それから私はまたシャンクス達と航海したり、島でやれる事をしたり、残された時はエースやサボを揶揄いルフィを愛でて、平和で穏やかな時を過ごした。その期間の内に数日記憶がハッキリしない所はあったものの、疲れているからかしらね……と深く気にしていなかったのは私の落ち度かも知れない。
ただ、その期間に私がした事が原因で三兄弟にトラウマ地味たものを植え付けてたなんて、考えもしてなかったと言う事だけは伝えておきたい。そして、ルフィが7歳、私は8歳になった直後の航海が終わった時、シャンクスの部屋にあった筈の宝箱が一つ消えてる事に気付いた。
そこには紫色の実が入っていた筈だわ。そう思い慌てて表に出ると、ちょうどルフィが自らの顔にナイフを突き立てる瞬間だった。
「ルフィッ!!」
私の静止は届かず、笑い転げている男達の傍で自らを傷付け、痛がりのたうち回るルフィ。それに私とホンゴウ、そしてシャンクスが迷い無く駆け寄るものの、シャンクスは頭ごなしに叱るだけ。
即座にホンゴウが治療しやすいようにと、私がルフィを羽交い締めで抑え込むというカオスな状態。そんな中で、私は原作の物語が動き出した事を痛感させられるばかり。
未だ見つからない悪魔の実を、この子が食べる未来はきっと防げない。そんな予感にも似たものを感じながらも、私から顔を背け、むくれてるルフィを連れて酒場に向かったメンバーを見送ってから、船の中を家探し状態で見て行く。
流石にあれが無くなるのは不味い。あの様子だとまだルフィは食べてない筈よ。
そう思うのに運命は変えられないと嘲笑うかのように、追い求める実は見付からなくて、とりあえずシャンクスに伝えようと酒場に向かえば叫び声が聞こえて来る。慌てて飛び込んだら、腕がのびのびになってるルフィがいて、シャンクスの座ってるすぐ近くにからの宝箱が見えた。
つまり、シャンクスは安全の為に持ち歩き……結果、ルフィに食べられたのだろう。変えられない運命なのかと溜息を吐きながら船に戻れば、机に向かってしまうのは私の性かもしれない。
新緑の色の封筒は家族の元へ、茶色の封筒は出版社へ、赤い封筒はシャンクス達へ、そして来るべき時になったら青色の封筒は白髭海賊団に。……そう契約してあるからと封筒を見詰めた。
けれどもまだ、シャンクス達には話していないので、離れてから突然届くようになる手紙に困惑したらいいと思う。その様子を想像してニヤニヤしてから、私はシャンクスが酒場にていつものようにルフィの相手をするのを見守る。
血の繋がりは無いのに、本当にウタとシャンクスはこんな所まで似てる。ウタがいなくなってから、シャンクスは私を離さない。
寝る時の抱き枕が私だけになったからか、前よりもホールドの力が強くなった気がするのよね。それでも、そんなシャンクスが可愛いと思えてしまうのだから、私もウタに毒されているのだと思う。
ジュースを貰って喜んで飲んでるルフィを横目に、私はジョッキを傾けた。それを見ていたベックマンさんがオイオイとか言ってるけど、聞こえないふりをしておく。
ジョッキを空けてからマキノさんの所へ近付いて、許可を貰って私は簡単ポテトフライを作り始める。ちょっと小腹もすいたし、久々に食べたくなったからだけど、茹でて潰して形を作るのは面倒なので、単純に切っただけのタイプで我慢しておく。
それを出来た端からお皿に乗せて、奥で騒いでる皆の分も用意して行く。すきっ腹にアルコールだけ入れると、悪酔いするのがいて、マキノさんにご迷惑だもの。
本来ならアルコール摂取の前なら枝豆が良いし、途中ならチーズ等の乳製品がオススメ。だけど今は、手元にあるのがジャガイモとトウモロコシなのだから仕方ない。
……あ、トウモロコシの天麩羅も作れるわよね。追加してあげようかな。
軽く下茹でしつつ、ポテトフライをマキノさんの分も用意してどうぞと渡した後で、ずっとこちらを気にしているルフィとシャンクスの前に、ポテトフライを置く。熱いから気を付けてと笑っていたら、ルフィがシャンクスに何故か狡いと言い出した。
「いつもナミを連れててって狡い!俺の事も連れて行くか、ナミを置いてけよ!」
「あのなァ、ルフィ……ナミは」
その言葉が終わる前に、山賊がドアを破壊しながら店内へと侵入して来た。私は咄嗟にポテトフライをシャンクスの前から回収して、奥からモップ等の掃除道具を取り出しておく。
折角のポテトフライが駄目にされたら、シャンクスは山賊を許したとしても私が山賊を許せなくなる。食べ物の怨みとは、かくも恐ろしいものなのだ。
あ、下茹で終わったわ。うん、良い香り。
嬉しくなって頬を緩めながら、トウモロコシの実をキッチンペーパーに落として軽く水気を取っていく。その間にもシャンクス達は楽しそうに海賊達と戯れているけど、私にはトウモロコシの方が優先事項。
酒瓶の破片が飛んで来るのに反応して、マキノさんをお盆で守りつつ天ぷら粉を用意する。これは温度差が重要なので、粉っぽさが無くなるまで混ぜたら一旦冷蔵庫に入れて置く。
その後で油を鍋に入れようとしたら、シャンクスが盛大にお酒を頭から被せられていて、アルコールが鍋に入らなくてよかったわと内心で言いつつ微笑む。そこから油鍋に火をつけて、サッとトウモロコシの天麩羅も作って行けば、店内には良い香りが広がるばかり。
そうして一通りの事件が終わるのを見届けてから、回収してあったポテトフライにトウモロコシの天麩羅を加えた物をシャンクスの前に戻して、マキノさんに掃除道具を手渡した所で、ベックマンさんに捕まった。嫌な汗が流れるのを感じたけど、ベックマンさん相手に逃げられるとも思えなくて、内心で落ち込む。
でも、ただやられてたまるものか。そっと摘んだ天麩羅を差し出してみると、素直に口を開いてくれるので中に入れる。
それによりしっかり感想までくれるのだから、優しいと思う。私もそれに続いて自分でもそれぞれの味見をして満足して頷くけど、それで解放してくれるようなお間抜けさんではないのがこの男だ。
「前から時々気になっては居たんだが……。見聞色では不可能に近いレベルで、先読みしてる事があるよな?」
「いや、ほら、四皇のビッグマムのNo.2であるカタクリだったかな?が、見聞色鍛え過ぎて未来が見えるって言うし、あながちおかしくも「あるだろうが。ナミの見聞色は、そこまで精度が高くないからな。特に、こういう平和な時はな」」
悔しがる暇も隙もなく、ベックマンさんの正論によって私が作った逃げ道を塞がれていく。こうなったらこれしか無い!
一世一代の大博打。私は女優と心の中で叫びながら一度強く瞳を閉じて、細く息を吐き出す。
静かに瞳を開くと、瞳を潤ませてベックマンさんを見上げる。少し、舌っ足らずになるように意識するのも忘れないわ!
「ベックー……。ナミね、難しい事、わかんないよ」
「……ナミ、今度からはベックと呼べ、それと演技力は評価するが誤魔化されてはやれない。詳しく話を聞かせて貰おうか」
ベックマンさんは子供好きだからと思ったのに、思ったより効果が出なくて落ち込みつつ連行されればマキノさんが慌てた様子で、虐めないでくださいねと言ってくれる。彼女は天使かと救いを求めるように視線を向けたけど、ベックマンさんがナミは下手な大人より賢いから今の内に話しておく必要が出ただけだ、と言って誤魔化してしまう。
天使マキノ、ここに陥落。いつも勝てないからと、ベックマンさんから逃げ回ってるシャンクスを含めた赤髪のメンバーは、こんな時役に立たないのは分かりきってる。
ルフィはと視線を向けてみても、話をややこしくするだけだ。援軍はいない、正に孤立無援……四面楚歌だわ。
何も悪い事はしてないけど、半泣きでベックマンさんについて行き、時折夢で未来を見るのだと説明する事にしたのは、すでにベルメールさんとノジコにそれで話を通してあるから。何かあって調べる奴がいても、同じ話をしていればそれが真実として定着する。
地球でも妖精を見る子供が希にいるように、夢見の能力を子供が持っていると言ったところで騒ぎにはならない。それでも私は叶うならば、ずっと師匠としてやって来てくれたシャンクスの腕を守りたいと思ってしまって、どうせならと思ってベックマンさんに縋り付いた。
「……ベックマンさん、あのね「ベック、だ。今後はそう呼ばないと返事しないからな」」
「え、あの、えっ「俺にだけ懐かないとは、いい度胸してる」」
遮られた言葉に一瞬固まってから、動揺して変な声を出したらされた追い打ちに、遅れて理解した私はふふっと笑って頷く。どうやら私がベックにだけキチッとしているのを、懐かれないと気にしていたらしい。
尊敬出来る上司の前では、しっかりしている姿を見せておきたいと言う見栄だったのに、悪い事してしまったわね。そう思って、私はベックに素直な気持ちを込めて笑いながら言う。
「赤髪海賊団の中で私が一番信頼してるのは、ベックの事なのに。勘違いさせて、ごめんなさい」
「……それ、お頭にも言われたな」
意味が分からなくて首を傾げた私に、ベックが落ち着いた聞き取りやすいその声で言う。それはある日の事、ベックが酒の席でナミが自分にだけ懐かないと漏らしたのを聞いたシャンクスが、驚いたような顔で言ったのだそうだ。
この船の中でナミが一番信頼してるのは、ベックだぞと。一番好きな相手は俺だろうけどなと、それに続けたらしい。
……微妙だけど間違って無い所が怖いし、ムカつく。この世界において船長ってのは、そういう所だけは敏感な生き物なのだろうか。
「……合ってる所が怖いわ」
「合ってたのか」
ベックとそんな話をしてから、私は夢で見た中に〝ルフィがあの山賊に会ってシャンクスを馬鹿にされた事で怒り、捕まるのを見た〟と話す。その時の事で覚えている情報を全てベックに伝えて、一度はシャンクス達が助ける事に成功するのに、逃げられてしまう事も伝える。
それから最後にルフィを助ける為に、シャンクスが左腕を犠牲にするのを見たと言えば、ベックは少し考えるように顎に手をやってから、私の頭を撫でてくれる。煙草の煙が登っていくのを眺めながら、ベックは笑ってどうにかすると言ってくれた。
義手を用意する方向でどうにかすると言ってるとは思わなかった私は、それに気付いた時にそうじゃないと怒鳴る事になるのだけど、それまだもう少し先の話。その日はその後特に何も起きなくて、翌朝いつものように修行を付けてもらってからお昼はマキノさんの所でと言って移動している時に、その騒ぎに気付く。
ルフィが捕まったのだと。事情をマキノさんから聞いたシャンクスとベックは、それぞれ即座に動き出した。
その時ベックは一瞬私に視線を向けたけど、何食わない顔でまた視線を戻した。これが過去の改竄となり、何かの罰を私が受ける事になるのだとしても、構わないと思えてしまうくらいには、私もシャンクスや赤髪海賊団が好きなのよ。
そうでなければ、誰が師匠にシャンクスを選ぶものか。下手をすれば、鷹の目とかとも会う事になりかねないというのに、そんなリスクを背負ってでも……シャンクスの傍に居て師事を叶う限り続けて欲しいと願ったのは、シャンクスが大切な存在になっていたから。
修行を付けて貰っている間だけは、私はシャンクスを師匠と呼んだ。他はシャンクスだけど、切り替えないと攻撃出来ないくらいには、その優しさと温もりに甘えてしまっている事を自覚してるわ。
実際の戦闘でもそう。彼等は私が本来なら怪我をするような時に、さり気なく庇ってくれている。
だから私はここまで無傷で来られたし、きっとこれからもそばにいれば守ってくれると信じられるの。だけど、ここで甘えて任せたら、本来の運命を変えられない。
エースやサボを探すより、きっとこの方が早い。だから、私は瞳を強く閉じて、そっと目の前に広がる光景を目に焼き付け始めた。
ルフィを助ける為に、カッコよく威圧したシャンクス達がルフィを見失うのと同時に私は駆け出す。それを見たベックが、シャンクスに私を追うように言ったのが聞こえたけど、今は時間との勝負。
待つ暇なんてないと剃を使用して追い掛けるのに、分かってる情報が海だけでは小道を利用して逃げ回られると見付けるのに時間がかかってしまう。港に到着するのと同時に、周りを気にしている余裕も無く、泊めてある小舟を拝借して海を進めば、いつの間にか乗り込んだシャンクスに落ち着けと言われてしまった。
その顔が少し引きつってるのを感じながらも、それに対して〝私は落ち着いてるから、海水に触れないでいて〟と言って私は船を必死で漕ぐ。今の私が、確実にルフィを取り戻すにはこれしか手がない。
ルフィの姿を確認した時、私はクリマタクトで雷雲を作り海王類にそれを容赦なく叩き落とす。水は電気を伝えるから、感電させるのに都合が良いわ。
ルフィはゴムだから電気は効かないので、時間的な余裕もある今ならば弱った海王類相手にシャンクスが腕を取られる事はないだろうとホッとする。雷の影響がなくなった頃シャンクスがルフィを助けに海へと飛び込み、一瞬雷で動けなくなっていた海王類を睨み付けて追い払う。
泣きながらシャンクスに縋るルフィに、シャンクスは優しく笑う。ルフィを助ける際に原作では喪われた左腕が存在する現実と共に、それでも左肩には生々しい牙の跡が残されているのが見て取れる。
そんな状態でも失われる事の無かったその腕を見れば、多少の恩返しにはなったかな……と自己満足でしかないけど、そう思えたのは事実だった。だからこそ、私は微笑みながら二人に船に戻るよう声を掛ける。
ずぶ濡れの二人を連れて帰り、過去を改竄した事になるのだと分かっていて笑う。大切な人達が、誰一人として傷付かない未来を求めて何が悪いと言うのか。
そうしてルフィは助かり、シャンクス達は即座に行動を開始した。決まれば彼等の動きは早いのだ。
翌朝〝もうこの島には戻らない〟と、村長とシャンクスが話をしているのが聞こえる。買い出しやらを行うシャンクス達は慌しく動き回っていて、その合間に当然のようにシャンクスから手渡された麦藁帽子は、シャンクスが被っていた大切な物。
どうしろと言うのかとシャンクスを見上げると、ルフィに視線を向けたのが分かり、私は頷くと糸と針を取り出して帽子に紐を付けるとそれをシャンクスに返した。シャンクスはそれを受け取ると器用なもんだなと笑って、私の頭を撫でる。
こんなやり取りも、もう終わるのだろうと言う事は理解している。シャンクス達は、これから偉大なる航路へと向かうのだろうから。
だから私と皆もここでお別れになる。寂しいと思うのは、何年もの時を共に行動していたからだろうか。
それともこれがナミとしての初恋か何かだったのだろうかと考えて……無いなと思う。そう言えば私が8歳になったのをきっかけにローちゃん、ロシナンテ、ドフラミンゴの出る雪の夢は見なくなったなと、ふと思い出す。
ふと視線を向ければ、ルフィがシャンクスにもう連れてけなんて言わねェと言ってるのが見えて、出航の準備が整い次第の別れになるのだろうと理解した。シャンクスの船から自分の小舟と荷物を回収しようと立ち上がった所で、ベックに腕を掴まれて首を傾げたのは当然だと思う。
「ナミ、俺達は東の海で後数箇所用事がある。それが済み次第偉大なる航路へ向かうが……ナミはどうする?付いてくるか?」
「東の海にいる間だけなら、共に行けるけど、まだ私は偉大なる航路には行けません。なので……都合のいい様に決めてください」
私の言葉にベックは少し寂しそうな表情を浮かべるから、恐らくはここで別れるのだろう。ベックのような父親か兄が欲しかったと心から思うけど、父親はゲンさんがいるからお兄ちゃんかな。
私はくるりと身体の向きを変えて、エースとサボに別れを告に行く。到着した小屋のところで、もう行くねと言って背を向ければ、背後からいつかまた会えるかと聞かれる。
腐った現実から抜け出そうと足掻くサボと、絶望しか知らずに激走する事でそれをどうにかしようとするエース。どちらも現実を否定しながらも必死に生きていて、その為に強くあろうとしている。
二人は似ているようで全く違う。どちらもナミとしての私よりは歳上なのに、どうしたって過去の記憶や知識のせいで可愛くしか見えないのは問題かもしれないけど、どうにも直せる気がしない。
「サボ……サボが生きる事を諦めない限り、またいつか会えるわ。大丈夫よ。……エース、エースの名を呼び、演技ではない笑顔を向けるのは、エースの事が好きだって言う証拠。自分から独りになろうとはしないでね」
言葉を発しながら、それぞれを一度ずつ抱き締める。私の声は、身体は、震えて居なかっただろうか。
ここで別れれば、次に逢えたとしてもそれは、すでに今の私ではないだろう。それでも生き抜けば必ず、また出逢えるのだと信じる事が、この先に待ち受ける過酷な運命を切り開く力になる。
二人から離れて、私は船へと駆け出す。シャンクスの船から回収するべき物が沢山あるから。
港にはすでに人だかりが出来ていて、麦藁帽子を持って泣いているルフィが見える。シャンクスの怪我は跡は残ったとしても、動かしたりする事に影響は無いと言っていたので、大きな改竄をした事だけは確かな事。
通りすがりにルフィの元へと向かい、旅立つ事を伝える。私も帰らないと家族が心配してしまうと笑えば、ルフィは私に飛び付いてきて大声で泣き出した。
私としても、思い出は沢山ある。三兄弟やウタと共に過ごした日々は、宝物と呼ぶ他無い。
交代で狩りに行き、そうして修行してる間に勉強を教える事で纏まった知識を覚えて貰えたし、私も説明する事で理解がより深まった。兄達は幼いルフィを連れて行く事で見守る事の大変さを知り、いつか仲間ができた時に役立つだろうと信じているわ。
料理をしながら歌えば、気に入った時は皆でそのまま歌い出したり、交代で色々歌いあったりして楽しんだ。互いに戦う時は戦いが終わってからアドバイスしたりして、強くなるヒントは伝えられたと思う。
怪我をした時の応急処置や、食べられる物の区別。簡単な調理法まで、教えられることならなんでも教えたつもりだけど、私も知る事が多い日々だった。
共に歌い、踊り、夢を語り合った。優しくも悲しい日々は、色褪せる事さえしてはくれないだろう。
離れ難いと思うのは、共に過ごした日々が楽しく、素直に慕ってくれる三人が可愛くて愛しいから。それでも私は、ここで別れる他の道を持たない。
ルフィに本当に可愛い子だと言いながらその身体を抱き締め、頭を撫でて、また、いつか逢おうねと言えば、何度も何度も涙を拭いもせずに頷かれる。それを見つめながら、私に残された時間はどれくらいだろうかと、一瞬空を見上げた私は恐怖に身体を微かに震えたのを自覚した。
私は今現在8歳になっている。アーロンが来るのは、何歳の時か……8歳、10歳、12歳のどれかだとは思うのだけど、ハッキリとは思い出せない。
もしもアーロンが来るのが8歳ならば、もう帰らなくてはベルメールさんとノジコが危ない。新聞は確認してるけど、確証がまだ無いのだから不安にもなるわ。
だからこそ、別れを選ぶ。大切な愛しい存在を守る為には、これが最前だと知っているから。
「ルフィ、今までありがとう。ルフィは、私の太陽だったわ」
「ナミ?」
「幸せでいてね。ルフィの幸福が、私の願いよ」
最後に一度、抱き締める腕に力を込めてから抱き締めていたルフィから離れて、首の後ろに落ちてる帽子を頭に乗せる。涙を流すルフィに、そのまま真っ直ぐに育って欲しいと強く願いながら、私は静かに背を向けた。
一度はレッドフォース号に乗り込んでも、すぐに小舟で旅立つ事は理解してる。それでも乗り込んで話をしてからじゃないと、勝手には飛び出せないから。
置いたままになってる私物もあるし、お世話になってたのに無言でサヨナラはない。だから、覚悟を決めて声をかける。
「シャンクス!私は皆と、ここで別れた方がいいのかしら?それとも、もう少し一緒に居られそう?」
全員が乗り込んだのを確認してから尋ねれば、シャンクスがその表情を微かに歪ませた。どうやら彼は偉大なる航路に、私を連れて行きたいらしい。
顔を見ただけで伝わる。瞳を見ればわかってしまう。
離れたくない。手放したくなんかないのだと、瞳の奥が泣いていた。
それは……叶うならば楽しいだろうし、世界地図を描くのも叶えやすくなるかもしれない。でも、その夢は家族を犠牲にしてまで叶えたいものじゃないから……静かにシャンクスに微笑みかける。
聞き分けて欲しいけど、難しいかなぁ?
そんな事を思って見詰めたら、シャンクスは嫌そうな顔をする。だからつい、小首を傾げてしまった。
「ナミは、本当はいくつなんだ。聞き分けのない子供に戻った気分にさせられるんだが……」
「ルフィとシャンクスって根本的な所が似てるから、つい。ごめんなさい」
理解するのと同時に思わず答えてから笑えば、シャンクスはヒデェと騒ぐけど本当に似てる。ふらりとシャンクスに近付いてその左腕に触れると、シャンクスはピクリと体を揺らした。
けれども振り払う事はしないで、好きにさせてくれる。だからそれに甘えて、温もりのある左腕を抱き締めるようにして、ホッと息を吐き出す。
例えこれが罪だとしても、きっと私は何度でも同じ決断をする。シャンクスが無事で、本当に良かったと思うから。
私が物思いに耽ってる間にシャンクスが右手で私の髪を弄ると、ひと房持ち上げて口付ける。その行為の意味を、シャンクスは知っているのだろうか。
今の私の身体はまだ8歳、地球の日本ならまだ小学2~3年生の年齢なのに、シャンクスのした事の意味は少なくとも地球だと〝思慕〟の意味がある。募る想いをせめて行動で示したいとか、そんな感じに。
……だけどまぁ、アメリカのホームドラマとかで娘に父親がやる事もあるから、そっちの意味だよね。うん、深い意味なんてある筈ない。
「シャンクス、誤解されるとシャンクスが困るんだからやめた方が……」
顔を上げて腕から離れようとした時、今まで私を優しく抱いていた筈のシャンクスの腕が、今度は私を強く抱き潰す勢いで締めて来る。苦しい程の抱擁に、どう反応していいのか分からない。
シャンクスの身体が暖かくて、けれども何故か切なさを感じるから、私もそっとシャンクスの背に腕を回す。ブルック達がラブーンを残して行く時の気持ちと、シャンクスが私を置いて行く気持ちは、もしかしたら近いのかも知れないと思わされてしまうような、優しくも激しい抱擁。
「シャンクス……今までありがとう。これで少なくても一方的な蹂躙は受けなくて済む。大切な人を守れる」
「……大切な人ってのは、誰なんだ?」
耳朶に吐息がかかるような位置で囁かれる声は、何処か掠れて居る。それに誘惑されたのか、私は素直に言葉を口に出す。
元々嘘は下手なのだ。ただ、必要で演じているだけだから、大切な人にはつい……素直に応じてしまう。
「母と、姉と、ウタと、ルフィと、エースと、サボと、母の友達以上恋人未満な人と、私が祖父みたいに思ってる人。それと……村の人達と赤髪海賊団の皆」
「……ナミは、好きな奴とか、いるのか?」
変な間を開けて問うシャンクスに、小首を傾げる。私としては、大切な人の名を全部あげたつもりだったから。
でも、今回守る対象に無い人達の名前が含まれていたのもまた確かな事。だから言い直そうと口を開く。
「母と姉と「そうじゃなくて!男で、だ」」
「ゲンさんと、ドクターと「村から離れてくれ」」
遮られた言葉の意味が分からなくて首を傾げ、それからああ!と言って笑う。
自分達が好かれてるか不安だったのね。アーロンから守る対象でと思ってたから、名を挙げないつもりだったのを少し後悔する。
あれ、でも皆の事言ったし……あ!纏めてしまったから不安だったのかな。
と言う事は、この後でルフィ達三兄弟の名前をあげるつもりだったけど、そうじゃないのだろう。村からは離れてるけど、シャンクスの求めてる答えはそうじゃないのだと分かり納得して答えを言の葉に乗せる。
「基本的に海賊は嫌いだけど、シャンクスの事も、ベックの事も、赤髪の人達の事は大好きよ。……ありがとうございました!」
シャンクスは暫く黙ってから、深い溜息を落として私の額に唇を落としてから、抱き締める腕の力を抜いた。漸く開放された事で、少しホッとしてしまう。
まったく、甘ったれで困っちゃうわ。でもきっと、こんな所もウタなら可愛いと言って喜ぶのよね。
そんな事を思い少し気持ちが沈んだ時、シャンクスの真剣な声が降る。それにより顔を上げれば、船長の顔をしたシャンクスがいた。
「この先は危険な場所へ向かう。偉大なる航路までついてきてくれるというのでなければ、ここでお別れだ。だが、俺も楽しかった。また、逢おう」
「……ええ、いつか」
会えたら嬉しい。もう二度と会えるとは何故か思えないけど、いつか会えたなら……。
シャンクスが自信を持って、俺の弟子だと言えるような人に成長していたいと願っているわ。その為に、精一杯の事をしようと思うの。
荷物を纏めて小舟を降ろして貰う。これでもう、きっと最後。
原作とは違う流れになる事も充分考えられるから……だから、一期一会なんだと思っておこう。次があるなんて、そんな事は思えなくて、ただ涙を見せずに笑顔で別れる。
「師匠!不肖の弟子ではありましたが、本当にお世話になりました。いつか師匠が、俺の弟子だと誇れるような人間になりたいと思っています」
「……何かあったら呼べ。ナミの事は必ず助けに行ってやる」
私はそれに笑顔で頷く。いつか本当に困った時、きっと私は師匠達に縋るだろう。
いつかシャンクスに左腕で木刀を使って貰って、それと対等に戦えるようになりたかった。結局は右手の木刀のみで足まで入れば勝ち目が無くて、腕のみの場合のみ対等に戦うのが精一杯だったのが悔やまれる。
手も足も出なかった。余裕を崩す事ができなかった事が、悔しい。
……ただ一度、ウタを残したくないと思った時の戦いだけが、余裕を奪えたと知っているけど、あんな力いつも出せる理由もない。躊躇いを、戸惑いを、打ち消せなかった私の弱さ。
私は後ろ髪引かれるような思いはあったけど、小舟に移動しようと背を向けた。その瞬間小さな舌打ちが聞こえたと思ったら、二の腕を掴まれて身体が反転しながら浮き上がる。
突然の事に対応出来ずにいたらそのまま腰を抱かれて、足は甲板から離れている状態で、唇がシャンクスのそれと重なっていた。驚き固まっている私の口内に侵入して来たシャンクスの舌は、キスが挨拶の国だとしても濃厚過ぎるだろうと言いたくなる程に蹂躙していく。
「んっ……!」
抵抗するべきなのかさえ分からずに呆然としてる間にも、子供相手だとか、初心者相手だとかって配慮を感じられない奪うようなそれは、次第に思考を奪って行く。大人なのは分かってたけど、男なのも分かってたけど、こんな事は想定外で……!
必死で鼻で呼吸してる筈なのに、それでさえも呼吸がままならなくなるような、巧みな口付けが私を翻弄する。角度を変える為に離れる瞬間、ただ荒い呼吸を繰り返す私は何か言葉を発する余裕も無い。
繰り返されるそれにより、力が抜けて動けなくなった私からシャンクスが唇を離した時、困った顔をしているのが見えた。シャンクスが何を考えているのかわからない。
肩で息をしてる私に、シャンクスはいつもの明るい声で言う。普通の会話でもしてるかのように。
「もう、ロリコンで構わねェと思う位、気に入ってるんだがな……ナミ、本当に、一緒に来ないか?」
「……ばっ……馬鹿、言わないでよ。私は家族見殺しにしてまで、叶えたい願いなんか無いのよ!」
思わずこぼれる本音は、きっと混乱していた事と、既にシャンクスは信頼できる人として心の内側に入れていた事が原因。そうでなければ、こんな事言う筈が無い。
シャンクスだって本当は馬鹿じゃないし、ベックは賢すぎるから今の一言できっとすべて気付かれた。分かってるのに、口から出た言葉はもう、戻す事は出来ないのだ。
「ナミは、俺の腕が無くなるのを見たと聞いてるが……家族に、何か起きるんだな?」
「……島が、海賊に襲われそのまま占領されて、全員が奴隷にされる。その中で私だけが、能力の高さに目を付けられる事で、行動を共にする事になるわ。その占領をされる時、母が私と姉を庇って……殺される予定」
息を飲む音が聞こえる。私の頬を何かが伝い落ちるのを感じるのに、身体が動かない。
でも、心は悲鳴を上げて、抑えきれない濁流のような感情が溢れ出る。一度堰を切ってしまった感情を抑え込む事を、私はできなかった。
私は己の弱さを理解してるわ。私は、いつも、大切な人を守れない。
私は、守らなければならないのに、守られてしまう。そんなのは嫌なのに、守る力が足りないの。
「母を殺した奴らに忠誠を誓い、協力する事で、村の人達と姉は、殺されないですむ。それでも、奴隷の立場に変わりはない。……私は、理不尽に母を殺させるつもりも無ければ、皆を奴隷にするつもりもない!刺し違えてでも、守ると決めているのよ!」
だから、邪魔しないで。心を、揺さぶらないで。
離れたくないと、思ってしまうから。甘やかさないで、独りで立てなくなるから。
庇わないで、頼ってしまいたくなるから。温もりを与えないで、縋りたくなるから。
「……母を喪い、妹が囚われ、一人で残される姉の気持ちを考えたら、そんな未来は選べない。母だってまだまだこれからなのよ!血の繋がらない子供の為に、簡単に命を落として良いような人じゃないの!」
「ナミ」
シャンクスが私を呼ぶ。そしてただ、抱き締めてくれる。
私はその温もりに縋るように腕を回す。震えているのは、身体なのか、心なのか。
それさえも分からずに、声を上げて泣く方法なんて忘れてしまったから、私はただ、声を出さずに涙を落とす。それを世界から隠すように、シャンクスはそのマントで私を覆うと、涙が止まるまで何も言わずに抱き締めていてくれた。
涙が落ち着くと、今度は羞恥でどうしたらいいのか解らなくなる。そんな私に気付いたのはベックのようで、一言シャンクスに声を掛けると、今度はベックに抱き締められる。
「ナミ、俺達がそれを始末するって方法もある。違うか?」
「無理よ。いつなのか時期がハッキリしないもの。下手したら4年後、近ければ数日中。だからこそ私は情報を集めているし、身動きが取れないわ」
「いくつの時から、準備していたんだ?」
「……物心ついた頃から、と言うべきかしらね。母と姉も協力してくれてる。私は独りじゃないから、大丈夫よ」
私の言葉に納得出来なさそうな顔をしていたベックは、けれどもそれなら仕方ないかと言いながら溜息を落とした。そして私を強く抱き締めてから、シャンクスに言う。
「せめて後5年待て。まだ手を出すな!」
「そこまで獣じゃねェよ!」
「いや、お頭……あの勢いで唇奪って、それは信用されねェって!」
シャンクスの抗議はヤソップに一蹴され、シャンクスも私も先程の事を漸く理解して硬直する。そうだった、私シャンクスにさっき……!
咄嗟にベックの影に隠れてシャンクスに視線を向けると、シャンクスが困ったような顔で私を見て、流石に早かったかと呟いた。それに私は赤べこよろしく頷くと、周りからは笑いが起きたけど、ベックだけは笑う事無く庇うように側に居てくれる。
「ベック、ありがとう。もう、私は大丈夫だから。皆は四皇になるのだし、いつまでも私に構ってる場合じゃないわ」
「……そう言えばナミ、この義手どうしたらいいと思う?」
急激過ぎる話題の変更に脳が働かない。目の前に差し出された義手は、肩辺りから指先まである長いタイプ。
関節は全てちゃんと動くのがわかる。この世界で、今の時代にこんな技術がある事にも驚かされるけど、本題はそこじゃないだろう。
「義手?」
「お頭の腕が無くなると聞いていたから、用意しておいたんだが……」
私はベックの言葉を理解するのに暫しの時間を要して、それから怒鳴った。賢い人からの思わぬ言動に、驚いたのも理由にある。
あまりに驚きすぎると、それは怒りに変わる時もあるらしい。そんな経験、なかなかにした事は無いけど。
「義手用意するんじゃなくて、腕がなくならないように考えて欲しくて話したのよ!!私は!ベック頭良いのに何してるのよ!!その無駄にいい頭で何してるのー!」
怒る私に、微笑むベック。その眼差しが優しくて、言葉を失ってしまう。
そんな私に、ベックは追い打ちをかける。愛しい、可愛いとその眼差しが語りかけて来るのを感じながらも、私は耳を傾けるしかできない。
「……義手も、役立ったか」
「へ?」
「落ち込んだ顔をしているより、無理に笑うより、怒っていた方がいい。ナミの笑顔は可愛いが、作り笑顔が多過ぎる。感情を隠すな、今はまだ……何も起きてはいない」
ベックの言葉に息を呑む。言いたい事は分かるけど、まさかそれだけの為に義手用意したの?
でも、お巫山戯の中に万が一に備えた準備を兼ね備えている事がわかる。だから、余計に切ない。
そっと目を伏せた時、真剣な、けれども優しい声が響く。それに私は涙を抑えるだけで精一杯。
「……ナミ、どれ程優れた弓でも、常に弦を張り詰めていてはイザと言う時切れて使い物にならなくなる。力を抜く事を覚えろ。ナミは総じて急ぎ過ぎている」
「ベック……っ!わかった、ありがとう」
ベックは優しく頭を撫でるから、また涙が出そうになって耐える為に抱き着く。いつか、生きてまた会えるといい。
皆には色々な事を教えてもらった。生き抜く術と多くの経験、そして、出会いと別れが切り離せないものだと教えられたわ。
人が簡単に死ぬ事と、同時になかなかにしぶとい事も。だからこそ、感謝と敬愛から離れ難い。
だからこそ、歌う。想いを乗せて。
私には、これの他に返せるものが分からないから。少しでもいいから、何かを伝えたくて。