※この作品はR-18です。

若いきつねと三十路のたぬき   作:負けた社畜

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女とおうち訪問看護 day2 (無)

 

 

布団での微睡(まどろ)みというのはいつの世も気持ちいいもので、唐時代の詩人である孟浩然(もうこうねん)の『春眠(あかつき)を覚えず 処処啼鳥(しょしょていちょう)を聞く 夜来風雨の声 花落つること知る多少ぞ』というお気持ち表明文は誰しも一度は聞いたことがあるのではなかろうか。

 

大昔の高名な詩人先生も『春のヌクいお布団 is GOD』と言ってるのである。ならば一般人の俺が春の陽気の如しぽかぽかお布団に抗えない事は道理であり、必然に収束する事を議論したって物事は変わらないのだ。

 

 

課の書類が冷徹の魔女(バリキャリ女)に突き返され、えぐえぐと泣きながら修正作業をした事は記憶にある。

翌日に持ち越したくない案件であり、徹夜で片付けようと魂のガソリン(エナドリ)をぶち込んでひたすらデータを打ち直した。その後コーヒーをぶちまけそうになったり、3連チェア(簡易ベッド)で横になり少しだけ仮眠したことも覚えているが問題はそこからだ。

 

目が覚めるとやたら身体が火照って浮遊感のある目眩を感じ、かと思えば悪寒で四肢が震え体調の悪化を自覚した。あ、これあかんやつやと。それでも修正を完了させた書類を持ってバリキャリ女の課まで行った………のだろう。それが昨日である。

 

断片的な記憶はあるものの、発熱でくらくらと揺れる世界は足をつくのが精一杯だった。正直なところ発熱と眠気と倦怠感でどうやって帰路についたのかもロクに覚えてない。

 

 

うん。そろそろ本題に入ろう。

 

 

何が言いたいかといえは、なんでか分からないけど俺の布団がぽかぽかしてるんだ。

 

具体的に言えば人肌の温もりぐらいに。さらに言えば全体ではなく片側が。細かく言えば腕が抱き枕にされているようだ。

抱かれている腕からはほんのりとした温もりと柔らかさが伝わってきて、洗剤と柔軟剤と物体そのものの混ざりあった匂いが(かお)ってより存在を強調させた。

 

「んん……」

 

俺の腕を抱き枕にしている物体から悩ましげな声が聞こえてきたところで、そろそろ生理現象を我慢するのも由々しき事態になってきた。早急な原因究明に取り掛かりたいと思う。

 

ここは俺の部屋で、物体Xが俺の布団に侵入している以上、俺には物体Xを確認し、もし害ある存在ならば撃破して聖域を守護する義務がある。以上。未確認生物接近!布団を捲れ!EDFの出動だ!

 

脳内で隊員を総動員したところで、意を決して掛け布団を探るように持ち上げてみる。

ヒヤリとした空気が布団の中に入り込み、柔らかな朝の陽射しが布団の中を照らし始めると、陽光を受けて銀に近い金髪がきらきらと輝いた。

 

……そこには普段の利発的な表情がなりを潜めた、なんともあどけない寝顔の冷徹の魔女(バリキャリ女)が居た。なんだ、何も問題無かったわ。

 

 

Q.なんで布団の中がぽかぽかするの?

 

A.バリキャリ女が隣で寝てたから

 

 

ん????? ンンンンwwww!?!?!!?

 

致命的な問題が発生した。

 

再度布団を持ち上げてもその光景は変わらず、バリキャリ女は眩しかったのか「んぅ……」と声を発して額を二の腕に擦り付けてきた。まるで住居を突然(めく)られたハムスターのような仕草である。

 

……なんで?

 

Hey 突如舞い込むシチュエーション yo

困った俺の手のポジション伝わる彼女のセンセーション

乱立するクエスチョン 広がる良からぬイマジネーションyear

 

韻踏んでる場合じゃねえ…トイレ行きたい……!うごご……。

 

倦怠感の残る身体に鞭打ってあちらこちらと(よじ)り、知恵の輪を解くようなモーションで腕を引き抜きにかかる。しかし「やぁ……!」と拒否の声を上げ向こうから締め付けてくる知恵の輪。理不尽が過ぎる。

 

こうなったら力づくでいくしかない……!

腕を上に引けば抜きやすいはずだから、上半身を起こし姿勢を作る。こういうのはタイミングが重要だからね。呼吸を止めて一秒……アナタ新鮮だけど煮魚ッ!

 

───その瞬間(とき)、俺の腕を掴んだままのバリキャリ女が寝返りを打った。

 

「えっ、ちょ」

 

力を込める直前の脱力したタイミングでぐんっと腕が引かれ、一本背負いのような姿勢で投げられた。勢いの止まらない俺の身体はベッドから転落し床と濃厚なハグをする。ぎゅっ!床ドンしてごめん♪うるさくしちゃってごめん♪

 

危険予知できてないよ。不安全行動。んなもん分かるか。

 

「うぅ…ん……うるさ」

 

どうやら今の音と衝撃で眠れる野獣(美女)も目を覚ましたようだ。色々聞きたいこともあるので、そろそろ起こそうと思っていた所である。

とろんとした(まなこ)はたいそう可愛らしくあるが、床にぶっ転がった俺と目が合うとハッとした顔になった。

 

「ん──!?どうしたの!?誰にやられたの!!?」

 

お前なんだが。

 

 

 

「……ごめんなさい」

 

尊厳を失うことは避けられた訳だが、やれやれ…僕は疲労した。

 

あれから落ち着く為にシャワーを浴びさせてもらって一旦リセットと相成ったわけである。

身体のベタつき具合からして昨日はシャワーに入らず寝てしまったようで、その割にデリケートゾーンや脇などはそこまででもなかったし、服は着替えていたので助かったが……。

 

あのあの……もしかして体拭いたり着替えさせられてもらっちゃったりしたのだろうか?さすがに成人になってまでお子ちゃまムーブをカマしたとは考えたくない。

そんな思考も過ぎりつつ、まず最大の疑問を投げかけてみる。

 

バリキャリ女(貴方様)はなぜウチにいらっしゃるのでしょうか」

「君はウチの課に書類を持参してくれたけど、発熱で昏倒したの。だから帰宅させて看病してたんだ。まぁ……私も寝落ちしちゃったみたいだね」

 

さようで……。

こんな男の隣で寝落ちしてしまうぐらいなのだから、彼女もずいぶん疲労を溜めていたようでところどころ服装が乱れたり髪型もおざなりになってしまっている。

 

「……ご迷惑おかけしました」

「別に迷惑だとは思ってないよ。君には倒れる前に休んで欲しかったけどね。あ、会社の方は君も私も3日間有休にしてあるから」

 

──3日も!?

 

若くして課長という立場に昇った傑物である彼女には役職相応の苦労苦心があるだろう。同期だが入社してからというもの永世平社員の俺には検討もつかない領域といえる。

そんな引っ張りだこの彼女にわざわざ休暇を使わせてしまったのだから非常に申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまう。

 

「何驚いてるの?君、有給使って無さすぎて人事が目つけてるからね?年間()()5()()取得が法律って理解してる?」

「気づいたら季節が巡ってまして」

「もうちょっと過ぎ行く季節を惜しんでもバチは当たらないと思うな」

 

じっとりという単語が非常に合うような目を向けないで欲しいなバリキャリ女様。

しかし3日間休みか……。悲しいことに休暇を申請しても家でやる趣味等が無いのである。適当にゴロ寝しながら動画サイトを巡ったり映画を観るぐらいだ。筋トレは適当にやってるけども。

 

「でもそれだとそっちの仕事が……」

「ウチの課は皆優秀だから、私1人抜けた所で滞る事はないよ」

 

なんと、なんと素晴らしい……。

 

「で、体調はどう?昨日は39℃あったからまだ残ってるとは思うけど」

「おかげで熱はそこまででもなさそうだ……多少怠さはあるがな」

 

手渡された体温計で測ると数値は37.4℃を示しており、まだ平熱からすれば多少高い状態だ。しかし昨日よりもだいぶ思考はクリアだし、これならば彼女に手間をかけさせることもないだろう。そう思い、俺は彼女に帰宅を提案しようとした。

 

「じゃあゆっくりしよっか。あ、今日も泊まらせてもらうね?どうせ本調子じゃないのに無理するだろうからさ、君」

 

Pardon?

 

「ごめん、シャワー借りてもいい?昨日から入れてないから落ち着かなくて」

「そりゃもう好きなだけどうぞ」

「ありがとう。あと重ねてで悪いんだけどタオルとTシャツも借りていいかな?洗濯はしておくから」

「そこのラックから好きなだけ持っていって。ドライヤーとかも使っていいよ」

 

脳の止まった俺の生返事を聞き、服とバスタオルを持って浴室へと歩いていくバリキャリ女。そういえば彼女は換えの下着とか持ってるのだろうか。抜け目ない彼女のことだから大丈夫だとは思うけど。

部屋に漂う俺以外の温もりと残り香。彼女は俺に仕事を回してこうなってしまった責任を感じて看病を買ってでてくれたのだろうか。俺にそんな責任を感じる必要は全くないというのに。ただ単に体調管理がなってなかったと言うだけの話だ。

 

浴室から聞こえてくる水音を、ただただ耳の中に流し入れて意識をぼーっと同化させる。ふと浮かぶのは先程彼女が言い放った言葉。『あ、今日も泊まらせてもらうね?どうせ本調子じゃないのに無理するだろうからさ、君』だって。そんなに分かり易いのか俺。

 

 

 

程なくして水音が止むと扉が開き、俺のものより幾分も軽い足音が転がり落ちてきた。衣擦れの音がやけにはっきりと聞こえる気がして少しだけ鼓動が上擦った。

自分じゃない存在が居る部屋は、ただそれだけで色と温度が増したような気さえするし、体調の良くない人肌恋しくなった時にはそれだけでありがたいと思える。

 

「いただいたよ」

 

からりと扉を開けて脱衣場から出てきた彼女はTシャツとグレーのドルフィンパンツという部屋着そのままな格好をしていた。もともと白い肌はシャワーで血行が巡って薄桃色に色づき、仄かな温もりを感じられて目が追ってしまう。

 

「なんか気になる?」

「いや……綺麗な脚だと思って」

 

馬鹿正直に答えるもどうかと思うが、彼女は気にしてないようで自信のある言葉が飛んで返ってきた。

 

「でしょ?自慢の脚だもの」

 

ショートパンツから伸びる脚はスラリと曲線を描いて長い。俺と大して変わらない身長は女性の中ではかなり高い方だろうし、なんならヒールを履くと俺より高いかもしれない。

 

なのに俺よりも腰の位置がアホみたいに高い。均整の取れたモデル体型に溜息が出る。

 

「ごめんね?洗濯機使わせてもらったよ」

「俺の入ってたかも」

「私は気にしないよ?洗剤が勿体ないじゃない」

 

むしろ気にしろよ。こう、臭いとか気になったりしないのか。

 

ふんふんと鼻歌を奏でながらカバンを漁る彼女。

普段俺が着ているはずのTシャツが彼女のボディラインを浮き上がらせ煽情的に思えるし、鼠径部ぐらいまでしか覆ってないショートパンツも相まって、屈んで合わさる太ももと脹ら脛の柔らかな輪郭線が惜しげも無く晒される。

 

昔、大学ゼミの飲み会で『女の服装でスケベなのは?』という猥談に発展した際、女性に疎かった童貞同盟軍は喧々諤々と結論を擦り合っていたが一番のイケメンであるE藤が『部屋着』と答え童貞同盟は爆散した。

 

今ならばそれも頷ける。

 

「そんなに脚が気になる?」

「あー、ストッキング履いてないから新鮮だなって思ってさ」

「私フォトスキンタイプが白人寄りだから日焼けしても黒くならずに真っ赤になるの。そうなるとヒリヒリして痛いし皮膚ガンになりやすいんだよね。だから対策」

「……なんか悪かった」

「んーん。知らなくてもしょうがないよ。夏はさすがに勘弁して欲しいけどね」

 

スキンケアクリームを持ち歩いているらしく、ベッドに腰掛けた彼女は脚を伸ばし手に取ったクリームを薄く塗りつけていく。細く長い指が爪先に触れて、甲を、(かかと)を、(くるぶし)を、(すね)を、脹ら脛(ふくらはぎ)を、(ひざ)を、(もも)を撫でるように塗り伸ばす。なんというかCMに使えそうなぐらい絵になるな。

 

「あ、そうそう。お詫びと言ってはなんだけど、耳掃除してあげる」

「なんで」

「汚れてるから気になっちゃってさ。しばらくしてないでしょ」

 

確かに記憶を遡ることしばらくしても、前回いつしたかは答えられない。風呂から出た際にタオルで(ぬぐ)うぐらいか。人間の耳垢は自然に排出されるので無理に綿棒でほじったりする必要はなかったはずである。

しかし耳の中は自分自身で確認することが難しい。もしかしたら彼女が言うようによっぽど汚いのかもしれん。

 

「ほら、昨日君が寝てる間にいろいろ買ってきたからさ」

 

ビニール袋をかさかさした彼女の手から、頭に梵天(ぼんてん)のついたオーソドックスな耳かき棒と綿棒のパックが取り出される。それを持ってベッドに深く腰掛けると微笑んで自らの太腿を軽くタップした。

俺はといえばぺちぺちと太腿をタップする彼女の真意を計りかねていた。えっとそこに頭を乗せろということでしょうか?

 

「ほら、早く」

 

いや、今の彼女は短パンなわけで、生足魅惑のユートピアなわけだが、決してそれが悪いと言っているわけじゃない。誰が見ている訳でもないけど気恥ずかしいじゃないか。

 

「遠慮しないで」

 

追加のぺちぺちいただきましたー!アザース!

 

そこまでされたら断るのも申し訳ない。俺はゆっくりと這うとベッドの淵に腰掛ける彼女の脚へ頭を乗せた。

 

ふにゅっ

 

滑らかなキメ細かい肌の応酬。頭の重みで僅かに表面が沈み込むと皮下の筋肉が押し返して来て、柔らかいのに弾力があるという相反した感触が伝わってきた。

だがそれは決して矛盾にならず見事に調和された夢見枕。市販じゃ、ちょっとないだろう、これは。

 

「…んっ。くすぐったいね」

 

曖昧になる俺と彼女の境界。シャワーを浴びた後の少し高めな体温。服ではなく、サボンやトリートメントでもない彼女のフレグランス。情景が入り混じっては五感を撫でて来て、なんだか顔が熱くなる。

 

「緊張しすぎ」

 

無茶言うな。

 

「大学の時の友達にズボラな子がいてね。たまにしてあげてたから」

「へー……」

「私とは全然違うタイプの黒ギャルだったけど、さっぱりした性格で誰にも優しかったんだよね」

「黒ギャルね……」

「今も連絡先残ってるのは彼女含めて数人かな」

 

話しながらも白魚の様な指が耳へ触れる。そっと耳を引いて、まずはとばかりに、綿棒が溝に潜り身を擦り出した。耳から直に振動と感触が頭へ伝ってきて落ち着かない。

 

「シャワー入った後でちょうど良かったね」

 

さっそく耳穴確定かと思ってたが、どうやら周りから先にやっていくスタイルらしい。

 

少し水気を含んだねちねちという音と(くすぐ)ったさが、表面の見えるところから影になっているところまで隈なく擦るものだから腰から背筋からゾクゾクとした。

一旦綿棒が離れると今度は耳穴の周りを綿棒が撫で始め、穴の輪郭でくるくると円を書く。しかし奥までは来ず、少しだけもどかしい気分が(よじ)れて仕方ない。

 

「押し込んじゃうから綿棒はここまでね」

 

俺の耳を弄んでいたコットンが役目を終え、竹の耳かき棒へバトンタッチ。ゆっくりと入ってきた棒が不浄に触れじゃくりじゃくりと枯れ葉を潰したような音を立てた。

 

「溜めすぎ」

 

見なくても分かる。こりゃよっぽどの惨状だろう。絶妙な力加減で外耳道を撫で、手前から掻き出していく耳かき棒。

がしゃがしゃ音がしたと思えばほろっと剥がれる感触がしてぞるっと塊が発掘される、その繰り返しだ。時々素肌を撫でる棒にゾクッと来てしまうがそこは彼女の技量が熟練しているからか痛みはない。

なんだか、だんだんと音がクリアになっていくような気さえする。

 

「あらかた取ったかな。ふわふわだよー」

 

今度は柔らかい羽毛が穴を埋め尽くし余すところなく梳る。剥がされたばかりの敏感な皮膚にフェザータッチする梵天の狭間。

 

「はい、おしまい。反対向いて?」

 

とんとん、と肩を叩かれ寝返りを促される。俺は芋虫のように身をくねらせて真上を向いた。

 

すると、目に入るわけである。彼女の柔らかな二つ山が。

 

どデカいわけではないが確かに女性らしい膨らみが服の生地を押し上げ魅惑の曲線を描く。この角度から見る事はなかなかないもので、不躾と分かっていながらも、もう半回転ちょっと身を回す事も忘れ見つめてしまっていた。

山の頂には確かな存在を主張する果実が影を作っていて、これがまた目を惹き付けて止まないのである。

 

「ちょっと、それじゃ耳かきできないよ」

「下から見ると凄い綺麗な形と言いますか」

「……えっち」

 

あまり彼女の機嫌を損ねるのもよろしくないし、いま俺の生殺与奪は彼女が握っている。なんとか南半球から視線を引き剥がし、反対の耳を上にした。

 

「お腹、突つかないでよ?」

「しないて」

 

寵愛を賜った上弦の月と、未だ祝福を受けていない下弦の月。

 

顔が触れている太ももは温かくて、包まれているように飾り気のない彼女の匂い。一定の間隔で与えられる刺激に神経が静寂化していく。

 

耳の上で綿棒が踊る。優しい母性を纏う、添えられた指から温もりが移ってきて両耳が温められた俺は段々と眠気に飲まれ始めていた。

いつの間にか綿棒から耳かき棒に切り替わっているのも気づかずに。瞼を開くことすら億劫で。

宙に舞うような浮遊感。朧気になり始めて薄れていく自我。脳へと入り込む彼女の声が溶けだして流れ落ちていく。

 

「ホントさ、感謝してるんだよ?いつもいつも助けてもらってさ

 

掠れていく意識の中で、染み込む声。

 

「君には押しつけてばっかで、なんでも応えてくれるから甘えちゃって

 

中を撫でる耳かき棒の音。

 

そんな頑張ってる君を目で追っちゃうんだ

 

好きだよ

 

 

 

 

目を覚ますと部屋の中には食欲を刺激するいい匂いが充満していた。キッチンから聞こえる鍋の音や水音。炒め物らしき音。久しく稼働することのなかったふた口コンロが今まさに大活躍していることだろう。

よく聞こえるようになった環境音を感じながら、(かぶり)を振って身を起こす。すっかり視界がフラつく感じもなくなり、体にあった倦怠感も霧散している。

 

「あ、起きた?」

「おはようございます」

「おはよ。食欲はある?」

 

菜箸を持ったバリキャリ女さんがキッチンから顔を出す。今の彼女はパーカーを上に羽織っていた。

 

思い返せば一昨日はブロック栄養剤を齧っただけ、昨日は言わずもがなぶっ倒れてたわけだ。胃の内容物はすっかり空で、香ばしい匂いに腹の虫が抗議の声を鳴らす。

 

「君自炊してないの?冷蔵庫の中何も無かったよ」

「あー、作るのが面倒でな。作っても炒飯とか野菜炒めぐらいか」

 

もともと料理に凝っていた訳でもなし。会社にいる時間も考えればほぼ8割……いや9割方外食や弁当だ。一通り買った調理器具だってすっかりホコリを被っていた。

 

「何作ってんの」

「豚生姜焼き野菜炒め。もうできるから座って待っててよ」

 

言われるがままに、卓について待っていると彼女が皿を持ってきて置いた。飴色に炒められた豚肉と野菜炒め。食欲を唆る生姜の匂いが立ち込め、口の中に唾液が溜まる。

次いで置かれたのはダシの効いてそうな牡蠣の炊き込みご飯と山芋の摩り下ろし。海のミルクと山のミルクの二大共演揃い踏みだ。

 

「なんか、凄いな」

「元気になるメニューをIちゃんとU美から聞いて作ってみたんだけど……」

 

Iちゃん、U美。お前らお粥とか雑炊とかあるだろ、こう、あるだろ?

いや、腹減ってるしめちゃくちゃ美味そうなので食べますけれども。

 

「あとこれ」

「なにこれ」

 

彼女が取り出したのはトレカのSSRみたいな輝き方をするパッケージをした小瓶のドリンクだった。ご丁寧に滋養強壮!という文字が躍っておりすごくつよそう。

食前に飲むと効果絶大!とやたら目立つ太字で書いてある。悪いものでは無さそうだが……。

 

「その、大学の友達だった子に聞いたらこれがいちばん元気出るって」

「黒ギャルの子?」

「そうそう」

 

黒ギャル氏のお墨付きドリンクらしい。そこはかとなく怪しいが、栄養を摂って体力をつけなければいけないのも確かである。ええい、ままよ!

 

……?

味は普通に栄養ドリンクだ。拍子抜けしてしまったが激マズじゃなかっただけ良しとしよう。

 

「これ、全部でいくらしたの」

「いいよ。私の奢り。たーんとおたべ」

 

ヒラヒラと手を振ると彼女は食べ始めてしまった。どうやらこの話は取り合うつもりが無いらしい。

俺も箸を取り料理をいただいた。

 

……めっちゃ美味ぇやん。

 

 

 

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