若いきつねと三十路のたぬき 作:負けた社畜
エロないよ。
顔は、まぁ並。身綺麗にはしてるけど、服装は多少野暮ったい所もある。加点なし。
……スポーツカーに乗ってきたのは減点。褒め言葉が変なのも減点。先に出てきて準備を手伝ってたのは加点。会社じゃこんな笑みを浮かべてるのは見た事ないからギャップで加点。身体はけっこう鍛えてるふうに見える……加点。
───我が敬愛する
今日の一番の目的はこいつが本当に相応しいのかどうかの見極め。そして、いい加減『はよくっつけや』とやきもきしたU美が圧をかけるために企画したのがこのバーベキューだった。
そんな事も露知らず、目の前の男は鼻を尖らせながら「うめぇ……!犯罪的だ………!」と肉を頬張っている。なんか軍手とヘルメットを被ってるように見えるのは気の所為だと思いたい。
ここで
そもそも、ここにいる人間はそれを分かっていて協力している言わば“仕掛人”である。目の前のこいつは
あまり褒められた手ではないかもしれないが、こうでもしなければ課長たちの関係性は足踏みを繰り返し遅々として進まない。それはもう一向に進まない。今までになんの発展もしていない事が何よりの証拠だろう。
さて、ではそろそろ仕掛けを発動していくとしようか。U美にちらりとアイコンタクトを取り頷いた。その意図を汲み取って計画は始動する。
「あ~!UVクリーム塗るのすっかり忘れてた~!!」
ふと思い出したかのようにU美が素っ頓狂な声を上げた。この直射日光の下、なんの対策もなく肌を晒すなんて女性からしたら自殺行為だ。日焼けならまだいいが、シミになってしまったら目も当てられない。
……もちろん、これは演技である。
「それはマズいね。早く塗ってきなよ」
「ちょっと行ってくるね~?」
ペロッと舌を出し、U美は更衣室へと戻って行った。当然、彼らよりも先に現地へ到着しているのだからその辺は抜かりない。しかし、普段のU美の言動からか、何ら疑われることは無さそうだ。
ちょっとして、チューブを片手にU美が戻ってきた。眉根を寄せて困った風な表情は落ち込んだ大型犬のような雰囲気を漂わせる。擬音が見えるのならくぅーん…とかそんな感じ。
「ごめん、I子~……背中塗ってくれる?上手くできなくて~………」
「全くしょうがないな。貸してごらん」
少し甘えたようにU美は言う。そして、向かいの席でされるやり取りを男は正面から見る事になる。無防備にも感じかねないが、それも折り込み済み。
受け取ったチューブを手に取り、薄く塗り伸ばしていく。
「ひぁッ!?冷たいよぉ~!……んっ………」
鼻を通って少しだけ高くなった声。U美の悩ましげな声に誘われ、肉を頬張りつつも男の目はこちらを向いていた。普段ほわほわとしたゆるい声が艶を含んで突如変貌するのだから、さぞかし意外だろう。それだけの誘引力がこの声にはある。
そしてここからが仕掛けだ。強めに握ったチューブからプシュッ!と気の抜けた音が響く。
私の手のひらには想定以上のクリームが吹き出た。それはU美の背中に塗り伸ばしてもいささか余る量で、今更チューブへ戻すこともできやしない。
「んッ!?しまったな…。ごめんU美…クリームを出しすぎてしまったみたいだ……」
「しょーがないよ。塗ってくれたことに免じて許す!」
面が余らないように塗り伸ばしたところで、まだ手のひらにはUVクリームがたっぷり残っている。
さてこれは困ったな。どこか塗るところが必要だ。そして私と目が合ったのは向かいに座る男。そうだ、君だよ。
「……そうだ!キミは日焼け止め塗った?」
「一応塗りましたけど……」
「背中は塗りづらくなかったかい?もし良ければこの余ったやつを塗ろうか」
「えっいやそれは」
「遠慮しないでくれ。これ結構高いやつで、もったいないし私の手も空かないんだ」
まだ彼と私の関係性はそこまで深くなく、
「いや、さすがに背中はちょっと申し訳ないです」
「分かったよ。なら腕ならいいかい?」
「……まあそれぐらいなら」
予想通り、男は提案を断った。そうだろう。私から言い出したことだが、是非!と言われたらちょっと引いてしまうよ。おめでとう。正解だね。
課長の目がちょっとブラックホールみたいになってるけど、私は構わず彼の腕にクリームを塗り伸ばす。女と違う男の肌。薄皮の下にある硬い
「ほら、反対向いて」
「……はい」
彼の顔が課長へと向く角度になる。今度は蛇に睨まれた蛙のようだ。もちろんどっちが蛇か蛙かは言わないでおくとしよう。私も怖いし。
「ふぅ、これでいいかな。ご協力感謝するよ」
「イエ、コチラコソ」
何故か返事がカタコトになった彼はさておき、これで終わり……ではない。
「ちなみにそれ、課長も同じものを使っているからお揃いの香りだよ」
意識させるために、わざと一言付け加えた。彼からしたらとても余計な一言を。嗅覚というのは五感の中で特に本能と結びつきやすいという。
このUVクリームの香りがすれば課長を想起させるというオマケ付きだ。ただでさえ鼻先へ近づけやすい手元に塗布したのだから、その度に彼は悶々としてくれるだろう。
───だから課長、その目を止めてくれないか。
「ゲームしませんか?」
「ゲーム?」
焼きあがってきた牡蠣とスッポンを前に、そう提案をしたのはU美だ。
ただバーベキューとして各々が食べるのもいい事だが、I子とU美の目的はまた別にある。男と課長に既成事実を作ってもらうには男側に
「こういう場で相応しいと言えば~!?王様ゲーム!!」
「わー!」
「わー?」
「わァ…」
「知らない人はいないと思いますけど…」
説明すると順にくじを引いていって王様を決定、数字の振られた下々の民に『○番と○番が握手する』というようにお題を出してもらいます!そして命令は絶対!お題消化まで私達が生暖かい目で見ます!
まくし立てたU美は一呼吸置き、ちらりと周りを見てから続けた。
「ですがぁ…ないとは思いますが、あられもないお題を出されても困るので、今回は『○番が○番に○○をあーんする』というお題に固定させていただきます!」
これが彼女の仕掛けだ。皆の前で『あーん』をするという羞恥心を煽りつつ、この位だったらまあいいだろうと安堵感で受け入れ易くさせ、それでいてエンタメ性を持たせる。
……もちろん、ここにいる者は男と課長以外が仕掛人。
「ものは試しさ。1度やってみようじゃないか」
「ホントにやるの……?」
「……課長、彼にあーんできるんですよ?」
「!?」
ピシャーンと雷に撃たれたような顔になる課長。なにこれかわいい。確率で考えればそこまで出番は回ってこないはずなんだけどね。
でも、そんな事に気づかないぐらい彼女は浮かれてる。なんだか今日の彼女は3割増しぐらいでポンコツになってやしないか?一抹の不安を抱きつつも、これで課長がゲームから降りることは絶対に無くなくなる。
しかし仕込んでいると言えど、ターゲットに気付かれてはだめだ。あくまでも自然に、偶然を装い命令を出す。その為にはある程度指名を散らす必要があった。
「みんなこのくじを一本ずつ引いてってくださ~い」
竹筒に入った棒を引いていく。この中には赤い印が付けられた棒が一本と、人数分の数字が割り振られた棒が入っていた。そしてほんの僅か、把握した人間だけ分かるように欠けがあるのだ。
「よし、みんな引いたね。今更だけどアレルギーは大丈夫かな?」
その問いに答えは無い。よし、準備は整った。
「では、王様だ~れだ!」
「あ、私だ!じゃあ4番が12番に肉をあーん!」
「俺っス」
「えーお前かよォ!」
王様はI藤さん、最初の指名はK太とO田だ。
男同士であーん事案の発生に笑いが起こり、アイスブレイクになっただろう。
「では次に行こうか」
「ちくしょー!次こそ美人からあーんされてぇ!」
「俺も勘弁っスよ……」
ここで私は素早くくじを引き席に戻った。そして不審に思われないような姿勢で竹筒と視線の高さを合わせる。こうすることで誰が何番を引いたのか監視する狙いだ。
もちろん、くじを引いた時の向きによっては見えないし、同じ人間がやり続けてもバレる可能性がある。その際は通常通りのゲームを行い、疑われないよう監視する役割は件の男よりも先にくじ引きした者が持ち回りでやる。
そして、この男は我先にという性格じゃない。他部署のバーベキューに放り込まれた手前、控えめに動こうとするはずだ。現に一回目も二回目も、少しして余りくじを拾いに動いた。
(ターゲットは2、そして課長は……7!)
「みんな引いたかな~?王様だ~れだ!」
「───俺だ」
次に王様を引き当てたのはA部。目が合った隙に、左で二回右で7回
「7番が2番に牡蠣を───あぁ、
「……!」
「!?」
「……」
なッ……ふーふーだとぉ!?
A部……。なんと恐ろしい男だ!あやつは『ふーふー』という主目的から逸脱しない程度の行動を足すことで、付加価値を与え『あーん』というお題に更なるエンターテインメント性を生じさせた!!!私達の、想像を超えてきた……!
「さぁ、7番は?」
「わ、私……」
「ほう、課長でしたか。では2番は?」
「……俺です」
「ふっ……我が総予課の
なんて事ないように澄ましているが、首筋どころか鎖骨ぐらいまで朱に染まった課長が箸を取り震える手で牡蠣を拾う。
手近の粒大きめな牡蠣だ。その一挙手一投足を、この場の全員が見守る。
「ふー……ふー……」
食材を落とすまいと添えられる手皿の妖艶さ、すぼめられた唇の愛らしいこと!少し八の字に寄せられた眉もまた良き!
本当にこの男は課長の素晴らしさを引き出して高めてくれる。まさか今どきこんな学生でもやらないようなピュアさを発揮するだなんて。久しく置き忘れてきた恥ずかしさと高鳴りが胸に訪れる。
「あ、あーん……!」
あぁ、羨ましい。味が良く染みたであろう牡蠣を咀嚼し飲み込む男。よく味わうといい。
「つ、次行こう次!」
焦ったように時間が早送りを始めて、普段滅多に見られないグルグル目の課長が次を急かす。
あまりにキャパシティを超えると課長はああなるのか。妙な感心と愉快愉悦を携えて、私は再びくじを引く。さぁ、まだまだ終わらせませんよ。課長───?
……おかしい。
「ほら、あーんだ。口を開けて?そう、雛鳥のように……いい子だ」
「普通に食わせてくれ!どんなプレイやねん!」
顔面の美で殴ってくるな!ビジュアル王子様系美女がよ!
バーベキューの最中、U美の思いつきにより始まった
こういうゲームはその場の余興として楽しむものだと認識しているし、俺もそこそこ笑わせてもらった、が。
なんか俺だけゲテモノ率高くねぇか……?
ここで言うゲテモノとは牡蠣とスッポン肉を指している。決してそれらを
このゲームはくじ引き、そしてくじで指定されるのは『王様』、そのうえ王様が指名する“二人”と“食材”だ。
十数名居るうちの一人が王様で、そこからランダムに指名されるはずの食わす方と食わされる方も含めて十数名のうちの三人。ならば回ってくる確率としてはだいぶ低いはずである。
そこに食べさせるものの種類を足すのだから、また何通りも分岐があるはずなのにやたら牡蠣orスッポンを食わされる率が高いのだ。正確に数えてないが、用意されたそれらのかれこれ7割ほどが俺の胃へと収められているのではなかろうか。そろそろ普通に肉が食いてえ。
運要素もあるとはいえ、確率の低い方を当てられ続けている。仕組まれたものを回し続けているかのような気味悪さが拭えない。
(もし、そうだとしたら……なんの意図が)
問題はそこだ。牡蠣とスッポン肉はなんなら全然美味しいので不満は無い。
……無いが、ゲームとしては負け込んでいるようで釈然としない。ただの運ゲーと片付けてもいいけど仕組んでいる奴らが居るなら、踊らされ続けるのも癪だ。
「王様だーれだ?」
「私です!」
「おーF井さん!指名をお願いしちゃいます!」
「お願いされちゃいます!……6番が11番にフランクフルトを!!顎クイで!!!」
やってんだろF井さん────!
急いで確認したくじの番号──俺が手にしていたのは6。初めて回ってきた食べさせる方だ。指定の食材はフランクフルト。ついさっき投入されたニューウェポンが早速俺の手で火を噴くことになる。やはり偶然と片付けるのは、些か無理があるようだ……!なんだよ顎クイって……したことねぇよ………。
(これが仕組まれたものであるならば、
「6番と11番は~?」
「っ!……6番は俺です」
「……11番」
思考を中断しA部から渡されたフランクフルトを手に持つ。縁日等でよく見るジャンボサイズのそれはよく炙られ、焦げ目がついて少し反り返っている。脂のテカりが肉の旨味を予感させ、そのままかぶりつけば歯応えをもって迎えるだろう。
しかし、俺はこれを11番……バリキャリ女に『顎クイ』で食べさせなければならない。大した事ではないはずなのに、行為が足されるだけでかなりの羞恥心が湧き上がる。なんだこれ顔が暑いぞ!
「ちょっとオラオラ系になった方が楽ですよ~」
人のキャラクターまでリクエストするんじゃない。しかし酒の入った周りの連中は騒がしく、コールまでして煽り立ててくる。ここは恥ずかしがらずにとっととやっちまう方がいいか!?コールの入る隙もない完璧なあーんを!!
左手をバリキャリ女の首筋に添えた。細く、白く、ちょうど仕立てられたシルクのようなきめ細かい素肌。何ものにも変えられない感触に指先を走らせ、撫でる。
「んっ……」
揺れる瞳はビードロのよう。擽ったさで堪らず漏れた吐息混じりの艶声が周囲に静けさをもたらした。あれだけ騒がしかった酔っ払い連中は押し黙り、
「……」
彫刻よりも肉感的で、芸術よりも精巧で、人形よりも魅惑的で。触れれば親指の腹ですら感じる、しっとりとした弾力をもって
……覗き込む。その瞳を。
「ほら、あーんだ」
ちょっと、舌を出す必要はないんですけど?舐め上げるのはやめて?
「に、肉汁が落ちそうだったから……」
グルグル目になってるのに変なとこに気づくのだからやっていられない。火種にガソリンをぶち込みやがる。公衆の面前なんですぞ大変お止め遊ばされ下さい。「ふわぁ~お」と誰かが言ったことで彼女はたいそう慌てたらしく。
「違う違う!そうじゃ!そうじゃない!」
「落ち着けって……すぐ終わるから!」
急いで周りに弁解しようと身振り手振り激しい。生暖かい視線がねっとりと向けられる。こんなものはさっさとお題を消化しちまえばいいだけなのに!
「こっちを向け!」
「ひぅ…」
「俺だけを見ろ!」
「ふぁぃ……」
かなり強引に顎を持ち上げ、無理やりこちらを向かせ視線を合わせた。ついやってしまったけども首とか痛めてないだろうか。
「咥えろ」
おずおずと開かれた口にフランクフルトを突っ込んでいく。彼女の
「んっ……」
彼女の白い歯がフランクフルトに立てられ、串に僅かな振動が走る。プツッという皮の弾けた音がしてゆっくりと先端部の肉が串から引き抜かれた。
「はい!これにて王様ゲーム終了~!」
くそ!逃げられたか……!
顔を真っ赤にしたまま口元を手で隠し、もむもむと頬を動かすバリキャリ女が小動物的な可愛さを振りまいた所でゲームの終了宣言。事件は証拠不十分で未解決ファイル入りしてしまった。
「いやあ、良かったよ!やはり君は期待以上の働きをしてくれたね!」
「仕組んだんですか……?」
「まさか、全ては天運の結果さ」
とても仰々しく、I子は芝居がかったセリフ回しをする。嘘つけ絶対嘘だゾ。
仕組んでる人間が仕組ましたなんて言うはずもなく、U美もなんかホッコリした顔で頷いてるし、野郎共は自分に矛先が向かないようにする為か速やかに散開した。くそ、逃げられたか……!(2回目)
しかし追究するだけの確証はないし、疑わしい動きの人物も居た記憶がない。なんか約1名すげぇテンパってる奴はいたけど。バリキャリ女、アイツだけは白だ。
「の、の、飲み物買ってくる……!」
「あそこのボックスにありますよ~?」
「ドクぺが飲みたいの!!!」
クソデカ声出すじゃん。
当のバリキャリ女は羞恥心に耐えきれず、ふとした瞬間見かけるけど探すと絶妙に無い飲み物の名を叫び、スタコラサッサと逃げ出した。あの分ならしばらくして頭が冷えたら帰ってくるだろう。
「さ、課長を追いかけてください~」
「え?」
「え?じゃないですよ~このニブチン野郎……!課長が変なナンパ野郎に言い寄られたらどうしてくれやがりますか?」
「あいつなら
「うるせーですね……!夏の海にはどこからともなく変なのが湧くもんなんですよ。男一人いるだけで全然安心感ちげーんですから!」
なんか
そう嘆息し、炎天下を捜索し始めた。一体あいつはどこまでドクペを買いに行ったやら……。陽光を照り返してギラギラ光る波間までが、俺を嘲笑っているかのようだ。
……バリキャリ探して三千歩、しばし歩き回ってみたところ、海岸の端の方にある自販機でようやく彼女の後ろ姿を見つけた。
いやー疲れた疲れた。これだけの距離を歩けば少しは落ち着きを取り戻しただろう。そこでおーいと声を掛けようと試みたが、すんでのところで出しかけた声を呑み込んだ。
彼女の周りに、なにやら
「大丈夫?話聞こうか?」
「俺だったら君みたいな子放っとかないんだけどな~w」
いや、ありゃ違うわ。“変なの”の内訳は褐色ツーブロックゴリラと照焼チリ毛パーマキノコのワンチャン侍2人。軽薄そうな笑みを浮かべ、ノリ良く見える言葉でバリキャリ女へと絡んでいる。
二人で挟むように動くそいつらを彼女は歯牙にもかけない。おそらくそれは最適解だと思う。が、彼らも早々諦める気は無いらしく、気付かれない程度に距離を詰めながら
ここで無かったことにして立ち去るのは簡単で、だがしかし、奴らのナンパ対象は他人ではない関係性のバリキャリ女。まあ、行くしかないわけで。
「いたいた。こんな所まで買いに来たのかよ」
「……!」
「ほら、みんな遅いって心配してたから早く戻ろうぜ」
「あ……ごめん」
その他2人にも聞こえるようにわざと声を掛ける。これで連れが居ると察してくれたら楽なんだが……。
「あ?何?」
「俺達が先に話してんだけど?」
いきなり背後からかけられた声に一瞬奴らは怯んだものの、都市型ワンチャン侍と違って海洋適応型は気も大きいらしい。肩をいからせ自らの鍛え上げた照焼ボディを見せつけるようにして振り向いた。標的が変わったのだ。
「んー、知り合い?」
「違うけど……」
「君たち困るんだよねぇそういうの。事務所通してもらわないとさぁ」
こちらもキャラを作って応戦。一歩、二歩。奴らは距離を詰めるように近づいてくる。こういう手合いの威圧する為にパーソナルスペースを侵してくるのなんなんだろうね。知りもしない奴らに近寄られたって嬉しくない。
「邪魔すんなって」
「ツレだって言ってんじゃん。邪魔なのはどっちだよ」
「はぁ?お前みたいな奴が?釣り合わなくね?」
「そうだね。お釣りがいくらあっても足りないよ」
決め手も無いまま言い合いは続く。いっそ手でも出してくれた方が、まだやりようがある。人気があまり無いのも相まって援軍も期待できない。数で追い散らすのが一番いいんだが。
足もとが砂浜なのもまたマイナス要素。しかもサンダルだから隙をついて逃げ出す機動力もちょっとない。
「おちょくってんの?」
「まさか……争いは同レベルじゃないと起きないんだってさ。もうちょっとレベル上げてから来てくれない?」
「あ?もうやっちまおうぜコイツ」
お?ちょっとカンに触った感じ?半身を引きいつでも動けるようにした所で、ずんずん近づいてきた褐色ツーブロックゴリラから突き飛ばされた。
「ん、いいの?手だして」
「女の前だからってイキってんなよ!」
いやいや、どの口が言ってんだって。
(チリ毛パーマキノコは一般レベル────。ツーブロックゴリラは格闘技経験者かァ─────)
チリ毛パーマキノコが単身で突っ込んでくるが、動きが大ぶりで予測しやすい。むしろツーブロックゴリラの方が格闘技をやっている者独特の潰れ耳をしていて、こちらの出方を窺うあたり慣れている。厄介極まりない。
「ちょっと……!やめてください!」
「うるせえな!先に喧嘩売ってきたのそっちじゃねえか!」
バリキャリ女が制止に入ったが聞く耳持たず、完全に俺をのめす方向に話が進んだ。好都合だ。
脇腹にもらうフリして肘を刺す─────
「おほぁ!」
入った。けどこっちも普通に痛え。脛を押さえてぴょんぴょんと跳ねる……あーもうめんどくせえ!キノコが下がり今度はゴリラが前に出てきた。
「本物のゴリラの方がもうちょい紳士的なんだけどな」
「うるせえ、よ!」
あ、速っやい。やべえこれ重いな。
「ぐ……!」
顔を狙わずボディに来るあたりクレバーだよ本当に。なんとか身を引いて直撃こそ避けたものの、痣ぐらいは覚悟した方がいいだろう。等倍ダメージだがそもそもの値がデカいため比例してダメージもデカい。
(距離空いたから、次は足ィ──────)
読んだ通りに蹴りが来た。その蹴りを待っていたんだよ!身を捻り不発させると、足首を掴んでそのまま思い切り引く。
「ぐおっ!?」
後は踏ん張る軸足を引っかければ……男には辛い股裂け姿勢の完成だ。160°程にいきなり開脚させられた身が崩れ、砂浜に股を押さえ悶え転がるゴリラのモニュメントが完成する。
俺がするのは徹底した遅滞戦術だ。ここは海岸の端で人通りも少ないが、さすがに男三人が揉めて騒いでいれば人目に付く。
「ナメてんじゃねえぞ!」
(お前顔は無しだろぉ─────)
いくら何でも意識外から打たれたもんはどうしようもない。タイミングもよろしくないし、こりゃあ当たってしまうか。ここはスリッピングアウェーの応用で……当たった瞬間顔を同じ方向に背け、受け流す!
キノコのパンチは大振りだった事もあって姿勢も悪い。勢いを利用して、そのまま手首を引いてやればゴリラよろしく砂浜にヘッドスライディング。二体目のモニュメント完成である。
「んほおおおおおお!!!」
「うぎゃあああああ!!!」
突如、砂浜に転がっていたナンパ野郎二人が悲鳴をあげ、その尋常じゃない様子に思わず引く。奴らは股間を押さえ、顔を青くして猛烈に悶えながらその場で転げだした。
え、何?
混乱した俺を他所に、誰かが呼んでくれたのだろう筋骨隆々のマッチョライフセーバーさん達が駆けつけてくれた。とんでもねえ腕と腿の太さ。
「おい!しつこいナンパの通報があったが何をしてるんだ君たち!!」
「いや、彼らが突然股間を押さえて倒れまして……」
「股間を……?まさか……
「玉挟ガニ」
「この海岸の一部には何故か男のタマを挟んで締め上げるカニが存在していてな!」
何それ……怖………。
確かに野郎どもの股間には万力のようなハサミを持つ黒光りしたカニが取り付いていた。マッチョライフセーバーさんの話では、砂浜にある巣穴を刺激すると表に出てきて執拗に刺激した男のタマをつけ狙うらしい。怖すぎる。
「しっかりしろ!玉挟ガニはメントール系のものをぶっかければ離れる!ちょっと辛抱してくれ!」
「頼む!!何でもいいから早くやってくれええええ!!」
どこからともなく取り出されたコールドスプレー。まさかあれを股間にかけるのだろうか。地獄から助かる手段で天国に召される。大人のオスってこんな情けない声で鳴くんですね……。
気づけば周囲には人だかりができており、今もマッチョライフセーバーさんによるナンパ野郎たちの股間救出劇が繰り広げられている。俺に出来る事は何もないし、機は今だ。三十六計逃げるに如かず。
「今のうちに離れるぞ」
「え、でも……」
「あいつらには適切なお仕置きが加えられてるからな」
そうでなくとも、この後あいつらは筋肉の妖精さんにシバかれるだろう。
バリキャリ女の手を取り、急いでその場を離脱した。そっと握った指先の細さに少しの動揺を覚えながら、俺たちは二人して駆け出すのだった。