椿は最初に自分と同じ身体の女性を救う為の人間、
勇気を持って飛び込んでいく先達者になる道を
選びました。そしてそれは、多くの人達の運命も
変えていく事になるのです。
【西暦1999年 7月19日 午後7:00 千葉県宮本市 鶴野椿の自宅】
心身共に、椿は疲れ果てていた。
何事も無く一日が過ぎ去っていたのなら、ベッドに飛び込み深い眠りに誘われていた事だろう。
あるいはシャワーを浴びた後両親や妹と共に食卓を囲み、仮面を被りながら食事をしていたのかもしれない。
だが彼女は父親が提案した『緊急家族会議』に参加せざるを得なくなっていた。
「あの大量の貼り紙は、朝私が家を出る時には無かったものだ。
恐らく稚子(わかこ)が家に帰ってくるまでの間に貼られたんだろう」
両親との間に亀裂が生まれていたとはいえ、それはまだ修復出来る可能性がある。
椿本人はそう信じていた。
だが、その願いは無惨にも打ち砕かれたのだ。
テーブルに備え付けられた椅子に両親と椿、そして妹の岬が座っている。
椿の隣に座っていた岬は父親の発している『怒り』を敏感に察知したのか、その肩が僅かに震えていた。
「お前を問い詰める事になるだろうと思い、お前が帰ってくるまで稚子は貼り紙を剥がさなかった。
賢明な判断だと思うし、私も稚子の考えを尊重する。
問題は」
テーブルに拳を叩き付けて思い切り怒鳴りたい。
理性をかなぐり捨てて激怒したいと言う欲望と必死に戦っている。
椿は父親の顔と身体の震えを見て、相手の思いを汲み取っていた。
「あの貼り紙の内容が、事実なのかそうでないのかと言う点だ」
父親は、どういう気持ちでそんな事を聞いているのだろうか。
椿は自分が両親に愛されていない事に気付いていた為、様々な思いを巡らせる。
世間体か、妹に悪影響が出る事を恐れているのか、それとも自己保身なのか。
恐らく全てだ。
そしてこの問いに対して、嘘をついても事態が悪化するだけであると言う事も椿には解っていた。
「……誹謗中傷でも何でもないわ。
あの貼り紙に書いてある事は本当の事よ、父さん」
実際に自分の勃起した肉棒を多くのクラスメイトに目撃されている以上、言い訳して解決出来る問題では無い。
その噂が伝染病の様に街中に広がっている可能性が高い事も、彼女の心をさらに暗くしていた。
「……そうか」
明らかに気が立っている父親が貧乏揺すりをしながら大きな溜息をつく。
母親が汚物を見る様な目で椿を見つめ、その沈黙に耐えられなくなった岬が母親に尋ねた。
「ねぇ、『ふたなり』って何なの?
お姉ちゃんが一体何をしたっていうの?」
理由は解らないが、これ以上姉を精神的に追い詰めないでほしい。
岬はそうした思いを抱えながら質問したが、母親はそっぽを向き父親が代わりに答える。
「ふたなりと言うのは、簡単に言ってしまえば『身体的異常者』だ。
人間としての身体に欠陥があって、社会からはつまはじきにされる様な存在なんだよ」
父親はそう言った後、岬の目をじっと見つめながら作り笑いを浮かべた。
「人間には男と女の2種類があると言うのは学校で習っていなくても岬には解るね」
岬が頷くと、父親は自分の胸に手を当てる。
「お父さんは男で、岬は女。
男と女にはそれぞれ身体に特徴がある。
男はがっしりした肉体、そして身体の老廃物を尿として排出する為のペニス。
女は膨らんだ胸、男性のペニスを受け入れる為のヴァギナがあるんだよ。
普通ならば、人間は股間にペニスかヴァギナのどちらか一方だけを備えていなければならない」
説明をしている間も、父親の胸中には負の感情が渦巻いているであろう事が伺えた。
父親にとっても、順風満帆だった人生が突如娘によって壊されたと感じているだろう。
椿は心の中で謝罪をしつつも、自分もまた被害者なのだと弁解したい気持ちで一杯だった。
「両性具有者はペニスとヴァギナの両方を備えている。
所謂『遺伝子疾患』の1つだ。
遺伝子と言うのは『人体の設計図』の様なもので、この遺伝子情報に少しでもエラーがあると正常な人間として生まれてこない。
生まれた時から足が無かったり、思考能力に問題があったり、その結果は様々だ。
端的に言ってしまえば、椿は病気なんだよ。
生まれた時から大病を患っていた様なものさ」
椿にも色々言いたい事はある。
ふたなりを『病気』と捉えるかどうかは人それぞれだろう。
だが今は事を荒立てても何も良い事は無いと解り切っていた為、彼女は父親の言葉に対して特に反論はしなかった。
「長々と話したが、本題に移ろう。
重要なのは、椿が両性具有者であると言う事。
そしてその事実が世間に知れ渡ってしまったと言う事だ」
その怒りと哀しみに包まれた父親の顔が、『何故露見したのか』と叫んでいる様に見える。
理由が知りたいと考えているであろう父親に対して、椿は全てを包み隠さず正直に話した。
「部活動の最中に、ポリタンクの中に入っていた清涼飲料水を飲んだんだけどそれに強精剤が入っていたみたいで……
薬を混入した本人に私の身体の秘密を知られて、脅迫されたの。
その後脅迫に従って行動していたら大勢のクラスメイトに私の身体の事を知られてしまって……」
両手で顔を覆い俯く椿の姿を見ながら、母親は明らかに不機嫌そうな表情をする。
「小難しい話なんてどうでもいいでしょ。
問題はこの人が言った通り椿が化け物扱いされる存在で、それがバレてるって事。
このまま手をこまねいているなんて私にはごめんだわ。
出来るだけ早く病巣を切除しないと」
実の娘に対して、まるで愛情が感じられない発言。
普通ならば諌める立場であろう父親も、同じ思いを抱いていた。
「……残念だが、私も同意見だ。
今や椿は我が家の癌細胞と化してしまった。
椿がこの家に居続ければ、最悪の場合家族全員が路頭に迷う事にもなりかねない。
今すぐは無理でも、年内には出ていってもらおう。
それが家族にとって最善の策だ」
椿より大事にしている愛娘、岬を何としても守り抜く。
椿のせいで人生を終わりになどされたくない。
それが両親の偽らざる本音だった。
「そんな、どうしてお父さんもお母さんもそんな酷い事を言うの!?」
岬は姉を庇い精一杯の抵抗を試みたが、幼い子が親に逆らっても未来は変わらない。
「岬、冷静に考えてみなさい。
普通の人間では無い者が我が家の一員であり続けた場合、どういう結末が待っているのか。
椿に向けられている誹謗中傷は我々にも向けられ、その火種が炎となって全てを焼き尽くす事になる。
世間は残酷だ。
人と違っている者がいれば全力で社会から排除しようとする。
今に始まった事じゃない。
江戸時代、火事が起こった時町民は町を守る為出火元の家を破壊した。
町全体に火が燃え移る前に犠牲を払う事で皆を守ったんだ。
私達もそうするべきだ」
残酷な言葉ではあったが、椿も父親の意見に関しては同意見だった。
その行為が辛辣であるのか否かと言う話を別にすれば、それしか妹を人々の悪意に満ちた目から救う術は無い。
既に自分を半ば見捨てている両親はともかく、妹の未来を心無い者達に潰されてなるものか。
泣きじゃくる岬を見ながら、椿は自分を犠牲にしてでも岬を守り抜こうと心に決めていた。
「これから……
私達は、お姉ちゃんはどうなるの?」
岬に対してだけは、優しく振舞わなければならない。
彼女をなるべく刺激しない様に、父親は言葉を選びながら答える。
「ほとぼりが冷めるまでの間、椿には別の場所で生活してもらう。
人が多い場所がいいだろう。
大勢の人間がいればいる程、その大勢に紛れて過ごす事が出来る。
私達も混乱を避ける為にこの家を手放して遠くへ行こう。
お母さんの実家がある香川県に身を寄せて、新しい生活を始めるんだ」
父親は『ほとぼりが冷めるまでの間』と誤魔化したが、この一件が落ち着くまで何年もかかるであろう事は明白だった。
人々の記憶から自分の存在が消え去るまで、贔屓目に考えても10年は必要だろう。
流石に顔や名前まで変えて生きていく自信はまるで無い。
椿は既に『1人でどう生きていくべきなのか』と言う所まで考えを進めていた。
「学校の皆は?
お姉ちゃんは!?
嫌だよ、家族がバラバラになるなんて。
私が何とかする。
お姉ちゃんが安心して生きていける様にするから……」
駄々をこね、泣いている岬もそんな事が無理である事は薄々気付いている。
たった1人で何が出来ると言うのか。
寧ろ、それが解っているからこそ涙が止まらなかった。
「岬、全部お前の為なんだ。
そしてそれは椿の為でもある。
座して死を待つ様な事をしていてはいけない。
現状を打破する為には前提を変えていく必要がある。
このままではお前も学校で虐めの対象になり、輝かしい未来が待っていたとしてもその扉が閉ざされてしまうだろう。
それだけは、絶対に阻止しなければならない。
出来るだけ早く準備を整えて、破滅の道を回避しなければ」
何を誰に言われたとしても、絶対に自分の意見を曲げはしない。
父親はそういった意図のもとで発言し、母親もその意見に同調する。
「高卒にはなるでしょうけど、当面生きていく為に必要なお金なんて200万もあれば充分でしょ。
私達は向こうで静かに暮らすから、貴方も自分の為に生きていく事ね」
陸上選手として結果を残せていれば、渋々大学へ通う為の費用も両親が捻出してくれていたかもしれない。
全ての前提は脆くも崩れ去った。
椿はそれを事実として受け止めなければならなかった。
家族会議と言うより、一方的に突き付けられた『決定事項』を承諾させられるだけの陰鬱なやり取り。
これから自分がどうなるのか、そして自分はどう生きていくべきなのか。
椿は混乱する頭を抱えながらベッドに潜り込む事しか出来なかった。
(私はこれから、どういう目標を持つべきなのか。
走る事が生き甲斐で、それ以外の生き方なんて今まで考えた事が無かったわ)
幼少期から、走る事が好きだった。
そして、その道で結果を出している人に憧れた。
オリンピックで金メダルなんて、最初から高い設定を持っていたワケじゃないけれど努力していれば結果は必ずついてくる。
椿は本気でそう信じて走り続けてきた。
そして、自分の身体によってその努力は泡となって消えてしまった。
(ふたなりと言うだけで、社会から排除されると言う理不尽。
私の様な人が天武日本には5000人もいるって話を聞いた事があるけれど……
そういう人達は、どう生きているんだろう。
胸を張って差別や偏見と戦っている人はいるのかしら?)
布団の中に身体を埋め、ひたすらに考え続ける。
本当は早く眠って現実から逃げたかった椿であったが、そういった考えが次々に浮かび全く眠れなかった。
(……そんな人、いないわよね。
堂々と自分が両性具有である事を宣言して戦っていたら、きっとニュースになるハズ。
皆私と同じ様に真実を隠して、普通の身体だと偽って生きているんでしょう。
きっと、逃げ場所を欲しているのよ。
私がそう思っているのに、他の人がそう思わないワケが無いわ)
悩み苦しむ椿の脳裏をよぎった『受け皿』と言う考え方。
両性具有の女性達が自分を隠す事無く開放的になれる場所。
そういった狭くとも誰もが安心して過ごす事が出来るコミュニティの創造を、椿は夢想していた。
「お姉ちゃん、起きてる?」
ドアをノックする音と、岬の声に反応して椿はベッドから抜け出し自室のドアを開ける。
パジャマ姿の岬が暗い表情を浮かべ、椿の腕を掴んだ。
「ちょっとお話してもいいよね」
目に涙を浮かべながらせがむ様にそう言ってくる岬。
椿はどう答えればいいのか解らず廊下の方に目を向ける。
「大丈夫だよ。
お父さんとお母さんはもう寝ちゃったから」
机の上に置いてある目覚まし時計は11時を指している。
布団に入ってあれこれ考え出したのは8時。
もう3時間も経っていたのか。
ぼんやりとそんな事を考えている内に、岬はドアを閉めた後椅子に腰を下ろした。
「……私、やっぱりお姉ちゃんと離れるのは嫌だよ。
どうしてもお姉ちゃんがこの家から出ていくって言うのなら、お姉ちゃんについていく」
両手を握り締め、大粒の涙を流しながらそう訴えてくる妹の姿。
彼女の気持ちは嬉しかったし、自分もその選択が出来ればどれだけ良いか。
椿はそう思いはしたが、彼女の肩に両手を乗せ宥める様に言葉を発する。
「駄目よ。
今私と一緒にいたら、岬が不幸になってしまう。
私の事が社会や周囲から忘れ去られて風化するまで、会う事は出来ないの。
私だって貴方と一緒にいれないのは辛いけど、一番辛いのは貴方が私と同じ様に迫害されてしまう事。
両性具有者の妹だと言う噂が広まってしまえば、普通の暮らしは送れなくなるわ」
全ては両親の為では無い。
心から愛している妹の為なのだ。
それは、椿が自分自身に言い聞かせる言葉でもあった。
幼い頃から椿を慕い、共に遊び共に笑い共に泣き、人生の大部分を一緒に過ごしてきたと言う事実。
岬はスポーツでも勉学でも優秀で、人々の模範になれる姉を尊敬し彼女の様になりたいと願っていた。
そうして2人の絆が深まったからこそ、妹は別れを必死に拒んでいる。
自分だって本当は別れたくない。
だが別れる以外妹が幸せになれる方法も思いつかない。
何時の間にか、椿もまた流れる涙を止められなくなっていた。
「お姉ちゃん、私は信じない。
お姉ちゃんにオチンチンが生えているなんて。
それに、もしかしたら私だってお姉ちゃんと同じ身体かもしれないんだよ」
妹の言葉が、椿の心に突き刺さる。
もしかしてと言う疑念を抱え続けながら生きてきた。
その可能性を頭から排除して日々を過ごしてきたのだ。
岬が自分と同じ両性具有者である確率は、ゼロでは無い。
「万が一そうだとしたら、貴方も後戻り出来なくなるのよ。
それでも良いなら私に確認させて。
私も、貴方に私の全てを見せるから」
椿は、こんな事を口にしている自分自身が信じられなかった。
今から自分は妹の下腹部をまさぐり、妹に自身の肉棒を見せようとしているのだ。
正気の沙汰では無い。
そう思いながらも、椿は自分自身に対して岬を納得させる為だと強引に言い聞かせていた。
自分よりも華奢で小さな身体。
胸も僅かに膨らんでいる程度で、股間には全く毛が生えていない。
自分が両性具有者である事が解ってから、妹と風呂に入る事も無くなった。
数年ぶりに目にした岬の身体は記憶に残っているものとそれ程変わっていない。
身長は少し高くなっただろうか。
椿はそんな事を考えていた。
「お姉ちゃん、凄く綺麗……
お人形さんみたい」
日に当たると日焼けせず肌が赤くなってしまう体質の為、運動していても肌は白い。
そこそこある腹筋、くびれのある理想的な身体。
アスリートとして研鑽を重ねてきた肉体は、岬も思わず息を呑む程美しかった。
自室で、全裸の状態で妹と対峙している。
今日の昼に起こった事の方が余程現実味が無かったが、現在の状況もさほど変わらない。
椿はそう思いつつ、自身の手を前に突き出して身体に触れてもいいか確認を取った。
「まずは貴方が両性具有であるかどうかを調べるわ。
ベッドの上に座って頂戴」
岬がベッドの上に座り壁にもたれかかった後、さらに足を出来るだけ真横に開かせる。
幼い膣はまだ殆ど姿を見せておらず、俗に『割れ目』とも呼ばれる黒い一本の線を描いていた。
「緊張せずに、出来るだけリラックスしていてね」
同性とは言え、身内に股間を見られる事には抵抗がある。
岬は気分を落ち着かせようと深呼吸を試みたが、浅く吸う事しか出来なかった。
閉じている膣を開き、クリトリスを刺激する事で妹が両性具有であるかどうか確かめる。
ハッキリ言って、今の自分がまともであるのかどうかも怪しかった。
(万が一、岬が両性具有だったとしても私はその事実を墓場まで持っていく。
百歩譲って両親が私を見限るのは良いとしても、岬までそうなったら目も当てられないわ)
椿は岬がノーマルである事を祈りつつ、その一方で岬も自分と同じ身体であれば良いのにと言うどす黒い感情を抱いていた。
墓場まで持っていくと言う意志は変わらない。
もし妹が自分と同じ身体であったなら、自分の哀しみと辛さを実感してくれる。
この後に待ち構えている荒波を共に乗り越えようとする仲間になってくれるのではないか。
(ああ、なんて私は心の醜い人間なんだろう。
こんな事を考えてしまうだけでもいけない事なのに……
岬に私と同じ十字架を背負わせるワケにはいかないのよ。
神様、どうか妹だけは!)
邪念を振り払い、事実の確認だけを行おうとする椿。
左手で閉じている岬の股間を左右に広げ、姿を現したクリトリスに右手の指を近付けた。
「綺麗よ、岬」
御世辞では無く、本心から出た言葉。
まだ発展途上で未熟な膣ではあるが、薄桃色をしたそれには黒ずんだ所等全く無い。
世界の誰も、下手をすれば岬自身ですら手を触れた事が無いかもしれない聖域。
椿は自然と喉が鳴り、息が荒くなっている事に気付いていた。
(妹の股間を見て興奮するだなんて。
私は掛け値無しの異常者ね……
心無い言葉を吐かれても、受け入れなければいけないかも)
床に膝をついた状態でクリトリスに向かって手を伸ばし、親指と人差し指を用いて小さな突起を挟み込む。
岬は思わず変な声が出た為、両手で自分の口を塞いだ。
「そうしてくれていると助かるわ」
両親が起きてきてこの光景を目撃したら、自分の想像もつかない様な修羅場に突入する事は間違いない。
部屋に鍵をかけ一定の遮音性を保っているとは言え、絶対に大声を出させるワケにはいかなかった。
(私のクリトリスがペニス程に肥大化する様になったのは小学校高学年の頃。
岬はもう中学生だし、ココでクリトリスを刺激する事で絶頂に至って勃起しない様ならまず大丈夫)
本物の両性具有者ならば、極度の興奮状態に陥るだけで肉棒が顔を出す。
椿の股間から生えてきたモノはあっと言う間に形を成し、雄々しく脈動していた。
「お姉ちゃん、それ……」
「私が普通の女性とは違うって事が解ったでしょう」
その『違い』と言うのは、単なる普通の女性と両性具有者の見た目が違うと言う事だけでは無い。
椿自身の『意識』と『現実』のずれは彼女を常に苦しめていた。
物心つく頃から芽生えていた『自分が女性である』と言う価値観は、一旦固定されると覆る事等普通は考えられない。
だが両性具有者の場合、男性器が生えていると言う事実によって価値観そのものが揺らいでしまう。
自分は何者なのか。
己の存在意義は何処にあるのか。
そういった所にまで意識が踏み込んでいくのだ。
椿はその疑問に蓋をし続け見ないふりをする事で平和な日常を過ごしていたが、もうその時間は戻ってこない。
(岬が興奮する姿に欲情しているのが、私の様なふたなりであればすぐに解ってしまう。
岬に嫌われたくないのに、身体は無意識に反応してしまって……)
性欲は理性を容易く超越する。
頬を赤く染め、涙を滲ませながら喘ぎ声を我慢している妹の姿を見て興奮する自分。
確認の為だと己を誤魔化していても、惨めな気持ちになる事だけは避けられなかった。
「ッ!!……
はぁ、はぁ……」
女性の絶頂は登り詰めてから通常の状態に戻るまでの時間が長い。
岬の膣は愛液塗れになり、クリトリスが顔を出してはいるものの普通の女性が興奮している状態と変わらなかった。
安堵の溜息。
艶のある荒い息を何度も吐いている妹とその音が重なる。
(岬は両性具有じゃない。
私にとってはそれを確認出来ただけで充分だわ)
世間から迫害される事無く、平穏無事に生きていける身体。
愛情を注いできた妹が救われたと言う事実に対して喜ぶ半面、椿は少しだけ寂しい気持ちになる。
身内に真の理解者がいてくれればどれだけ良かったか。
誰にも打ち明ける事が出来ず孤独な戦いを強いられてきた椿には、妹の潤んだ女性器がキラキラ輝いている様に見えた。
「それが、お姉ちゃんのオチンチンなの……?」
岬は自分の股間を羨望の眼差しで見つめている椿に対して、遠慮がちにそう尋ねた。
彼女も自分が両性具有者では無いと解って安心した一方、椿が心を痛めているであろう事に気付いたのだ。
血を分けた姉妹で顔立ちも似ている。
幸福か否かを比較してしまうのはある意味当然だった。
お互いに心が締め付けられる様に苦しくなって、言いたい事がハッキリ言えない。
こうして隠してきた真実が明るみに出てきただけで、これ程の見えない壁が生まれてしまうとは。
何でも気軽に話し合い、相談を受け励まし合ってきた事が椿には遥か昔の出来事の様に感じられた。
「男性の陰茎と殆ど同じだけど、違う所は色々あるわ。
包皮が無い。
玉袋が無い。
そして精液に精子が含まれていない。
尿道の場所が違うだけで、男性器よりも女性器に近いのよ」
我ながら無理のある言い訳をしている。
椿は質問に答えながらそう思った。
確かに膨張したクリトリスだが、膨らんだ先端の亀頭部分は見た目がほぼ男性のモノに見える。
何よりも、普通の女性では考えられない異常な性欲がその言い訳に『NO』を突き付けていた。
(どう言い繕ってみても、私が普通の女性では無い事には変わりが無い。
岬だけは、妹だけには絶対に幸せになってもらわなければ……)
もう、人並みの幸せは手に入らない。
何処か別の場所へ行って全く違う生活を始めたとしても両親がそれを許さないだろう。
目立つ事をすれば『目立つな』と噛み付かれる。
表の世界でスポットライトを浴びる夢は永遠に失われたのだ。
「うわ、凄い。
熱くて、ドクンドクンってしてる」
現実から離れ、自身の不遇を嘆いていた椿は、岬がベッドから降りて肉棒に触れるまで彼女の接近に気付かなかった。
「何してるの。
駄目、そこは触っちゃいけないのよ」
慌てて引き剥がそうとするが、岬は滾ったそれをしっかり握ったまま離さない。
「私があそこを触られて恥ずかしい思いをしたのに、お姉ちゃんが恥ずかしい思いをしないのは不公平よ。
それに、オチンチンってこうなっちゃったら出すまで痛いんでしょ?
私が気持ちよくしてあげる」
妹のまだ小さな手が、自分の竿を拙いながらも上下に扱いている。
絶対にありえない異常な状況と言い様の無い背徳感が彼女の砲身をさらに大きくさせた。
(馬鹿馬鹿、私の馬鹿。
妹に手で擦られて興奮してるだなんて。
射精する所なんか見られるワケにはいかないのに……
嗚呼、でもビクビクしちゃうッ)
痛い程怒張した薄桃色の肉棒が、快感を感じ踊る様に跳ねる。
鈴口から透明な粘液が滴り落ち、それが岬の手に触れ床に落ちていった。
「お姉ちゃん、気持ちいいの?
気持ちいいんだよね、こんなに硬くなってるんだもん。
女の子の部分からもお汁が出てるし……
さっきの私と同じ様に気持ちよくなって」
主導権を握られ、今度は嬌声が漏れぬ様椿の方が両手で必死に口を塞ぐ。
男性器とは違い敏感で無防備な『中身』を晒している両性具有者の肉棒は、扱かれただけで数倍の快楽を彼女の身体にもたらした。
(あッあッ、本当に出ちゃう。
駄目なのに射精しちゃう。
妹の目の前で、情けない姿を晒しちゃう。
上がってきてるぅぅぅ)
身体全体が火照り、射精の前兆が嫌でも感じられる。
肌が敏感になり、部屋の中に漂う暑い空気が風となって当たっている様な錯覚に囚われる程だった。
「お姉ちゃん、良いよ。
出していいよ。
かかったって拭けばいいんだから」
岬の右手が激しく肉棒を刺激する一方で、彼女の左手が椿の膣に触れる。
穴に指を入れてはいけない。
保健の授業で漠然と処女膜の事を知っていた岬は、掌を膣に被せると手を前後に動かした。
(ひ、うはあッ。
駄目、駄目……
だめぇぇぇぇぇぇ)
その一瞬、頭の中が真っ白になり射精の感覚のみに全てを委ねる。
椿の肉棒はその欲望に逆らう事無く透明な粘液を大量にぶち撒けた。
砲身が一回りぶくっと膨らんだ直後に、先端から噴き出す精液。
激しく脈動しながらびゅるびゅると容赦無く粘液を放出するその衝撃は、竿の根元を握り締めている岬の手を通して直に感じ取れていた。
(凄い。
こんなにビクビクするんだ。
身体全体をガクンガクン震わせて……
涙が出る程気持ちいいのかな?
私もさっき変な気持ちになっちゃったけど)
性欲に憑りつかれた魔物が、咆哮しながらその欲が具現化したものを迸らせている。
普段の優しい姉とはまるで違う獣の一面は、岬に恐怖では無く憐憫の情を抱かせた。
(お姉ちゃん……
こんなに苦しいハズなのに、身体の秘密を生まれてからずっと1人で背負い続けてきたなんて。
私はずっとお姉ちゃんに甘えていたのに、お姉ちゃんは誰にも心を開けず甘える事も出来なかったんだ。
もっと早く気付いてあげられたら良かったのに。
ごめんね、お姉ちゃん)
岬は奥歯を噛み締め、大粒の涙を流した。
これから、自分が姉を庇い守らなければならないと思っているのに、実際は今後離れて暮らさなければならない。
甘えられる身内は姉にはもういないのだ。
では誰が彼女の心の闇を払ってやれると言うのか。
「ああッ、ごめんなさい。
今すぐ拭いてあげるから……」
夥しい量の精液が岬の顔や胸、腹にかかり汚している。
ティッシュを取ろうとした椿の身体を、岬は思い切り抱き締めた。
「謝らないでお姉ちゃん。
謝らなきゃいけないのは私の方なのに。
ずっと1人で処理してきたんでしょ?
硬くなったオチンチンの中身を出さなきゃいけないから……
私はお姉ちゃんの心の叫びに気付いてあげられなかった。
お姉ちゃんを助けてあげる事が出来ないなんて、苦しいし辛いよ」
大声で泣き叫びたい衝動を必死に堪えて、口を真一文字に結びすすり泣いている妹の姿。
(神様……
どれだけ私に罰を与えれば気が済むのですか?
妹に要らぬ負担をかけさせ私と別れさせるなんて、何故そんな仕打ちをするんです。
私だけでなく、妹にまで消えない傷を与えてしまって……)
どれだけ理不尽な運命を嘆いても、残酷な現実が変わる事は無い。
頭では解っていても、それを受け入れる程の力がこの時の椿にはまだ備わっていなかった。
「私の事を思っているなら約束して。
何時かまた会いましょう。
10年後なのか20年後なのかは解らないけれど、必ずまた2人で手を繋げる日が来るわ。
今はお互いに我慢しなきゃいけないの。
貴方の気持ちは痛い程解るから」
会えなくなる日が来る事が苦痛であるのは椿も全く同じだった。
自分が両性具有者であるだけでこの絆が引き裂かれなければならない。
どうしてと何度繰り返しても飽き足らぬ程の絶望と悲嘆。
自分の精液が身体に付着する事等気にせず、暫くの間2人は生まれたままの姿で抱き合っていた。
来なければいいと思っていても、明日は必ず訪れる。
一昨日と同じ様に虹見高校に到着した椿を待ち受けていたのは、無言の圧力と静かな虐めの洗礼だった。
校内用の靴の中に画鋲と言うありきたりなパターン。
靴箱には『化け物!学校に来るな』と書かれた張り紙。
授業中も休み時間も他のクラスメイトから徹底的に無視され、道端に転がる石ころの様に扱われる。
寧ろ心無い言葉を浴びせかけられ、殴られたり蹴られたりした方が彼女にとっては楽だったのかもしれない。
放課後陸上部の活動に参加する為校庭に出向くと、顧問である千輪が彼女に話しかけてきた。
「……鶴野。
非常に言い難い事なんだが、女子陸上部に所属している生徒の満場一致でお前を退部させなければならなくなった。
県大会への参加登録も抹消させてもらう。
俺1人の力では、どうする事も出来なくてな」
悔しそうな顔を浮かべる千輪の顔が、余計に椿の心を苦しめる。
(陸上部の栄光を掴む為に必要だった私がいなくなって、先生にもダメージが……
ぬか喜びをさせてしまい、本当に申し訳ありませんでした)
もう、何も耳に入れたくない。
ならば家に直帰するだけだ。
そう思い踵を返した鶴野の肩を、千輪が掴み握り締めた。
「昨日、体育館に誰も入れるなと脅されて抵抗出来ずに従ったのはこの俺なんだ。
権力なんて糞食らえ。
そう思っていたハズなのに抗えなかった。
俺は自分が受け持っている生徒の身の安全より、自分の立場が保証される事を選んでしまった……
この償いは何時か必ずする。
今はただ、堪えてくれ」
教師と言う職業を守る為の自己保身。
誰よりも不正を嫌っていた己が不正を行い自分自身を裏切ってしまった。
その身が打ちのめされる程の屈辱と自分に対する失望。
千輪もまた、自分が両性具有者であった為に平穏を奪われた被害者なのだ。
(私のせいで、私の周りが次々に壊れていく。
家庭も、学校も、全てが……
私には生きる価値が無いの?
私はこの世に生まれてきてはならない存在だったの?
……違う。
これからは私自身が、私の生きる意味、価値を生み出していかなきゃいけない。
妹に胸を張って誇れる様な人生を送るのよ、椿。
岬をこれ以上悲しませるワケにはいかないわ)
椿は壊れそうな心を無理やり奮い立たせた。
たった1人で悩み続けてきたのだ。
そしてこれからは1人で暮らす必要がある。
強く生きて、自分を否定した社会を見返さなければ。
椿はそう心に誓った。
夏、秋、冬と季節は過ぎていったが、状況は悪くなる一方だった。
二学期終了時点で両親は引っ越し、椿は都内の安アパートに引っ越してそこから高校に通う。
虐めはエスカレートこそしなかったが継続しており、椿は高校卒業が可能となるギリギリの日数しか学校には訪れていなかった。
椿の唯一の心の支えであった千輪は精神を擦り減らし三学期終了直前に虹見高校から別の高校へ異動。
妹から届いていた手紙は両親に握り潰されたのか椿が高校を卒業した直後から届かなくなり、孤独感は増す一方だった。
不気味だったのは椿にあれだけ酷い仕打ちをした戦場希望が、殆ど椿と接触しなくなった事だ。
たまに廊下で顔を合わせても無言で通り過ぎるだけで、ちょっかいを出してくる事すら無かった。
地獄の高校生活から、出口の見えない暗闇へ。
希望(きぼう)を求めて戦おうと心に決めた椿のもとに現れた希望(のぞみ)。
勿論それは椿にとって、絶望以外の何者でも無かった。
「前に言っただろ。
隠れたとしても必ず見つけ出すって。
アタシはアンタが卒業した後ウチのメンバーを使ってアンタの動向を探らせたんだ。
闇風俗に手を出すとまでは思ってなかったが……
アタシは幸運な事にこの店の会員になる術があった」
作り笑いすら出来ずに驚き、嫌悪感を隠そうともしない椿。
彼女はその態度を気にする事無く、ポケットの中から名刺を取り出す。
「アタシの父親は母親と同じ革新党所属の国会議員だった。
優秀な肩書を持ち金がある人間には『黒薔薇館』の方から誘いがかかる。
父親はあっと言う間にこの店の常連客になり、店の場所や電話番号が書かれた名刺を貰ってたってワケ。
アタシが父親の所持していた遺物からそれを見つけるのは容易い事だったよ」
普通の方法では辿り着けない店のHPも、名刺に書かれていれば簡単にアクセスする事が出来た。
携帯の画面に映る嬢の顔写真は目だけが隠れており、知っている人間が見れば判別は充分可能である。
そもそも『両性具有の風俗嬢』は椿を含めても5人しかいないのでどれだけ多くの嬢が在籍していようとも絞り込む事は容易だった。
「あとは客として、アンタの懐に潜り込むだけ。
幸いな事に母親が高収入でアタシに毎月大金を渡してくれる。
これからちょくちょくアンタ目当てで予約を入れるから、しっかりアタシを満足させろよ」
ヒステリックに叫びたい、希望に殴りかかりたいと言う衝動を椿はギリギリの所で抑え込む。
(私は、私の様に自分の居場所を失って苦しんでいる両性具有者の為の逃げ場所を……
楽園を作る為にこの店で働いている。
ココで騒げば『客』である希望さんが不満を漏らし私はこの店から追い出されるだろう。
私の夢を現実に変える為にも、ココは我慢しなければならない。
彼女は私が我慢せざるを得ない事を知っていて、ワザワザ私を指名したんだ)
己の人生を崩壊させた人間が目の前に立っているのに、罵倒する事すら出来ないと言う苦痛。
定期的に指名してくれる『上客』が現れたのは普段ならば喜ぶべき事だったが、今の彼女にはそう考えるだけの余裕が無かった。
「……時間まで、誠心誠意務めさせて頂きます」
全ての感情を押し殺し、『風俗嬢と客』と言う、この店においての関係性を維持しようと努力する椿。
握り締めた拳を再び開き、名刺を差し出すと言う慣れた作業を希望の前で行う。
「理不尽な命令で無い限り、この店では客の要望は絶対的な効力を持つんだろ?
アタシは自分で服を脱ぐから、ストリッパーの様に脱いで勃起したチンポを見せてもらおうか」
部屋の中に用意されているベッドに座り、上着を脱ぎながらそういってほくそ笑む希望。
高校卒業後、少しでも多く稼げる場所を探して彷徨い、偶然見つける事が出来た最後の居場所。
この店を追い出されれば夢は永遠に叶わなくなるだろう。
椿は怒りを鎮める努力を続けながら、羽織っていたバスローブをハンガーにかけた。
客の前ですぐに裸になれる様、『黒薔薇館』で働いている風俗嬢は仕事中バスローブと下着しか身に付けていない。
飲み物を取りに行く際素足にスリッパを履いて廊下に出る位で、裸足でいる時間の方が圧倒的に長かった。
「ベッドとマット、最初はどちらになさいますか?
どちらか片方のみ、と言う事も出来ますが」
「両方1回ずつは体験してみたいな。
折角こういう店に来たんだから色々挑戦してみたいじゃんか」
希望はベッドの上で全裸になり、両足を斜め上に開いて膣を見せる。
金髪に染めていても陰毛はやっぱり黒なんだな、と椿は何気なくそんな思いが頭に浮かんだ。
「それにしても、カモフラージュしてるな。
下着姿だとふたなりには見えねぇし」
「……普段から膨らんでいるワケではありませんので」
見るものを欲情させる様な、両側の紐を解く事によって外す事が出来る紫色の下着。
ブラジャーのホックを外し、パンツも脱ぐと無理やり勃起を抑え込む為のサポーターが姿を現した。
万が一にも勃起しない様にと、クリトリスと膣を覆っている粘性のテープ。
身体から剥がす時に痛みを伴う程ガッチリくっついている為、勃起しても膨張する前に食い止める事が可能だ。
テープを剥がして小さな棚の上に置いた後、椿はローションが入った容器を手に持つ。
「それでは、始めさせてもらいますね」
普段から椿はカタクナールΩを常用しており、その気になればあっと言う間に勃起する事が出来た。
だが最近はより即効性の高いローションを使う事で勃起しっぱなしと言う状態を回避している。
ローションをクリトリスに垂らし塗り込むと、肌が痺れる様な刺激によって瞬く間にクリトリスが肉棒へと変化した。
「ハァ、ハァ……
如何ですか?
私のモノは」
「相変わらず立派過ぎて驚いちまうよ。
それ、我慢している間が一番辛いんだよな。
アタシのアソコ、舐めてイカせてもらおうか。
アタシがイクまで射精はお預けだ」
一旦勃起すると理性を保つだけでも一苦労と言うのが両性具有者の特徴である。
希望はそれを先刻承知していた為ワザと焦らす事で彼女の暴走を誘おうとしていた。
我慢出来なくなって彼女を襲った瞬間、風俗嬢としては失格となってしまう。
だが男とも女とも大勢の人間と性行為を重ねてきた椿は、高校生の頃とは明らかに違っていた。
「では、失礼して……」
女性が女性の膣を舐めると言うのは上下関係を匂わせる屈辱的な行為であったが、彼女は仕事だと割り切る。
あの時の自分とは違う。
変わったのだと言う事を椿は希望に披露しようとしていた。