その動きを見て、使えると思わない者はいないであろうと言う事に、慌てているナミは気付かないまま、村人達を守る為に幹部三人をクリマタクトで殴る形で応戦する。オーパーツともなり得る電撃を纏う棒とは言え、幹部三人を満身創痍の少女一人で抑えるのは無理があった。
それでも、武器を持ち替えては果敢に戦う姿はアマゾネスのようで、動きに合わせて揺れる髪は生きているかのようにも思える。幹部以外を、幹部の隙をついて沈め、村人への追撃を出来なくするその技術は賞賛に値するだろう。
時と共に斬られた所から溢れ出る赤い物が、服全体を染め上げて行く。斬られ、ヒラヒラしていた傷口付近のそれは身体に張り付いている。
顔色に血の気は無く、唇は紫になっても、衰えないその素早さ。残す所が幹部のみとなったのは、アーロンがそれを静かに見詰めていたからに他ならない。
もしも、アーロンが動けば今なら簡単に沈められる。それをわかっていても、無力化するだけで生命を奪おうとしないナミの甘い戦いに、アーロンは手を出す事も忘れて魅入っていた。
戦女神というものが実在するならば、きっとこんな姿をしている。そう思わされる程に気高く、強く、そして……儚い。
残す所幹部のみとなっても、アーロンは動かない。それは、どう足掻いても結果が見えているからだ。
それも怪我をして倒れる村人達や動けない村人達を庇っての戦いとなれば、その素早さを活かした戦いは出来ないのだから、力での戦いになる。それは明らかにナミの負け戦。
その事に気付いたアーロンは飽きたとばかりにナミから視線を外すと、家に避難しているナミの家族の元へと歩み寄る。ドアを開けて入ると、三人は顔色を変えてナミは無事なのかと、まさか殺したのかと騒ぐ。
それを視線だけで黙らせたアーロンは、異様な量の紙が積まれた机を見付けて歩み寄る。それは、この近海に来てからずっと探し求めていた海図の山。
これ程の能力を持つ者がこの家に居るのかと三人へと視線を向けようとして、机の端に刻まれたナミと言う文字に狂喜する。アレは、俺のモノだと。
家を出たアーロンはハチを呼び、海図を一枚見せると大仰に反応するのを見てアーロンは笑った。そして気力だけで立っているナミの前に行くと、その首を持って視線を合わせる。
呼吸するだけで精一杯だろうに、諦める事も睨む事もやめないその姿に、欲情に近い物を感じてしまう。服従させたら、どれ程気分が良いだろうかと内心で笑いつつ言葉を落とす。
「大人しく着いて来い。ここからはビジネスだ。話し合いに応じてやろうじゃねェか」
言ってナミを地面に投げ捨てたアーロンは、ハチに回収するよう指示を出した。その時家から飛び出したゲンゾウがナミを離せと叫びながら、無謀にも挑みかかる。
金は払ったと、手向かいしたのも子供の事、それを許す事さえ出来ないのかっ……と。だが、ナミのそれは子供だからと許せるような暴れ方では決して無かった。
家にいたナミの家族も、後から現れた村人もナミのそれを直接見てはいなかった為にわからないだけで、実際に歯向かわれた側としては、許せるものでは無い。それでも、ナミの能力は稀有なもの。
そんな理由で殺されなかっただけのナミを、明らかに弱い人間が守ろうとする。それは……なんと滑稽な事かと魚人達は笑う。
大兄貴を裏切り傷付けたのと同じ種族である、卑怯で下劣な人間が……そんな仲間意識を持ってるのが許せない。憎しみと蔑みが、心の中で増殖し膨張し、破裂する時を今か今かと待つ。
破裂するのを待つように負の感情を風船のように膨らませていく。その感情を隠しもせず、放たれた言葉は嘲笑に満ち満ちている。
「貴様らが邪魔をしなければ、この島に俺達が住み着く事は無かったかもな!お前達が小娘の邪魔をして、これの価値を俺達に示したんだ!」
追い打ちをかけるようにそう言ったアーロンは、妹を返せと飛び出して来たもう一人の少女に視線を向ける。それに気付いたナミが、姉に手を出すなら舌を噛んでやると叫んだ事で、振り払うだけに止め大きな怪我を負わせる事はしなかった。
ここでコイツらに手を出せば、この小娘は脅しではなく噛むだろう。その気迫と覚悟を感じてしまえば、アーロンとしても下手には動けない。
けれども、ゲンゾウが何度地に伏しても起き上がり挑もうとするのを見て、アーロンは捕らえた少女の父親だなと認識した。この諦めの悪さと、守る為ならその身を顧みない所がそっくりだと感じたから。
家族を殺さないでと叫ぶナミに、弱点はコレだなとアーロンは黒く笑うとクロオビに言う。即死はさせるな……と。
それに頷き、くどい……と言いつつ斬りつけたそれにナミは悲鳴をあげた。そのまま倒れて動かないゲンゾウの元へと戻ろうと暴れるナミは、けれども力なんて既に入ってもいない。
生きているだけで不思議な出血量で、唇は既に紫。身体は冷たく、恐怖ではなく痙攣により小刻みに震えている。
それでも尚、歯向かおうとする愚かで脆弱で、それにもかかわらず畏怖を抱かせるその強い眼差し。アーロンは少しではなく、胸が高鳴るのを感じつつも冷静さを失わないように務めていく。
「やだ……死なない、でっ……!その為に、私、強くなったのに……やだ!ゲンさ、んっ!」
「お前が大人しく着いてくれば、村人を殺さずにいてやる。騒ぐなら、金蔓るを処分するのは気が引けるが……その生命、処理してやるよ」
「私……大人しく、してるわ。……だか、ら」
唇を噛み、言葉を途中で飲み込み、震えそうになる身体を抑え込む。そうする事で、意識を保っていたとも言えるのかも知れないけど。
けれどもアーロンはそれをわかっていて、受け入れるように薄く笑う。それがまた癪に障るけど、文句を言う事すら出来はしない。
そうしている内にアーロンに運ばれた先には、既に建物が建設されており、いつの間にこんな物を作ったのかと罵りたくなるけど、そんな事をしている場合では無さそう。最上階にあるその部屋は、恐らくアーロンの部屋なのだろうと分かる。
何とかと煙は高い所が好きとはよく言ったものよね。……とは言え、こんな物を建設されていたのに気付かなかった私達も問題だわ。
私達が殆ど近付かない区域だったとは言え、音などもあったはずなのに。私はどうして、見聞色の覇気を持っていて気付けなかったのかしら。
薄暗い建物内部を進み、開け放たれた扉。そこもまた、薄暗く健康的な生活は望めないだろう事がわかる。
アーロン達は光を求めて、高いところを好んで建てたのだろうに、何故にこんなにも薄暗いのか。ここはそもそもが、誰かを捕らえる為に用意でもしていたのかと疑いたくなる程。
無駄に広いその部屋にて床に投げ捨てられた私は、今更になって身体が痛みを発していると気付いてしまう。もう少し、痛みを忘れていたかったのにと思うけど、こればかりはどうにもならない。
床に這いつくばるようにしてアーロンを見上げた私は、髪を掴まれて持ち上げられた。無理に上を向かせるならば、今何の為に床に投げ捨てたんだと言いたくなるけど、そこは堪えてアーロンを睨み付けるだけに留める。
「……気の強いガキだな。だが、そうこねェと楽しくねェよな。下等で非力な人間が、魚人たる俺達に逆らおうとする事自体が間違ってる。そうだろう?」
「……ビジネスの話じゃ、無かったの?」
自分でも驚く程に冷たい声が出た。それでも、私の理性はまだ働いてる。
それなのにも関わらず、アーロンの御託は聞きたくないと心が駄々をこねていると分かってしまう。私が勝てなかった時点で、村の人達が奴隷になるのは決まってしまった。
私はどうなったって構わない。でも、村の人達は守らないと……!
今から行う
それでも譲れないところはある。だから、それを勝ち取る為に戦わないと。
脳裏に浮かび響く、蔑む視線と罵倒する声。それでも、覚えていない私は生き抜いたんだと思えば、この程度乗り越えられない筈もない。
「そうだな。まず、座れ」
掴み上げられて、そのままの勢いで椅子に落とされた私は、背もたれに身体を預けて漸くアーロンと向かい合わせになれると言うような、情けない状況にある。ここで、倒れる訳には行かないけど、肋骨も何本か逝ってるなと他人事のように思う。
こんな時は座るより立ってる方がマシ。そんな事を教えてくれたのは誰だったかしら?
赤髪海賊団の皆は、私にかすり傷のひとつさえさせなかった。いつも誰かが見ていてイザとなれば庇ってくれていたから、こんな大怪我したのは初めてかも。
お行儀が良過ぎる素直な受身の剣だと言われたのを思い出して、自嘲するように笑ってしまう。私はいつも、守られていたから戦えてたに過ぎないのかも知れないわね。
「ナミと言ったな。お前……あの海図を描いたのがお前だと、俺達に証明して見せろ。それが出来たら、測量士としてお前を迎えてやる」
「……それ、私にどんなメリットがあるの?」
なんで自らドレイ契約を結ばないとならないのよ。阿呆じゃないの、この魚。
もちろん今は言える状況ではないから、黙って返事を待つ。今は何を聞いても、反論したくなってるだけかもしれないもの。
「メリットだ?お前、自分の立場分かってるのかよ」
「ええ、勿論分かってるわよ。確実に言えるのは、貴方達は私の能力が欲しい。そうなると……私がそれを安売りする必要は、どこにも無いわ」
自分を安く見せたら、大切なものは守れない。どうかお願いします!なんて、海賊相手に泣き落としが効く筈もないもの。
それなら、弱さはいらないわ。私に必要なのは能力に見合う生意気さと、身体の強さが無い以上、気の強さだけよ。
「……そうだな。ならまず、命の代金を支払わなくていい。お前の家も壊さねェと約束してやる。それと……買い戻させてやってもいい、お前の求めている村を、な」
「つまり……測量士にならない限り、買い取る事は出来ないと言う訳ね?」
「そういう事だ。頭のいいガキだ。……それと、この島では身の安全を保証してやるよ」
私はアーロンの言葉に一度眼を伏せて息を吐き出してから、ゆっくりと応える。焦っては全てを台無しにすると知っているから。
この重圧を、原作のナミちゃんは10歳で乗り越えた。交渉なんてできた筈もない彼女は、アーロンの言葉に縋り付く他に選択肢なんてなかったのよ。
でも私は、あちらでの人生経験がある。シャンクス達に護られてたとは言え、修羅場も何度もくぐってきたのだから、簡単に負ける筈も無い。
「……私からいくつか条件があるわ。勿論、測量士になる条件よ」
「言ってみろ」
僅かに不愉快そうな顔をする。でも、必要と判断したのかそんな事を言う。
だから私も、腹を括る。必要な物は必要なのだから、当然伝えなければ。
「まず、私の船を返して。……貴方達、沈めたでしょ?それが無いと測量しに行けないから困るわ」
「何故、知ってる」
緊迫した空気が流れる。言葉を間違えれば、簡単に生命を奪われそうなそれ。
でも、生命を奪われる事は無い。だって、この能力がコイツらは間違いなく欲しいんだもの。
だから、余裕を見せて笑う。鼻で、小馬鹿にするように。
「私なら、沈めるもの。金蔓を逃がさない簡単な第一歩だわ」
「なるほどな。……それは、そうだな。返してやろう」
「良かったわ。あれ、設備投資それなりにしてあったのよ。……拾い上げて直せば終わりとか……許さないからね」
私の言葉に小さく舌打ちするアーロンは、少しだけバツが悪そうに見えた。実際は、買い替えか作り直しが必要だろうという状態だった事を思えば、少しガメたと言えるのかもしれないわね。
まぁ、そのくらいなによって位奪ってるんだし、許されるわ。それに、騙される方が悪いとは彼等の言い分だもの。
「次に、海図を書く為に必要な物は全て揃えて貰うわ。私が働くのに、その道具を自分のお金で揃えるなんて馬鹿らしいもの」
すべてが私の提案通りになるとは思えない。でも、譲れないところは強気に、ハッタリかましてでも得なければ。
守りたいなんて甘い事言えないの。守ると決めてるんだから。
足を組み直してニンマリと笑ってみせる。それだけで、その場の空気を私側に引き寄せてみせるわ。
「正論だ」
「それから、私が買い取るべき村なんだから、傷を付けないで。傷付けたらその分値下げしてもらうわ」
「……ここまでは、異論の余地がねェな」
正直、こんなにすんなりと受け入れて貰えるとは思ってなかった。そんな思いから、少しだけ気が抜けてしまいそうになる。
でもダメ。こいつは、ベルメールさんを傷付けた。
村の皆をこれから苦しめる。そして何より、私達を〝個人〟として認識してないもの。
それ等の全てが違ったとしても、今は無理。私が意識を保てるのは、後何秒かしら。
「最後に……少し、休ませて。それからじゃないと何も、出来そうにない、わ」
「あ?」
「一人に、して……」
「……大怪我させた事を、忘れていた。悪かったなァナミ。船医を呼んでやろうか?」
意識が、もう……。でも、コイツの前で、倒れたくない。
そんな私を嘲笑うように、アーロンは私を眺めている。それが倒れてしまえと言われているようで、苛立つのを抑えられずに、言葉を放つ。
「余計なお世話よ。ほっといて」
「気の強ェお嬢ちゃんだな。良いだろう。ゆっくり休め」
早く出て行ってと思うのに動かないアーロンを見て、耳に届く馬鹿にしたようなその声を聞きながら、私は悔しく思いながらもその場で意識を手放した。倒れる身体を何かが支えた気がしたけど、この大きさだとガブかし……ら?
私の意識が戻った時、既に辺りは暗くなっていて、交渉は昼前に起きた事だったのにと思えば自分が情けなくなる。敵の真っ只中で意識を失うなんて……たるんでるわね。
いつの間にか寝かされていたベッドは、サイズを考えるにアーロンの物だろうか。身体を起こして見ると、痛みが随分軽減されていて、よく見れば治療された跡がある。
断った筈なのに……と、思う。そして、こんな時にホンゴウの腕の良さを思い知らされてしまうのだ。
アーロンは測量士が欲しいから、死なれたくなくてやってくれたのだとは分かっていても、適切な処置をされているのが分かれば有難く思える。今の所何1つ失っていない私には、アーロンを憎む事は出来なくて、無駄だと本当は分かっているのに、解放をしてくれと頼んだら聞いてくれないかなんて甘い事を考えてしまう。
分かってる。そんなの夢物語だって。
もっと違う形で出逢っていれば、違う未来もあったかもしれない。傷付け合い憎しみ合うこんな関係ではなく。
そこへ帰って来たアーロンと視線が絡み合う。アーロンは顎で来いと言うので、素直にそれに従ってついて行けばひとつ下の階に部屋が用意されていた。
「ここがお前の部屋だ。机に本棚、ペンにインク、必要な物は何でも揃っている!」
部屋に一歩入った私は辺りをくるりと見て、アーロンに視線を向ける。アーロンはそれにより言葉を止めたけど、何か意図してのものではなかったのでこちらが驚いてしまう。
それでも、怪我を治療してくれた事に対しては、お礼を言わないと。私もまた、怪我をさせているし、うち二人は腕を切断しているのだから。
その他にも、ベルメールさんにした事を思えば悪いとも思わないけど、後遺症が残るリスクのある攻撃をしている。どちらも、生命だけは奪ってないけど……。
「アーロン、治療してくれてありがとう。アーロンもだけど腕を切り落とした二人の怪我は、大丈夫だった?」
「……甘ェな、お前。……何か、足りない物はあるか?」
質問に答えないアーロンに、これ以上問い掛けても無駄だと判断して部屋の中を見てみる。部屋にある窓ははめ殺しで開かないらしいと気付いた瞬間、口から言葉が落ちていた。
もうこれは、人として生活する為に欲しいもの一覧である。これを聞いて全部覚えられるなら、それだけでひとつの能力だろうって勢いで。
「……カーテンと、クローゼット、ベッド、三角スチール。サイドテーブルとランプ、その他細かな備品を幾つか。それと……空気の入れ替えは、どうしたら出来るのか教えて欲しいわ」
「向かって左側のドアを開けると、そっちも部屋になってる。見て来い」
言われるままに左側の部屋に足を踏み入れると、そちらは人が通れない程度の小さなものだけど窓がついていて、その窓は開くらしいと気付く。クーちゃんだけなら出入りできそうなそれにホッとしてから、その部屋にベッドとクローゼットが置かれているのを見る。
けれども同時に拷問道具を発見して、趣味の悪いと小さく呟く。原作を読んでた時はそんな描写知らなかったけど、ナミちゃんは拷問されていたのだろうか。
もし違うとしても、海図を描いてる隣で誰かが拷問なんてされたらたまったもんじゃないわ。頭がおかしいにも、程があると思うのよね。
「ナミが休む為の部屋だ。嬉しいだろう」
逆らえば拷問が待っているのだと言外に言われて、喜べる阿呆がいる筈も無い。でも、この運命を変えられなかったのは私。
ならば私に関する事は、甘んじて受け入れよう。村の人達が無事なら、それでいい。
「そうね、寝られるなら十分だわ。ありがとう」
冷静さを失わないように言ってから、元の部屋に戻り机に向かうと、即座にペンを手にする。アーロンに教えていない筈なのに、使い慣れてるペンのメーカーだと分かり、これならばまともに描けそうだと薄く笑う。
描いてる途中で、インク割れしないのがこのペンの良さなのよね。吸い上げの量は少ないけど、それはおいおい解決して良い物を出すだろうと思う。
机も角度をある程度調整出来るタイプの物で、海図を描くにはやりやすそうだと思う。だけどやはりフラットにはならないので、サイドテーブルがこれなら必要だわ。
「……何を描けば良いのかの指示と、至急サイドテーブルとランプ、三角スケールとカーテンをお願い」
私の言葉にアーロンは分かったと言うので、振り向いて指示を待てば小さく溜息を落とされた。それに何が言いたいのかと視線を向けると、アーロンは何故か一瞬だけその瞳を揺らす。
それにより私は、質問する事が出来なくなってしまう。どうしてアーロンがそんな顔をするのかな。
「もう少し馬鹿な方が、生きやすいだろうにな。哀れな奴」
どういう意味かと聞こうとしたけど、続いて聞こえた指示によりその言葉は飲み込まざるをえなかった。ここで争っても勝ち目は無い。
私が、自力で能力を認めさせなければこの先も待遇改善は見込める筈もない。そう思い、描くべき物が分かった私が机に向かおうとしたら、先程とは逆側にあるドアを示されて、そちらに視線を向ける。
「あれは脱衣所と風呂だ。必要なら使え。それと……これがこの部屋の鍵だ。内側から鍵をかける時も使わないとかけられねェから、無くすなよ」
あるだけマシと思うか、本気で閉じ込めるつもりなのかと呆れたら良いのか。どちらをしたとしても、私に利はない。
ただ、プライバシーを守る事をしてくれるのかが気になる。着替えや入浴中に入って来られたら、斬り捨てたくなるのは間違いないと思うから。
……叶うなら、雷を落とすのはやりたくない。なんと言っても、免疫があるのか分からないし、無かったとしても、この先慣れさせて変な免疫つけさせたくないもの。
最初の戦いで落としたのは後悔してないけど、もっと効率よく戦えば良かったわ。頭に血が上りすぎてた事を、悔やんでしまう。
「この鍵は誰が持ってるの?」
「……お前と俺と、幹部だ」
それに分かったと答えてから、私は机に向かった。それをアーロンは暫く眺めていけど、少しすると飽きたのか部屋を出て行き鍵を掛けた音が聞こえてホッと息を吐き出したのは、私が弱いから。
紙に線を引く音がする。それと同時に、慣れ親しんでいるインクの匂いがする。
それは……まるでいつもと変わらない日常の一コマであるように、私に錯覚させる効果を持つ。ガチャリという音が聞こえた直後にガタガタと音が聞こえて、それを無視して描き続けていたら会話が聞こえてきた。
集中しきれてない証拠よね。まぁ、そんな事したら今はまだ命に関わるから出来ないってのもあるけど。
「アーロンさん、ここでいいですか?」
「あァ、俺が座る為のものだからな」
戦った後遺症的に完治してない傷が痛い……と、言う権利は私には無い。まだ鈍い痛みが断続的に続いていて、意識しないように気を付けるのが精一杯になる時もある。
それでも、息をするのもつらい時にそれを悟らせる訳にはいかない。そんな時は、何かに集中してしまえばいいのだ。
そうすれば、その間だけでも楽にられるから。下手に薬を貰い、それが麻薬ならどうにもならなくなる。
相手は海賊。信じるに、価しない存在だわ。
「コレは何処に?」
「あの机の横に置け。それは……」
家具等を言ってすぐに用意してくれたらしいと気付いて、話の分からない相手ではないらしいと気付く。憎しみに囚われて、人間の全てが憎くても、抑えるべきは抑えられるのかと思えば、ある意味で船長らしいと言えるのかも知れない。
……違うわね。ただ、アーロンがある程度の年齢になってるってだけの事だわ。
そう考えたらアーロンはとっくに、子供に八つ当たりしていい年齢は超えてる筈よ。全く……本当にいい所が見当たらないわね。
そんな事を考えながら描いた海図を手に立ち上がると、アーロンが運び込んだソファと、その目の前にローテブルが見えて邪魔くさいなと思ってしまったけど、即座にそれを振り払い歩き出す。部屋の端から用意されている紐に海図を吊るして、私はまた机に戻る。
手をいくら伸ばしても吊るすのに足りなかった身長は、ローテブルに乗る事で解決した。それを見ていた筈のアーロンは何も言わなかったから、それで間違ってなかったのだろう。
そう思っていたら、海賊らしからぬ発言に内心驚かされる事となる。アーロンが何故そんな、妙に正しい事言ってんのかしら?
「……脚立も、用意してやるから、テーブルに乗るな」
背後から聞こえた声に無言で頷いてから、次の海図を描いていく。どうやらアーロンは私の行動に驚いていただけでなく、何か問題があったから言ったらしい。
踏み台代わりに用意されたローテブルだと思っていたので、正直私の方が驚いたわ。私の背後で食事をしているらしい香りと音がしても、机を向いている私には興味を惹かれるものではないので無視して描き続ける。
それが面白くなかったのか、アーロンは人払いをしてから私を呼ぶ。描けと言ってるのは、そういう契約をしたのはアーロンだと言うのになんだと言うのかしら。
「来い。飯だ」
「……後でいいわ」
「来い!」
拒んでみても繰り返し呼ばれてしまえば、一応雇い主の立ち位置にいるアーロンに逆らう訳にもいかない以上、動かない訳にもいかなくて、くるりと向きを変えてアーロンの元へと向かえば、怪訝そうな顔をされる。そんな顔をしたいのは、むしろ私の方だと言うのに。
呼んでおいて来たら変な顔するとか良くないわ。と、叱りたい気持ちをグッと堪える。
「……腹は減らねェのか」
「集中してる時は、全て忘れる事が多いわ」
「……天才型の典型だな。まァいい、食え」
天才じゃなくて、学者肌の特徴だった気がするけど。この世界では違うのかしら?
溜息を落としてしまい、どうしたらいいのかと悩む。立ったまま食べたらいいのかな。
「何してる。さっさと座れ」
そんな事を言われても、座れるのはソファか床しかない。そうなるとソファにはアーロンがいるからと思い、床に座ろうとしたら、腕を掴まれてアーロンの腕の中に抱き込まれる。
何事かとアーロンを見れば、身体を反転させられてアーロンを背にする形で、ソファに座らされた。気に入らないけど、逆らうのは得策じゃ無い。
横並びに置かれた食事を見て、どちらを食べれば良いのかと思い、量の明らかに少ない方に手を伸ばす。それからベルメールさんに教わっていたから、毒等の検査を行いつつ食べ物を口にして……立ち上がる。
風呂だと言われていたドアを開けて脱衣所に行けばドアが2つあり、その片方を開ければありがたい事にトイレで……そこで口に入れたものを吐き出せば、アーロンが真後ろでほォと言うのが聞こえた。毒ではないけど、普通の食べ物でもない何かが入っている。
「これ、は……」
言葉を最後まで紡げないのは、恐怖か、それとも薬の効果か。とりあえず言えるのは、この薬は、まだ知らないという事。
即効性の猛毒ではないだろうし、生命を脅かすものでもないだろう。それでも、それならなんでも大丈夫!とは思えない。
「痺れ薬だ。すぐに吐き出した上に飲み込んでねェから、2~3時間で効果は消えるだろう」
「何故……?」
「……腕を無くした同胞が、お前を殴りたいんだと。だがお前に抵抗されると、あいつらが負けるからな。悪く思うなよ」
答えがあっただけマシね。私は諦めて瞳を閉じると、小さく頷く事で答える。
現状、殺されたり犯されたりしないのならば、それだけで充分。今は、生き残る事だけを考えなければ。
まだ、死ねない。ベルメールさんとノジコを解放するまでは、諦められないわ。
私を運ぼうと持ち上げたアーロンが、私の足にある短剣を外した。腰にある笛や扇も取り外されて、胸元に入れていたクリマタクトも抜かれると、全て脱衣所に置かれてしまう。
つまりは……武器も、無しか。それでも、戦えない事はないけど。
でも、戦う事がそもそも許されてないのかも。そう考えたら、納得出来てしまう。
その上で孤立無援かと内心で笑った時、アーロンが私を抱き上げながら小さく呟いた。それに僅か、期待してしまいそうになる己の弱さが、嫌いよ。
「硬い物があると、それが元で怪我に繋がる。少ししたら止めてやるから、それまで大人しくしてろ」
それが例えば希望を持たせて絶望する姿を見る為の嘘でも、気遣ってくれていると思えるそれに私は小さく笑う。原作知識では見えないものがあるのだと、私はしみじみ思わされながら、殴られる為に運ばれて行く。
そう言えば、赤髪海賊団も名前が分かってなかった人達の名前や、ウタという愛しい娘がいた。やはり、現実であると言う事は、そういう違いもあるのね。
到着した所にいた二人は切断した筈の腕をちゃんと身体に装着しているから、治療が間に合ったらしいとわかり内心でホッとする。私としては魚人である事を理由に、無駄に傷付けたり苦しめたりしたい訳では無いから。
それに彼等が腕を生やしているなら、足を失った人も足がある筈。ベルメールさんにした事を考えたら生きてる資格はないし、生きてるとしても海賊ができないとか、日常生活に困るのは大いに結構だけど……罪悪感が無い訳でもないのよね。
そんな事を考えていた直後に始まった暴行は、普通に受ければ多分相当なダメージになるだろうけど、シャンクスのおかげで武装色を纏えるので、何とか怪我をしなくてすんでいる。攻撃への転換は苦手だけど、こうした防御にならそれなりに使えるのだから、ありがたい限りだ。
ただ、痺れていても意識がハッキリしていれば覇気を使えると言うのは一つの成果。今後も何かの時には役立つだろう。
今回のこれは正直、彼等の忍耐力と体力、精神力が私のそれに対して上回ってるかで怪我の量が変わる。もし私の体力や棋力が切れてしまえば、生きていられるかは難しい判断。
どれ程時間が過ぎた頃か分からないけど、抵抗しない私に飽きたのか、二人の動きが鈍くなっていく。その時アーロンの声が響いた。
「もう、充分だろ。まだ海図を描かせ終わってねェから、持ち帰るぞ」
「「はい!」」
アーロンの言葉に反応して、返事をする声が聞こえる。私は痺れの残る身体では歩けず、その場で蹲っているしか出来ないけど。
見た目だけなら、私は大怪我してるように見えてるくらいには汚れてる筈。私を殴った事で、魚人達の手がダメになってしまっているので、返り血でそうなってしまっているのは理解してるわ。
軽々と持ち上げられた私は、アーロンに運ばれて部屋に戻される。それからソファに下ろされて、視線をアーロンに向ければ不思議そうな顔でアーロンが問い掛けてきた。
「……どうして怪我をしてねェんだ、ナミは」
「あの二人が、手加減してくれたんじゃない?」
「そんな訳あるか。奴等はお前に怨みと憎しみを抱いてんだ」
その言葉につい、反抗したくなる。だって、そうでしょ。
三歳児じゃあるまいに、なんなのよ。その恥知らずな反応は。
「なら、私のそれの方が強かったから効かなかったんじゃないかしら」
「お前の、怨みと憎しみ?」
「他の何?」
私の返事にその瞳をカッと怒りに燃えさせるのを見て、脳の芯が冷えるのを自覚する。何なのよ、その反応。
アーロンの口が開くのを見て、冷たい声が出る。何も言わせるもんですか。
「人から奪うなら、奪われる覚悟位しなさいよ。人を傷付けたんだから、やり返されて文句言う権利がある筈無いでしょ。それとも……」
不思議そうなアーロンを動けない身体で睨み上げる。声が自然と低くなるのを自覚しながら、止められない。
この先に影響すると分かるのに、止まれないの。なんで突然破壊して、奪って傷つけた側が偉そうに文句言ってんのよ。
「自分達は何しても許されるけど、されるのは嫌なんて三歳児みたいな事考えてる訳?」
アーロンは息を飲んだ。その上で視線を逸らし、全く返事にならない言葉を口にする。
恐らくそれが、アーロンにできる最大の妥協。それは分かってるけど、認める気はないのよ。
「殴ったり蹴ったりしてるあいつらの方が、痛そうな顔をしてる時があったが?」
「……それは、不思議ね」
言われてから、武装色で固まっていた訳だから、硬い物を殴って自らを痛めつけるような形になったのだろうと理解してたそれが思いの外酷い状態だったと知る。けど、覇気についての何かをアーロンに答えるつもりは私にはない。
そう言えば私、服が汚いわ。新しいのって用意して貰えるのかしら?
なので、都合の悪い事はしらばっくれておく。そんな私にアーロンは胡乱な視線を向けたけど、ガン無視しておいた。
「今夜はお前の飯は、無い。大人しくしてろ」
「……動けないから、そうするわ」
「口の減らねェガキだな、お前は」
「ひとつしかないんだから、減らせる訳無いじゃない」
ふんっと、鼻で笑いつつ言えば青筋が立つのが見えた。それにより内心の溜飲が、少し下がった気がする。
結局無言で去るアーロンが、ドアに鍵をかけて行ってくれたのを音で確認して、戸惑う。村を占拠している悪人の筈なのに、どうしてアーロンは私を庇うような事をするのか。
その心の葛藤が見えるようで、けれども理不尽な加害者でもある彼を、皆を傷付けた彼を許す事だけは出来ないと、理解しているのよ。だから私は、蓋をする。
優しくしようとする自らの甘さに。許そうとする、自らの弱さに……蓋をする。