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頭が痛む…。
体も酷く熱い…。
こんな感覚は…転生したとき以来で…、また俺は死んだの…か?
ごめんフレイア、約束は…守れ…。
「…ガ……テンガ!」
誰かに名前を呼ばれて、意識が覚醒していく。
「テンガ!」
目を開けると、綺麗な翠色の眼をした少女が俺を心配そうに覗き込んでいた。
「シェー…ラ……?」
「よかった…目が覚めて…本当に…!」
目に涙を浮かべ、シェーラが俺に抱きついてきた。
「シェ、シェーラ!?っ…ここは!?」
「ナイダー男爵家の…ゴドフリー公爵に滅ぼされた貴族家の屋敷です。今は王国軍の拠点として接収されています。」
どうやら俺は捕虜として捕らえられた後、騎士であり指揮官だったためそれなりの待遇で治療も受けさせてもらえたらしい。
現在王国軍の司令部となっている男爵家の屋敷の一室で軟禁され、こうしてシェーラとの面会も許されている。
そして軍服ではなく貴族令嬢に相応しい清楚なドレスを着たシェーラは、俺達が敗北してから俺が目を覚ますまでの5日間の状況を説明してくれた。
「侯爵軍は総崩れ…糾合していた貴族達は元の傘下も含めてほぼ離反された…か」
「本隊はフレイアの指揮下でなんとか撤退出来ましたが、逃げられたのは4000弱といったところ、だそうです」
12000もいた軍勢がほぼ消滅し、中核だったシェーラと俺を含めた主だった人員も捕虜になった。取り返しのつかない完全敗北だ。
その引き金となったとんでもなく強い男が何者なのか、俺はシェーラに尋ねた。
「なあシェーラ、あいつは…お前を捕まえていたあの男は…何者だったんだ?」
「あの男はグレン・ゴドフリー、レオ・ゴドフリーの父親である先代ゴドフリー公爵です…」
「あの男が…!? でもあいつは確か幽閉されていたはずじゃあ!?」
その人物の話は聞いていた。かつて王国最強の武人としてその名を轟かせたが醜聞によって息子にその地位を奪われ幽閉された…と。
「おそらく秘密裏に開放されていたんでしょうね…
すみませんテンガ、情報収集で後れを取った私の落ち度です…」
シェーラが悔しげに目を伏せる。
たった一人の男の動向を見逃したことがこの大敗北に繋がってしまったことに、責任を感じているのだろう。
「一応、指揮官だった私達は捕虜待遇でこうしてある程度の自由や治療も受けさせてもらえました。おそらく今、お父様達が身代金の交渉をして下さっているはずです」
「まだ、チャンスはあるのか…?」
「…わかりません。でも、フレイアが捕らえられなかったのなら、彼女を中核にしてまだ巻き返せるはずです」
「侯爵様の交渉力次第…か」
「大丈夫です。お父様達ならきっと…」
目を伏せ不安げな様子の幼馴染を励ますために、俺は努めて明るく声をかける。
「大丈夫だシェーラ、まだ俺たちは負けてないさ!
それにあのグレンとかいうおっさんも、次に戦ったら俺が絶対に倒すさ!」
「…ふふ、ありがとうございますテンガ。頼りにしてますよ?」
「ああ、任せろ!」
そうやって俺とシェーラが話し合っていると、コンコンとドアがノックされ、一人の若いメイドが入室してきた。
「失礼しますシェーラ様、テンガ様。レオ様がお呼びです」
メイドに案内されたのは、この屋敷の以前の主人の使っていた執務室だった。
以前の主人の趣味なのだろう豪華な執務机に大量に積み上げられた書類を捌きながら、現在のこの部屋の主である男はこちらに顔を向けることなく冷たく告げる。
「来たか。ご苦労だったニア、この二人と私に黒茶を」
「かしこまりました」
ニアと呼ばれたメイドがテキパキと黒茶を用意する。
部屋にはこの部屋の主とメイドの他に、護衛として数人の騎士が控えている。
「そこに座れ。…傷はもういいようだな」
俺たちを執務室のソファに座らせたレオ・ゴドフリー公爵は机を挟んで俺たちの対面に座り、感情の読めない蛇のような眼で俺たちを見据える。
「…ではシェーラ・リーゼフォン侯爵令嬢、答えを聞かせてもらおう」
「…答え?」
俺はレオ公爵の発言に思わず問い返してしまう。
「なんだ、話していないのか?」
「…話す時間が無かっただけです」
「シェーラ…?」
俺は右隣に座るシェーラの横顔を見つめる。
そんな俺の右手にシェーラの左手が重なる。
「答えは変わりません。私はリーゼフォン侯爵家の長女として、謀反人である貴方達に仕えることは決してありません」
震える手で俺の右手を握りながら、シェーラが毅然と言い放つ。
「例え絶望的な状況でも、私達は諦めません。私達は必ず、貴方達を倒します!」
「シェーラ…」
この状況でも諦めない最愛の幼馴染に、俺もまた勇気を貰い、改めて目の前の宿敵を睨みつける。
だがレオ公爵は欠片も表情を変えず、今度はこちらに目を向ける。
「そうか…ではテンガ・ナーゼ、君はどうだ?
私に仕えれば侯爵家の時以上の地位と富を約束するが?」
「俺の答えも同じだ。フレイアの家族を殺したあんた達に仕える気なんざさらさら無い!」
フレイアの手を握り返し、きっぱりと言い放つ。
ここが敵地で、いつ殺されるかわからないこの状況でも、決して誇りだけは失ってなるものかと自らを奮い立たせながら、俺はレオ公爵を射殺さんばかりに睨みつける。
「…残念だ」
レオ公爵は給仕された黒茶を一口飲み、僅かに同情の混じった視線を俺達に向ける。
そして彼の後に控えていた文官が、執務室の書類の山から一枚の書類を取り出し、それを俺達の前に置く。
「……これは?」
「先程届いたリーゼフォン侯爵からの書状だ。読んでみるといい」
シェーラは震える手で、間違いなくリーゼフォン侯爵の筆跡と、彼の印鑑の押された書状を手に取る。
そしてその書状の内容を理解した俺とシェーラの顔から、みるみる血の気が引いていく。
「こんな…こんなことが……」
「な…何かの間違いだ! ぎ、偽書じゃないのか!!?」
「筆跡も印鑑も、私よりも君達の方が詳しいはずだが?」
レオ公爵はそんな俺達に憐れみの目を向ける。
「…私の提案を受け入れていれば、君達を守ることも出来たが、もはや詮無きことだな」
「……」
俺達は何も言い返すことができなかった。
書状にはこう書かれていた。
『今回の戦乱の原因は、謀反した王女フレイアにそそのかされた侯爵家長女シェーラとその護衛騎士テンガの暴走である。
侯爵家は権力を奪取した彼女たちに引きずられ不本意ながら王家に反乱を起こすことになりました。
此度の敗戦を受け、侯爵家はフレイア王女を拘束し討伐軍に引き渡すことを約束します。また捕虜になった息女シェーラは侯爵家から除名処分とし、その護衛騎士テンガも護衛対象を諫めることが出来なかった罪を以って追放処分とする。
その身柄は王国軍の差配に従い、如何なる処罰を下されたとしても侯爵家として抗議することは無いことをお約束します』
今ここで、俺達の希望は断たれた。頼りにすべき味方は俺達を切り捨て、希望だったフレイアも既に虜囚の身となっていたのだから。
「侯爵家は当主の引退と嫡男の廃嫡、そしてシェーラ嬢の除名を降伏の条件として提示してきた。勿論、旗印だったフレイア姫の捕縛と引き渡しもな」
「なっ…なぜ!?」
「何故も何も、有利な状況であれだけ完敗し、しかも基幹となる精鋭部隊も我々が徹底的に殲滅したからな。もはや抵抗する力も気力も残っていなかったのだろうよ」
レオ公爵が淡々と語る。
「それに侯爵傘下の貴族達には、今侯爵家を攻めれば此度の反乱の罪を軽減すると書状を送ったからな。面白い位に侯爵家に攻め入ってくれたぞ?」
「そんな…」
面白いと言いながら欠片も表情を変えないレオ公爵は、まるで夕食の献立を伝えるかのような平坦な口調で話を続ける。
「侯爵家は降格し、利権と領地も大幅に削減する。次の当主となるシェーラ嬢の弟には私の妹を嫁がせる予定だ」
「そ…それでは実質的な乗っ取りではないですか!!」
「ああ、そうだが?」
激昂するシェーラに、レオ公爵はまるで駄々をこねる子供を見るかのような呆れた目線を向ける。
「そもそも最早君たちには関係ないことではないか?
「わ、私は侯爵家の…!」
「…言っただろう?もう遅いと」
そう言ってレオ公爵は黒茶を飲み干し、席を立って再び執務机に戻り書類の決済を再開する。
「ま、待ちなさい! 話はまだ…」
「私には無いな。そしてそろそろ、君に客人だ」
「…何を言って?」
レオ公爵の奇妙な発言に首を傾げながらも、更に言い募ろうとシェーラがソファから立ち上がった時、執務室の扉が勢いよく開かれる。
「おいレオ!! 話し合いは終わったか!?」
「ノックをしろ…と言っても無駄か。
話し合いは終わった。予想通り決裂だ。」
「そうか、残念だったな!」
突然部屋に入ってきた獣のような雰囲気の大男に面食らう俺とシェーラを無視して、疲れた目をしたレオ公爵が男の質問に答える。
「グレン…ゴドフリー…」
「こいつが…」
シェーラは捕らえられた時の恐怖を思い出したのか、俺の背中に隠れるように体を縮こまさせる。
そんなシェーラに、グレン前公爵は好色な目を向ける。
「では約束通り、この女は俺の好きにするぞ?」
「どうぞご自由に」
「な…巫山戯るな!」
あまりにも身勝手なグレンの物言いに俺は激昂する。
そしてシェーラを背中に庇い、グレンと相対する。
「ほーう、やはり活きが良いな、悪魔騎士!!」
「シェーラに指一本でも触れてみろ!二度と巫山戯た口なんて聞けないようにしてやる!」
「ガッハハハ!おいレオ、こいつなかなか面白いな!
こいつも俺の自由にしていいのか?」
俺の言葉と殺気を受けても平然と笑いながら、グレンは息子に確認する。
「彼らは私に仕えることを拒み、侯爵家からも追放されました。その二人がどうなろうと、私には関係ありません」
レオ公爵は最早こちらに目を向けることなく、黒茶を飲みながら山積みの書類を捌いている。
そしてグレンは舌なめずりしながら、俺の背後で震えるシェーラに手を伸ばす。
「舐めるなぁ!!」
シェーラを守る為、俺はグレンに殴りかかる。
武器は没収されているが、俺が前世で叩き込まれた古武術は素手であっても十分人を殺せる技術だ。この技は転生した後も、何度も俺と、シェーラやフレイアを助けてくれた。
たが、グレンは俺の拳を平然と躱し、逆に俺の腕を掴む。
俺はその腕を振り払おうとするが、万力のような力で掴まれた腕は俺の鍛えた筋力でもびくともしない。
「だったら…!」
「ほう、面白い!!」
俺は奴のこめかみを狙って蹴りを放つ。決まれば並の騎士でも気絶し場合によっては死に至るほどの威力を誇る俺の蹴りは、俺が無理矢理放り投げられたことで不発に終わる。
片腕で俺を空中に放り上げたグレンは、そのまま俺を壁に叩きつけた。
「っ…かはぁ」
「テンガ!!」
俺に取りすがろうとするシェーラの腕を、グレンが掴む。
「おっと…恋人が心配なのはわかるが、お前はもう俺の女だ。
勝手をしてもらうのはこま…っ」
バシン!と、シェーラの平手打ちがグレンの頬に叩き込まれる。
「私に触れるな、下郎!」
「ガッハハハ、ますます気に入った!夜まで待つつもりだったが、今から抱いてやろう!」
「おい…発情するならこの部屋以外でやってくれ。仕事が滞る」
暴れるシェーラを押さえ込み、今にも彼女を犯そうとするグレンを、奴の息子は止めることなくただ部屋から追い出そうとする。
「あー、悪い悪い。それともお前も混ざるか?」
「とっとと出ていけ!」
グレン達親子のふざけた漫才の合間に、ようやく立ち上がった俺は、シェーラを救うために再びグレンに挑みかかろうとするが…。
「申し訳ありませんが、レオ様のご迷惑となりますのでこれ以上暴れないで頂けますか?」
いつの間にか近づいてきた、ニアと呼ばれていたメイドに足を払われ再び床に転がされる。
そしてメイドと護衛の騎士たちに手足を縛られてしまう。
「さて、では続きは俺の部屋でやるとしよう」
「くっ…離して! テンガ!! テンガ助けて!!」
「シェーラ…! 畜生ぉ…!!」
手足を縛られた俺は、連れて行かれるシェーラを見ていることしか出来ない。
これからあの獣のような男に犯されるシェーラを、俺は守るどころか見送ることしか…!
「おいニア、その小僧も部屋に連れてこい」
「かしこまりました」
「なっ…やめっ…」
俺に猿轡を噛ませたメイドは、護衛の騎士に俺を運ばせながらグレンの後に続く。
そして部屋の主にお手本のようなお辞儀をした後、部屋から退室していった。
ここから俺とシェーラの、本当の地獄が始まった…。
次回からようやく本番シーン…のはず!
簡易人物紹介⑥
ニア 24歳
ゴドフリー公爵家に仕えるメイド。実は4年前にグレンに恨みを持つ貴族達に雇われた腕利きの暗殺者だったが、グレンの暗殺に失敗し、逆にグレンに犯され分からされてしまった可哀想な人。現在は忠実なメイド兼護衛としてグレンに仕えている。とても有能なので人手が足りない戦地ではレオの給仕等も担当している一児(2才)の母。