カリーナは、無事かしら。ウタは、元気にしてるかな。
ルフィ、エース、サボ……仲良く、してる?シャンクス、ベック、皆……今、どこにいるんだろう。
ベルメールさん、ノジコ、必ず守るから。皆の事、守りきれなくて、ごめんなさい。
頭に霞がかかったみたいだわ。ああ、後どれくらい私の意識は持つだろうか。
そんな他愛ないけれども、走馬灯に近い何かを考えながらアーロンの所へ帰ると、アーロンが珍しく顔色を変えたのがわかった。そして、貴重な人材が喪われるのは惜しいと言って、即座に治療を開始させてくれる。
でも、治療なんて嫌よ。アーロン達なんか信用できないわ。
何されるか分からないもの。麻薬でも使われてしまえば、私は永遠に離れられなくなってしまう。
私は今、生きて帰ったと伝える為だけにいるのよ。私に、触らないで。
「触らな、ぃ……で……」
「強がりも大概にしやがれっ!!何があっても絶対に、お前だけは死なせねェぞ、ナミっ!!」
そんな……何処か悲痛な声を、聞いた気がした。そうして治療室へ運ばれる最中、私の意識は途切れた。
私が意識を取り戻した時、近くには誰も居なかった。見聞色の覇気で調べても感じ取れなかった為に、私は誰一人として近くには居ないのだと理解して身体から力を抜く。
何が起きているのか分からないけど、とりあえず、生命は繋いだみたいね。包帯を巻かれた身体を確認して見れば、本来ならば跡の1つや2つ残ってしかるべきなのに、整形手術も同時に行われたのかと言いたくなる程に跡が無い。
このまま大人しくして、傷を開かなければ恐らく、今回拷問された証拠は残らないだろう。そう分かっても、アーロン達に感謝したくないと思うのは、私が捻くれているのかな。
包帯を巻き直して立ち上がると、血が足りないのか筋肉が落ちたのか……いや、身体の軸が乱れているのかと推察や判断をしても結果は同じ。身体が傾き、倒れる。
動くのは頭だけ。それも思考であって頭そのものでは無い。
咄嗟に受け身を取って床に倒れるけど、傷が開かなかったのが不思議なくらいの激痛が走り、声を抑えるだけで精一杯。荒くなる呼吸を整えて、私は部屋を出ようと這って移動する。
壁まで移動して、自力だけでは立てないからと思い壁を頼りに身体を起こすと、そこで動けなくなる。治療される前は歩けたのだから、今だって動ける筈だと自分に言い聞かせるけど、どうにも動いてくれる気配は無い。
そこへ多くの気配が近付いてくるのが分かり、何処かへ出掛けていたアーロン達が帰ったのだと分かった。それにより咄嗟に近くの物陰に身体を無理に動かして隠れてしまうのは、弱ってる姿を見られたくないからか。
ドアが開かれて、中に入ったらしい人達がざわめく声を聞く。その中でアーロンが唸るように呟いた。
「探せ。死なせるな」
それに反応して動き出した気配に、私は残っているのがアーロンだけだと知る。無理に動いた為かズキズキと痛みとも熱さとも取れる疼きに耐えながら、私は息を殺してアーロンが去るのを待つしか出来ない。
「ナミ、あの怪我で何処へ。そんなに……ここに、いるのは嫌なのか」
その声が悲哀を含んでいるように感じたのは、熱のせいで頭がおかしくなっているのだろう。そうでなければ、下等生物である私をアーロンが……気遣ってる様に感じるなんて、有り得はしないわ。
気力と根性だけでは身体を支えていられなくなって、頭が側にあった箱にぶつかる。その箱が揺れて中身が音を立てると、アーロンが振り向き近付いてくるのを感じた。
動けない私はそこでただ、見つかるのを待つしかなくて、気絶してるフリをする事にした。意識があるとなれば、何をされるかわかったものでは無いもの。
「……こんな所に隠れていたのか。まるで本物の猫だな」
そう言って私を抱き上げるその腕が、妙に優しくて、その違和感に内心動揺する。ベッドに寝かされて、包帯の上から傷を確認されているのがわかって歯軋りしそうになってしまう。
それに対してアーロンは何か勘違いでもしたのか、慌てた様子を見せるのが伝わる。体力が無くて見聞色の覇気が使えないけど、それくらいは感じ取れるわ。
「……船医!」
呼ばれて姿を見せた船医に、アーロンは何かを伝えて外に出た。船医は私の身体を治療しつつ、点滴を入れて来るけど、この点滴さえ毒なのではないかと疑ってしまう自分がいるのだから笑えない。
抵抗できる状態なら、絶対に触れさせないのに。弱過ぎる己が恨めしく、憎らしいばかり。
そんな事があってから数日後、室内程度なら動き回れるようになった私は、自分の部屋として与えられている測量室で海図を描いていた。インクは私が使いやすい物を選んでそれを大量に用意してもらってるから、遠慮無く使える。
今回の分だけでも結構な量があるし、必ず同じ物を2枚描くからインクの減りが早い。それでもアーロンは何も言わないから、紙もインクも心ゆくまで使わせて貰う。
海図も他の技術と同じで、繰り返せば繰り返しただけ上手くなる。だから一度目より二度目の方が上手く描けるし、二度ずつ描けばそれだけ技術も早く上がるのは間違いない。
持って産まれた才能と、失敗の許されない環境。反復訓練と現場での実地経験があれば成長速度が尋常でなくても当然と言える。
自分の夢と契約の分として描いてるけど、この夢の海図や地図を乗せて共に海へ出るのは誰になるのだろうかと少しだけ夢想する事が、私に許された唯一の楽しみ。今の私は、アーロン達に〝宝玉〟だとバレてフリな状況に追い込まれても困るし、何よりも……歌える環境じゃないのよね。
村の人達に嫌われてる今、広場で歌ったり演奏したりは出来ないもの。だからと言って、ノジコ達と楽しく過ごしてる所を見られたら、ノジコもベルメールさんも危険になるわ。
だから、この島を含むアーロンの縄張り内では演奏や歌なんて無理。一人で海にいる時、思い出した物を書いてはクーちゃんに託すのが精一杯。
これを繰り返してるのだって、半分は義務みたいになってる自分がいるのには気付いてるのよ。だって仕方ないじゃない、書く事を〝宝玉〟の活動を辞めたら……バレてしまうもの。
シャンクスは馬鹿じゃない。ウタは優しくて聡い子だもの。
エースやルフィに情報が届かなくても、サボには届く筈。サボが助けられる事は知ってるから、その行き先を考えれば……入った情報を元に記憶が戻れば、あの悲劇を変えられるかも知れないじゃない。
なら、記憶を無理に絞ってでも書かないと。書ける物はなんでも、選り好みせずに書いていこうと決めているの。
そんな事を考えながら描き続けていた為に、残す所描くべき物が一枚になった時、アーロンが部屋に入って来た。アーロン達は私を拷問した彼等を探したみたいだけど、見つからなかったらしい。
つまりは……カリーナの行方も、分からないと言う事になる。あの子は、無事に逃げ延びたのかしら。
……正しく〝縁があったらまた会いましょ〟よね。確か、
やっぱり、私がニセモノで、カリーナがナミちゃんなんじゃないかな。そう思ったら、辻褄が合うような気さえして来る。
今回アーロンがあの船を見付けられなかったのは、あの船には能力者も多いようだったから、それは仕方ないだろうと思っていた。けど、アーロンはその怒りを別な所へぶつけたようで、支配地域が増えてしまったのはきっと私の罪なのよね。
それは私の心に、深く傷として刻まれる。私が海賊に捕まらなければ、その地域が支配される事は無かったのに……と。
アーロンは物思いにふける私に、呆れを隠さない。その様子が、何故か心配してるようにも見えてしまうのは、私がまだ弱ってるからだろうか。
「……どうした。俺がいて何かを考え込んでるなんて珍しい事だな」
「なんの用?」
「飯だ」
いらない……と言いそうになる。でも、それは負けた事になるのだろうか。
毒か、媚薬が入ってる物を、それとわかっていて飲食させられ、その後に拷問が待ち構えていると言うのに。それを飲食しない……と言う、選択肢が与えられない。
これが敗北の結果。これが、私の罪の代償。
「アーロンが持って来たの?……となると、今日は何を仕込んであるのかしら」
「……今日は何も入れてねェよ。さっさとその顔色を戻せ」
アーロンは呆れたように言うけど、私としてはこの回復力は脅威。流石はナミちゃんの肉体だ……と思ってる位なのに。
そのまま無言で視線を交わしていたけれど、恐らく食事を終えるまで離れないだろうと分かるから、私はアーロンに視線を向けていたのをやめて、運ばれて来た食事を受け取ろうと手を伸ばす。それを見たアーロンが視線でローテーブルを示すから、そちらへ移動すると目の前に置かれる。
これまで重湯、粥、パン粥と来て、今は漸く雑炊になったらしい。手を合わせてからスプーンを手にすると、アーロンは何故か面白そうに見ているのに気付く。
「……ナミは食事の前後に必ずやるな、その手を合わせる仕草。何の意味がある?」
「命をありがとうと、目の前に食べ物として並ぶまでにかかった、多くの労働に関する感謝の意味があったんだったと思うけど……。もう、よく思い出せないわ。この話を聞いたのも、遠い過去の事だもの」
日本の風習だから、この世界には無いのかなと思いながら、アーロンの言葉なんて信用出来ずに毒や仕掛けが無いか確認しつつ食事を口にする。口にすれば、消化に優しい物で作られているようで、何となく懐かしくなる。
日本は自然豊かな国だったから、自然に感謝する自然信仰として八百万の神を信仰する神道が生まれた。人以外の全てには神が宿り、その恩恵で人間は生かされているという考え。
そこに他国の宗教が入って来たが、日本は『元がどこであれ尊いとされるものは尊い』という考えの元、全てを受け入れた。だから全ての国の宗教活動を受け入れ、イベントにしてしまったという訳だ。
その中でも特に最初に入って来た宗教である仏教は、人間も死んだら仏様……という今まで生きていた人達に感謝する信仰は、大切な人を喪った時の哀しみに寄り添えていたのが効いたのか、強く受け入れられた。その為に死んだらお寺でお墓参り、新年には神社で初詣、結婚はキリスト教のウエディングという謎な国になったと言うのが、日本の歴史と言える。
ハロウィンやクリスマス、バレンタインやホワイトデーなんかも本来日本のものではなく、ことによると宗教の儀式だった物まで含まれている。そう考えたら、日本は本当にお祭が好きなのだろう。
それなのにも関わらず、宗教に寛大だった日本も戦争の中で、その宗教を特定の物を除き全てを否定したり、利用したりした反省から、学業にそれを含まなくなり触れてはならないものとされ、いつの間にかタブーな話題のように扱われるようになったという訳である。そうやって考えてみると、本来寛大な国が反省からタブーに変えてしまったのに、その事を知らない若い世代は怖いものと考えるようになってしまったのは悲しい現実なのかも知れない。
教えられなかったから、知らない。知らないから、怖いのだ。
それはきっと、この魚人と人間の関係も同じ。互いに知らないから、怖くて危険なものになり、その軋轢がこうして互いに傷付け合う歴史の一端となって現れている。
暗くなりそうな意識を食事に持って行くと今度は、自然と思考が〝宝玉〟になってしまう。それを止める事は出来ずに、病人用のレシピ本でも出そうかなとか考えながら、ゆっくりと食事をして、アーロンを見上げた。
「まさか、これの為だけに来たの?」
「……放置するとお前、何も喰わないだろうが」
毒を警戒しながら食べるのは疲れるからなのだけど、そんな泣き言を言っても意味は無いから、私はそうだったかしら?と笑って終わらせる。アーロンはそんな私の目の前から食器を持って立ち去ろうとするから、本当にその為だけに来たのだと理解認識した。
毒を気にして食べる位なら……何も食べずにただ一人で蹲ってる方が楽だもの。でも、そんな事アーロンに教えるつもりは無い。
その後海図を描き上げた私は、帰宅して数日休日とばかりに深く、深く眠った。気を抜いて眠れる場所の貴重さを、この時の私は漸く痛感した。
こんな時、ベルメールさんやノジコは私に触れない。時折毛布を掛け直してくれるだけ。
時折半覚醒になると、悲しそうに、心配そうに私を見てる二人には気付いたけど、何も反応できない。泣くのを耐えて、交代で見守ってくれてる二人は、それでも少しでも休めるようにとそっとしていてくれてるのだから、感謝以外何が出来るというのだろう。
そうして目が覚めて最初に思ったのは、ロビンの事。ロビンにはこうして休める場所が存在しないのだと思えば、何かできないだろうかと無い知恵絞ってみるけど、何も思い浮かばなかった。
どうやら懇々と眠り続けていたらしく、私が目覚めるとベルメールさんとノジコがホッとした様子で笑ってくれた。心配かけてごめんなさいと謝れば、ノジコの身体に刺青が入っている事に気付く。
タンクトップを好んで着るノジコは、それを隠すなんてできる筈も無い。綺麗な褐色の肌に……模様が刻まれている。
「……ノジコ、それ」
言葉が上手く出てこない。私は刺青の事で嘆いたつもりは無いのに、どうして?
ノジコの綺麗な肌には、そんなものいらないのに。ノジコまで、偏見に晒される必要なんて何も無いのに……。
「ああ、これ、オシャレでしょ。ナミとお揃いだね」
軽く笑うノジコに、私は悲しい筈なのに、怒るべきなのに、何故か嬉しいと感じて泣いてしまう。それをノジコは黙って抱き締めてくれて、ベルメールさんは微笑みながら見守ってくれている。
過ぎる程の幸福に包まれて、私は気持ちを引き締める。必ず皆を……助けてみせる、もう、二度と失敗はしないと。
その後は、執筆出来るものは片っ端から発行して行く。それの売上が無ければ永遠に届かないのではないかと言う金額も、こうなってくれば諦めなければいつかはと思えるのだから不思議だ。
泥棒として、通り名が出来てしまったのだと気付いた時には私もいつの間にやら15歳になっていて、新聞にエースの活躍が載っているのを見て懐かしいなと思う。それと同時に空色の封筒に、手紙を入れてもう一度エースの事を書いておく。
エースの事を、よろしくお願いしますと祈るように想いながら。そのついでに赤色の封筒にも手紙を入れる。
内容は特に無い。お元気ですか、私は元気です。
そんな、いかにもな手紙。違うとするならば、ベックに胃に穴は空いてないかとか、シャンクスに2日酔いは向かい酒では治らないとか、ルーに食べ過ぎは良くないとか書いた事位だろうか。
赤髪海賊団のメンバーに書くと、つい長くなる。ライムジュースやガブにもやっぱり書きたい事はあるし、そうやって書いて行くと幹部の皆にはそれぞれ一枚ずつ書く事になってしまうもの。
シャンクスとベックだけは二枚にして、他の幹部や名前を覚えてるみんなには一枚ずつ書いて、纏めて入れると封筒はいつも尋常ではない厚みになってしまう。他の人に見られて困る事は書かないようにしてるつもりだけど、きっと回し読みして笑ってるだろうと想像して微笑ましくなる。
そろそろヤソップに奥方の死を伝えるべきか悩むけど、手紙で、しかも第三者から知らされるのはキツいだろうと考えてやめた。それと新譜を茶色の封筒に入れて、クーちゃんに持たせると私はまた、いつもの生活に戻る事になるけど、不満は無い。
盗んで、盗んで、描いて、書いて、騙して……。そして、解決には届かないまま時は無情にも過ぎていく。
定期的に一方的に出し続けるシャンクス達への手紙と、月に数回出版社に届ける新作。童話はもう無くて、小説も皆の過去は既に出し尽くして……物によっては舞台化したらしいけど、その売上は有難いけど、次に書けそうな物が無い。
出した曲はウタには好きにしていいと幼い頃に伝えてあるけど、まだウタがデビューしたという話は聞かない。今はまだ、下積みの準備期間なのかな。
スポーツもそうだけど、あまりに急いでは身体を壊す原因になる。だから、ゴードンさんが無理のないように考えてくれてるのかも。
ウタはどれだけ成長したのかな。ウタは、今はもう……寂しくは、無いかな。
……そんな訳が無い。あの国王様がウタに、真実を話せる筈ないもの。
そうなれば、ウタの中では突然裏切られて捨てられた事だけが真実。手紙を出す事も今はまだ、私にも出来ないから……そんな事して、ウタが飛び出して来たら……奴隷にしてしまう。
今の私には、まだウタを守れない。だから、ごめんね……。
『嘘つきノーランド~隠された真実~』と言う題名で出した本は、例の国から苦情が殺到したらしいけど、そこはどうでもいい。今は金になるかだけが大切なのだから。
ただ、カラオケで歌えるという曲ならまだまだあるけど、歌詞を全て覚えていて、譜面におこせる物なんて既に残り少ない。世間では〝宝玉〟は天才とか言われてるけど、全て元があっての作品だし、曲に至っては完全なる盗作。
ここに来て私が自作で書いたとしても、どうしたってそれは出来が格段に落ちるだろう。そう分かるから、泥棒としての技術に頼るようになる。
何も書かないと出版社が煩いので、最近スランプですと伝えてあるけど、本当にどうしたものだろう。そして思い付いたのが、偉人録。
三重苦の女性、白衣の天使、飛行機を作った兄弟等の話を創作物として書いていく。偉人録なら月に一度出すなら数年は持つ筈。
この世界にはまだない物や文化だから、私達には偉人録でもこの世界の人には存在しない架空の人物。それでもし大航海時代の人なら名前が近い人もいたとしても、やった事とかが色々と違う筈だもの。
私はマルコって聞いたらマルコ・ポーロが出るけど、この世界の人には不死鳥のマルコが出る。だから、書いて害にならないのに、その分野の人には役立つかもしれないこの本は書く意味が大きい。
既に私の中に盗作に対する罪悪感なんてものは存在しないのだから、人としてどうかと思ったりもする。それでもきっと、何度やり直しても私は同じ選択をすると分かるから、今更どうしたもこうしたも無いわ。
そして私が17歳になった頃、アーロンの束縛が増えて来た。それは明らかに性的な意味で狙われていて、それを口八丁手八丁で誤魔化し逃げ回るようになっていた。
首に虫刺されの跡を付けていたら、男と関係を持ったのかと理不尽に責められたり、夜中にアーロンに襲われ掛けた事も一度や二度じゃ無くなっている。拷問も、媚薬を使った性的なものが増えてるし……本当に嫌になるわ。
媚薬で感度の上がった私を縛り上げて、裸に剥いて自力で逃げ出してみろというならまだマシ。手足を全て折ってから水牢に入れられたりするのだから、性格の悪さは尋常ではないと思う。
まぁ、どれかひとつでもされてなければ普通に逃げ出せるようになった私も悪いのかもだけど。脱臼程度なら、自分で治して逃げるし、縛られてるならピンで外すし……裸にしてなきゃ、布を使って窓とか壊すものね。
……あれ?そうなると、私が悪いの?
でも、そうした苦痛系はお陰で慣れたわ。ただ、どうしても快楽系はつらい。
経験が少なからってのもあるのよね。足抜けしようとした花魁じゃあるまいに、あれはないわ。
縛り上げて動けなくして、筆で弱い所を刺激し続ける事で悶えさせ、けれども身体は傷付けず一番嫌がている客を相手にさせるのが売り物女への罰なのだから、女へのそれをよく分かっているとしか言えない。私の場合はそれがただ揺れるだけのローターみたいなものだからマシなのか、余計に悪いのかは不明だけど。
そんな事を思い出しつつ、溜息を落とす。先日も同じような言葉を繰り返して逃げたなと思えば、思考が逃げ出そうとしてしまうのも許して欲しい。
「下等生物である人間と?それって私が猿を相手にするのと同じようなものよね。アーロンの神経を疑うわ」
そんな言葉で抑え込めるのは、何時までだろうか。アーロンに奪われるくらいなら、死んだ方がマシだけど、それをしたら皆が殺される。
それなら、適当に誰かに売って金に変えようかと思ってしまうのに、それも出来ない。何時まで続くか分からない地獄のような日々の中で、シャンクス達に日記のように出す手紙が心を落ち着けてくれる。
手紙の内容は嘘ばかりで『私は元気、変わりありません。皆は変わりありませんか?』なんて……そんな言葉が並んでいるけど、その最後に少し真実を混ぜる事で誤魔化す事が出来るだろうと思ってる。心配かけても意味は無いもの。
今回は新曲書いたのよとか、小説書いたのよとか。どこかで見かけたら読んでねなんて書き添えておく事で、きっと誤魔化しきれると信じているのよね。
実際その直後に発売されてるだろうから、きっと手にしたりしてくれてる筈。曲は譜面に歌詞が書かれただけの物を二曲から三曲セットで売り出してそれが20曲になると小冊子、50曲溜まると譜面冊子として販売し直されている。
それは教科書や練習曲として使われたり、趣味で歌ったり演奏したりするのにも使われてるらしい。今や〝宝玉〟の最新曲をどれだけ演奏できるかが、音楽家達の大きなアドバンテージになってると聞いているけど、あまり自覚はないのよね。
まだこの世界では、音楽配信やCDのような物が存在してないのがこんな売り方しかできない理由。もう少ししてCDみたいなものが出れば、世界に冠たる歌姫とかも生まれ……あ、だからもう少し後にウタはデビューするつもりなのかも。
そんな事をしてる合間に新聞を見ながら、サッチが殺されないように、エースがずっと白髭にいるように願いながら手紙を書いたりして、運命に挑み続ける。そうして私は……運命の18歳になったのだった。
ここから原作と呼ばれる物語が始まる時が来たのだと言う事に、私は気が付かないまま……私は今を必死に生きて、ただ、足掻いていた。
泳ぎ方を知らず、戦い方以前に戦う相手すら分からないままに、手足をばたつかせるばかり。嫌だと駄々を捏ねても意味など無いと言う現実を受け入れられずに、泣き方を忘れた私は、声なき声で叫ぶしか道が残されてはいなかったのだ。
波間の向こうを一人で目指す事は、不可能に近い事なのだと言う事に、頼る事を忘れた私は少しも気が付けては居なかったのだった。それがきっと、多くの出来事を回避できなかった理由の一端になったのだろう。
それでも私にはその事を知る由もなかったし、もしもやり直せたとしてもこの道以外の選択肢はなかった。幾度やり直せても、きっと……この結果は変わらなかったのだろうと思っている。
波間の向こうを目指して進む他には、私の生きる道は無いのだ。そう痛感させられるのは、もう少し先の話。
序章編ー完