若いきつねと三十路のたぬき 作:負けた社畜
エロないよ。
ああ、
朝ラッシュの
ドンドンドン!や!やす!休み!休み時間が足りない!
……はい。脳内ドコドコしたところで仕事は待ってくれないし、気がついたら10倍ぐらいになってる。たぶん風呂場のカビと同じぐらいの増殖率だと思う。しつこい。消えない。片付かない。仕事があるだけありがたいけども。
だけど、今週は頑張っちゃう。なにしろ会社創設記念日で弊社にしては珍しく全部署が全休。夢の三連休が待っている。いつもいつでもこうならモチベーションも上がるんだけどね。たまにだから気合いが入るんだろうな。アホ犬に意地悪してから餌あげるともっと尻尾振っちゃう的なアレ。飴と
何台かある自販機のどれを買おうかなんて迷ってる内に足音が近づいてくる。んー、2人かな?
「あ~、こんにちは~」
「どうも」
「お疲れ様です」
我が社が誇る
もちろん彼女達には尻を叩かれまくってる馬車馬の
彼女たちも一息入れに来たのだろう。王子様系でメガネの良く似合う怜悧な印象のI子、肩にサマーカーディガンを掛けたゆるふわなU美。挟まれた
「迷っちゃいますよね~?」
そう言ってくるくると指を彷徨わすU美。そんな彼女の特徴はなんと言っても間延びしたふわふわボイスとふわもこヘア。ナチュラルに近い距離感。かわいい系のおっとりタレ目と枚挙に遑がない。学生時代から数々の男子を勘違いさせては轟沈させただろうその様子が目に浮かぶ。
「どれかおすすめあります?」
「んー?私はこれの気分ですね~」
そう言って彼女が指差したのはほうじ茶ラテ。
……日頃お世話になってるし出すか。電子マネーで素早く会計を済ませ自販機が吐き出したそれをU美に手渡す。目を丸くしたU美だが、彼女の裏人気っぷりを考えればこの程度の奢られは日常茶飯事だろう。
「え?」
「普段お世話になってるんで貰ってください」
「いいんですか~?ならありがたく~」
受け取るのはもちろん両手。手ちっさ。あれだ、ひまわりの種持ったハムスターみたい。
「きみ、当たってるよ」
「お、マジ」
「わー!すごいすごい!」
I子に促され視線を戻すと、表示部に『7777』と数字を並べピピピと電子音を鳴らす自販機。どうやら空気を読んだらしく、もう一本無料でドリンクをご馳走してくれるらしい。今まで飾りだと思ってたが、当たるもんなんだなこれ。
「じゃあ、I子さんもどうぞ」
「あら、私もいいの?」
「もちろん」
I子の指先は迷いなくブラックを選択。かっけえ。スマートな手足は自販機からモノを取り出す所作ですら美しく見せる。男よりもモテそう。しかし左目下の泣きぼくろと丸いレンズの眼鏡がチャーミングで密かなファンも多い。そりゃもうめっちゃ多い。壁際で顎をクイッとされようモノなら一発で絶頂間違いなし。だが俺は気づいてるぞ、耳にピアス穴がバッチバチ空いてるの。
そもそも
俺は麦茶を買い、別にもう一本購入する。
「これも普段のお礼ってことで
そう言って彼女がたまに飲んでいるミルクティーを渡した。意外と甘いの飲んでることの方が多いのよな。
「直接渡しなよ」
「いや……それはあれで、あそこ行くと体が謝罪モードになっちゃう」
まず他部署の人間がフロアに入ったら感じるアウェイ感。またなんかやったのかという生暖かな視線。哀れ愚かな社畜は爆発四散。目に見えてるじゃん上記シチュが。
「へたれ」
I子の振りかざすあまりに鋭い刃が俺を突き刺した。めっちゃぶっ刺しに来るじゃん。まあ、その通りなのでぐうの音も出ない。胸を押さえたフリをして、ミルクティーはU美に託す。
「そういえば、金沢の案件は助かりました。色々仕事が進みやすいように取り計らってくれたようで」
「あー、あれは元はと言えば
「……
無理寄りの無理だろう。まず
その後もなんだかんだと案件の共有を図っていたら、気づけばちょっとした時間が経っていた。先輩のヤニ休憩よりは短いだろうがそろそろ戻るとするか。タスクもまだ残っている事だし、今日の健やかな退勤の為に。
「じゃあ、そろそろ戻りますんで」
「あ~、その前にいいですか?」
U美の小さな手が、ちょこんと袖を
「今度の創設記念日、なにか予定はお有りですか~?」
え!?まさかプライベートのお誘い!!?!?!?嘘だろ!?!!!!イャーーーッハァーーーーー!!
とはいえそんな話はあるハズないので騒ぎ散らかす脳内は置いといて、
「溜まってる積み映画鑑賞が忙しくてですね……」
「ないんですね~?良かった~」
あれ、一蹴されたぞ。そのほんわかスマイルの裏側が一瞬垣間見えた気がしたぞ。
「実はウチの課で親交を深める為にバーベキューを企画しててね。君もどうかと思ったんだよ」
「砂浜でバーベキューできるところ見つけたんです~」
「え、俺他部署なんスけど」
「他の課でもお世話になってる人はお誘いしてるんだ。企画は私とU美だから、年齢層の近い人に限らせてもらってるけどね」
確か総予は20人ちょっとだったはず。他も呼んでとなれば結構な大所帯になってしまう。俺だったらば30人ぐらいに収めたいところだ。実際は家庭なり他の用事なりあるだろうから、もう少し数は減るだろうが。
「あなたはウチの課みんな知ってますし~、お世話になってますから是非~」
それだけ皆様ご迷惑を
「お誘いは嬉しいんですがやっぱ遠慮」
「おぉ~!来てくれるんですね~!」
おかしいな。言語は通じてるはずなのに話が通じない恐怖。なるほど、あの女の元で腕を磨いているだけの事はある。ふっ、面白い!
「だ」
「3件」
「が……うぇ?」
「今月、
「行きます」
「よろしい」
悔しい……ビクンビクン。
ぐへへ、上の口は嫌がってても下関は山口だなwww……はい。
仕方ない。降って湧いたリア充イベントに気が狂いそうだが、そういう事なら肉を貪り喰らってやろうじゃないか。もちろん働かずは食うべからずなので、適宜適切な協力はさせていただく。
「そうそう、たしか車持ってましたよね?厚かましいお願いなんですが、1人乗せていって欲しいんです~」
「あー……あれ親の車でして、俺のではないんです。自由に使えないんですよ」
「えっ、そうなんですか!?……うーん計画が」
あれ、もしかしてアテにしてた系?たぶんU美は、やらかして現地修正に向かった際に乗っていった車のことを言っているのだろう。社用車は終業時間までに返却しなければならず、それを過ぎそうだったが為に仕方なく使った手である。
だがあのハッチバックは親父が庭に生やしたやつを借りたのだ。だから俺自身は残念ながら車を所有していない。金かかるし。
……──その時、俺のスマホから鳴り響いた重々しい着信音。特別に『ワルキューレの騎行』を宛てがわれた相手の電話に出られなければ俺の身は破滅を意味する。
すなわち、我が家族のヒエラルキー最上位、ママ上様からの入電であった。そもそも普段から滅多に電話をしてこないが、いざ電話が来た場合だいたい
「ちょっとすみません」
ここで
「はい、お世話になっております」
『お、出たな。ちょっと頼まれてくれよバカ息子』
開幕からのご挨拶。ちなみにうちのママ上様は姉貴を『アホ娘』と呼び、愚弟を『タコ息子』と呼ぶ。親父は普通に『父さん』だ。悪戯とか危ない事するとトルクレンチでぶん殴られるけど、料理は意味がわからんほど美味い。素敵なビッグマム。
「どのようなご要件でしょうか?」
『いやさ、通勤の足車生やしたんだけど、肝心の家の駐車場がキャパ足んないのよ』
……でしょうね!今ですら倉庫みたいなの建てて家族の車6台置いてあるのになんで増車しようと思ったんですか。たぶん俺の顔はどこぞの電話猫みたいになっちまってる。
『で、新しく
なら車を生やさなきゃいいんじゃないでしょうか?というのは無しですかそうですか。
「つまり?」
『1週間ぐらい車預かってくんない?』
オウフ……。タイミング的には車を確保したかった絶好のタイミングではある。あるが、ママ上が通勤に買ったと言うぐらいだし、まともな車ではない。断言する。
「私ですと、ちょっと知識がありませんでして……少々難しいかと思われます」
『お前父さんの車でラブホ行っただろ』
(行動がバレてる……!まずい……)
『何がまずい?言ってみろ』
「……思考を…!いや、気まずいだろ」
そりゃもう、アレがアレでアレである。おそらく、盗難防止にGPSでも仕込んでたのだろうか。だとしたら俺の行動は全て筒抜けだ。だが車を汚すような事はしていないので許して欲しい。ちゃんと休憩目的で利用したんだ……。
くっ……掃除も完璧にやったと自負していたのにそんな……。いや、これが慢心か……。
『安心しな。父さんには言ってないから』
「……何を預かればいい?」
『ハナからそう言え…
「WTF」
そのへん走ってる車で200馬力出てるのだって、そう滅多に居ないのに……2倍だってよ。んで
『汚すのとブツける以外ならどうしたっていいから。あ、女が居るなら』
「ではその件に関しましては確認して折り返します。はい、はい、ご連絡ありがとうございました」
一気に会話の旗色が悪くなったので一方的に切った。これ以上の通話はどんな事を突っ込まれるか分からないし、思わぬボロを出してしまうやもしれないので危ない。マジでママ上様と話してるといつの間にか掌でタコ踊りさせられるのだ。
……俺が雑魚いだけ?それはそう。
「お待たせしました……車の方は…なぜか何とかなりそうです……」
「え~!?良かったぁ!じゃあ~時に……駅まで来てくれると嬉しいです!あと連絡先交換しときましょう?座標とか送っとくので~」
U美にてちてちとスマホを操作され、ちゃっかりI子も加えられ、あれよあれよと言う間にアドレスが二人増えた。
後からポコンと送られてきたキャラクターのスタンプにドッと湧き出した疲労感を先程買った麦茶で流し込む………うん、安定の味。
白いカットソーシャツ、7分丈のスキニーデニム。少しだけ高さのあるウェッジソールサンダル。
格好はシンプルで特筆すべき事ないが、ウエストで服を結びほんの少しだけヘソを出してシルエットを細く見せる小技が光る。シルバーに近いブロンドを1つ結びにしてアップし快活さをプラス。彼女のようなスタイルのいい女がそれをやれば、周りの視線を誘引しては自信を喪失させる殺戮兵器になりうる。
あれを乗せてくの……?
俺が………?
とある駅前のロータリー。数多く視線がある中で、
U美からは1人乗せてきて欲しいと言われたのみで、誰をどうしろと確認しなかったのは俺の落ち度だ。
だがしかし、こんなパワー系ウーパールーパーみたいな車で乗りつけなきゃいけないのか。
「よう」
「……スゴい車に乗ってきたね」
「俺の趣味じゃあないんだよな」
そこは声を大にして言いたい。違う意味で衆目を集めるこの車は、とある映画に出演したせいで外国人ニキから大人気。やたら親指を立てられる。
彼女を助手席へエスコートする合間にも2度3度と視線を向けられた。クーラーがよく効くのだけは救いか。
「こっちは乗せてもらう立場だからね。文句は無いよ」
「そう言ってくれるとありがたい」
なんとまあ大人なヤツ……こういったスポーツカーに分類される車は女性人気皆無だと言うのに。とにかく、目的地は2時間程度かかる見込みだ。
彼女が乗り込んだ事で車内はサボン系の香りに包まれた。ふわりと鼻腔をくすぐるそれは柔軟剤だろうか、それとも香水だろうか。普段とは少し違う彼女の匂いが、浮遊感にも似た落ち着かなさをもたらした。
「晴れて良かったね」
「な、絶好のお出かけ日和だ。お肌が焼けちゃうぜ」
「ホントだよ。真っ赤になっちゃうだろうね」
特に肌が白い彼女の事だし、人一倍UVケアは欠かせないはずだ。黒くならずに赤くなってしまうと聞いたことがある。大変なことだ。
ここからは高速道路も使ってしばらく走る予定。よく渋滞する所は避けていくつもりだが、二時間ちょっとの行程を彼女と分かち合う。話のペースが似ている彼女は一緒にいて意外なほど苦にならなかった。
───特に目立った渋滞もなく、ぽつぽつと仕事の会話をしながら運転していたら目的の海岸へと到着した。
U美に指定された住所はとある海の家を指しており『そのまま砂浜へとアクセスできる!』『オーシャンビューでバーベキューができる!』と謳われている。肉持ち込み可、ドリンク持ち込み可というゆるゆるぶり。そういえば何も買ってきてないんだけど大丈夫だろうか。
「課長~!こっちです~!」
向日葵色のフレアワンピースに麦わら帽子装備のU美が駆け寄ってきた。もうなんというか、イメージ通りの活発でガーリーな感じの服装。ほーん、良いんだよこういうので。あの両手をふりふりする動きってなんか名前あるのかな。
「君も、ありがとうね」
「いーえー。このぐらい朝飯前っスよ」
遅れて来たI子がこちらに来たが、一瞬誰だか分からなかった。ピアスにイヤーカフにクローラーピアスだかで耳はバッチバチ仕上げてあるし、大人しいイメージの丸眼鏡もともすればパンクっぽく感じるのは、黒を主色としたファッションの為だろうか。ダメージ加工されたシャツとジーンズから覗く白い肌が眩しい。
「A部とO田が先に火を起こしてるので準備はバッチリです!K太とF井さんが追加で食材調達いってます!」
他にも他部署の見知った顔がちらほら。そこまで人数も多くなく20人もいかないぐらいか。男女比もほぼ同数だろう。もしかして、これ集合時間ズラして先に準備してたパティーン?だとしたら大変申し訳ないで候。
「水着に着替えてきて大丈夫ですよ?服だとバーベキューで汚れたり匂いついちゃうので」
え……水着……?
もしや水着でバーベキューパーリィすんの?そんな陽属性の極地みたいなことしたら大気圏突入したザ〇みたいになっちゃうんだけど俺。まままあ?砂浜に居ても違和感のない格好してるはずだし、泳ぐか否かは本人の選択であろう。
「君も持ってきたよね?」
「イエッ、アノッ」
「……ないのかい?海の家で売ってるし調達しておくといいよ」
「へい」
超恥ずい、驚きのあまり声が裏返ってしまった。そんな俺をよそにバリキャリ女とU美、I子は連れ立って更衣室へと向かって行く。
よもや海水浴を兼ねたイベントとは思わなくてですねぇ……。社会人になってから水着なんて購入してないので、結局買うことになってたんだけれども。サイズとか…ほら……ね?
……こんな観光地で売ってる物に良い物があるわけでもなく。ピッチリと貼り付く模様のない競泳トランクスタイプか、肉体美を晒したい系男子向けのブーメランパンツかの二択。んで、ちょっと高い。
デザイン性の良い物は早々にはけてしまうのだろう。そりゃそうか。夏の海に来るのに海パン忘れるアホっ子ちゃんなんて滅多に居ないだろうし、これが嫌なら市街地のショッピングモールまで戻れと。
「なら、こっちしかないよな……」
俺はトランクスタイプを選択。筋トレマニア向けパンツは些かハードルが高いので無難な方だ。男であれば8割ぐらいが同じ選択をするのではないか。しかしこれもなかなかに浮き上がる……hold チンposition,hold チンposition OK?
そうして5分足らずで準備を終えた俺は肉焼き班に合流。A部さんとO田さんに挨拶しておいた。なんか「ウホッ」とか言ってたけど聞かなかったことにする。そうしてちまちま肉に串を指していたら周りがにわかにザワめき出した。
「お待たせしました~」
間延びした声に誘われて振り向けば、女性陣が更衣室から出てきた。
先陣を切ってきたのはU美。ワンピースと同じく向日葵色のフリルをあしらったタンキニの上下と麦わら帽子で、快活さはそのままに陽だまりのような印象を抱いた。
小柄な体格だが肉づきはよく、普段の小動物のような印象に反して谷間を作る豊かな胸と肉感的な太もも、二の腕の丸みを帯びた曲線と、男が求めてやまない少しだけヒモのくい込んだ腰周り。正に抱きたくなるムチムチ度ってヤツだ。
俺の肉眼レフは0.03秒で視覚情報を処理し、脳内フォルダへしまい込んだ。
いくら水着と言えどあまり不躾に視線を向けるのも良くないだろう。女性が水着を見せたい相手がいるとして、そいつ以外の有象無象からは視線を向けられることすら求めていないもので。俺もそのうちの虫ケラと同じだ。
ここで俺がとるべき最適解は肉焼きマシーンに徹すること。きゃいきゃいと褒め合う女性陣をBGMに、串に通した肉を炭の上へと並べていく。ジワジワと肉の焼ける音と匂いがして、食欲を刺激して仕方ない。
続いて少し毛色の違う声がした。さっきのが「かわい~!」なら今度は「かっこよ……」という溜息だ。
次に出てきたのはI子だった。ホルターネックで大胆に肩や背を見せるサファイアブルーのモノキニで身を包んでいる。しかしくびれやヘソがスリットから覗き、それが対称的に白い肌を際立たせてスマートな体がよりスレンダーに感じた。
すらりと長い手足と、内臓が入ってるのかと問いたくなるスレンダーなウエスト。女性が求める細さとはああいうボディラインを言うのだろう。
俺の肉眼レフは0.03秒で視覚情報を処理し、脳内フォルダへしまい込んだ。
例えるならU美が陽光の麗しさだとしたら、I子は月光の美しさと言ったところだろうか。どちらにしろ俺からすれば高嶺の花どころか夜空の星である。手が届かないという意味で。うおォン関係ない僕は肉焼きマシーンだ。
そのまま二人は挨拶もそこそこに何故か端っこであるこの卓へとやってきた。何故。ていうかそのデカいクーラーボックスはなんなの。
「どうだい?」
「何が?」
「水着ですよ」
会社の人の普段見ない水着姿とかどう褒めれば良い……?どう答えるのが正解なのだろうか?教えてくれゼロ……。
あまり過剰に褒めすぎるとガッツいてる感じになりそうだし、淡白な感じだとそれはそれで印象は良くない。しかし身体付きをどうこう言ったら一発アウトの変態野郎だ。レッテルをペッタペタに貼られる。どちらにしろ本人を品評するような資格なんて無い。
「月でも落ちてきたのかと思いました」
「ぷふッ……!なにそれ…!ふふふっ…褒めてるのかい?…くっふふ……!」
中二か。散々どもった挙句、俺の口から出た言葉は全くもって意味の分からない世迷言のような感想だった。予想もしない言葉が返ってきたからかI子は堪らずといった様子で噴き出す。
まあウケてるからいいか。気にしない。串を通す手が羞恥で震える震える。
「私は~?私もおNewの水着なんですよ~?」
「真夏の太陽も嫉妬しちゃうね」
「????」
こてんと首を傾げたU美はしばし瞬きした後、ようやく意味を理解したのか「あ~」と数度頷く。ツーアウト。
「『似合ってるよ』とか『それかわいい』とかシンプルでいいと思いますよ~?オジサン臭いですしあんまり捻っても伝わらないだけです~」
ですよね~……自分で言ってて俺も思いました。文字に起こすとこれまた絶妙にキモい。ボキャ貧にも程がある。絶対顔文字乱舞してるわ。
その後もU美には全体じゃなく細かいポイントを褒めろと熱血指導され、実践あるのみとブチ込まれた。
「じゃあ~、これも焼いちゃいましょ~か!」
「なんですそれ?」
「じゃーん!!」
そう言ってU美が開けたクーラーボックスの中には、結構な数の牡蠣が入っていた。これだけの数なら大層なお値段になりそうなんですが……?
「実家から送られてきて~…食べても食べても減らないから困ってたんですよ~。良かったら手伝ってください~」
「こんなに沢山良いの?」
「これ規格外品ってやつで、小ぶりだったり大き過ぎたりするものなんです。でも味は保証しますよ~!」
聞けばU美の出身地は牡蠣が名産で、ご両親もそれに携わっているのだとか。養殖の関係上、出荷する基準を満たさないものについては、商品として売る事ができないからこうして送られてくるそう。
俗に言う
「じゃあ私も出しちゃおうかな」
I子が持ち込んだクーラーボックスの中身は鶏ササミのような薄桃色の肉だった。特段、何かあるわけでもなさそうだが……。
「鶏肉ですか?」
「これかい?スッポンだよ」
「スッポン」
バーベキューでおよそ聞かない肉の単語が出てきてビックリしちゃった。え、マジであのカメみたいなやつ?意外と中身は綺麗な色してるのな、とか思ったけどやっぱりよく分からない。
「私も実家から送られてきてね。どうせだったら皆に食べてみてほしいと思ってさ。たぶん食べた事のある人の方が少ないだろう?」
確かに、サプリメントやなんやらで原材料として入ってるモノは目にするし、この世に生けとし生ける男なら誰しも赤マムシとマカに並んで1回ぐらい世話になってるだろう。
だがしかし、そのものを口にした事がある人は少ないんじゃないか。地域によっては生き血を酒と混ぜて飲むところもあるというが、かくいう俺もこの生肉状態で見るのは初めてだ。世間は狭いのに日本って広いのね。
「色んな栄養価を含んでいて、かつカロリーも低く抑えられるから美容と滋養強壮にオススメさ」
外見にさえ目を瞑ればね、とそのままI子は続けた。その効果は彼女のスタイルや美肌を見れば一目瞭然だろう。どんなに語るより説得力がある。
網の上に並べられた牡蠣には豪快にバターが足され、炭火でみるみるうちに溶け落ちていく。そこへU美は追い打ちとばかりに醤油をぶっかけた。罪深き人間の発明、多くの人を虜にしてしまったバター醤油というやつだ。絶対美味い……!
対するI子はスッポンの切り身を並べていくと塩をふりかけ始めた。粒の大きい岩塩のようなものでコーティングされていくスッポン肉は、程なくしてじゅうじゅうと音が鳴り始め塩焼きへと変貌していく。
どうしてそう酒を飲みたくなるようなモノを作るんだあんた達はッ!
「まあ、真打ち登場だからね。あれの後に出てくるのはちょっと勇気がいるのさ」
そう言ってI子が視線を向けた先、更衣室を出てきたのはバリキャリ女だった。
……たぶん、そうだと思う。黒地の布が金のリングで繋がれた大胆なビキニは挑発的で、自分に自信がなければとても着ることなどできないだろう。
惜しげも無く披露された大き過ぎず、かと言って小さくもない胸の谷間。うっすらと縦に筋の浮いた腹部とくびれと可愛らしい臍。キュッと上に引き締まった形の良い尻。スラリと伸びた
さらにはアップにされた髪が普段は隠されたうなじを飾りつける。まだまだ列記できそうだがキリがない。なんだアレは……モデルが裸足で逃げ出してランウェイを譲るぞ。
「お待たせ!準備ありがとうね?」
サングラスを前頭に上げ、パチりと飛ばしたウインクは様になりすぎていて嫌味に感じることがない。自然にそういう事ができるという強さも併せ持つ。
俺の肉眼レフは0.03秒で視覚情報を処理し、脳内フォルダへしまい込んだ。今日は肉眼レフが大活躍だ。このままだと今日1日で脳内データ容量を天元突破する可能性があるが構わん。
「課長~!こっちへどうぞ~!!」
U美がバリキャリ女を呼ぶと、胸元で手を振りながらこっちへ歩いてきた可愛らしさのギャップでまた周囲を狂わせる。
ヒソヒソというかキャイキャイというか、浮ついた女性陣。努めて見ないようにしている男性陣。分かるよ、あんなん見たら目が焼き払われて焦土と化すわ。ていうか、あなたもなぜこの卓へ来るのん……。
「課長はそちらへ」
いつの間にかU美とI子は揃って座っており、俺の隣が空いていた。ちょっと待て、いつの間にお前ら……!
勧められるがままにバリキャリ女は俺の横へ腰を下ろす。U美はジッと俺に視線を向け、指導の成果を見せてみろと目で語ってきた。俺から声をかけるのも緊張するな。だが、I子からも注視されては……やるしかない。
「その水着似合ってる。大人っぽいイメージにピッタリだ」
「へぅっ……!?あ、ありがとう」
「それと今日は普段と違う髪型だからイメージ変わるな。たまになら髪上げてもいいんじゃない?」
「はぇっ!?うん……考えてみる」
え、何その反応。
それを見ていたU美とI子はパァン!と音を立てて片手ハイタッチした。
「それではグラスを持って~!かんぱ~い!」
ちょっと間延びした音頭で始まった
我ながら良い感じに肉が焼けたと自負している……!
赤熱した炭に炙られ熟成を重ねた肉は、耳に期待をさせる音を立てながら表面にうっすらと網の跡がつく程度に仕上がった。
歯を立てれば弾力が顎を楽しませ、溢れ出す肉汁と旨味が舌を唸らせる。泡立ったビールで喉を洗い、日々の疲れを流して行くように貪った。
「こ、こんな肉食っていいんですか……!?」
「確かに美味しいけど、泣くほどかい?」
「これどこで買ってきたの?」
「近くのスーパーですよ」
何を言う、俺は肉を自分で
うめぇ…!キンキンに冷えてやがるっ!!うめぇ───!!!欲を言えば、これがアルコールならどんなに良かったか……!