人には優しく親切に。乱暴な言葉遣いをしてはいけません。
人が嫌がる事をしてはいけません。手を上げてはいけません。
自分がされて嫌な事を相手にしてはいけません。自分にとっては気に入らない事でも、相手にとっては大切な物があるから、それを蔑ろにしてはいけません。
人が大事にしているものを馬鹿にしてはいけません。人が大事にしている事を奪ってはいけません。
後ろ暗い事をしてはいけません。うがった見方をせずに人を信じましょう。
無闇に人を疑ったり、悪意を疑ったりせず、笑顔でいましょう。裏ばかり考えようとせず、真っ直ぐに物事を感じましょう。
明るく考えましょう。楽しく皆で過ごしましょう。人は優しいものだと信じましょう。
私はずっと、そんな綺麗事を心の何処かで本気で唱えていた。だから、アーロンにトドメをさせる筈の瞬間があったのに、腕ではなく首を飛ばせた筈の相手さえ殺せなかったのよ。
今の状況は、私の弱さが原因。皆を巻き込んでるのは、私の弱さ。
そこに来て思い出したのは、三人の弟であり友人。サボはもう、拾われた頃だろうか。
仲良しなエースとルフィに待ち受ける未来を思えば、ここでこうしても居られない。家に慌てて帰った私は、海のような、空のような、マルコのような青色の封筒を取り出して、手紙を書く。
『拝啓 陽春の候
まさに春爛漫、心も華やぐ季節となりました。いかがお過ごしでしょうか。
一度もお会いした事がないのに、突然のお手紙で驚かせている事と思います。しかしながら、私のこの胸の内を、どうかお聞き届け頂きたく、筆を手に致しました。
かの有名な白髭海賊団の一番隊隊長、不死鳥マルコ様。貴方への想いは、日増しに強くなり、とうとうこのような手段に出ました事、お詫びいたします。
さて、このたびは小さな予報をさせて頂きたく存じます。実は私、予報士なのです。
この手紙は、隊長格の方々と白髭様の他にはどうか見せないで頂きたいのです。このお願いを聞いて頂けないのでしたら、いつか大切な方を喪う事となりましょう。
これは脅迫ではありません。私の持って生まれた夢見の予報に基いた未来です。
え?それでは預言者?
違います。私はただ、少しだけ未来を予想できる存在でしかないのです。
今から五年程後に巷を騒がせ始めるルーキー、火拳のエース、彼は後に皆様方の家族となる事でしょう。もしも、家族となりましたら、その後そうたたない内に、空いている隊の隊長となります。
それを私は見ました。また、新聞でその真実が確実になったと分かりましたら、お手紙を送らせて頂きますので、それまではどうか皆様仲良く、ご自愛ください。
新天地で、更なるご手腕を発揮されます事をお祈り致します。
確か、エースはルフィと同じ17歳で海に出る。エースは私の2つ年上だから、今は12歳。なら5年後で間違いない筈。
これで少しでも何かが変わればいい。変わらなくても悪くはならないし、今は他にできる手が無いからとりあえずやれる事はやっておきたいところ。
可能な布石は、何であってもいくつでも打っておきたいのよ。私一人の力で出来る事なんて、限られてるから。
……ああ、ノジコとエースとサボって同じ歳なんだと今更気付く。地球感覚だと、ノジコ達が小学6年生、私が4年生、ルフィが3年生……かな?
私が七月産まれでひとつ上だから、その筈よね。ルフィは五月産まれなんだもの。
でもそりゃあ、ルフィがエース達に勝てないのも当然かと笑ってしまう。首にかけている笛を吹いて、クーちゃんを呼べばすぐに来てくれて、新譜の入った茶色の封筒と白髭海賊団に届けて貰う青色の封筒を託す。
雨が止んで、私の立場の他は何も変わらない日々が動き始める。その瞬間に涙は枯れ果てて、感情も押さえ込まれる。
譲れないものがあるから、私は立ち止まれないと心を強く震わせて、細く息を吐き出してから勝気に笑って見せる。こうして私はアーロン一味の幹部となった。
アーロンの元で幹部として行動するようになり、生活は大きく変わった。とは言えアーロンは約束を守り、他の魚人に私が手を出されるような事は色々な意味で無かったけど。
ただしその代わりとでも言うかのように、アーロンが私に手を出して来た。下等な人間は幹部にしていても、下の立場なのだと見せ付けるように。
描けと言われた海図を描いてるのに、運ばれて来る食べ物や飲み物に毒やら媚薬が入ってるのは当たり前。それにより苦しむ私に、けれども休む事など許さない日々。
「ナミ……何をサボっている?」
「うる、さ……「契約破棄するのか?それとも、甘えているのか?」」
身体が、熱い。手に力が入らないし、服の擦れるそれさえ苦しい。
なのに、描かなければ契約を破棄した事にされてしまう。つらいと言えば笑いながら私の身体をまさぐられてしまうのだから、耐える他無いのは分かってる。
だから、深呼吸して背筋を伸ばす。なんでもない事であるかのように、見せ掛けて笑う。
「五月蝿くて気が散るわ。……出て行って」
「……飯をまた、持って来てやる。ああ、可愛がって欲しくなれば生涯忠誠を誓う事を条件に、叶えてやるから遠慮なく言えよ」
「私はアーロン一味の幹部。対等な立場の筈よ。邪魔しないで出て行きなさい」
肌を伝う汗にさえ反応して震える声と身体。ヤダと泣き叫ぶ事さえ、できはしない。
毒は、ある程度免疫もあったけど、こんな物免疫なんてある筈も無い。それでも、たとえ一人になっても慰めるなんてしたくなくて……効果が切れるまで何事もないフリをして、海図を描く事に意識を集中させる事で耐える。
用意される危険物を口にしたくなくて放置すれば、鎖に繋がれて鞭で叩かれる。まるでそれが当然だと言わんばかりに。
痛がれば叩く力が強くされ、悶れば笑い者にされるだけ。……いいえ、それで終われば優しい方だわ。
媚薬で敏感になっていたり、毒で弱ってる肌に、SM用では無い蝋燭を垂らされれば大火傷と同時に生命の危険。なのに、繰り返されるそれは、鎖に繋がれていて逃げる事も歯向かう事も出来ないのだ。
薬が効いていても顔に出さないよう耐えられるようになると、アーロンは私にキリバチで突然襲いかかってくるようになった。島に……いえ、屋敷の部屋に閉じ込められてもう三ヶ月。
「動くと薬が回るぞ」
「なら、邪魔しないで、大人しく海図を描かせなさいよっ……!」
邪魔をされれば完成が遅れる。なのに、それでも常人の数倍の速度だから問題無いと言って斬りかかって来るのだから、私とて苛立つのも当然だ。
薬で足元がおぼつかなくなり、倒れ込む私の髪を掴みいつものように拷問部屋に運ぶと、水をかけられる。それだけで火照りが減るのだから忌まわしい。
一人の時は、冷水を浴びれば何とかなる。だから、その後肺炎になってもいいからと思いつつ冷水を浴びて落ち着かせたりしてきたけど、コイツの前で寝込む訳にはいかないのよ。
病気になるように仕向けておいて、病気になると動くな寝てろと言いながら、毒の無い食べ物や飲み物を運んで来て無理に食べさせて来る。その間中、自己管理ができてないとか素直じゃないとか言い出すのだから困ったものだわ。
そもそもなんで私が素直に具合が悪いと言うと思うのかしら?そんな事したら、余計に扱いが酷くなるのに。
痛い、苦しい、つらい、悲しい、熱い、冷たい、言えば言う程に酷くなるそれに、私が呻き声さえ出さないようになっていったのは当然の事。予想外の角度や想定外の何かが来れば声が出てしまうけど、その他は声も反応も可能な限り耐えるようになったのは極自然な事だと思う。
責められるのも日常化すれば、心は麻痺してそれを受け付けなくなるか、同調して自己否定を始める。私は、落ち込んでる場合じゃないから、反発して強気に嘲笑うようになってきただけの事。
部屋に閉じ込められて半年……インクの追加を取りに行こうと部屋を出ようとした瞬間に起きた爆発。即座に身を守り距離を置い取れば、今度はナイフが飛んで来た。
それ等を全て躱した所で駆け付けたクロオビが嫌そうな顔で私を見る。でもそれは、私の責任じゃないわ。
「大人しくしていろ。お前に屋敷を歩く権利など無い」
「インクが無いのよ。不備を補ってあげようってのに、これは無いわ。アンタ達なんか手伝いすらできない無能なんだから、せめて邪魔しないで」
「言わせておけば……」
低く唸るその声さえ、犬の唸り声にしか思えない。どちらの方が強いかさえ分からない愚者。
サシでやり合えるなら、こいつらに負けるわけも無い。力以外に何も誇れないこいつら程度なら、簡単に御せるわ。
そう思うからつい蔑みの視線を向けてしまう。皆を人質に取られていなければ、ベルメールさんを傷付けたこいつらなんか、今すぐにでも斬り捨ててやるのに……。
「あら?……ああ、本当の事だから傷付いちゃった?」
「いい加減にしろっ!!アーロンさんに可愛がられてるからと調子に乗るなっ!」
拷問と薬漬けにされる事が可愛がりなら、そんなのいくらでも譲ってやるわよ。そう言おうとして、口を閉ざす。
言っても喜んで高笑いした上で、アーロンの株が上がるだけ。私には不利益しかない。
「……図体も大きいし、パパに甘えたいお年頃は過ぎたように思うのだけど、貴方達は見た目より幼いの?……ああ、質問が悪かったわね。まだまだばぶちゃんだったのかしら?」
クスッと笑ってやれば、無言で攻撃を仕掛けて来る。でも今は薬が効いてる訳でもないから、それくらい躱すのは容易い。
服や身体に水滴が確認できたから、私は胸元からクリマタクトを取り出してクルクルと回す。それだけで、クロオビの顔色が変わった。
アーロンとの戦いで、私は雷を使った。それを思い出したのだろう。
室内でも雷を落とせる私に距離を取り、そして肩を竦めてみせる。それで終いだとでも言わんばかりに。
「勝手に出ようとするからそうなる。部屋を出たいなら、アーロンさん、いや……ご主人様に甘えるんだな……子猫ちゃん」
イラッとしつつ溜めたそれをクロオビの真横を通過させて壁に当てるに留めた私に、クロオビは盛大に青筋を立てた。嫌味に対して何も返さない私じゃないのよ。
「どうせなら〝可愛い〟とか〝か弱い〟って枕詞にして欲しいわ。私はね、アーロンの物じゃないの。契約だから、ここにいるだけよ。勘違いしないで」
「……そんな生意気な様子だと、また
その瞬間、可愛がられるの意味を分かっていて、嫌味で言ったのだと理解してしまう。でも、そりゃそうよね。
私が意識を失って、血みどろになってるのを船医が治療に来てるなら、その情報は幹部に伝わらない筈も無い。なのに、あんな言い方したなら……。
「なら、私からアーロンにオネダリしてあげるわ」
「ん?」
「クロオビも、私みたいに可愛がって欲しいって言ってたから、可愛がってあげてって。私と同じように扱われたいんですってって。……大丈夫よ、私はクロオビと違って妬いたりしないわ」
普通にアンタドMなのねと言うよりも、こっちの方が良いとわかるからあえて笑いながら言ってやる。それによりクロオビが腕の刃を剥き出しにした時、アーロンが戻って来た。
どうやら話は全て聞いていたらしい。その様子に、私は今日の己の運命をさとる。
「アーロン」
「ん?なんだ、ナミ」
「今夜も……寝かせてくれないつもり?」
その瞬間、騒ぎを聞き付けてかけてきたらしい他の幹部が吹き出したり、赤面したりする。そんな様子にアーロンは何故か息を飲んでから、深々と息を吐き出した。
周りの幹部達はそれだけで、何かを悟ったように顔を見合わせる。何とも言い難い程に苛立つのは、睡眠不足が原因かしら。
「巫山戯てんじゃねェ。クロオビ、下がってろ。ナミはなんで勝手に部屋を出ようとしたのかを説明しろ」
「インクが無いのよ。これじゃ何も描けないわ」
描きかけの海図を見たアーロンはヤレヤレとばかりに肩を竦め、ハチに持って来るように言うとその場を解散させた。時々、アーロンはこうした形で私を庇う。
分かりにくいけど、確かに守ってるのだとわかってしまう。アーロンが私をいたぶる理由がよく分からないけど、ストレス発散とかならもっと手酷くやると思うからそれも違う気がしてるのよね。
毒は無いとか言って用意された食事に、本当に無い時もあるけど、ちゃんとガッツリ媚薬が入ってる事もあるので何を食べるにも警戒するようになったのは不可抗力。
「ナミ、忘れるな。ここはお前の部屋だ」
「なによ、それ」
「お前の部屋で、お前を傷付けて良いのは俺だけだ。それはつまり、勝手に出れば何が起きても俺も……」
途中で言葉を切ってしまうアーロンに、つい胡乱な眼差しを向ける。何を言いたいの、この魚。
守れないとか、庇えないとか言うなら、初めから襲って来んなし。とか、言えたら良いのに、大切な人達の事を大切では無いとして生きる為にはそれも言えない。
これまでに突然キリバチで襲い掛かってきたり、部屋の出入口に罠を仕掛けられていたり、食事や飲み物に毒やら媚薬やらを入れられていたり……と、数えればキリが無い程に色々やっておきながら何を言い出すのかしら。やはり頭も魚だけあって、あまり良くないのかも。
そんな事があった翌日、アーロンは頭をおかしくしたらしい。その証拠に、今まで約十倍の強さにされた毒を与えられ、私は苦しみを耐えるより前に生き残るのが先決と言う状態に追い込まれたのだから。
その結果苦しみ泡を噴きつつ暴れる私をアーロンは自室に運び込み、幹部を集めての鑑賞会を開催した。こいつらの前で苦しむのは、死ぬよりもなお耐えられない。
それでもそんな生活だって、半年を過ぎれば心も身体も慣れてくるもの。毒や媚薬が入ってるのか見たり嗅いだりしただけでわかるようになるし、効果も薄れて来てる。
そうなると今度は毒だ飲め、媚薬だ飲めとそれと分かっている物を強要されるようになる。最近出回り始めた新作だと言って、媚薬やら毒やら痺れ薬やらと、変なものを飲まされ続け、それも原液を飲まされる時もあれば、ビール、ワイン、カクテルにウーロン茶、何にでも混ぜてくるんだから阿呆じゃないのと罵りたくもなるというもの。
アーロンに提供されるのは九割方普通なら口にしないものだったけど、逆らう事が許されず飲まされ続けた。鎖の音が聞こえれば、次にくるのは屈辱と痛み。
分かっているからこそ、音に身体が反応する。慣れていても、覚悟していても、痛いものは痛い。
表情に出さなくなったり、鈍くなったりはしてくけど、同時に過敏にもなる。叶うなら、逃げ出したいと……思わない筈がない、けど……。
泣くな私。私に、泣く権利はない。
あの時、倒せなかった私の弱さが全ての責任。覇気を纏っていて、それでも互角だったのは……私が、傷付ける事を恐れたから。
だから、受け入れる。大切な人が大切だと気付かれないために。
ただ、海図を描くのは当然としても、媚薬で動けなくなってる所を攻撃してくる性格の悪さは尋常じゃない。ベルメールさんを歩けない身体にしただけでは、飽き足らないとでも言うのかかしらね。
何度悔しさと屈辱に、涙を飲んだか分からない。それでも、死なないように計算され尽くしたソレはある意味安全で、アーロンが私をそういう意味でオモチャにしている事で、他の魚人も安心するようだった。
私の部屋として用意された寝室と呼ばれるそれは、明らかなる拷問部屋。苦しくて痛くて怖い場所であり、私の血の匂いで噎せかえりそうになる醜悪な場所。
漸く測量の為にと外に出して貰えるようになったのは、そんな生活が一年ほど過ぎた頃だった。村に顔を出せたのも、当然その頃から。
避けられるのは当然。嫌そうな顔と、哀れみの顔が溢れる村。
ノジコは、村を通らなければいいと言ってくれる。でも、自分で確認したいの。
皆が無事に生きているのかを。ちゃんと、生活出来ているのかを……。
「ナミちゃん、おいで、おいで……」
村の中で囁くような声が聞こえた。そっと手招かれて向かった先は、苺農家の老夫婦の家。
優しく笑って、けれどもどこか危うげな気配を纏うそれが心配でフラフラと近付いてしまった。そんな私をそっと匿うように受け入れて、花弁をつけたままの苺を差し出される。
それを受け取れば、アーロン達が来る前に良く貰ったりノジコにあげにかけて行った事を思い出す。そんな私に、二人は優しく笑うばかり。
「皆には内緒だよ。……ねェナミちゃん、私達は強くない。だから、ごめんね。内緒で会ってしまうんだ」
「なんで、謝るの……?」
「良いんだよ。子供は、難しい事気にしないで、苺、食べんしゃい」
そう言って頭を撫でてくれるその手が、泣きたくなる程に優しい。ベルメールさんや、ノジコと同じ、宝物を触るような優しい手付きで頭を撫でて微笑む二人に、必死で涙を堪えて……俯いた。
「たまにでいいから、顔見せておくれよ。花のついた苺、できるだけ残しておくからね」
花びらの残る苺は規格外でお店に出せない。そう言って、むしればいいものなのにいつも私やノジコにくれる二人は、私がアーロン一味にいると分かってからも唯一、変わらず優しかった。
だからこそ、胸が痛い。憎んで嫌って罵られた方が、私には似合いなのにと思うから。
どうしたら、いいのか分からなくなる。逃げるように立ち去る私に、他の人に分からないように小さく笑って見送ってくれる二人は、きっと私にとって大切な祖父母のような存在だろう。
その勢いのまま海へと飛び出して、自分の島とは色々と違うその島に船を隠すと、久しぶりにいつもの酒場で演奏して気持ちを落ち着かせながら情報を集めたり小銭を得たりする。そんな私を親戚のおじさんのように心配そうに見詰めてくる店主は、お人好し過ぎて商売に向いてない。
酒場で使えそうなレシピを少し書いて渡しながら、ご飯をただで貰うけど、これは一応対価として有効よねと内心で首を傾げる。そんな私に、少し切なそうな顔で、果物を差し出してくれるのは、私に変な癖がついたから。
「ん~!美味しい」
「ナミちゃんは本当に果物が好きだな。俺としては、飯をまずは食って欲しいんだが」
「果物は果糖が含まれてるからエネルギーとしても効果的よ。ビタミンも豊富だし、水分も取れる。最高じゃない」
「ダメだこりゃ」
そんな事を言いつつ笑う店主に、最近困ってる事は無いかと尋ねたら逆だろうと嘆かれてしまう。……解せぬ。
首を傾げる私の頭を優しく撫でて、それから突然言い出したのは近くにカジノ船が来てると言う事。少しでも元手があるなら行って儲けてみたいと言い出すそれを受けて、無意識のうちに立ち上がっていた。
「マスター!ご馳走様!」
言葉と同時に飛び出して、近くの洋服店に飛び込む。この時代……と言うか背景的なものの関係で、どの洋服店でもある程度の品質のドレスは扱われている。
だから小柄な女性用のコーナーで幼さを前面に出したソレと、可愛らしい髪飾りを購入してその場で着替えさせてもらうと、船に乗り込み目的のカジノへ向かった。そっと他の客に紛れて中に入ると、誰かの子供と思われチェック等をすり抜けられたので、後は稼ぐだけ。
カジノのルールは、子供だから分からなくて当然とばかりに聞いて回る。パパもママも遊んでて、何にも教えてくれないんだもん……と拗ねて見せれば飲み物を出しながら、なんでも丁寧に教えてくれるのだから子供の姿は便利だと内心でほくそ笑む。
ルールを学び、コインと現金の交換方法を学び、ナミちゃんの可愛らしさを利用してゲームに参加して行く。私もやってみたい!と言うだけで椅子を用意されて微笑ましそうに参加させてくれるのだから、子供とは便利なもの。
ある程度稼いでも、周りは微笑ましそうに見てるだけなので、危険も少ない。台を変えて、やる事を変えて、勝ち続けた私は、それを換金してホクホクしながら次にまたこの辺りに来る時期を聞き出す。
他の船も含めれば、だいたいふた月に一度位のペースでこの付近に来るのを確認できたので、目立ちすぎない程度に稼がせて貰う事を決めた。カジノに来るにはある程度の粧も必要なだから、それの金額も含めて勝たなければならない。
年齢が変われば姿も変わる。それに合わせてドレスも買い換えないとならないので、それなりの元手はいるけど……リスク少な目に稼げるのは有難い。
カジノの中でスリの練習をして技術を磨けば、町中でやっていた時より稼げる上に気付かれる可能性を軽減できた。カジノサマサマである。
こうして定期的に来るカジノ船での荒稼ぎをするようになり、私は通り名ができたらしいが……興味は無い。こうして私は、カジノでの遊び方、スリの技術と変装の技術を高めて行く。
カジノや酒場は情報の宝庫。海賊による被害やパーティの情報はカジノで得られるし、海賊の溜まり場は酒場で仕入れられる。
パーティ等に潜り込めば、客としてより給仕のフリをしてる方が海賊に襲われた時に襲って来た船に移動して、積荷から宝を奪うのもやりやすいと学ぶ。当然見付かったり捕まったりするリスクも無い訳じゃないけど、リターンが大きいのだからやらない手は無い。
真っ当な商売だけで皆を救える筈もなく、子供が稼げる額には限度がある。海図も描かないといけないし、その為に船での移動は必須。
カジノ船も豪華客船も、様々なルートを通るからこそ、東の海の海図を描くにあたり困らない程度には回れている。捕まって怪我をしたり、稼いだお金を狙われて襲われたりもしつつ何とか島に戻り隠して行く日々。
その度に帰ったわと言ってアーロンパークに向かうしかなく、そうなれば当然拷問付きの海図を描く日々にシフトチェンジ。お前の部屋から出るなと言われた時に出ようとしたら、出入口には変な仕掛けをされたり、鎖で繋がれた状態で海図を描かされたりするようになった。
薬は相変わらず色々と使われて、効きが弱くなると強い物に変えられたり、原液で使われたりするようになっていく。それ即ち、命の危機ってくらいに動けなくなる事もあって、そうして苦しむ私を幹部達に見せて笑いながら酒を飲んでる様子に殺意に似た何かがおきる。
こんな事をナミちゃんはされて来たのか。なのにあんなに真っ直ぐで優しい子でいられたなら、それは天性のものよね。
ごめんね、私はこの身体を傷付けられてばかりで……何も守れてない。ベルメールさん、ノジコ、ゲンさん、ドクター……会い、たい、よ……。
大切な守るべき人達は、私の心の支え。例え皆に嫌われていても、憎まれていても、呆れられていても、見捨てられていても、私は……。
暗くなる視界の中で思い浮かんだのは、守ってくれる兄達では無く、守るべき家族。譲れない、根底にある大切な人達の姿だった。
意識を取り戻すのと同時に、違和感に気付く。寝かされてさえない身体は、鎖に吊るされたまま。
今度は何をされるのかな。棒で殴られるか、鞭で叩かれるか、はたまたナイフで切り刻まれるのかしら。
媚薬は感度を上げる。即ち、傷つけられた時の痛みを倍増させるものが半分と、それを麻痺させて快楽に直すものが半分。
つまり、地獄の苦しみしか待ってないのだ。身体の至る所から鮮血を吹き出しながら、身悶える事に違いは無い。
恐怖に身体が震えそうになるのを必死に抑え込めるのは、相手がアーロン達だから。こんなヤツらに、弱さは見せない。
「起きたか」
あえて返事をせずに睨めば、トゲのついた鞭を手に取るアーロン。これで、私が何か失敗したとかならまだ分かるのに……何も無いのだから許せる筈も無い。
振り上げられた瞬間に覇気を纏おうとして、無理な事に気付く。つまりこれは……快楽の方。
「……んぁ……っ……!!」
覇気を纏おうとした為に息を止め損ない漏れる声。裂ける皮膚から溢れ出す鮮血が、流れ落ちる感触さえ快楽に変わる。
意識を強く持ち、声を抑える。傷だらけになり、快楽に乱されたとしても達する事のできない薬は、効果を消した瞬間本来の激痛に瞬時に入れ替わるのだ。
そうなると呼吸さえままならない程の、熱さのような痛みが脳天をつく。そうして出血と痛みで意識を失うその瞬間まで、これは続くと理解していた。
だからこそ、睨んでしまう。どうにかして一矢報いてやりたくて、僅かに可動域のある足で鎖をふり、鞭に当てる事で払うとアーロンは楽しそうに高笑いをする。
「そういう所が、これをやめられなくなる理由かもな……?なァナミ、俺のストレス発散にサンドバッグとして役立つのは……当然だろ。何抵抗してんだ」
「そんなに殴りたいなら、アンタの同郷でも殴ってなさいよ。そっちのが頑丈でしょ」
「野郎の悲鳴聞いて何が楽しいんだ。……女ならそれだけで、悲鳴も喘ぎも楽しいってもんだ。だからって弱過ぎる人魚では二発も殴れば意識を失っちまうからな。精々可愛く鳴いてろよ、俺の
こうして作られる傷により意識を失っても、それが生命に関わらない限りは傷に蝋を垂らされて目覚めさせられる。はたまた海水をかけて意識を戻されると、目の前には笑う魚人達と言うのがいつもの事。
ズタボロになってる私を晒し者にして、こうして使ってやってるのだと見せ付けるのがアーロンのやり方。その後衰弱して死にかけると強制的に治療されて、首と足に鎖を繋がれた状態で海図を描かされる。
大好きな筈の事も、こんな状態では楽しい筈も無い。その途中で運ばれて来る食べ物には、媚薬だけでなく毒が含まれている事も少なくは無いのだ。
それにより、毒の物は食べずに残して、他は食べる等をしなければ永遠に描き終わらず次の航海に向かえない。そうして必死になって海へと飛び出すのは、カジノを含む稼ぎが欲しいのと、やはり……海が、好きだから。
こんな日々になり心から思うのは、ウタを無理に連れて来なくて良かった……と言う事だけ。あの時無理して連れ帰っていたら、ウタもまた、この痛みと苦痛と屈辱に塗れた鳥籠に入れられていただろう。
私の愛娘、妹と娘の間のような存在。彼女には、安全に生きていて欲しいと願っているの。