次回は主人公がヒロインの部屋へと連れ込まれます。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ。」
退店していく客に形式的な礼を述べ、彼はまた一つの業務を終えていく。スーパーの接客業務で日々の生活費を稼ぐ日々。変わり映えのない日常に大きな不満はなく、その青年・児玉鉄斗は淡々と仕事を続けていた。
「すいません、洗剤はどこですか?」
商品への案内。
「あー……ごめん、5円玉があったはずなんだけど……」
代金の支払いに時間を取る客。
「おーい、早くしてくれー」
「遅いわよ。何やってんの。」
「はい!ただいま!」
それに伴い現れる堪え性のない客。些か理不尽な客に耐え、頭を下げる日々。決して不満が皆無ではない仕事の中にも、彼は唯一ともいえる至福を見出せる時があった。
◇
「……いらっしゃいませ。」
夜が更け始める頃。いつものように鉄斗が応対するレジへと並ぶ一人の客。缶に入った酒を片手に、その客は気のない表情でそれを差し出す。バーコードを読み取り、その女の客に仕事として言葉を放つ。
「121円になります。」
「……ん。」
何ら変哲のない接客。提示した金額だけを差し出す彼女。だがこの時間だけが、彼にとって細やかな幸せともいえる時間だった。
整った顔立ちながら化粧っ気は薄く、黒いスーツを着込んだ女。その上からでも分かるほどに豊満な胸。常に気難しい表情をしてはいるものの、片手に酒を持つその姿は肉付きの良い身体と相俟って、女としての魅力を引き立てている。
眼福だった。代り映えのない生活を送っている鉄斗にとって、ほぼ毎日のように来店をする彼女の存在はオアシスであった。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ!」
無意識のうちに言葉へ力が入る。平静を装ってはいるものの、彼は必ず彼女が再び来ることを願い、その言葉を口にしていた。
◇
ある日の夜。鉄斗は仕事を終えると、一人夜道を歩いて自宅アパートへの帰路に着く。今日は彼女が来なかった。そのことへ心の中で一抹の寂しさを感じながら、彼の一日が終わろうとしていた。
「はぁぁぁ……疲れたぁ。」
ただ帰ることを考え、何も起きない明日を思うだけの夜。初夏の夜道は日中の熱さを忘れさせる程度には涼しく、僅かばかりの心地よさに身体の疲れを委ねて歩みを進めていく。
「んっ……?」
だがその眼先に、彼は道端で蠢く何かを見つける。街灯と月明りだけが注ぎ込む夜の道に、その影は存在していた。脳内に最低限の血液と酸素のみを送っていた彼の頭は、それに対して活発となる。
「な、なんだ……あれ?」
犬や猫にしては大きく、得体の知れない存在。恐る恐る近づいていき、鉄斗は意を決してその存在をのぞき込むようにして確かめる。
「ううっ……バカぁっ……!私なんて……私なんてどうせ残り物扱いされて、年取っていくだけなんだからぁ……!」
「………」
鉄斗は言葉を失っていた。蠢いていた存在はいつも店に来て、酒を買っている女であった。そして彼女は泣いていた。倒れ込んだまま泣いていた。酔い潰れて泣いていた。
今日彼女が来店しなかった理由を彼は理解する。当然放っておくわけにはいかず、知らぬ顔でもないので親切心から声を掛けることにした。
「あのー……大丈夫、ですか?」
「んんっ……あぁ?あなた?誰?」
人として認識されたことに安堵をする。そして、酩酊状態ともいえる彼女へ聞こえるように、鉄斗はさらに声を掛ける。
「いつもあなたが寄っているスーパーでレジをやっている者です。こんな場所で寝てるなんて、何をやっているんですか。」
「んー……ふぅん……えへへ。ありがとね。」
「……はぁ。」
腕を掴み倒れ込んでいた身体を起き上がらせ、その場に座らせる。彼女の酔いが醒める気配は一向になく、彼に向かって無邪気な笑みを浮かべていた。ひとしきり心配の後に訪れるのは、呆れによる溜息であった。
「こんなところで寝ていたら危ないですよ。まぁ、でかい犬だと思って気にする人はいないかもしれないですけど。」
「わらひは犬じゃないわよぉっ……!犬だったらぁ……ちゃんと誰かに引き取ってもらってぇ……ううっ……ううううっ……!」
くだを巻いた後に、再び嗚咽を漏らし始める女。そんな彼女をこの場所へ放っておくわけにもいかず、大半はこれまでと同じく親切心から提案をする。
「よければ家まで送りますよ。その……このまま倒れていたら、色々と危ないですから。」
「んあ?わらひをぉ、おうちに帰してくれるのぉ?」
「うちのスーパーに来ていたってことは、そんなに遠くないんですよね。」
意を決するようにして、彼は心の隅で何かを期待しながら下心を隠し、善意を見せて彼女に言う。
「うん……お願い。案内してちょうだいね。」
案内するのはあんたの役目と言いたいのを抑え込み、微かな喜びを覚えると鉄斗は彼女を抱えて男女2人夜の道を歩くのであった。