なお二人は元恋人設定
前後編でお届けします。
春、ある日の静かな昼過ぎ。鈴木聡の自宅インターホンが鳴った。
「……なんだ、セールスか?」
新聞社に持ち込む記事を書き進めていた手を止めてカメラ越しの映像を確認しに向かう。
画面に映っていたのはサングラスを掛けていてもわかるほど顔面蒼白で倒れそうになっている白髪の男だった。
「ははっ…」
いかん、笑うところじゃない。
『隆ノ介……悪ィ…休ませてくれ』
「かまわんさ。そこで待ってろ、迎えに行くから」
果たしてあの馬鹿に素直な
居た。
ロビーのソファに身体を沈めてぐったりとした俺の愛すべき将棋馬鹿が、そこに。
「お前また無茶をしたのか?学習しないな」
「……こっちも…イレギュラーが…あったんだよ」
「はいはい、それで?お姫様」
抱き上げるのは簡単だ。こんな時だから姫抱きにしてやろう。
「限界……」
いかん、勃起した。
コンシェルジュの介添を断ろうとしたが、よく考えればこいつを抱き上げたままでは両手が塞がって自宅に入れない。仕方なくドアの前まで鍵を開けるために同行を許しエレベーターへ乗り込む。
「う……お…ろせ、りゅう…」
時折うめき声を上げて勝手に動こうとする元四郎の額の汗を舐め取り耳元へ口を寄せる。
「しー…じっとしてろ。お前にそんな状態で歩かれたら逆に目立つ」
目立つ、と言われて意識が朦朧としているのにびくりと反応して動かなくなった。コンシェルジュがこちらをチラ見した気配を感じるが無視を決め込み帰宅する。
ありがとう、とコンシェルジュへ礼を言ってまっすぐに寝室へ。本音を言えばリビングでこいつを辱めたい所だが俺が不完全燃焼になっては本末転倒だ。
ぐったりした元四郎をベッドに放り投げてまずサングラスを取る。目元の汗を指で拭って舐め取り、顔がよく見えるように前髪を後ろへと撫で付ける。まるで人間が何日も徹夜したかのような酷い面を見下ろして、覆いかぶさった。
白い首筋に鼻先を寄せて息を吸いながら奴のベルトを外し、固くごわついたデニムのボタンを外す。
「さて……」
こいつが着るような安っぽいジャージのような寝間着は生憎持っていないのでとりあえずそのまま脱がして裸にする。ここまで疲弊しているなら寝かせる序でに抱く時間で仕上がるだろうから衣服はクリーニングの特急コースへ。冬は過ぎたといっても長袖が必要な季節だから、寝室のエアコンはやや強めに設定しておく。
前回のように完全に失神しているところを抱いても反応があやふやで面白くないのだ。すこし寝かせる間に俺も仕事を進めておこう。
二時間ほど経過した所で肩も凝り、新聞社へ持ち込むネタも纏ったので立ち上がる。
グラスに血液を新しく注いで、寝室のドアを開けた。
「元四郎」
将棋馬鹿はまだ意識が朦朧としているようだが俺の声に反応して目を開けた。
細い顎に手をかけて俺の方を向かせ、口を開かせる。給餌する親鳥の気分だ。
「お前のために久々に良いのを開けたんだ。零すなよ」
何のことかわからないって顔をしているな、こいつ。
グラスの中の血液を口に含んで元四郎の口を覆うように重ね、俺の体温で温めながら注ぎ込む。
「ぁ……ぅ」
──前言撤回しよう。親鳥が雛にこんな風に反応されてたら育児が進まない。
喉を鳴らして血を飲み込んだことを確認して二口、三口と続けていく。食事の質は健康に直結するものだ。元四郎が飲んでいた豚の血を拝借したことがあるがアレを常飲していると思うと憐憫の情がわく。
「──は…ふ……はは、元四郎」
休息も食事もタダでくれてやる気は無い。等価交換というものだ。
グラスの中の最後の一口を含み、口をあけて待つコイツの望みを叶え、掛けていた布団を剥がした。足を開かせながら覆いかぶさり、首筋に顔を埋めて鎖骨から耳朶の裏を味わう。
「ぅ…あ……隆ノ介…」
ブラインドの向こうから差し込む陽の光が格子模様を作って俺と元四郎の体を焼く。仰向けだからかどうにも眩しいらしい。
「なんだ。手が掛かるなお前は」
壁際のコードを引いて完全に光を遮る。
「……⁉」
「おや」
お姫様がやっと覚醒したらしい。一口ずつ飲ませた血が漸く脳に届いたか。
「は?……なっ……」
特等席でこいつが驚く顔を見てどうして笑わずにいられるか。
「……血?裸??」
口の中に残る上等な人間の血の味にも気付いたようだ。ベッドの上でずり上がって逃げようとする恋人をヘッドボードの方へと追い詰めていく。
「何を驚いてる。人間同士でもあるだろう?」
「はぁ…⁉」
こいつは俺がなにか喋る度に俺を訝しむように顔を顰める。何がそんなに不満なんだ。
「酔っ払った恋人が家に押しかけてきたから介抱する。体調が優れないようだったから汗を拭いて服を緩めて寝かせ、体力が戻るように水分を摂らせた」
これだけ説明すれば将棋馬鹿の頭でも俺の優しさが理解できるだろう。
「汗を舐めるのは拭くとは言わねえ」
「へえ?」
「真っ裸にひん剥くのを服を緩めるとも言わねえ…ったく退け」
「随分屁理屈を言うじゃないか元四郎」
「今は恋人でもねぇ」
起き上がろうと肘をついて上半身を持ち上げる肩を抑え込んで封じ込める。
「ぐ……血を飲ませてくれたのはありがとよ」
抵抗しようとする力が伝わってくるが、普段豚の血やらトマトやらで凌いでる不摂生な吸血鬼に、昼間とはいえ押し負けるような事はない。
「……っ…ああクソっ」
観念したらしい。再び頭をベッドに頭を沈めて彼は目元を手で覆い隠した。
「俺は何もいってないが?」
「……顔が言ってんだよ」
「何を?」
観念した恋人の頬を舐め、耳朶へと舌先を伸ばす。耳垂れのつけねから入り組んだ耳殻の谷を舐めるとシャツを握りしめられた。
「絶対許さねえっ……って」
正解だ。