もしも、拷問と海図の強要だけならきっと私にも足掻く事ができた。それが無闇にできなかったのは、アーロン達が平然と人を殺すから。
最初の頃に目の前で殺されたのを見た時は、その瞬間と残忍さを見てはいなかった。船を簡単に沈めて、海の中で止めを刺しただけ。
そうなると、正直衝撃は少ない。ゼロではないけど、画面越しになんの関わりもない人達が死んだのだと数字が報道されても、大変だねーって思うだけなのと近いと思う。
それでも私はシャンクス達と共にいる間に、幾人もの人達が生命を絶たれるのも見て来た。だから、見なくても分かってしまうのだ。
そして、彼等の殺し方が無駄に残酷である事も、分かってしまう。ただ船を沈めるだけならば、助かる可能性だってあるのに、彼等は泳ぐ人を見付けると足や腕に噛み付いたりして泳げなくする。
海面に顔を出すのを待ってから、また海に引きずり込んだりするのだ。そんな事を繰り返しているのを見れば、一思いに殺してと声なきそれに吐き気がして来る程。
そうなれば、ただ、助けは来ないのだという現実を再確認させられた事で、絶望に打ち震えてしまいそうになっただけ。でも、それも最初だけ。
慣れて感覚が麻痺してくれば、仕方ないと割り切れるようになったから、海軍に助けを求める……なんて考えが浮かばなくなった。無駄な犠牲者を増やす趣味は無いから。
それでも、アーロンは私の反応が鈍くなるにつれ、船に乗せて連れ回す頻度が上がった。アーロンは表では私の腰を強く抱き寄せる等して、手放そうとしない。
それは即ち、どれ程残虐な事が目の前で起きても冷徹に見詰めている必要があると言う事。震える事も、泣く事も、怒る事も、顔色を変える事さえ許されはしない。
私が何か理由をつけて離れてしまった時、アーロンはアーロンの手で人を、村を、残虐に破壊した。一撃で殺せるのに、あえて少しずつ削るようにして苦しめて殺すそれは、返り血塗れになった姿と、まだ僅かにある息から分かってしまう。
思わず伸ばされたアーロンの手を振り払って、不機嫌そうな様子で、けれども愉しそうに私を見るその瞳が冷静さを取り戻させた。怯えを、怒りを、悲しみを……見せる事は許されないのだ。
私の動揺がアーロンの愉しみ。だから、あえて嫌がる事をしようと人をわざと苦しめているのだから、せめて少しでもと願うなら冷静さを失う訳にはいかない。
「ナミ?どうした」
「汚い手で触らないで。汚れるじゃない」
被害者にチラリと視線を向けるけど、もう、助からない。無駄に苦しめるのはどうなんだろうと思うのと同時に、少しでも生かしてあげるべきかと葛藤する。
少しでも長く生きれば、誰かが助けに来てくれるかもしれない。三分で帰ってしまう巨大なヒーローや、五色のヒーローなんかが。
だって、私はここにいる。なら、可能性はゼロじゃない。
でも、そんなのは夢物語。だから決断できなくて、話を逸らす。
「……で、なんで壊してるの?」
「お前の物じゃねェんだし、気にするな」
「稼ぎが減るじゃない。勿体ない。……生かしておけば、もっと絞り取れたでしょ」
「シャーッハッハッハッハッハッ!!」
アーロンの笑い声が辺りに谺響する。それに合わせて魚人や人間の区別なく、視線が私にも向けられた。
それに怯える程、私の心は繊細じゃない。でも、蔑まれてるとわかるその視線が、眼差しが、覚えていない過去を呼び起こす。
倒れる訳にも泣く訳にもいかない。だから、冷たく微笑んでみせる。
「そんなんだから、アーロンは貧乏人のままなのよ」
「可愛い奴だ……そんなに、いつまでも搾り取って長く苦しめたかったか?」
「お金を得るには、長期戦の方が良いじゃない。私、美味しいもの食べて、可愛い服を着たいもの。……ちゃんと、可愛がってくれなきゃ」
私は、アーロンの幹部でしょう?と、唇の動きだけで伝えれば機嫌は益々良くなる。それを見て、私の気分は下がるばかりだけど。
私のそれを見て、アーロンと私は恋仲だと思うらしい人達の囁きと蔑み。嘲笑と妬みに微笑む事で己の心を殺す。
「その為に課せられた宝貢を払えなかったんだ。村が消えるのも、払えなかった奴らを殺すのも当然だろ」
ここで下手に庇えばどちらも助からない。元々最初の時を除けば、村単位での支払い義務があるのだから、一軒でも支払えなかった時点で彼等の生命は無いのだ。
でも、それでも、助けたい。手の届く範囲にいるなら、例え憎まれても構わないから。
「……アーロンに、ペナルティよ」
「あ?」
「私の服を汚したわ。やだ、肌も汚れたじゃない。……そこの家でシャワー浴びて来るわ。私が出て来るまでに……着替え、用意しておいて」
「悪かった。仕方ねェな。うちの猫が機嫌治すように、待っててやるよ」
そんな事を言うアーロンに、動きやすくて可愛いのにしてよねと言い捨てて入った一軒の家。これで、少なくともこの家は守れた。
とりあえず、今だけでも。なら、この隙に荷物纏めて逃げてもら……。
「魔女めっ!どうして!どうしておじちゃんがっ!お前、人間のフリして……っ!!」
泣きながらハサミを握り振りかぶる少年。言葉も最後までなんて紡げてはいない。
躱すのは容易い。そして、覇気で怪我も何もしないのは分かってる。
なのに、心から血が噴き出した気がした。かけられた水が滴り落ちて、それがまるで心から流れ出た血液みたいに思えてしまう。
なのに言葉は自然と紡がれる。どこか遠い所で、私みたいな誰かが言葉を放つ。
「アーロンにバレたら、今度こそ村を消されて息の根止められるわよ。……私は今からシャワー浴びるから。良かったわね、助かって」
足が、鉛のように重い。どうして私は、何も出来ないんだろう。
シャワーを浴びて、吐き気と戦う。この後、どうやってアーロンにこの村の破壊を止めさせようか。
泣いても縋っても無意味。怒って暴れたら、ココヤシ村が被害に遭うわ。
なら、魔女でもなんでも、なるしかない。他に、彼等を生かす道は無いのだから。
シャワーを終えて出れば、とりあえずバスタオル姿で表を確認する。アーロンは暇そうにしつつも、誰も傷つけずに待っていた。
「アーロン、私の着替えは?」
「出たか。……用意してある」
「んー……まぁまぁね。着てあげる」
示された服に視線を向ける。それからちょっと唇を尖らせて、小さく溜息を落とす。
その後になって、生意気に、勝気に、猫のように笑う。支配地域の村人全員から、恨まれるのを覚悟して。
「なんだ、まだ不貞腐れてんのか」
「……お詫びは……そうね、次回ここで手に入る分の宝貢で、私にアクセサリーを、用意して。ドレスと靴もね。ペットが可愛くないのは、アーロンとしても嫌でしょ」
私の言葉にアーロンは笑って同意した。これで、来月までは生き延びられる。彼らは、少なくとも今は、これ以上何も奪われずに済むわ。
自分達が必死に稼ぐそれを、生命を繋ぐ為に納めたそれを、遊びに使う残酷な女。アーロン 一味には人間のフリした魔女がいる……そんな言葉が支配地域の全域に広がっていくばかり。
それでも構わない。私は、大切な人達を守りたいし、目の前で死んで行く人達を一人でも減らしたいから。
そんな私に薬の大半が効かなくなったのは13歳の時。それ以降はアーロンも、新作の他は忘れた頃に飲めと言ってくるだけになり、時々入ってるのが分かるか確認するように混ぜてくるだけになった。
それにより分かったのは、高級品は体に害が残りにくい物が多いと言う事。その代わりに、効果も優れていたり複数だったりする。
ただ効きにくいとか区別できるようになったとは言えども、混ぜられると分からない物も多くあり、何を飲むのにしても食べるにしても、警戒する癖がついてしまった。食事を素直に楽しめないのは悲しいと思うけど、ベルメールさんやノジコの作った物ならば問題無く普通に食べられるし、自分で作れば食べられるので、周りを信用出来ない人間になっただけなのかも知れない。
安物は毒や媚薬そのものの効果はあまりなかったり、身体に良くない影響が出たりする。特に、アルコールと混ざった時のそれは半端では無い。
そのうち飲んだ量が分かるようになり、効果継続時間等も分かるようになってきた。この身体は優秀過ぎると、こんな時に痛感する。
ただ、やるせない事にそれはアーロンも同じ意見のようで、思ったよりも早く飲ませなくても良くなった……とほざいていた。それにもかかわらず積極的に最新の薬を買っているようで、その提供者が恐らくJOKERたるドフラミンゴだろうと思えば、関わりたくないと心から思ってしまったのは、致し方ない事だろう。
夢では確かに見ていた。幼い彼が苦しみ泣く姿も、憎しみに囚われて抜け出せなくなる様も、そして……庇おうとする私らしき人物を守ろうと前に出る姿をも。
でも、だからって積極的に関わりたいかと問われたらNOだわ。あの人、絶対色々なネジ無くしてるもの。
そんな事を考えていたある日、私は残酷な現実に直面してしまった。私を、最後まで見捨てなかった老夫婦が仲良く、手を取り合って生命を断つその瞬間に。
苺に花弁と葉が同居してるからと残しておいてくれた優しい彼等は、もう、いない。私は、助けられなかったのだ。
必死で止めたけれど、決意は固く、変えられなかった。村の人達を巻き込めないし、どちらかだけが生きるのも耐えられないから、仲良く手を取り合って眠ると微笑み、自らその生命を絶ってしまう。
嘆いても、苦しんでも、悲しんでも、絶望しても……彼等は還らない。ごめんなさいといくら心で謝り続けても、涙を流す事も、声を出す事も許されないから、冷淡な表情でそれを見詰めるだけ。
守れなかった。私は、何もできなかったのだ。
「なんだ、死んだのか……この二人」
「そうみたいね」
「金の無いやつは死ぬしか価値は無い!分かっていて偉いもんだな!死んだ者は流石に払えねェ。二人分引いた額を集めて来い!!」
高笑いと共に聞こえる言葉に、私は鼻で笑い……その場を立ち去ろうとした。そんな私の腕を掴み止めるアーロンに、皆にも聞こえるように言う。
「そんな雑事、私の仕事に加えないでよ。私、暇じゃないの」
表情と感情が死んでしまいそう。笑顔って、どうやって作ったっけ?
死ねない身体の代わりに、心が死んでしまいそう。そもそも、いつ、生きていたんだっけ?
泣けない、笑えない、喜べない、怒れない、だから……嘲笑う。表向きはアーロンを、実際は何もできない愚かな私を。
誰か、助けて……と、言いそうになり、書きそうになり、言葉を変える。私が、皆を守らなきゃ。
頼れない。これ以上誰にも、傷付いたり死んだりして欲しくはないの。
守るんだ。私が、皆を。
いくらでも、拷問にも、弄ばれる事にも、耐えてみせるわ。だからどうか、もう誰も、被害者にならないで。
肩から、背中から、流れ落ちる体液が腕を伝い指先に辿り着く。それにより滑って落ちた愛用のペンを拾ってペンに包帯を巻き付けると、再びペンを動かしていくと聞き慣れた音が室内に響くだけとなる。
手の豆が潰れて血が滲んで、それでも手をとめない。私に無駄にしていい時間なんて存在しないから。
そんなこんなで、執筆等を行っている事は家族と赤髪海賊団しか知らない状態で、海賊相手の泥棒を続けていた。その中で出逢った、原作のナミちゃんと似た雰囲気の子。
もしかして彼女が本来ナミちゃんだったのではないかと思う事さえある程、卓越したスリの技術を持っていて、生意気で、明るい子。何よりも私は彼女を知らなかった。
これだけ何度も盗み出す相手の元で会っているのだから、原作に昔馴染みとして出てもおかしくない事を思えば、余計にナミちゃんに思えてくる。彼女の名前はカリーナ、短い髪の彼女は活発な雰囲気で、我儘だった。
何よりも無謀な所があって、何よりも危なっかしい程に己を過信してる所がある。そんな彼女が心配で、私は会う度に声を掛けていたけどカリーナは少し鬱陶しい様子で、でも、少しずつ懐いてくれてるのが分かって可愛かったから、まるで成長したウタのようだと思いつつ愛でてしまう。
その日私は、ちょっと大きな金額のひと盗みを終えて、アーロンの所へ帰ろうとしていた。そこへ珍しく、カリーナから声を掛けてきたのだ。
それだけで私は微かに笑みを浮かべてしまう。だって、懐かない猫のようなその様子が、当初のウタと重なるから。
勿論ウタとは別人と分かってるけど、可愛いのだから仕方ない。この子には、元気に自由に生きて欲しいと願ってるの。
「ねェナミ!私と手を組まない?いい話があるの!山分けよ山分け!」
「何?ビッグ・マムの財宝でも狙うの?命がいくつあっても足りないわよ」
クスクスと笑う私にカリーナは惜しい……!なんて言うから、少しでは無く心配になる。四皇の宝狙うのに近い結果をもたらす相手なんて、それも東の海である事を考えたらそんな相手は限られて来る……。
嫌な予感しかしないのよね。七武海に狙い定めたとかは、流石に言わないでしょうから、残るのは……バギー海賊団か、
どちらでもない事を祈りつつ、小さく息を吐く。どうしたら、この鉄砲玉を大人しくさせられるかしら。
「マッド・トレジャーが近くに居るのよ!その財宝、欲しくない?」
「やめなさい。流石に危険過ぎるわ!」
思わず耳を疑いそうになったけど、呆然としてる訳にはいかない。そう思って慌てて否定する私に、カリーナは嫌そうに顔を歪めた。
そして、強気な様子で噛み付いてくる。本当に狐みたいだわ。
「何よ臆病者!奴の宝は五十億を超えると言われてるのよ!それの半分持ち出せれば、二人で山分けしたって取り分は一人頭十二億を超える!欲しくないの!?」
語気を荒らげて、必死に誘う。それはこの仕事に対する不安からか、それとも何か他に私を誘いたい理由でもあるのかしら。
どちらにしても私の覇気は心が読める訳では無い。だから、少し困ってしまう。
先読みは本当に数秒の事しかできないし、居場所の確認的な……索敵に近い能力でしかない私の覇気では、カリーナの考えは伝わらない。叶うならリスクの高い事はさせたくないのよね。
そりゃ私だって財宝が欲しいか欲しくないかと言われたら、欲しいに決まってるもの。それがあればアーロンから村を解放して、皆に補填出来るわ。
島の人達は追い詰められた生活だからこそ、若者は捌け口を求めて子を成してしまう。そして子供は生まれたその瞬間に、大声で泣いてその存在を主張してしまうのだ。
人生最大とも言えるだろう喜びが、絶望と苦痛を連れて来る。乳飲み子を抱えてただでさえ負担と金がかかるのに、搾取される金額まで増えてしまうのだからやるせない。
それでもこの世界は、そこまで医学が発達してないから……堕胎だって簡単じゃないし、それを選べば二度と子供を望めなくなる可能性だってある。だからって産むと言っても母子共に無事に出産を終える確率も高くは無い。
どちらを選んでも、決して必ず良い結果になるなんて保証はなくて、それどころか悲劇に近い事が待っている。でも、避妊しようにもゴム的な物はそれ程発達してないから残る可能性は、やらないか、ピル的な物を服用する他ないのよね。
そんな中で、囚われている。そのストレスは如何程かと考えたら、楽観視なんてできる筈も無いのよ。
幼い子供はまだいい。いつか、大人になって……と考えられるから。
でも、老人達は早くしなければ、搾取される事で家族の負担になるだけの存在になっている事に、心を必要以上に傷めて……自ら命を絶ってしまう。もう……そんな姿は見たくない。
怪我をして歩けなくなったから、腰を痛めて寝たきりになったから、そう言っても〝一人〟は〝一人〟としてアーロンは搾取するから、老人達は家族を想って死んで行く。私はこれ迄、何も出来ないままに何人……そういった人達を見送っただろう。
ノジコもベルメールさんも、私の出来る事はやってるのだからと言ってくれる。それでも……私がもっと強ければ、私がもっと賢ければ……!
『ナミちゃん、ごめんね……私達は一緒に逝くわ。貴方達の笑顔を見られなかったのは心残りだけれど、どちらが残っても不幸しかないから』
耳の奥に残る、優しい声。甘い、甘い、苺の香りと味が、落ちる事を忘れた花弁みたいに、私の中から離れてくれない。
知識があっても活用出来なければ意味が無い。私はどうしてこんなにも無力なのか。
他の支配地域とは違い、村の人達をアーロンが直接殺した訳じゃない。そんなのは分かってるけど、許せないのよ。
アーロンが居なければ、せめて動けない者は見逃してくれて居れば……。もう、誰も喪いたくないと思って何が悪いの?
黙ってしまった私をカリーナが「怒ってる?」と言って覗き込むから、私はそれに苦笑してしまう。こんなにも可愛い子が、こんな生き方しかできないなんて、この世界もまた……間違ってる。
「考えていたの。それを盗めたとして、どうやって運び出すのかなって。それと、彼等に対する事は情報が少なすぎるのよ。だから、リスクに対しての正当な報酬とはならないだろうなって……そんな事を」
「でも、見えてる山があるのよ!私だけなら手は出せないけど、ナミとならどうにかなるって思えたの!」
カリーナは必死で訴えるけど、私は危険だと言って止める事しか出来ない。それにこれはどうやら、私の為に考えてくれた案件でもあるようだと気付いてしまったから、尚更止めるしかない。
一度で大金を稼ぎたくないのかと問われれば稼ぎたいけど、身体中の細胞が辞めておけと私に告げる。それでもカリーナは止まらず、一人で飛び出して行ってしまった。
見捨てるか、後を追って協力するか、後を追って見守るか。今私が選べる選択肢はこの三つ。
私は見捨てる事を諦めて、気付かれないように後を追った。辺りの事は覇気で調べて、どうしても必要なら助けに入るつもりで……なのに、時々見ていられなくなる事をするから手を出してしまったのだ。
そうなればカリーナは嬉しそうに笑って腕に絡み付くから、見捨てられなくなってしまう。この子を……傷付けたくない。
でも、この先は今のところ大丈夫そうね。このまま問題なければ宝の持ち出しの時に、荷物運びを手伝ってあげればいいだけ。
問題が、起きなければ……いいな。この子を、守り切れるか自信が無いの。
一度目に何とか持ち出せた宝を隠して、これで引き上げようと言ったのを聞かずに、カリーナは駆け出した。カリーナは今、完全に調子に乗ってる。
こういう時は往々にして、足元をすくわれるものだ。何事も無ければいいと祈るように思いながら、私は慌てて後を追った。
覇気を使い辺りを警戒しながらだから、速度が出なくて追い付けない。でも、追いかけないという選択肢も、私の中には存在しないのよ。
けれども嫌な予感は当たるもので、宝部屋の入口にカリーナが到着するのとほぼ同時にマッドトレジャーが、カリーナの船が隠されている所に来てしまった。私はカリーナを物陰から呼んで、クリマタクトで二人の姿を消す。
シャンクスに感謝よね。クリマタクトが無かったら守る術がないもの。
ウタも今は、この位になってるのよね。そんな事を思って、目の前にいる妹分と娘を重ねてしまうのは私の悪い癖。
小さく自嘲してから紙に状況を書いて手渡せばカリーナの顔色が真っ青になり、小さくありがとうと言うから、どうにか逃げる算段を付けなければと思う。カリーナは本来、頭の回転は悪くないから……何とかできるとは思うのよね。
「ここにネズミがいたのは、間違いないんだが……もう、見当たらないな」
「だが船が隠されていたから、まだ近くにいる筈だ。その船も見張らせている。逃げられやしねェさ」
そんな会話が聞こえて息を飲む。でも、慣れてる私はともかくとして、カリーナはこの状況に耐えられなかったのかカタカタと震え始める。
盗みは慣れてるけど、殺し合いのようなものや、拷問や殺害される直前の空気感には慣れてない。カリーナは、今までそんなリスクから離れたものしか狙わなかったもの。
だからこそ、今回のこれが異質だとわかる。間違いなく、私の為に大金を稼ごうと焦った結果だわ。
この私だけが慣れている理由が、アーロンにされた経験と、アーロンを何度も暗殺しようと目論んでた関係だと言うのだから、自分でもドン引きだけどね。一人で盗む時は初めからクリマタクトで姿を消してるのも大きいけど、呼吸法で気配を消さないと姿が見えない分、私が油断してミスをしかねないから、そういう意味でも得意になったと言えるかも知れない。
そう言えば、シャンクスから私と似てる猿がいると言われた事があったわね。あの島は、ほぼ猿とその食料しかない島で、測量だけして帰ってきたのを覚えてる。
間違ってでも猿に手を出すと、例え勝てないと分かっていても全員が援軍を呼び続け全滅するまで襲いかかってくるらしい。島中の猿を総合したら万じゃきかないくらいいたのだから、単体ならともかくスタミナ切れになって最終的には猿の餌だわ。
あの時シャンクスは「大量のナミがいるんだ。一匹でも傷付けたら詰む」とか言ってたけど、仲間意識が強すぎるらしい。……私、あんなに怖い顔してたかな?
肉食なのかと疑いたくなる雑食性の猿の、基礎が恐ろしい顔を思い出して少し落ち込む。さて、そんな現実逃避しててもしょうがないわね。
今壁の近くにいるから、震えるカリーナの振動で小石が転がる危険性があって、このままでは危険と判断して咄嗟に抱き締めればカリーナの呼吸と震えが落ち着いて来る。せめてもう少し相手が減ってから、幻を使って逃げるしかないと私はこの時思っていた。
そんな時に、相手が手当たり次第に鎖を振り回しはじめさえしなければ、最後まで隠れていられただろう。こうなっては、衝撃でバレるのも時間の問題だわ。
何もせずその場に居て怪我をすれば、その血がつく事でバレるし、臭いは消せない。武装色で背中を固めてカリーナを庇うように抱えていたら、物にぶつかった感触はあるのに壁や床が抉れない事で私の居場所がバレてしまう。
それでも姿は隠れているからと、カリーナを連れて足音を忍ばせながらゆっくりとその場所を離れる。私達の居た筈の場所へと、足を進めて行く敵に気付かれないように離れるしか選択肢は残されていない。
その時カリーナが、盛大に足を縺れされて転んだ。音が出て声が出てしまえば、即座に立ち上がったとしてもリスクは高いのに、カリーナは動けずにいる。
カリーナを見捨てれば私一人でなら、この場から逃げられたかも知れない。でも、こんな幼い子を一人残して逃げられる程、私は人間をやめてなかった。
カリーナの元へ鎖が飛ぶ。私は即座にそれを庇い、代わりに鎖に巻かれる事を選択した。
口パクで逃げろと言うのに、カリーナは首を横に振るばかり。これでは二人ともバレてしまう。
このままでは、カリーナが捕まってしまう!そう思った時、カリーナが耐えられないというように叫んだ。
声は反響して、捕まった私の声にも思われるかもしれない。だから、早く正気に返って逃げてくれと祈るように願う。
光の屈折を利用したこれは、追加で効果を与えなければそう長時間姿を消していてはくれないから。泣きながら必死になって、私に絡み付いている鎖を解こうとするカリーナの耳元に唇を寄せて「私だけならなんとでもなるから逃げなさい」と囁くように言うのが精一杯。
そこに来て漸く状況把握出来たのか、カリーナは泣きながら駆け出す。でも、その判断は少し遅かったかもしれない。
鎖がカリーナに伸ばされるのが見える。私は伸ばしている鎖に向けて、足を伸ばして自ら足にそれを絡めてカリーナに届かせまいと足掻く。
それにより私の姿が現れるのは計算通り。海賊達の視線が集まり、私はそれを睨み付けるようにして笑ってやる。
「……お前一人か」
私がそれに答えずにいると、聞いてきたのとは違う奴がそれは有り得ないと言う。余計な事を言う奴にチラリと視線を向けて、どうしたらいいのか分からなくなり止まりそうになる思考をフル回転させていく。
なのに、時は止まらない。答えは勝手に男の口から紡がれてしまう。
「コレは冷静だ。先程からミスを繰り返していた奴がいる筈だ。探せ!」
「姿を消していたなら、能力者か?」
その考えはおかしくない。カリーナが能力者であると思われた場合、拷問された後で何されるかそれこそわかったもんじゃないし、どちらも違うとなれば弄ばれて終わるわ。
だから、そう言いながら男が私に海楼石の首輪をつけるから、それに合わせて弱った振りをして崩れ落ちれば納得した様子を見せられる。後はカリーナが、無事に逃げ切ってくれたらそれでいいんだけど。
覇気を使うまでも無く、捕まったのが分かってしまう。それは、カリーナの吠える声が聞こえたから間違いない。
カリーナが捕えられてしまったのを私は見ているしかできないでいる。怯えた顔で抵抗しているのを見れば、鼻っ柱を折る事は出来たと分かるけど、コレでは流石に不味いと思う。
どうにかして、カリーナだけは逃がさなければ。それが無理ならせめて、身体や心に傷を残さないように守らなきゃ。
それも無理ならどうか、生命だけは守らせて。止められなかった私に、支えきれなかった私に、責任はあるのだから。
「冷静な姉貴分と、逃げ切る事も出来ない無知で無力な新米の妹分って所か」
「そんな、私……!だって!」
カリーナが声をあげると、悲鳴を上げていたのもカリーナだと分かったようで、情けない奴だと笑われてしまう。カリーナにはそんな経験が、今までに無かった筈だわ。
成功しか知らない子供が調子に乗った。これがその結果だとしても、ここで殺させるのは嫌だと思ってしまったのは私のエゴ。
「あんたを連れてくるには早かったわね。私のミスだわ。本当に……使えないんだから」
「お前の発案で来たのか」
「ええ、私一人なら容易い相手だったもの」
「……確かに、お前だけなら、そうだったかもな」
そう言ってジャララララと笑う男が、恐らくマッドトレジャー。知識にはない相手だけど、新聞等で情報は得ている。
ここで、カリーナに興味を持たせられない。どんなタイプが、この男の趣味だろうか。
クーちゃんが何かにつけて、この海賊の世界で必要そうな本をたまに差し入れてくれるのも、知識確保と言う意味において大きい。本当に……私は多くの人に支えられていると実感する。
「金の隠し場所を言えば、命は助けてやる」
突然の言葉にカリーナは冷静さを取り戻したけど、もう遅い。これは話したら、殺されて宝を回収される類だと分からない方がおかしいレベル。
だから黙るしかない。苦痛には、慣れてんのよ。
時にカリーナの様子を見ながら、幾度も男を挑発する私に、カリーナは泣きそうな顔をする。覇気を使えば怪我も防げるけど、そうなれば間違いなくカリーナに標的は移動してしまうわ。
だから、ただ痛みを受ける。久々に皮膚が裂けて、生暖かい物が流れ出るのを感じていた。
結果として何をされても無言を貫く私と、悲鳴をあげるカリーナ。このままではカリーナが持たなさそうだと思えばこそ、挑発して自分に攻撃を向けさせるけど、私もそろそろ出血量的に限界が近いのは自分で分かっていた。
そんな時カリーナが宝を持ってくるからもうやめてと泣き出してしまい、私はそれを見てチャンスだと思った。上手く行けば、カリーナだけなら逃せるわ。
カリーナが解放され、私はそれまでより高く吊るされる。その刹那、カリーナが信じて待っていてと言うのに合わせて、唇の動きだけで伝えたのは、心からの言葉。
「二度と、帰るな。そのまま、逃げろ」
カリーナは正しく読み取り息を飲む。それに薄く笑う事で安心させようと試みた。
カリーナは泣きそうな顔で私を見るけど、大丈夫。カリーナが無事なら、私はどうとでもなるもの。
そうしてカリーナを追い払うと、その後に続く拷問に私は笑みさえ浮かべていた。それを見ていたマッドトレジャーは、本当に殺すのが惜しい位だと心にも無い事を言う。
体力が残ってる内はこれまで使わなかった覇気で身を守り、これ以上の傷を防ぐ。それでも、既にパックリと開いた傷口は癒える事など有り得ないのだけれど。
血を流し過ぎた私が、意識を朦朧とさせれば当然覇気も失われる。その時に来たそれはまともに受けてしまうので、意識が覚醒するのを繰り返すばかり。
結局その後、カリーナの機転により殺される寸前で解放された私は、這う這うの体でココヤシ村に帰った。こんな姿見せたくはないけど、逃げたと思われる方が厄介だもの。
カリーナの機転については、別なお話としておく。もしもそこで私が力尽きなければ、カリーナを助けようと足掻く事ができていたなら……別な未来もあったのかもしれない。
この話が光源氏と海軍パロへの分岐点になります。
光源氏や海軍パロへ進みたい方はお好きな方の序章へお進みください。