廊下の奥にある扉の真横には日本語で『この先ベルガー邸』と書いてあった。
「ようやく目的地に着いたわね…長かったわ」
『おめでとう詩織、その先からは人の気配が感じられない……。罠と見るのが妥当かもな』
「あの歓迎っぷりを見るとその可能性は高いわね」
苦笑しながら詩織は答える。
ここからはなるべく音を立てず行動した方が良いだろう。
晴人やその仲間も巻き込みたくはない。
「晴人ありがとう。ここからは私一人で大丈夫」
『すまない。音を拾えず役に立てなくて……君の帰還を祈ってるよ俺の愛しき人……そして俺達の華々しい未来の為にデートをしよう』
「ふふ、分かったわよ。待ってて」
詩織は晴人のアシストを切った。
ハンドガンを構えながら、取っ手を掴み素早くドアを開け『ノア・ベルガー』邸に入った。
中は暗く、妙にひんやりとした空気が漂う……。
現在は9月だがまだ残暑厳しくこんなに屋内が寒くなる事はまだない。
では、エアコンかクーラーでも動いているのかと思えば……機械音は聞こえない。
どころか生活音や人の気配すらない。
(また、化け物が襲って来るのか)
スマホのライトを照らしながら、ゆっくりと家内を探索するドイツ式住居の為か、玄関からそのまま土足で入る事が出来た。
時計の針を刻む音だけが響き非常に不気味だ。
そこで詩織はある事に気づく。
四つのソファーに取り囲まれるように置いてあるテーブルに……白いコーヒーカップが置いてあったのだ。
カップに触れるとまだ暖かい。
(誰かいたようだな……)
ここにいた人物が友好的な人間であればよいが、先程のおもてなしを鑑みるに余り期待しない方が良さそうだ。
「誰かいるのか?」
いつでもハンドガンとキッチンナイフで反撃出来るように詩織は低い声で呟く。
「
「……っ!」
突如、背後から聞こえた女性の声。
瞬時に後ろを振り向くが誰もいなかった。
「
「横文字やめろ。ここは日本だ」
「あらあら、冗談の通じないお嬢様ね」
確実に声の主は近くから発しているのにその姿を視認出来ない。
「貴女まだまだ若いのに何故そんなに命懸けなの?」
「親友のためだ……」
「ご立派ね」
姿無き声の主が初めて詩織の前に姿を現した。
10代後半程の少女で、真っ黒なドレスに透き通るような白い肌……綺麗な金髪には色合い的には似付かわしくてもおかしくないのに黒い薔薇の装飾がよく似合っている。
あまりの美貌に同じ女なのに詩織は目を奪われる。
「……あんた寒くないのか?」
「寒さには慣れっ子なの。それよりごめんなさいね。さっきは私のおチビちゃん達が迷惑を掛けて」
「あぁ…あの望愛と嶺臣とか言うガキ達か。あいつら自分の事吸血鬼と言ってたが――――」
詩織はナイフを構える。
「あんたもなのか?」
すると少女はクスリと笑った。
「クス。正解よ。二人を吸血鬼にしたのも私だからね」
「親玉かよ…」
絶望的な状況だ。この女を乗り越えなければノア・ベルガーには会えないのか……。
腹を括ろうとした詩織を「まぁ待ちなさい」と少女は落ち着かせる。
「私は貴女と敵対する気はないわよ」
「本当か?」
「えぇ」
詩織はホッとする。
「だけど貴女を捕らえろと言う命令なの」
異常な速さで少女は詩織の真横に移動した。
「ぅあ……」
反撃する間も与えず氷のように冷たい吐息を首筋に吹き掛けると詩織は眠くなりそのまま意識を失った。
急速に体温を下げたのだ。
倒れ込む詩織を少女は抱える。
「うふふ。捕まえた。早くノア先生のとこに連れて行かなきゃ。それにしてもイギリス人も中々美味しい物を飲んでるわね」
テーブルに置かれた紅茶を飲み干し、少女もとい……ディアナは詩織の首筋をなぞりながら移動した。