今、俺は通りを歩きながら通り魔を待っている。何おかしなことを言っていると思うかもしれないが、実際そうなのだ。
ありきたりな少女漫画のラスト。何度も体験して、また第1話から、 誰かがページをめくる限り、永遠に同じ人生を繰り返し続ける。
考えたくもない、辛いストーリーをずっと体験されられた。だからこんな……好きな漫画と一緒にナイフで貫かれたら、その世界に行ける。なんて、馬鹿なことは考えなかったのかもしれない。
◆
(ん?なんだ?この感覚は?)
また同じ、また最初から始まるはず。なのにおかしい。まず身体の感覚がおかしい。動きづらいという訳では無い、なにか根本的な気持ち悪さ。目を開くと、そんな違和感よりも大きな明確な違いがあった。
(どこだ……ここ?!)
周りを見渡せば、そこは見たことの無いはずの部屋の景色。しかし、確かな見覚えがある。それは、紛いもなく結城リトの部屋。
「リト〜!!起きてる〜?!」
(この声は……美柑!?!?)
「リト〜?もうすぐご飯できるから〜!」
(まっまずい…何か返事を…)
「はっ、は〜い!今行く!」
その瞬間、自分の声がおかしい。少年のような。女性のような。中性的なその声は…スピーカーによる振動でしか聞いたことの無いもので、それはまるで……『ToLOVEる』の主人公、結城リトのようだった。
「……」
部屋のドアを開ける。知らない廊下。初めての身体。どうしてこんなことになっているのか。何もかもが未体験。
─怖い。
(鏡…鏡はどこだ…?)
洗面所らしき所にある大きな鏡、そこに反射した自分の姿。いや、これは間違いなく『結城リト』の姿。タチの悪いイタズラ。何かの勘違い。そんなかすかな希望は音を立てて崩れ去った。
「リト〜!先にお花に水やりしといてね〜」
そう言えば、リトの趣味のひとつにそんなのがあったかもしれない。
「あっ、ああ!わかった!」
知らない美少女、しかし、『俺』を『リト』と呼ぶその姿から見るにこの少女が美柑なのだろう。
それにしても、俺はこれからどうすればいいのだろう、そもそも今の時系列は何巻なんだ?それに学校にも行かなきゃ行けない。勉強なんてもううんざりだ。
「おはようございます!リトさん♡ 」
「うわぁぁ!?ってモモ…か?」
「リトさん。どうしたんです?そんな驚いて。リビングに紅茶を用意したので休憩してはいかが?」
「あっ、ああ…そうs(ん?この会話…)」
「なあモモ。モモの髪って前からそうだったっけ?」
「あらまぁ!リトさん気づいて下さりましたかぁ♫くせっ毛を直してみたんですよぉ♪」
(この会話は…ダークネスの1巻…?)
◆
テーブルについて目玉焼きが乗ったトーストを頬張る。いつも通りの穏やかな朝。周りから見れば間違いなくそんな感想を抱かれるだろう。しかし、俺の心はそんな穏やかじゃない。というか俺にとってはいつも通りじゃない。初めてだ。俺は今日、初めてが多すぎる。
ふと目の前にいる少女達を目に入れる。特徴的なピンクの髪とエメラルドグリーンの瞳を持つ天真爛漫とひと目でわかる長女。性格は違えどその姉によく似て整った顔を持つ双子。それに加え、美少女の妹と来た。
幸せだったろう。毎日楽しかったろう。しかし、そんな毎日を俺は『結城リト』から奪ってしまった。本来の『結城リト』の心は今どこにあるのだろう。
ToLOVEるについての記憶は全てのページの隅々まで細かく鮮明に覚えている。俺にとってToLOVEるの世界は眩しくて、楽しそうで、羨ましかった。俺はこの世界にとっての不純物で、夾雑物で、異物なのだろう。
結局その日はずっと考え事をしていて一日中ソファから動くこともなく終わってしまった。
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