いつも通り多くは後書きにて語るとしましょう。
雨が振り出していた。
ざあざあ、ざあざあと。痛いくらいの沈黙を、灰色の世界の天が誤魔化してくれているようだった。
こまちは泣いていた。ただ、泣いていた。
「十五分後に……電車が出るの。それに乗れば元の世界に戻れる」
「はいそうですかって、私が従うとでも?」
「お願いかれん……貴女が戦う理由はもうないのよ」
袖で初めて涙を拭い、こまちは続ける。
「デスパライア……様の目的は永遠の命と老いない体。プリキュアがいなくなった今、ピンキー集めも順調。望みが叶えば元の世界に手を出す事もないわ。だから……」
「だから何」
「……」
かれんは立ち上がる。地を這う鎖がジャラリと鳴り、こまちは一歩後ずさった。
「かれん……私はもう」
こまちが最後まで言い切る前に、彼女の表情が一気に強張った。
その視線はかれんの背後に。釣られて振り返ろうとした矢先、首に嵌められた首輪が前方へ引っ張られる。
悲鳴も上げられず、一瞬呼吸を止められながらこまちの胸へ飛び込む形になるかれん。彼女程ではないが、確かに感じる胸の膨らみに受け止められた。
「おやおや……これはこれは」
「……ッッッ!!!」
背後から聞こえるのは、忘れようとしても忘れられない、仇敵、怨敵と言っても過言ではない男の声。
「カワリーノオオオオぐがっ!」
首輪が締め上げられる。雨に濡れたこまちが、妖艶に微笑みながら鎖を引き上げていた。
「もう……暴れちゃ駄目よ、かれん」
「生憎の雨ですが、良いものを見る事ができました。これは貴女が?」
「いいえ、うららが。でもこんな大物、私が好き勝手したいじゃない?傘も忘れて飛び出しちゃった」
「おや、部下の手柄を横取りですか?」
「まさか、功績はうららに付けておくわ」
あくまで自然に、こまちとカワリーノは話す。
首を絞められているかれんは、その様子を怒りと屈辱がごちゃ混ぜになった感情で見ていた。目の前に倒すべき敵がいるのに、手を伸ばせば届くのに、それをかつての親友によって妨害されているという事実が、余計に感情を高ぶらせる。
「離せ……こま、ち……!」
「くす、かれんもこんな風だし……雨も強くなりそうだからこの辺で」
「お待ちを」
「……何かしら」
半身の体制のまま、同じく雨に打たれるカワリーノは言う。
「彼女には散々コケにされましてねえ……一時はこの世界から逃げられる始末。こちらとしても言いたい事が色々ありまして」
「……はっきり言ったらどう?」
「では単刀直入に。その女、こちらに渡してください」
カワリーノが手を差し出す。対するこまちはかれんを見せつけるように掲げながら、
「それはないんじゃないかしら。直接関わっていない貴方が労せず楽しめるなんて不公平よ」
「それは秋元さんも同じかと思いますが?」
「嫌ね、私は部下であるうららの同意を得ているの」
「ふむ……まあ一理あるやもしれません。それでは、風邪を引くのも嫌なので中に入りますよ。失礼」
こまちの脇をカワリーノが通る。彼が自動ドアをくぐり、ロビーから姿が見えなくなるまで、こまちは微動だにしなかった。
「……ふぅ」
「げほっ、ごほっ!離してこまち!カワリーノ、カワリーノがそこに……!」
「あっ、待ってかれん!」
緩んだ鎖から、解き放たれた獣のように駆け出そうとするかれん。その足はもちろんナイトメア本社に向かっていたが、必死の形相でこまちが抱き止める。
「離して!」
「駄目!今のかれんじゃ勝てない!」
「うるさい!離せえええええ!」
振り向き様、かれんの肘がこまちの側頭部をめがけて振り下ろされる。だがあまりにも大振りすぎたそれはあっさりと回避され、バランスを崩したかれんは水溜まりのでき始めた地面に転がった。
「かれん!落ち着いて!」
「ううっ!ふぅ!うー……うー……」
顔を掴まれ、至近距離で二人は顔を突き合わせる。
「……熱くなり過ぎよ。勢いで行動しても良い結果にならない事は、かれんならよく知ってるはず」
「うぅ……!目の前に!目の前に!いたのよ!邪魔するならこまちでも……!」
「じゃあそうして」
「……っ!」
冷や水を浴びせられたように、かれんの表情から熱が引いていく。本格的に降り始めた雨が二人を濡らし、べったりと貼り付いた髪から水滴が滴った。
「私を黙らせてから行くなら、止めはしない」
「……」
「……行きましょう」
「行くって……どこに……」
呆けた声を出すかれんの耳元に口を寄せ、こまちは静かに言う。
「カワリーノが見てる」
「え……!」
「動かないで。そのまま前を向いてて……ロビーじゃない。二階の窓から、ずっと私達を見てる」
それだけ言うと、こまちはわざとらしく鎖を大袈裟に引っ張った。まるで誰かに見せつけるように。
「さあ、お喋りはここまでよ。ふふっ、私の部屋にもう一度招待してあげる」
驚く程の変わり身で、こまちはナイトメア社員の顔になる。愉悦の中にどこか憂いを帯びたその表情で、かつての親友は背を向けた。
かれんは引っ張られるがまま、こまちの後を追う。一瞬だけ視界の端に写った二階の窓には、もうだれもいなかった。
ぽたりぽたりと、雫が柔らかそうな絨毯に染みを作る。
「お風呂、先に入って良いから……場所わかる?」
「何日、ここに居たと思ってるの」
「そう、よね。ごめんなさい……」
今にも消え入りそうな声で、こまちは縮こまった。
二人ともびしょ濡れのまま、身体のラインがはっきり浮き出ている。それでもかれんはこまちに向き直った。
「何のつもり?」
「何の……って?」
「私をこれからどうしたいのか、っていう意味よ。また変な手術でもする?今度はどんな悪趣味な仕掛けをしてくれるのかしら。それとも強制的に私を従わせる何かでも開発した?ナイトメアの技術は凄いのよね」
「やめて……かれん……」
「ナイトメアに身も心も捧げた貴女ですもの。もっとくだらない事を考え付きそうね、例えば……」
「もうやめてかれん!それ以上言わないで!」
ヒステリックな金切り声で、こまちは自分の耳を塞ぎながら叫んだ。
「そんなつもりじゃない……そんなつもりで……かれんをここに連れて来た訳じゃない!」
「……」
「あのチップを埋め込んだのも、かれんに傷ついて欲しくなかったから!私の近くに置いておけば周りから手を出される心配もないって!快感での支配なら身体を傷つける事はないから……!だから……」
堰を切ったように言葉が溢れるこまちを、かれんはじっと見据えていた。
半ば錯乱状態のまま、こまちは不安定な足取りで一歩、また一歩と進み出る。
「ね?私と一緒に居ましょう?今回は何もしないから。ちょっとかれんには不便を感じさせるかもしれないけど、出来るだけ私がそれを軽くするように努力する。だからお願い、かれん……」
パシィン……!と、かれんの平手が宙を薙いでいた。
それはこまちの左頬を捉え、ほんのりとそこを赤く染めた。
「馬鹿にしないで」
低く、重い声。
張られて横を向いたままのこまちは何も言わない。
そしてぽとりぽとりと、室内だというのに、こまちの足元に透明な水滴が落ちる。前髪が張り付いて確認できないが、それはどうも目元から滴り落ちているように見えた。
「……お風呂、借りるわ」
目の前でがくりとこまちが膝をつく。その様子を見てからかれんは足を反対方向に向けた。
段々と、嗚咽が遠ざかる。
身体は芯から冷えきっていたらしい。シャワーを浴びた身体はとじんわりと包み込むような温もりが広がり、ほかほかと湯気を出している。
ソファに座るかれんの対面には、テーブルを挟んでこれも一風呂浴びたこまち。
「さっきは……どうかしてた。ごめんなさい」
「私も手を出してごめんなさい。お互い様よ」
かれんは冷静に、こまちは決して目を合わせようとせず、ギクシャクした空気が二人の間に横たわる。
「これから……どうする気」
「どうにも。当てはないわ」
「闇雲に動いても意味がないと思うけど」
「じゃあどうしろっていうの?悪いけど、ここにダラダラ居続けたくないの」
かれんは立ち上がってドアへと進む。その後を追ってこまちもソファから腰を上げた。
「当ても作戦もないのに動くなんてかれんらしくないわ。一度考え直して」
「私は一刻も早くこの部屋から出たいの。嫌な思い出しかないこの部屋からね」
「……っ、でも!そんな事してまた捕まったりしたら」
「それは私がここに居る事への皮肉かしら?」
「そうじゃない!私はかれんを心配して……!」
その時、コンコンとドアがノックされる。
かれんは警戒心を露にし、こまちは一層顔を強張らせた。
「……誰?」
『カワリーノですよ。秋元さんに用が有りまして』
「……っ!何してるのかれん!」
「決まってるわ。目の前に居るなら倒すだけよ」
「だ、駄目っ!」
無造作にドアを開けようとするかれんに、横からタックルするようにこまちは抱きつく。そのまま壁際のクローゼットまで押しやった。
「こまち、貴女ね……」
「今のかれんは我を忘れてる。カワリーノなんか、ううん、コワイナーにも勝てやしないわ」
「馬鹿言わないで。私なら……」
「プリキュアに変身もしないで勝てるとでも?面白くない冗談よ」
「あっ……こ、これは、忘れてただけ。今から変身して……」
『秋元さん、居るんでしょう?早く開けてくれませんかねえ』
ドアのノック音が強くなる。
こまちは意を決したようにふぅ、と息を吐くと、クローゼットを開けてそこにかれんを押し込んだ。
「ちょっとこまち……何するの……」
「良いからここにいて」
有無を言わさずクローゼットを閉めると、こまちは着衣を整えてドアの前に立つ。
ごくりと唾を飲み込んで、部屋の鍵を開けた。
「あら、何の用かしら」
「遅かったですねえ。何をしてらしたんです」
「雨に濡れたからお風呂に入ってたのに……貴方が急に来るから慌てて上がって着替えたの。男と違って女のお風呂は長いんだから」
「それは失礼。今よろしいですか?」
カワリーノの慇懃無礼さは変わらない。こまちは極力平静を装って続ける。
「ええ、手短にね。またお風呂に入り直したいから」
「では。水無月かれんをこちらに。これはお願いでも要求でもなく命令です」
「……随分と急ね。さっき諦めてくれたんじゃないの?」
「ええ一度は貴女に理があると考え手を引きましたが……正直、もう生かしておく必要もなくなりまして」
「それは……殺す、って事?」
「直接的な表現は避けます。ですが死人同然にまではしようかと」
「どうして……どうして急にそんな事を」
「間もなくドリームコレットも完成しますから。まあ何か邪魔が入るとも思えませんが、一番考えうる選択肢は潰さねばなりませんよ。不本意ながら立場を使わせてもらいます」
ずい、とカワリーノが距離を詰める。何かやましい事があればすぐにでも見透かして来そうな視線をかわし、こまちは少し考えるような素振りを見せる。
やがて諦めたようにため息をつくと、部屋の『中央にある手術室の前』に案内した。
「かれんならここよ」
「ほう、どうしてまた?」
「だってエレベーターの中で暴れるんですもの。咄嗟に携帯してた麻酔薬で眠らせたけど、あんまり長持ちしないから。私も怪我はしたくないのよ」
「なるほど……」
「それじゃ、貴方が連れ出してね。飢えたライオンみたいなかれんと会いたくないわ」
「まあ良いでしょう。扉を」
こまちが金属製の扉の横に配置されたスイッチを操作すると、ゴウゥン……と重い駆動音をたてて扉が左右に開く。
中には塵ひとつ積もっていない清潔な床にベッド。壁際にはガラス張りの棚がいくつも配置されており、所狭しと薬品や手術器具が綺麗に整頓されて使われるのを待っている。
「見当たりませんが」
「奥にもうひとつ扉があるでしょ?あそこは器具庫なんだけど、そこに押し込んどいたわ」
「……」
疑いの視線を向けられ、こまちの手に汗がにじむ。だがそれも一瞬で、カワリーノが迷いなく手術室の奥へ進んだ。
コツコツと、靴音が遠ざかる。それにつれてこまちの表情から段々と余裕が無くなり始める。手にはぐっしょりと汗がにじみ、浅い呼吸は何か大事を成し遂げようとする直前のそれによく似ていた。
今ならまだ、引き返せる。
そう思うこまちだったが、とうとう最後の最後まで、真実を告げる事はせず。
「秋元さん。これはどういう……」
器具庫を開け、中に誰もいない事を確認したカワリーノが振り返る前に、こまちは手元のパネルを操作した。
ガシャァン!と勢いよく扉が閉まる。それを見てこまちは大きくため息をついた。
「思い切った真似をするわね」
「……」
振り向けば、いつの間にかクローゼットから出ていたかれんが立っていた。
「許してなんて……言わないわ」
「ええ、私は貴女を許すつもりは毛頭ない」
「……っ」
こまちの肩が震える。
「参考までに聞くけど、これからどうするつもり?」
「ふふ……そうね、カワリーノには扉の誤作動とでも言っておくわ」
「誤魔化さないで。私がいなかった事への追及はどうするの?」
「……どうも、しないわ。かれん、お願い逃げて。この世界から金輪際関わりを断って。私はもう駄目、この世界に染まりすぎたから……」
「……」
かれんはじっと聞いていた。一方的な要求を、一方的な告白を。
「私ね、思ったの」
状況に似つかわしくない、落ち着いた声色でかれんは話す。
「自分では常に冷静を心掛けてるわ。思考も行動も、いつでも自分を客観的に見れるようにしてきたつもりだった」
「何が……言いたいの」
「でもね、ここに来てわかった。やっぱり私、こまちがいないと駄目みたい」
小さく笑って、かれんは手を差し出した。
「さっきもこまちが止めてくれなかったら、丸腰でカワリーノと戦う事になってたわ。外でも衝動的に戦おうとした。でも、その度に止めてくれたじゃない」
「それは……かれんが心配で……」
「心配してくれてありがとう。こまち、もう一度私とと一緒に来ない?」
こまちは戸惑った。
目の前に差し出されたその手。汚れきった自分には天使にも見える白い手。
その主がかつての親友。共に笑い、共に泣き、そして裏切った相手。
どんな顔をしてこの手を取ればいいのだろう?そもそもこの汚れた手で触っても良いのか?抵抗を止め、従属の道を選んだ自分が、また同じ道を辿れるのか?
ドゴォン!と、金属製の扉が、内側から不自然に歪んだ。
「……あまり時間がないわ」
「私は……私は……」
おっかなびっくり手を出しては引っ込める。
もう一度、親友に戻りたい。その為の道は目の前に開かれている。だがこまちの奥底に巣食う罪の意識が、安易にすがる事への躊躇を生み出す。
一瞬だけ、指先が触れた。痺れるような感覚だった。
「こまち」
蒼い少女は凛々しく、強く、その場に立っていた。
手を取ればすべてが元通りとはいかない事くらい、こまちにもわかっている。むしろ二度裏切った身として、これまでよりさらに深い罪の意識が芽生えるかもしれない。
でも、それでも。
もう一度、隣にいられるなら。
「か……れ……ん……」
掌が触れるか触れないか。そんなラインまで辿り着いた時、しっかりとこまちの手は握られた。
「おかえりなさい」
「うっ、うううううう!」
手首に巻いた灰色のピンキーキャッチュが、ピキンと音をたてて鮮やかな緑色を灯す。それはかつて、プリキュアとして戦っていた時の色。
「ごめんなさい!ごめんなさい!私かれんにいっぱい酷い事して……!」
「泣くのも謝るのも後、ね」
「うん……うん……!」
かれんは優しくこまちの涙を拭う。それは今までような冷たい涙ではなく、暖かい涙だった。
「さ、私達にはこんな服よりもっと似合う衣装があるわよね」
「ぐす……そうね。もうちょっと可愛さが欲しいわ」
二人は微笑み合い、そして両手を前に突き出した。
「「プリキュア!メタモルフォーゼ!」」
蒼と緑の蝶が舞う。
次の日の瞬間そこにいたのは、地味な社服を纏う水無月かれんと秋元こまちではなく、光の戦士プリキュアとなったキュアアクアとキュアミント。
「懐かしい格好ね、ミント」
「ええ。ただいま、アクア」
一杯食わされ閉じ込められる格好になったカワリーノは、忌々しげに変形した扉を叩いた。
(ただ頑丈なだけならいざ知らず、展性に富む素材ですか……こうもぐにゃぐにゃと形を変えられては打撃一辺倒で壊すのは骨が折れそうです)
今更ながら扉を変形させた事を後悔する。これでは外からパネルを操作して開けるのはまず無理だろう。
と、歪んだ扉の隙間から、まばゆい光が射し込む。色は蒼と緑。カワリーノにはよく見覚えのある色だった。
「やってくれますねぇ……やれやれ」
カワリーノはポケットから通信機を取り出すと、耳に当ててどこかに連絡を取る。
「ええ私です。例のアレ、今すぐ社内に放出してください。試験中?関係ありません。捕縛対象は水無月かれん、念のためキュアアクアのデータも入れてからお願いしますよ」
二人は誰もいない廊下を疾駆していた。こまちの部屋はビルの八階。普通に一階まで降りるだけでも一苦労だ。
「かれ……アクア、これからどうするの?」
「そうね、まずはみんなを探しましょう。心当たりはある?」
「うららなら……ココとナッツはわからない。他のみんなと一緒にこのビルにはいるんだろうけど……」
「それで充分よ。手がかりがあるだけね」
手近な階段を見つけ、アクアとミントは軽やかに飛び降りる。プリキュアとしての身体能力を行使できる今なら、エレベーターを使うよりこうした方が速い。
そんな二人の耳に、廊下奥から何か引きずるような音が聴こえた。ずじゅ……ずじゅ……と粘着質な音は、ちょうど廊下の突き当たり、その角から聴こえてきている。
「何……この音」
「私にもわからな……!?」
そして『ソイツ』は現れた。
とんでもなく巨大だとか、恐ろしい見た目をしているとか、そういう訳ではない。大きさは一メートル程度、だが『ソイツ』は全身が真っ黒なスライムのように波打っており、現在進行形で形態を変えている。
不気味に光沢を放つ『ソイツ』は、どこにあるかも、そもそも存在するかも怪しい目でこちらを見た……ような気がした。
「仲良くしましょう……って雰囲気じゃないわね」
「ええ……それにこっちに向かって来るし……」
二人は顔を見合わせる。
認識は共通。こいつに関わってもろくな事にならない。
ダンッ、と床を蹴り、来た道を戻る。とにかく今は目の前の何かから逃げる事が先決だった。だが、
「っ!速い!?」
びゅるっ!と不気味な音をたてて黒いスライムが文字通り跳躍する。全身を波打たせて一直線にアクア達の元へ。
初見ではのろそうに見えたそれも、今は凄まじい速度で迫って来る。
「ミント!先に行ってて!」
「何するつもり!?」
「逃げ切れないなら……倒すまでよ!」
アクアは再び片足でブレーキをかけると、そのまま膝をバネにして黒いスライムへし正面から挑む。
見舞うは蹴り。川のように美しく、激流の如き激しい一閃。
「はぁっ!」
咆哮。
狙い済ました一撃はスライムを引き裂き、二人は事なきを得る……はずだった。
アクアの蹴りを受けたスライムの軟体は、ずぶりとその脚を呑み込んだ。脚は勢い余って膝まで沈み、バランスを崩したアクアは重力に負けて床に落ちる。
「アクア!」
ミントがすかさず駆け寄りアクアの手を掴む。
「私は良い!早く逃げて!」
「そんな……!」
「良いからはや……ひっ!?」
アクアが小さく悲鳴を上げる。
膝までだったスライムの侵食が一気に太ももまで進み、ぬめった感触に思わず背筋を震わせる。
食われる。
何とか脚を引き抜こうとするが、逆にスライムがアクアの腰まで呑み込んだ。両足の自由を奪われた彼女にはなす術なく、そのまま不気味な軟体がアクアの身体を……首まで、鎖骨が見えるくらいまで呑み込んで止まった。
「アクア!?アクア!」
「だい、じょうぶ……動けるから……」
身体の大部分を呑み込んだスライムは形を変え、四肢にぴったりと密着する。露出していた腕や脚に感じる生ぬるい肉のような感触に身震いしながらも、やがてスライムの動きが収まった。
さながら黒いライダースーツを纏ったようになったアクアは、爪先から指の先まで覆うそれをまじまじと眺める。
「アクア……本当に大丈夫?」
「ええ……特に何もしてこないみたい……」
ミントの手を借りて立ち上がる。動きにくさや蒸し暑さなどは一切なく、むしろ動きやすい。ぴったり密着しているせいで身体のラインが浮き出てしまうのが少し恥ずかしいが、これといって問題はなかった。
「何だか恥ずかしいけど、良いわねこれ。家に一着欲しいわ」
「もう……そんな事言ってる場合じゃないでしょ」
ミントがやんわりとたしなめる。だがその顔にはもう笑顔が戻っていた。
「くす、ごめんなさい。行きましょうか」
「そうね、まずは一階まで降りて……」
「んっ!?」
「どうしたの?」
ミントがきょとんとした表情で尋ねる。
「い、今私の身体を触らなかった?」
「ずっと私はここにいるけど……」
「そ、そうよね。気のせい……んひっ!」
アクアがその場で変な声を上げる。
「さ、触られた、何かが私の脚を……ひゃぁ!」
自分の身体を抱えるようにして、アクアはその場に崩れ落ちた。
感じたのは太ももを舐められるような感触。それが段々と、腕、肩、腹、背中とプリキュアの衣装が隠しているはずの箇所までその感触が広がった。
(服が……溶かされて……!)
脇腹やヒップにも舐められる感触。同時に纏っていた衣装がどんどんなくなっていくのがわかった。
「ちょっとアクア!どうしたの!」
「わからない……!わからない!あぁっ!」
ねちっこく、嫌らしい責めだった。全裸の上に黒いスライムを纏っただけの状態で、全身をくまなく舐め回される。
やがてただ不快でしかない腕や腹部への責めはなくなり、敏感な胸やヒップ、秘所に責めが集中する。
にゅるるるっ!と生暖かい肉舌が秘所を舐め上げる。スーツの内側というどうしようもない場所からの責めに、ガクガクと身体を痙攣させた。
「いぃ!?うっ……んううう!」
ビクン!と身体が跳ね上がる。ほとんど抵抗できないまま、直に性感帯を責められて絶頂してしまった。
「あ、アクア……」
「はぁ……はぁ……もう大丈夫。行きましょう」
全身から噴き出した汗も、このスーツが飲み込むらしい。通気性はほぼ皆無に等しいが、それでも汗や蒸し暑さといった不快感とは無縁のようだった。
立ち上がった瞬間に生肉を踏みつけたような感触が足裏に走る。身の毛もよだつ感覚だったが、足元を見れば靴も溶かされているようで、内側にびっしりと密集しているであろう触手を直接踏んだからだろう。
「無理はしないでね」
「ええ、わかってる……!?」
ミントが先行する。それに追従しようと一歩踏み出したが、明らかにその一歩の幅が違った。
「アクア?」
「そんな……まさか……」
もう一度。今度はその場で垂直にジャンプする。プリキュアの身体能力があれば余裕で天井まで届くはずだった。
だがどうだろう。伸ばした手は天井の遥か下で虚空を掴んだ。
「私……今、プリキュアとしての力が使えない……!」
光の戦士キュアアクアから、ただの女子中学生水無月かれんに。
これからという時に、あまりにも大きなハンデだった。
「アクア……じゃなくてかれん?落ち着いて、どこか隠れる場所を探しましょう」
「そんな事してる場合じゃ……」
「今はプリキュアの力が使えないんでしょ?このまま敵と鉢合わせする方が危ないわ」
ミントの助言に従って、二人は隠れる場所を探す。探すといってもここはビルの中。廊下を進めばいくつも部屋があるので、そう苦労はしなかった。
とりあえず手近な空き部屋に転がり込み、次の機会を伺う。
「ここなら普段誰も使ってないわ」
「ごめんなさい。足手まといね……」
「良いのよ、今度は私がかれんを助ける番」
「……ありがとう」
力強い笑みに勇気付けられ、かれんは今一度これからの計画を練り直す。
(もうカワリーノはあの部屋から出たはず……なら今頃私達を探してる。でも社員総動員をかけないのはあいつのプライド?それならそれで楽なんだけど……ぉ!)
ぞわり。
かれんを包む触手がうごめいた。
「かれん?」
心配そうにミントが覗きこむ。それを手で制しながら、大きく深呼吸を繰り返した。
「……あぁ!」
だが駄目だった。ほんの数分でかれんの性感帯を知り尽くした触手スーツは、ねとぉ……と両の乳房を包み込む。
揉みほぐすように優しく、それでいて感じさせる事はわすれずに、細かい触手が乳首をコリコリと責める。
「んっ……んっ……!」
身をくねらせるが、それで何か変わる訳でもない。何の抵抗もできずに身体を弄ばれる感覚に、かれんの顔が羞恥と屈辱で染まる。
「かれんしっかりして、私を見て!」
「うぅ……」
両手でかれんの手を包みながら、強い眼差しでミントが見つめる。だがいつどう責めてくるかわからない触手スーツに意識が分断され、ただ耐えるだけで精一杯だった。
「ああっ!そこは……駄目……」
かれんの腰が踊る。
胸に意識を集中していたため、不意に来た秘所責めは強烈だった。
ゴリゴリと快感で思考が塗り潰されていく。細かい触手が一斉にうごめく乳首責めとは違い、一枚の巨大な舌が上下にねっとりと動き回るような責め。ゾクゾクとした感覚が背筋を這い、認めたくはない絶頂への道を駆け上がる。
「嫌っ……嫌、嫌!嫌ああああああ!あああっ!くああああ!」
親友の手を握りしめながら、かれんはこの触手スーツで二度目の絶頂を迎える。
「くぅ……はぁ……何とか、しないと……」
「ねえかれん……」
荒い息を吐くかれんに、ミントが申し訳なさそうに言う。
「何……?」
「こんな事を聞いてごめんなさい。かれんがとても辛いのはわかる」
「前置きはいらないわ。どうしたの?」
「うん……そのスーツだけどね、その……そんなに、上まであったかしら」
ミントが指差しているのはかれんの首元。絶頂の余韻冷めやらぬまま、手をそこに這わせる。
「あれ……」
ミントが感じている違和感の正体がわかった。
最初は鎖骨が見える程度だった触手スーツが、今では首をすっぽり覆ってしまえる程になっている。もちろん自分で伸ばした訳でもないので、触手スーツ自体がこうしたという事だろう。やってくる事はともかく、着心地だけは良いので気付かなかった。
「これがどうかしたの?」
「わからない?それって通気性悪そうよね」
「ええ、確かに風は通さないみたいだけど」
「そうでしょう?それがそのまま上がったら……」
「あ……」
この触手スーツは風を通さない。それがこのまま昇り口を、そして鼻を塞ぐという事になれば……、
「冗談でしょ……」
かれんの頬に冷たい汗が伝う。それは流れて首元のスーツに触れ、さも美味そうに吸収した。
まずはここまで読んでくださった皆様に感謝を。
さてタイトル通り緑の戦士復活。都合がよすぎるぞという方も、これで良かったという方もそれぞれいらっしゃるかと思いますが、やっぱりかれんとこまちは一緒でなくてはと筆者は思います。
前編はそちらに比重を置いて、後編は触手スーツというマニアックな生物に凌辱されるかれんさんを。最後に命が危ないのではと気付きましたがはてさて……。
今回はこの辺りでお別れです。機会があればまた次回お会いしましょう。