いつも通り多くは後書きで語るとしましょう。
信じられない光景だった。今目の前に、かつての親友でありプリキュアでもある秋元こまちが……ナイトメアの制服を身に纏い、かれんの行く手を阻んでいるのだ。
「こまち……」
「あらあらかれんったら、ナイトメアの制服なんか着てどこへ?まさか私達の仲間入りした……って訳でもなさそうね」
かつての性格はそのままに、おっとりした調子で頬に手を当て小首を傾げる。先ほどのうららとは子供が背伸びして着ていたような制服が、こまちが着ると元から使っていたような……そんな気がするほどよく似合っていた。
「……そこをどいて、こまち」
「それは受け入れられると本気で思って言っているのかしら?」
「ふぅ……それもそうね」
諦めたようにかれんは頭を振った―刹那。
「……ふっ!」
いきなりかれんが動く。
普段から少しずれた印象を受けるこまちのことだ。狙うはその左側、通路との隙間。いざとあらば殴り飛ばしてでもそこを強行突破するつもりだった……のだが、
ボゴォ!とこまちの膝がかれんの腹部に沈みこんでいた。
「あ……!?がっ……」
奇しくもそれは自分がうららにした行為と同じだった。肺から空気が抜け、吸いたくても身体がいうことを聞かず呼吸もままならない。
もっとも、立場は完全に逆転していたのだが。
「かれん……私を甘く見ないでちょうだい」
冷たい目と声ででこまちが言う。一方かれんはまだまともに呼吸もできず、敵であるはずのこまちに身体を預けている状態だ。
そして背後からエレベーターの到着音がする。苦しみながら振り返ると、中からは仮面をつけたナイトメア社員が定員ギリギリの十名ほどで降りて来た。
「遅かったわね。うららから連絡は来てたけど」
「ぅ……うらら…………?」
「ええそうよ。今うららは私の部下だから」
「……は……部下ですって?面白いこと言うわねこまち。かつての仲間をそんな風に扱って楽しい……うっ」
かれんの言葉は途中で止まった。こまちが強引に髪を引っ張り、鼻先が擦れるほどの近さに持ってきたのだ。
「それ以上言うといくらかれんでも許さないわよ?」
「ふふ……偉くなったみたいね。捕虜の暴言は聞き捨てならないのかしら」
「余裕ね。どこからそんな余裕が生まれるの?」
「それは……相手がこまちだからよ!」
バッ、と素早くこまちの手を振り払う。この頃には腹部への一発によるダメージも回復し、全力に近いパフォーマンスができるようになっていた。
だがかつての親友は、まるでお見通しとばかりに脇をすり抜けようとするかれんの腕を掴み、後方の社員の群れに遠心力を使って放り投げた。
「ん……っく」
「私を出し抜こうなんて無理な話よ、かれん。だって私は……あなたの親友ですもの」
「私はもうあなたを友人とは思ってないけどね……!」
複数の社員に全身を拘束され、身動きできないかれんはせめてもの抵抗とばかりにきつい視線でこまちに向き合う。
周りの社員は全員女性のようだが、純粋な数の暴力になす術もない。
「かれん……あなたはまだ自分の置かれた立場がわからないみたいね」
「立場……?私は腐っても水無月かれん。そしてキュアアクアよ。誇りを失ったあなた達とは違ってね」
「現実を見なさい?プリキュアはもう負けたの。今までみたいに逆転もあり得ない。わかる?」
「私は諦めない……!そして誰にも屈しない……!」
「そう……」
こまちは駄々っ子に頭を悩ます母親のように眉をひそめ、ため息をつきながらかれんを見やる。
そしてひとつ、はっと何かを思い出したように手を叩くと、今度はいたずらを思いついた子供のように笑みを見せ、
「そういえばかれん」
「……何よ」
「あなたはついさっきまでうららに拷問されてたのよね?」
「……それが?」
嫌な予感がした。
「随分と寸止めをもらったみたいね……それじゃあ一度もイってないでしょう?」
そして予感は的中する。
「嫌よ……やめなさい……」
「さあみんな、この淫乱女を盛大にイカせてあげなさい」
こまちが言うが早いか、周りの社員の手がかれんに殺到した。
敵ながら女性として羨ましいほどのしなやかな指が、かれんの至るところをまさぐった。
「はっ……あっ……触る……なぁ……」
「あらかれん?顔が赤いわよ。もしかして感じてるの?」
「だっ、誰が……ああんっ!」
口では強がっても、先ほどまで徹底して寸止めを繰り返された身体は、なめらかな手淫ではしたなくも感じ始めていた。
遠慮なく下着の中までいじりまわし、汗ばんだ肌を滑る指にいくつもの小さな舌が全身を舐め回している感覚を覚える。
「ひあっ……や……やめ……あっ!」
「うふふ……可愛いわぁ、その表情……我慢しなくてもいいのよ?遠慮なくイキなさい」
「くっ……ううっ……あっ!はぁん!」
身をよじって拘束から逃れようとするが、全身をしっかりと押さえつけられてはどうしようもない。
やがてあの牢屋で幾度となく刷り込まれた絶頂を求め、身体がうずき火照り始める。
(嫌……そんな……こんな奴らの手で……!)
今までは、どこか心の中で妥協のようなものがあった。
今イカされているのはかつての仲間からだからという根拠も何もない理由だったが、それでなんとか心のバランスを保っていた。
だが今かれんをイカせようとしているのは名も知らぬ者達。それも目の前には親友『だった』こまち。これ以上の恥辱はない。
「こまち……はぁ!……やめさせ……なさい!」
「何を言っているの?私はあなたの溜まりに溜まった性欲を解消してあげようとしてるだけじゃない」
「誰もっ……頼んでなんか……っあ!」
かれんの身体が硬直する。絶頂が近いことを察してか、責める指使いが一層激しさを増した。
「はぁ……!うくっ……んんっ!……ぁ!っ!」
なんとか大勢の眼前で声を出しての性絶頂という醜態を晒すことにはならなかったが、イったことは誰が見ても明らかだった。
羞恥と悔しさが混ざったような表情を浮かべるかれんに、こまちは目線の高さを合わせて言う。
「イったわね?」
「……くっ」
目を瞑りながら顔を逸らすかれん。そんな様子にこまちはますます笑みを深めた。
「かれんは確か医者を目指してたのよね?」
「それが何?」
「うふっ、実は私もお医者さんみたいなことをしててね……あなたにちょっと実験台になって欲しいの」
「……冗談じゃないわ」
「あのねかれん」
途端に口調が冷たくなった。
こまちはポケットからハンカチとなにやら薬品の入った茶色の小瓶を取り出した。そしてその薬品をハンカチに落としながら、
「何度も言うようだけど……あなたはそんな生意気な口を利ける立場じゃないのよ」
「……むぐっ」
ハンカチが口と鼻を覆うように被せられる。
懸命にそれを吸うまいとしていたかれんだったが、イカされた直後のため呼吸も荒く、無理にそれを長く止めていられるはずもなかった。
「……っ!ふはっ……む……ん……」
混沌とする意識の中で、最後に見たのは哀れむようなこまちの顔だった。
目が覚めるとそこは何かの研究室のようだった。
さすがのかれんでも理解不能な機器が立ち並び、当の彼女は部屋の中心にある手術台の上に寝かされていた。
(……?私は……何を……)
薬品によって無理矢理昏倒させられたからだろうか。意外にも寝覚めはすっきりとしており、眠気が尾を引くようなことはない。
服装はナイトメアの衣装から変わっており、白を基調としたズボンに半袖のシャツという出で立ちになっている。
『お目覚めかしら?』
「こまち!」
天井に取り付けられたスピーカーから声がする。
『少し頭の方をいじらせてもらったわ。でも安心して?ナイトメアの技術は凄いの。髪の毛は一切切っても剃ってもいないの』
「……っ!」
慌てて自らの頭を触るが、こまちの言う通り髪型にすら変化は感じられない。それ以前に何かの傷口すらもないように思える。
『痛みも感じないでしょう?さ、部屋から出てもらおうかしら』
プシュー、と空気が抜けるような音がした。
かれんがそちらに顔を向けると、重厚そうな鉄製と思われる扉が左右に開いた所だった。
そして視線の先……扉の向こうには、高級感溢れる革製のソファに腰かけ悠然と紅茶を啜るこまちの姿。
「ふざけた家具の配置ね。手術室の前にソファなんて……どこに行ってもずれてるわ」
「そんなに怖い顔しないでかれん。いくら私でもこんな位置にソファは置かないわ。こうしてあなたを出迎えるためにわざわざ移動させたのよ?」
かれんは何も言わなかった。いや、言っても無駄と悟ったか。
無言で手術台から降りると、真正面からきつい目線で向き合う。軽く見回してみるとかなり広い部屋だった。
対してこまちは気にかける様子もなく、紅茶ポットをかれんに向けながら、
「一緒に紅茶でもいかが?」
「馬鹿にしないで。一体私に何をしたの」
「だから少し頭をいじっただけって言ったじゃない」
「逃げ出さないように小型爆弾でも仕込んだ?残念ね。もしそうだとしたら私は今日中に逃げ出して死を選ぶわ」
「もう……そんな物騒なモノは入れていないわよ。ただちょっと……あなたの行動を制限するチップを……ね」
そう言ってこまちはポケットから小さな黒いスイッチ式のボタンを取り出した。
「それじゃあ主従の確認をしましょうか。うららが早とちりしてやろうと思ったみたいだけど……あなた相手に丸腰なんてあの娘も馬鹿ね」
「それはどっちも変わらないんじゃない?」
「それはどうかしら……あ、誰かあれ持ってきてちょうだい」
ほとんど間を置かずに部屋の扉がノックされた。こまちが入室を許可すると、社員がなにやら小箱を持って入ってきた。
「ありがとう……ついでにこのポットもお願いね」
小箱と紅茶ポットを交換し、改めて両者は正面から目線を交わす。
「さて……と。かれん、これが何かわかる?」
そう言ってこまちが小箱を開く。中身はかれんにとって、いやこまちにとってもゆかりの深いものだった。
「ピンキーキャッチュ……」
「正解。まあ見間違いようがないわね」
机に置かれたのは、かつてプリキュアとなるために使用していた変身アイテム、ピンキーキャッチュだった。今見てみれば、こまちの手首にも同様に巻かれている。
「拾ってみて……多分あなたは絶対に無理だけど」
「……」
かれんの表情が懐疑一色に染められた。
距離にしておよそ三、四歩程度。その間に落とし穴やわけのわからない結界などあるのなら別だが、あえてかれんは一歩を強く踏み出した。
(何も……ない?)
足音はマットに吸収された。距離はあと大股で行って二歩。
早く取りたい。そんな気持ちを抑えきれず、かれんはキャッチュに手を伸ばす。
これで再びプリキュアとしての力を取り戻せる……はずだった。
「あひっ!?」
前触れもなく、強烈な快感がかれんの身体を駆け巡った。
時間にしてほんの一瞬だったが、それだけで腰から力が抜け床に崩れ落ちる。
「な……何が……」
「うふふ……その様子だとうまくいったみたいね」
視線を上げると、こまちが例の黒いボタンを手に持ち、勝ち誇った表情でかれんを見下ろしている。
「言ったでしょう?あなたの頭をいじったって……ちょっと特殊なチップ入れさせてもらったの。私がこのボタンを押す度にそんな風にイっちゃうような……ね」
「ひ……卑怯者!」
「なんとでも言うがいいわ。どうせあなたは私から逃げられないんだもの」
「……っ!」
こまちが言い終わらない内にかれんは踏み込んだ。狙うはその右手、黒いボタン。
「あら残念」
だが距離が少々遠すぎた。初動は確かにかれんが勝ったが、こまちがそれを察知しボタンを押すには十分過ぎた。
「はんっ!うああああああ!」
今度は長押し。一瞬で全身の力が入らなくなる。
断続的な快感の奔流に、かれんはこまちに身体を預け、惨めに悶えるしかなかった。
「あうっ!んあああ!はあああああ!」
もうどこが感じているのかわからない。髪の先から爪先まで……快感を司る神経があるのなら、それを全身むき出しにされて刺激されているような、そんな感覚。
(狂っちゃう……!もう無理!自我を保てない!)
気絶した方がマシ、という程の快感がかれんに襲いかかる。実際に意識はほとんど飛びかけていた。だが……、
「気絶できないでしょう?」
ボタンから指を外し、心を見透かしたようにこまちが言う。
「は……う……」
「そのチップはね、取り付けた相手の精神状態を一定以上壊れないようにする機能もあるの。だから気絶も発狂も許さないわ」
カチッ、と再び長押しされた。すると面白いように身体を跳ね上げ快感に悶える。
こまちは暴れるかれんを押さえつけ、快感の上塗りをするように下半身へ手を伸ばす。
「こんなことどう?」
「らめえええええ!あああああ!」
視界が明滅する。とっくに気絶しても発狂してもおかしくないレベルの快感だった。
だができない、させてくれない。かれんはだらしなく涎をこぼしながら身悶えるしかないのだ。
「ふふっ、このくらいにしておいてあげるわ」
永遠にも思える快感地獄が終わりを迎える。かれんは指一本動かせず、脱力してこまちにうなだれかかっていた。
「わかった?あなたは私に逆らえないのよ」
こまちはそう言うと、かれんを床に下ろして無理矢理顔を正面に向き直させた。
だがかれんの目は完全に濁っており、両面の焦点が合っていない。今のこまちの言葉も聞き取れたかどうか怪しい。
「う……ぁ……?」
「しょうがないわねえ……はむっ」
こまちは困り顔になると、いきなり自らの唇でかれんのそれを塞いだ。そのまま舌を挿入し、口内をくまなく蹂躙する。
「くちゅ……ちゅる……ん、ん!?ぷはっ……!」
ようやく我にかえったという様子のかれん。二人の混ざりあった唾液を拭い、普段の彼女からは想像できない怯えた表情でこまちを……正確にはその手にあるボタンに視線を注いでいた。
「安心して?別に無闇やたらと押すなんてしないわ。まあそれもあなたの態度次第……だけどね」
あれだけのことをしておきながら、こまちの表情に変わりはなかった。
関節に異常をきたしたかのようにガクガクと首を上下するかれん。
「いい娘ね。じゃあ私の名前は?」
「あ……秋元こまち……あひぃ!」
「勘違いしないで?私は主人、あなたは奴隷。言葉使いには注意なさい」
表情はそのままに、ボタンを押して口調を思い切り冷たくして言い放つ。
「あぅ……あ……こまち、さん、んああ!」
「奴隷が対等に口を利けるなんて思わないでちょうだい。こまち『様』よ。さあ、膝をついて言ってごらんなさい」
「う……くっ……」
屈辱だった。ついさっきまで敵同士とはいえ呼び捨てで言い合っていたのに、いきなり膝をついて様をつけろと言う。
だが逆らえないのも事実だった。言うことを聞かなければあのボタンで拷問される。
「こまち……様……っ……」
うつむいた顔。目尻から涙が溢れる。
水無月かれんが、初めてナイトメアに屈した瞬間だった。
「よく出来ました。じゃあかれんの部屋はあそこね」
そう言ってこまちが指さした先は先ほど出てきた手術室兼研究室の隣……つまりこの広い部屋の一番隅だ。
恐らくここもビルの最上階とか辺りだろう。窓ガラスからは灰色の景色が見える。
それは今のかれんの心情と合致していた。
「これに着替えて。じゃあ用があったら呼ぶわ。すぐに来なかったら……わかってるわね?」
「……うん……くあっ!」
突然の快感になす術なく崩れ落ちる。
「奴隷がそんな口の利き方でいいと思ってる?」
「も……申し訳ございません……!」
「わかったならよろしい。じゃあここ好きに使っていいから」
こまちが背を向け、かれんにあてがわれた部屋から退室する。
改めて見回すと、さすがに先ほどまでの一室には劣るが一人で暮らすには十分な設備が整っていた。
ベッドにキッチン、冷蔵庫にお手洗い。ついでに高級感のある万年筆等が置かれた机まで備え付けてある。
奴隷となり部屋を与えられた時は、一体どんな劣悪な環境に放り出されるかという考えが脳内を席巻していた。だがいざ蓋を開けてみれば清潔な部屋と十分な設備。
(なんだ……こまちも私のことちゃんと……っ!何を考えているの!?あいつはもう敵なのよ!)
胸中によぎった変な思考を目をぎゅっと閉じて振り払う。そんなことはない。あり得ない、相手は敵なのだ。
だがこんなことでうじうじ悩んでも仕方ない。まずは目先のことから片付けるとする。
「ううん……別に荷物とかないし……部屋探索が先かしら」
一旦気持ちに区切りをつけ、室内をうろうろと探検する。
まずは一番手近な机からだ。万年筆は黒光りしており、まだ誰も使った形跡がない。引き出しもすべて開けてみたが特に何も入っていなかった。
順にお手洗い、バスルーム、ベッドを確認し……最後にキッチン。
鍋にコンロ、まな板等しっかりと揃っており、料理する分には不便はなさそうだ。
「ここは……何かしら」
かれんはシンクの真下にある引き出しを開けた。
「……」
中には大小様々な種類の包丁が入っていた。果物ナイフ程度のものから、とてもかれんには扱えないような巨大魚の解体に使うような包丁まで。
それぞれ鮮やかな銀色に輝き、自分が使われるのを待っている。
かれんは手頃な包丁を一丁選ぶと、刃を目の前で掲げた。
「……これで」
かれんの目から光が消える。澄んだ蒼から鈍い青へ。頭に浮かぶのは楽しそうに料理する自分ではなく、鮮血に染まった殺人者の自分。その包丁が向かう先は……、
「……はっ!私は何を考えて……」
凄惨な妄想を慌てて消去する。いくらここから脱出するためとはいえ、殺人などやっていいはずがない。
ため息をつきながら包丁を棚に戻す。そのままベッドに転がり仰向けになって天井を見た。
「んー……白い……」
今日は色々あった。柔らかいベッドに埋もれていると、ゆったりとした睡魔に包まれる。
ちょうどその時だった。
『かれん、ちょっと来てちょうだい』
天井だろうか、スピーカーからこまちの声がした。ガタッ、とかれんは眠気を吹き飛ばし飛び起きる。
取るものも取り敢えず部屋から飛び出し中央のソファに駆け寄った。
「六秒弱……初めてにしては上出来ね。次から十秒越えたらお仕置きよ?」
脅すようにこまちは黒いボタンを掲げてみせた。その恐ろしさを知るかれんは小さく顎を引く。
「じゃあ最初の仕事よ。ここはビルの八階なんだけど、一階から私宛に荷物が届いたらしいの。代わりに受け取ってきてくれないかしら」
「どうし……っ!わかりました」
自分のことは自分でやるが常識と考えるかれん。つい癖で親友を叱責しようとしてしまったが、慌てて言い直す。
今は対等な友人同士ではない。敵と敵以下、主人と奴隷なのだ。
「エレベーターは右に曲がって突き当たりよ。お願いね」
一度決まればあとは早い。かれんは迅速に行動を開始した。
もっとも、できるだけ早くここから離れたいという一心からだったのだが。
用件は案外あっさりと済んだ。一階に降りて荷物を受け取りもう一度八階まで上がる。荷物自体もそこまで重量はなく、段ボール箱でむしろ軽い方だった。中身など確認したくもないが。
「お待たせしました……」
「ありがとう。そこに置いといて」
初仕事はすんなり終わった。あとは指定された机に箱を置くだけ……のはずだった。
「……あっ」
少し、置く場所が悪かった。机の端に置いたためにすれ違い様に肘がぶつかり、何かスローモーションのように箱が落下した。
ガシャッ、と中で何かが割れるような音がした。
「……かれん」
「……ぁ」
振り返れば、こまちが先ほどまでの柔和な表情とはうって変わって威圧するような顔でこちらを向いていた。
「お仕置きね」
「い……嫌……あああああん!」
かれんの懇願もどこ吹く風。容赦なくボタンが押された。
瞬時に駆け巡る壮絶な快感。何をどうやっても逃れることはできず、ただただ主人の気がすむまで悶え続ける奴隷の姿。
「うあああ!あうっ!止めてっ、止めてくださいいいいい!あああああ!」
「……これくらいにしておいてあげる」
気がすんだのか飽きたのか。こまちはボタンを胸ポケットにしまうと、何事もなかったかのようにかれんが運んできた段ボール箱を拾い上げ中身を確認する。
「……まあ、中身に大きな影響はないから……これ以上はやめといてあげる。次はもっと長いわよ」
そう言うとこまちはソファに座り、無言で仕事を再開する。
その姿を見ても、しばらくかれんは全身が痺れたように動かなかった。
―三日後―
「お食事をお持ちしました」
「ご苦労様。じゃあまた一時間後」
「はい。失礼します」
奴隷というよりはメイドのような働きにも慣れた。
朝食は朝七時半。昼食は正午。夕食は夕方六時と決まっており、カートに乗せて運ばれる。それを毎回かれんは取りに行けば良いのだ。
だが時々失敗もある。今回もそのひとつだった。
パリン、と床で紅茶のカップが割れた。手を滑らせたのだ。
「も、申し訳ありません!」
「いいのよかれん……ちゃんと罰さえ受けてもらえればね」
「……ぁぅ」
その目に浮かぶは恐怖、怯え、そして……わずかな期待。
直後、淫らな喘ぎ声が部屋全体に響き渡った。
こまちの『お仕置き』が終わったあと、かれんは自室のベッドで横になっていた。
ある時、かつての友人に言われたことがある。
―あなたはマゾヒストではないのか?
(………………違うっ!)
嫌な考えだった。だが否定できないのも事実。実際に身動きを封じられた時や、無理矢理イカされる時の方が感じやすいのだから。
(私は……そんな性癖じゃない……)
心は抗えど身体は正直。今でもあの『お仕置き』を思い出すと、痺れるような感覚が全身の性感体をなぶり回した。
早く脱出しなければならない。しかしこまちの手にあのボタンがある限り、歯向かっても眼前で醜態を晒すだけだろう。
だからこうして一週間が経過した今も、こまちのメイド役に甘んじている。
「お食事をお持ちしました」
変わらない日常。いや、これが日常と思えるまでにかれんはこの生活に慣れてしまったのだ。
起きて、食事して、時々あの甘いお仕置きを受けて……そんなことを考えていれば手元も疎かになる。
「今紅茶を……あっ!」
注意力が散漫だった。ポットの口はカップとはまるで別の方向を向いており、こともあろうか床へ液体をこぼしてしまった。
それに気付き、ゆっくりとこまちが立ち上がる。
「やってくれたわね……」
「あ……あ……」
「こんなにして……今回はいつもより強いお仕置きが必要ね」
「ど、どういう……」
いつもより強い、と聞いて、かれんの秘所が嫌でも反応した。自然と内股になり、視線がこまちの胸ポケットから……厳密にはその中のボタンから離れない。
やがてこまちがボタンを取り出した。だがすぐに押そうとはせず、なにやら裏側をカチャカチャと操作している。
「ふぅ……こんな感じかしら。じゃあかれん、これをつけて」
渡されたのは細長い布と手錠だった。つけてと言いながら自らかれんを拘束していくこまち。
あっという間に両手は後ろに固定され、完全に視界を封じられた。
「こ……これは……?」
「お仕置きに必要なの。さ、ベッドに行きましょう?」
こまちの誘導にされるがままに、かれんはベッドに突き倒される。
「覚悟なさい……」
「……ぁぁ……」
ついに来るのだ。あの甘美な快楽が。
一人では絶対に達することのできない絶頂。それに対してかれんは身構えた。だが……、
「んっ!……あぅ……くぅぅ……」
全身を包むのは絶頂とは程遠い、性感をじっくりと高められるようなもどかしい感覚。
あらゆる部分が敏感になり、服が擦れるだけでビクッと身体が反応してしまう。
「いつものお仕置きだとあなたは満足してしまうでしょう?そんな変態にはこれがふさわしいわ」
「はぁぁぁぁ……はぁ!あああああ!」
うららの時とはまた違う寸止め。あの時はまだ『波』があったが、今は断続的に身体が欲しがっている。
それに加えて視界を奪われたことと、誰かに見られているということが興奮をさらに高める。
「ねえかれん」
「ひゃああ!」
いきなりこまちの指が首筋をなぞった。視界がないため意表をつかれ、敏感な肌が悲鳴をあげる。
その後も全身をまさぐられ、その都度かれんは身体を跳ね上げ切ない喘ぎを漏らす。
「さあかれん、楽しみましょう?」
ぐいっとベッドに押し倒される。そのまま流れるように胸元をはだけさせると、少女特有の甘い香りと共に汗で濡れた二つの果実が露になる。
それを交互に吸いたてると、普段からは想像もつかない淫らな声がかれんの口から漏れた。
「ああっ!ひゃああ!うあああ!」
「お仕置きよ。我慢しなさい」
「無理っ、無理れす!あああああ!」
もはや呂律もまともに回らず、かといって抵抗もできず、暗闇の中でかれんは恐怖と悦楽を同時に味わう。
怖いくらいに感じて、でも気絶も発狂もできなくて。
そんなことを頭の片隅で考えていると、不意にこまちの細指がかれんの秘所をとらえた。そしてすぐさま猛然とピストンを繰り返す。
「くひぃ!?ふぁ、あああああ!んっ!んああああ!」
グチュグチュといやらしい音が室内に響き、同時にかれんの脳内が真っ白に染め上げられる。
「ほらっ!かれん?イキっぱなしでしょう?辛いわよね?でもこれがお仕置きよ」
そんなこまちの声など聞こえていない。気絶できないかれんは、ここで声帯を潰すが如く悲鳴のような喘ぎ続ける。
『お仕置き』はその後一時間に及んだ。
「ぁ……ぅ……」
「今回はこのくらいにしといてあげるわ」
ぐったりと生気のない瞳のかれんを見やり、こまちは乱れた衣服を直しながら言った。
だがその意味の半分でもかれんに届いたか怪しい。たっぷり十分近くかけてまともな意識を取り戻し、やおら便利から起き上がると同時に惨めな気分に苛まれた。
(また……抵抗できなかった……)
屈辱の屈服から一週間が経とうとしていた。脱出の手口も見当たらないどころか今の生活に満足しかけている自分がいる。
このまま奴隷として生きていても不自由ないのではないか?普通に生きて、時々甘いお仕置きを受けて、それでいいのではないか?
「……っ!」
バスッとベッドに拳を思い切り叩きつけた。そんなことを一瞬でも考えた自分への怒り。
とりあえず汚れた身体を洗おうとバスルームに向かう。そして自分の裸体を久々にまじまじと見た。
均整の取れた体型。だがこの身体はすでに汚されているのだ。
学校は大丈夫か、そういえば捕まったのは夏休み直前だったか。その前にここでは自分たちの世界と時間軸は同じなのか……。
もやもやしたまま身体を洗い終え、着替え直して部屋に抜ける。
頭を一度冷やそうとキッチンへ向かいコップに水を注いだ時だった。
「……」
後で洗おうと思って出しっぱなしにしていた果物ナイフがシンクに沈んでいた。朝食の付け合わせのフルーツを切る時に使ったものだが、恐ろしく切れ味が鋭かった。
ふと時計を見れば十一時四十分。間もなく昼食を受け取りに行かなければならない時間だ。
「……ふぅ」
かれんは意を決すると、ナイフを軽く洗ってポケットに入れたまま外に出た。
「昼食をお持ちしました」
何気ない日常のひとこま。こまちがいつも通り礼を言い、指定された場所に置く。それだけのはずだった。
(悪く思わないで……こまち)
目の前には無防備なこまちの後頭部。それにめがけて手にした紅茶ポットを思い切り降り下ろす!
ゴツッと鈍い音がした。小さな悲鳴をあげこまちが床へ崩れ落ちる。
その後の行動は迅速だった。まずは無言でこまちのポケットを漁ってあのボタンを見つけ出す。そして容赦なく踏み潰した。
何かの拍子に誤作動を起こして……なんてことは考えなかった。
その後室内を物色すると、ほどなくして目当てのものが見つかった。
「やっと見つけた……」
手にしたのは小箱に入った腕時計型変身アイテム『ピンキーキャッチュ』。迷わず手首に装着し、叫ぶ。
「プリキュア!メタモルフォーゼ!」
蒼き水が舞う。かれんを包み込む。次の瞬間そこにいたのは、水無月かれんではなくキュアアクア。
「待ち……なさい……」
「……!」
部屋から出ようとドアノブに手をかけた時だった。真後ろからいきなり声をかけられる。
声の主は当然こまち。後頭部を押さえつつ、ふらつきながらもしっかりとした目付きでかれんを睨んでいた。
(浅かった……?)
転がったポットを見ながらかれんはこまちと相対した。
「かれん……勝手は許さないわよ……!」
「……そう。なら変身なさい。出来るんでしょう?それと私は水無月かれんじゃない、キュアアクアよ」
かれん同様、こまちは身につけた衣装は違えど手首のピンキーキャッチュに視線を送りつつ言う。
こまちはそれに手をかけ……やめた。
「私は……今はナイトメアの幹部よ。馬鹿なこと言わないで」
「……」
それ以上は何も言わず、こまちに対して背を向ける。
と、思い付いたようにかれんは言う。
「何か報告しないで良いの?捕虜が逃げるのよ」
「……あなたが自分で言ったでしょう。今はキュアアクアだと……今逃げようとしてるのは水無月かれんではなくキュアアクア」
「……それもそうね」
今度こそ最後だった。
身体が軽い。文字通り飛ぶように走る。今までの経験でこのビルのだいたいの構造は把握している。
普通ならエレベーターの方が速い。だがプリキュアとしての力を行使できる今なら話は別だ。
階段を階段と思わない走りで軽やかに階を下っていく。そして何にも阻まれることなく一階に到達した。
そしてもうひとつ、かれんが探しているものがある。それは……、
「待ちなさい!」
「ひぃ!?」
言葉の通じる社員。いくらビルから脱出してもこの世界から抜け出せなければ意味がない。
その術を知っているのは幾度となく自分たちの世界に侵攻してきた社員に他ならない。
「いい?余計なことを叫んだりしたらナイフが首を切り裂くわ」
その手には先ほど部屋から持ってきた果物ナイフが握られている。
首元に鋭利な刃物を当てられた金髪の男性社員は、声をうわずらせながらかれんの質問に答えていく。
「……大体わかったわ。じゃあね」
ドスッと首筋に手刀、一瞬で意識を刈り取る。罪悪感など微塵も感じなかった。
風のように外に出る。後は教えられた通りに指定の場所へ行き、言われた通りのことをするといつか見た巨大な扉が目の前に現れた。
「ふぅ……」
長かった。捕まってから徹底して性的拷問を受け、身も心も汚された。
それでも屈しはしなかった。元の世界に戻れば作戦も立て直せる、ココやナッツの協力も仰ぐことができるだろう。
「待て!」
「おい!」
「まず……見つかった……!」
背後から二つの声がする。捕まればすべてが水の泡だ。
自分たちの世界まで追って来ないとも限らないが、人通りの多いところでは大きなことはできないだろう。
逃げるが勝ちとばかりに扉に飛び込む。無重力空間のようにふわふわと身体が浮く感覚。
こうればスピードは一定だ。安心してくるりと背後に首を向ける。
「……え……」
見たのはほんの一瞬。だが見間違えようのない姿がかれんの網膜に焼き付いた。
(ココ……!?ナッツ……!?)
ストン、と開けた場所にかれんは立っていた。久しぶりに見る青い空、緑の草、白い雲……。
だが心の中はつい先ほどまでいたナイトメアの空間のように灰色に濁っていた。
「どれだけ……」
ぽつり、呟く。
そして、人目もはばからず叫んだ。
「私からどれだけ奪えば気が済むの……!うあああああああ!!!」
まずはここまで読んでくださった皆様に感謝を。
さて、一応これで第一部が一区切り。これも皆様の日頃のご愛顧の賜物です。よく続いたなあ……。
そういえば自分で書いてて何ですが、よくまあここまで周りが敵だらけになっても諦めないですねかれんさん。最初の構想ではあっさり堕ちたのに……これが巷で言われる『キャラが勝手に動く』ってこと……?
それでは今回はここでお別れです。機会があればまた次話でお会いしましょう。