消したとしても新しい傷が生まれて、それを癒やす為に
他人の力が必要になる。
人生はそういうものだと思っています。
【地獄 衆合地獄面会室 2011年1月某日】
天国であろうと地獄であろうと、面倒な手続きがあるのは現世とまるで変わらない。
建物内で受付嬢に話しかけている赤鬼の姿を見ながら、遠藤和枝はそんな事を考えていた。
(死んでから変わった事もあったけど、変わらん事の方が多いわ……
こうして椅子に座っているだけでもそう感じる。
冷たい椅子の感触や顔が少し痛む程の熱風を肌で感じているのに、死んどるなんてな)
自ら死を選んだし、死んだ時の事もよく覚えている。
事実として理解していながらも、和枝はふわふわと夢の中を漂っている様な錯覚に囚われるのだった。
「事前に予約は済ませておりましたので、もうすぐ呼ばれますよ。
面会する相手は横田(よこた)秀行(ひでゆき)さんでしたよね」
営業スマイルを前面に押し出しながらそう言うと、案内役の赤鬼は和枝の横に座る。
「すぐに会う気は起きんかったわ。
あいつのせいで自害を選ばされた様なモンやったしな。
ただ……
天国で『あいつの事情』を全部見て、少しだけ考えが変わったんや」
天国では、自分の過去だけで無く他人の過去を見る事が出来る。
横田秀行の生誕から自分に殺害されるまでの『物語』は、哀しみに満ち溢れていた。
(父親が母親を殺して自害して、育ての親に虐待されて、学校生活以外の自由を許される事無く生きて……
暗闇の中を這い回って、苦しみを誰にも打ち明けられずに苦しんでいた。
ウチは、そんな横田の『闇』を理解してやる事が出来んかったわ……)
自分と同じ様に秘密を抱えて涙を流し続けていた横田は、秘密の種類こそ違えど『同類』だった。
今思えば、同類であった事が不幸の始まりだったのかもしれない。
和枝はそう思った。
(あの蛇の様な他人を拒絶する目と、荒んだ顔つきはウチと同じやった。
全く同じやったから、目を合わせる事が辛かったんやな……
鏡を見ている様なモンやから。
横田を見ていると、胸が苦しくなった。
自己嫌悪に苛まれた。
あの時咲が横田を励ます所をウチが止めんかったら、どうなっとったんやろう……)
天国では『IF』も見る事が出来る。
違う世界線での物語。
和枝は気になってその先を見たが、自分が『今の運命』を選択した理由を悟った。
(咲は横田から全ての話を聞き、県外の児童相談所に訴えた。
育ての親は家宅捜索された後逮捕され、横田は自由の身に。
そして横田と咲は恋仲となり、横田は咲の歪んだ身体を受け入れて結ばれる……
嗚呼、ウチは咲の初めてを奪う代わりに奈落の底へ落ちていったんやな)
横田と咲がセックスしている『別の未来』を覗き見た時、和枝は自分が選ぶべくして今の道を選んだのだと思った。
咲を奪われたくなかった。
愛する妹を、『男』の魔の手から守りたかった。
そして、自分が妹を貫くと言う自己満足を達成したかった。
和枝は自分が捻じ曲がった思想と性癖を持っている事を自覚しており、それに従っただけだった。
(みぃやんはウチの歪んだ性欲の『犠牲者』で、横田もまた『犠牲者』やった……
この秘密は、誰にも言えへん。
墓場までどころか、未来永劫隠し続けなあかん事や。
ウチはみぃやんと、咲と、セックスしたかった……
横田が最悪な形でその背中を押してくれた。
見たくない事が解れば解る程、横田と何を話せばええのか解らなくなるわ)
妹が男に奪われる位なら、レイプされてでも妹を守る。
和枝の信条のみに関して言えば、彼女が己に課していた理想は達成出来た事になる。
大出みゆるを巻き込み、彼女に耐え難い苦痛を与えてしまった点だけはどう償おうとも償いきれなかった。
「秘密を抱えて生きていくと言うのは、辛い事やと思いますか?」
和枝は赤鬼に、そう問いかけた。
「持ちたくて持った秘密で無ければ、そういった秘密は無い方が幸せでしょう。
でももしどうしても持たなければならないと言うのなら、忘れる努力をするべきです」
「忘れる、努力……」
嫌な返答があるかもしれないと思いながら発した問いかけに対して、そう返された為和枝は少し驚く。
「私の人間だった頃の名は赤松(あかまつ)仙左衛門(せんざえもん)と申しましてね。
1700年代に長尾家の財政顧問を任されておりました。
お金と言うのは、綺麗なものだけではありません。
中には『袖の下』や『金色の饅頭』が沢山あったのですよ」
優遇措置の為の賄賂は昔から存在し、それによって便宜を図ってもらおうとする大名家は多かった。
彼はたった1人でその汚い裏金の存在を知り、自分の胸の中にしまい込んできたのだ。
「私はそういった裏金を管理する立場上、その金のいくらかを受け取る事もありました。
そのまま自分の快楽の為だけに使っていれば地獄行きは免れなかったでしょうが、私は違った。
私はその金を己の才覚で増やし、教育を受けられない子供達の為に寺子屋を作る等償う努力を続けました。
死ぬ間際には、殆どの金を寄付する程でしたから」
「どうして、そんな事を?」
和枝は彼が『聖人』を目指した理由が気になり、そう尋ねる。
「私は信心深い俗物だったのです。
裏金は右から左に流して、見て見ぬふりをした。
それでも私は行くのなら如来様がいると言われる天国へ行きたかった。
残念ながら私は少しだけ『悪行』が勝り地獄堕ちとなりましたが、そこでも『模範囚』を貫きました」
獄卒の鬼達や天国にいる死者を案内する鬼は全て『元人間』である。
地獄に堕ちたが更生の余地がある者達が集められ、人々への償いを続ける為に『鬼』となるのだ。
地獄の亡者を管理する事も、永遠に観光案内の仕事を続けるのも『刑務作業』の1つだった。
「私は苦行を味わう事無く何とか鬼になれましたが、鬼の仕事も楽ではありません。
抱える秘密はどんどん増えていく。
それを全て覚えていたら重圧に押し潰されてしまうでしょう。
だから、大切なのは忘れて先へ進む事だと私は考えます」
赤松はそう言った後和枝を慰めるかの様に微笑んだが、和枝自身は割り切る事が出来なかった。
(ウチが横田に犯され、みぃやんを犯した事を『良し』とした事を忘れるのは無理やわ……
それも全てウチの心の持ちようで、黙ってさえいれば露見する事は無い。
忘れられへんやろ。
横田がウチへの恨みを抱え続けるのと同じ様に)
大出みゆると咲に嫌われたくない。
それが和枝の本音であり、そう思って行動してきた。
結果として横田は和枝の事を憎み、周りの人間まで不幸になってしまった。
勿論『ベスト』では無かったが、『ベター』な選択ではあったのだ。
和枝にしてみれば、そう思い込む事でしか自分の心を守る事が出来なかった。
己の心の汚い部分と、その心を憎んだのかもしれない横田との邂逅。
全てに決着を付ける為に横田との面会を望んだ和枝であったが、その心はまだ揺れている。
「向こうの準備が整った様ですね。
参りましょう」
椅子から立ち上がり、廊下の奥へと消えていく赤鬼の背中を、和枝は慌てて追いかけた。
ロビーと同じ様に面会室もまた、冷たいコンクリートの壁に囲まれた部屋だった。
部屋の中央部分にガラス板が設置されているのも桜華が黒沢と面会した場所と変わりが無い。
赤鬼は部屋の隅に置かれている椅子に座り、和枝は机の下に置かれている椅子に座った。
(あの時の横田は髭だらけでやつれとったけど、流石に死んだ後までその状態やないやろ……
なりたい自分になれる世界や。
もしかしたら、自虐的にその姿を保っとるかもとは思うが)
天国でも地獄でも、自分が理想とする己の姿を保つ事が出来るのは一緒だった。
別人に変わる事は何らかのアイテムを用いなければ不可能だが、和枝だってその気になれば小学生の姿にだって変わる事が出来る。
和枝にとっての『理想』は、アイドルとして絶頂を迎えていた18歳頃の自分だった。
「さぁ、入れ」
獄卒の鬼に背中を押される様な形で面会室に姿を現した横田は、死ぬ直前あたりの見た目をしている。
顔の下半分を覆っていた髭は無く、身体も必要以上には痩せておらず健康そうに見えた。
その横田秀行の姿は、自分が間違う事無く歩んでいたらこうなっていただろうと言う理想の姿を体現している様にも感じられる。
当然見た目の年齢は和枝よりも年上であったが、横田は椅子に座るとその事に気付き口元だけで薄く笑ってみせた。
「それが、お前の最も輝いていた頃の姿なんだな」
「ああ、少しはええ思いをしていた頃のな。
アンタは『生きていたかった』っちゅう心の現れなんか?」
少し嫌味に聞こえる様な口調で和枝がそう言ったが、横田はその言葉を素直に受け取った。
「お前も大出も、古橋幸吉も菊池もいない、ただ咲だけがいる理想の世界で生きたかった。
俺の父親が純日本人で、人殺しもしていない世界に生まれたかったと言う主張みたいなものだ」
横田は憔悴しきっている様に見えた。
自分の『運命』に抗う事が出来ず疲れ果てた青年。
小学生の頃、まるで世界を支配していたかの様に和枝やみゆるを凌辱していた時とは別人の様だった。
「アンタが信国人とのハーフやって知った時、『御国柄』とは思ったがそういう業を背負わされていたとも言える……
今はそう考えられる様にもなったわ。
性欲が強くて、人を犯したくなると言う『病』やな」
「お前もその『病』に苦しみ続けてきたんだろう?
俺達は憎み合っているが、結局は同じ穴の貉だ。
生まれた時からとんでもないハンデを持たされてきたんだ。
俺とお前は同類さ」
天武日本人と比べると信国人は性欲が強く、特に性的衝動による犯罪では世界に名を轟かせている。
ふたなりもまたそれと同じかそれ以上に強い性欲に苛まれ、まともに生きる事自体が困難だった。
同類相哀れむとは言うが、今の2人には恨みや憎しみを超えた奇妙な親近感が芽生え始めている。
「育ての父親に暴力を振るわれていると言う事を、ウチに一度でも言ってくれたらな……
せやったらウチもアンタの境遇を知って同情したかもしれんのに」
「馬鹿を言え。
それを人に言うのはお前が両性具有者である事を公言するのと同じ事だ。
情報が漏れて、その情報をシャットアウトする為に幸吉自身を含めた付近の勢力が動き出す。
破滅だったんだよ。
俺が人にそれを言う事は」
横田はもっともらしい理屈を述べたが、和枝はそうではない事を知っていた。
「……ウチは天国で、ウチがあの時咲を引っ張っていかなかったらどうなっていたのかを知った。
アンタは咲だけには自分の秘密を打ち明けようかと思っとったんやろ。
ウチを信用せず、咲だけを信用していた。
それだけの事や」
嫌われたものだ。
和枝はそう思った。
幼い頃から咲と自分は双子であるが故に比較されてきた。
何時の間にか言いたい事をずけずけ言う自分とそれをフォローしようとする妹の図式が完成し、それ故に妹が愛される様になった。
全ては相手に舐められない様にする為、心の底にある秘密を嗅ぎとられたくないが為……
和枝は虚勢を張る事でしか、人と違う身体を持った自分を肯定する事が出来なかったのだ。
「お前と咲は一卵性の双子だから見た目はそっくりだが、中身がまるで違う。
お前は他人を拒絶し、自分が信用出来る人間だけを側に置きたいと考えている様に見えた。
だが咲は、誰にでも惜しみない愛を注ごうと努力している様に見えたんだ」
和枝にとっても横田にとっても、その考え方の違いは1つの謎であった。
同じ家に生まれ同じ親の下で同じ育て方をされてきたのに、2人の性格は全く違う。
だが今になってみれば、当然だったのかもしれないと和枝は思っていた。
「ウチと同じ人間が2人いたら、親ですら面倒を見るのに難色を示したやろ。
自然と、生きていく為に何が必要なのか咲は感じ取っていたのかもしれん。
だから、ウチと咲の性格は変わっていった。
真相はこんな所やと思うとる」
「……そうか。
お前はお前なりの答えを出す事が出来たんだな」
横田は、プライドを剥ぎ取られた今の自分の方が正しい感覚で世の中を見つめられていると感じていた。
全ては自分が理不尽に虐げられていると言う現実を認める事が出来ず、プライド故に暴走した結果だった。
更生施設に入って宣教師の話を聞き、『洗脳された』と言えばそれは事実なのかもしれない。
それでも、全てを失って自暴自棄になっていたホームレスである自分の方が人間らしいとすら思った。
(菊池も、本国の政治家に危険視されている父親の息子と言う事実を認める事が出来なかった。
俺も和枝も、『理想の自分』を追い求めていたんだ。
だが、そんなものは何処にも無かった。
虐待を受けていた殺人鬼の息子。
『ありのままの自分』を受け入れるしか無かったんだ。
咲は多分、『現実の自分』が解っていて、自分が惨めな存在であるが故に他者を救済しようとしたんだろう。
やり方が違っただけだ。
咲と和枝は本質的には同じ存在。
だが……)
何度、今目の前にいる和枝を咲だと思い込んで凌辱した事か。
咲の泣き叫ぶ顔を想像すればする程、勃起した陰茎が漲ってきた。
膣から破瓜の血を流して悶絶する和枝の顔を咲に見立てて、横田は激しく射精を繰り返したのだ。
「今の俺の姿も、アイドルだった頃のお前の姿も虚像に過ぎない。
お前だって、いずれは俺の様に『そのままの自分』と向き合わなければならない時が来るさ。
いや、死んでいるんだから来ないのかもしれないが……」
懐かしむ過去が何も無い横田の涙は、少しだけ和枝の心を動かす。
自分には思い返せる『輝かしい過去』があるが、横田にはそんな過去が殆ど無いのだ。
ほんの少しある『幸せな過去』ですらも、現実が黒く塗り潰してしまう。
「咲は、殺人鬼の息子であるアンタを受け入れる事が出来るんやろうか」
「……さぁな」
横田はまるで他人事の様にそう言ったが、実際は傷付いているのは明白だった。
和枝には全て解っている。
咲が『横田の全て』を受け入れて結婚までしたと言う『もう1つの未来』があった事を。
それを敢えて言わない事こそが、和枝のささやかな復讐だった。
「あと1分だ」
抑揚の無い、機械の様な獄卒の声が面会室に響き渡る。
「最後に1つだけ教えてくれ。
何故俺に会いに来た?
大出と同じ様にお前にとって俺は顔も見たくない存在のハズだ。
俺がお前を嫌っている様にな。
どうしてなんだ」
その疑問に対する答えを、和枝は用意していなかった。
「……許したワケや無いんや。
ただ、少しだけアンタの事が気の毒に思えてな。
ウチの罪を、肩代わりしてくれたのはアンタなんやろ?」
「お前が地獄に堕ちたら、咲が哀しむだろう。
それだけだ。
俺は咲の為なら、何だってしてやる。
彼女を心から愛しているんだから」
愛。
和枝にとっては陳腐な、理解する事が出来ない台詞だった。
両親から愛されていたのかもしれない。
妹からも愛されていただろう。
それでも、『愛』を信じる事が出来なかった。
愛が自分を救ってくれるとは思えなかった。
それこそが、自分に降りかかった災難の正体なのかもしれない。
和枝はそう思った。
「時間だ」
「お前はお前の道を行け。
咲を哀しませるな。
出来れば……大出もな」
「言われるまでもないわ」
精一杯の強がりだったが、本当にそれが出来るのか和枝には自信が無かった。
大出みゆるは、恐らく自分に対しても多少の恨みを抱えているに違いない。
そんな彼女の心を自分が癒やせるのか。
和枝は無理だと思った。
(みぃやんの事は、咲に任せるわ……
フフ、調子のええ事ばっかり言っていざとなれば妹に縋る。
駄目な人間やウチは。
ウチも、横田と大差の無いちっぽけな人間なんやろうな)
追い出される様に面会室を後にする横田の背中を見ながら、和枝はそんな事を考えていた。
「うわ、結構並んでるんだな」
「あそこにいる『人間』が『人間』ですら無くなると考えると、どんな悪人であっても気の毒な気がしますわね」
桜華はそう言いつつも、自分を破滅に追い込んだ者達があの場所に立たされた時彼等を許せるかどうか自信が無かった。
大の男どころか、縦の長さが5メートルはあるであろう巨大な鏡。
頭上に星が輝いている空間の中で、罪人達が本当の意味での『刑罰』を受けようとしている。
「この鏡の前に立て」
鏡の前に連れてこられた金髪の少女は、生まれたままの姿を周囲の者達に晒していた。
肌は日に焼けていたが、付け爪やイヤリングと言った装飾品も無く化粧もしていない。
「逆井(さかさい)眞弓(まゆみ)、18歳。
所属していた地獄は賽の河原。
生涯に渡り50回以上も万引きを繰り返し、最後の万引きが発覚した際店員に怪我を負わせ逃亡。
逃亡中に赤信号中の横断歩道を走り抜けようとしてトラックに撥ねられ死亡。
間違いないな」
「そうだけど」
ぶっきらぼうにそう言い放つ彼女の態度は、到底反省しているとは思えないものだった。
「賽の河原においてハノイの塔をクリアして『転生の間』に来た。
お前は転生を心から望んでいる様だが、それは何故だ」
「自分が自分である事にウンザリしてるから。
ただそれだけ」
自暴自棄の果て。
桜華と豊にはそう見えたが、紀子は素早くタブレットを操作する。
「彼女の両親、幼い頃に離婚してますね。
母親側に引き取られて、再婚した相手が現役ホスト。
使われるだけ使われて搾り取られているのに、母親は盲目的に愛情を注いで娘の人生を顧みなかった。
彼女が万引きを繰り返したのは、母親に振り向いてほしいと言う願望の表れでしょう。
犯罪を犯しても、母親は振り向いてくれなかった。
怒りと哀しみで万引き行為がエスカレートしていった様です」
豊は両親が離婚すると言うイベントを経験している為、彼女の苦しみを理解する事が出来た。
「母親に認めてもらえない自分が無価値だと感じているんだろ。
俺は優しい母親に育ててもらえてラッキーだった。
兄貴にしてみりゃ地獄だったかもしれんが」
「私の御父様に比べれば、『良い父親』だったと思いますわよ」
酒に酔って暴力を振るう時点で、獅子王と大差が無い様にも見える。
それでも子供に何かを強制しないだけマシだと豊は思った。
「お前の転生する生命体が決まった。
お前はカササギとして生を受ける」
獄卒である灰色の肌をした鬼がそう言ったが、豊はカササギに対する知識が無かった。
「……鳥だったっけ?」
目を丸くさせながら確かめる様にそう言った豊に対して、桜華は少し呆れた様な表情を浮かべる。
「天武日本でも有名な鳥ですわよ、カササギは。
カチガラスと言う別名もありますわね。
貴金属や宝石を好んで巣に持ち帰る習性があると言う俗説があり、合衆国やEU諸国連合では『泥棒』の俗称として用いられていますわ」
「へぇ、俗説なのか」
「実際に調べたら金属製のハンガーや針金等の『巣の材料になりそうなもの』は集めるものの、宝石やゴールドバーには興味も示さなかった。
そんな研究結果も出ているんですわよ。
世の中には勉強すべき事が沢山ありますわね」
舌を出してからかう桜華の姿が、滑稽に見えながらも哀愁を漂わせていた。
「勉強が足りないって言いたいんだろ。
悪かったな。
こっちは詰め込み教育なんて施されてねぇんだ」
同じ様に皮肉を言って返した豊だったが、互いの傷口に塩を塗り込んでいる様な虚しさを感じていた。
「アタシはそれでいいよ。
泥棒でも何でもいい。
次の親が、アタシを愛してさえくれれば」
「それに関しては、どうなるかは解らんな。
お前が次の『生』で幸せになるかどうかはお前の魂次第だ。
さぁ、鏡の中に飛び込め。
そうすればお前は生まれ変わる事が出来る」
全裸の彼女を映していた鏡が白く輝き始め、そのまま少女はゆっくりと鏡に近付く。
「……さよなら、今までのアタシ。
そして初めまして、これからのアタシ」
自分自身を全て失うと言う罰ですらも、彼女にとっては『救い』だったのだろう。
思い切って飛び、鏡に向かっていった彼女の姿はそのまま鏡に吸い込まれて見えなくなった。
何事も無かったかの様に鏡が元に戻り、獄卒が次の罪人を呼び出す。
「次の者、前へ!」
彼女の様に自発的に鏡の中へと飛び込んでいく者はまれだった。
中には逃げ出そうとするも羽交い絞めにされ、鏡に向かって放り投げられる罪人もいた程だ。
「本当の死って言うのはさ、自分自身の存在が永久に失われるって事なんだよ。
正直現世に名が残った所で、俺達は何も感じねぇだろ?
もう干渉する事も出来ねぇし……
だから恐れるんだ。
こうして転生する事を」
「でも、もし転生が避けられないのだとしたら私は先程の女性の様に鳥になりたいですわ。
籠の鳥になりさえしなければ、何処までも広い大空を自由に飛んでいけますもの」
夜であろうと昼であろうとずっと闇が覆い、星空が照らす場所。
転生の間で煌めく星々を見ながら、桜華は己の願望を口にした。
「豊さん、桜華さん。
『地獄巡り』の予約ルートはココまでとなりますが、他に行きたい場所はございますか?
延長料金がかかる等の問題は一切無いので、後はそちらの御判断と言う事になりますが」
「もう、いいよな?」
豊の言葉を聞き、桜華もその考えに同意する。
「他の地獄も、亡者が苦しむ姿を見るだけでしょう?
私達はこれまでとしますわ。
それに、本当にまた来たくなったら何時でも戻ってこられるのでしょうし」
「承知致しました。
それでは御二方を火車で天国までお送り致します。
天国に戻った後はすぐに思った場所へと飛ぶ事が出来ますので御心配無く」
待機させていた火車に乗り込み、天国へと戻っていく豊と桜華。
その姿を偶然、『転生の間』へと案内されていた和枝が捉えていた。
「結構、ココに来る『観光客』は多いんやね」
「殺し合いのイベントが設けられている等活地獄と人気を二分している場所ですから。
中にはココで転生させられる亡者を数日間見続けているコアな観光客もいる位です」
案内人の赤鬼がそう言い、和枝は溜息をつきながら顔を歪ませた。
「趣味が悪いわ」
「人間と言うのは本来そういう生き物ですよ。
私も元は人間ですので心得ています。
他人の苦しみと葛藤、そして悟った後の諦念。
人生の縮図がこの場所に凝縮されているんですよ。
だから、人の不幸を蜜の味と考える人達がココに見て彼等を見続けているんです」
そう言っている間にも、罪人が鏡の前に突き出される。
「主税(ちから)佐渡守(さどのかみ)國定(くにさだ)だな」
「その通りでございます」
白い着物を優雅に着こなし、所作にも何処となく気品が感じられた。
「お前の罪状は天皇暗殺。
権勢を思いのままにしたい藤原(ふじわらの)道長(みちなが)の命令に従って猛毒を調合し道長に手渡した。
西暦では1011年1月、口封じの為道長の放った刺客により暗殺されている。
明確な意図を知っていながら毒薬を作ったお前の罪は重い」
「国を思えばこそでございます。
藤原家の勢いが一条(いちじょう)天皇陛下によって削がれる様な事になれば日ノ本の損失となった事でございましょう。
陛下と道長様の仲は決して良好では無かった故……」
彼の真っ直ぐな瞳には、後悔の念は一切感じられなかった。
「お前の罪状は国家転覆に相当する為、無間地獄に送られているな。
だが情状酌量の余地があると判断され刑期が1000年となった。
そして今、お前は転生の間に立っている」
1000年と言う気が遠くなる程の時間、彼は意味も無い肉体労働を強いられてきたのだ。
そこから解放されたと言う安堵感が勝っているのか、彼の顔は非常に晴れやかだった。
「私(わたくし)は己がした罪を恥だとは思うておりませぬ。
未来を思い、道長様の目指す華やかで平和な世がやってくる事を夢見ただけの事。
どの様な裁きも、怯む事無く受けるつもりでおりました」
「お前は転生し、『蚯蚓(みみず)』として土を耕す事になる。
そこからまた転生を繰り返して人間を目指すがよい。
生きているもの全てがその『生き方』によって人間になるか別の生命になるのかが決まる。
どれ程悪辣な罪を犯した者がいたとしても、この鏡に飛び込んだ時全てが許されるのだ」
男は思い切り笑った後、まるで珍しいものを見るかの様に鏡面を見つめた。
「土を耕していた頃が懐かしく感じられまする。
もう一度土を耕す日々に戻るのならばそれも結構。
私は最後まで男であったと、道長様にお伝えくだされ」
自分を失う事を恐れはしないと、ふんぞり返って歩を進め光る鏡の中へと足を踏み出す。
男はそのまま鏡の中へと吸い込まれ、獄卒が何も無かったかの様に次の亡者を呼び出した。
「ああいった人間が刑期を終えた瞬間にこの場所へとやってくる。
一流のドラマでも見る事が出来ない怒涛の展開が毎日の様に繰り広げられているんです。
刺激を求める人間にしてみれば、最高のエンターテイメントだと思う人もいるでしょう」
「だからこそタチが悪いんや……
でもまぁ、ウチもいずれはこの場所に戻る事になるんやろうな。
横田が転生させられる時に。
その時は傍らに咲とみぃやんがいるハズや」
その光景を和枝は頭に思い描こうとしたが、遥か先の話過ぎて最早想像する事すら出来なかった。
大出みゆるはどういった気持ちで彼の消滅を見届けるのだろう。
妹は、そして自分は?
考えても全くその答えは出てこなかった。
「ウチも帰るわ。
菊池にも横田にも会ったしな……
今の所はもうええて」
「解りました。
既に帰りの火車は用意しておりますのでこちらへ」
一列に並ぶ人間が作り出す白い線と、それを見守る獣の群れ。
和枝にしてみれば気分が悪くなる様な光景だった。
地獄に堕ちた罪人達は最後の最後まで見世物にされているのだ。
両性具有者として世間の見世物にされる可能性すらあった和枝にしてみれば、それ以上の苦痛は無かった。
(皮肉なモンやなぁ。
人間は、自分が貶せるものでさえあれば何でも見ようとするんや。
自分より劣っている者を見る事で心の安定を図ろうとする。
それは人間が人間である限り変わらん)
和枝は横田を否定し、横田は和枝を否定した。
そうする事で壊れそうな自分の心を守ろうとしたが、結局どちらの心も粉々に砕け散ってしまった。
「犯罪をこの世から根絶するのは無理や。
ウチはその事をよう知っとる」
人殺しなどしたくもないと思っていた和枝ですら、最終的に人殺しとなってしまう。
冷たい世の中だからこそ、その流れが加速している。
彼女はそう思った。
地獄と天国の境界線。
地獄の入口。
暗い空に時折雷鳴が轟き、稲光が地上を照らす発着場。
そこには豊と桜華が乗っていた『火車』が何十台、何百台と用意されている。
「それでは今より等活地獄に御案内致します」
「御要望は『阿鼻地獄』で宜しかったですよね?
はい、勿論準備は整っております」
1人か2人の『観光客』に対して必ず鬼が付き、彼等が望む場所へと連れていくのだ。
その発着場から見える巨大な入口には、長い階段が設けられていた。
「あの長い階段を登れば、天国に戻る事が出来ます。
実際は天国と言う領域に入った時点で御自宅にワープする事も出来るんですが……」
紀子は説明を止め、桜華の表情が変化している事を指摘する。
「地獄を見て、会いたい人に会って御自身の心境が変わった様ですね」
「諦める事が出来ただけですわ。
今までの私はこうであれば良かった、どうすれば最悪から逃れる事が出来たのかと悩んでばかり……
黒沢に会って話を聞いて、あの過去は起こるべくして起こり私に選択する道など無かった。
それを自分の中で認識出来ただけでも、前進出来た様な気がするんですの」
桜華は自分の人生がただただ苦痛な、救いの無いものであった事をしっかりと自覚した。
そのうえで、豊と共に生きる『未来』を大切にしたいと言う思いが強くなっているのを感じていたのだ。
「もう、誰も私を縛る事は出来ない。
自由に飛んでいける。
私の意思を尊重してくれる相手と一緒に……
迷う必要が無くなったのは良い事ですわ」
そっと肩に手をかけ、愛おしむ様に縋りつく桜華の小さな身体を、豊は何も言わずに抱き締める。
「私も今回、御二方と共に地獄を巡る事が出来たのは幸せでした。
史上最悪の『濡れ衣』を着せられてしまった綾小路桜華と言う人間が、何を見て何を聞けば立ち直る事が出来るのか。
沢山、勉強させてもらった気がします。
本当に有難うございました」
紀子は頭を下げ、2人の顔を暫く見つめていたがやがて視線を移した。
「私はしがない地獄の観光案内人です。
桜華さん以外にも、心に闇を抱えた御客さんが沢山います。
どうしても地獄を見てみたいと思う人達にはそれなりの理由があって、大抵はとても重いものですよ。
自分を苦しめた相手に会って、思いのたけをぶちまけてやりたい。
地獄に赴いて、思う存分復讐してやりたい。
そういった負の感情を持って人は地獄にやってきます」
火車に乗り込んでそれぞれの地獄へ向かう者達を見ながら、紀子は語り続ける。
「桜華さんは、納得こそ出来ないけれど、妥協して許す度量の広さを見せた。
今後私が別の人を案内する時、そのエピソードが他の御客さんを救うきっかけになる様な気がするんです。
許す事は、自分に対する裏切りでは無い。
自分の心を救う為の行動なのだと。
憎しみの感情から堕ちて、その相手と同じ場所まで転落してしまう人を私は幾度と無く見てきました。
貴方は『苦痛』や『絶望』を味わっても尚強い心を持って負の連鎖を断ち切った。
これから私は、その気高さや美しいプライドを伝えていきたいと思っています」
紀子は同じ女性として、桜華を尊敬し自分自身も強い心を持って生きたいと考えていた。
人間の負の感情ばかりが見える仕事をこなし続ける中で、彼女の様に誇りを持って職務に励み続ける。
桜華が地獄巡りの中で経験した『成長』は、紀子にも大きな影響を与えていた。
「御仕事、大変でしょうけれど頑張ってくださいまし」
「ええ、休み無しですからね。
次の御客さんももう決まっていますから。
貴方が再び地獄巡りをしたいと思った時、また私が担当出来るかどうかは解りませんがまたお会い出来れば幸いです」
紀子は丁寧な御辞儀をし、名残惜しそうに2人の顔を眺めていたが『次の客』が降りてきた事を確認して手を振る。
「機会があればまたいずれお会いしましょう。
さようなら、豊さん、桜華さん」
彼女達もまた、一流のプロフェッショナルだった。
私情を挟むのが効果的だと思えば取り入れ、相手がそれを不快だと感じれば即座に変える。
淡々と事実だけを述べるべきなのか相手の気持ちに沿うべきなのか、彼等はそういったものを心得ていた。
「地獄へようこそ!
早速御予約されているコース通りに地獄を御案内致します」
与えられた仕事に誇りを持ち、自身の成長を信じて頑張っている紀子の姿が桜華には眩しく見える。
「羨ましいですわね」
「なぁに、俺達にだってするべき事は沢山あるさ。
それが現世には何の影響も与えないだけでな……
帰るか」
桜華は当然の様に豊の腕に両手を添え、身体を預けた。
「する事なんて、何種類も無いと言うのに。
豊は何時も大袈裟ですわ」
「大袈裟位で丁度良いんだよ。
本当の事を言っても虚しくなるだけだろうが」
真っ白な階段を登り、歩みを続ける2人。
殺風景に感じていたその『白』が、桜華にはとても美しく感じられた。
真っ白な壁に囲まれた部屋。
家具こそいくつか置かれているが部屋の中は綺麗過ぎて生活感はまるで無い。
その為ベッドに寝そべった状態のまま、勃起した陰茎を扱いている和枝を他の人間が見れば、違和感しか感じなかった事だろう。
彼女は桜華ほど諦める事が出来なかった。
かつて存在していた『アイドルの自分』と『今の自分』との間で揺れていた。
心が辛くなったり、苦しくなったりした時人は逃避出来る場所を求める。
彼女にとっては自慰行為こそがその避難場所だった。
「ハッ……はうぅ……
チンポ、チンポ気持ちええ」
指先を使ってペニス状の巨大なクリトリスを刺激し、膣に指を突っ込んで掻き回す。
指の腹で優しく肉棒を撫でたり、手で輪を作り扱いたりと、和枝はありとあらゆる行為によって快感を得ようとしていた。
「オメコも、ええよぉ……
凄ッ、凄いガクガクする、来る、来てまうぅ」
苦しみと絶望を快楽で誤魔化す。
彼女には、そうする事しか出来なかった。
愛していた、両親との断絶。
和枝が殺人を犯した直後、母親は責任の重さに耐え切れなくなり自殺してしまう。
そして父親は妻を失ったショックから酒に溺れる様になり交通事故死。
2人は両方とも様々な理由があって天国にいるが、和枝を激しく拒絶した。
『お前達みたいな化け物を育てていた事が恥ずかしい。
身体的な異常だけで無く、殺人まで犯してしまうとはな。
二度とココへ来るな。
私は妻と2人だけでやっていく。
お前はいずれ来るだろう妹と一緒にいろ』
『私は貴方みたいな露出狂の変態を育てていた覚えは無いわ。
もう顔も見たくない』
典型的な『大人の判断』であり、両親は和枝の状況等を全く考慮しなかった。
鏡を見れば凄惨な過去を知る事が出来ただろう。
だが和枝は一方的に非難され、両親に会う事も出来なくなったのだ。
釈明したくても何も聞いてもらえない。
心の苦しさや哀しみを、快楽で誤魔化す。
前々から開き直った生き方をしていた和枝であったが、その傾向がさらに強くなっていた。
「ひぐッ、ウチのチンポいくぅ、射精するッ!!」
どろっとした透明な液体が、先端から勢い良く噴き出す。
和枝は全身を激しく痙攣させ、肉棒がもたらす快楽に身を委ねた。
(お母んは、あの時の事忘れてなかったんやな……
あの時ウチは横田に差し込まれながらみぃやんのオメコに挿入しとった。
一場面だけ見れば、全裸でセックスを行っているただの変態に見えたやろ。
しかも夜中の公園で露出行為しながら。
でも、そこだけで判断されてもなぁ)
射精の余韻に浸りながらも、和枝の頭の中に考えたくも無い『現実』が流れ込んでくる。
自分が小学生の頃、クラスメイトに性的暴行を受けていたと言う事実。
大人になった後、その報復としてクラスメイトを殺したと言う事実。
両親はそうなってしまった理由を簡単に知る事が可能であったが、真実から目を背けた。
両性具有者である和枝と咲が、『失敗作』であったと言う認識しか無いのだろう。
両親は2人が『まとも』である事を望んだが、思った通りの生まれ方では無かった。
男とも違うペニスを持って生まれてきた性欲の強い獣。
そう思われても仕方が無いとは思ったが、和枝にとってはやりきれない気持ちだけが残る。
「みぃやんは、ウチの事を受け入れてくれるんやろうか」
その自信もあまり無かった。
彼女には、恐らく見抜かれている。
元々彼女を貫きたいと言う邪な願望があって、横田がそれを後押ししただけだと言う事を……
「考えてもしゃあない。
ウチは両親から絶縁された。
切り替えていくしか無いんや。
泣いても変わらんのやで」
何時の間にか瞳から溢れ出し、頬を伝う涙。
和枝はそれを拭う事もせず、目の前にある肉棒に舌を這わせた。
和枝は天国に来てから何度も自慰行為を行っているが、その時1つの異変が起こった。
射精した直後に『ペニスが根元から外れる』と言う現象が発生したのだ。
恐らく、和枝が自殺する際に根元からペニスを切り落として自殺した事と何らかの関係があるのだろう。
取れても股間の感覚は残っており、股間に密着させれば元通りになる。
股間から離れても快感を味わう事が出来る為、和枝はこの状況を楽しむべきだと思っていた。
「ウチのチンポをこんな近距離で眺める日が来るなんて……
舌で舐めても咥えてもメッチャ気持ちええわ」
快感だけが、壊れそうな和枝の心を支えてくれる。
和枝自身、それが唯一の方法なのだと思わなければどうしようも無かった。
「刺激したら気持ちええ所、全部解ってるからぁ」
1回射精した程度では萎えない剛直が、和枝の口の中でさらに熱を帯びてくる。
舌先で先端を舐めると、肉棒を含めた全身がビクビクと震えた。
亀頭にあたる部分を咥えたまま、まるで赤ん坊の様にむしゃぶりつく。
(いひッ……
コレ、オメコにもチンポにもダイレクトな反応がぁ)
口の中で熱く滾り、脈動を続ける和枝自身。
膣も先程の愛撫と肉棒への刺激があった為、愛液で潤んでいた。
「んむッ、おふ……
むぐ、ふぐぅぅ」
快感の海に溺れていたい。
何も考えたくない。
和枝はその一心で勃起した自分自身を刺激し続ける。
(アカン、チンポいきそうや。
でも……出すんやったらこっちの方が)
ガチガチに硬くなった剛直を、そのまま自分の膣に近付ける和枝。
先端部分を膣口にそっと押し当て、根元の部分を手で握ったまま中へと沈めていった。
熱が篭もった膣の中に、脈動する肉棒が別の生き物の様に侵入する。
根元の部分を片手で握りながら、和枝は今まで感じた事も無い快楽に身を震わせた。
(は、入っとる。
ウチのオメコにウチのチンポがぁ……
ビクビクしとるよぉ。
これはもう、オナニーと言うよりセルフセックスやろ。
動か、ひッ)
奥まで貫入した漲りを、緩く引き抜こうとするだけで全身に電流が流れるかの様な快楽が襲い掛かる。
最初こそその出し入れのスピードは遅かったが、感情の昂ぶりと共にそのスピードが上がっていった。
「チンポッ、チンポぉ!
ウチのオメコの中に包まれて、悶えとるッ。
ああ、射精しそうや……
もっと早く動かしたい。
もっと、もっとぉ!!」
自分が感じたまま、両手を肉棒の根元に添えた状態でピストン運動を続ける和枝。
完全に理性を捨てた『獣』が、涎を垂らしながら嬌声をあげている。
時折意味も無い雄叫びの様な声を発しながら、和枝は膣と肉棒を与えてくる快感に身を任せた。
「出る、せーえき出るッ。
イク、イッてまう!」
ぐちゅぐちゅといやらしい音が、静かな部屋内に響き渡る。
全身をがくがくと痙攣させながら、和枝は足を伸ばした状態で肉棒の先端から透明な粘液が噴出するのを感じていた。
「あ、あぐぅぅ、へぇぇぇぇ」
最早声にもならぬ声を発しつつ、涙と涎だらけの酷い顔を晒す和枝。
膣に根元まで埋まっている肉棒の先端が震えながら精液を吐き出し、やがて止まる。
自分自身が刺さった状態のまま、和枝は快楽の余韻に浸っていた。
(ウチのオメコがひくついて、チンポをきゅっと包み込んでくるぅ……
1発や2発出した所で、萎えへんよ。
生きていた頃からそうやったから解るわ)
いきりたったモノが、彼女の股に潜り込んだまま唸り声を発しているかの様だった。
粘液が身体の中から消えても、性的な欲望は全く消えない。
「それにしても、生きとる頃からチンポの取り外しが出来たら良かったのに。
取り外してバッグの中に入れてたりしたら、プールの授業にも出れたわな」
和枝は射精と絶頂の余韻があまりにも凄まじく、魂が抜けたかの様に寝そべっている事しか出来なかった。
ぼんやりとした意識の中で彼女はそんな事を考えていたが、やがて自嘲気味な笑みを浮かべる。
(いや、授業中に大きくなったら集中出来なくなるやろうしな……
結局トイレに駆け込んでセルフフェラで大人しくさせるしかないか。
フフ、アホな事を考えられるだけ平和なのかもしれんわ)
どうしてこんな身体で生まれてきたのだろう。
勿論、それは神の悪戯に過ぎない。
確率が低くても、車に撥ねられて死ぬ者はいるし、鉄パイプが頭に直撃して死ぬ者もいる。
運が抜群に悪かったのだ。和枝はそう思って自分を納得させようとした。
「ウチも悪かったけどな……」
涙を流して激昂し、思いのたけをぶちまける横田の姿が脳裏に浮かぶ。
自分も間違えたのだ。
進むべき道を誤って幼馴染も妹も不幸にしてしまった。
一番悪いのは、その事を墓場どころか死んでも大切な人に告白出来ない事かもしれない。
和枝はそう思い、深い溜息をついた。
「なぁに、何を言ってももう変わらへんのや。
時間を巻き戻す事が出来るんやったらウチがとっくにやっとるて」
誰に言うでも無くそう呟きながら、和枝はゆっくりと上体を起こす。
全裸に己の肉棒が刺さったままと言うあられもない恰好で、彼女は何気なく横を向いた。
「うおッ、おおおお!?」
何時の間にか、彼女のベッドの横に井島豊と綾小路桜華が立っている。
豊は苦笑いしながら頭を掻き、桜華は視線を逸らしながら頬を赤く染めていた。
「なッ……」
和枝の顔からスッと血の気が引いていく。
股間に自分の肉棒が差し込まれたままと言うとんでもない状態である事は彼女自身が一番良く解っていた。
「わあああ!
確かに遊びに来るって聞いとったけど、なんぼなんでもこのタイミングは無いで!!」
先程まで流していた涙とは感情の異なる涙が溢れ出す。
顔を真っ赤にしながら股間と胸を手で隠したが、全てが遅いのは明白だった。
「インターホンも何も無いもんだからさ……
前から香織ちゃんがセルフセックスしてたのは知ってたけど」
「嬌声が凄くてつい見てしまいましたけれど……
両性具有者って激しいんですわね」
壁は誰でも簡単に通り抜けする事が出来る為、襲おうと思えば簡単に襲える。
実力行使に及べば天使に身柄を拘束されると言う抑止力があるからこそ何もしないのだ。
ただし、天国においてプライバシーは皆無であり、恥ずかしい行為に及べば全てそれが垂れ流しになっていた。
「い、何時(いつ)からココに……?」
「香織ちゃんが自分のモノを使ってセルフセックス始めた時から見てたけど」
申し訳無さそうにそう言う豊の顔を見ながら、和枝は魂が抜けた様な状態のままベッドに倒れ込む。
「……もう、ええわ」
生きている頃であれば、即座に自殺を考えなければならない程の醜態。
赤の他人に自慰行為の一部始終を見られたと言う事実が彼女の心を抉る。
「でも、皆見てるしね。
全ての光景は何処の家にもある鏡で見る事が出来る。
桜華だって自分の母親が複数人の男性とセックスしてる所を見たりしてるから……」
「御母様の事は今言わなくても良いでしょう?
全く豊は」
腕を組み、頬を膨らませながら豊を睨み付ける桜華。
夫婦漫才を見ている様な気分になりつつ、和枝は涙を拭いながら2人の方を向いた。
「それで……?
ウチのセルフセックスを見に来たワケや無いんやろ」
「1人じゃ寂しいかなと思って、慰めに来たんだ」
「豊が言い出した事でしょう?
わッ、私は最初反対したんですわよ。
豊がどうしてもと言うから私もついてきたのであって」
白い着物をいそいそと脱ぎ出す2人の動きを見て、和枝は『用事』の内容を悟った。
「……ウチとしたいんか?」
「嫌なら帰るけど。
香織ちゃんだって嫌とは言わないだろ?」
男とするのは、横田秀行に犯された時以来。
そんな考えが一瞬浮かんだが、和枝は豊に罪等無い事を知っていた。
「ウチにはウサギ並みの性欲があるんや。
帰る時に立てなくなっても知らんで」
「そこは桜華がフォローしてくれるから。
そもそも、母親がやってる事に興味を持ちだしたのは桜華だし」
全裸になった桜華が、先程よりも顔を真っ赤にして慌てて豊の口を塞ぐ。
「い、今のは聞かなかった事にしてくださいまし」
快楽に溺れる母親の姿を見ているうちに、複数の男性と性行為を行ったらどうなるのかと言う興味が芽生えた。
桜華にしてみれば今までの自分から逸脱した思想であり、許されたものでは無い。
だが、好奇心と性欲が『淑女であれ・貞節であれ』と言う縛りを解いてしまったのだ。
ルールにがんじがらめにされていた桜華が、ささやかな抵抗を試みている様だった。
「アンタ等、ホンマに仲がええんやなぁ」
2人が生まれたままの姿を晒した事により和枝の羞恥心は大分薄まる。
当たり前の様に膣から勃起したままの肉棒を引き抜くと、脈動している性器を桜華に見せ付けた。
「ほれ、コレで遊びたいんやろ?
舐めてもええし、入れてもええで」
「本当に、殿方のモノと形や色が違うんですわね……
綺麗なピンク色で、淫らな気が全体から発されている様ですわ」
桜華は目の前に突き出された巨大なクリトリスの根元部分をそっと握り締める。
豊も背後から和枝に抱き付き、『する気』がある事を存分にアピールした。
過去を変える事が出来ずとも、未来は変えていける。
誰かに拒絶されたとしても、新しい出会いが必ずある。
和枝の人生は決して恵まれたものでは無かったが、良い出会いが1つも無かったワケでは無かった。
古都の遠征以前から出会っていたギルドZEROのメンバーは、和枝を可愛がってくれた。
そして豊や桜華は和枝と同じ様な心の傷を負い、舐め合う事で傷を癒やそうとしている。
いずれ必ず来るであろう大出みゆるや遠藤咲との再会。
どんな人間でも死は避けられない。
そして、死の後に待っているものは諦念と一時の快楽。
あくまで彼女にとっての救いであっても、和枝はそれを受け入れたかった。
(もう、セックスする以外にする事なんて大してあらへんもんな)
溺れる事で、新しい一歩を踏み出す。
彼女から性欲が消える事は永遠に無いだろう。