすら殺し続け永遠の『戦』を受け入れてきた。
だから、唯一彼女は他の亡者とは違う特別な扱いを受けているんですよ」
豊も桜華も最初は殺し合いの凄惨さに嫌な顔をしていたが、月黄泉の圧倒的な強さに何時の間にか魅了されていた。
途中から彼女以外の人間が気の毒になり何とか傷を負ってくれないかと祈っていた程だ。
「そろそろ時間です。
次の地獄に向かいましょう」
紀子と香織の傍らにいた赤鬼がほぼ同時にそう言うと、豊達はその言葉に従う。
「何時かそっちに遊びに行ってもいいかな、香織ちゃん。
桜華も一緒に連れていくから。
あの頃の話をしながらZEROでもやろう」
「ああ……
ええな。
たまにはそういうのも。
豊はんの明るい笑顔を見ていると、ウチも少しは救われた気がするんや」
桜華は無理やり笑みを見せると、そのまま一度も後ろを振り向く事無く闘技場を後にした。
「じゃあ俺達も行こうか。
次の地獄に」
豊も立ち上がり、桜華と一緒に歩き出す。
2人は紀子と共に闘技場を出ると、火の車に乗り込み次の地獄へと向かった。
そこは、人間の生存を許さぬ様な極寒の地だった。
常に痛みを感じる程の吹雪が吹き荒れ、気温は酷い時には-50度にも達する。
そんな雪原の上を白い着物のみと言う恰好で、しかも裸足で歩かされる。
この場所も地獄と言う言葉がピッタリだった。
「青蓮地獄へようこそ。
この地獄に落とされた亡者は、懲役期間が終わるまでの間ずっとこの雪の中を歩かなければなりません。
寒さに耐え切れなくなり倒れたとしても強制的に五体満足の状態で蘇り、同じ事の繰り返し。
何処までも続く真っ白な大地と景色。
気が変になりそうでも決して狂う事すら出来ないのです」
観光客扱いである豊と桜華も、流石にこの場所に降り立つ事は出来ない為火の車に乗っていた。
宙に浮いている火の車の窓から外を見て、地獄の凄まじさを目に焼き付ける。
「これじゃあ、人がいてもそれが誰かなんて解らねぇな」
「ココに、御父様がいると聞いていましたけれど」
紀子は暫くの間タブレットを操作していたが、何かを見つけたらしくタブレットを桜華に手渡した。
「御父様……」
タブレットの画面には、雪の中を彷徨う綾小路獅子王の姿が映し出されている。
『ふざけた事だ。
何故、私がこんな仕打ちを受けなければならないのか。
染井も黒沢もしくじり財閥は崩壊したと聞く。
結局、私がいなければそんなものか。
桜華にリーダーシップやカリスマ性が欠片も無いからそんな事になるのだ』
恨み節を吐き続けている父親の姿を見るのは、桜華にとって苦痛でしか無かった。
愛など、微塵も無かったのだ。
そこにあるのは打算と、己の保身だけだった。
何の為に、幾度と無く父親に暴力を振るわれてきたのだろう。
何の為に、全く興味の無い勉強や上流階級に生きる者としての所作を身に付けてきたのだろう。
「本当に、生きている事が苦痛でしたわ。
でも、生きている間に好き放題楽しんでいた御父様がこうやって罰を受けていると思うと少しだけ溜飲が下がりますわね」
実の父親に対して、そんな感情しか持てない事もまた苦痛だった。
豊も同じ様な思いを抱えており、桜華の心の痛みが我が事の様に感じられる。
「コイツ、自分の娘に対する愛情が全く無ぇんだな。
考える事は金儲けの事だけか。
こんな地獄に落とされても文句言えねぇよ」
豊の言葉を頷きながら聞いていた桜華は、憑き物が落ちたかの様な晴れやかな表情を見せていた。
「でも……
気持ちの整理をつける事が出来ただけで充分。
もう御父様に縛られる心配は無いし、会う必要も無い。
それがハッキリしただけでも、ココに来た甲斐があると言うものですわ」
事実上の一方的な絶縁宣言。
親子の絆は桜華が生まれてくる前から存在すらしていなかった。
そして、桜華も獅子王の改心に一縷の希望を抱いていたが、無駄である事を悟ったのだ。
「勿論、裁きを受けたのは貴方の御父さんだけではありませんよ」
窓から地面を見下ろす様に言われた桜華は窓の方を見たが、背筋が寒くなる程の衝撃的な光景がそこには広がっていた。
「あれが、全員青蓮に堕とされた人達ですか」
「そうです。
等活地獄より数は少ないですが、かなりの人々がこの地獄を彷徨い続けています。
この地獄に堕ちる為には、『お金持ち』になる必要がありますから」
強欲に金を毟り取っていた金貸し、安月給で従業員を奴隷の様に働かせていたスーパーの経営者、賄賂を受け取っていた野党の政治家。
金絡みの汚い欲に塗れた者達が、金が存在しない荒涼とした雪原の上を歩かされている。
歩いていると言うよりは何の目的も無くただウロウロしている様に見えた。
彼等は皮膚に直接痛みを感じる程の寒さの中、凍傷になろうがどうなろうがそこにいなければならないのだ。
生きている間に味わった贅沢を思い出す事すら難しいレベルの拷問だった。
「確かに生きていく為に、お金は必要です。
しかし金は幸せを手に入れる為の道具に過ぎません。
この地獄に堕ちた人々は、何時の間にか『金儲け』と言う手段が人生の喜びへと変わってしまった。
金儲けを行う事が生き甲斐で、他の事はどうでもよくなってしまった。
お金で幸せを買う事は出来ますが、全ての幸せを手に入れる事は出来ない。
私自身はそう思っています」
紀子の言葉が桜華の胸に刺さる。
「ええ、そうですわね。
使いきれない程のお金を持っていたとしても、幸福にはなれない。
私が……
自分の人生を通して嫌と言う程理解した事ですもの」
幸せとはそもそも何なのだろうか。
豊は地上を彷徨う亡者達を見つめながらそんな事を考えていた。
(適当に金稼いで、適当にゲームをやって、適当に上手いモン食べて……
人並みの幸せって言うけれど、結局、俺にとってそれが一番幸せだったんじゃねぇかなぁ。
恵まれ過ぎてたろ。
親の愛は感じてなかったけど、何時もあかりが側にいてくれた。
苦しい時も、疲れた時も、励まし続けてくれていた。
それで充分だったんだな)
金を多く持っている人間は、またさらに多くの金を引き寄せると言われている。
元手があるからこそ、金が無尽蔵に増えていくのだ。
そして目的が何時の間にか幸せになる事からマネーゲームへと変わっていき崩壊する。
紀子の言葉も含めて、2人はそれを痛感したのだった。
「着きましたよ。
ココが賽の河原です」
石畳の様に敷き詰められた丸い小石の山。
その隣に流れている川に削られて、丸くなったのだろうか。
遠藤(えんどう)和枝(かずえ)はそんな事を考えながら河原を見渡す。
「寒いなぁ……
ココ、気温はどの位なん」
「そうですね。
大体-5度位でしょうか。
粉雪が舞う事もあるそうですよ。
既に見えているでしょう。
あれがこの場所で罰を受けている『子供達』です」
赤鬼が指を差した先に、粗末な掘っ立て小屋と裸のまま座り込んでいる大勢の子供の姿が見えた。
数を数える事など出来ない程の人数。
何万人、いや少なくとも何十万人はいる様に感じられる。
少年も少女も生まれたままの姿でしゃがみ込み、何かをいじくっていた。
「18歳に満たない状態で悪い事をして死んだ者は、皆この賽の河原に移送されます。
脱衣婆(だついば)の監視の下、課された試練を合格しなければなりません。
試練を合格した者は転生させられるので、ワザと合格しない者が殆どですがね」
自分が自分で無くなる事を、人は何よりも恐れている。
だからこそ、無理やり転生させられる八大地獄を人間は無意識に恐れるのだろう。
和枝はそんな事を考えながら、痩せぎすの老婆の近くに歩み寄った。
「ヘッ。
アンタもこんな場所を見学したいなんて物好きだねぇ。
子供が虐待されている所を見たくないって言って、パスする観光客が殆どだってのに」
総白髪でボロボロの薄汚れた着物を身に纏った老婆は、髪の間から蛇の様な目を覗かせている。
ろくに食べ物を食べていないのではないかと思う程手足が細いのに、その瞳だけがギラギラと怪しい光を放っていた。
「ウチはこの場所を素通りするワケにはいかないんです。
会わなきゃならない奴がいるので」
「へぇ……
悪い子供と知り合いなのかい。
名前を教えてくれれば案内してやるよ」
笑いながら開けた口には牙の様な歯が生え揃っており、彼女が人ならざる者だと言う事が解る。
「菊池(きくち)貴弘(たかひろ)と言う名前の亡者です。
多分、死んだ時は中学生やったと思います」
「解った。
ついてきな」
和枝は脱衣婆の手招きに応じ、彼女の後ろをついていった。
空を見上げれば、墨で塗り潰したかの様な暗闇が広がっているのに、何故か地表の様子は明るい。
泣きながら座り込んでいる全裸の子供達の表情までハッキリと見えている。
(確かに、コレを見たいと思う天国の人間はおらんわなぁ)
年端もいかない子供達が寒さに身体を震わせ、嗚咽を漏らす姿。
その中には18歳には達しないが賽の河原にいるのは不自然に見える女子高生もいた。
「バァさん、またアタシ達を見張る為の見回りかよ。
好きだねー」
「アンタもその減らず口が治らないね。
少しは塔を完成させる努力をしたらどうなんだい」
焼けた肌に金髪。
腕には刺青が彫られており、脱衣婆にそう言われると彼女はそっぽを向く。
「アレは万引きを繰り返していた女子高生だよ。
あそこにいる女は12歳で親の虐待に耐えられなくなり両親を包丁で刺し殺した。
母親と相討ちになって死んだんだ。
最近の世の中ってのは狂っているねぇ」
サイコパスとして早熟な才能を見せ、5人もの大人を毒殺した10歳の少女。
通り魔事件に影響を受け、10名もの男女を刺し殺した16歳の少年。
泣き叫ぶ子供の中で、涙も見せず薄気味悪い笑顔を見せている者に対して脱衣婆は指を向けた。
「あんなのは例外中の例外。
大体のガキどもは罪の意識も無く罪を犯した者が殆どだね。
クラスメイトに暴力を振るったとか、親に暴言を吐き続けたとか。
昔はそんなにこの場所には子供が来なかったんだけどねぇ。
ここ数十年で凄く増えたのさ」
社会が冷たくなり、体制が崩れている。
故に子供に十分な教育が施せず、凶悪な事件が増える。
彼等はそういった悪循環の中で生まれた『被害者』でもあるのだ。
彼女は和枝にそう説明した。
「ほれ、アンタのお目当ての子供はあそこにいるよ」
和枝にとって出来れば再会したくない、だが会わなければならない少年が座っている。
和枝は意を決してその少年に近付き、背後から話しかけた。
「菊池、元気そうやないか」
振りむいた少年の顔は、和枝が苦痛と絶望に喘いでいた時と全く変わっていない。
「おや、誰かと思えば……
久しぶりだねぇ」
爬虫類の様な鋭い目をした少年は、和枝の声に気付くと振り向き酷薄な笑みを浮かべた。