※この作品はR-18です。

ZERO ~格闘ゲームに翻弄される者達~   作:夜月光介

83 / 125
桜華と黒沢の会話は自分でも書いていて気に入っている
部分の1つです。
徹頭徹尾自分と身内の事を考えて最善を選択している黒沢と、
それを見抜いたうえで彼の考え故に自分が不幸になっている事を
嘆く桜華。対照的ではありますが、前は
一緒に仕事をしていただけの事はあるって言う感じですよね。


あの世の番外編 自分の足で立つ為に 中編

【地獄 賽の河原 2011年1月某日】

 

 菊池(きくち)貴弘(たかひろ)は、和枝が小学6年生の時最後に会った時とさほど見た目は変わっていなかった。

 右手に3本の棒が付いた板を持ち、その板から抜き取った小さな穴の開いた円盤を左手で握り締めている。

「僕に会う為だけにこんな所まで来てくれたのなら、嬉しいなぁ。

 歓迎するよ。

 とは言っても、石だらけで他に何があるワケでも無いけど」

 

「相変わらず癇に障る喋り方をするんやな。

 ウチはアンタに溜まった恨みをぶちまける為に来たんやで……

 アンタのせいでウチの人生が滅茶苦茶になった事をどう思っとるんや」

 

 こいつさえいなければ、と何度心に思った事だろう。

 和枝は、彼の事が心底憎かった。

 そもそも横田秀行を唆して悪の道へと引き摺りこんだのはこの少年なのだ。

 天国でそういった情報を集めながら、和枝は苦しみを吐き出す事だけを考えていた。

 

「御愁傷様、かなぁ?

 ハハッ、僕が君に対して罪の意識なんか抱いているワケないだろう?

 君は両性具有の化け物である前に天武日本人なんだ。

 僕は生粋の信国人。

 1人でも多くの天武日本人を不幸のどん底に叩き落とすのが僕の使命だし、父さんもそうだった。

 途中で僕の夢が頓挫してしまったのは運が悪かったとは思ってるよ」

 

 菊池は、罪の意識など微塵も抱いていなかった。

 そこに渦巻いていたのは天武日本人への限りない憎悪の気持ちだけだった。

 天武日本人が傷付けば傷付く程、彼は喜んでいた。

 彼にとって横田は己の欲望を満たす為の駒に過ぎなかったのだ。

 

「クソがッ!!!」

 暴行すれば、菊池と同じレベルまで落ちる事になる。

 咄嗟にそう考えた和枝は手をあげる事はしなかった。

 それと同時に殺人まで犯した自分が、何を綺麗じみた事を考えているのだろうとも思った。

 

 (フフ……そうや。

 ウチが横田を刺し殺したあの時に、ウチも殺人者と言う永遠に消えない烙印を押されたんや。

 でも、元を辿ればアンタのせいなんやで。

 それも解っとる癖に。

 胸糞悪いわ)

 

 歯を食いしばりながら涙を流している和枝の事等目に入っていないかの様に菊池は別の人影を指差した。

 

「御覧よ。

 あそこにいる吉良(きら)火悪翠(かおす)君は虐めによって僕と同じ場所に来ている。

 不公平だと思わないかい?

 実際に殴ったり蹴ったりした彼が賽の河原に行くのは解るよ。

 でも僕は何もしなかった。

 したくもなかったと言う方が適切かな?

 君を犯す事は出来た。

 だけど、汚らわしい天武日本人の女とセックスするなんて、考えただけで怖気が走る。

 僕は君と違って、いや全ての天武日本人と違って高潔な存在だからね」

 

 選民思想に浸かり、自分が悪である事すら理解していない憐れな存在。

 それが菊池貴弘と言う男だった。

 

「小僧、『それ』について説明してやりな」

 横にいた脱衣婆が、聞き苦しい口上を遮るかの様に言葉を発する。

「ああ、勿論だよ御婆さん。

 僕は優しくて頭が良くて、おまけに親切だからねぇ」

 自分でも思っていない様な美しい言葉を並べながら、菊池は和枝の前にその板を差し出した。

 

「これは『ハノイの塔』だよ」

 積み重なった多くの円盤。

 3本の棒全てにその円盤が置かれている。

 

「この3本の棒を左からそれぞれA・B・Cとすると、まずA地点の棒に円盤が積み重なっている。

 小さな円盤が一番上で、それから一回り大きな円盤、さらに大きな円盤と続いているんだ。

 まるでピラミッドの様な見た目からスタートするんだよ」

 菊池は自分の手に持っていた円盤をB地点の棒にはめて落としてみせる。

 

「A地点からC地点に、円盤を全て当初の形通りに移動する事が出来ればクリア。

 Bの棒も使って、小さな円盤の上に大きな円盤を乗せない様に移動を続けていく。

 僕が挑戦しているハノイの塔は円盤が12枚あるから、凄い時間がかかるのさ。

 吉良君がやってるのは13枚だったかな?

 コレに挑む事だけが僕に与えられた娯楽でもある」

 

 菊池の近くにいた16、17程に見える青年は仲間と共に何事か話し合っていたが突然顔を歪めて板から手を離した。

「あーあ、やっちゃった。

 手順を間違えるとペナルティとして電流が流れる仕組みになっているんだよ。

 昔は小石を縦に積み上げる遊びだったらしいんだけど、地獄も最近近代化の波に乗ったらしくてさ。

 御婆さんも最近は亡者達をタブレットで管理してるらしいからね」

 

 脱衣婆は菊池の言葉を聞くと口に手を当てて大袈裟な笑い声を上げる。

 

「イッヒッヒ……

 なぁに、使えるものは使うと言うのが世の道理さね。

 古臭いまんまじゃ地獄もやっていけないんだよ。

 第一、昔は積まれた小石をアタシがいちいち崩さなきゃならなかった。

 大変な手間がかかってたんだ。

 それが今は間違えれば自動で罰が下るし、クリアした者が出れば音で知らせてくれる。

 利口者は文明の利器に頼る時代なのさ……

 おっと、ちょいと失礼するよ」

 

 何処からか聞こえてきたチャイムの様な音に反応し、脱衣婆は音のする方へと歩いていった。

「ぶっ続けで作業を続けてもクリアするまでに数年はかかる。

 それでもこの『地獄』から逃れたい奴はいるもんだね。

 寒いのにこの通り全裸で、与えられた玩具は『ハノイの塔』だけ。

 そりゃ、転生してでもこの場所から離れたいと思う人間も出てくるよ」

 

 ハノイの塔をクリアした少女が、脱衣婆に手を引かれ何処かへと歩いていく。

 彼女はこれから記憶と人格を完全に失うのだ。

 どの様な気持ちでいるのだろう。

 和枝は菊池がその事に対してどう思っているのか気になった。

 

「アンタはずっとココにいたいんか?」

「僕なんか、生まれ変わったとしても犬とかカラスとか畜生の類だろうからね。

 誇り高き信国人として、そんな待遇はこっちからお断りだよ。

 まだ河原に座って全裸でこのゲームと向き合っていた方が気が楽だ」

 彼の表情と目が、本気である事を示していた。

 

 父親に洗脳されていたとしても、その誇りと意志の堅さは本物だと思われる。

 和枝は菊池の事を心から嫌っていたが、その自尊心の高さだけは素直に羨ましいと思った。

 

 (自分を誇る気持ち、か……

 ウチもゲーマーアイドルとして咲と栄光の道を歩んだけれど、偽物やったからな。

 ふたなりである自分の負い目と苦しみを無理やり塗り潰す為の虚飾で、そこに本物の誇りなんて無かった。

 咲は、どう思っとったんやろう。

 最近はみぃやんと仲良くしとるみたいで……)

 

 かつて自分が大出みゆるにした事を、妹もしてしまった。

 犯してしまった。

 和枝は自分と言う存在がある限り、その傷が決して消える事は無い事を感じていた。

 

「君が苦しんでいる理由を教えてあげようか。

 自分の気持ちに対して素直に生きていないからさ。

 僕は自分の欲望に忠実に生きているから、迷わないし、自分を見失う事も無い。

 でも、君はどうかな?

 大出みゆるが大好きで、モノを使って彼女を貫きたい。

 そんな欲望を抱えながらもそんな自分は自分じゃないと嘘をつくから疲れてしまうんだ。

 それが罪だから何だと言うんだい。

 強姦になるから出来ないって?

 君は矛盾を内包しているから苦しみ続けているんだ。

 心の中では救われたいと思っているくせに。

 僕に会いに来たのだって、答えを探しているからでしょ」

 

 図星を突かれて、和枝は黙り込んでしまった。

 悔しいが、その通りだった。

 本当は許されたかったのだ。

 大出に『あの時の事は気にしていない』と言ってもらいたかった。

 しかしそれを望んでも彼女がそう言わない事は解っており、和枝は悩み続けていた。

 

「人間って言うのは、面倒くさい生き物だよねぇ。

 自分を貫こうとすればそれが罪になる場合がある。

 動物が他の動物を自分の性衝動に任せてレイプしたとしても、罪にはならないのにさ。

 君が大出みゆると恋仲になりたい。

 自分のペニスを受け入れてほしいと願っていても、彼女は受け入れてくれない。

 だから犯した。

 そうやって堂々と言える世の中になればいいのに」

 

 菊池は、善悪の箍(たが)が外れているからこそ、殺されても悩んだり苦しんだりしていない。

 悪い言い方をすれば、何も考えていないのだ。

 横田を唆して和枝に対して性的暴行を働かせたのも子供に玩具を分け与えた子供の発想程度の考えでしか無い。

 一瞬、彼の生き方はある意味羨ましいとも思ったが、和枝にはそれを完全に認める事は出来なかった。

 

「大切なのは、『悪い事は悪い』とハッキリ言い合える世の中になる事や。

 ウチも悪かったと謝罪出来て、みぃやんが……

 横田に謝る事が出来る様な、そういう世界になる事が大事なんや。

 アンタだけが悪いんやない。

 本当は解っとった。

 解らんフリをしてたんや」

 

 横田が最後に言った言葉が、今も和枝の胸を抉る。

『お前と大出のせいで人生が狂ってしまった。

 お前達さえいなければ!!』

 

 横田もまた、自分達を恨んでいたのだ。

 殺した後、その意味をやっと理解する事が出来た。

 和枝は横田にも許されたかった。

 だからこそ地獄巡りに行く事を決めたのだ。

 

「なーんだ。

 やっぱり解ってたんじゃないか」

 菊池はニヤリと笑い、和枝に対して背を向けた後言葉を続けた。

 

「僕は誰かに『許されたい』なんて思った事は無いけど、君は僕とは違うからねぇ。

 ココにいる必要は無いんだよ。

 横田君に会いに行けばいい。

 僕は横田君を人形の様に使っていたけど……

 彼に対して少しだけ思う所はある。

 僕には関わりの無い事だけど、幸せになりなよ。

 君だってそれを望んでいるんだろう?」

 

 和枝は、菊池と再会した自分の行動は間違っていなかったと感じた。

 菊池は人の血が全く通っていない悪魔では無かった。

 人の気持ちが解るからこそ相手を誑かす能力に長けていた。

 他人を何とも思っていない人間だからこそ、適切なアドバイスを与える事が出来る人間なのだと和枝は思った。

 

「アンタの事は大嫌いやけど、しっかりした芯を持つその生き様……

 貫いていければええな。

 ウチは孤独を恐れる。

 でもアンタは1人でいても大丈夫なんやろ?」

 

「当然。

 僕が一番大好きで愛しているのは僕自身だからね。

 他の人間なんて僕には必要無いんだよ。

 君がいなくても父さんがいなくても上手くやるさ。

 僕はとびきり優秀なんだから」

 

 振り向く事無く菊池はそう言った。

 今、彼がどんな顔をしているのか見てみたいとも思ったが和枝は敢えてそれをしなかった。

 

 (アンタがそう思っているのが本心なのか否かなんて、どうでもええ事やな。

 ウチも『他人』にはとても厳しかった。

 心を開こうとはしなかった。

 そんなウチが、菊池と何が違うと言うんやろう。

 ウチも不器用な人間やった)

 

 自分を隠せば隠す程、心の奥底に眠っていた不安を取り除けるものと信じていた。

 自分の秘密を覆い隠せれば救われると。

 だが実際は、孤独になっただけだった。

 

 社交的で明るい妹の方が自分より幸せそうに見えて、何度妬んだ事か。

 和枝は、攻撃的な自分の性格を見つめ直し改善する必要があると思っていた。

「そろそろ出発しないと、『面会』の時間に間に合わなくなりますよ」

 赤鬼の言葉に応え、和枝は振り向きもしない菊池に呼びかける。

 

「もう会う事は無いやろうが、達者でな」

「……君も楽しくやればいいんだよ。

 僕と同じ様にね。

 もっと皆、自分の欲望に従えば幸せになれるのに。

 それだけは君に伝えておきたかった」

 

 振り向かずに手を上げ、左右に振る菊池の姿は自ら孤独を望んでいる様にも見えた。

 もしかしたら、こうして賽の河原にいる事の方が彼にとっては幸福だったのかもしれない。

 赤鬼に従い火の車へと戻る間、和枝はずっとそんな事を考えていた。

 

「いいか!

 お前達はこの世の中で最も重い罪を犯したクズどもだ。

 国家反逆を企んだお前達に慈悲など無い。

 働き続ける事だけ考えろ」

 

 鋭い嘴から、そんな声が飛び出す。

 鷲の頭を持った『獄卒長』はそう言うと、怠けている亡者に対して鞭を振るった。

 

「等活や青蓮と比べると、やっぱり人が多いな。

 人の波って感じだ」

「あの中に染井や黒沢がいるんですわね」

 巨大な石を運ばされている亡者達から離れた高台に案内された豊と桜華は、上から彼等の様子を眺めていた。

 

「無間(むげん)地獄です。

 八大地獄の中で最も懲役年数の上限が長く、懲役の最高年数は3000年にもなります。

 この荒涼とした砂漠地帯で無意味な労働をし続けるのが彼等に与えられた罰。

 そこに喜びは全く存在しません。

 先端が触れると火傷する程の鞭で拷問を受けながらひたすら耐え続ける。

 3000年もの間そんな事を続ける自分を想像してみてください。

 恐ろしいでしょう」

 

「考えたくも無ぇな」

 紀子の説明に対して、豊は顔を歪ませながらそう言った。

 上から見下ろすと、彼等が何を作らされているのかよく解る。

「あれは、塔なんですの?」

 

「あの塔を建設する為の資材運びが彼等の役目です。

 ピラミッドと同じ様に数十人がかりで運んでいきます。

 四角く切り出された岩を運んで努力しても、数年後には塔に雷が落ちて崩壊。

 作り直しを命じられる。

 その繰り返しです。

 達成感も何も無い。

 彼等のしている事に意味は全く無いんです」

 

 地獄で最も重い罪を犯した者が行く場所としては、罰が軽過ぎる様な気がした。

 だがそうでは無い。

 やはりこの場所が一番恐ろしい場所なのだと豊は思った。

 

 (斧や鋸で四肢を切断される黒縄(こくじょう)地獄。

 熱湯の大釜で釜茹でにされる叫喚(きょうかん)地獄。

 身体を切り刻まれ、その身体が炎に焼かれる焦熱(しょうねつ)地獄。

 とんでもない地獄だと最初は思った。

 だが何も考えずに刑だけ受けていれば良いとも言える。

 この地獄は、絶望する時間を与えられてしまうのが一番辛い。

 考える余裕がある事が逆に厳しいんだ。

 自分は何をしているんだろうと思わされる。

 そんな事を考えている間に鞭が飛んでくる。

 それが3000年も続いたら、どんな気持ちで転生の間に立つんだろうな)

 

 ただただ、自分がその立場に立った時の事しか考えられない。

 それは桜華も同じであったらしく、小さい身体をブルブルと震わせていた。

「面会の為に、面会室へと移動しましょう。

 ついてきてください」

 高台を降りようとする紀子に従い、2人は面会室へと向かった。

 

 皮膚がチリチリと焦げて痛みすら感じそうな程に暑い。

 生き物の存在を許さない様な場所であるにも関わらず、彼等は全裸に近い恰好を強いられていた。

 

「昼も夜も、無休で働け!

 休憩している者がいれば即座に鞭を振るうぞ。

 勘違いするな。

 お前達は自分が立派な人間だと思い込んでいる様だが、ただのゴミでしか無い」

 

 日中は灼熱の地獄。最高気温は55度にも達する。

 夜間はそれに対して-20度と言う極寒の地へと変貌し、彼等を苦しめるのだ。

 倒れても強制的に復活し、息をつく暇も与えられない。

 こうした拷問を受け続けるのは苦痛でしか無かった。

 

「我々をこんな目に遭わせおって……

 もう沢山だ。

 うんざりだ!!」

 突然罪人の1人であった老人が立ち上がると、獄卒長に殴りかかっていく。

 鞭の先端が当たり怯んだ瞬間、老人は逆に頬を殴られ地面に転がっていた。

 

「声高に主張しても自分が不利になると言う事を解っていない様だな。

 人権など、お前達が生きていた頃にしか存在しない事を知るがいい」

 地面に這いつくばった状態で蹴られ、高熱の鞭で激痛を与えられる。

 ボロ雑巾の様に扱われる老人……

 染井(そめい)義政(よしまさ)の姿を、他の罪人達は恐怖に怯えながら眺めていた。

 

「もう嫌……

 革新党を潰そうとしただけで、どうしてこんな仕打ちを受けなければいけないの」

 1990年代に暴れ回った過激派のリーダーであった若い女性が、蹲(うずくま)り涙を流す。

 

「勝てば官軍、負ければ賊軍ですよ。

 全ては結果論でしか無い。

 我々は勝って天武日本を支配する事が出来なかった。

 それが出来ていれば結果は変わったハズです」

 女性を宥めて立ち上がらせようとした男性は腹を思い切り蹴られ、呻き声をあげた。

 

「完全に国家を転覆させていたら、3000年罰を受けるだけだった。

 お前達はたまたま未遂だったから1000年で済んでいるがな。

 ともかく、悪しき考えに囚われた時点でお前達が苦しむ事は決まっていたのだ」

 国家転覆を成し遂げると言うのは相当難しい事で、大勢の構成員がいないと成功しない。

 過激派はリーダーの女性を含めて30名程度しかいなかったが、紅虎明命は5000名もの人員を確保していた。

 

 竹中醍醐も数百名の実働部隊を持っており、人数だけならば国家転覆も成しえる様に見える。

 それでも、圧倒的な力を持つ織田政権を潰すと言う夢は儚く消え去った。

 

「敗者復活戦があれば良かったんですがね。

 この地獄にいる全員が天武日本に戻れば幾らでもやりようがある。

 確かに我々は負けましたが、運が無かった。

 今度は必ず成功させます」

 竹中は自分に言い聞かせる様にそう言ったが、ただの強がりでしか無かった。

 

「フン。

 『次』など無い事がお前達には解っておらぬ様だな。

 周りを見てみろ!

 歴史に逆らおうとして消えていった敗北者達がココに集められている。

 その現実を見つめ直せ。

 すぐに作業を再開しろ。

 お前達がすべき事はそれだけだ」

 

 獄卒長の命令に従い、獄卒と呼ばれる鬼達が彼等を無理やり働かせる。

 天下統一を果たした織田信長を暗殺しようとした明智光秀もこの場所で刑に服していた。

 

 八大地獄ならば何処にでも面会室を備えた建物があり、そこで手続きを行う。

 紀子は豊と桜華にそう説明しながら、亡者達が作らされている塔とは別の建物を指差した。

「あの白い建物の中に面会室があります。

 まずは受付で予約の確認を行いましょう」

 

 建物の中に入ると痛みを感じる程の暑さが夢であるかの様に涼しくなる。

 受付の為のカウンターを含めたロビーでは多くの『観光客』が座って面会の時を待っていた。

「結構人がいるけど、そこまでべらぼうに多いってワケでも無ぇんだな」

 

「冷やかしで面会する事は出来ませんからね。

 故人の友人や親類、血縁関係にある者、故人から直接被害を受けた人物に限定されています。

 面会時間は15分しか無いので、今の内に話したい事を考えておいてください」

 

 紀子が受付で当日の手続きを済ませている間、豊と桜華は椅子に座り彼女が戻ってくるのを待つ。

 何かを言う様な雰囲気でも無いと考えた豊は膝の上に手を置いてぼんやりしていたが、桜華の言葉に反応して横を向いた。

「……ずっと、迷っていたんですの」

 視線は宙を彷徨い、何処か遠くを見つめている様に見える。

 

「私が豊と一緒に地獄に行って、黒沢と話す事に何の意味があるのか。

 そう考えなくもなかったんですの。

 私が気持ちの整理を付けた所で、現世における私の評価が変わるワケでも無し。

 黒沢を助ける事も出来ない。

 でも、私は最終的には行く事を選んだ」

 

 豊の方を向く事無く話す桜華の目を、豊はじっと覗き込んだ。

「それはどうしてなんだ?」

 

「理由を聞いてみたかった。

 私を救い上げた事について」

 桜華の暗い瞳に涙が滲んでいたが、強がるかの様に彼女は無理やり笑みを作る。

 

「自殺も罪であり、私は地獄に堕ちる運命でしたわ。

 でも、黒沢が私の罪を肩代わりしてくれた。

 黒沢のおかげで私は今天国にいる事が出来る。

 その理由を聞きたいと言う事と……」

 桜華はココまで喋った段階で初めて豊の方を向き、自分自身に言い聞かせる様に言葉を発する。

 

「後は、私の我儘ですわね」

 付き合わせてしまって申し訳無いと言いたげな桜華の心情を汲み取り、豊は彼女の肩に手を置いた。

「気にするなよ。

 俺だってお前についてきたのは俺自身の意思で決めた事なんだからさ。

 今日、あいつに会う事で何かが変わると良いな」

 

 励ます事で、何かが変わるワケでは無い。

 それでも、小動物の様に肩を震わせ怯えている桜華の姿を見ながら何の言葉もかけないと言う選択肢は無かった。

 

 (俺だって、いや誰もが我儘に生きたいと思ってる。

 自分に正直に生きていいんだ……

 悪い事をしようと思えば責任が伴うけどな。

 桜華、言いたかった事を全部ぶちまければいい。

 その資格は充分にあると思うぜ)

 

 豊も、すんなり桜華の地獄巡りに賛成したワケでは無い。

 心の中では自分を殺した染井に対する憎しみが渦巻いていたし、全てを許せたとは言い難かった。

 それでも、桜華が己の闇から抜け出して新しい道を歩き始められるのならばと無理やり自分を納得させたのだ。

 様々な感情が2人の心の中を巡る中、『彼』との再会は間近に迫っていた。

 

 (あー、刑事ドラマでよく見る奴だ。

 囚人が親族と面会する時の……)

 1つの部屋が壁とガラスによって2つに区切られ、それぞれの部屋に椅子がいくつか置かれている。

 机のある方に桜華が座り、壁の近くに置かれていた椅子に豊と紀子が座った。

 

「面会の際、桜華さん以外の人は懲役中の亡者である黒沢輝さんと会話する事を禁じられています。

 豊さんは何があっても決して声を出さない様に。

 傍観者に徹してください」

「はい」

 

 面会出来る時間は僅か15分。

 その間に自分が納得出来る様な真実を聞き出さなければならない。

 桜華は部屋全体に漂う雰囲気も手伝い、かなり緊張していた。

 (私を救い上げた事にも、何か意味があるのでしょう。

 薄々その理由にも気付いているけれど、直接黒沢の口から聞いておかないと……)

 

 黒沢は染井と違い、理詰めで動くタイプの人間だった。

 感情で動かず、実利を得る事に拘る。

 事業が失敗に終わりそうな時の損切りも早い。

 綾小路獅子王が絶大な信頼を寄せていたのも、その『堅実な性格』を買っていたからだった。

 

「さっさと歩け」

「子供では無いのだから、自分で歩ける」

 獄卒の鬼が、向こう側の部屋の奥にある扉を開け、黒沢の腕を引っ張りながら部屋の中へと入ってくる。

 黒沢は現世の頃着ていたスーツ姿では無く、桜華や豊と同じ白い着物を着ていた。

 

「面会時間は15分だ。

 座り次第カウントを始める」

 緑色の肌をした鬼は壁際に置かれた椅子に座り、腕と足を組んだ状態で黒沢の背中を睨み付ける。

 鞭で暴行を受け、常に威圧的な態度で鬼と接しているからか、黒沢は憔悴しきっている様に見えた。

 

「御嬢様はお変わりない様で、何よりです」

「ええ、おかげさまで」

 少々棘のある言い方をされた事に、黒沢はショックと同時に諦めを感じる。

 

 (私が桜華御嬢様を庇っても、やはり完全には許されてはいないのか……

 いや、これまでの嘘で塗り固めた我々の所業がそれだけでは到底穴埋め出来ないのは必然だろう)

 

 黒沢は自分が呼ばれた理由も理解していたし、桜華に他の人間と話すつもりは無い事も薄々気付いていた。

 すぐカッとなって怒鳴り散らす染井ではそもそも会話が成立しないし、父親の獅子王は自分が悪かったとは微塵も考えていない。

 桜華はあくまでも救われたいのであり、黒沢は彼女を刺激する様な言動は慎むべきだと思っていた。

「まずは、綾小路財閥が起こしたクーデター未遂事件について。

 貴方程の人間が財閥内にいながら、どうしてこんな無謀な愚行を止められなかったんですの?」

 

 単なる質問と言うより、心の叫びに近い言葉だった。

 桜華は何故自分がこんな目に遭わなければならなかったのかと悲鳴をあげているのだ。

 

「……御嬢様の御父上である獅子王様が、当時の内閣官房長官であった竹中尚人と密約を結んだのが全ての始まりでした。

 竹中尚人は自分が革新党の代表となって総理大臣になり、息子にその跡を継がせたい。

 そうすれば天武日本を牛耳り、滅ぼされた祖先である明智光秀公の無念を晴らす事が出来る。

 獅子王様は現政権に冷遇されている事に対して不満を募らせており、竹中が総理大臣になれば自分達の待遇を変えられる。

 上手くいけば最終的には竹中までも蹴落として天武日本一の財閥になれるかもしれない。

 そしてそこに天武日本そのものを滅ぼしたいと願う紅虎明命が現れ、準備が進められていきました」

 

 黒沢は淡々と、他人事の様に喋り続ける。

 

「竹中は権力があっても財力に不安があった。

 我々には財力があったが人員が足りなかった。

 紅虎は動員可能な数千名の部下を抱えていたが財力・権力共に無かった。

 互いの足りないものを補ってクーデターを成功させれば、国をまるごと手に入れる事が出来る。

 限りない権力、保有しきれない程の金、奴隷になり得る天武日本の国民達。

 失敗した時の事など、当時は誰も考えていませんでした。

 私を除いては」

 

 熱に浮かされた様に語り笑っていた獅子王や竹中の顔が脳裏に浮かぶ。

 黒沢は当時この計画に対して反対していたが、結局計画は実行に移された。

「……貴方は、失敗する確率がどれ位だと思っていたんですの?」

 

「そうですね。

 我々が考えている計画が全部上手くいっても60%。

 何か1つでもミスがあれば70%以上。

 杜撰で無謀な計画である事は誰の目にも明らかでした」

 

「じゃあ、どうしてそんな……!」

 思わず感情が弾け立ち上がりそうになる桜華。

 涙が溢れ、その表情は暗い。

 

「私も当時は強い言葉で説得を試みたのです。

 現状維持がベストであると。

 今は綾小路財閥が冷遇されているが、成長する余地が残っているのは我々だけ。

 神谷財閥も長尾財閥も躍進が望めない以上、織田政権が我々を重用する時代が必ずやってくる。

 今は耐えて実利を取るべきなのだと。

 ですが獅子王様は聞き入れてはくださらなかった」

 

 獅子王は成り上がり一族の血を引いていると言う事実が気に入らず、人に頭を下げる事を屈辱だと捉えていた。

 成金と言う負い目を覆い隠す為には、一番になるしか無い。

 誰かの下で働くなど言語道断。

 誰もが自分にひれ伏す世界になってこそ野望を達成したと言えるのだ。

 獅子王は黒沢にそう語った。

 

 プライドは天よりも高く、自惚れも天下一品。

 その我の強さが財閥を成長させてきたとも言えるが、より強い権力者の邪魔になる事は明白だった。

 

「王は2人要らない。

 織田信虎も獅子王様もそう考えていた事でしょう。

 この事態を収束する為には一方が折れるか、破滅するかしか無い。

 我々が政権に喧嘩を売る事も、そして滅びるのも運命だった。

 そう言う事だと思っています」

 

 黒沢がどんなに偉くても、結局は工場の歯車1つ程度の扱いでしか無い。

 獅子王が死んで染井主導で計画が進められる様になってからは、もう自分1人では止められる状態では無かった。

 言い訳をすればきりが無い。

 それでも黒沢は自己弁護に走りこれまでの行動を正当化するしか無かった。

 

「……私の事は?」

 魂が消えかかっている様な、弱々しい声だった。

 

「桜華御嬢様に対しての『教育』も、私が口を挟む事は出来ませんでした。

 財閥の『表看板』として裏の卑劣な取引や賄賂、癒着を覆い隠す為の存在。

 貴方に光を見たからこそ、獅子王様も染井も貴方をそういう人間にしようとしたのでしょう。

 過酷な指導や数々の手習いは、そうした我々の思惑を悟られまいとした事でもありました」

 

 人は疲れている時、余計な事を考えられなくなる。

 自分を保ち、心を守るだけで精一杯。

 そうすれば桜華が財閥の暗部に気付く事は無い。

 睡眠時間まで削り、1つの事だけしか考えられなくした。

 桜華本人にしてみれば、『自由になりたい』以外に考える事は無かったのだ。

 

「実際、上手くやったものですわね。

 私は財閥が政権に対して決定的な『裏切りの顔』を見せるまで、自分に降りかかる災厄に気付きもしなかった。

 それに関しては、悔しいけれど降参しますわ」

 

「成功か失敗かで言えば、間違いなく成功したと言えます。

 クーデターそのものは失敗した為、その成功も全く意味を成さない無用の長物と成り果てましたが……

 ですが私は御嬢様を出来る限り擁護し、助けてきた。

 それもまた揺るがぬ事実ではないでしょうか」

 

 染井が振り上げた手を、黒沢が何度掴んで諌めてきたのだろうか。

 黒沢がいなければ、桜華は心が壊れて発狂するか身体を壊して入院していただろう。

 よく出来た『飴と鞭』だった。

 警察の取り調べでは、鞭役の刑事と飴役の刑事が2人揃って尋問を行う事で犯人から情報を引き出すと言う。

 黒沢は飴役となって桜華を庇い励ます事で彼女のモチベーションを何とか保ってきたのだ。

 

 そしてそれが彼女を思う慈悲の心では無く、ある種の計算であった事も明らかだった。

「御父様や染井、そして貴方の『希望』は粉々に砕け散った。

 そして私の希望も……

 でも、美香は違う」

 娘の名前を口に出され、黒沢は僅かながら動揺した様に見えた。

 

「貴方は『出来る事』を全てやった。

 怒り狂っている染井では出来なかった『敗戦処理』を。

 美香の命の保証と『プラナス』と一部傘下となっている企業の存続。

 織田政権が譲歩したのも貴方がプライドをかなぐり捨てて保身に走ったから。

 娘の命は可愛いでしょう……

 私を救い上げた事にも意味がある」

 

 桜華は冷静に、黒沢の考えている事を完璧に当ててみせる。

 黒沢は驚嘆すると同時に、彼女がそれだけ優秀な人間となった事に不思議な達成感を覚えていた。

 

「もし御嬢様が地獄に堕ちて強制的に転生されてしまえば、後から必ず来る美香は嘆き悲しむでしょう。

 万が一美香が地獄に行ったとしても、御嬢様が天国にいれば納得するハズです。

 御嬢様がいない世界に降り立てば、美香は即座に『転生』して己の存在を消してしまうでしょう。

 美香に天国へ行く望みがある限り、私は父親として娘を守る義務がある」

 

 己が転生したとしても、美香の存在があの世で残る可能性を作りたい。

 万が一娘が地獄に堕ちたとしても、1分1秒でも長く娘に希望を持たせてやりたい。

 桜華を助けて代わりに罪を被った事にすら親としての愛情と打算が込められていた。

「最後の最後まで、貴方は『最善』を尽くす事に全力を傾けたんですわね」

 

「我ながら、最後の1ヶ月は努力した方だと思っていますよ。

 傷を出来るだけ浅くするには誰を葬って、何を処理するべきなのか。

 それは、財閥の間違った歩みを止める事が出来なかった……

 私の拙い『足掻き』だったのかもしれません」

 虚飾や嘘で誤魔化す必要はもう無かった。

 

 黒沢は桜華に誠意を示す為、全てを隠す事無く告白したのだ。

 桜華も完全に納得出来たとは言い難いが、『着地点』を見出せた様な気がしていた。

 

「結末がどうなるのか、私も怖がりながら見ていましたけれど……

 美香は零と結婚して、黒沢グループは『安定期』に入ったと言って良いと思いますわ。

 これから伸び悩むのか繁栄していくのかは私にも解らない、見えない未来。

 でもきっと、零が傍にいれば美香が地獄に行く事は無いでしょう」

「何故、御嬢様はそうハッキリと言い切れるのです?」

 

 黒沢は地獄で現世の様子を全く見る事が出来ない状態であった為、桜華の言葉の意味を理解する事が出来ない。

 だが実際に零と筐体を挟んで『語り合った』桜華には、零の誠実な心が見えていた。

 

「零は私と同じ様に、誰かの為に必死になれる人ですもの。

 厳しい環境の中で抑圧されて、追い詰められている時でも決して諦めない。

 信じる者の為に全てを出し切れる。

 そういう人間が美香と組めばきっと美香を支えてくれますわよ」

 

 境遇が似ていたからこそ、鏡に映った自分を見ている様だったからこそ、負けたくなかった。

 桜華はメンタルで零に負けていた。

 粘り強く、ラスト数秒の時点でも勝ちに行くその姿勢。

 自分に勝った人間が自分より劣っているとは考えられなかった。

 そして自分とは違い男なのだから、女性である美香を守る強さを持っていると信じていたのだ。

 

「あと1分だ」

 何の感情も入れない、獄卒の無情な声が面会室に響き渡る。

「美香が天国に来た時は、必ず私が面倒を見ると約束しますわ。

 それにもう私は1人じゃない。

 どんな時も私を励ましてくれる『仲間』がいてくれますし」

 

 一瞬だけ桜華は後ろを振り向き、豊の方を見た。

 その一言だけで、黒沢は桜華と豊の間に特別な関係が作られている事を悟る。

 

「何も言わなくていい。

 君と最初に会ったのは茜祭の時だったな……

 あの時に私と美香が一緒にいたのも何かの縁だろうか。

 御嬢様と美香の事、私からも宜しく頼む。

 幸せにしてやってくれ」

 

 深々と頭を下げる黒沢。

 生きていた頃とは違い、そこに見栄やプライドは無かった。

 自分が守らなければならないものを、もう自分が守る事が出来ないからこそ託したのだ。

 (その時には、きっと零もいますから……

 心配しないでくださいよ)

 

 発言が許されていない豊は、心の中で黒沢に呼びかける事しか出来なかった。

「時間だ。

 椅子から離れてこっちに来い」

 

「これから我々は永劫に近い時の中で罰を受け、いずれ旅立ちます。

 生まれ変わった時は虫か、微生物か……

 それこそが御嬢様に対する『償い』だと思って頂きたい」

 黒沢には、桜華に対して罪を庇う以外に償う方法が全く無い。

 

 桜華の許せない気持ちが解るからこそ、何かで返したいと思ったがそれは叶わない願いだった。

 引っ張られて扉の奥へと消えていく黒沢の背中に、桜華は最後の言葉をかける。

「御父様よりはずっと立派ですもの、何時かきっとやり直せますわ」

 動物として転生を繰り返す中で、這い上がり再び人間になるチャンスは必ず来る。

 黒沢もまた幸せになれなかった人間であるだけに、桜華はどれだけ長い時を過ごしても全てを見届けるつもりだった。

 

 (記憶を失って虫からやり直しても、優しさが残っているのならば必ず復活出来る。

 転生を繰り返していけば、きっと人間に戻れますわよ。

 そして生まれ変わった黒沢が幸福な人生を送る所を美香や豊と共に見届ける事が出来れば……)

 面会室から姿を消した黒沢の姿が、桜華の目に今でも焼き付いたまま残っていた。

 

「猫頭(びょうず)様。

 新しい『鉄の象』が到着致しました」

「そうか。

 早速巡回させ、亡者どもに地獄を見せてやらねばな」

 

 乾いた空気に、時折灼熱の風が吹き荒れる。

 青蓮地獄以外の地獄は『熱い』事で知られていたが、衆合地獄も例外では無かった。

 猫の頭を持つ雌の獄卒長が、フロアを巡回して逃亡を図る亡者がいないかどうか見張る。

 逃亡を図ったとしても逃げられる場所など何処にも無いのだが、刑罰を円滑に進める為には問題が起きないのが一番だった。

 

「ココもメッチャ暑いわ……」

「先程とは違い砂漠ではありませんが、それでも平均気温は35度を越えています。

 そこら中にある『炎の柱』が見えるでしょう。

 あれがこの地獄の気温を上げているんですよ」

 床はコンクリートで出来ているのか、ある程度冷たい。

 

 この地獄にいる亡者達の殆どは男性だったが、女性も混じっていた。

「お前達は性行為を望まぬ者に性行為を強いて相手に苦痛と絶望を与えた屑どもだ。

 死ぬのは楽だったかもしれんが、楽になれる場所などこの衆合には存在しない。

 歪んだ性欲を発散出来ぬまま、のたうち回っていろ」

 亡者達は全員、『絶頂』を封じられていた。

 

 男性は常に肉棒が激しく怒張し、女性は発散しきれない程の欲情に身体を震わせている。

 それでいて射精する事も、絶頂を迎える事も出来ない。

 狂いそうな程火照った身体に、更なる追い討ちがかけられていた。

「アレは……?」

 

「ペニスギロチンです。

 全裸の状態で勃起している肉棒をあの拷問器具にセットして切り落とします。

 女性の場合は乳房。

 耐えられない程の激痛が全身を駆け巡りますが暫くすれば元通り。

 その拷問が昼夜問わず続くのです。

 それでいて錯乱する事も許されない。

 地獄は、『一切の逃避』を許さない場所なのです。

 肉体的にも、精神的にも」

 

 亡者特有の白い着物を剥ぎ取られた若い全裸の男が、獄卒に身体を抑え付けられながら泣き叫ぶ。

「いッ嫌だぁ!

 止めてくれェ!!」

「被害者の女にそう言われた時、お前は止めたのか?」

 ナイフで突き刺す様な冷たく低い声が、男の耳に届きその動きを止めさせた。

 

「被害者は今も天国で苦しみ続けているんだ。

 傷を抱えて存在し続けている。

 お前は良いじゃないか。

 刑期が終わればこの苦しみから解放されるんだから」

 

 ペニスを根元から固定され、ギロチンの刃が頭上にセットされる。

 レバーを引いた瞬間に勃起した肉棒が根元から切り落とされ、男は絶叫しながら転げ回った。

「ギャアアアアア!!」

 

 叫び声と言うよりも、鳥の鳴き声の様な悲鳴だった。

 耳が痛くなる程の強烈な叫び声が、その男だけでなくあちらこちらから一斉に聞こえてくる。

「ウチも経験あるけど、痛かったわ……

 でも身体の痛みよりも心の痛みの方がきつくてなぁ。

 あんまり覚えとらんのや」

 

「まだ、こんな拷問は序の口ですよ」

 案内人である鬼が指差した先に、巨大な象が鎮座していた。

「お披露目といこうか!!」

 巨大な鉄の象の隣にいた猫頭がそう言うと、象の足がゆっくりと動き出す。

 鉄屑を集めて作られたと思われる象は、怒っている様な顔をしていた。

 

 鉄の象が歩き、亡者の前まで来ると足を曲げる様な形で上げ大きな影が出来る。

「御慈悲を」

 先程ペニスを切り落とされていた男性が絞り出す様な声を発したが、その足は無情にも落とされた。

 巨大なハンマーで叩き潰されたのと同じで、人間がただの肉塊に変貌する。

 血と肉が混じったべちゃべちゃしたものが、象が離れると再び元の姿へと戻った。

 

「亡者達全員を潰していくのだ。

 まだ先は長いぞ」

 

 歩みは遅いが、確実に亡者達をペシャンコにして進んでいく。

 グチャグチャになるまで潰されるのと、ペニスを切り落とされるのとどっちがより痛くて苦しいのか。

 和枝にはよく解らなかった。

 ココまでされるものなのかとすら思った。

 

 (横田もこういう事をずっと、休み無しでされてるんか……

 ウチは確かに横田の事が憎いけど、流石に少し同情するわ)

 何回、横田秀行に犯されたのだろう。

 そして自分は何回大出みゆるを凌辱してしまったのだろう。

 自分から望んでした事では無いとはいえ、自分も横田とあまり変わらないのではないか。

 

 和枝は自分が天国にいて横田が地獄にいると言う現実に震えるしか無かった。

「ウチの殺人を横田が庇ってくれへんかったら、ウチも地獄に堕ちてたんやろ?」

「性的暴行の罪は無理やりやらされたものなので省くとして、恐らく等活には堕ちていたでしょう。

 横田さんは、貴方に負い目を感じていたからこそ貴方を救った。

 そういう事だと思います」

 

 横田秀行は、自分がした事をどう思っているのだろう。

 そして自分は、これから面会する横田に何を話せば良いのだろう。

 考えがまとまらぬまま、和枝は衆合地獄の面会室を擁する施設へと向かっていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。