これが幸せなのか不幸なのかと言う点については色々意見があるでしょう。
ミアと泪にとっては幸せ。玖留美にとっては不幸せ。
それでも人は、最善を目指して努力を続けるのです。
【2010年 9月12日 午後2時50分 東京都 天武日本総合病院 九龍拓巳の病室】
「どう、大分慣れた?」
「うん。
面白いね、格闘ゲームって。
世界中の色々な人と戦えるんだもん」
白で統一された病室に、黒い楕円はよく目立つ。
玖留美がミアと泪を通す形で拓巳に買い与えた『ブラックエリプス』を、彼はすっかり気に入った様子だった。
病院での携帯ゲーム機の使用は基本的には禁じられていない。
拓巳の様に彼以外の病人がいない個室であれば誰かに咎められる事も無かった。
とは言っても音が漏れる可能性は否定出来ない為、拓巳はイヤホンを装着した状態で遊んでいる。
「……泪お姉ちゃん、『前の僕』がこのZEROって言うゲームで遊んでたって言ってたけど、本当なの?」
「遊んでた、なんてレベルじゃないよぉ。
拓巳さん、天武日本で開かれた全国大会で優勝した事があってね」
イヤホンを外した後そう聞いてくる拓巳に対して、泪は瞳を輝かせながら言葉を続けた。
「私は優勝した後に動画で決勝戦を見たんだけど、強かったよ~。
当時の拓巳さんは。
絶対的強者って程でも無い様に見えるけど、ここぞと言う時の『やらせない』って動きは凄かったな」
「へぇ……
そんなに凄かったんだ。
その決勝戦の映像、見てみたいなぁ」
拓巳も興味津々で聞いてきた為、泪はバッグからスマートフォンを取り出して彼の眼前に差し出す。
「ミュートにしてあるけど、決勝戦の様子ね。
御相手は日向剛さん。
フガミヤシオってキャラクターを使ってるのが、拓巳さんだよ」
拓巳は暫く画面を見つめていたが、今の自分とはまるで違う異次元の戦いにすっかり心を奪われてしまった。
(これが、昔の僕……
フガミヤシオは戦い方にちょっと癖があるから今の僕は使ってないのに。
あんなキャラクターを完璧に使いこなして、ゲーム大会で優勝するなんて)
劣勢に立たされても不敵に笑い、不利な状況を瞬く間に覆していく拓巳の姿。
自分に憧れると言うのはおかしな話であるが、拓巳は数年前の自分がこんな戦いを繰り広げていた事が信じられなかった。
「僕は今、ヴォルフを使ってるけど昔の僕に勝てって言われたら絶対無理だね……
どうやったら、こんなに強くなれるんだろう。
泪お姉ちゃんが憧れたって言うのも解るよ」
スマホを泪に返すと、拓巳は『今の自分』と『昔の自分』の違いに戸惑いながら溜息をつく。
「私が拓巳さんに憧れたのはゲームの腕もそうだけど、何より高身長でイケメンだったからね~。
リーダーシップを発揮して皆を引っ張っていくカリスマ性もあったし、惚れない女の人はいないでしょ」
ギルドZEROの発起人となって天邪鬼をリーダーに推薦した時も、反対した者は誰もいなかった。
周りからの厚い信頼があり、誰からも好かれる男。
だからこそ、泪は拓巳のセックスフレンドとなった事に喜びを感じていた。
(金・人望・肩書。
全てが完璧で非の打ち所が無い人。
私みたいなちょっと勉強が出来て御嬢様学校に通わされてた女子高生を選んでくれた時は嬉しかったなぁ)
天秤にかければ間違いなく泪が劣るであろう力関係。
乱暴に扱われたり悪口を言われたりしてもおかしくなかったが、拓巳は常に紳士的な態度を崩さなかった。
表の拓巳も裏の拓巳も素晴らしい人格者である事を知っているからこそ、今泪はこの場所にいる。
拓巳がこの様な状態になって自分にその役目が回ってきたのなら、付き合えるだけ付き合おうと彼女は心に決めていた。
「それで僕と泪お姉ちゃん、そしてミアお姉ちゃんが付き合う様になったんだっけ?」
「そう。
特にミアは私以上に拓巳さんの事を好きになってた。
ずっと側にいたいって言う程に。
だから玖留美さんの『留守』を預かる事になって心から嬉しそうにしてたよ……
あ、ミアからだ」
拓巳から返された後無意識に弄っていたスマホの『LAIN』に追加されたコメントがあった為、泪がそれを読み上げる。
『今お仕事の休憩中です。
泪と仲良く遊んでますか?
明日は拓巳さんの好きなレモネードを持っていきますね』
ミアからのコメントを聞いた後、拓巳は嬉しそうに笑った。
「看護師の人に見つからない様に飲んでって何時も言われるけど、ナースコールで呼ばない限り来ないんだよね」
泪も心配性なミアの性格を思い出して笑ったが、それ位慎重であった方が良いだろうとも思う。
(世の中何があるか解らないんだから、軽い気持ちでリスクを負うべきじゃない。
特に飲食物の持ち込みは見つかったら病院から追い出される可能性すらあるからね~)
天武日本総合病院では院内で提供される食事以外の飲み物、食べ物を院内で口に入れる事を禁止していた。
見つからなければセーフであるし、受付で持ち物検査が行われるワケでも無いので規則としては緩めであったが警戒を怠ってはならない。
拓巳が口を滑らせる可能性もある為、口五月蠅く言う位が丁度良いのかもしれなかった。
この『落ち着いた関係』に至るまでの数日間は、拓巳を宥めるまで相当の苦労を要した。
突然妹が殆ど病院に来なくなり、ほぼ赤の他人としか思えないミアと泪が病室に常駐すると言うのだ。
動揺するのが当たり前であるし、説得に時間をかけなければならないのも解っていた。
(私とミアと、拓巳さんの関係を納得してもらうまで話した。
セックスしまくってたって言う所は誤魔化したけど……
それと玖留美さんの夢についても。
あの、2004年に優勝した拓巳さんの様になる為に時間が必要なんだって言い聞かせた。
本当は玖留美さん、全国大会での優勝経験があるから嘘をつきながら説得した事になっちゃうけどね……)
いずれ拓巳も玖留美が成し遂げてきた数々の奇跡を知る事になるのかもしれない。
その時、もっと上に行きたいと願う玖留美が直接拓巳を説得しなければ彼を納得させる事は出来ないのではないかと泪は思っていた。
「……今なら、何となく解る気がするんだ。
昔の僕がサッカーを止めた理由が」
格闘ゲームで確かな時代を築いた『九龍拓巳』の姿を目の当たりにしたからこそ、拓巳は今の自分が覚えていない『傷』の正体に気付きつつある。
「父さんが僕と玖留美から離れていて、母さんが死んでいて、僕はサッカーを止めて……
きっと、母さんが死んだ理由が僕の大好きなサッカーと直結していたんだと思う。
それで父さんは僕を恨んだ。
恨んで、僕と顔を合わせている事が嫌になっちゃったんじゃないかな」
辛い自分の思いを吐き出せる相手。
それは皮肉な事に身内である玖留美では無く、赤の他人である泪だった。
「僕はきっと、自分が何かで成功出来る人間なんだと言う事を証明したかったんだと思う。
だから頑張れたんじゃないかな。
今の僕には、そこまで『一番になりたい』って思う程の強い意志が無いから無理だけど」
犠牲になった母親、それを憎んだ父親、そしてそれでも見捨てる事無く付き添ってきた妹。
この世に必要な存在である事を万人に認めさせる為の戦い。
そして家族に感謝の気持ちを伝えるべく、勝利を届けたかった。
泪も、拓巳の『強さ』はその強烈な渇望にあったのではないかと思い始めていた。
「ごめんね、泪お姉ちゃん。
こんな話を聞かせちゃって」
「ううん。
そうやって心の痛みを吐き出しても構わない相手だって思ってくれた事が嬉しいよ。
5年前の拓巳さんはそこまで色々教えてはくれなかった。
そういう意味ではミアの方が一枚上手だったかな」
拓巳が海野亜津子と結婚したいと考えていた事は、最早言っても言わなくても意味の無い事だと泪は思っている。
それを海野亜津子や拓巳に伝えた所で、拓巳本人は全て忘れてしまっているのだ。
ならば、元クラスメイトで自分が信頼しているミアに拓巳を譲りたい。
我儘である事は承知していたし、拓巳の意思を尊重していないと言う罪悪感はあるが泪は2人に幸せになってもらいたいと思っていた。
「ミアお姉ちゃん、僕と仲が良かったんだね」
「言いたい事を割とどんどん言うし、拓巳さんはそういう所に魅力を感じたんじゃないかな。
裏表も無いし、好きな相手と定めたらとことん尽くすし……
容姿も含めて惚れない男の人はいないと思うよ」
「そうだね、僕もそう思う」
拓巳の返事は、『今の九龍拓巳』もまた彼女に興味を示し始めている事を意味していた。
母性よりも、『恋人』としてミアの事が気になってきている。
精神的な年齢差がある事を考えると、やはり彼を『大人』にする必要があった。
(やっぱり、ホテルに連れていってミアとすれば間違いなく相思相愛の仲になるでしょ。
昔の事を少しだけでも思い出してくれるんじゃないかって期待もあるし……
精神が子供じゃラブホテルに入れないなんて事は無いもんねぇ)
泪は2人を結び付ける為のキューピッドとして、やれる事は何でも行うつもりでいる。
1ヶ月に1回行われる事になっている『一時退院』の日が、彼女にはとても待ち遠しかった。
【2010年 9月25日 午後1時 東京都豊島区池袋 ラブホテル『FIG』店内】
2010年の8月に拓巳が起こした『脱走事件』は、天武日本総合病院の管理の甘さを露呈する事になってしまった。
患者が病院から無断で抜け出したと言う事実そのものは何とか玖留美が誤魔化して無かった事にしたものの、監視の目は必然的に厳しくなる。
病室以外の廊下・ロビー・エレベーターにカメラが設置され、院内が閉鎖される消灯時間から朝方まではカメラの映像を係員が目視で確認する様になった。
プライバシーはかろうじて守られているものの、やっている事は刑務所並みに厳しい処置である。
一時退院に新しい規則が課せられるのも、ある意味当然の流れであった。
「1・一時退院の時間は当日の午前8時から翌朝の午前8時まで。
それまでには自分の病室に戻っている事。
2・病院の外での暴飲・暴食の類は慎む事。
特にアルコール飲料を飲む事は原則禁止とする。
3・公共交通機関での移動はなるべく避け、車や徒歩での移動を心がける事。
4・清潔さを保つ事。
手洗いやうがいは勿論、風呂やシャワーを積極的に利用すべし。
……この4つだね。
特に4に関しては拓巳さんも喜んで従うんじゃないの?」
ラブホテルのロビーに置かれた椅子に座りながら、泪は拓巳の方に目を向ける。
「そうだね。
お風呂は一時退院の時しか入れないから、何時も必ず入ってたよ」
天井に設置されたシャンデリアを眺めながら、拓巳は周囲を見回した。
「病院だとお風呂はおろかシャワーも使えないから、強力な制汗・消臭シートで身体を拭く事しか出来ないものね。
ココには結構大きなお風呂があるから、全員で入っちゃいましょう」
ミアと泪にとっては懐かしい場所であったが、当然拓巳は覚えていないしココがどういう場所なのかも把握していない。
病院の規則にこういった場所に足を踏み入れるなと言う注意書きが無かった事を利用して、2人は拓巳をラブホテルに連れてきていた。
(玖留美さんにしてみれば、私達は拓巳さんの性欲を健全な形で処理出来てなおかつ普段の面倒も見れると言う使い勝手の良い存在。
私達だって拓巳さんとセックスする事が出来るんだし、お互い納得した上での『契約』よね)
玖留美が拓巳の面倒を見ていた頃は自宅に戻っていたが、赤の他人であるミアや泪の家に拓巳を連れ込むと問題になる可能性がある。
休憩及び宿泊が手軽に行えるラブホテルの方が彼女達にとっても好都合だった。
「ねえ、ミアお姉ちゃん。ココはどういう所なの?」
「病院じゃ無いけど、『宿泊施設』である事は一緒よ。
その代わり、病院では出来ない事が出来たりするの。
ある程度大きな声を出しても平気だし、音を立てても誰かが血相を変えて部屋に飛び込んできたりしないからね」
「へぇ……」
これから起こる事を知らされていない拓巳にしてみれば、『つまらない』と感じるのも無理は無い。
自宅に戻っていた時と大して変わらない。
どうせなら遊びに行きたいと彼は考えていた。
(サッカーの試合を見に行ったり、遊園地に行ったりしたいのになぁ。
そういえば、僕が好きだった『東京(とうきょう)VVV(スリーブイ)』ってまだTN1に残ってるのかな?)
拓巳の思いをよそに、ミアは受付にいたホテルの従業員に名前を呼ばれた為立ち上がった。
「こちらが部屋のカードキーになります。
チェックインは今から、チェックアウトは午前6時で宜しいでしょうか」
「はい、大丈夫です」
ミアにカードキーを渡した後、従業員は部屋の説明を行う。
「当ホテルのスイートルームはキングサイズのベッド、簡易調理を行う事が出来るキッチン、50インチモニターの4Kテレビを御用意しております。
ジャグジー付きのバスルーム、ラブグッズをリーズナブルな値段でお買い求め頂ける自動販売機等、実用的である事に拘りました」
このスイートルーム自体は5年前から拓巳が使用していたが、昨年リニューアルされ様々な家具が追加されている。
当然置かれているものが多くなれば値段も高くなり、相当高額な値段が設定されていた。
「それでは、代金の方を……
ココって全額前払い制でしたよね」
スイートルームの利用料金は3万円。
3人での宿泊も認められている為実質1人あたりの値段は1万円だがそれでも一泊の代金としては驚く様な額だった。
「確かに頂戴致しました。
係の者に荷物を部屋まで運ばせましょうか?」
「いえ、結構です。
そこまで重い荷物でも無いので」
ポーター付き素泊まりでこの価格。
拓巳が当時払っていた額が2万円であったのも懐かしい思い出になりつつある。
2人の行為を玖留美は黙認していたが関わるつもりは無かった為、この費用はミアと泪が折半で自腹を切っていた。
「それでは、御時間までごゆっくりお過ごしくださいませ」
従業員の丁寧な御辞儀に見送られつつ、ミアは拓巳達と合流した後宿泊する部屋へと向かった。
「うわぁ、凄いや!
普段のベッドと大きさが違うし、部屋の広さも全然違うね」
シャンデリアで飾り付けられていたロビーとは異なり、黒を基調とした落ち着いた雰囲気の内装。
3人が川の字で寝たとしても余裕があるベッドからは、窓の外が一望出来る様になっている。
ふかふかなソファ、枕の代わりにもなりそうなクッション、大画面のテレビ。
バスルームは西洋風で、ジャグジー付きの風呂とシャワー、トイレが設置されていた。
「着替えは持ってきてたよね?
パジャマも含めて」
「うん。
夕飯と朝食用にコンビニ弁当を用意しておいたから、冷蔵庫に入れておく」
IHのコンロとヤカン、電子レンジ、有料のジュースが入っている冷蔵庫。
通常のホテルでは出来ない事が簡単に出来るのも、スイートルームの魅力の1つだった。
「ねぇお姉ちゃん、コレ何?」
部屋の隅に置かれた自動販売機には、ラブグッズが所狭しと並べられている。
(避妊薬とカタクナールΩは私も持ってきてたけど、どっちもちゃんと自販機の中にあるのね。
コンドーム、電動マッサージ機、ローター、陰茎を再現した張型、オナホール……
何コレ、貞操帯に鞭と蝋燭?アブノーマルな性癖まで完備しているなんて)
お金を入れた後、対応しているボタンを押すと欲しい物が出て来る仕組みだ。
いちいち説明するのも面倒くさかった為、ミアは適当に誤魔化しつつ拓巳をベッドの方へと連れていった。
「拓巳さん、今日はこの場所で沢山遊びましょうね。
その為に拓巳さんをココに連れてきたんだから」
「拓巳さんもきっと気に入ると思うよぉ。
男の人でこの遊び方が嫌いなんて人はいないもん」
拓巳をソファに座らせた後、2人はそう言いつつ服を脱ぎ始めた。
部屋の中で『遊ぶ』と言う言い方に疑問を抱いていた拓巳であったが、2人が服を脱いだ為バスルームに移動するのだろうと考える。
「お風呂に入るのなら、お湯入れてきた方がいいでしょ?」
「ううん、お風呂じゃ無いの。
お風呂は後で入るから……
拓巳さんにも脱いでもらうのはお風呂と一緒だけどね」
困惑する拓巳を尻目に、下着姿になった泪とミアが拓巳に服を脱いでベッドに来る様促した。
数多くの女達を抱き、経験を積む事で相手を虜にするテクニックを身に付けてきた拓巳であったが、その経験値は全て失われている。
セックスにおいて無知な赤子と化した今の拓巳は、一抹の不安を抱きつつ彼女達の指示に従った。
「服は畳んで置いておくから全部脱いじゃって。
トランクスもね」
「どうしてベッドの上で裸になる必要があるの?」
理解出来ないと言う感情が怯えを生み、必要の無い恐怖を拓巳に与えてしまっている。
緊張を解すと言う意味も込めて、ミアはブラジャーを外し上半身裸になると拓巳を優しく抱き締めた。
「ミアお姉ちゃん……?」
「怖がる事なんて何も無いから安心して。
私達を信じて頂戴」
肌に触れる柔らかな胸の感触。
鼻腔をくすぐる女性特有の男を誘う匂い。
母親の温もりを思い出したのか、拓巳はミアにしがみついて胸の谷間に顔を埋めた。
(温かいよ。
どうしてこんなに心が安らぐんだろう……)
過去の思い出に浸っていた拓巳であったが、泪にトランクスを脱がされた事で現実へと引き戻される。
「る、泪お姉ちゃん」
「脱がないと気持ち良い事、出来ないでしょ。
それと、コレ飲んで」
水色の派手な下着を取り去り生まれたままの姿となった泪が精力剤の入った小瓶を拓巳に差し出した。
瓶は透明であった為中身がよく見えていたが、液体は水の様に透き通っている。
「このお水、何なの?」
「拓巳さんのアレを凄く元気にする薬。
毒なんて飲ませないから心配しなくてもいいよぉ~」
泪は屈託の無い表情を浮かべ、けらけら笑いながら小瓶の蓋を開け拓巳に手渡した。
(あー……
この前読んだ本に書いてあったやつみたいだ。
『私を飲んで!』って感じの)
もしこの薬が本の内容と同じ様な力を宿していたとしたら、災難が自分に降りかかるかもしれない。
だが、期待に満ちた目で見つめてくるミアの存在に負けた拓巳は覚悟を決め薬を全部飲み込んだ。
「ただの水じゃないの?
味がしないよ」
「味なんて無くても良いの。
アタシが先にやってもいいよね?」
全裸の状態でベッドの端に座っている拓巳の股間に手を伸ばしながら、泪はミアの方を見て許可を取ろうとする。
「……本番は私に譲ってね」
「最初はミアの方が良いって言うのは私も同感だから心配しなくてもいいよぉ。
とりあえず、大きくならないと始まらないしオチンチンの皮を剥こっか」
手慣れた様子で大きくなりかけている肉棒の先端部分を露わにすると、瞬く間に股間が膨張した。
亀頭が露出している男の欲望が、牙を剥き唸り声をあげている。
ひくつきながら肉棒が己の存在を激しく主張していたが、拓巳自身は身体の漲りに困惑していた。
「あの時と同じだ……
どうしてオチンチンがこんなに大きくなって、痛くなるの?」
戸惑い、怯えている様子の拓巳を宥めつつ、ミアは胸で勃起した陰茎を挟み込む。
「オチンチンは興奮したり、気持ち良くなると硬くなるんだよ。
男の子だったら誰でもなる事だし、射精すれば落ち着くからねぇ」
竿の部分を柔らかい胸で包み込みながら、ミアは先端部分を舌で刺激した。
電流が走る様な快感に身体が痺れ、拓巳はその場から動く事も出来ない。
(か、身体が熱くなって……
また、白いのが出てきちゃうのかな。
今まで、オチンチンがこんな風になった事は一度も無かったのに)
小学校低学年辺りの記憶しか保有していない拓巳にとって、ペニスの勃起や射精は『未知の体験』である。
性的な知識も無い状態でミアや泪に身体を弄ばれるのは、彼にとって喜ばしい事では無かった。
すっかり硬くなり、爆発しそうになっていた肉棒への刺激を止めベッドに寝かせる泪。
仰向けの状態で呆けた様な表情を浮かべている拓巳の股間に、ミアの身体が近付く。
「拓巳さん、じっとしてて。
怖がらなくていいのよ。
私が気持ち良くしてあげるだけだから……」
何も身に付けていないミアの膣が、拓巳の亀頭と『キス』をした。
脈打ち、垂直に反り立つ柱と化した肉棒はそのまま腰を下ろせば膣の中へと潜り込んでいくだろう。
(そういえば、拓巳さんとセックスしてる時私が攻める側になる事ってあまり無かったわね。
激しく突かれるのが当たり前だったから、リードするのはちょっと新鮮かも……)
膣が熱く滾った拓巳の砲身を咥え込み、根元までずぶずぶと沈み込む。
身体の奥に先端が触れる様な感覚に身を委ねながら、ミアは拓巳の胸に両手を添えた。
(この5年間、挿入された時の快感を忘れた事なんて一度も無かったわ。
またこうやって、自由にセックスをしてみたかった。
拓巳さんと一緒に)
口から無意識に飛び出す喘ぎ声を気にする事無く、抜いては沈めると言う反復行為を開始するミア。
拓巳の方は膣壁が与えてくる強烈な快感に耐えられず、欲望を暴発気味に吐き出す。
「あッ、うあああッ!!……
あ、あああ……」
ベッドの上で大の字を作っている拓巳が、身体と肉棒を痙攣させながら膣内に白濁液を放った。
あの時と違い、快感に対する耐性が皆無に近かった為彼を責める事は出来ない。
そんな事を考えつつ一旦膣からペニスを引き抜いたミアであったが、モノ自体が萎えていない事に気付き驚いた。
「ホント、精力剤の効果って凄いのね。
射精してるのに大きさが変わっていないわ」
「3、4回は出さないと小さくならないレベルだからねぇ。
一度出してスッキリはしたんだし、今度は入れてもすぐには射精しないんじゃない?」
舌を出し、息を小刻みに吐きながら快感に屈服した様な顔をしている拓巳。
殆ど放心状態に近い彼の身体を2人がかりで起こすと、ミアは拓巳に向かって尻を突き出す。
「今度は拓巳さんが動く番だよ。
膝を立てたまま、そのオチンチンをオマンコの中に入れてみて」
獣の様に四つん這いになっているミア。
拓巳からは欲情し、愛液が垂れている膣が丸見えになっていた。
「オマンコって……何?」
「女の人の股間についてるピンク色の『穴』って言えばいいのかな。
さっき、拓巳さんのオチンチンはこの穴の中に入ってたから気持ち良くて出しちゃったんだよ」
ガチガチに硬くなっている肉棒を触りつつ、何をすればいいのかをレクチャーする泪。
一方ミアは秘部を拓巳の前に晒していると言う事実に興奮し、頬が赤くなる。
「身も蓋も無い言い方をすれば、セックスって言うのは女の人の穴にオチンチンを突っ込んで出し入れして果てるまでの行為って事。
でも、快感を伴うこのセックスと言う行為に男女は『愛情』を感じたり『慈しみ』を感じたりする。
拓巳さんが何を感じるのかは……
実際やってみないと解らないけどねぇ~」
身体だけの関係であり、互いの肉体で欲望を貪っていた泪とかつての拓巳。
だがミアと拓巳が行っていたセックスは、それとは少し違うものがあったのでないかと泪は思っていた。
(単なる性行為と言うより、拓巳さんは癒されたかったと思うんだよね。
ただ繋がっているだけで喜びを感じている時があるんじゃないかと感じる程に。
今の拓巳さんだって、『始まり』は同じなんだからきっとミアを満足させられるよ)
元々の人格を信じて、今度は拓巳に後ろから攻めさせようと決心したミア。
泪は彼が彼女の中に入れる様に導き、その後は拓巳に全てを任せようと思っていた。
「うあッ……」
今にも弾けそうな程膨らんだ欲望が、腰を前に突き出した事でミアの膣内へと潜り込んでいく。
拓巳の肉棒に添えていた手を離し、泪は後ろから拓巳の肩を軽く叩いた。
「後はさっきミアがしていたみたいにピストン運動すれば大丈夫だから。
頑張ってね、拓巳さん」
泪に励まされた拓巳であったが、正直膣内に根元まで突っ込んだ瞬間精液が先端から漏れ出そうになっている。
咄嗟に何かを感じて必死に耐えたが、力強く抜き差しを行う余裕は全く無かった。
(オチンチンがヌルヌルに包まれて、全体がビリビリする様な感じになって身体全体が熱くなってる。
ミアお姉ちゃんのオマンコの中、凄いよぉ。
入れてるだけで破裂しちゃいそう)
強い刺激に対してほぼ無力でしか無いペニスが、彼女の中で悶えている。
何とかミアの期待に応えようと歯を食いしばりながら軽く引き抜き、奥へと突っ込んでみるがそれだけで頭がおかしくなりそうだった。
(拓巳さん、1回射精した事でオチンチンが敏感になっちゃってるのかな……?
でも、私で気持ち良くなってくれているなら、凄く嬉しい)
膨張し、時折ビクビクと震える肉棒の感触に、脳が溶けていく様な快感を得るミア。
侵入してくる拓巳自身よりも、繋がっていると言う事実そのものが彼女の身体を熱くさせる。
「どうせちょっと位なら出しても硬いまんまだよ。
そういうお薬を飲んだんだから。
いっその事1回出して、そのまま抜かないで続けてみようか」
耳元でそう囁く泪の熱い吐息が、拓巳がギリギリの所で崩壊を防いでいた壁を破壊した。
「もう駄目ぇ、出ちゃうよぉ!
うあああ、ああッ……」
拓巳が我慢出来ずに漏らした声は唸り声と言うよりも、最早苦しい時に発する呻き声に近い。
何とかミアに満足してもらいたいと思った拓巳は滅茶苦茶なピストン運動を繰り返し唐突に果てた。
射精の驚異的な快感に身体の制御が利かなくなったのか、射精している間も拓巳は抜き差しを続ける。
(凄い、ビュルビュルって出てる。
拓巳さんのが出たり入ったりしながら射精してるぅ)
ミアの身体に背後からしがみつき、下半身だけ叩き付けながら何度か絶頂を繰り返した後ようやく拓巳は動きを止めた。
「ハァ……ハァ……
オチンチンがおかしくなってるよぉ。
まだ痛いのが治らないなんて」
病院で元々禁欲的な生活を強いられていた拓巳は、一旦スイッチが入ると誰よりも猛る獣と化す。
大量の精液を放出したハズだった肉棒がミアの膣から抜けてからも逞しくそびえ立っていた。
「拓巳さん、元々私達とセックスをしてた頃から精力は半端じゃなかったからそこまでおかしな事じゃないよ。
カタクナールΩも飲んでるしね。
オマンコは私の股間にもあるんだから沢山使って!」
体力を消費してベッドに倒れ込んだミアの代わりとばかりに、今度は泪が騎乗位で拓巳の面倒を見る。
「あはッ……
本当に全然萎えてないなんて不思議。
射精したばかりだから私の膣内でビクビクしてる」
拓巳の瞳には、上に乗った状態で激しく胸を揺らし喘ぐ泪の姿だけが映っていた。
(な、何でオチンチンが全然小さくならないの?
さっき泪お姉ちゃんが言ってた薬のせいなのかな。
気持ち良いけど、もう疲れて身体が動かないよ。
オチンチンだけが元気で……
ううッ)
肉棒と膣が擦れ合い、根元まで竿が導かれる事によって発生する淫らな音だけが部屋内に響き渡る。
精神が子供のまま肉体だけは大人と言う状態の拓巳にとって、セックスはそこまでやりたいと思うものでも無い。
泪とミアが満足してくれるなら身体を差し出そう。
それ位の考えしか彼は持っていなかった。
「拓巳さん、私のオマンコ使っていっぱい出していいよ。
ちゃんと避妊薬飲んでるから何回出しても赤ちゃんは出来ないし」
「赤ちゃん……?」
靄がかかった様な意識の中で、拓巳はセックスと赤ん坊に何の関係があるのか理解する事が出来なかった。
「セックスは男女の愛情を確かめるだけのものじゃなくて、赤ちゃんを作る為のものでもあるの。
拓巳さんがオチンチンから出してる『精液』は、オマンコの奥深くにある『卵子』と結合すると赤ちゃんに変わるんだよ。
私達の方が身体の中から卵子を排出すれば、赤ちゃんが出来る事は無いけどね」
そこまでしっかりと認識してはいなかったが、拓巳はセックスによって自分が生まれてきた事を知った。
(じゃあ僕の母さんも父さんもこんな事をして、僕や玖留美が……
父さんも射精する時気持ち良かったり苦しかったりしたのかな。
母さんもこうやって父さんの上に乗ってたのかも……)
光景を想像する事はしなかったが、その様な快感と苦しみの中で自分と妹が生まれてきたと言う事実に思いを馳せる拓巳。
セックスが『生命の誕生に必要不可欠な行為』であると思えば、疲労や苦しさも我慢出来る様な気がした。
「あッ、拓巳さんのが一回り大きくなったぁ。
もうすぐ出そうなんだ。
遠慮しないで出して。
私もそろそろ……」
共に絶頂に達する事で全てを出し切ろう。
泪は拓巳の中に詰まっているであろう欲望を一滴残らず搾り取る為に全力を尽くす。
拓巳の横にいたミアはそのまま拓巳に近付き、彼の肩に両手を置いた後口づけをした。
「貴方の事を心から愛しています。
大好きです、拓巳さん」
泪の動きを邪魔しない範囲で拓巳に密着し、涙を流しながら笑顔を見せるミア。
ミアでは無い女性の膣で肉棒を扱かれていた拓巳であったが、そこから与えられる快楽よりも素朴なときめきの方が勝る。
「お姉ちゃん、ミアお姉ちゃん!……
うううう、あぐッ!えううう……」
膨れ上がった肉棒の先端から放たれた精液が泪の膣内に注がれていったが、拓巳自身は彼女の事を見ていなかった。
痙攣しながら膨張と収縮を繰り返し、何度か射精を繰り返す拓巳のペニス。
泪は膣の奥深くでその脈動と白濁液を受け止めていたが、それと同時に少しだけ悔しさを感じる。
(やっぱり、私には振り向いてくれないんだね。
拓巳さん……
解ってた事だけどさ。
でも、私とセックスしながらミアに気持ちを向けられるのは女として負けた気がしちゃうよ)
5年前からそれを受け入れていたハズだった。
ミアには愛情が注がれていたが泪とは身体だけの関係。
互いの立場を尊重して、それが当たり前であると思っていたのだ。
だが本来、九龍拓巳は海野亜津子に愛情を感じており、ミアは『代理妻』程度に過ぎなかった。
その図式が変わり、ミアだけに愛が与えられている現状は泪にとって面白い事では無い。
(フフ……
何でミアに嫉妬してるんだろ。
馬鹿だなぁ私は。
そもそも拓巳さんの強過ぎる性欲を受け止め切れないから私がミアを騙す様な形で無理やりこの道に引き摺りこんだのに。
ミアに恨まれたって仕方の無い立場でしょ。
今ミアが拓巳さんに愛されているのは私が始めた事だから)
今でも、自分にとって拓巳がどういう存在なのかと自問自答する事があった。
泪にとって彼は単なる金が絡んだ『お付き合い』だけの関係なのか。
それとも、愛情と言う熱を帯びた純粋な付き合いとして拓巳を見ているのか。
今となっては真実は闇の中だ。
遠くから冷めた目で見る事もあれば近くでこうして彼の身体に溺れる事もある。
確かなのは、突き放す様な事はせず泪が拓巳の面倒をミアと共に見続けるだろうと言う点だけだった。
「拓巳さん、ちょっと待ってて……
ミア、ティッシュ取ってもらっても良いかな」
「取ってくるわ」
机の上に置いてあったポケットティッシュを何枚か取り、泪に渡した後ベッドの端に腰掛けるミア。
拓巳の方は仰向けの状態で寝そべったまま動けず、ミアの腰付近に手を伸ばす。
「お姉ちゃん。僕……
セックスはいいから、ギュッてしたい。
お願い」
「泪が抜くまで我慢してね。
うわ、溢れてきてる」
肉棒の中で生成されていた白濁液を全て膣の中に吐き出したと言っても過言では無い量が膣口から漏れ出てきた。
完全には萎えていないが硬さを失ったペニスが抜けた瞬間、拓巳の股間に精液が零れ落ちる。
「余程興奮してたんだねぇ。
この量は……
私としてはこれだけ出してくれたんだし嬉しいよ」
ミアに及ばないと言う現実から目を逸らし、あくまで自分が拓巳をこれだけ昂ぶらせたのだと主張する泪。
ミアはそれに対して異を唱える気は全く無く、寧ろ拓巳が泪にも好意を持ってくれなければ困るとまで思っていた。
(長い付き合いになる事は決まってるんだし、この三角関係に亀裂が入る様な事だけは避けなきゃ……)
ただ、拓巳が2人を均等には愛せなくなっていると言う事実は覆せない。
ミアも薄々そういう雰囲気になっている事に気付いていた為、泪を傷付けまいと最大限気を遣っていた。
5年前の拓巳は性行為に一時の現実逃避や癒やしを見出していたが、今の拓巳にはそういった気持ちは無い。
セックスよりも、心からの愛情や優しさを求めていた。
そういった行為で快感を感じないワケでは無かったが、精神年齢が低ければそれを『楽しい事』とは受け取れない。
泪が拓巳の上で腰を上下させていた時より、ミアに抱き付いている方が彼としては幸せだった。
「僕とミアお姉ちゃんの温かさが、直に感じられるのって良いね。
もう少しだけこのままでいさせて」
ミアの胸に顔を埋め、背中に両手を回し相手が苦しくならない程度に抱き締める。
2人が望んでいる性行為よりも、拓巳がこういったスキンシップを求めている事は理解出来た。
(もしかしたら拓巳さんは、私達が母親の様な愛を注ぐ事を期待しているのかもしれないわね……
もうお母さんがこの世にいないと言う現実を受け止めてはいるけど、感情的にはまだ何処かで慈愛を渇望している。
私達も拓巳さんに依存している部分があったけれど、拓巳さんも私達と同じ様に寂しさを感じているんだわ)
拓巳が心の何処かで望んでいる様な『母親』の役割を自分が果たせるだろうか。
父親の暴力に怯えながらもただ耐えていただけだった母親の顔を思い出し、不安に駆られるミア。
とにかく、求められた時に応えられる事は積極的に叶えよう。
彼女はそう思っていた。
「本当は、すぐにでも玖留美に会いたいんだ」
生まれたままの姿で抱き合いながら、何にも包まれていない本音をぶつけてくる拓巳。
ミアは言葉を返さず、敢えて思っている事を全て吐き出させた方が良いだろうと考え相手をじっと見つめる。
「でも、玖留美の足を僕が引っ張っている事も解る。
病院でずっと僕の事を見ていたら、やりたい事があったとしても出来ないよね。
誰にだって夢があって、その夢を実現しようと頑張ってる。
駄々をこねるんじゃなく、玖留美の夢を応援しなきゃいけないんだ」
寄り添ってくれていた妹への未練を断ち切る為に、必死に自分に言い聞かせている。
辛いけれど受け入れなければならない。
でもとても哀しい。
ミアには拓巳がそういった思いを吐露している様に思えた。
「ミアお姉ちゃんには、玖留美の様に叶えたい夢は無いの?
僕の側にいてくれるのは本当に嬉しいんだけど、お姉ちゃんの邪魔をしていたらと思うとそれが嫌で……」
5年前の輝いていた『自分』と比べると、入院患者でしか無い自分は何故ここまで無力なのか。
誰かの人生を潰しているだけなのではないか。
拓巳はそういった自己嫌悪に苛まれていた。
「……私には、そこまで何かに熱中してやり遂げたい夢なんて無いんですよ。
強いて夢は何かって言われたら、拓巳さんと一緒にいる事だと思うんです」
仕事は生活の為にしている事。
そういった割り切りの中で、拓巳が側にいてくれる事だけがミアの救いになっていた。
彼と共に過ごし、最後を迎える時までその傍らにいたい。
ミアは拓巳の人生と言う物語が完結する時を見届けるまで死ねないとすら思っていた。
「ミアお姉ちゃん……」
「色々ありましたけど、私は拓巳さんとセックスしている時に生きる事の喜びが実感出来る様な気がするんです。
誰かを愛して助ける事は美しい。
自分が愛されていれば尚更……
相思相愛って最高じゃないですか。
私のお母さんは正しい愛を得る事が出来なかった。
そう思うと余計に今が幸せだと感じてますよ」
偽りの無い、正直な本音だった。
真実の愛を探し続けて、結局相手側の裏切りによりそれを見つける事が出来ないまま終わってしまった伸枝。
タリスマンが死んだ後彼女は塞ぎ込み、生きる屍と化してしまう。
何に対しても興味を持つ事が出来ず、彼がいない世界を眺める事にすら苦痛を感じている様に見えた。
タリスマンも伸枝も見つける事が出来なかった『幸せの青い鳥』が目の前にいて、微笑んでいてくれる。
自分の人生も色々あったが、ミアにとって拓巳の存在が救いとなっている事だけは確かだった。
「拓巳さん、私が貴方の隣に座る事を認めてくれているだけでとても嬉しいんです。
何度でも御礼を言わせてください。
本当に有難う」
拓巳の目を真っ直ぐに見据え、相手の手を取り心からの感謝を述べるミア。
彼女に抱き付いていた拓巳は一瞬言葉に詰まったが、その手を強く握り返す。
「僕こそ御礼を言わないと。
有難う、ミアお姉ちゃん。
泪お姉ちゃん」
その微笑む姿はかつての九龍拓巳を思い出させるが、もう彼はこの世にいないも同然。
残された彼と一緒に歩いていく事こそ、自分の使命なのかもしれない。
ミアは元々心に抱いていた決意をもう一度確たるものにする事を誓った。
【2010年 同日 午後8時50分 東京都豊島区池袋 ラブホテル『FIG』 部屋内】
『時計の針は間もなく後半45分を過ぎようかと言う頃。
味の里スタジアムも異様な程の熱気に包まれております!
現在1点ずつを取り合っている東京(とうきょう)VVV(スリーブイ)とニライカナイ琉球(りゅうきゅう)。
特に琉球は昇格クラブとは思えない驚異的な粘りを見せていますね』
ラブホテルの部屋内に設置されていた大型液晶テレビの前ではしゃぐ拓巳。
サッカーに関しては知識も興味も全く無いミアと泪はベッドの端に座り遠巻きに彼を見つめていた。
『アディショナルタイムに突入。
後半の残り時間は4分となりました!
琉球は降格圏が見えている順位と言う事もあり、3ポイントを取ろうと懸命に向かってきています。
前田さん、少しVVVの選手が受け身になっている様な気もしますが如何でしょうか』
『気迫と言うか、そういうものに呑まれてしまっている様な気がしないでもないですよね。
昔の東京なら引き分け狙いなんて言わずに攻めていたと思うんですが、コレも時代の変化と言う事なんでしょうか』
『おっと、玉城のパスから仲間。
そこから金井に繋いで東京のDFを抜き去りました!
GKの西条との一騎打ち。
右上~!!西条反応こそしましたが弾く事が出来ず。
スコアは2-1となりました。
VVVの真野監督も落胆の表情。
残り時間は2分!』
琉球の選手達が狂った様に喜び、それとは逆に完全に戦意を失ってしまった東京の選手達。
勝負が決し、盤面が引っくり返る事が無いのは拓巳にも理解出来た。
『試合終了~!!
劇的な逆転劇!
琉球、土壇場で大きな大きな1点を取って勝負を決めました!
あの敵陣でのショートカウンターが全てだと思うんですが、どう思われましたか?』
『疲れだと思うんですけど、東京の選手が明らかに追えてませんでしたよね。
あそこで後の事を気にする事無く走った琉球の底力、疲労は同じ位あったと思うんですけどそれを見せなかった。
それとギアの上げ方がとても良かったです。
カウンターと走力で勝負する河村監督が選手に教えてきた事が最後に実を結んだと言う事でしょう』
深い溜息をつきながらも、相手のヒーローインタビューや監督のインタビューを最後まで視聴する拓巳。
番組が終わった後電源を消し、そのままソファの上に寝転がる。
「……いやぁ、駄目だねぇ。
今の東京。
僕が見てた頃とは全然違うチームになっちゃってるよ」
ミアにも『東京が負けた』と言う情報だけは伝わった為、寝ている彼の所へ近付き彼を励ました。
「次はきっと勝てますよ。
勝負って言うのはその連続ですから」
「お姉ちゃん……
ミアお姉ちゃんに昔の東京の雄姿を見せてあげたかったなぁ。
昔は凄く強くて、TN1リーグで優勝した事だってあるんだよ。
今は真ん中辺りの順位でフィニッシュするのが定番のチームになっちゃったみたいだけど」
新興クラブであるミラマーレ舞網、ネーヴェ会津、キャピタル町田の台頭。
BT浦和や柏ソレイユと言ったTN1発足時からのベテランクラブの苦戦。
クラブの順位表を見てみても、拓巳が名前を知っているクラブが殆ど無いと言うのは彼にとって衝撃的だった。
「琉球も去年まではTN2だったみたいだし、年々弱くなってきちゃってるね。
どれだけ負けても応援し続けるのがサポーターの性とは言え、結構厳しいよ」
天鳳杯での早期敗退、ハロウィン杯でのグループステージ敗退と全く結果を残せていない東京VVV。
それでも前を向いて戦い続けなければならないのは格闘ゲームの世界と同じだった。
「元気出しなよ、拓巳さん。
今度私達が東京ワンダーランドに連れて行ってあげるからさ」
寝間着姿の泪が拓巳の横に座り彼の頭を撫でたが、拓巳は複雑そうな表情を見せる。
「ミラマーレ舞網の親会社、オクシデントが経営してる遊園地でしょ?
敵クラブの総本山に乗り込むみたいでちょっと嫌だな……
ワンダーキャットは好きだけどさ」
「気にしない気にしない。
スポンサー=凄く大きな会社って事でしょ?
何処に行っても何かを目にする機会なんてあるんだろうし、頭を空っぽにして楽しまなきゃ損だって」
泪があまりにも楽しそうに笑っていた為、拓巳は思わずその笑顔につられてしまった。
「そうだね。
いちいち考えていたら楽しめるものも楽しめないね。
じゃあ来月はワンダーランドに連れてってもらうって事で。
ミアお姉ちゃんも一緒に行こうよ」
「うん、上手く都合を付けて行ける様にしておくから。
遊園地に行くのなんて久しぶりだから楽しみだわ」
寝転がっていた拓巳の上にミアは覆い被さり、彼を思い切り抱き締める。
拓巳も外に出て遊べる事を楽しみにしている様子だった。
長い間止まっていた時計が、妹に対する強い思いの力で再び動き出した。
妹との軋轢によって両者の距離は遠ざかってしまったが、彼を救う者が現れる。
『一緒に行こう。
飛んで、あの空で一番綺麗に光っている青い星まで』
伴侶として眩く光り続ける白い星。
拓巳にとっては彼を愛してくれる生涯のパートナー。
彼が彼女から離れる事を望みさえしなければ、彼女は一生彼の側で輝きを放ち続ける事だろう。