ノア・ベルガーは今日も診察していた
「ベルガー先生。今日もありがとうございました!」
「お気になさらず。私は与えられた仕事をこなしたまでですよ」
流暢な日本語を話し、右目に眉毛から頬にかけて傷跡がある老齢の医者は裕福な貴婦人に一礼しすぐまたカルテと向き合う。
ノア・ベルガー‥‥40年前に日本に来てこの北白咲の地で開業医として定住。以来名医として生業を営み財を成していた。
だが何かが足りない。
人生をもっと刺激的にさせる何かが‥‥。
赤ん坊はミルクを欲っしそれを飲めば満足する。
老人のノアには当然ミルクなどいらないが自身を満足させ足る代物がなかった。
暇つぶしで『実験』もしたがいまいちつまらなくなりすぐやめてしまった。
「なんとも下らない。世の中だ私を満たす物はないのか‥‥」
恨めしそうに呟くと最後の訪問者を見終え彼は病院に隣接してある自宅へ戻った。
ノアの病院では彼の歳のこともあり、診察時間内はノアが見るがそれ以外はスタッフが対応する仕組みになっている。
一応急患の受け入れも行っているが彼の病院の患者層は上流階級の者が多いため滅多に来ない。
今日は妻の美智子が何を作ってくれているだろうか想像し自宅へと入った。
玄関先に小さな子供用の靴が二足ありノアはクスリと笑った。
「あらノアお帰りなさい」
「やぁ美智子」
二人は欧米式のハグをして互いに同じソファーに座った。
「コーヒーとお茶どちらを飲みたい?」
「コーヒーで頼むよ」
「お祖母様。俺はコーラで」
「私は麦茶でいいわぁ」
愛しの二人の孫が姿を現した。
「やっぱり来ていたか。龍我、銀羽」
「久しぶりだな。お祖父様」
「お邪魔してるわよ」
「全くとんだサプライズだよ。澪音も君達二人が来るなら来ると伝えてほしかった」
澪音はノアと美智子の一人息子で、15年前ある女性の家に婿入りした。
そこで3年後に産まれたのが龍我と銀羽だ。
齢まだ12歳なのに二人共不思議な雰囲気を曝け出していた。
「だってお父様が言ってたわよ。『サプライズ』は言わないからこそ
「ああ自慢気にな」
孫二人の意気ピッタリな父の代弁に全く困った息子だとノアは苦笑いした。
「はい銀羽ちゃん。龍我君。ゆっくり寛いでいってね」
「ありがとうお祖母様」
「ご馳走になります。お祖母様」
きちんと祖母の美智子に礼を言うと行儀よく二人の愛しの孫達はソファーに腰掛け飲み物に手を掛けた。
「龍我は前より筋肉質になったようだね?何かスポーツでも初めたのかい?」
「ボクシングだ。何事も『やるなら全力』での精神でジムに通ってる。今日から暫くはオフの日が続くけどな」
台詞の終わりに龍我はウィンクしてみせる。
どうやら龍我は暫く自分達の家に世話になると遠回しで言ってるらしい。
孫の成長は早いと改めて実感した。
「お祖父様!。私にも聞いてよ」
「あぁ、すまない。銀羽も何か始めたんだね?前より身体が引き締まっている」
「私はテコンドーよ!、もう身体を動かすのは最高ね。道場の先生にも筋が良いって言われたの!」
「ほう。テコンドーか。怪我しないように頑張るんだぞ」
「えぇ!」
「ふん愚妹に何処迄やれるかだな」
「うるさい愚兄ねぇ」
「「あ?」」
「こらこら。銀羽ちゃんも龍我君も喧嘩しちゃ駄目よ」
陰険な雰囲気の双子を美智子は諭す。
二人は「ごめんなさいお祖母様」と素直に謝った。
「ふん。流石に祖母と祖父の家では喧嘩するわけにはいかんな銀羽」
「そうね。お祖父様、お祖母様、私達部屋に行ってるわ」
「分かったわ。自分の家だと思って過ごしていいからね」
「あぁ。遠慮はいらんよ」
「「ありがとう。お祖父様、お祖母様」」
孫達はそれぞれ用意された部屋へ向かった。