※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して   作:夢枕 七変化

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ウタ登場に伴い修正開始。
旧本編が500話到達を記念して移動掲載開始。


序章
運命を変える決意


 間違いなく私はあの時死んだ筈の存在で、生きてるなんてのはおかしいのに、どうやら私は今生きて実在しているらしい。

 怖い顔のおじさんが顔を近付けてくる事に恐怖して泣いた直後、その人は頭に風車を乗せて私の気を引いてくれた。その時私は、顔の怖さは変わる訳もないのに、その優しさにホッとして笑ってしまったの。

 それにより、どれ程怖い人でも顔や肩書きに囚われて大切なものを見落とさないでいられるようになったのだと、私は今でも信じている。その時はまさかそれが、新たな私としての最初のイベントだったなんて事、気付けてはいなかったけれど……。

 時は瞬く間に流れて、私は自由に動けるようになると即座に情報収集を始めた。何せ動けない間に得た情報が正しければ、私の存在は許されないものだったから。

 私はナミちゃんの産まれるべき場所を奪って、この世に誕生して……生かされている。ならば私は、それに対してどうやって償えばいいのだろう。

 残酷な運命が定まっているとしても、その運命への道を知っているのならば、それを回避する事も不可能では無い。私は過去の人生経験からそう判断した。

 細かい時間軸は記憶しきれていないから分からないけど、今分かっている知識を全て洗い出して書き出して、年表にしておきたい。私にいつの日か死神が鎌を振りかざして襲い掛かって来る時には、今から更に何年もの時が過ぎてしまっているだろうから。

 まずは文字の読書から正確に覚える必要がある。分かっているのは、英語、ひらがな、漢字が使われている事。

 漢字は主に衣服にプリントまたは刺繍、染物等で使われているだけで、日常的に使われている様子はない。単語だけならば意味が分かってるものもあるけど……と言うような立ち位置。

 それに対してひらがなは子供文字として扱われているようで、児童書等はこれで書かれている。カタカナは使われてるのを見ていないけど……平仮名を作る元になった文字だから、どうしても似通っているので暗号として使えるかと問われたら難しい気がしてるのよね。

 そしてそれ以外の文字は全て英語だ。となれば日本人は英語苦手だからー、なんて逃げてもいられないと全力で取り組んだ。

 この時の私はまだ一歳であったにも関わらず、全力で英語に取り組んでいた。この時の私には、それがどれ程奇異な事であるのか自覚出来ていなかった事をここに宣言する。

 そんな私を不思議そうに見ても嫌がらない姉のノジコと、勉強好きなんて変わってるわねと笑って受け入れてくれた優しい母のベルメールさんがいた。だから私は、私として育つ事が出来たのだろう。

 私は二歳になる頃には原作のナミちゃんがしていた万引きをせずに、本屋さんで立ち読みをしていた。ナミちゃんの立ち位置で産まれたならば、才能はそのまま受け継がれている筈だと信じて、読書を続けて知識を得て行く。

 図書館なんて無かったから、読むだけで何とかなりそうなものは本屋さんでの立ち読みで誤魔化していた。そんな私に時々ゲンさんが欲しい本を買ってやるからと言ってくれたので、図鑑とか参考書、専門書を買って貰っていたけど、ゲンさんもそれを嫌がらなかったのだから、相当に甘やかされていたと思う。

 ドクターからは、使わなくなった古い医学書を譲って貰ったりして、三歳になる頃には簡易的な医療知識と、薬学知識、海図や地図を描けるようになっていた。それは勿論日本での学生生活があったからこそ、ここまでの知識を素直に吸収出来たのだろうと思う。

 最近は世界に遅れていると言われてる日本の教育だけど、世界が教えていない事を学ばせてくれているのがその理由の一端にある。それに、他の国だったとしても最低限の知識以上のものを教育して貰って来たのは基礎としては大きいもの。

 紙やインクはそれ程高くは無かったというのもあり、私はベルメールさんに頼んで海図や地図を描かせて貰っていた。その他に、記憶にある曲を歌詞を書き出して、それから主旋律の譜面を書いて行くと、わかる範囲でドラム等の音符もそれに書き足して完成させる。

 それを可能な限り続けて、覚えている限りの児童書も書き出して行く。文字を覚える為と言うのもあって、それは有効に作用したと思う。

 それに混ぜてはあるけれど、この世界について覚えている事は全て書いて積み上げて置いた。ドクターを含めて貰う事の出来なかったけど、借りられた医学書とか農業系の本も写本して積み上げて、料理の方法も記憶にある限りレシピとして書き出して行く。

 書いて行く間に思い出す事もあって、四歳になる頃には私の机周りには多くの紙が積み上げられていた。そんな中で航海術等も含めて勉強を続けて行く。

 ……大好きな家族を、喪いたくなかった。

 それによって例え、原作から遠ざかるのだとしても、私は、ナミちゃんの人生を奪ったのだから、代わりに誰かを生かす必要がある筈。可能な限り、守りたい。

 死なないでほしい。傷つかないで欲しい。

 甘いと言われても構わない。皆が苦しむ未来なんて、私はいらないと心から思っていた。

 勿論三歳になった頃からは、私も蜜柑を育てるのも手伝ってはいたし、そのついでにシャンプーとかの洗剤を作っていたのだ。けれど、大切な事を家族にも何も話さずにいた私は四歳のある日、ノジコに問い詰められる事になってしまった。

 

 「ナミは凄いね。でも、何をそんなに焦ってるの?何を目指してるの?」

 「何を、言ってるのか「ナミは、私を騙せると思ってるの?」」

 

 ノジコは私の言葉を遮り真剣な顔でそんな事を言うから、私は苦笑した後言い訳を考えたけどノジコに嘘は通じない。ノジコは普通に考えて天才だと思う。

 まだ六歳なのに大人顔負けの判断力と自制心を持っていて、真面目に農家の手伝いをしていて……。それにノジコは何よりも可愛い。

 この時点で既にナミは相当なシスコンであり、マザコンである。その為か二人には持ち前の演技力も上手く発動出来ずに、全て見透かされているのが現状であった。

 深く溜息をついて、こうなれば仕方ないかとノジコに全てを話そうと決める。勿論、真実に嘘を織り交ぜてだけれども。

 完全なる嘘はボロが出るけれど、真実に混ぜた嘘はバレる事は無い。だからこそ、少し話を考える時間も稼ぎたい。

 

 「あのね、ベルメールさんにも一緒に話を聞いて欲しいの」

 

 ノジコとベルメールさんが揃って話を聞くには、少なくともノジコがベルメールさんを呼びに行く時間はかかる。それまでに話を作ればいい。

 予定としては、夢を見るのだと話すつもりでいる。そうやって話せば、もしかしたら何か変わるのではないかと期待する気持ちも確かにあるから。

 結果的に〝夢だから〟と無視されても、原作から変わらないだけ。変わったら、ベルメールさんが生きてくれる。

 時間が無い。時間が足りない。

 いつ、奴等が来るのか正確な日時が分からない事がこんなにも怖いなんて思わなかった。

 あれは、ナミちゃんが何歳の時?

 八歳?十歳?それとももう少し先?

 そんな細かいところまでは覚えて無くて、ただ、奴等が来るのがいつなのかと怯えるしかできない。暗闇の中を手探りで歩きたいのに、壁すら近くないような……そんな不安さ。

 震える私にノジコは少し慌てて、それからぎゅっと抱きしめてくれる。その温もりに、身体の震えはいっそう大きくなる。

 この温もりを喪いたくない。この幸せを壊されたくない。

 なのに私には、何もかもが足りない!五歳までには航海術を使って海に出て、お金を稼ぎ始める位はしないと間に合わない。

 それをしたとしても、強さが足りない。奴らに勝てるだけの力が……欲しい。

 

 「大丈夫。ナミの事は、私とベルメールさんが必ず守るから!だから、ちゃんと話して。今、呼んでくるね」

 

 強い意思を持ったノジコの言葉に、私は頷く事で応える。でも……新聞を見てさえいれば、直前にその悲劇が起きる事を知る事は出来る。

 ジンベエが王下七武海に加入の記事が出るまでは、大丈夫。それの後で揉めて別れて、ここに来るのだから。

 もしも運命を変える事で、何かを私がその分背負うのだとしても、それは構わないと思えた。だって私は、ナミちゃんから全てを奪いここに存在しているのだから……。

 戻って来たノジコがベルメールさんと共に椅子に座るのを確認して、私はゆっくりと口を開く。運命を変える事に対する恐怖なんて、家族を喪うそれに比べたら何ともない。

 

 「私は二歳になる頃から、同じような悪夢を繰り返し見るようになったわ。その夢は日々鮮明になっていて、それを回避したくて……私は勉強を始めたの。何かしてないと気が狂いそうになるから」

 

 私の言葉に二人は何故か納得したような顔をするから、何故こんな突拍子も無い事を信じてくれるのだろうと思う。でも、正直都合は良い。

 漫画の世界と似てるのなんて、言える筈も無いのだから。これ以外に説明のしようがない。

 

 「夢の中の私は八歳か、十歳か、それとももう少し上か分からないけど、決して大人ではなかったわ。そんな今よりは大きいけど、それでも幼い私は家を飛び出して行った。それをノジコが追いかけて来てくれる所から、夢はいつも始まるの。ベルメールさんは家でご馳走作って待っててくれて、私とノジコは手を繋いで家に帰ろうとする」

 

 私の話を無言で聞く二人にホッとして、私はその話の続きを口にする。少しでもいいから、備えて欲しい。

 逃げる準備でも、私を見捨てる準備でもいい。だから、二人には生きていて欲しいのよ。

 二人には、幸せでいて欲しいの。それが叶うなら、私は死ぬ事になってもきっと笑っていられると思うから。

 私は二度目の人生である今回は、後悔しない生き方をしようと決めている。ノジコと、ベルメールさんが生きていてくれたなら、他に何を望めばいいのだろうかと思ってしまうの。

 それくらい、私の世界には〝家族〟しか存在していない。だからこそ、深呼吸してからまた言葉を紡ぐ。

 

 「そこに魚人達で構成された海賊団が攻め込んで来るの。そして、大人一人十万、子供一人五万ベリーの支払いを命じて来たの。最初は特別だから、払えなかった奴だけ殺すと言って……」

 

 震えるな、私。本題はここからなのだから。

 泣くな、私。泣いても現実に、変化なんて無いのだから。

 何度も見たあのシーンは、鮮明に覚えている。どうしても主要人物の壮絶な過去だから、描かれる事の多かったシーンでもあるのが理由だろう。

 この未来だけは、どうしたって回避してみせると心に誓っている。諦めるなんて選択肢は持ち合わせていないのよ。

 

 「村からは離れてたのに、この家は見付かって……でも貯金は十万しか無かったから、ベルメールさんにゲンさんが大人一人分支払えって言うの。その時ドクターが、私とノジコに島を出て逃げろって言うのを見ていたわ。でも……ベルメールさんはそのお金は私達の分だと言い切って、殺されてしまう」

 「ナミ、もしかしてその敵や時期を探る為に、本を読み漁っていたの?」

 

 私は無言で頷いた。それに対してベルメールさんは、成程ね……と呟くと真剣な表情で私を見る。

 それに私も真剣な表情で向き合えば、ベルメールさんは言いにくそうに問い掛けてくる。それは私への気遣いなのか、たかだか夢に怯えるなんてと思っているのか、その判断はつかないけど。

 

 「その先は、分からないの?ノジコとナミは、その後どうなったの?」

 「夢の中では、私が連れ去られそうになって……ノジコも含めて皆が助けようとしてくれるんだけど、敵わなくて……ゲンさんが傷だらけになりながらも、助けようとし続けてくれてた……。でも、歴然とした経験値と腕力の差から敵わなくて……」

 

 私の言葉を聞いて、ベルメールさんとノジコが青ざめる。それにより、疑う事無く受け入れてくれてるのだと分かった。

 どうしてこんなにも優しいのだろう。私は何も出来ていないのに。

 私に、存在価値なんて無いのに。どうして?

 そんな疑問を口にできないまま、言葉を続ける。ベルメールさんの問いには答えなければ。

 

 「私は、そうして連れ去られて、そこまでしか見えない。だから、ゲンさんがどうなるのか分からないの。ノジコは無事みたいだったけど、心は傷だらけだったと思う。そんな状態だから、村の人達も無事なのか確証がなくて……」

 「「そっちじゃない!」」

 「へ?」

 

 二人の声が重なり、私は不思議に思って首を傾げる。それに対して二人は何故か頭を抱えるから、恐らくは何かあったのだろうと思うけど、それが何だか分からない。

 それから私は、とりあえずこの先の計画について話をする為に二人を見つめて、ゆっくりと深呼吸してから口を開いた。焦って話したら、多分理解されないし、反対される。

 この二人は、これでいて意外と心配性で過保護なのだ。私なんか……どうなったって大丈夫なのに。

 

 「私ね、その夢は未来なんだと思ってるの。だから、それを変えたいから……海に出る。それで、少し稼いでくるわ」

 「……お金があれば、死なないから?」

 

 ノジコのその言葉に私が頷くと、ベルメールさんが稼ぐあてはあるのかと聞いてくるので、いけない事だとは分かっているけど、譜面と童話を机から持って来てテーブルに乗せる。他人の作品だから、これは明らかなる盗作。

 それでも、お綺麗なままで全てを守るなんて私には出来ないから。私には、何を引き換えにしても守りたいものがあるから。

 

 「これを出版して、ベリーを稼ぐわ!」

 

 二人は真剣に私の用意した物を見て、溜息をついた。それから困ったように笑ってくれた。

 きっと、反対したいのだろう。でも、私を納得させて説得するなんてできないと感じ取って呑み込んでくれてる。

 申し訳なくて、思わず掌を強く握っていた。その時、ずっと紙を捲っていたノジコが静かな声で言う。

 

 「ベルメールさん、これ、私は売れると思う」

 「そうね、なら、海に出ても大丈夫なように、戦い方を教えないとね」

 

 二人の言葉に自然と笑顔になった私を見て、二人は同時に微笑んでくれた。それからベルメールさんが決意を込めた瞳で私を見据えるから、自然と私も真剣な表情になる。

 

 「明日から……二人に戦い方を教えるわ。私ももう少しだけ、身体を鍛え直してみる。そうしたら、ナミもノジコも不安にならないでしょう」

 

 ベルメールさんのその言葉に、私とノジコは大きく頷いて、満面の笑みを浮かべたのだった。大好きな、愛しい人に生きていて欲しいと願うのは、きっと誰もが同じだから。

 そんな事があって、ベルメールさんに鍛えられるようになって、数ヶ月が過ぎた。恐らく、私が知る原作のナミちゃんがルフィと出会った時よりも、今の方が強いだろうと思える位には強くなれたと思ってる。

 そして……この身体はナミちゃんのものなのだと、嫌でも強く認識できてしまった。絶対に普通ならば有り得ない位に〝体感〟した全てを吸収してしまう。

 一度雨に降られれば、次から雨が降る前にそれが分かる。一度木刀で打たれれば、木刀が振り下ろされる音で見なくてもそれが分かるのだから。

 私とノジコが並んで立てば、その間に銃弾を命中させるベルメールさん。それにより、銃が抜かれる瞬間には気付けるようになった。

 ベルメールさんが背後から抱きしめるような形で弓の正しい引き方を教えてくれれば、身体が一度でそれを覚える。殺気もベルメールさんが向けられる最大の物をぶつけられたから、ベルメールさんより弱い殺気なら耐えられるようになったし、攻撃してくる相手の殺気を感じ取れるようになった。

 弓、剣、棒、槍、体、鞭、ベルメールさんが全て基礎から教えてくれた。更にベルメールさんは、毒の耐性や薬の知識、応急処置の方法も叩き込んでくれたし、サバイバルにおいて必要な知識を実地で教えてくれた。

 これなら突然蜜柑農家として生きられなくなっても、野垂れ死ぬ事だけは無いだろうなと思えば笑えてくる。そんな私達姉妹にと、お揃いで貰った武器は三つ。

 それぞれが一般に知られた物ではなく、どちらかと言えばマニアックな物で暗器や護身用の隠し武器扱いされる物だったりする。一つは流星錘(リュウセイスイ)5mの長い紐の先端に、殺傷能力のある飾りにしか見えない重りがついた物……それをそう呼ぶらしい。

 逃げる相手に投げて転ばせたり、縛ったりする物で、武器として扱える人があまりに少ない為に歴史の中に消えた武器である。勿論飾りが重たいので、頭などに当たればそれなりの威力もあるし、普段は女の子が腰に巻いていても腰紐とか飾り紐にしか見えない。

 ベルトの代わりのように使えば武器を装着するベルト隠しにもなり、武器を身に付けていると判断されにくいのが特徴。収穫したい蜜柑の少し上を狙って投げれば、蜜柑と枝を離して簡単に高いところにある蜜柑を取れるようになり、生活が少し楽になったのもこれの利点だと思う。

 歴史では消えたこの武器を姉妹揃って普通に扱えてる現実が少し怖いけど、そこはまぁ姉妹だからと思って流しておく。血の繋がりが無いとかこの場合関係無いから。

 普通ならば虐待と言われるかも知れないそれは、今の私には本当に必要で、身体に毒の耐性が出来たら今度は毒を受けてから自分で薬を用意して服用できるようにと仕込まれる。ベルメールさんの事は相変わらず大好きで、大切ではあるのに、普通の少女であるノジコには恐らくだけど、少し恨めしくも感じる程の厳しさだろうとは思う。

 なのに、付き合ってくれる。泣き言のひとつさえ言わないノジコの姿に、何度私が泣きそうになったか分からない程。

 そして話を戻すけど、二つ目は鉄扇(テッセン)と呼ばれる物。これは読んで字の如しと言うか、そのまんま鉄で出来た扇。

 事実歴史上で使われていた鉄扇の八割強は、畳まれた扇の形をした単なる鉄の塊だったのだけれど、ベルメールさんに貰ったこれは希少な開いて使えるタイプだったりする。こちらの方が威力は低くなるけど、骨が鉄で出来てるこれは他の部分は普通の扇と同じなので、日常使い出来るので武器を持ち込めないような局面でも役立つ。

 これを私は普通に鈍器として使ってるんだから筋肉が凄いと思うし、ノジコも暑い時とかに扇いでるから猛者だと思う。だって、これの重さ5kg以上あるのよ?

 余談だけど、鉄の塊タイプは15~30kgの重さがあり、開くタイプは5~18kgの重さがある。私達が使ってるのは10kg程度だとは思うけどね。

 最後の一つが鉄笛(テッテキ)で、これも読んで字の如しな代物。鉄で出来た笛なので、木目調に染色して持ち歩く事で、いざと言う時の護身用になるし普段は楽器として使える。

 これを使って二人で歌ったり演奏したりするのは、私達も楽しかったし、子供がそれ程多くもない村だからこそ、大人達はそれを微笑ましそうに眺めたりしてくれていた。これが後に、平和な時代の記憶として大人達の心に強く刻まれる事となるのは、この時私とベルメールさん以外の誰にも予想さえ出来なかった事案だ。

 ここまでの物は全て、自衛の為に持たされていると考えるのが自然な物。それでも、身を守る事がまず生き抜く為に必要である事は私にも分かっていたので、文句は無い。

 これらが武器である事は、例えゲンさんであっても言うなとベルメールさんに言われていたので、私達は素直に従っていた。そして、それぞれの戦い方の特徴を見てベルメールさんは別々の武器をくれた。

 私にくれた物は、服の下に普段は隠しておくように言われている。その武器が多節棍(タセツコン)だった。

 これの節が少ない物は名前が変わる。二つの棒だとヌンチャクと呼ばれるし、三本であっても一本の棒に戻せない物だと三節棍(サンセツコン)と呼ばれる物。

 三節棍は基本的には真ん中の棒を持って両側を回転させて使う物で、必要に応じて先端の棒を持って攻撃するのに使うの。なので実際は漫画のように、しなる棒型の鞭のような使い方はしない。

 今回私が受け取った多節棍は、折り畳んでおける携帯式の棍棒で、鞭のようにしならせて使う事も出来れば、長い棒としても使える物。それは棒術を覚えてさえいれば良い武器になるのだ。

 原作のナミちゃんが使っていた。シーンとしては、アーロンパーク編でウソップを殴るのに使った棒と同じ武器だと、受け取った瞬間に分かった。

 まぁ、確か同じアーロンパーク編でゾロとか子供とかもそれで殴ってた筈だけど。それに対してノジコには弓……とは言ってもロングボウのようなものだけど、を渡していたので、その訓練の仕方を見て何となく使い方は覚えてしまった程。

 そんな武器の為に蓄えが全くできなくなるのではないかと、私とノジコは考えていた。なのにベルメールさんは、あっけらかんとした様子で話す。

 

 「アンタ達が蜜柑畑の仕事を手伝ってくれてるし、作れそうな物は私が作ったんだから大丈夫よ。流星錘なんて特にそうでしょ?家にある物で簡単に作れるのわかると思うけど……分からなかった?」

 

 そう言って抱き締めてくれるベルメールさんに、私もノジコも泣き笑いの表情を見せるしか出来ない。ただ、家族も蜜柑畑も、訓練も、皆大切であると言う真実だけがそこにあった。

 怖い夢でしか無かった筈のそれを信じて、共に生き抜こうとしてくれるベルメールさんとノジコがいる。夏の日差しを浴びて、元気に育つ蜜柑がある。

 いつも優しく見守り、楽しげに過ごしてくれるゲンさんやドクターがいて、村の人達も笑っているのを見て私は今日を幸せに生きていると感じた。

 そしてとうとう、私は五歳になった。

 いざ出発すると言う時になって、一緒に行くと言い出した二人に、蜜柑畑をどうするのかと怒り、どちらかだけでもと言う二人に、商品が乗らなくなると言って宥めた。私は結局、譜面二枚と童話一話、蜜柑の洗剤類を積み込んで最低限必要な道具を身に付けて旅立つ。

 知らない島に到着したら、測量して、人がいても居なくても一度帰る事を条件に出航した私は、本による知識だけではどうにもならない船での旅を体感させられる事となったのだ。一度経験すれば身体が覚えて先に知らせてくれるから、同じ過ちは繰り返さないけれど一度目の旅である今回は苦労した。

 隣の島は人が居たので、そこで出版物を扱う所は無いかと確認して持ち込み、売り込んだ。いずれは賞金首になるのだろうと分かっているから、迷わずペンネームを使う事を考える。

 アーロンに支配されている間にも泥棒猫との異名を貰う事になっているナミちゃんだから、もしもこの先の運命が大きく変わっても、恐らくは……賞金首になる。ナミちゃんの夢である自分の目で見た世界地図を描くと言う壮大な夢は、私にとっても大切な目標になっていた。

 だけどペンネームと言われてもなかなか思い付かなくて、ナミちゃんをイメージしたペンネームを登録する。〝宝玉〟と。

 宝玉とは、そう言う名の宝石がある訳では無くて、珍しくて貴重な宝石を意味する。勿論品質は最高級。

 だからこそ、このペンネームにした。結果として、色々揉めたけれども、売上の五割を私に預けられたネックレス形の笛を目指して、毎月届けられる事で契約は成立したのだから褒められてもいいと思う。

 その他の特典として笛を見せれば、茶色の封筒に入った出版物は出版社に届けてくれるし、他の色の封筒はカモメに目的地を教えれば届けてくれる事になった。他への届け物については、出版社は関与しないが、出版社に届いた作品は添削や推敲して返される事もあるらしい。

 問題無くなれば、販売されて、正規販売される直前に正規品を私に届けてくれる事になった。それを確認して、私が了承印を押せば販売が開始される。

 これできっと、少なくともベルメールさんとノジコは無傷で助かる。もしも運命の時までに私が強くなれば、支配さえ拒めるかも知れない。

 期待を胸に私は洗剤類を雑貨屋に卸して、日銭を稼いでから島を散策する。それが終わったら、漸くココヤシ村を目指して船に乗り込んだ。

 こうして一度目の航海は、波乱はあったものの大きな成果となり帰り着く事が出来た。帰ってすぐに蜜柑畑の手伝いもしつつ、修行をつけて貰い、そして海図や地図を描き起こす日々が始まる。

 洗剤類を用意して、帰ってから二週間島で過ごしたら次の島を目指して航海をする。それを繰り返して行く。

 この二週間は、販売する物を準備したり心を休める期間。海図や地図を描きつつ、洗剤を作り、家族と楽しく過ごす為の期間として考えた時間なのだ。

 洗剤類の売上はそっくりそのまま家に入れて、譜面等の売上で航海に必要な物を揃えた他は、全て蜜柑畑の中に作った隠し場所へと溜め込んで行く。物を作るには元手がいるし、この先何が起きるか分からない。

 予防線はいくらあっても足りない。一億ベリーで開放される筈だったのを思い出せば、少しでも貯めておいて、少しでも早く皆を解放できるようにしたいと考えたのだ。

 そんな生活が続き、三ヶ月程経過したその日……。色々な事が軌道に乗って来たし、もう少し販売する物を増やそうかな……なんて有頂天となっていたのは間違いない。

 それでも運命の出逢は、何の前触れもなく突然訪れた。誰も予期なんてしていない、奇跡の出逢いだったと言えるだろう。

 到着した島が無人島だと分かった私は今回は測量だけしたら帰るしかないなと溜息を落として、いつもの荷物だけを持って目の前に広がる森へと足を進める。この時にもう少し私が周りに注意していれば、あんな最悪な出会いを果たす事は無かったのではないかと思えば、後悔もするけど、今更それはどうにもならない。

 時折獣の呻き声が響く森の中で、最弱と言われる東の海(イーストブルー)でこれなのだから、他の地域ではどれ程の苦労を皆はしていたのかと思わされる。本当に、この世界は弱者に厳し過ぎるわね。

 食べられる薬草……ヨモギを見付けて手を伸ばしかけた時、背後から殺気を感じて咄嗟に木の上に飛び移ると今までいた所に斧が振り下ろされていた。危機一髪と言えるそれの犯人を観察する。

 町中で子供が大金を受け取っているのを見た奴らに狙われたり、スリも初回は失敗して見つかったりした経験から戦闘回数はゼロではない。それ故に、冷静に相手を分析する能力は身に付けられたと思っている。

 でも……今回の相手は武器を振り下ろされる直前まで殺気を感じなかったし、斧も殺傷能力の低い側で振り下ろされている。斧には刃がふたつ付いていて、その片方は殺傷能力が低いというタイプが主流だ。

 まぁ、低いだけで死なないとも限らないのだけど。それに、服装を見れば明らかに海賊だけど、落ちぶれた海賊では無く、それなりにまともな生活を出来てる海賊だと分かるから、森の中で子供を襲う理由がわからない。

 この島の先住民では有り得ないとその様子から判断して、多節棍に手を掛ける。ナイフで戦うには、相手は大人の男だから勝てる可能性は低いし、斧とナイフでは武器の強度だけ見てもナイフが力負けするのは明らか。

 だからと言って鉄扇や鉄笛は攻撃する武器には向かないし、流星錘で戦うにはここは狭い。更には縛れる程弱っても居ない。

 消去法で手にした武器は、微かに心を落ち着かせてくれる。これがクリマタクトならばもっと心強いのだけど……無い物ねだりはできないもの。

 相手が私を見つけて、足場にしている枝を切り落とすタイミングで木から飛び降りて背後からその頭を殴り、振り向きざまに攻撃してくるそれを横にズレて躱すと鳩尾を狙って突き上げる。くぐもった声が聞こえて、私はその場を飛びずさるけど、それでも相手が斧を振り下ろすのを躱せたのはある意味奇跡。

 やはりそれなりにまともな生活を出来てる海賊の、大人の男を相手にするには私はまだ弱い。それを考えると、まだまだアーロンにはかなわないのだと痛感させられる。

 勿論鳩尾を攻撃した時に、腰に身に付けていた財布は頂いたので、ここで後はどうやって煙に巻くかという問題だけになる。……相手からは何故か逃がしてなるものかという気概を感じるし、どうやらこの場にいるのはこいつ一人ではなさそうなのも気になるわね。

 即座に攻撃される事のない間合いを開けてから、私は息を吸い込み低く声を響かせる。一か八か……賭けるしかない。

 

 「……私に何のご用かしら?海賊の皆さん。……隠れてないで、出て来たらどうなのよ」

 

 その声に反応する木々や草のざわめきに、思ったより多くの人が隠れていたらしいと思えば、流石に冷や汗が出る。でも、姿を隠されたままでは逃げる事もできない。

 姿を見せた人達の中から数人が殺気を放ったのが分かり、攻撃を躱しつつ反撃の一撃を入れて距離を取るのを繰り返せば突然拍手が響いた。その音を出している人物を見て、私は膝から崩れ落ちそうになった。

 両腕のある若かりし頃の〝赤髪〟のシャンクスが立っていたから。片腕を失ってすぐでも勝てる筈もない相手を目の前にして、私は膝が笑いそうになるのを必死で耐える。

 

 「ほォ、俺を知っていたか。お嬢ちゃん、驚かせて悪かったな」

 「お頭……すみません、捕えられなくて」

 

 最初に攻撃を仕掛けてきた男がシャンクスに謝るのを聞いて、どうやら赤髪が私を捕らえるように命じたらしいと分かり警戒を強める。漫画でも、アニメでも、シャンクスはルフィの憧れであり、強くて仲間思いの人だった。

 でも、それがイコールで善人でも無ければ、情報が必ずしも正しいとは限らないのだと痛感させられる。そうでなければ何故、初対面の子供を斧で攻撃するのか。

 

 「……ご用件は?」

 

 低く唸るように問い掛ければシャンクスは驚いたように私に視線を向けてから、恐らくは覇王色の覇気の片鱗だろう物を向けて来る。意識が軽く飛びかけたけど、調整してくれていたのか膝をついただけで意識を飛ばさずにすんだ。

 でも、敵に囲まれた状態で膝をつかされた事に間違いは無く、到底逃げ切れるものでは無い。何が目的なのかとシャンクスを睨み付ければ、シャンクスの背後から現れた人物が楽しそうに笑っているのが見えて絶望した。

 ベン・ベックマン……彼は狙撃手では無い筈だが、狙撃の腕も一流で何よりも賢いのは有名な話。ここで私が何をした所で、優位に立てる可能性は完全に潰えた。

 私は多節棍を身体に戻すと、両手を上げて降参の意を示す。それを見たシャンクスとベックマンは顔を見合わせると、その場で立ち止まり揃って私に視線を向けて来た。

 

 「……うちの新人達に見習って欲しい程清々しく、負けを認めたな」

 「俺の船に乗るか?」

 

 二人のそんな軽口に、私ははぁ……とわかりやすく溜息をついてもう一度問い掛けた。当然、これは嫌味としてである。

 

 「私に一体、何のご用かしら?」

 

 それに漸く、ベックマンが返事をくれた。余裕たっぷりな様子が、妙に癪に障るのはやられた事に原因があるだろう。

 

 「森に一人で突入する子供がいるのを発見したうちのお頭が、保護しろと言い出したもんでな。特に用はない」

 「……保護って、斧を振り下ろしたらできないんじゃないかしら?それとも、生死問わずの確保を保護と呼ぶのが〝赤髪〟流なのかしら?」

 

 怒りで目の前が赤く染まりそうになるのを耐えながら問い掛ければ、斧を振り下ろしてきた男がビクリとその肩を揺らした。更にはそれに視線を向けたシャンクスが、即座に頭を下げたのでどうやら意思の疎通が出来てなかったか、この男の暴走らしいと判断出来た。

 でも、それを理由に許す気には到底なれない。だって、ここで私が死んだらベルメールさんとノジコの運命はどうなるの。

 お金だってまだ稼げてないのに、私が生きてるか死んでるかも分からなくなったりしたら……心配させてしまう。だから私は、キッとシャンクスを睨み付けてその言葉を待った。

 

 「申し訳なかった!斧を振り下ろすとは思っていなかったし、本当に保護したかっただけなんだ」

 「……そう、ならもう用はないでしょ。取り囲むのを、辞めてくれる?私、忙しいの」

 

 そう言って私は立ち上がろうとしたけど、背後から聞こえた銃を抜く音に反応してその場を転がり移動すると、銃を向けている筈の相手にナイフを構えた。その相手が銃を向ける事無く、ただいつでも抜けるようにした状態で私を見下ろしているのを見れば、終わったと思ってしまう。

 ……ヤソップだ。だとしたら今、仲間に引き入れるのに成功したばかりなのだろう。

 この人相手では、銃弾を躱す事等出来る筈もない。蟻の眉間にも撃ち込めるような腕の人相手に、単なる子供の私がどう対応したらいいと言うのか。

 まだ私は、銃弾を受け流すなんて出来ないし、二つに斬るのも無理。どう足掻いても、勝ち目も防ぐ方法すら見つからない。

 

 「……凄いな。お頭に意識を集中しているように見えたのに、反応出来るとは思わなかった」

 「ヤソップ、お前人が謝ってる途中で!」

 

 シャンクスがヤソップに文句を言ってるけど、私はそれを何処か遠い所の会話を聞くように聞いていた。私はこれからどうなるのだろうか。

 天竜人との繋がりもあると言う噂のシャンクスだから、売られるのだろうか。ナミちゃんの身体は幼くても確かに可愛くて、能力も高い。

 お金の受取人である私の死体をカモメが確認したら、現金はココヤシ村にいるベルメールさんが代わりに受け取り続ける事になっている。その時は、私の笛も届けて貰える手筈だ。

 もしかしてここで私が死ぬ事で、本物のナミちゃんが生まれ直すのだろうか。だとしたらゲンさんとベルメールさんの実の娘とかで産まれられたら良いなと、詮無い事を考える。

 大好きな人達の顔が、走馬灯のように浮かんでは消えて行く。構えていたナイフを必要ならいつでも反転させられるように心構えだけしていたら、誰かが肩に手を置いたので咄嗟に自らの喉にナイフを突き刺そうとした手を抑え込まれ、ナイフは弾かれる。

 

 「……っ!あっぶねー!お嬢ちゃん、勘違いさせたなら悪いが、何かしようってんじゃ無くてだな」

 「なら、何?私を売るつもりで無いのならば、何が目的なの!?売られて奴隷にされて、辱めを受けながら生きるくらいなら……今すぐ、この命ひとつ程度捨ててくれるわ!」

 

 止めたのがシャンクスだと分かっても、私は少しも安心なんか出来なくて強く睨み付ける。私が知ってる年齢から十歳以上も若い筈だから、今は二十代後半だろうか。

 鷹の目とライバル関係にあって、利き腕は左だった筈。今私を止めているのは右手だと言う事は、それが即ち実力差。

 

 「……悪かった。何もするつもりは無い。勿論、売るつもりもな」

 「……なら、手を離して私を解放して。私は、忙しいと言ったでしょう」

 

 シャンクスは私の言葉に手を離してくれたので、弾き飛ばされたナイフを拾って立ち上がる。けれども神経をすり減らしていたのか、身体がグラリと傾き……あわや地面とキスするという所で、身体に腕が回されて抱きとめられた事で回避された。

 その腕が何も考えなくてもシャンクスのものだと分かり、私はとりあえずお礼を言おうとしたけどそれよりも早くふわりと抱き上げられて、どこかへと運ばれ初める。それに驚いてシャンクスを見れば、悪戯に成功した子供のような顔で覗きこまれて息を飲む。

 

 「とりあえずこの森は危険だから、話は船で聞かせてくれ」

 

 こうして私はシャンクスに横抱きにされて、抵抗もできずにレッドフォース号に運び込まれたのだった。そこで誰と出逢う事になるのかを、私は予想さえできてはいなかったけれど。

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