12年分の恋が溢れ出したので、愛で覆い尽くしてみた 作:暁英琉
その日、世界は事が起こる前から熱に浮かされていた。各地の商店はこぞって臨時休業を決め込み、酒場は人で溢れかえりながらも店主たちは利益度外視で客に自分たちで酒の用意をさせてその輪の中に入り込む。海賊と駐在海兵が肩を並べて酒を飲み交わしている店すらあった。
異常な光景だ。しかし、それを咎めるものは誰もいない。
当然と言えば当然。今日は二年前に彗星のごとく現れ、瞬く間に世界の歌姫と称されるまでになった歌手、UTAの初ライブなのだ。
これまで謎の新型電伝虫を用いて短時間の配信しかしてこなかった彼女の初ライブ。しかも、現地の光景を同時放送してくれるという対応の良さ。沸き立つなという方が難しい。
故に、人々は酒場、広場、集会場、様々な場所に集まって今か今かとライブを受信する電伝虫の前で待機していた。
会場は霧が出ているらしく、妙に薄暗い。天候に恵まれなかったことにため息を漏らす者もいた。せっかくの晴れ舞台。できれば快晴に恵まれてほしかったが、エレジアは前半部分とはいえ偉大なる航路に存在する島。天候を読むことは難しい。むしろ雨が振っていないだけマシというものだろう。
――――~~~~♪
「「「「ぉお……!」」」」
そう思い直した人々の考えを救世主とすら称される歌姫はいい意味で裏切る。彼女の歌声が聞こえてきた瞬間、重く立ち込めていた霧が陽炎のようにかき消え、まばゆいばかりの快晴がステージを照らし出したのだ。
それはまさしく奇跡のような光景。自然と上がっていく観客、リスナーのボルテージ。たった一曲だけでこのライブの成功を誰もが確信していた。
しかし、突如その確信が揺らぐ。彼女の代表曲『新時代』を歌い終わった直後、突然一人の男がステージに飛び込んだのだ。
「あ! やっぱり! ウタ――お前ウタだろ!」
「?」
何を当たり前な。最初は誰もがそう思った。ここはUTAのライブステージで、さっきまで歌っていたのは皆が電伝虫越しに何度も目にしたUTAだ。そんなこと、改めて確認するまでもない。彼女は意味がわからないのか、訝しげな視線を男に向けていた。
しかし、会場のあちこちに設置されたスクリーン――どういう原理なのか観客たちにはわからない――に映し出された男の姿を見た観客たちは、次々にその正体に気づき始め、顔を青ざめさせる。
彼の象徴とも言うべき麦わら帽子、左目の下にある傷跡、そしてステージに乱入したときに異常な伸縮を起こしていた腕。
一時期“五番目の皇帝”とも称され、つい先日旧四皇、カイドウを倒し新四皇に名を連ねた男。
大海賊、麦わら海賊団の船長。モンキー・D・ルフィがそこにいた。
UTAは海賊嫌いで有名だ。彼女のもう一つの代表曲とも言うべき『逆光』が悪の象徴たる海賊に向けた怒りの宣戦曲とされているほどだ。
そんなUTAに近寄る海賊――一体何が目的だろうか。誘拐、殺害、暴行、破壊。いずれにしても、歌姫を害するつもりに違いない。
止めねば。誰もがそう思いながら、何もできない。仕方のないことだ。そもそも彼らのような一般人に力があるのならば、ただの歌姫が救世主などと祭り上げられることはない。ましてや相手は四皇。二年前、旧海軍本部であるマリンフォードを半壊させた白ひげ、エドワード・ニューゲートの衝撃は未だ色濃く人々の心に残っている。
そんな中、懸賞金がかけられ始めてたった二年で海賊の頂点に腰掛けた男に楯突こうとする人間は――いなかった。
このままでは我らの歌姫が奪われてしまう。そう震えながら、行く末を見守ることしかできない。
そんな押し潰されそうな皆の不安は――
「!! ルフィ!」
「「「「ええええええ!?」」」」」
喜びに破顔し、大海賊に抱きついたUTAの姿に雲散霧消と化した。
離すつもりはないとばかりにルフィの背中に回された両の腕。対してそんな彼女を支えるようにそっと腰に回された男の腕。
近い席を確保できた者は、UTAの目尻に浮かぶ涙に気がついたかもしれない。
誰がどう見ても、友人以上の間柄の再会にしか見えなかった。
そして、それに驚愕したのは一般人である観客だけではない。
「おいおいおいおい。ありゃ麦わらだろ? どういうこったよこりゃ」
「わかりません。エースの件といい革命軍の件といい、ルフィさんの過去はまだまだ秘密が溢れてそうですから」
SWORDの任務としてライブに潜入していたヘルメッポは観客と同じように度肝を抜かれ混乱し、コビーは憧れの男の新たな一面に歓喜する内心を押し殺して静観に徹する。
「キャプテン……麦わらが……麦わらが……」
「落ち着けベポ。せめてその背中の邪魔なやつを下ろせ」
「すみません……」
UTAの大ファンであるベポが巨大なファンアピールグッズを背負ったままフラフラとふらつくのをなんとか抑えるハートの海賊団船長、トラファルガー・ローは相変わらずトラブルばかり起こす元同盟相手に盛大なため息を漏らす。
そして、一番困惑していたのはルフィの仲間たる麦わらの一味の面々であった。
「どどどどどどういうことなんだ!?」
「ルフィイイイイ!! お前プリンセス・UTAのこと知らないって言ってたじゃんかぁ!!」
「知り合いだったのか、あの二人……」
「みたいだけど……」
UTAの大ファンであり、一味の中でも一際今回のライブを楽しみにしていたチョッパーとウソップは周りの絶叫に負けない声量で叫び、サンジとナミは今まで見たことのない船長の姿に言葉が尻すぼみになってしまう。
「ヨホホ、ルフィさんもすみに置けませんねぇ」
「アーウ! あいつぁやるときゃきっちりやる男だからな!」
「ふふ、歌姫さんも楽しそうでいいじゃない」
「いやはや……」
ブルック、フランキー、ロビンも三人はその光景を微笑ましく見つめる。しかし、やはり困惑していないわけではないのか、いつもよりテンションが高いように見受けられた。いわゆる空元気と言った様子だ。
逆にジンベエは露骨にうろたえていた。彼は二年前、女ヶ島でのハンコックに対する彼の反応を目にしている。絶世の美女と称される海賊女帝をして恋愛対象扱いしなかった男が、ある種特別感を匂わせる抱きとめ方をしているのだ。うろたえるなという方が難しかろう。
「……なるほどな」
そんな中、一人納得顔で酒を煽るのは副船長との呼び声も高いゾロ。二人の様子になにか思うところがあるのか、その目元はいつもよりも和らいでいるように見える。
各々が個性的な反応をする中、二人は――
「……長くない?」
未だに抱き合ったまま離れていなかった。冷静な人間は一握りどころか一つまみ程度しかいないせいでどれほどそうしているか把握している人間はいないが、既に十秒は優に過ぎているだろう。
周囲の混乱も収まらず、観客の中には前後不覚で海に落ちてしまう者まで出る中、二人の密着は一ミリたりとも離れる様子はなかった。
観客、仲間、映像電伝虫越しのリスナーまで須らく混乱の渦に巻き込まれている中、実は一番混乱していたのは当の二人だったりする。
――本当にルフィだ。体温も、鼓動も感じる。昔よりすごい筋肉ついてるし、おひさまみたいな匂いがして、ぽかぽかしてくる。
――やっと会えた。もう会えねえかと思ってた。髪も相変わらずサラサラで綺麗で、あの頃と同じウタだ。それに、なんだろう、甘くていい匂いがして、ぼーっとしてくる。
実に十二年ぶり、その初めての触れ合いで、互いに多くの感情が溢れ出してくる。濃縮された空白期間が暴力的に二人の思考を占拠し、あっという間にその処理能力をショートさせてしまっていた。
互いの熱が行き来するたび、相手の鼓動を感じるたびに未知の感情が言語化できないなにかを吐き出して、対処のしようがない衝動を消費するために相手を抱きしめる。その結果また未知の感情が襲いかかってくる。
袋小路、メビウスの輪、無限機関。
そんな中、唯一出せる結論は、互いに同じだった。
――離れたくない。
――離れたくねえ。
思考が麻痺するほどの感情の本流がむしろ心地良い。他のすべてを投げ出してでもこの時間を優先したい。自身でも制御できない心の激情に本能が出した結論だった。
しかし、激情とはやがて収まるもの。数分の時が経過した頃、多少落ち着いた思考で最初に状況に気がついたのはライブの主役であるウタの方であった。
――ちょっと待って。ひょっとして私達、この状態をずっとみんなに見せてた?
本人はどれくらいの時間幼なじみと抱き合っているか、正確には把握できていない。しかし、一般的に見て長時間こうしていることは直感的に理解できた。
歌手が、初のワンマンライブで、急に出てきた男性とめっちゃ長い時間抱き合っている。
ご理解いただけただろうか。スキャンダルである。それ以前に、せっかく来てくれた、電伝虫で見てくれているファンに大変失礼な行為である。なんなら何故かブーイングも何も起きていない現状が奇跡みたいなものだ。
早く離れて、仕切り直さなくては。と言っても、この行為の言い訳がまったく思いつかないのだが。
「ルフィ、そろそろ離れないと」
周りに聞こえないよう、小声でルフィに促す。しかし、当のルフィは櫛を通すように彼女の髪を撫でながら首を傾げるしかなかった。
「いや、むしろウタが離れないとどうしようもないだろ」
「~~~~~~」
そもそもルフィは抱きついてきたウタを添える程度の力で優しく抱き返しているだけ。いくら筋力差があれど、さしたる障害にもなりはしない。
対してウタはきっちりとルフィの背中に腕を回し、目一杯に抱きしめている。
どう考えても、ウタが離れなければこの包容が解消されないことは明らか。そしてそれは、彼女自身も理解していることであった。
ではなぜルフィに離れるよう求めたか。
「だ、だって……」
状況を理解してなお、自ら離れるということをしたくなかったからだ。
やらねばならないことはしっかりと頭の中で示されているのに、目の前のぬくもりを手放すことができない。叫びだしたくなるほどの感情の暴走を抑え込むように彼の首筋へ顔を埋め、服にしわができるほどその背中に回した手に力を入れていた。
「――――っ」
その姿は余計にルフィの心をかき乱す。鼓動はどうしようもないほど早くなり、呼気がじわりと熱を帯びていく。先に出した結論がより確固たるものになってしまう。
そして、モンキー・D・ルフィという男が、それほど確かめた結論を隠し通すことなどできようはずもなかった。
「ごめん、ウタ」
「……?」
「俺、離れたくねえ」
離れたくない。離したくない。言葉にしたことで、余計に想いが大きくなる。同時にまるでここで離れてしまうとそのままウタがどこかへ行ってしまいそうな不安に駆られ、腰に添えた手に力が籠もった。
「私だって――!」
そしてその想いの肥大はウタにも伝播する。幼なじみが自分と同じ想いを抱いていてくれたのだ。この現状を無視してでも押し通したくて仕方のない感情の奔流が自分の独りよがりではないとわかったのだ。抑えろという方が無理というものだろう。
しかし、未だここはライブステージのど真ん中。流石に叫び疲れたのか、周囲は絶え間ないざわめきが占拠している。
その光景が見えていても、離れなければという使命感と離れたくないという欲望がせめぎ合う。むしろ欲望に完全に屈してしまいそうになる。
「あんまり使いたくないんだけど……」
そんな葛藤の末、歌姫はようやく結論を出す。後ろ髪引かれる想いで右手をルフィの背から離すと親指と中指を擦り合わせ、弾いた。
パチン、という軽い音と共に、二人の周囲が一変する。華やかで騒がしかったライブ会場から一変、静かな石造りの個室へと変わったのだ。突然の変化に、さしものルフィも驚いて首を右へ左へ動かして周囲を見渡す。
「ここは?」
「私の部屋。って言っても、城の客間をそのまま使ってるだけだけど」
星や月が描かれている壁紙に覆われた部屋は一般的な私室にしては広い。一人用にしてはやけに大きいベッドを含め、家具もそれなりに値の張るものに見て取れる。
しかし、それよりも目を瞠るのは部屋の各所に積まれた紙束の山。そこには五線譜や詩がびっしりと書き連ねられ、部屋の主の職業を如実に表していた。
まあ、初めての客人であるルフィにその辺が理解できるはずもないのだが。
「ワープしたのか! 昔よりなんでもありになってんな、ウタの夢の中」
「当たり前でしょ。何年会ってなかったと思ってるのよ」
十二年前はウタ自身能力を扱いきれていない部分もあったし、そもそも昔はウタウタの実によって形成された夢の世界、ウタワールドで歌っているだけだった。ただ相手を眠らせて、ちょっと楽しいものを出していただけ。
それが世界へ配信することができるようになってからは大きく変わった。演出のためにできることを増やす努力もしたし、この一年は今回の目的のために日々研鑽を積んでいった。あの頃とは能力の練度は比べ物にならない。
「けど、ライブはいいのか? いや、離れたくねえって言ったの俺だけど」
「大丈夫、分身作ってライブ続行してるから」
ウタの返答を受けてルフィが見聞色で意識を広げる。無数の気配が集まっているところから楽しげな雰囲気を感じ取ることができ、ふっと息をついた。
これはウタとしてもあまり取りたい手段ではなかった。能力により負荷という意味ではなく、せっかくのライブで生の自分を出さないことはファンの皆へ失礼だと思っていたからだ。
逆に言えば、それを使わざるを得ないくらい、ルフィと離れたくなかったということなわけで、ぶり返した羞恥に背中に回した腕に力が籠もる。
そう、この二人、未だ抱き合ったままなのである。
どちらからともなくベッドに腰を下ろす。ここが屋内ということで、ルフィは麦わら帽子を頭から外し、ベッド脇へそっと置いた。
それが自然とウタの目に止まる。粗雑なタイプのルフィが明らかに大事そうに扱っている様子に、その本来の持ち主を理解することは容易であった。
「その帽子……シャンクスの?」
「ああ、そうだぞ」
「そっか。じゃあ今はシャンクスの船に乗ってるんだ」
ウタはシャンクスが麦わら帽子を大事にしていることを知っていた。その理由は分からないが、下手な宝より丁重な扱いをしていたのだ。わからないはずがない。
それを渡したということは、ルフィが赤髪海賊団に迎えられたと考えるのは自然なことだった。
しかし、そのウタの予想を幼なじみは否定する。
「え? いや、二年前に自分で海に出て今は自分の船で海賊やってんだ」
「え?」
「これはシャンクスから預かってるんだ。立派な海賊になって返しに来いってさ」
「立派な……海賊……」
ドクリと、ウタの心が脈動するようにざわめく。
立派な海賊? 海賊とは犯罪者だ。世界の爪弾き者だ。この世界で悲劇を生んでいる張本人たちだ。そんなものに立派もなにもない。だって、あいつらがそうじゃないか。
ネズキノコによる副作用か、思ってもいないことが心を占めていく。
「そんで俺は海賊王になって」
海賊王なんて、最大最悪の称号だ。そんなものになってもなんの価値もない。むしろ一族も知り合いもまとめて殺されてしまうだけで、誰も幸せにならないのはゴールド・ロジャーやその周辺の最期を見ても明らかでしょう?
黒い感情が湯水の如く湧いてくる。人一人分の弱い精神なんてあっという間に押し潰されてしまいそうな水圧に、思わず幼なじみには決して口にしてはいけない言葉が出てしまいそうになる。
――ねえ、ルフィ。海賊やめなよ。
けれど、そんなドス黒い偽りは――
「新時代を作るんだ」
彼の言葉であっさりと消し飛んだ。
「しん、じだい……?」
「おう! ウタとの約束だからな!」
「――――!」
思い起こされる幼き日の記憶。あの長閑な村で海を見つめながら明かした自分の夢。そして交わした約束。
――一緒に作ろう! 新時代を!
幼い口約束に過ぎなかったはずだ。すぐに風化して忘れ去られてしまうであろう記憶だ。
それを覚えていてくれた。あまつさえ、彼の原動力にしてくれていた。
胸が熱くなる。これ以上ないくらい早まっていると思っていた鼓動がさらに早鐘を鳴らす。
もう、止められそうになかった。
「ウタ?」
ルフィの肩に乗せていた顎を上げる。すぐ目と鼻の先にある顔が大事な記憶とダブる。
――あぁ、そうなんだ。そうだったんだ。
あの頃は気が付かなかった。認識できなかった。未熟な精神、四皇になる前の赤髪海賊団という狭く男臭いコミュニティしか知らない経験の浅さ。そんな状態で、気づけるはずがない。
――私、あの頃からルフィの事が好きだったんだ。
十二年、雪の中に埋もれていた恋の萌芽が、ようやく太陽にその姿を曝け出した。
「んっ」
「――――」
そっと唇と唇を触れ合わせる。自分のものとは違う、けれど十分に柔らかい感触が心地よくて、優しく首の後ろを痺れさせた。
唇を伝って幸せな熱が身体全体に広がっていく。二度、三度と押し付けるたび、溢れ出す愛おしさに目尻がふわりと和らいだ。
――ああ、これ、ダメなやつだ。ずっと続けたくなる。
熱に浮かされたように頭にモヤがかかる中、それでもいい加減にせねばとおのれを律する声が聞こえてくる。
これは自分の一方的な行為だ。ルフィの気持ちなんてまるで考えていない、あまりに独りよがりな触れ合い。
彼女が知っているのはあくまで七つの少年の頃のルフィだが、今の彼があの頃のまま、色気より食い気、恋愛より冒険に生きていることは簡単に想像できた。
そうだとわかるからこそ、理性が激情を上回ることができた。
触れ合っていた唇がそっと離れる。ルフィの顔を見るのが怖くて、ウタは下を向く。
いや、本当は泣きそうになっている表情を見せたくなかったからかもしれない。
「ごめ――え?」
不自然な間を作ってしまうのが怖くてとっさに謝ろうとしたウタの顎にそっと手が添えられる。何をされているのかわからない彼女はその手に抵抗することもなく下げていた頭を上へ上げた。
一瞬、視界いっぱいに幼なじみの顔が映り込んで――
「――っ!」
また、唇にぬくもりが重なる。
「ん、るふぃ――っ、ちゅ……」
何度もついばむようなキスの雨が降り注ぐ。突然のことに最初こそ全身をこわばらせたウタだったが、次第に送られてくる柔らかさとぬくもりに身体の力が抜けていく。
もう一度このぬくもりに甘えていいんだ。そう思うと抑え込んだばかりの情欲が再び鎌首をもたげてきて、ルフィの首に腕を回して自分からもキスを返すことができた。
――と、ウタが余裕を持てたのはそこまで。
「んん!?」
薄く開いた唇を割り開き、ぬるりと口内に侵入した生温かい感触にまどろんでいた双眸を見開き、再び身体を硬直させる。侵入してきたのはルフィの舌だった。
「んぁ、ちゅ、ちゅる……んんっ、る、るふぃ、む――ン、れぁ……っ!」
ルフィが色恋沙汰に疎いという認識からくる油断。それ以前にウタ自身そういうことに対して圧倒的に知識不足だったこともあり、瞬く間に彼女の許容量は限界を振り切った。
当たり前だ。ここは元音楽の国であり、十二年間この国で育ての親と二人っきりで過ごしてきた彼女は音楽知識こそ豊富であったが、一般知識は絵本レベルのものしか持ち合わせていない。男女の情事の知識など、ミュージカルの台本で見た濡れ場程度が関の山。
そこにきていきなりのディープキスなど、耐えられるわけがない。
反射的に逃れるために首を後ろに反らせようとしたが、後頭部に添えられたルフィの手に阻まれる。顎から腰へ移された腕も、ウタの力では抜け出せそうにない。
「ちゅ、ん……ふぁっ! んんっ、ぁ――ちぅ、ン……」
ここはウタワールドであるのだから、“なんでもありな力”を使えば逃れることは可能だ。けれどそれを使うという選択肢は、ルフィに逃すつもりがないとわかった瞬間から存在しなかった。
「じゅる、ちゅ、ちゅぷ、はふ。ん、んんっ、ぁぅ、るふぃ、るふぃ……っ」
舌を舌で掬い上げられて絡ませられる。歯の一本一本、歯茎の隙間まで舐め上げられる。その度に電流のような快感が脳髄を震わせ、身体が何度もビクリと跳ねた。
身体の緊張は快楽によってほぐされたが、口内をなすがままに蹂躙され、酸素が足りずに意識がぼやけてくる。最早ウタにできることは、離されまいと首に回した両腕で必死にすがりつくことだけ。
「るひ、ま、っへ……まっへ――ふぁ、ちゅ、れぁ、あぁ……」
――苦しい。けど、ぼーっとするの気持ちいい。ルフィの唾液、おいしぃ……。
一見相反する想いが湧き上がる。酸欠気味の身体が行為の中止を促してくるが、心がそれを否定する。
「ぷはっ! ……はあ、はあ……ルフィ……」
ようやく接吻の拘束から解放された頃には、ウタの息は絶え絶えであった。閉じる力が入らない口の端から、二人の唾液のカクテルがつ、と糸を引いて垂れ落ちる。
「……ニシシ、びっくりした。俺、ウタのことすげえ好きみたいだ」
「っ!! わたし、も……」
どこか気恥ずかしげに笑う幼なじみの告白に、驚きと喜びで身体が跳ねた。肩で息をしている現状なければ、感情のままに自分の想いも伝えていたことだろう。
「おっと」
「えへへ……」
言葉にしきれない想いを、ただ抱きしめることで伝えてみた。