※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して   作:夢枕 七変化

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到着したのは

 人の住む島を求めて船を進めるけど、この東の海においては島と島の距離がそんなに離れてはいないので、すぐにつくのは分かっていた。それでもやはり、今拾い集めた食料だけでは足りないと主張するルフィのお腹の音を聞けば、気がせいてしまう。

 私一人ならまず間違いなく二十日は生きられる量の食料があってなお、心配になる。水も海水ならばいくらでもあるのに、この世界でも海水は塩辛いのだからやるせない。

 私は別件でも頭を悩ませる。この船では料理も満足にできないし、船室も一つの為ルフィが隙あらばゾロが見張りだとか、私が見張りの時に襲い掛かってくる。

 それに対して必死で抵抗するのも、睡眠不足と精神的疲労の蓄積により体力的にキツくなって来ている。でも、この身体は私の勝手にはできないし、あんなおぞましい事を好んでしたいとは思えない。

 脳裏に谺響するのは、誰の声なのか。黙って開けと痛みと苦痛を、屈辱と絶望を与えるだけの行為。

 プロの人達はそれを仕事と割り切っているのだから、すごいと思う。それだけ守りたい何かがあるのだろうと思えばこそ、尊敬しかできない。

 それにしても、ルフィが見張りの時しかゆっくり休めないというのはどういう事なのか。ゾロはそんな私とルフィを見て、ルフィを諌めてくれているようだけど正直効果はあまり無さそう。

 これはバギーから奪った船で、あまり大きくても舵取りが面倒だと思って小型のにしたのだが、流石にこの設備は頂けない。でもだからと言って大きくて設備のある物にするならば、人が足りないのもまた事実。

 それを切々と懇切丁寧にルフィに言えば、確かにもっと仲間が欲しいと言い出した。それにホッと胸を撫で下ろした私は、その認識が甘かったと直後に考えを改めさせられる。

 

 「まずコックだろー、狙撃手は居ないと困るよな。それと……音楽家がいないと、海賊として成り立たねェよな」

 「音楽?何だってんなもん……」

 「海賊は歌うんだぞー!ま、ナミがいるから演奏だけは大丈夫だよな!」

 

 ゾロの素朴なツッコミに怒りを見せて歌うと答えるルフィだけど、船医が必要だと何故思わないのか。船大工もいないと、何かあった時メリーを直せないだろうに。

 って、まだメリー居ないけど。でも、船は家であり鎧なのだからそれを守る概念は持ってて欲しいわ。

 

 「船医と船大工が必要でしょうが!何だって人間や船を治す事を後回しにするのよ!」

 「ナミがいるから大丈夫だろ?」

 「私のは応急処置レベルなの!ちゃんとした知識が無かったら、役に立たない事だって沢山あるのよ」

 

 ついキツイ口調で言ってしまったが、ルフィはあまり気にしていないらしく楽しそうにしている。それに対して深い深ぁい溜息をついてみても、ルフィには通じなかった。

 私の医療知識は、現代医学の中から家庭の医学程度の物と、ベルメールさんに教えて貰った海兵さんは皆知ってるだろう薬学と応急処置の知識。そこにこの世界で通用する物をホンゴウから追加で教えて貰ったのでそれを加えて、後はこんな事になっても私を気遣ってくれてるドクターからの知識と、ドクターの書いた書物の知識。

 だから、まだまだチョッパーやローちゃん、ホンゴウには遠く及ばない知識量。経験だって、私はそれを本職にしてないから足りてない筈だわ。

 船に関する知識も、現代の歴史の授業で習った範囲と、航海士として必要なな分に加えて、操舵手としてやれる為の操縦に関する事まで。車の免許持ってて運転は出来ても、整備は出来ないのと同じ理屈。

 そんな程度の知識しかない私を、そっちのプロと同じレベルで期待されても正直困ってしまう。今の私はただお金を集めるのに、困らない程度の知識を身に付けてるに過ぎないのだから。

 深く溜め息が出てしまうけど、解決法は分からない。そうしてそっと視線を動かして、ロープで連結されてる今の船を全体的に見渡す。

 先にバギー海賊団から私が一人で奪っていた船と、ルフィ達が乗っていた小さな船をバギー海賊団から新たに奪った船に連結しているが、寝る時に部屋と言うより船をわけられる他は、何も良い事がないのも現実。私は思考の波に埋もれながら、人のいる島に船をつけた。

 この島は特に大きな港がある訳では無いけど、だからこそ海賊に襲われた事も無い島の筈。でも、何だろうこの既視感。

 船を降りると何やら視線を感じて、私は眉間に皺を寄せてしまう。するとゾロが私の眉間に指を押し付けて、グリグリとしてくる。

 

 「痛いわね!突然何するのよ!」

 「湿気た顔すんな。こっちまで陰気臭くなる」

 

 ゾロの発言に「勝手にカビてしまえ!」と抗議しようと口を開いたその時、聞き慣れた、けれども初めて聞く声が上から降ってくる。その人物に視線を向けた時「髪はお父さんに、鼻はお母さんに似たのね」とつい呟いてしまった。

 

 「俺の名は、キャプテーン!ウソップ!」

 

 そういえばここはウソップとその恋人の島だったなと、私は一人納得して頷いて満足していたが、ルフィはウソップの言葉に乗せられ、ゾロはそれをおちょくり、カオスな状態になっている。その途中でウソップがヤソップの息子だと気付いたルフィは、早々に打ち解けて仲良く会話を始めている。

 つまり、この島にもシャンクスはウタと共に来て、ヤソップを連れ去ったのだ。少しだけ息子より歳上な女の子の存在は、きっとヤソップにとっては救いになった事だろう。

 同時に、我が子を置いていくしかなかった切なさも増しただろうけど。どうして船長の子は良くて、自分の子は許されないのかと嘆いた日もあったのかもしれない。

 

 「おい、ナミもその男と、知り合いなんじゃなかったのか?」

 「まぁ、お世話になったけど……。ルフィ程ヤソップと深く関わってないもの。寧ろ、邪魔にしてたっていうか」

 

 ゾロからの問い掛けに、過去を思い出しつつ空返事をする。私がシャンクスに挑み掛かり、ズタボロにされるのを嫌がり、訓練の邪魔するヤソップを何度か蹴り飛ばしていたのを思い出せば、私も酷い奴だと思う。

 今にして考えてみれば、酷い事をしていたかも知れないけど、強くならないといけない私には、心の底から邪魔だったのよね。ウタにするような甘い扱いは、私には不要だったのに。

 でも……嫌いにはなれなかった。優しくしてくれて、守ってくれて……多少でも銃を使うならと、コツを教えて貰ったりもしたし。

 実際力のない私には接近戦なんてできないだろうと言って、銃は本格的に扱い方を教えて貰った。それが無ければ、この時代の銃なんて流石に扱えないわよ。

 掃除などのケアは全て分解が基本だから、組み立てられないと話にならないのだ。銃は種類によっては一度使えば終わりの物もあるのだから、この時代の銃は本当に恐ろしい。

 それでも、凶悪な武器であり多くの人の生命を無惨に奪った兵器だ。その上で、女子供が簡単に扱えるものでもない所が恐ろしさに拍車をかける。

 下手に漫画のキャラクターのように片手で格好付けて撃とうものなら、脱臼は免れない。暴発でもしたらその場で大怪我か、死亡が待っているのだから、それを防ぐ為にも扱うにはそれなりの知識が必要なのだ……と、教え込まれたのは鮮明に覚えている事のひとつ。

 なのに、飲むと自分が捨てた妻子の話を泣きながらするのだから、それなら手紙のひとつでも書きやがれと蹴ったのはご愛嬌だろう。そう、私は悪くない。

 そうして私が蹴ってると、周りから茶化されて余計に扱いを酷くしたとか、そんな事もあったけど、子供だったから仕方ないのである。うむ。

 そんな思い出に浸りながら、ルフィ達の様子を微笑ましく眺めていたけど、船を調達するのは難しいだろうと言う事になり、結局はルフィも含めた私達三人は仕方ないと諦めの溜息をつく。私は、面倒な事を終えれば船が手に入るのは分かっていたけど、ここで頑張って船を手に入れましょうとは口が裂けても言えないのだから、黙るのも仕方ない。

 その流れでウソップに連れられて入った食堂で、久しぶりにまともな食事をしながら、今後仲間を探さないといけないと話していたら、ウソップがこれまた冗談のように、俺が船長になってやってもいいなんて言い出す。だからつい「ごめんなさい」と言えば、それは偶然にもこちらの三人の声が重なっていた。

 意外と息が合い始めてるなぁと思っていたけど、ウソップもそれを見て「仲良いなァ」なんて羨ましそうにしている。それがなんだか、籠の鳥を思わせて胸が小さく傷んだ。

だからつい、語ってしまう。海賊と山賊の違いを。

 

 「海賊はね、山賊と違って仲良くないとやっていけないのよ」

 「なんでだ?」

 

 私はウソップの様子を見て突然口を開いたけど、それに反応したのはルフィだった。予想外の人物だけど話しておくべきかと私は、その言葉の続きを話す。

 

 「船という密閉された空間で、運命共同体として生きるからには、仲良く無かったら生きられる筈ないのよ。船は全員で力を合わせて動かすものだし、見張りも交代で行うでしょ。沈んだりしたら全員揃って死ぬし、食料もその船にあるものを仲良く分け合う必要がある」

 「嫌いな奴とずっと顔合わせて、喧嘩してってやってたら持たねェって事か?」

 

 こてんと首を傾げるのは、幼かった頃と変わらない。そういう意味では成長がないのよね。

 真面目に聞いてるから良いかと話を続ける。ルフィは興味が無いと、遊んだり寝たりするからわかりやすい。

 

 「それもあるけど、信頼できない人と一緒に死ぬなんて嫌でしょ?だから、皆この人ならって思える人を船長に選ぶし、船長もこの人がいいって人を仲間に選ぶのよ」

 「それ、山賊は違うのか?」

 

 少し驚いた様子だけど、そうよね。ルフィは山賊に嫌な思い出しか……あれ?

 ルフィって、山賊に預けられてなかった?

 なら、そんなに嫌悪感なくなったかな?

 少し考えたけど、今のところ解ける予定のない疑問は横にポイして、ルフィに笑いかける。そうして答える為に唇を動かし始めた。

 

 「山賊は生活圏が陸地だもの。嫌になれば逃げ出せるし、裏切るのも普通の事。仲が悪いのが居たら別な所で遊んで、とか出来るじゃない。ひとつの島にひとつの村しかないなんて事は、なかなかに珍しいもの」

 「すげェな。お前、この船の参謀みたいなもんか?」

 

 ウソップが感心した様子で、私とルフィのやり取りを聞いていながらそんな事を言うから、私はそれに首を振る事で答える。それにウソップは驚くけど、勘違いされたら困るのよね。

 まず、私は仲間じゃない。次に、私よりも参謀に相応しい人が二人いる。

 

 「私はルフィの仲間じゃないもの。今は航海士としての腕を買われて、手を組んでるの。そう言えばウソップ、この村には出版社はある?」

 「出版社ァ!?そんなのある訳ねェだろ」

 「なら、読みたい本の取り寄せとか、ニュースクーに配達頼むのはどこでやってるの?」

 「本屋のオッサンがそれ兼ねてる感じだな」

 

 ウソップの言葉を聞いて、私は頷いてお礼を言った。なら専用のでんでん虫がある筈だから、少し打ち合わせして置こうと思って。

 ここ数年は偉人伝と譜面を交互に出て来たけど、そろそろネタ切れ。数ヵ月後には、引退も視野に入れるべきだろうかと正直考えていたりする。

 譜面だって中々に思い出せないものは多い。聞けば知ってたりするし、思い出せるけど、久々にカラオケ行くと歌えなくなってたりするし、題名見ても曲を思い出せない事もある。

 つまり、それをすべて間奏の曲も全て覚えてるのが譜面におこせる基準なんだから、中々に難しい。なにかのきっかけがあればそこから芋ずる的に思い出して書けたりするんだけどさ。

 でもまた、引き留められるだろう事は何となくわかってる。私だって客観的に見たら、そんな人を手放したくはないだろうと思うもの。

 児童書、譜面、小説……この世界の人達の過去の話と、地球の偉人録、そして料理の本に、ストレッチの本まで先日出した。おかげでもう本当にネタ切れ何だけど、何か自分で1から考えるしか無いのだろうか。

 そうなると文才に自信の無い私としては、これまでとは違って元の話もないから売れないだろうなって考えてしまう。例えば……ルフィ達とのこの冒険の事を島毎に、1つの小説にしたらどうだろうか。

 この島ならば主人公はウソップ。脇役として必ず同じ人物……ルフィが登場するシリーズにでもしたら、シャンクス達はその意味に気付いて、楽しんでくれるのではないだろうか。

 誰かの為にと書き始めた物が人気を博し、結果的に世界的に人気の高い作品になる事は多い。病気の姪っ子に書いた絵本が世界に広がったように、愛娘を自慢した作品がシリーズ化したように、愛妻の美しさを歌ったそれが地獄の概念を作ったように。

 そう考えたら、一瞬楽しそうだと思ったけど、私はもうすぐ別れるから、そんな事を言っても居られないのだと気付く。楽しい気分が一転、悲しくなってきたので、考えるのはまたにしようと気持ちを切り替える。

 

 「ならナミは俺を船長にして、ルフィとは同盟を組むってのはどうだ?」

 

 ウソップのそんな言葉に私は笑ってしまうけど、即座に断りを入れる。だって、私としてはやはり、この船に関してのみ言えばだけど、ルフィが船長だから纏まるのだと思っているから。

 だから、今はルフィ以外の船長を船長なんて呼ぶつもりは無いのよね。実際の現状では、船長なんてルフィの事さえ呼ぶ気はないけど。

 ウソップはそのまま、愛しい彼女について語り始めた。これがリア充って奴かと、少し諦めモードで聞いているしかない現実が少しつらい。

 親子揃って、一途なのよね。……将来泣かせたら許さないんだから。

 その内にウソップは突然立ち上がり「時間だ!!」とか言って居なくなったので、私達は食事を再開する。そろそろ満腹かなと思ったところで、お野菜の名前をもつ三人の子供達が姿を見せた。

 ウソップは何だかんだと言いながらも、子供達から信頼が厚いのだと知っていた。だからこそ、微笑ましく見ていたのに、ゾロがウソップを食べたなんて言うから大騒ぎになる。

 それから子供達を宥めて、ウソップは時間だからと言い残して消えたと話せば、子供達からもウソップの彼女について熱く語られる。それを聞いていると、まるで冒険物のRPGみたいだなぁと思う。

 次のイベントに関係ある話しか街の人がしなくなって、そこに行くとイベントが起きるのだから。そして、その主人公に該当するルフィは、船を貰いに行くと言って飛び出してしまう。

 それを見て、あぁ……何たる馬鹿、と頭を抱えたくなるけど、そんな事をしている場合でも無いので、急いで支払いを済ませると、即座に店を飛び出した。運命は必ずしも、原作と同じ事になるとは限らないから。

 結局、お屋敷に到着したと思った次の瞬間には追い出されるという悲しい現実と向き合いながら、私達は姿の見えないウソップとルフィを探す事になった。けれども私は忘れていたの、ここで変な奴に会う事を。

 私は変な奴に遭遇してから、これが敵だったと思い出した私は、本能的と言うか反射的というかで、眠ってるそいつをクリマタクトで殴りつけてボコボコにした上で、流星錘で縛り上げてしまう。ハッと気づいた時には、ゾロは得体の知れない物を見る目だったし、三人の子供はまだ寝ていた。

 ダメだわ。これだと私、突然暴行を加えた野蛮人以外の何者でもないじゃない。

 ゾロが少し距離をおいた状態で、不思議そうに聞いてくる。でもそれに、どう答えたら不自然じゃないのか分からなくて、誰か攻略本くださいと心で念じていた。

 けれどもそんな物は当然空から降ってきたりしない。そしてゾロが、少し嫌そうな顔で私を見て言う。

 

 「どうしたんだ?知り合いなのか?」

 「こんなのと知り合いたくもないわ。これも海賊、賞金首よ」

 

 咄嗟に言った私の言葉にゾロは獰猛な笑を浮かべて、どこからか取り出したロープで縛り上げると、私に流星錘を返してくれた。この時私は、自分の安全な寝場所がほぼ消失した可能性がある事を、もう少し真剣に考えるべきだったのかも知れない。

 私が気に入らないならば、船長として認めた男の隣にある事を許さないけど、気に入ったり認めた時それは逆転する。そんな当たり前の事に、私は気付けていなかった。

 

 「大事なモンなんだろう。たまに、撫でてるからな」

 

 ゾロの優しさに甘えるように私は流星錘を受け取り、笑顔でお礼を言ってからルフィを探しに向かうのだった。アニメ、原作、映画……それにより流れや順番が変わる事がある以上、現実である今に確約なんて何も無いわ。

 なら、どんな流れになっても大丈夫なように、せめて私が傍にいられる時は守りたいから。だから、島を駆け抜けるように走る。

 この後に戦いが待っているのだとわかっていても、私は船が……メリーが欲しいと思ったのだから仕方ない。だってメリーは、ルフィの大切な仲間だから。

 ただ、恐らくは私がジャンゴを縛り上げた事で、運命は恐らく予想だにしなかった形で変化するだろう。それでも、それなりに強い奴は、先に1人ずつ葬りたいと思ってしまったのだから仕方ない。

 実際に始末する事はできないけど、縛り上げて戦力外にする事は可能。この先の戦闘で動きが封じられていてくれたら、それ以前に計画の発動がなければ色々と助かるもの。

 女の子や幼い子が巻き込まれる形になるこの話は、嫌いなのよ。どうして、彼女達が犠牲にならなきゃならないの。

 だいたい海賊団の名前は可愛いのに、どうしてメンバーに可愛い奴がいないのかしら。そう思いながらゾロと二人で、ルフィを探し回った。

 神がかった方向音痴なゾロとは、もしもはぐれたらそれっきりになるのが分かっていたから、はぐれないように声をかけながら移動して、途中で「少しごめん」と言って本屋へ入る。それをゾロは怪訝そうにしながらも待っていてくれるから、作家である証拠の笛を見せて、電伝虫を借りると編集者に連絡を入れた。

 要約してしまえば、この先書けそうな話が思い付かないので、引退するか執筆が遅くなるのを認めてほしいと告げたに過ぎない。けれども結局は、押し問答の末に遅くなるのは仕方ないと言って貰えて、事なきを得た。

 そもそも電線を用いない電話だってのに、基地局もいらないんだってなると奇跡のようだと思う。手紙の方が出すのに苦労するってどうなのよ。

 日本でさえ郵便局は1871年から存在してたのに対して、現在においても基地局がなければ携帯もスマホも使えないと言うのに。だとするなら近いのは無線なのかしら?

 そんな事を考えながらも必要な話を終えて、通話を終えると小さく伸びをしたタイミングで店主からサインを求められたので、それに応えてからゾロの元へ戻ると、何故か鋭い視線を向けられた。どうしたのかと首を傾げると、低い声で問い掛けられる。

 

 「お前、何者だ?」

 「何って、美少女航海士だけど?」

 

 誓って、何一つ嘘はついてない。アーロンの元では測量士やってるけど、本職は航海士だもの。

 ウタに歌ってもらう為に作曲家みたいな状態になってた時期もあるし、船医の卵みたいな扱いもされたけど、それも副業。アルバイトみたいなものよ。

 

 「……初対面の筈のオッサンが〝美少女航海士〟を店の奥へ入れて、帰りにサインを強請るのかよ」

 「ああ、その事ね……」

 

 そう言って言葉を切ったけど、宝玉である事を話したくない。でも、他に思い付かないから困ってしまう。

 仕方無く、譜面を書いてる事だけを教えると、作曲家!?と驚かれた。なので鉄笛(テッテキ)をゾロに投げ渡す。

 

 「武器と仕事道具兼ねてるのよ」

 「……納得だ。疑って悪かったな。ん?ルフィは知ってんのか?」

 

 言われてから考えてみる。歌ったり演奏したりはして来たけど、それがイコールで作曲家とは思わないわよね。

 だとしたら、歌の上手い幼馴染枠。その筈……?

 ウタが歌っていて、私が演奏して、ウタが作曲に悩み、その横で私が手伝いの為に口ずさむ。完成した曲をまた、皆の前でウタが歌い私が演奏するような日々だったわね。

 そうだとするなら、ルフィは私が歌う事と演奏する事しか知らないわよね。と、言う事は……たぶんだけど。

 

 「知らないと思うわよ。話してないから」

 

 答えた瞬間ゾロにナミがいるなら、音楽家いらないんじゃねェのかと言われる。でもね、音楽って人数が必要なのよ。

 本来音楽の演奏ってのは、一人じゃ足りないのよ。主旋律と副旋律と歌唱が欲しいんだから。

 まぁ、歴史的に見れば一人の音楽家を船に乗せるだけで結構大変だったりするから、音楽団なんてのは贅沢過ぎるのかも。でもね、音楽家は音楽関連以外は戦闘さえ免除される事がある位に貴重なの。

 なのに、私はもし船に乗ってるならやる事が必然的に多い。正直、音楽家をやる余裕はないわ。

 娯楽よりも、生命を優先した職業内容の仕事を優先してしまうのは当然だもの。こればかりはルフィが可愛くてウタが愛しくても、変わらない現実。

 そんな話をしながらルフィ探しをしていたら、その途中でウソップが駆け抜ける姿を目撃した。それにより私達はウソップの後を追う事にしたのだが、私としてはこの流れが変わらない事で、どうやらジャンゴはもうクロと話した後だったのだと気付き、膝から崩れ落ちそうな気持ちになる。

 だってそうでしょう。何の為に、突然通行人を暴行する女に成り下がったってのよ。

 そんな苛立ちを発散するように走りながら、ふと気付く。あれ……でも、原作だと出会うのは行きの時じゃなかったっけ?

 そう私が思っても、考えても、記憶を手繰り寄せても、ウソップが走り抜けているのならば、それは話し終えた後だという事になる筈だわ。ならとりあえずルフィを回収しなくてはと、私は気合を入れ直して考え込んでる間に随分と先を走っていたゾロの後を追う事にした。

 けれどもゾロは、思っていた程足が早くなくてすぐに追い付けたので、内心で少しホッとしていたら、ゾロに何故か睨まれてしまい少し嫌な汗をかく。何故何もしてないのに、睨まれないといけないのか。

 ルフィの正確な居場所を確認する為にも、まずはウソップに狙いを定める。そうなれば距離を詰めるのは簡単なのに、声を掛けても肩を叩いても気付いて貰えなくて苦労させられた。

 それからどうにかウソップを捕まえると、ウソップはルフィが死んだのだと嘆き始めた。そんな事よりも、私から見たら原作との時間軸にズレがあるのではないかという事の方が重要で、ウソップの話どころではない。

 大筋さえ変わらなければ、時間軸の通りに話が描かれていたという証拠はないと気づいた時、私は自らの力の無さに絶望しそうになる。先が分かるから、安全に話が進むとか考えていた自分が許せない。

 そうよね。冷静に考えたらそんな訳も無いのに。

 運命を変えようと足掻いても、ベルメールさんは生きていて、でも……二度と立てない身体になったものね。生きてるからそれだけで、運命を変えられたとは言えないわ。

 大切な人が目の前で、その人生を滅茶苦茶にされる。そして、結局のところアーロンに支配されるという大筋は変わってないわ。

 どうして気付けなかったのかと自分を責めてる時間は無い。けどアーロンとの契約金額も1億から10億に跳ね上がってるのだから、これは素直に頼ってはいけない知識なのに、どうして私は頼ってしまうのか。

 

 「ルフィがそんな簡単にくたばるかよ。安心しろナミ」

 

 ゾロにそう声を掛けられて、何故そんな事を言われたのかと首を傾げれば、ゾロは私が何も言っていないのに私の頭を軽く撫でる。その手の温もりに、長い事経験して無いものだった為にどんな反応をしていいのか分からない。

 ベルメールさんが、ゲンさんが、優しく撫でてくれる安心できるその手とは違う。ドクターの戸惑いに満ちた手とも、シャンクスやベックの信頼と労りの手とも違うのに……不快感は無いの。

 

 「死人みてェな顔して、自覚無しか。これじゃァ、泥棒猫じゃなくて子猫ちゃんだろ」

 

 なんて軽口を言われて、漸く不安や絶望、葛藤なんかの感情が顔に出ていたのだと気付いて、深呼吸して気持ちを切り替えた。そうだ、落ち込んでいる場合じゃない。

 既に命令をジャンゴが受けた後だったならば、カヤちゃんが追い詰められる確率が、少し下がったと言う事なのだから。前を見ろ、未来を見据えて、走れ、私。

 ウソップが怪我をしているのに気付いた私は、応急セットで簡単にウソップを治療しながら、ルフィの到着を待つ。すると、想定していた通りにルフィが現れ、どうやらここから流れが元に戻るのだろうと一安心すると、つい浜辺に倒れるように座り込んでしまいそうになる。

 そんな私を即座に支えたのはルフィで、少し心配そうに顔を覗き込んでくる。それにしても、軽々と支えられるだけの腕力がルフィについたのね。

 いつの間にこんなに大きくなったんだろう。あの頃は、私の胸よりも低いところに頭があったのに。

 

 「ナミ大丈夫か?」

 「大丈夫よ。でも、そうね。気が抜けたのかも。……少し、休んでていい?」

 

 ルフィを見上げてそう言えば、ルフィは勿論ゾロまでもが不自然な行動をしてから、わかったと呟くように返してきた。だけど、私はルフィに早く伝えなければとも思う。

 どうやってもルフィを男として見る事は出来ないから、襲わないでって。アーロンにやられるよりはマシだけど、出来るならまだ……もう少し子供でいたい。

 あんな、痛くて気持ち悪くて、苦しくておぞましい行為、したいとは思えないの。この身体を傷付けたくもないし、苦痛しかない行為の何が楽しいのか理解できないわ。

 それに何より、関係を持てばルフィは私に執着する。そうなったら、巻き込んでしまうだろうと言うのが分かっているから、それが……何よりも怖い。

 私はこれからウソップが決意を新たに宣言する事と、それにより二人が協力するという事を知っていた。だから、どうにか話を軌道修正して連れて行かないといけない。

 折角の罠を無駄にしない為にも、正しい海岸へ連れていかなくてはならない。だから私は、三人の話が終わるのを待って口を開いた。

 

 「私も協力するわ、ウソップ。でも、その為にも話を聞いて」

 

 声を出すと同時に、三人は射抜くような眼差しで私を見るから身体が震えそうになるけど、その眼力に負けている場合ではない。何もしなくても勝てる筈だからなんて、そんな余裕を持ってたら負ける位にはこの世界の海賊は強敵。

 負けとは即ち、この島の人達が死ぬという事。その中でもカヤちゃんは確実に。

 

 「この島は海岸が2つあるわよね。1つはここ、もう1つは私達の船が停めてある所。だから、二手に別れましょう。そして戦いの音が聞こえたら、もう片方に合流するの」

 

 私の言葉にゾロは成程なと小さく呟き、それが確実だろうと言ってくれる。ルフィもまた確かにそれだと失敗は少なくなるよなと言ってくれて、ウソップはやっぱりナミは参謀なんじゃとか言うけど、違います。

 私に参謀ができるだけの能力と知識があるならば、もっと色々と結果は変わってた筈だもの。もっと力が欲しい、誰も傷つかない様な、誰も死なせないですむような、そんな力が……欲しい。

 実際、記憶では船を泊めてある側に来る筈だけど、それが確実じゃないから別れたいんだもの。ゾロとルフィなら下準備なんていらないから、私とウソップが対抗策を用意した側にルフィ達が合流してくれるのが理想。

 でも、下準備は私とウソップがそれぞれの場所でやるって手もあるわね。その場合方向音痴のゾロを私が連れて行くか……いや、ルフィが離れたがらないかしら?

 仕方ない。ここは皆で決めてもらいましょう。

 

 「なら、誰が移動するかなんだけど……私は移動するわ。後は男達で相談して決めて」

 「なんで移動するんだ?」

 「私の宝は私が守らなきゃ」

 

 ふふんと笑えばルフィが驚愕の表情になる。でも正直今更じゃないの。

 船にあるお金は私の物よ。そして、海賊がそれを見逃す筈ないんだもん。

 

 「ナミの守銭奴!」

 「そんなの昔からじゃない。ルフィに会った時にはお金目的で旅してたんだから。それに、シャンクスには、そんな所も可愛いって言われたわよ?」

 

 そんな事を言ってドヤっとばかりに笑えば、ルフィは複雑そうな表情をするから、何か間違えただろうかと心配になる。その時ルフィが私の腕を掴んで問い掛けてきた。

 鬼気迫る様子。緊張した声音。

 

 「ナミは、シャンクスが好きなのか?」

 「そりゃ、師匠を嫌う弟子はいないと思うけど?」

 「……ちげェよ!そういう意味じゃねェよ!」

 

 じゃぁ、どんな意味よ!と、言いかけて飲み込む。それは、聞いちゃいけない気がする。

 本能的な何かが聞くなと警告するから、細く息を吐いて言葉を変える。でも、やっぱり不思議だから首は傾げてしまうけど。

 

 「……?ああ、そうだ。とりあえずなんだけど、ルフィの事弟以外に、今は見れそうにないわ」

 

 そう言って立ち上がると、ウソップは惚けたような顔をしているし、ゾロは納得してますと言うような顔をしている。しかしルフィは、どこか少し黒く見えるような笑みを浮かべて、私を掴む力を増した。

 それを冷ややかに見て、小さく唇を動かす。声を音にせず〝離して〟と。

 今は騒ぎを起こす訳にはいかない。なのにルフィは私から手を離す気配を見せないのだから、困ってしまう。

 

 「今は良いけどよ、後でもう一度ちゃんと話をしよう。ナミ、逃げるなよ」

 「無事に戦いが終わってからね」

 

 ルフィの探るような眼差しに、私は少しの緊張をしていたけれど笑って誤魔化した。それから離して貰えない手を掴み、そっと手を外させてから駆け出す為に足を前に出した瞬間、引き留めるようにルフィが言う。

 真剣な声は、戦う為に必要な事だと知らせて来る。だから足を止めるしかない。

 

 「ナミが行くなら俺は残る。戦力は分散させねェとな。ゾロとウソップのどっちかが追い掛けるから、気を付けろよ」

 「ルフィも、気を付けてね」

 

 私は一瞬立ち止まってそう返すと、即座に走り始める。思考をルフィに奪われそうになりながら。

 ルフィは賢い。この場で先程までの話を続けるなら、私に叱られると分かっていた。

 話を変えて、でも今、本当に必要な話をする事で私の頑な心を溶かす。それにより絆されたり、一緒にいたいと言い出す事を僅かに期待して、でもそうならない事を理解もしているのだろう。

 それよりも……記憶を頼るな、私。今の私が持つ記憶は、不確定要素が強過ぎるのだからと自分に言い聞かせる。

─────

 ナミが走り去るとルフィは2人にどっちが行くかと聞いた。それに対してゾロが不思議そうな顔をする。

 

 「ルフィとナミを態々分ける意味が解らねェ」

 「話してなかったか?ナミは甘いから中々戦わねェけど、元々俺よりナミのが強ェんだよ。俺はいつもナミの背中を見てた。もしくは腕の中で守られてた。それに気付いた時には、ナミの居場所が分からなくなってたんだ」

 

 暗く沈むでもなく、ただ淡々と事実を受け入れた様子で語るルフィに、ゾロは驚きを隠せない。それは当然ウソップも同じだ。

 ゾロは眉間に皺を寄せ、ルフィを疑わしそうに見る。どう思い返しても、素早さは認められるが戦えるようには思えなかったから。

 

 「幼馴染とは聞いたが、そんなに強いのか、あの女」

 「比喩じゃ無くてよ、悪魔の実食ってねェのに雷落とすんだぞ。それに、ゴムの俺が殴られて痛ェって思うんだから、何かあると思う」

 「そんなに強いなら、一人でいいんじゃねェのか?」

 

 ウソップのそんな言葉に、ルフィは首を横に振る。その表情は何処か暗く、ルフィに見合わないような雰囲気だ。

 いつも明るい太陽のような男が、漆黒を思わせる表情をすると凄味がある。背筋に少し冷たい物が走りそうなそれは、きっと海賊として生きる男特有の空気感なのだろう。

 

 「駄目だ。ナミは甘いから、誰かに気を取られたら戦えなくなる。それを諫めねェと……すぐに死ぬ」

 

 ルフィは続けて小さく、苦しそうに言葉を落とす。「ナミは、誰かの為にしか生きられない」と。

 それを受けてウソップが立ち上がり、俺が行くと言う。コッチだったらすぐに戻ると言ったウソップは、村を守る為にした決意を胸に駆け出した。

─────

 その頃ナミは海岸に到着していた。こちらに来るとわかっている以上、準備は必要だと考えて即座にクリマタクトで雷雲を生み出して行く。

 原作ではウソップとゾロが大怪我をしたりする他は、特に失う者も無かった筈だけど、出来るなら怪我だって少ない方がいい。ここは漫画の世界ではなく、皆が生きている世界なのだから。

 海賊が現れたらその瞬間に、この雷を落とせばそれなりに数を減らせる筈だと、ホッとする。その直後にウソップが現れるので、どうやらこちらはウソップと私なのだなと理解した。

 原作でも確かウソップとナミちゃんが、先に海岸について叫んでたから、間違いは無い筈。そう思ったら少し笑えたけど、笑っていられる余裕は無い。

 実際こちらではなかった場合、ウソップと私は役立たずになる。こちらに来た場合、私とウソップの二人で戦う必要が出るのだから、余裕なんて無い。

 でもどうやら、敵はこちらから来るらしい。船が動いている時、特有の音が聞こえて来た。

 

 「ウソップ、こっちから来るわ。波の音がそう言ってる」

 「わかった。なら、油と撒菱(マキビシ)で俺は対処する!」

 「心強いわ。それでね、海賊が来たら……私降りていくから、ウソップはここを守ってて。一番厄介なのが村に居るから、背後を取られないようにね」

 「おぅ!」

 

 海賊は動きやすさ重視で厚底の靴をあまり履かないから、撒菱は本当に有効。個人的には健康サンダルさえ拷問具だと思ってるのだから、ある意味当然だけど……恐ろしい事前準備だと思う。

 そんなウソップの声に応えるように船が見えて、ウソップが緊張したのが分かる。初陣のウソップと、戦いに慣れてしまった私ならば、私がウソップを守るしかない。

 一人の時は、極力逃げて隠れて誤魔化して来た。他の人がいる時は、守られて来たわ。

 私が守りながら戦った相手に子供以外の男は居なかったけど……抵抗感は無い。それにイザとなった時、本当に強いのは私じゃなくてウソップの方だって事を、知ってるから。

 ……カヤちゃんが来なければいいけど。私も前から来るだろう海賊と戦ってる中で、背後から現れてしまえば守る事は難しい。

 そんな事を考えながら姿を現した海賊達を見て、私は気を引き締めた。クリマタクトを強く握り締めて、心を落ち着かせる。

 ……あの頃から何も変わらない、そんな風には言われないように……そして叶うなら、成長したなと笑ってもらえたらそれだけで私は満足だわ。……師匠。

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