終戦直後の日本でモブに人違いされた月山がずるずるとスケベな目に遭う話。
それはこの国の人々が炎と風から逃げ惑う日々が終わり、重苦しい悲しみと尾を引く飢えに耐えながら進み始めた頃。
「王手」
「っかー‼強えなあ兄ちゃん」
陽が傾き始めた洞窟の中、男達が数人集まり将棋に興じていた。地面にゴザを敷き、その真中に薄汚れた手拭いを広げている。
手拭いには黒い糸が縫い付けられ、九行九列、計八一マスが歪みながらも描かれていた。
「赤茄子が欲しいんだったか。ほれよ」
「あぁ、助かる」
「本当にいいのか、米じゃなくて」
赤茄子を受け取る男の髪は白く、丸い黒眼鏡を掛けていた。対して彼と対局した男や、それを観戦していた男達は皆腕を吊っていたり、顔を半分覆い隠していたり、あるものは片足が無かったりと傷を負っている。
「米があんならウチにくれよォサブちゃん」
「うるせえなお前ェ俺より先に四枚落ちで負けてたじゃねえか」
どっと男達が笑う。
つられて白髪の将棋指し、月山も笑った。
暗くなる前に家が有るものは家へ、無いものは路上の何処かだとか、兎に角各々の住処へと帰っていく。
夜になれば家々の窓からは明かりが漏れる。家のない者は暗い屋外で身を寄せ合って飢えを凌ぐ。
月山は家のない立場の者であったが、他の誰も彼が何処に帰るのか知らなかった。
それもその筈で、彼は実のところ人間ではなかった。
それも、化物と恐れられる類。
吸血鬼。
それが彼の生まれ持った種。
皮肉なことにこの時代は今までに比べて幾らか糧が手に入りやすくなっていた。行き場をなくし、彷徨った果てに消える命の最後の露を、夜明け前に啜る。
送り出す、等と高尚なことは出来なかった。
どこの街の片隅にもそんな風に消えていく者が居て、誰も気にしなかった。
「はぁ……」
赤茄子を齧りながらため息をつく。
手製の将棋盤と、それを風呂敷代わりに包んだ駒が陰鬱に囚われる月山の精神を助ける友であった。
◆◆◆◆◆◆
焼け野原にも再び草木が茂るように、人々の暮らしも少しずつ活力を取り戻していく。
傷痍軍人や子供を相手に将棋を指すのが月山の日常となって、だんだんと町が町らしさを取り戻す。
そんなある日。
夕方、集いが解散して月山も通りを歩いているとよそ見しているほんの一瞬、飛び出してきた子供とぶつかり蹌踉めいた。
「うおっ!悪いな」
「っ……」
月山の声にも反応せず、子供は走り出す。
ピンときた。掏児だ。
「――!」
無い。将棋道具が、無い。
「あのガキ……!待て!金目の物なんざ入ってねえぞ‼」
声を上げて月山は通りを子供を捕まえるために走りだした。
たったったったっと裸足で、鹿のように大人たちの間を走り抜ける子供。追いかける吸血鬼は決して身体能力では劣らないが衆目の手前あまり本気で走りすぎるわけにも行かない。
どこか抜け道でも使って回り込むか?
そんなことを考えていた眼の前で掏児はひとりの青年とぶつかり今度は盛大に転んでくれた。
「痛て……」
尻餅をついた青年に一瞬申し訳無さを感じながら起き上がろうとした子供の首根っこを捕まえた。
「離せッ!はな……」
「盗んだもん返せば離してやるよ」
「クソッ!貧乏人‼」
「あ‼」
捨て台詞にイラッとする月山をよそに、掏児は盗んだ将棋道具をこれでもかと放り投げた。
それをぱし、と青年が受け止める。
掏児は月山を突き飛ばして鼠のように一目散に逃げて行ってしまった。
「はぁ……まあいい。悪かったな、巻き込んで……」
青年に声をかけながら手を差し伸べると――。
「義兄さん!」
将棋道具を受け止めた青年は隈を浮かべた目に涙を滲ませて月山を見詰めて声を上げたのだった。
◆◆◆◆◆◆
どうして俺はここまでついてきてしまったんだ。
青年の家は隣町の小さな山の麓にある、屋敷と呼んで差し支えない日本家屋であった。
「ご実家のことは……残念でしたね」「でも義兄さんが生きててよかった」「戦死したなんて、やっぱり誤報だったんですね」「姉も、母も歓びます」「あんなところで酷い生活をしていたなんて」「もっと早く見つけたかった」
と、青年は揺れる車の中で嬉しそうに語っていて月山は言い出すタイミングを失ったまま彼の家へ招かれた。否、青年の言葉で言うなら帰ってきたのだった。
「…………」
『戦場でよっぽど辛いことが有ったんですね義兄さん。大丈夫、ゆっくり思い出せば良いですから。いずれ元のとおりに生活できます』
月山は門をくぐりながら此処へ来る道中、青年が運転手に車を停めさせて語りかけてきたことを思い返す。将棋道具を握った手に重ねられた彼の手はとても冷たかった。
きっと他の家族が顔を見れば人違いだとわかってくれるだろう、そんな期待はまさかの空振りに終わった。
「肇さん……!肇さん!」
――青年の母と姉、よりによって婚約者だという彼女達まで月山の顔を見て涙するのを見たら、何も言えなくなってしまった。
◆◆◆◆◆◆
月山は温かい風呂に入り、見知らぬ天井を見上げながら考えていた。青年は、月山が姉の婚約者であり、記憶を亡くして彷徨っていたと思い込んでいるらしい。
「面倒くせえな…」
掌で目元を覆い隠しながら否定する時機を失したと、重い気分で溜息を付いた。ゆらゆらと湯船の水面に天井の灯りが反射する。
それはともかく、久方ぶりに湯船に浸かるのは心地よく体が解れるような感覚だった。
「義兄さん、背中流しますね」
「え?ちょ、ちょっと待て」
浴室の外から声を掛けたのは青年だった。彼は月山の声が聞こえなかったのだろうかそのまま浴室のドアを開けて中へ。
「遠慮しないで下さい。いつもやってたじゃないですか」
おぼえてない?と青年が首を傾げて少し悲しそうに問いかけてくるので、どうしても返答に詰まってしまう。
「…………じゃあ…頼む」
湯船から上がり、青年に背を向けて風呂椅子に腰を下ろそうとする。
「義兄さん」
冷たい手が、手拭いで股座を隠す手首を掴んでいた。
「義兄さんは僕の前でそんな事しないですよ」
ぐ…と思いの外強い力で、手を上げさせられた。
「あ……ああ…そうだったっけ」
「うん」
青年の目元に深く刻まれた隈。戦死の報を受けて、疲れ果ててしまったのだろうかと思うと、やはり強く何かを言うのは躊躇われた。
もし、途中で気付かれて詐欺師扱いされたとして、彼らが悲しみ続けるよりも憎む相手が出来る方が、前に進む切欠になるのではないか。月山は迷い、自分自身に言い訳をしながら青年の言葉に従い背中を向けた。
「少し痩せたね義兄さん」
背後で青年が石鹸を手拭いに擦り付けて泡立てる音がする。そのまま背中を洗われ始め、沈黙が訪れる。
青年が腕を前に回そうとして、月山が思わず振り返ると彼はそのまま濡れるのも構わずに抱きついてきた。
「おまっ……」
「※※だよ、義兄さん」
青年の冷え切った手に腰を強く抱き寄せられた。
「帰ってきてくれて…本当に良かった」
◆◆◆◆◆◆
風呂から上がると、丁寧に手入れされた質の良い白シャツとぴしっとセンタープレスの入った灰色のスラックス、べっ甲のループタイが用意されていた。
本来の持ち主がこの家に遺していったものだろうか。座りの悪い感覚とともに袖を通す。袖丈共に月山の手足にピッタリと馴染んでしまって、此処まで来ると本当に自分は実はこの家の令嬢の婚約者なのではないかと思えてしまう。
鏡の前でループタイをせずに胸ポケットへ仕舞おうとすると風呂から出てきた義弟が傍へと寄ってきた。
「駄目だよ義兄さん」
と、まだ濡れた手で月山の襟元、シャツの一番上の釦を閉める。
何故か首に濡れた縄を掛けられたような心地がした。
「ちゃんと着て?姉さんに笑われちゃうよ」
とん、と胸ポケットの膨らみを指で示すと、義弟は何処か迫るような笑みを浮かべた後離れていった。
「はっ………」
青年が離れていって、漸く呼吸を思い出す。
得体の知れないものに纏わりつかれているような嫌な感覚が尾を引いていた。
◆◆◆◆◆◆
姿見の前でループタイを締めていると、そっと娘――婚約者だという彼女が「御免なさい、肇さん」とひと声かけて襖を開いた。
「まぁ、つけてくださったの」
月山の姿を見て嬉しそうに微笑んだ。もう少し詰めたほうがお似合いだわ、と紐を引いて鼈甲の金具を締める。ちらりと姿見に映る自分の姿へ月山が視線を向けると、緋色の紐が白いシャツによく映えていた。
「わたくしと弟で選んで、肇さんに差し上げたの。……この家に残しておいて正解でしたわ」
空襲で月山の、否、彼女の婚約者の家は燒けてしまったらしい事は今までの会話から察していた。
「お父様が帰ってきたら、肇さん……」
「あ……」
ああ、とは言えなかった。沈黙を破るようにぼーん、ぼーんと柱時計が時刻を知らせた。
「姉さん、義兄さん」
其処へ義弟がまた顔を覗かせる。
「もう遅いよ。姉さんは休んで。義兄さんは……一杯ぼくに付き合ってよ」
「……そうね。明日も忙しいわ。あなたも程々にね※※」
ふふ、と娘が笑ってお休みなさいと部屋を後にする。残された月山は、青年の部屋へと移動すると青年の部屋は板張りの洋室になっていた。
「座って、義兄さん」
「ああ…じゃあグラスを取ってくる」
「どうして?」
義弟はウィスキーを戸棚から取り出し、グラスを片手に底から一糎ほど注ぐとそのまま月山の前に立った。
背後の窓から月の光が差し込んで、月山からは義弟の表情は読み取りにくい。
ひと目見て質の良さが見える透き通ったグラスを傾けて琥珀色の酒精を口に含んでみせ、そのまま屈んで月山の顎を掴むと口移しに流し込もうとし始めた。
「――⁉ゲホッ‼げほっ……」
咄嗟のことに濃いアルコールを飲み込みきれず、咳込み、服を汚してしまった。体温で帰化した酒のにおいが立ち上る。
「酒の飲み方も忘れるなんて、義兄さん」
可哀想に……と噎せさせた張本人はグラスを揺らしながら呟いている。その姿に、再び濡れた縄を緩く首に掛けられているような気分になった。
◆◆◆◆◆◆
頭がぐらぐら揺れて、どくどくと脈打っているかのようだった。義弟は一口含むごとに口移しで月山に酒を飲み込むことを強いた。気がつけば青年はグラスに五度目の琥珀酒を注いでいる。
「んふ……弱いね、義兄さん」
すっかり酔いが廻ってソファにぐったりと凭れ掛かる体を横倒しにされ、服を脱がされる。義弟は足の間に顔を埋めて再び酒を口に含んだ。
「は……ひ――ぃ、あ」
生暖かい吐息が肌に触れたかと思うと、かあっと体が熱く燃えた。
「熱…ぅ……あ」
「ん……大丈夫、ほんの一寸だけだよ」
実際に月山の身体に火がついたわけではなく、酔い潰された月山の尻に義弟が酒と唾液を注いだのだ。
陽の光を浴びる何倍もの熱を感じて、身を捩るも太腿を捕らえられ、なにか柔らかいものでぬろぬろと尻孔から浅いところを這い回られている。
「あ゙…ぅ……や…め…」
「ん……ふ」
ちゅぽちゅぽと尖らせた舌が何度も月山の尻穴を刺激する。義弟は丹念に肉孔をほぐして、やがて指を埋め始めた。
「あんまり声出したら駄目だよ」
姉さんを悲しませたくないんだと言いながら、二本指でくぱ、と肉壺を左右に開く。
月山は直接触れられても居ないのに自身を勃起させていた。
「徴兵検査に落ちたときは辛かったけど、義兄さんにもう一度生きて会う為だったんだって……今ならわかるよ」
頭の中に義弟の声が響く。世界がまわって自分がどこに居るのかを見失っているようだった。
何か熱いものが身体の奥に潜り込んでくる感覚に括約がきゅんと収縮した。しかし肉の輪を押し広げる物が濡れ、焼けるように熱い粘膜をこじ開け続けて、しかも奥へと潜り込んでくる。
「ぅ……あ、あ…」
縋るものを求めて手を伸ばすと、冷たいものが指に絡みついてきた。それが青年の指だと理解する頃、 ずんっ と深く腹奥へ杭が穿たれた。声を上げる前に素早く口を塞がれる。
「ふぅ、う♡う♡」