映画(ブリッジが一番好き)があるんですが、あれを見ると
何でも死のフラグに見える現象が発生するんですよね。
この作品で言うと『素敵な1日にしよう』とかわざわざ言い出すと
死亡フラグが爆上がりする気がします。
【天国 『井島豊の家』 現実世界では2011年2月】
白い壁に取り付けられた鏡。
そこに映し出される映像を、井島豊は椅子に座ったまま眺めていた。
うつ伏せの状態でベッドに寝そべっている桜華も、豊と同じ様にその光景を見つめている。
『ゲン君、ゲン君……
もっと、もっと私の中で暴れてぇ』
『冴子……
気持ちいいよ、冴子……!!』
先程まで自分達がしていた事を、鏡に映る2人の男女も行っていた。
女性の長い黒髪が揺れる。
抜き差しが繰り返される局部。
流れる汗。
生まれたままの姿で2人の性行為を眺めていた桜華は、誰に言うでもなく言葉を漏らした。
「……綺麗な人ですわね」
「ああ、俺もそう思う」
桜華が火村あかりに対して抱いている『羨望』や『嫉妬』は、手が届きそうなレベルの美しさだからこそ生まれるものだ。
霧原冴子の美しさはあかりの艶めかしい身体とはまた違った美しさを持っており、さらに高いレベルを保っている。
「あかりよりも胸は小さいし、エロくは無ぇんだよな。
整ってると言うか……
良く出来た人形みたいでさ。
言い方は悪いけど」
「確かに、精巧な西洋人形の様ですわ」
淫靡ではあったが、2人の性行為はある種の『美しさ』があった。
贅肉の無い削ぎ落とされた無駄の無い身体。
程良く付いた筋肉。
モデルの様な高身長。
獣の様なセックスと言うよりは、ギリシャ神話に登場する神々の戯れにすら感じられる。
「私も白旗を上げてしまう程の美人ですわね……
この2人は豊の知り合いなんですの?」
ベッドから降り、隣に立った桜華の方に顔を向けながら豊は質問に答えた。
「この2人の、『あの姿』は俺も生きている時見た事が無ぇんだ。
何せ、俺の知っているオーナーは70近くだったからな」
あの世には年齢の概念等殆ど存在しない。
なりたい自分の姿を保つ事が出来る。
豊は桜華に対してそう話しつつ、哀しそうな表情をしたままその映像に魅入られていた。
【1972年7月 東京都 新宿区歌舞伎町 血生会本部ビル】
灼熱の夜。
ネオン煌めく不夜城とも言うべきビル街の一角に血生会の本部が居を構えていた。
天武日本が戦後の好景気から巨大なバブル景気へと進行していく中、羽生晃もまた順調に出世を果たしていく。
若手の有望株として若頭を務めていた羽生であったが、この頃には会長から直々に盃を受け事実上のナンバー2の位置に付いていた。
年齢により半ば隠居状態となった会長に代わり、羽生が血生会を動かす。
天武日本に名を轟かす暴力団。
その暴力団で辣腕を振るう事実上のトップ。
そのトップの情婦として贅沢な暮らしをしていた冴子だったが、心は晴れなかった。
「花は、美しいよなぁ」
羽生の隣で寝ていた冴子は、顔を背けたまま彼の話を聞いていた。
「綺麗で、飾りたくなる。
永遠に側に置きたくなる。
だが、時が経てば瑞々しさは失われ枯れていく。
それが残酷な運命だ」
この日も羽生に付き合わされ、望んでもいない性行為を強要されていた冴子。
彼女にとって最も屈辱的だったのは、羽生との間に子供が生まれていた事だった。
羽生と冴子の間に生まれた息子は今年で15歳。
冴子自身は35歳になる。
羽生自身は能力があれば息子を自分の後釜に据える事も検討していたが、幼い頃からその器が無い事に気付いていた。
「あそこに飾ってあるお前の若い頃の写真を見ろ。
まさに美の極致だ。
顔も、体型も、全体のバランスからして申し分無い。
だがお前は変わってしまった。
胸こそ大きくなったが、その身体には衰えが見え始めている」
人間の美しさに永遠が無い事を羽生も理解している。
化粧品やエステサロンで若返りを目指しても、それは補修作業であり完全に元へと戻る事はありえない。
老いていくからこそ人は必死で『若さ』にしがみつこうとする。
冴子は1つの山を越えて、『熟女』と呼ばれる段階へ進もうとしていた。
「……何が言いたいの?」
ベッドに寝そべり、冴子の顔を見る事無く話を続けていた羽生に対して冴子は『本題』に入る様促す。
「俺はお前を求めた。
お前の恋人から奪い取り凌辱した。
美しい身体を貪り尽くした。
それはお前が俺に相応しい、完璧に近い美しさを持っていたからだ。
その美しさが日に日に衰えていくのを間近で見る度、俺は恐怖を感じていた。
老婆と化したお前を目にする前に、俺はお前との関係を解消したい」
身勝手、我儘の極み。
さんざん弄んだあげく、飽きれば玩具の様に相手を捨てる。
以前の冴子なら怒り、喚き散らしていただろうが今の冴子はそんな事をしても無駄である事が解っていた。
「貴方の方から『捨てる』と言い出したんだから、ある程度の要望は聞いてもらわないと困るわ」
怒りに身を任せた後、そこには地獄しか無かった。
羽生の度重なる暴力が、冴子から『怒り』と言う感情を奪い取っていく。
冴子は広島にいた時から抜け殻の様になっていた。
「俺から手放すんだから、『手切れ金』は払う。
俺とお前の息子の親権もお前に渡す。
他に何か必要なものはあるか」
不要だと判断すれば、躊躇せず捨てる。
合理的ではあるが、そこに血は通っていない。
1人の悪魔に翻弄された人生を心の中で呪いながら冴子は注文を付けた。
「……私はもう、『霧原』には戻れない。
かと言って、『羽生』を名乗ればまともな生活は送れない。
架空の戸籍を作って、私に別人での人生を与えて頂戴。
貴方なら、それが出来るでしょう」
広島で暮らした後、冴子の両親がどうなったのかは彼女にも解らない。
何かを察して逃げたのか、それとも羽生に消されたのか。
新宿に戻ってきてから羽生に見つからぬ様両親の行方を探っていた冴子であったが、全て空振りに終わる。
彼女の実家は別の住宅へと変わっており、まるで最初から霧原家等存在していなかったの様に扱われていた。
(ゲン君はどうしているんだろう。
私の事を忘れて、他の女の人と結婚しているのかしら。
寧ろそうであってほしい。
私のせいで彼の人生まで狂ってしまったら嫌だし、私がそれを償う事も出来ない)
霧原冴子に戻って、彼に会いに行きたい。
そんな気持ちが無いと言えば嘘になる。
だが羽生に身体を弄ばれ、彼の息子まで背負う事になる自分が蔵崎源三に会えば彼も不幸になってしまうだろう。
隣にいる汚物そのものの様な男がいない世界ならば、どれだけ良かった事か。
冴子は口には出せない色々な感情を抱きながら、羽生に率直な疑問をぶつけた。
「貴方にとって、私は一体何だったと言うの?
私の人生を滅茶苦茶にしておいて放り出すなんて、何を考えているの!?」
「……さっきも言っただろう。
お前は俺にとって美しい花だったんだよ。
他人の花として胸に飾られる寸前に俺が摘み取って、俺のものにした。
あの写真に写っていた頃のお前がまさに花としての絶頂期だったんだ。
毎日水をやって、なるべく美しさが持続出来る様に気を遣った。
食事と美容に金をかけさせたのも、全ては満開の状態を保たせたかったから……
だがそれにも限界が来た。
枯れそうになる花を何時までも花瓶に入れておく馬鹿はいねぇ」
身体全体が機械で出来ているのではないかと思う程、彼の言葉には人間としての血が通っていなかった。
人間の姿をした化け物が人間の言葉を流暢に使いこなしている。
周りにいるものすら物として扱い、不用品になれば迷わず捨ててしまう男。
こんな男に捕まってしまった自分が不運なのだ。
冴子は自分で自分を慰めるしかなかった。
「誠実(まさみ)の親権はお前に渡す。
手切れ金として5000万円をお前に払う。
偽の戸籍を作成し残りの人生を何不自由無く送れる様にする。
コレで充分だろう?
不服とは言わせねぇぞ」
羽生晃と言う男の本性は、嫌と言う程見てきた。
真綿で首を絞める様に苦しめて相手を嘲笑い、恫喝と恐怖で相手を屈服させる。
用済みとなればどんなに親しい相手でも躊躇せずに消し去る。
それが解っているからこそ、冴子はどんな反論も無意味だと思っていた。
「あの子の事は……
何とも思っていないの?」
冴子は思わず羽生の手を握り締め、涙を流しながら別の質問をする。
「お前が産んだ俺の息子だ。
何の感情も抱いていないと言えば嘘になるさ。
俺の跡を継ぐ様な立派な男になってほしいと願っていた。
だがな、誰にでも向き不向きってものがあるんだ。
あいつは優し過ぎる。
お前がそういう風に教育したせいかもしれねぇが、非情になれねぇ男だ。
家に持ち帰っても持て余す様な捨て猫をどうしても無視出来ずに拾ってきちまう様な人間。
そんな奴が血生会のトップに立ったら組織全体が大きく傾く事になる。
血生会の頂点に立つ男は、俺みたいな男じゃなきゃいけねぇんだ……」
冴子に対してそっぽを向きながらそう語った羽生。
表情を伺う事は出来なかったが、その喋り方には少しだけ変化があった様にも感じられた。
(コイツにも、少しだけ良心が残っていると言う事なのね……
もしかしたら私を追い出そうとしている理由も、そこにあるのかもしれない。
私が息子への優しさを失う事無く誠実を育てていたのを、間近で見ていたんだから)
冷徹な男が、冷徹な男であり続ける為に。
凍り付いたその血が溶けてしまうかもしれないと言う恐怖と、羽生は戦っていた可能性がある。
冴子は人間である限り、自分の良心と戦い続けなければならないのだと思った。
18歳から35歳の時まで、冴子の首に巻かれていた黒いチョーカー。
それが遂に羽生との別れによって外される時が来た。
「さぁ行こう母さん。
ココはもう僕達の家じゃ無いんだから」
5000万円を受け取り、『御母(みおも)サエ』と言う偽造された戸籍を手に入れ、息子と共に旅立つ。
何処へ行くのかもまだ決めていない、あての無い旅。
腰を落ち着ける場所を決める前に、冴子は自分と息子が生きていく為の道筋を作っておきたかった。
「今後一切俺に連絡を取ろうとするな。
顔を見せる様な事があればその時は容赦無く消す」
「言われなくてもそうします」
羽生にとって自分は玩具だったのだ。
逆に捨てられてせいせいした。
そう考える以外に出来る事は何も無く、冴子は何処に吐き出せばいいのか解らない怒りを抱え続けていた。
「タクシーを拾おう。
アンタの見送りはココで充分だろ」
誠実は羽生が冴子を性奴隷の様に扱っていた事を知っていた為、常に父親を敵視している。
反抗的な息子を置いてはおけない。
羽生が2人を追い出す事にした理由の1つがその態度だった。
「幸せになれよ」
羽生が2人に向かってそう言った言葉の意味を、冴子は理解する事が出来なかった。
自分の幸せを奪ったのはお前だ。
それをまるで他人事の様に。
「天武日本の癌細胞め。
アンタが惨い死を迎える瞬間を見る事が出来ないのが残念だ」
タクシーに乗り込みながらそう言った誠実の額に、銃口が突き付けられる。
「止めて!」
拳銃を構えた羽生の前に立ち、息子を咄嗟に庇う冴子。
羽生との間に生まれた忌み子だと思っていた誠実を何故庇ったのか、冴子にもそれはよく解らなかった。
「早く行け。
行かないと本当に撃つぞ」
羽生が冴子に銃を向けながら、涙を流している。
どんな相手を殺しても涙など流す事が無かった男が、冴子に初めて見せた涙だった。
「早く車を出してください。
早く!!」
冴子も後部座席に乗り込み、タクシーが羽生の視界から消えていく。
羽生は拳銃を懐に戻した後、遠ざかっていく車を何時までも見続けていた。
【天国 『蔵崎源三の家』 現実世界では2011年の2月某日】
霧原冴子として生きてきた18年間。
冴子にとっての『人生』はそこで止まっていた。
クラスメイトとの何気ない会話、友達との小旅行、そして恋人となった源三との熱い夜。
誠実も冴子の願いを聞き届け、天国において一切の干渉を行わないと約束した。
巻き戻せるハズが無かった時を巻き戻して、あの一瞬に溺れていたい。
皮肉な事だが、あの白黒の写真と同じ様に冴子もまたあの頃の自分を最も愛していたのだ。
「ゲン君、もっとして。
私をもっと抱いて。
貴方の色に染めてほしいのぉ」
「凄く気持ちいいよ冴子……」
思い出したくも無い記憶が脳裏をよぎる前に、蔵崎源三との性行為でその悪しき記憶を塗り潰してしまいたい。
冴子の望みはそれだけであり、源三も彼女の願いを叶えようと必死だった。
彼女に対して負い目を感じている源三にとって、償い続ける事だけが彼にとっても『救い』であったからだ。
「ねぇ、解る?
私の中に全部入ってるのが解る?
私は解るよ。
ゲン君の大きいモノが埋まってるの」
「俺も解るよ……
繋がってる所もよく見えるし」
ベッドの上で源三は冴子の両足を掴み、肉棒を冴子の膣深くへと挿入していた。
彼女が興奮している事もあり、膣の奥が全体をきつく締め上げてくる。
(相変わらず、とんでもない名器だな……)
膣全体が蠢く『ミミズ千匹』が火村あかりの名器だとすれば、冴子の膣は『巾着』と言う名器だった。
奥に貫入した瞬間に、根元を含めた肉棒全体がギュッと締め付けられる。
その狭い膣壁に扱かれ、気を抜いていると僅か数十秒で達してしまう事も珍しくは無かった。
積み重ねてきた日々を忘れようとしているが故に、2人は若い頃の姿を保っている。
18歳の精神的にも肉体的にも充実していた身体だからこそ、その動きも激しかった。
「いっぱい突いて、私の中に全部出して!
汚液を吐き出された私の膣内をゲン君ので浄化して!」
酔っているかの様に、死んでからひたすら現実逃避している事は源三にもよく解っている。
こんな事をして、何かを取り戻す事が出来るのだろうかと自問自答したりもした。
それでも、贖罪として冴子の願いに応える事が自分の責務なのだと言い聞かせていた。
「出すよ、冴子の中に全部……」
膝立ちの状態でV字に広げられた彼女の両足を掴み、愚直に腰を振り続ける源三。
股間に熱いものが集まってくる様な感覚に襲われた後、それが唐突に弾ける。
「ぐうッ……
ふッ、ううう……」
呻き声を発しながら、源三は己の滾りを全て冴子の奥へと放出していった。
「出てる……出てるの。
ゲン君のがいっぱい……」
身体全体を痙攣させながら射精している源三と同じ様に、冴子の身体もまた小刻みに震えている。
少しだけ萎えた肉棒を引き抜くと、彼女の膣口からどろりと精液が溢れてきた。
「はあああ……」
大量に零れた精液が煙の様に消え失せ、彼女の下の口が広がったり狭まったりする様子がよく見える。
「鯉の口みたいだなぁ」
「嫌だ……
そんな言い方しないでよ、ゲン君」
底が見えない暗闇の様にも見える黒い穴に、自分のモノを差し入れていたのか。
そんな事を考えながら、源三はかろうじて勃起状態を保っている肉棒の先端を冴子の口元へと近付けた。
「咥えてくれよ」
何度、彼女に同じ事をさせたのだろう。
何回、同じ言葉を投げたのだろう。
本当の意味での『疲労』が無い天国において、セックスを行った回数は最早数えられるものでは無かった。
フェラチオをさせ、またセックスをして、暫くの間ピロートークを行ってまたセックスに戻る。
生産性の欠片も無い行為の連続であったが、源三もまた傷付いた心を癒やす為に性行為を続けていた。
「ゲン君の為なら、私……
何だってしてあげるからね」
両親への反抗。
社会への反抗。
霧原冴子が蔵崎源三を愛する理由の1つがそこにある。
昭和と言う時代の残滓とも言うべき『許嫁』と言う制度。
婿が予め決められており、逆らう事が出来ない。
娘を道具の様に扱っていたのは羽生も両親も一緒。
冴子はそう考えていた。
両親との面会を拒み、息子との面会も拒み、彼女は孤独と言う殻に閉じ篭もっている。
誰も信用出来ない、会いたくもないと思っている冴子にとって蔵崎源三は唯一心を許せる相手であった。
「じゃあ、あの写真みたいに広げてみてくれる?」
冴子にしてみれば侮辱ともとれる発言であったが、冴子は蔵崎のモノを咥えたままその願いを聞き入れる。
膝立ちの状態から股を左右に広げ、左手で膣を露わにする冴子。
「アイツだけの……
あんな屑野郎の思い出だけにしてたまるか。
冴子は俺の恋人なんだ。
絶対に失いたくない宝物なんだ……」
蔵崎の言葉で、冴子は彼がした命令の真意を汲み取る事が出来た。
(あの写真を後生大事にしている羽生の奴が許せないのね。
それは、私だって同じよ。
本当なら今すぐに破り捨ててやりたい位だわ)
自分だけの特権の様に写真を大事にしている羽生を嫌悪しているからこそ、現実の彼女に同じ格好をさせる。
男が女性を『自分の所有物』だとアピールしている様なものだが、冴子は気にもならなかった。
(だって私も、ゲン君を誰にも渡したくないから……
もう、絶対に離れない。
ずっと一緒にいようね。
私達を引き離せる人間なんていないんだから)
肉棒をねぶる様に舐め回し、自身の全てを見せ付けてくる冴子。
蔵崎の股間に集まっていた熱はさらに多くなり、完全に硬度を取り戻していた。
触れるのが躊躇われる程の、美しい肢体。
滑らかな長い黒髪。
二重瞼の大きな瞳。
そして綺麗に整えられた陰毛と薄桃色の膣。
何処にも文句の付けようが無い、完璧な美。
それを言葉で語る事自体が、蔵崎には野暮だとすら思えた。
「もっとよく見たいんだ。
冴子のいやらしい姿をずっと見ていたい」
「貴方にだけ、見せてあげるんだからね」
先端から唇を離しそう言った後、先端から根元に向かって舌を這わせる冴子。
誰かに見られている可能性が高い事は懸命に忘れようとした。
男を悦ばせるテクニックを、あの男に仕込まれた事も。
(ゲン君が喜んでくれるなら、何でもしてあげたい)
蔵崎も冴子が何故これ程までにセックスに関するスキルが高いのか嫌でも解っている。
暗い記憶が頭の片隅にちらつく度に、2人は快感でその悪夢を消し去っていた。
「気持ちいいよ、冴子……!」
相手の後頭部にそっと手を添え、征服感を満たす蔵崎。
冴子はそれに応えるかの様に口をすぼめ、肉棒全体を激しく刺激する。
先端に集まってきたものが、熱と共に溢れ出す感覚が蔵崎を襲った。
「出る、出るぞ!!」
マーキングするかの様に、砲身の先端から噴き出す白濁液を冴子の顔に浴びせていく。
冴子はそれを不快とも思わず、彼がしたい様にさせていた。
「御取込み中の所申し訳ないんですけど……」
その声が2人の耳に届いた瞬間、全身が硬直し時が止まった。
冴子の顔にかかっていた精液が消えた後もなお、彼女はその事実を受け止め切れず声がした方向に顔を向ける事が出来ない。
蔵崎はやっとの思いで顔を動かし、すまなそうに顔を背けている男の方を見る。
「……豊君」
精悍な肉体と萎えかけた肉棒を眼前に晒している事を忘れてしまう程、彼の登場は意外なものだった。
「いッ、嫌ァァァァァァァッ!!」
顔を真っ赤にしてしゃがみこみ、胸と下腹部を手で覆う冴子。
涙を流しながら歯を食いしばる彼女の姿を見て、蔵崎は自分がどんな格好をしているのか思い出す。
「タイミングを考えてくれないと困るよ……
いや、落ち着いている時なんて無かったか。
話があるなら外でしよう。
支度をするから外で待っていてくれ」
「すいませんオーナー。
声をかける事がなかなか出来なくて」
横を向いた状態からゆっくり後ろを向き、白い壁を通り抜けていく豊。
蔵崎が着物を手に取り、羽織る姿を見ながら冴子は甘える様な声を出した。
「ゲン君……」
「冴子、ココで待っていてくれ。
どうしてもアイツとは話さなきゃならない」
留守の間念の為に服を着ていろと命じた後、蔵崎は『自宅』の外へと出ていった。
立ち並ぶ『家』の外には、白一色の空間が何処までも続いている。
「何処かに座れる所があると良いんですけどね」
「歩きながら話をするしかないじゃないか。
たまには散歩をするのも悪くないさ」
高校生位の見た目だった蔵崎の顔が、豊のよく知るものへと変化していた。
総白髪に口髭と顎鬚。
何時も朗らかで笑顔を絶やさない、豊がよく知る蔵崎源三の顔そのものだ。
「本当はもっと早く話がしたかったんですけど、色々あったもので」
「あの世は永遠の時が流れる場所だろう。
1年後も5年後も大して変わらないよ」
何か目的があるワケでも無い『散歩』は、2人共殆どした事が無い。
2人が並んで歩く事など、2人が生きていた頃は一度も無かった。
「……同居者って事で良いと思ってるんですけど、あの人は?」
「サエさんだよ。
君は何度も彼女の店で饂飩を食べていたそうだね」
霧原冴子が作る饂飩の味は絶品。
それがエターナルナイトに集まっていたメンバー全員の共通認識だった。
彼等が求めていた『もう1つの帰る場所』は、案外飛鳥軒だったのかもしれない。
「洋子ちゃんにそっくりだったんで、驚きました」
「ああ、彼女の孫娘だったね。
私も初めて見た時は驚いた。
その驚きを誰にも悟られまいと必死だったよ。
結局、彼女の店に足を踏み入れる勇気は出なかった……」
僅かな違いはあれどよく似た少女が来店した時、蔵崎はその可能性を考えたものの実行する事は出来なかった。
助ける事が出来なかった男が、今更彼女と会って何になる。
そう考えたのだ。
「サエさんとオーナーが知り合いだって言うのも驚きましたけど、御二人とも若い頃は美男美女だったんですね。
オーナーはイケメンだし、サエさんは凄い美人で」
「私自身は、自分があまり恰好良いとは思っていなかったんだけどねぇ。
でも、人から見ればそうなのかな。
豊君にそう言ってもらえると嬉しいよ」
何から話せばいいものかと蔵崎は暫く考え込んでいたが、豊の言葉を聞いて顔を上げる。
「御礼は言っておきたかったんです。
貴方が作ったゲームセンターがあったから、俺は充実した日々を送る事が出来た。
あの場所が無かったら比呂ちゃん、涼介、そして零に会う事は無かったでしょうし」
それは蔵崎にとって、救いとなる言葉だった。
贖罪をしなければならないと悩んでいた蔵崎が、見出した1つの答え。
それがエターナルナイトであり、豊達の様な客でもあったのだ。
「私はサエさん……
いや、霧原冴子を救う事が出来なかった。
私達が高校生だった時に、冴子が暴力団の男に捕まってしまったんだ。
媚薬の様なドラッグを嗅がされ、強姦された後に脅迫までされて……
高校生の私は、あまりにも無力だった。
助ける事なんて出来なかった。
結局、消えた彼女を探す事もせずに陰鬱な日々を過ごすだけだったよ」
臆病者と罵られても仕方が無い、弱い自分を責める事しか出来なかった蔵崎。
巨大な暴力団と戦う力を持っていないちっぽけな人間である事を思い知らされ、打ちのめされた。
何かの形で償う事は出来ないかと、暗闇の中で光を探していた時にそれと出会った。
「ある日、たまたま喫茶店に入った時にそこでゲームをしている人の姿を見た。
子供も、女子高生も、中年男性も、性別も年齢も関係無く皆ゲームを楽しんでいる。
そして、とびきりの笑顔。
私はその時に決意したんだ。
ゲームセンターを経営しようって」
エターナルナイトが産声を上げた瞬間だった。
最初はゲームを楽しむ事が出来る喫茶店だったが、利益が出た事で建て直しを敢行。
土地を買い足し、2階建てのゲームセンターに改築した。
手が足りなくなりスタッフを雇う様になり、豊達が知るエターナルナイトが完成したのだ。
「君達が笑っている姿を見る事が、私の生き甲斐であり償いだった。
誰かを幸せにする事で、私が背負った罪の重さを少しでも減らす事が出来たら……
その思いだけだった。
そうして走り続けていたら、何時の間にか関東を代表するゲームセンターになっていたんだよ」
格闘ゲームをプレイする者達にとっての『聖地』。
『ZERO』を嗜む者達が憧れる場所。
蔵崎が始めた『罪滅ぼし』は、彼が想像もしていなかった方向へと進んでいく。
常連客が増え、プレイヤーが鎬を削る事で売り上げも順調に伸びていった。
そんな時だったからこそ、豊の死は蔵崎にも暗い影を落としていた。
「あかり君も、豊君も、太陽みたいな人だった。
君達がいたからこそ、私のゲームセンターは輝いていた。
だからこそ、君が死んだ事を私を含め多くの人が受け入れられずにいたんだ」
「俺自身も、考えが甘かったんですよね。
あれはきっと、死を意識せずに取った行動だったんだと思います。
今になって思い返してみると、危機感が足りなかったんですよ本当に」
零を庇って死ぬと言う選択が、正しかったのかどうかは豊自身も解らない。
確かなのは、時を巻き戻す事は出来ないと言う事だけだった。
「たらればを言えばきりが無い。
彼女をもっと早くに魔の手から守る方法は無かったのか。
そんな事ばかり考えていたよ。
私に出来る事は、生涯独身を貫く覚悟を決める事位だった……
風俗にも行かず、欲望が溜まれば手淫で済ませた。
情けないものだ」
俯き、後悔の念を表すかの様に憂鬱な表情を浮かべる蔵崎。
「そんな事無いですよ。
女を抱けるだけの容姿と財力を持ちながら我慢し続けるなんて鋼の忍耐力が無いと無理でしょう。
俺なんて生前はあかりとセックスばかりして、死後は桜華とセックスばかりしてる有様で」
蔵崎は豊の言葉に反応し、目を丸くする。
「君と、桜華君が!?
いやぁ、流石にそうなっていたとは想像する事も出来なかったねぇ」
「色々あったんで……
アイツも、誰かと一緒にいないと不安なんですよ。
誰にも頼れない状況なのは俺も同じだったし、自然にくっついたと言うか」
豊は真っ白な空を見上げ、小さく溜息をついた。
「誰かと誰かが繋がるって言うのは、寂しいからだと思うんですよ。
お互いを求め合って、孤独から逃げたいから言葉を交わしたり身体でも繋がりたくなる。
俺と桜華の関係は『恋人』と言うより『傷の舐め合い』だと思ってます」
誰もが羨む様な美貌を持つ相手と性行為をしているのに、心が満たされない。
愛し合っているのに、セックスを行う事を『償い』と捉えてしまう蔵崎自身の心に問題がある。
頭では解っていても、全てを忘れて欲望の海で溺れる事が彼にはどうしても出来なかった。
「……いっそ記憶まで高校生の、あの事件が起こる前の自分に戻ればどれだけ楽かとも思うよ。
きっと、冴子も同じ事を考えているんじゃないかな。
自分の子供を愛する事すら出来なかった自分を何時も責めているから……」
蔵崎はそう言うと、彼女と彼女の息子との間に起こった過去の出来事を語り始めた。
【1993年 東京都豊島区 フレンチレストラン『パテティック』店内】
「御支払いはカード決済と言う事で宜しいでしょうか?」
「ああ、カードはココに……」
慣れない手つきで店員にカードを渡した後、御母(みおも)誠実(まさみ)は安堵の溜息をつく。
事前に下調べをしたとは言え、初めて訪れる高級店だ。
万が一妻の舌に合わなかったりしたら大事故を起こしたも同然。
その悪夢から逃れ、やっと1つ大仕事を片付けたと言う気持ちしか無かった。
「またの御来店を心待ちにしております」
妻との夢の時間を堪能する為、1年前から店やホテルの予約を済ませてきた誠実。
2人の結婚記念日を彩る為に大金をつぎこみ、成功させる事だけを目標に頑張ってきた。
娘である洋子の面倒をずっと見てきた妻に御褒美をあげたい。
何も考えずに激しく愛し合っていた時の情熱と幸福を思い出したい。
誠実が妻に提案した小旅行は、今の所上手く事が進んでいる様に見えた。
「高かったんでしょう?」
普段家計を全て引き受け財布の紐を締めている誠実の妻、愛(あい)が心配そうに尋ねる。
「この日の為に貯金していた分を吐き出しているだけだよ。
心配しなくても大丈夫さ」
誠実と愛が出会ったのは誠実が東京のスーパーでバイトを始めた頃の事だった。
バイトとスーパーの常連客と言う関係だったが、誠実は猛アタックを敢行。
愛も彼の真面目で実直な所に魅かれていき、数年間の交際を経て結婚。
誠実は務めていたスーパーで頭角を現し順調に出世していく。
社員になってからは様々な提案によって店の売り上げを伸ばし、同じ系列のより大きなスーパーに異動。
その店のナンバー2である店長補佐にまで登り詰め、安定した収入を得ていた。
愛も化粧品会社で働いていたが3年前に退職。
娘の洋子が生まれた後は専業主婦として子育てに追われる日々を送っている。
「君が何時も洋子の面倒を見てくれているから、僕も安心して働けているんだ。
たまにはのんびり羽根を伸ばさないとね。
それじゃあ、そろそろ行こうか」
誠実の言葉に対して頷き、太陽の様な笑顔を見せる愛。
その顔は、誠実の母親である冴子の顔によく似ていた。
誠実が抱えていた深い心の闇。
それは、『母親に愛されたい』と言う思いを持っていながらも『母親に愛されない理由』を理解していると言う事実である。
天武日本の闇を牛耳る羽生晃の息子。
父親と思いたくもない下劣な男が、母親を性奴隷の様に扱い人間としての尊厳まで奪い取った。
母は、その男の息子である自分を心から愛する事が出来ない。
霧原冴子の息子と言う事実と、羽生晃の息子であると言う事実はどう足掻いても覆せないものだった。
虐待こそされなかったが、冴子の息子に対する冷たい態度は肌で感じ取る事が出来た。
誠実はその重く、心が苦しくなる空間にいる事が耐えられなくなり1人暮らしを始める。
そんな中で出会った母親と似た風貌の女性。
こんなチャンスはもう絶対に来ない。
射止めてみせると奮起し、見事彼女の心を掴んでみせた。
それでも、彼女を抱き締めている時、虚しさと哀しさが心を埋めてしまう。
彼女からの愛は偽物では無い。
本物だ。
それは確かな事なのだが、母親に愛されてはいない。
両手を広げて招き入れ、自分の名前を呼びながら抱き締めてもらいたい。
1人暮らしを始めた後露骨に誠実を避ける様になった冴子に、彼は失望の色を隠せなかった。
そして愛も薄々誠実の真意に気付いており、母親に頼らずとも強く生きていける様強く愛情を注ぎ続ける。
その献身的な姿と愛情に報いる為、彼は豪華なレストランとホテルを予約したのだった。
「それにしても、貴方のお母さんが洋子を一時的に預かってくれて助かったわ」
「可愛い孫娘だと喜んでくれていたからね。
何度も頭を下げた甲斐があったよ」
車に乗り込み、高級ホテルへの道を急ぐ2人。
誠実は運転の際常に安全運転を心がけていたが、今日は感情の昂ぶりも手伝い少々心が浮ついている。
「事前に部屋の様子は確認しているんだけど、とっても広くて綺麗な部屋でね。
ベッドは大きいし、シャワーとジャグジーが完備されている。
ルームサービスでワインも頼めるし、至れり尽くせりと言った感じさ」
「楽しみね。
久しぶりに私達だけの時間が取れると思うと凄く嬉しいの」
交差点で赤信号になった為、車を停めた後愛の方を向き微笑む誠実。
「今日と言う1日を、僕達にとって忘れられない素敵な記念日にしよう」
再び前へと視線を戻し、信号が青になった為十字になっている道路を右に曲がろうと前に進む。
その瞬間、視認する事も出来ない程凄まじいスピードで突っ込んできたトラックが車を弾き飛ばした。
車は半分程ぐしゃっと凹み、強烈な衝撃によりスピンしながら歩道にぶつかる。
血みどろの地獄絵図と化した車内に、息をしている者など1人もいなかった。