しかし、こういった『差別する人』がいるのは厳然たる事実です。
こういう人々がいる中で、差別を無くしていくにはどうしたらいいのか。
まずは臭いものに蓋をするのでは無く、あるがままを
見つめてそこから解決方法を考えるべきではないでしょうか。
タリスマンは傲慢で鼻もちならない人物ですが、
娘のミアは綺麗な心である事を強調して書いています。
【2005年5月1日 東京都港区 在日合衆国大使館内】
『総理大臣(プライムミニスター)。
今までもこれからも私の発言は大統領閣下の発言と同義であり私が天武日本の処遇を全て任されている事に変わりは無い』
真っ白な壁に飾られた数々の写真や勲章、1枚数億円はするであろう絵画。
机の上に肘を付け、鋭い目つきで信虎を睨む男性の後ろには天武日本の旗と合衆国の旗が掲げられている。
その2つの旗は天武日本の旗が小さく、合衆国の旗が大きかった。
『私は特命全権大使として、大統領の考えを貴方に伝えなければならない。
交渉内容の変更は一切認めないし、貴方がすべき事はYESかNOと言う事だけだ』
恰幅の良いスーツ姿の男性の隣に、痩せぎすの男が微動だにせず立っている。
爬虫類の様な瞳で信虎を睨み付けながらその痩せた男が言葉を発した。
『合衆国と天武日本国の取り決めである『セーフティアタック』の発動に関して、こちらの要望をお伝え致します。
1つ、まずは合衆国の工員を200名程真国の工場に就職させる事。
2015年までには合計1000名の工員を受け入れて頂きたい。
2つ、真国に建設した工場で得た利益の50%を合衆国に上納する事。
これは工場が稼働してから2015年までの間とさせて頂きます。
3つ、特別ボーナスとして天武日本に在住している合衆国国民全員に10ドル紙幣1枚を支給する事。
2006年度に支給日を設け、実施する様要請致します』
合衆国の空軍を動員し、広大な信国を壊滅させる為の作戦。
合衆国の手助け無しに信国と紅虎明命を滅ぼす事等不可能である為、信虎はどんな無茶な要望でも受け入れるしか無かった。
『君がYESと言えば、天武日本国と合衆国の良好な関係が継続する事になる。
だが、NOと言うのなら……
黄色人種(イエロー)にしては賢い君ならば解るだろう』
金髪の男性2人に睨まれ、信虎も委縮している様に感じられる。
一党独裁国家の長として天武日本を牛耳っている総理大臣でも、大国の圧力には屈するしか無い。
『仰せの通りに』
英語でそう答え、深々と頭を下げる信虎の姿を丹羽律は複雑な気持ちで見つめていた。
織田信虎と丹羽律が部屋から退出した後、恰幅の良い男性はおかしくて堪らないと言わんばかりに笑ってみせる。
『それにしても、あのノブトラのしょぼくれた顔は傑作だったなぁ。
一国のリーダーを気取っていても所詮はイエローの大将だ。
我々白人(ホワイティ)の方が格上であると言う現実を改めて思い知っただろう』
銀縁眼鏡に金色の髭と言う風貌をした男は痩せぎすの男に対してそう言った。
合衆国から派遣された特命全権大使、ハワード・C・イシュメル。
元々は軍人として陸軍大将の地位にまで登り詰め、退役後に大使として天武日本にやってきた生粋の武闘派である。
筋肉隆々のその身体つきが、歴戦の兵である事を示していた。
『イエローは今後も上手く使っていかなければなりません。
特に同じイエローである信国の世話は天武日本に任せなければ。
愚かな者は愚かな者なりに、利用価値があると言う事です』
痩せぎすの男も見た目は弱そうに見えるが、元々は狙撃兵として戦場に赴いた経験がある。
大使の右腕、ファヴロー・タリスマン参事官もジェイソン・オズワルド大統領が送り込んだエリートの中のエリートだった。
『アジアの揉め事は全て天武日本に任せておけば良い。
増長させず、だが必要以上に卑屈にもさせず。
生かさず殺さずだ。
合衆国はEU諸国連合やカダル連合王国との諸問題を抱えている。
いちいちイエロー如きに構っている暇は無いんだ。
今回だって面会は数分で済ませた』
2人は大統領と同じ典型的な白人至上主義者である。
タリスマンに至っては白人至上主義団体である『3C(トリプルシー)』に所属している程だった。
『ところで、君の娘さんは元気にしているかね。
あれはイエローとのハーフとは思えない美しさだった。
君に似たのかな』
『薄汚いイエローの見た目を引き継ぐ様なら殺処分していましたよ、ははははは……
私もあいつに金と肩書が無ければ結婚していませんでしたからね。
さっき閣下が仰った事と同じです。
イエローにもそれなりの利用価値がある』
タリスマンはそう言うと、初めて妻に会った日の事を思い浮かべた。
血統、その次に地位と権力。
偉い人間にはそれが備わっていなければならない。
彼の妻である発地伸枝(ほっちのぶえ)は、その条件をある程度満たしていた。
東京都の聖フェアリー女学院を卒業。
入学する事自体が困難であると言われる合衆国のウォルター法大学を卒業。
大使館職員として働いていた彼女に近付き、甘い言葉で口説き落としたのがタリスマンだった。
彼女が単なるエリートであるならば、天武日本人の女を手に入れる為にそこまで躍起になりはしない。
タリスマンが目を付けたのは彼女自身では無く、彼女の父親だった。
発地伸枝の父親である発地(ほっち)新(あらた)が創業者となり立ち上げた新興自動車会社、『アラタ』。
2010年時には黒沢グループの子会社となっているが、当時は天武日本における自動車会社ベスト4に食い込む躍進を果たしていた。
その社長の娘を手に入れる事が出来れば箔が付くし、金の無心を行う事も出来るだろう。
下心を隠して伸枝をその気にさせ、2人は結婚。
結婚前に妊娠していた伸枝はその2か月後に娘を出産した。
そしてその直後からタリスマンは本性を露わにして伸枝を蔑ろにする様になる。
伸枝はタリスマンによって退職させられていた為今更離れる事も出来ず懸命に娘を育てたのだった。
【同日午後7時 東京都(とうきょうと)豊島区(としまく)目白(めじろ) ファヴロー・タリスマンの自宅】
山手線目白駅から徒歩10分と言う好条件。
そこにタリスマン、伸枝、娘のミアが暮らす住居がある。
閑静な高級住宅街の中でも一際目を引く『白塗りの豪邸』の前に、純白の高級車が停車した。
(車庫入れは面倒だ。
何時もの様にイエローにやらせるとしよう)
自宅の隣に車を停めるスペースはあるのだが、車から降りたタリスマンはそのまま玄関前に立ちインターホンを押す。
『私だ。
外に出て車を入れておく様に。
風呂の準備は済ませておいただろうな』
彼は英語でそう言うと、不満と苛立ちを隠せないと言わんばかりの表情を浮かべながらドアを開けた。
『鍵を開けるのが遅いぞ。
ドアの前でどれだけ私を待たせるつもりだ』
『ごめんなさい。
貴方が帰ってくる時間だとは思っていたんだけど』
中年女性が怯えた顔でタリスマンを招き入れると、彼女自身はすぐに外へと出ていく。
『使えないイエローを妻に持つと苦労するな』
慌てて車の方へと向かう妻の背中を見ながらタリスマンはネクタイを外し、ジャケットを脱いだ後居間に向かった。
机の上も整理整頓され、ピカピカに磨き上げられている。
彼女が『ミス』を犯していないかどうか粗探しを続けていたタリスマンであったが、扉を開ける音が聞こえた為そちらに目を向けた。
『娘は何処にいる』
『2階で勉強しているわ』
肩で息をしながら返事をした伸枝に対して、タリスマンは顔を歪める。
『あれだけ口を酸っぱくして言い聞かせているのに、お前は何度言えば覚えるんだ』
激昂したタリスマンは伸枝の腹に向かって蹴りを入れ、彼女はうずくまった後慌てて土下座を行った。
『御仕事、御苦労様でした』
帰宅直後、必ず行う様にと命じている土下座。
普通の一般家庭ならばありえないノルマをタリスマンは伸枝に課している。
『夕飯は済ませてきた。
先程も言ったが風呂は沸いているんだろうな』
『貴方が好んでいる温度で保温状態にしているわ』
これ以上言っても仕方無いと判断したのか、タリスマンはそれ以上声を荒げる事無く風呂場へと向かった。
伸枝は心の中で安堵し、彼がすぐに着替えを行える様にパジャマや下着を用意する。
彼が妻に対して行っている暴行は日常茶飯事であり、伸枝は抵抗する気力すら失っていた。
タリスマンの自宅は、白に対して異様な拘りを持っていた。
洋服こそ白ばかりでは無かったが、扉から部屋の壁、廊下に至るまで白く塗られている。
机の色も白。
テレビも白。
壁にかけられた装飾品も白。
まるで妻と娘に対して『白こそが至高であり唯一の存在である』と主張しているかの様だった。
その無言の圧力によって常に息が詰まりそうな空間が形成されており、伸枝は気が休まる時が無い。
さらにタリスマン本人が常に近くで見張っていると言う、監獄の様な状況だった。
『貴方の御好みの温度にしておきました』
ビールは凍結寸前まで冷やしておき、手を拭く為のタオルは熱くしておく。
白いパジャマに着替えたタリスマンは椅子に座りリモコンを手に取った。
『お前の父親、新(あらた)から金を貰ってこい。
私の名前を出せば数百万程引っ張ってこれるだろう』
合衆国で放映されているニュース番組を見ながら、タリスマンは当然の様にそう言い放つ。
『貴方……
最近は自動車産業も苦しいから、そんなに簡単にはいかないわ』
なるべく相手を刺激しない様諭す様に伸枝は言ったが、彼は妻を思い切り睨み付けた。
『イエローの分際で私に意見するのか?』
獰猛な犬の如く歯を見せて唸るタリスマンに伸枝はしがみつき、説得を試みる。
『父の会社は今、綾小路財閥に圧倒されて苦しい時期なの。
この苦難を乗り越えられないと倒産してしまうのよ。
数百万って簡単に言うけれど、潰れてしまっては元も子も無いじゃない。
我慢して頂戴。
お願い』
懇願する伸枝の態度に激昂したタリスマンは、彼女を振り払うと躊躇する事無く彼女の顔を殴った。
『イエローめ!
貴様、自分が置かれている状況が解っていない様だな』
完全に恐慌状態に陥り、救いを求めるかの如く後ろの壁に身を寄せる伸枝。
タリスマンは怒りに身体を震わせながら、彼女の腕を掴んで思い切り握り締める。
『この私を誰だと思っている。
合衆国大統領と同等の権限を持つ特命全権大使の右腕だぞ!
私が一言貴様達の掃除を進言すれば、この国を滅ぼす事だって出来るんだ。
つべこべ言わずに金を出せ。
参事官は格に見合った豪華な生活を送らねばならん』
権力を笠に着て威張り散らす、典型的な小悪党。
タリスマンはそういった類の人間であったが、それでもそういった立場にある事は事実であった。
天武日本は合衆国には絶対に逆らえない。
逆らえば潰される。
伸枝はそれが解っているからこそ、本気でタリスマンに反抗する事等出来なかった。
『貴方、お願い……
止めて……』
殴られた痛みと腕を握られている痛みで涙を流し、伸枝は顔を歪める。
『私はYESかNOかと聞いているんだ。
貴様の都合など知った事か!!』
伸枝を引き寄せ再び殴ろうとした瞬間、タリスマンの耳に別の人間の声が聞こえた。
『パパ、ママに暴力を振るってもお金が出てくるワケじゃないでしょ。
少しは落ち着いて!
ホワイトは常に威厳を持って堂々としているべきだって言ってたじゃない』
2階から降りてきたパジャマ姿の少女はそう言うと伸枝に駆け寄り、タリスマンと彼女を引き離した。
『おお、愛する我が子よ。
コレは暴力では無い。躾だ。
私に反抗的な態度を取る無知な女に現実を教えてやっているだけではないか』
タリスマンは大袈裟にそう言ってみせたが、実の所娘にそれ程愛情を注いではいない。
彼にしてみればイエローとホワイトの『混血』である発地(ほっち)ミアもまた、憎悪と軽蔑の対象であった。
『ママ、大丈夫?』
鼻血を出して苦しんでいる母親に慌ててティッシュで止血処理を施そうとするミアの前にタリスマンが立ちはだかる。
『治療の前に、金を貢ぐのかそうでないのかハッキリさせなければならん』
『パパ、正気なの!?
ママに暴力を振るっておいて考えているのはお金の事ばかり。
こっちこそハッキリ言わせてもらうわ。
パパは守銭奴で異常者よ!』
タリスマンは罵倒された事でカッとなり、思い切りミアを蹴飛ばした。
『イエローの血を半分受け継いでいる混血児の分際で!!』
憤怒の表情でもう一度ミアに蹴りを入れようとしたタリスマンの足に、伸枝が必死にしがみつく。
『お願いです。
お金は父に言って何とか工面しますから、もう許してください』
『ママ!!』
悲痛な叫び声を上げて自分を庇おうとする母親を止めようとしたミアだったが、タリスマンはニヤリと笑った。
『それで良いんだ。
弱いイエローがホワイトに逆らおうとするから痛い目を見る事になる。
二度と私を怒らせない様に、教育し直さなければな』
伸枝を引っ張って2階に上がろうとするタリスマンに対してミアは怒りを露わにしたが、伸枝はミアを必死に宥める。
『私が……
私が悪いのよ。
ミア、貴方は勉強を続けていなさい』
『その通り。
お前はこのイエローと同じ様にエリートになってもらう必要があるからな。
混血児とは言え私の娘である事には変わりが無い。
私と同じとは言わずとも、しっかりした学歴を手に入れろ。
コレは命令だ』
タリスマンの自室に消えていく2人の後姿を、彼女は見つめている事しか出来なかった。
自分の無力さに打ちひしがれながら、ミアは自室に篭もり頭を抱える。
(私はママを救う事さえ出来ない。
どうしてあんな悪魔がこの世に存在するの!?)
助けに向かってもまた殴られるか、母親が縋りついて懇願するだけだろう。
警察に訴える事も出来ない。
離婚する事も出来ない。
完全に八方塞がりだった。
『娘よ、H2O爆弾と言うものを知っているか?
合衆国が保有している新型の爆弾だ。
天武日本が我々の足を引っ張る無用の長物だと判断された瞬間、首都東京に落とされる事になっている。
私は助かるだろうが、お前と母親を含めた東京都民は助かるかな?
……解っただろう。
私が、いや合衆国がどれだけ多くの人質を持っているのかと言う事を』
大使から全幅の信頼を得ている参事官として、タリスマンは堂々と娘及び妻を脅迫する事が出来る。
どんな理不尽な要望にも応えなければならない。
物心ついた頃からそういった地獄は始まっていた。
『四つん這いになって鳴け!
良いぞ、実に良い眺めだ!』
奥の部屋から聞こえてくるタリスマンの声と母親の喘ぎ声が、彼女に容赦無く追い討ちをかける。
(ああ、神様!!)
ミアはベッドに潜り込み、涙を流しながら自分の無力さを呪う事しか出来なかった。
【2005年5月8日 東京都豊島区池袋 ゲームセンター『電脳皇帝』店内】
「じゃーん、ココが東京都内で最も賑わっているゲームセンターの『電脳皇帝』でーす!」
来栖(くるす)泪(るい)はそう言うと、入口の近くで躊躇しているミアの手を引っ張り半ば強引に招き入れる。
「や、やっぱり私は良いよ。
こういう所、慣れてないし……」
「大丈夫大丈夫。
別に見てるだけでも構わないんだから。
あそこが格闘ゲームのエリアだからね」
茶色く染めた髪の少女、泪はそう言うと笑顔を見せたままミアの手を取りメインフロアへと引っ張っていった。
聖フェアリー女学院付属高校。
この高校に入学すれば自動的に大学へと進める『御嬢様高校』として知られている。
知力の高い女性達が集まり、清楚な女性としての嗜みや作法も学べる由緒正しき学び舎だ。
だが女性だけの花園と言うのは陰湿な虐めの温床にもなる。
この高校に入学したミアを待ち受けていたのは『徹底的な無視』だった。
『あの子の父親、合衆国大使館に勤めてる参事官ですって』
『まぁ怖い。
大使館の人達って天武日本人に対して高圧的な態度で接しているらしいわよ』
『虎の尾を踏みに行く愚を犯すワケにはいきませんわ。
彼女とは距離を置きましょう』
タリスマンの悪行は知れ渡っており、ミアは入学早々誰にも口を聞いてもらえないと言う窮地に立たされる。
完全に孤立して折れそうになった彼女の心を救ってくれたのが泪だった。
『貴方の御父さんが参事官だからって、貴方自身が私達を嫌っているワケじゃ無いんでしょ?
ねぇ、仲良くしよう!
私、面白い映画知ってるんだ……』
ミアや泪が他の女性達にちょっかいを出される事は無かったが、逆を言えば泪しか頼れる女性はいない。
自宅で何時も胸が張り裂けそうな思いを味わっている彼女にとって、唯一の友達を失う事等考えられなかった。
「ココがZEROの筐体が並んでいるエリア。
格闘ゲームをしてる人達で賑わっている場所。
貴方に会わせたい人がいるの。
もうすぐ来ると思うんだけど……」
黒いTシャツにでかでかと書かれたハートマーク。
ピンク色の付け爪に灰色のスカート。
少し前に流行った黒のルーズソックス。
真っ赤なハイヒール……
ミアも私服を着ていたが、そこまで派手な格好はしていない。
(学校にいる時は黒髪三つ編みで野暮ったい眼鏡をかけて、制服をきっちり着こなしているのに。
今目の前で見ていても同一人物とは思えないわ)
茶色に染まり、簡単に洗い流す事が出来るスプレーを用いて『変身』する泪。
泪は息が詰まりそうな高校生活に嫌気が差し、こうして発散しているのだと語っていた。
「あ、来た来た。
あの人よ、私がミアに紹介したいと思ってた人は」
泪が指を差したその先に、姿勢を正した歩き方で筐体に近寄る男性の姿があった。
「さぁ、今日も楽しませてもらおうか」
青い目をした金髪の青年。
端正な顔立ちで一瞬西洋人かと思ってしまうが、肌の色は黄色い。
「あ、拓巳さん。
今日は剛さん来てないんすか」
「地元でやるってさ。
あんまり体調が良くないから遠出は控えるとの事だ。
俺に挑戦したい奴は遠慮なくかかってきてくれ。
そう簡単には負けないぜ」
Yシャツにジーンズのみと言ったシンプルな服装ながら、それをキッチリと着こなしている。
子供の頃から男と関わりを持ってこなかったミアにとって、彼は未知の存在だった。
(こんなに綺麗な顔の男の人がいるんだ……)
ミア自身もかなりの美貌の持ち主であったが、頬を赤くしたまま彼の顔をじっと見つめる。
「ミア、気に入っちゃった?
拓巳さん、すっごいイケメンだもんねぇ」
そのまま暫くの間呆けていたミアは、泪に茶化されハッと我に返った。
「い、いや私はただ恰好良い人だと思っただけで……」
異性に対して免疫が無いも同然なミアにとって、拓巳はとても素敵な男性の様に感じられた。
泪もミアも、格闘ゲームに対する知識を持っているワケでは無い。
ただ、拓巳が連戦連勝している事だけは理解出来た。
悔しそうな表情を浮かべながら席を立つ男達。
挑戦者がどれだけ増えようが涼しい顔で対戦し、相手を悉く倒していく。
そのルックスの良さと場を圧倒的に支配するカリスマ性はゲームセンター内で突出していた。
「九龍(くりゅう)拓巳(たくみ)さん。
ZEROの公式にも認められている『プロゲーマー』なの。
あの人、去年行われた『ZERO』って言う格闘ゲームの全国大会で優勝したのよ。
優勝賞金は1億円。
顔も良いからってZEROの宣伝役みたいになって……
関連書籍もグッズも売れに売れまくってる。
今をときめくスーパースターって所かな」
数十分間の間、彼女は拓巳の勝つ姿に魅了されていた。
彼の端正な顔、勝っても悠然と構えている横顔ばかり見ていた。
世の中に『一目惚れ』と言う言葉があるが、今のミアは恋する乙女そのものだっただろう。
やがて拓巳は席を立ち、泪とミアがいるエリアの方へ近付いてきた。
「やあ、泪ちゃん。
俺の活躍、見ていてくれたのなら嬉しいよ。
今日は君との約束があるから20連勝で切り上げたけどね」
自信に満ち溢れた顔。
勝ち続けている者だけが持てる心の余裕。
成功して人気者となり、絶頂にいるであろう拓巳の姿がミアにはとても羨ましいものだと感じられる。
(私が辛く苦しい日々を送っている一方で、こうして何もかもが恵まれている人もいる……
不公平なものよね、人生なんて)
自分の不幸を儚んでいたミアであったが、泪に肩を叩かれ彼女の方を見た。
「これから拓巳さんとアフター行くんだけど、ミアも来なよ!
楽しいよ、絶対後悔させないからさ」
拓巳もにこやかな微笑を浮かべながら、彼女の顔を見つめている。
(今家に帰っても、嫌な思いをするだけだし……)
タリスマンに虐げられる伸枝の姿が脳裏に浮かび、慌ててミアは『邪念』を振り払った。
今だけは、楽しい事を満喫したい。
こんな時まで陰鬱な記憶を呼び起こす必要は無いのではないか。
「お付き合いさせてもらいます」
拓巳に握手を求められ、頬を赤らめながらミアはアフターに参加する事を決意した。
「次、来栖泪!
『魔法少女ヒラミレモン』の『琉球の風に吹かれて』歌いまーす!!」
日曜日のカラオケ店も、少数の部屋ならば空いていた。
拓巳達は4~5人用の部屋に入り、2時間飲み放題コースを選択する。
「全部俺の奢りだから。
じゃんじゃん歌って、じゃんじゃん飲んでね。
美味しいアルコール飲料も全部把握してるから。
俺が頼んだって言って良いよ」
未成年である事を忘れてしまったワケでも無いのに、泪は堂々とカクテルに手を付けていた。
ミアはほろ酔い状態で歌っている泪の方を見ながら、不安そうな表情を浮かべる。
「良いんですか?
私も泪もまだ16歳ですよ」
「こうやって羽目を外して遊ぶ事なんて、今しか出来ないからするんじゃないか」
規律を重んじ、淑女となる事を強制される形で生きてきたミアにとって拓巳が提示した価値観は驚くべきものだった。
「俺は去年、格闘ゲームのチャンピオンになった。
天武日本の国民ほぼ全てが熱狂しているゲームで優勝したんだ。
当然、俺は国民的英雄として祭り上げられて大金持ち。
街を歩けばすぐにサインをねだられる。
応じていたら行列が出来るなんて事も日常茶飯事。
正直、疲れてしまってしょうがないよ」
望んだ場所のハズだったが、そういった『有名税』を考慮していなかった拓巳はファンに囲まれる日々を送る事になる。
贅沢に感じられる話だが、それがずっと続くと人は邪魔されたくないと思うものだ。
「だから、時には何もかも忘れて癒されて……
人生の充電をする必要がある。
常にフルスピードで突っ走っていたら車だってオーバーヒートして事故を起こしてしまうだろ?
俺だって連覇の夢を捨てているワケじゃない。
休息は必要だって話をしているんだ」
乳白色のカクテルを口に含みながら、拓巳はそう言った。
己に言い聞かせている様でもあり、ミアに問いかけている様でもある。
(私は、充電をしてきただろうか?
ずっと勉強勉強習い事の繰り返しで、家に帰っても心の休まる時が無い。
肉体も神経も擦り減らしてきた……
たまには自分自身に甘えてみたってバチは当たらないんじゃ)
異常な家庭で育ってきた彼女が、ずっと頭に叩き込まれてきた事。
真面目であれ、淑女であれ、貞節であれ。
勿論それは、タリスマンの望む従順な奴隷になれと言う意味でもある。
馬鹿馬鹿しい。何故憎んでいる相手の意のままに動かなければならないのだ?
酔っぱらって正常な判断が出来なくなってきた事もあり、だんだんミアは強気になってきた。
「私だって人間なんだ。
生きているんだ!!
あの野郎、二言目には私の進路の心配ばかりしてきやがる。
自由くらい与えさせろ!
自由に生きる事が出来ない人生なんて何の意味も無い!!」
天井がグルグル回り、泪や拓巳の顔がぼやけて消えていく。
やがて視界が真っ暗になり、ミアは意識を失った。
意識を取り戻した時、ミアは背もたれのついた椅子に座っている事に気付いた。
カラオケ店の椅子とは違う、1人用の椅子。
まだ酔いが回っているのか、立ち上がる事が出来ない。
(あれ?
ココは何処……?)
おぼろげだった意識がハッキリしてくると、ミアの視界にとんでもないものが飛び込んできた。
「アハッ♪ミア、大丈夫?
起きないから心配してたんだよ~」
素っ裸の泪が、股を開いてベッドの上で上下運動を繰り返している。
股ぐらには勃起した肉棒が刺さり、その運動によって隠れたり現れたりしていた。
「なあッ、あああッ!?」
即座に服を脱がされていないか確認したミアであったが、服の状態はカラオケ店の時と変わっていない。
それほど大きくは無い泪の乳房が、その上下運動によって揺れていた。
驚きのあまり口を鯉の様にパクパクさせているミアを見ながら、泪は喘ぎつつこの状況を説明する。
「ラブホで私と拓巳さんがエッチしてるのは解るでしょ?
ふぅぅん……
アフターの『お楽しみ』だよ。
1回のセックスで10万円も貰えるんだから、受けないのは損だよね……
あンッ」
16歳の女性2人をホテルに連れ込んで猥褻な行為をしている事がばれれば、拓巳も無事では済まないだろう。
勿論、泪もだ。
淑女である事を求められる高校から間違いなく追放されてしまう。
「泪、こんなのおかしいわ。
バレたら100%退学よ」
「息抜きしなきゃ。
戒律、戒律ってあそこは息が詰まっちゃう。
セックス位誰だってするでしょ。
はうんッ……
ミアもカタい事言ってないで、折角だから見学すればいいじゃない」
ミアと同程度の長さの茶髪が乱れ、結合部分が丸見えになっている。
無菌室で育てられたも同然なミアにとって、他人の裸は初めて目にするものだった。
(あ、あれが男の人の……
自分にもあるけど、女の人のもこんなに間近で見たのは初めてだわ。
抜き差しされているのを見るだけで、こんなにいやらしい気分になるなんて……)
ミアの方を向いて騎乗位の状態で泪が懸命に腰を振っている為、拓巳の姿は殆ど見えない。
まだフラフラしており立ち上がる事が出来ない為、彼女は椅子に座ったまま2人の痴態を眺めている事しか出来なかった。
小柄だが愛嬌があり、何時もミアの事を心配してくれた泪。
何時も見ていた笑顔とはまるで違う『獣』としての顔がミアの眼前に晒されている。
「はあッ……
ねぇ、拓巳さん気持ちいい?私の中。
私は結構自信あるんだけどな~。
時々ビクビクって跳ねてるよ。
出そうだったら好きな時に出しちゃって構わないからね」
蕩けた様な表情を浮かべ、時折犬の様に舌を出して荒い息を吐きながら快感に身を委ねていた。
(聖フェアリーにいるのに御淑やかじゃ無いとは思っていたけどココまで泪の箍が外れていたなんて。
早くこの部屋から出て、巻き込まれない様にしないと……)
だが頭の中に浮かぶ言葉とは裏腹に、ミアの目はセックスをしている2人に向けられている。
人間としての『性を知りたい』と言う本能に突き動かされているのか、その光景から目を逸らせない。
「泪ちゃん、そろそろスパートかけてもらえる?
俺、1回出してスッキリしたいんだ」
「じゃあ、飛ばすよ~!」
ハアハアと言う喘ぐ声とさらに体重をかけて激しく上下に動きまくる泪の淫らな姿。
ミアは自分でも気付かない内に繋がり合っている部分を凝視していた。
「ああッ、良いよぉッ!
おちんちんビクビクしてるぅぅ……
出していいよぉ!
私のオマンコの中でイッてぇ、中を白いのでいっぱいにしてぇッ!!」
思い付く限りの淫らな言葉を発しつつ、肉棒を膣の中で擦り続ける泪。
絶頂を迎え放たれた精液を受け止めた後彼女は暫くの間全身を痙攣させていた。
「はぁ、はぁ……
いっぱい出たね、拓巳さん」
泪はそう言いながら立ち上がり、立ち上がった後両手の指で膣を思い切り広げてみせる。
「ねぇ、見て。
こんなに出してもらえたよぉ」
膣口から垂れた白濁液がポタポタとベッドや床に落ち、染みを作っていった。
「泪、どうしてこんな事をしているの!?
聖フェアリー女学院付属高校の生徒でしょ?
拓巳さんも、どうして……
全てを手に入れて『英雄』扱いされているって話だったのに」
性行為の経験が無かったからこそ、拒否反応も大きい。
全く興味が無いとは言えない事を理解しつつも、ミアは2人が何故快楽に溺れるのか訝しんでいた。
「気持ち良い事をするのに、理由が必要なの?
お互いに気持ち良くなって私はお金が貰えて、傷付いている人なんて誰もいないんだよ。
そりゃバレたら退学だけど、私はミアが私を売るとは思ってないし」
その溌剌とした表情は、全裸である事さえ除けば何時もの泪の姿そのものだった。
「人間を1つの方向だけで捉えようとするから、おかしな事になるんだよ」
萎えた肉棒を隠そうともせず堂々とした態度で、拓巳はミアの側に近寄っていく。
「君の友達である来栖泪は、1つの見方に過ぎない。
サイコロの六面に例えるならその一面でしか無いんだ。
俺とセックスフレンドの関係にある来栖泪も彼女の一面である事に間違いは無いのさ」
拓巳はベッドの端に座った泪の隣に移動すると、彼女の肩に手をかけたまま穏やかな微笑を浮かべてみせた。
「俺もそう。
ZEROの全国大会で優勝して英雄になったのが九龍拓巳なら、その肩書を利用して100人以上の女子高生と関係を持ったのも九龍拓巳。
人間なんて、所詮煩悩の塊でしか無いんだよ。
聖人君子でいれる奴は、それはそれで立派だと思うけどね。
正直今しか出来ない事じゃないか?
16歳や17歳の女の子とセックスをしまくるなんて。
20歳の俺だからこそ女の子だってOKしてくれる。
これが25歳や30歳になったらもう絶望的だ」
ゲームばかりしていると聞いていたミアにしてみれば、筋肉質で引き締まった身体をしている拓巳の裸は意外であった。
もっと汚いものかと思っていた男性の裸が、ダビデ像の様な輝きを放っている。
「無理強いはしないが……
君も自分の新しい一面を探す時が、新しい可能性の扉を開ける時が来たんじゃないか?
嫌なんだろう、親の言いなりになって苦痛を感じているだけの自分が。
カラオケの時に、君がそうやって話していたのを聞いていたからね……」
ミアも確かにその思いをずっと心に抱えて生きてきた。
生まれ変わりたい。
結局最後はタリスマンに逆らう事が出来ず横暴を許してきた自分を変えたい。
そう思っていても、楽な方楽な方へと流されて母親を助けられずにいる。
どんなきっかけで自分が変わるかも解らなかったミアにとって、変わる可能性があるのならば縋ってみたかった。
「私はそういう経験がまるで無いですけど……
セックスしたら、自分の殻を破れる様になるでしょうか?」
その問いに対して、拓巳は適当に嘘をついて誤魔化すのでは無く真摯な態度で応じた。
「セックスをしていない人間がセックスをした時、変化の善悪は別として確実に価値観は変化するよ。
こういうものだったのか。
じゃあコレと比べてどうなのかとか。
人生の引き出しが増えていく。
尻込みして処女のままでいるより、痛みを経験して強くなった方が有益じゃないかと俺は思う」
ラブホテルと言う異様な場所で、純潔を失うかもしれない。
そんな状況であるにも関わらず、ミアは奇妙な胸の高鳴りを感じていた。
(このままずるずる流されて、パパの言う通りに『良い子』を演じていたら……
パパにとって都合の良い男性と結婚させられて、抵抗出来ずに人生が終わってしまうかもしれない。
私は、流れを断ち切らなきゃいけないんだ。
例えそれが、拓巳さんの性欲を満たす為の行為だったとしても)
もしかしたら、コレは神が与えてくれたチャンスではないか。
この提案を蹴った瞬間に、父親に反抗する機会は失われてしまうのではないか。
そんな思いに駆られ、ミアは思わず拓巳の腕にしがみついて叫んでいた。
「私の初めてをあげます。
だから私に……
ほんの少しだけ勇気をください」
得体の知れない恐怖。
セックスをすると言う事に対しての怯え。
無意識に震える身体を拓巳は優しく抱き締め、ミアの頭を優しく撫でる。
「君の選択が間違っていたと思われない様に、精一杯努力するよ」
筐体の前であろうと、少女の前であろうと、拓巳の人間としての本質は変わらない。
真摯に向き合って努力し、最善を尽くす事。
彼女の心を解放する為の『戦い』が始まろうとしていた。