12年分の恋が溢れ出したので、愛で覆い尽くしてみた 作:暁英琉
「……引いてくれた」
「ニシシ、やっぱりあのおっさんは話わかるな」
現実世界で距離を取る海兵達を呆然と見つめながらポツリと呟いたウタにいつも通りの笑みをルフィが返す。
――あの人、海軍大将なんじゃないっけ? 海兵のすっごい偉い人じゃないの?
なぜ海軍が海賊の話を聞いてくれたのか、世界情勢をまるで知らないウタには皆目検討がつかない。疑問符が乱立する頭では、かろうじて幼なじみの大冒険の一端を見たような気ができただけだ。
ひとまず、海軍がすぐに手を出してくる心配はなくなった。
しかし、根本は何一つ解決していないし、問題はまだまだ残っている。
「…………」
それに――やはりウタは自分自身が許せそうにはなかった。
一年前に偶然見つけた電伝虫。十二年前のあの悪夢の日を記録したそれから聞こえた人々の悲鳴が、苦痛が、恐怖が頭から離れない。真実を知るまでずっと恨んでいた父と仲間たちへの懺悔の念は消えない。バカなことをして、取り返しの付かないことに世界中の皆を、同じ夢を目指した幼なじみを巻き込んでしまった後悔に押し潰されそうだ。
「ウタ」
そもそもウタは既に海軍の、世界の敵だ。誰ひとり傷つけずに現実に戻せたとしても、それは変わらないだろう。追われる生活になることは想像に難くない。
そんな生活に耐えられるだろうか。
「ウタ」
あまつさえ、そんなことに大好きな幼なじみを巻き込めるだろうか。
ずぶずぶと思考が暗い沼へと落ちていく。気温は適温に調整している夢の世界のはずなのに、言いしれぬ寒気を覚え、自身の腕を抱く。
「んぅ……ルフィ?」
そんな寒い暗闇に、温かい光が差し込んだ。
鼻の頭に柔らかい感触を受けて意識が引き戻される。ウタの鼻先にキスをしたルフィはすっと目を伏せる。
「ごめん」
「……なんでルフィが謝るのさ」
「俺、ウタがこれまでどれだけ苦しんでたのか、わかってやれねえ。ウタがどんだけ覚悟して今日のライブをやろうとしたのか、理解してやれねえ」
彼には珍しく、言葉を選ぶように途切れ途切れの音を紡ぐ。
モンキー・D・ルフィという少年の人生は、常に人に恵まれていた。フーシャ村、コルボ山、そして海賊としての旅。二年間の修業も無人島とはいえ、師匠や友人たちと顔を合わせる機会は多かった。
そんな彼にとって、崩壊した訪れて日の浅い国の跡地で父親や仲間達と離別して十二年も生きる恐怖は理解することができない。それでも、育ててくれた人はいたようだが、信頼していた人に捨てられたとなれば、幼いウタが無気力になってしまうことは容易に想像できる。
そんな生活は、きっと死ぬより怖いものだろう。逃げ出してしまいたい十二年だろう。
「けど――」
このまま、ウタの思い通りになる夢の世界に逃げることができれば、すべてのしがらみから解放された幼なじみは幸せになれるかもしれない。
いや、ルフィにすべてを話した彼女の表情を見るに、幸せにはなれないだろう。しかし、現実で生きるよりは英雄視されることで多少心は救われるだろう。海賊、天竜人、汚職海兵、腐敗政治。黒い出来事の絶えない現実から解放されるために、ウタの計画に賛同する民衆は確実に存在するのだから。
「俺は、ウタに現実から逃げてほしくねえ」
それでも、それを本能的に理解していても、ルフィは幼なじみを現実に連れ戻すことしか考えていなかった。
「ウタのいねえ新時代じゃ意味がねえ! ウタに会わせたい奴もたくさんいるし、ウタに見せたいところもいっぱいある!」
たどたどしかった声に熱が籠もり始める。
それは、誰にも気づかれることなく、ルフィが行っていた一つのルーティンだった。
こいつとウタは気が合いそうだな、とか。
ウタはここも見たのかな、とか。
――ここでウタが歌えば、きっと最高のステージになるだろうな、とか。
人に会うたび、面白いものを見るたび、息を呑む景色を見るたび。
ここに幼なじみがいればと姿を重ねていた。
十年以上会っていないせいで、その姿は子供の頃のままだったが。
この世界は悲しみや苦しみも多いが、楽しいことも希望も確かにある。
だからこそ、夢の世界に永遠に逃げようとする歌姫を、海賊王へと至る男は繋ぎ止める。
「……私も、ルフィと一緒に新時代を作りたい。けど――怖いよ」
幼なじみの言葉を嬉しく感じながらも、ウタの心はやはり過去に、自分の罪に囚われていた。
トットムジカによって殺してしまったエレジアの人々。信じることができずに長年恨んでいたシャンクス達。自分に振り回してしまった育ての親であるゴードン。そしてこの計画に巻き込んでいる世界中の人たち。
罪の意識はそう簡単に拭い去れるものではない。
「じゃあ、それを上書きしてやる」
「え?」
言葉の意味が理解できないウタをよそに、ルフィが腰を掴んで抱き寄せる。その手付きがさっきまでと違うことに気づいて、ウタの心臓が人知れず跳ねた。
「嫌なこと考えられなくなるくらい、俺のことだけ考えさせてやる」
その言葉に、肉付きを楽しむような手付きに、朧げながらこれから何をするのかを理解して――ウタの身体が震える。
無邪気なだけだった幼なじみが醸し出す雄の雰囲気に気圧される。夢の中だとかそんなことは関係なく、自分がどんな立場にいるのか叩きつけられる。
「…………うん」
そんな、ある種窮地を実感させられて、ウタは双眸をとろけさせた。
それはずっと寄りかかる相手がいなかったウタにとって、一人で立ち、誰かに期待され続けていたウタにとって、初めて差し伸べられた手だったから。
「――――っ」
頬を染め、受け入れようとしている姿に、ルフィの劣情も刺激される。
もう一度軽く唇を重ね合わせ、今度はそこで止まらない。
「ん……ぁ」
つるりとした額、可愛らしいまぶた、上気して熱を帯びた頬、細く簡単に壊れてしまいそうな喉元。いたるところにキスの雨を降らせる。普通のキスすら初めてだったウタはその一つ一つに初々しく喉を震わせた。
「ニシシ、かわいいな」
「~~~~うるさいっ」
その反応を面白そうに観察してくるルフィに、思わずそっぽを向いてしまう。そうなると、自然とルフィの目の前には彼女の特徴の一つである金色のヘッドホンが差し出される形になる。
その昔とは形こそ違えどあの頃と同様その耳を覆い隠しているそれを目にしてルフィは少し考え込み――
「ふぇっ?」
おもむろに外した。いつも隠している部分が外気に触れ、ウタが素っ頓狂な声を漏らす。
「ウタの耳って初めて見た気がするな」
「え? ……あー、基本的にお風呂とか寝る時しかヘッドホン外さないから」
フーシャ村では互いに唯一の遊び仲間ではあったが、流石に人並みの羞恥心を持っていたウタがルフィと一緒に湯浴みをすることはなかったのだから、ヘッドホンを外した姿を見ていないのも無理はない。
「ぇ、ルフィ――ぁんっ」
ふーんと気のない返事をしながら赤く染まったこぶりな耳を眺めていたルフィが顔を近づけ、熱を孕んだ耳輪に口づけをした。普段は蓋をしているせいで自分ですら触る機会の少ない部位への口づけに、ウタの声が跳ねる。
いや、この表現は性格ではない。声が跳ねた本当の原因は幼なじみの唇が触れた瞬間に感じた、彼女には表現することのできない感覚に驚いたからなのだから。
そしてそれは、見聞色でルフィにも知られてしまう。
「ウタ、耳にキスすると嬉しい……いやちょっと違うな。これは、気持ちいい……か?」
「し、知らない! こんなの初めてで……」
自分の知らない感覚を言語化され、慌てふためくウタにルフィは目を細める。幼少期は遊び相手に過ぎなかった少女がどんどん可愛らしく見えてくる。
その姿をもっと見たいと思うのは、至極当然のこと。
「はむっ」
「ひぁっ!? る、るふぃ……っ」
再び耳輪に口を近づけ、今度は唇で咥えこんでみた。歯を立てないように気をつけながら軟骨のコリコリした感触を楽しむ。その度にウタの喉からか細い声が漏れ聞こえてきて、なんだかいけないことをしているような感覚をルフィに与えた。
キスをする前からこれでもかというくらい熱くなっていたウタの耳がまたその温度を上げる。同時に甘い匂いがルフィの鼻腔を刺激する。
ステージで抱きしめたときに感じたものと同じような、少し違うような甘ったるい香り。
――こんな甘いの、どんな味がするんだろう。
本能レベルの興味を刺激された彼が取る行動など、一つしかなかった。
「れろっ、はぷ――ちゅ、ちゅむ……」
「っ、んっ、ふっ……ゃ、んんっ――るふぃっ、そんなとこ、ぁっ、舐めちゃ――ッ」
耳介の輪郭をなぞるように舌を這わせる。耳輪から下って耳朶を舐めあげ、また上へと戻る。舌先を尖らせ、複雑な溝を一つ一つ確かめるように丹念に舐めていく。
他人の舌が耳を這い回るという未知の感触。
「じゅる、れ、レ……ちろちろ、むに、ん、ぁむ……」
「ぁ、ぁ、ぁ……るふぃ、それ、なんか変、だよォ……んんっ、あぁ……」
鼓膜と頭蓋、どちらも同時に震わせてくる水気を湛えた音がウタの頭の中に響く。
まるでヘッドホンで音を聞いているようなこもった水音。それに対する抑えることのできない自分の反応に、ウタは混乱していた。
――なんで私、こんないやらしい声……!
性知識などほとんどない。あってもラブロマンスで語られる程度のものだというのに、自分の今の声色がいやらしいものであるということがわかってしまう。
これが胸とか尻とかであれば、恥ずかしながらも「そういうものか」と受け入れていただろう。
しかし、今なぶられているのは耳だ。ヘッドホンを常に付けているウタのようなタイプでなければ、基本的に外に曝け出しているはずの器官だ。そこを舐められて、あまがみされてどうしてこんな声が出てしまうのか、どうして心臓の鼓動が弾けんばかりに跳ね上がってしまうのか。ウタには理解できない。そんなことは誰も教えていないから。
「シシ。ウタ、耳がせーかんたいなんだな」
そんな歌姫の無知を知ってか知らずか、その反応の正体をルフィは明言する。
「はぁ……はぁ……せいかん、たい?」
「よくわかんねえけど、きもちーって思えるとこらしいぞ。……見聞色で見なくても、ウタが気持ちよさそうな顔してるのわかるくらいだから、すげえビンカンなんだな」
「び、敏感って……そんなことない……っ」
言葉では否定しながらも、ウタの顔は緩んだまま戻る気配がなく、説得力など欠片も存在しない。まあ、そのことに本人が気づく余裕すらないし、そんな彼女を見てルフィが言葉通りに受け取るはずもないのだが。
「もっと、気持ちよくしてやる」
「ゃ……だめ、だよぉ……」
「大丈夫、こういうところは優しくって聞いてるから」
制止にもなっていない制止の声を押さえつけて、再び口をウタの耳に近づける。濡れた耳介を呼気がなぜるだけで細い身体がビクリと跳ねた。
そんな反応も幼なじみが気持ちよくなっている証拠なのだと口元を緩ませながら、再び耳を咥え込む。
「ぁぁ、ん、はぁぅ……フ、ぁん――」
「れろ、ちう、ちゅ……耳たぶも、気持ちいいんだな。けど……はむ、りゅぅ、れぇぇ、れる……耳の穴の近くとか、耳の上側の溝の方がイイっぽいか?」
「そんなの……ぁっあっ! きか、ないで……ひゃんっ」
耳の中でも更に細かく自分を探られて、それを逐一報告される。ルフィ本人に相手を辱める意思がないのだから余計にたちが悪い。
反撃しようにも力が抜けてしまって禄に動くこともできない。抱きしめてくる腕の中で、ウタはなすがままに快楽を受け入れることしかできなかった。
「んぬろぉぉぉぅ、ぴちゃ、れる、んちゅ、れぇぇ……」
「あひゃぅっ!?」
「あ、やっぱり穴も気持ちいいんだな。むしろ一番?」
「きもち、きもちいい、けどっ、こわぃ、これ、こわぃよ、るふぃぃ……」
舌先が耳の穴、外耳道へと入っていく。くるくると穴の壁を舐め回され、耳かきとは違う感触に何度も視界が明滅する。
無敵の夢の世界なのに意識が飛んでしまいそうになって、快感と不安がないまぜになってしまう。
「ぁ、わ、わりい、やりすぎちまったか?」
そんな反応の違いを目ざとく察したルフィが口撃を中断する。ウタの目尻に溜まった涙に焦りながらもその手を取った。
「はぁ……はぁ……ルフィ……」
キャパシティを超える刺激が中断され、手から伝わってくるぬくもりがじわりとウタに伝わる。それだけでウタの中にあった不安は綺麗さっぱり消え去ってしまった。
指と指を絡めてより密着してみる。脈拍までわかりそうなくらい溶け合った二つの手から言い知れぬ多幸感が溢れ出してきて、まだ息の荒い中、ウタの表情が緩んだ。
――大丈夫。ルフィはちゃんとそばにいてくれる。いなくなったりしない。
指の股に自分のものより幾分大きく男らしい指がこすれるこそばゆさに目を細めながら、孤独の中のいた少女は先程の不安を否定する。あの意識の明滅すら大好きな幼なじみが与えてくれたものなのだ。なにを恐れる必要があろうか。
「大丈夫か?」
「うん、大丈夫」
心配そうにまっすぐ自分を見つめてくる、立派な海賊になった大事な人。明るくもがさつな少年でしかなかったあの頃とは違う成長した姿に目を細める。
愛おしさに心が満たされる。
「ん、ちゅ、んぁ、はむ――れ、れぁ……ン、ふ、ちゅる……」
溢れてしまいそうな愛おしさに突き動かされるままに唇を重ねる。今度は自分からルフィの唇を割り開いて舌を絡めに行くと、一瞬驚いたように身をこわばらせながらもすぐに相手の舌が動いてきた。それが受け入れてくれている証拠のようで、際限なく愛おしさが湧き上がってくる。
――ルフィの唾液、やっぱりおいしい……食べ物じゃないのに、なんだか癖になる。
「フ、ぁん――れりゅ、ちぅ、ム、はふ……コク、ふぁ……」
まるで甘露なクリームのように夢中で舌を絡ませ、その味を楽しむ。飲み下した二人の唾液のカクテルが胃の奥でじわりと熱を帯びるような錯覚を覚え、不思議と呼吸が荒くなっていく。
――なんか私、変態みたい。
食べ物でもない他人の唾液を味わって悦んでいる自分を自覚して、そんなことを考える。それでも決して自分から口のまぐわいをやめようとはしないのだが。
代わりに、自分と同じ感覚をルフィにも持ってほしいと、溜めた二人分の唾液を名残惜しそうに相手の口へ流し込む。
「んん? ん、く、んく……ぅぁ……ちゅ、ちゅるる、ぴちゅ、レ、れぁ……」
うっすらを目を開けてゼロ距離の幼なじみを見つめていると、一瞬怪訝そうに眉を寄せたルフィはそのまま素直に喉を鳴らした。二度、三度と分けて飲み下した後、閉じた目尻がふわりと和らぎ、その頬が薄っすらと熱を帯びる。
より積極的にこの口の繋がりを続けようとしてきて、見聞色の覇気を持ち合わせていないウタにも彼が自分と同じ感情を抱いていることが理解できた。
感情が共有できている。それが、たまらなく嬉しい。
「ちゅ、んちゅ……ぷは」
やがて、どちらからともなく口を離す。二人の唇から一筋の雫の糸が引き、ぷつりと途切れ落ちる。
ただ雫が落ちただけの光景すら、どうしようもないくらい心が揺さぶられた。
「ルフィ……続き、して?」
「……いいのか?」
不安な感情を感じ取ったからだろう。ウタの髪をすきながらルフィは心配そうに言葉を紡ぐ。大事にされているという実感に、興奮とは別の熱が胸の奥から溢れ出す。
不安はもうない。素直に大事な男の子のくれるものを受け入れてしまえばいい。
幸せな他力本願に、救世主と呼ばれた歌姫は身を任せる。
「うん。ルフィのことしか考えられないようにして」
そこまで言われて、やがて海賊王へと至る男が尻込みすることなどない。
「わかった」
優しく髪を撫ぜていた手が、ゆっくりと女性らしく成長した身体に伸ばされる。