※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して   作:夢枕 七変化

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メリー号はじめまして

 方向音痴のゾロと本能で動くルフィが来る頃には、戦いを終えておくつもりで襲い来る敵を沈める決意を込めて、ニンマリと笑う。雷雲も用意したし、覇気も苦手だけど使えるから、ここ東の海ならそれなりに戦える筈。

 この東の海で彷徨いてる奴等が、比べる対象が若い頃とはいえ赤髪海賊団(シャンクス達)である以上、それよりも強いとは考えにくい。それなら、今の私なら遅れは取らないわ。

 姿を現した海賊達を私は静かに見据えて、ウソップに声を掛ける。まだ名前を呼ぶだけでは、すべてが伝わる筈もないから。

 

 「当初の作戦通り、ここは任せるからね。頼んだわよ、ウソップ!」

 

 ウソップが頷いて援護射撃すると言うので、私は任せたわと言い残して足を一歩前に踏み出す。その瞬間、ウソップがあの人数相手に戦えるのかなんて阿呆な事を聞いてくる。

 言葉で説明するよりも、先にある程度雷で打ち倒すのを見せてからが良いかしらとそこで気が付いて、船から大勢が降りてきて油まで後少しの所に迫るのを見た。その瞬間、雷を降らせるだけ。

 だと言うのに、それにより再起不能になる者の多さに、東の海だなとしみじみ思う。彼らは、まだまだ普通の人間だ。

 それを見てウソップは「凄ェ」と呟くと同時に、私を凝視してるのがわかったけど、今はそれ所じゃない。倒れなかった者達を、倒さなければならないのだから。

 

 「ウソップ……大切な相手は、自分で守りなさいよ。喪ってから騒いでも、なんにもならないんだから」

 

 私はそう言って、地面に撒かれている油に自ら足を置いて滑り降りる。これでもう、ウソップの護衛には戻れない。

 ウソップはまだ、自らの無力さ故に誰かを喪った事が無い。私とは違って。

 だからきっと、この言葉は表面的にしか伝わない。それを分かっていても、伝えたかったの。

 

 「おぅ!」

 

 ウソップの返事が聞こえるのと同時に、私は油の前に陣取る。もしも私を抜けて行く敵がいても、油に足を取られるし、そこをウソップが攻撃するから登る事が不可能な状態になっているので、防衛戦としては安牌と言えるだろう。

 魚人達の雑魚より、更に雑魚なコイツらなら、普通に戦えそうだとホッとする。考えてみれば、アーロン達はこの東の海において最強なのだから、他のどこよりも雑魚でさえ強くて当然なのよね。

 赤髪海賊団の若かりし頃と比べても、やはりどこを見ても格下になる。だから、油断さえしなければ負けは無い。

 クリマタクトに電撃を纏わせて殴り、突き上げ、足祓いする。それが面白い程によく決まるのは、シャンクス達に鍛えて貰った過去があるから。

 覇気を使わなくても倒せる相手に、少し心に余裕が出る。何人か取りこぼした相手を、油の上からウソップが狙撃してくれるのも実際大いに役立ってるからと言えるけど。

─────

 ウソップは安全な場所……油と言う障害物を挟んでの狙撃をしながらナミを見て、驚愕していた。いくらルフィが強いと言っていても、相手は女の子だと言うのもあり、それほど期待していなかったのもある。

 そもそもルフィやゾロがどれ程強いのかをウソップはこの時まだ、何も知らないのだから。特にルフィは、見た目だけなら強そうには見えない。

 その上ナミはただの美少女だ。特徴があるとするなら、ルフィ達に頗る甘いお姉ちゃん。

 けれども今目の前で、舞うようにナミは動き、それに合わせて髪が動く。太陽のような色のそれが、登り始めた月明かりに照らされて時折輝いて見える。

 これが神に捧げる舞だと言われたなら、納得してしまっただろう。剣舞と呼ぶには使っているのが剣では無いし、手にしているのが扇でもないから舞では無いとわかる程度。

 けれども幻想的なのはナミだけで、現実は美しさなんてない。刃物を使わないからか、血飛沫が飛ばない代わりに、呻く声と骨が折れるような音が辺りに響く。

 それでも村を守りたいから、大切な人を喪いたくないから、ウソップは震えそうになる身体を奮い立たせて、狙撃して行く。女の子一人を死地に追いやっている今、逃げるなんて選択肢はどれほど怖かったとしても、持ち合わせていないのだ。

─────

 そして、そんなウソップの想いに応えたいとナミもまた、敵を無言で沈めていく。この時、この二人の間に何か特別な感情がある訳では無い。

 けれども、彼等はまるで長年共に戦い抜いてきた戦友のように、何も言わなくても分かり合うとでも言うように、戦う。ウソップはナミに当てる事なく的確に武器を持つ手や額を狙い、ナミはそれによりできた隙をついて棒術で沈めていく。

 本来ならばどちらもサポーターであり、主戦力では無い筈だ。けれどもそれ故に補い合い、守りあえているのかもしれない。

 その時、ニャーマンブラザーズと名乗る二人が姿を見せたので、それと戦おうとそちらに視線を向けるナミ。されどもそんな事はお構い無しに時は進み、月が頭上に輝いた時、ルフィとゾロが姿を見せたが、一瞬目の前に広がるその光景に言葉を失っていた。

 海賊の半数は既に倒され、明らかに幹部と思われる相手を一人でしている女の姿。腕力だけでは倒せないと分かっているからこそ、舞うように回り、その遠心力で打撃に重さを加える。

 無駄な動きが増える分威力が増して、次の動作が読みやすくなるのを防ぐ為に動きが舞いと似ていく。舞は武に通ずという言葉を体現したかのような存在は、躊躇いも怯えも見せずにただ敵を静かに無力化していくばかり。

 それの背後からナミの動きを阻害しないように、けれどもナミの死角から狙う海賊を許さないと言うように、狙撃するウソップの姿。どうしても一人で多数を相手にすれば生まれる隙を利用して、相手の意識を落とすその判断力は、抜群のものである。

 彼等に助け等いらないのではないかと、二人が一瞬考えてしまう程に、連携した動きで沈めて行く。その中でナミが力負けして吹き飛ばされるのを見たルフィが、咄嗟にその身体が崖にぶつからないようにと飛び出した。

 それと同時にゾロもまた、ナミを吹き飛ばした巨体と対峙する。来る筈だった衝撃が無かった事により、辺りを見たナミは遅れてルフィがクッションとなってくれた事に気が付く。

 この時点で麦わらの一味には四人しかいない上に、内一人は契約、一人は海賊ですらないただの村の少年でしかないと言う謎。そんな俄海賊団は、こうして長年海賊をしてきた者を相手に戦い始めたのだった。

 これはウソップの初陣であり、ナミの戦闘力を初めて仲間達が見た瞬間でもあったのだ。そんな中でルフィに助けられた事に気付いたナミが、微笑ましいとでも言うように笑えば、仲間達は息を飲んでそれを見た。

 戦闘力に見合わない穏やかで優しげなそれは、この場には明らかに不釣り合いだ。けれどもそれがまた、何故かナミらしいと感じてしまう。

 

 「ルフィ、ありがとう」

 「ナミは昔っから力で押されると弱いよな」

 「そうね、そこはほら、私女の子だから」

 

 軽口を言って笑えるのは、ナミを助けたのがルフィだったから。もしこれが他の誰かなら〝ありがとう〟の前に〝ごめんなさい〟と言って怪我の有無を確認しただろう。

 ルフィはゴムだから打撃に強い。それをわかっているからこそ、ナミは庇って貰えた後でも笑えるのだ。

 ルフィもまたそれを理解していて、笑って貰えた事が嬉しくて笑う。ルフィはこの時点で、やる気が漲っていた。

─────

 私がそう言って笑いながら立ち上がると、背後から嫌な気配を感じて咄嗟にルフィに「ウソップを任せる」と声を掛ければ、ルフィは一瞬心配そうに私を見てから頷いて、ウソップの元へ走った。そして、案の定現れる親猫。

 ルフィが居るからと、私はそちらを完全に任せてさっさと細い方を倒そうと思った時、明らかに私の短剣を狙ってきたのが分かり、クリマタクトに覇気を纏わせて殴り付けた。それにより、細い身体にクリマタクトがめり込み、骨が立てただろう嫌な音が響くと同時に吹き飛ぶ。

 受身を取れずに崖にぶつかり止まると、土煙が上がったが、それは私から短剣を盗もうとしたのが悪いのである。それを見たゾロが一瞬その表情を愉しそうに歪ませたのを見て、嫌な顔をする……と本気で思った。

 この猫達は、弱者を装い、油断を誘い、敵の武器を使用して戦う。これの利点は相手に苛立ちと焦りを与えられる事と、相手の武器を奪う事で戦闘能力を著しく下げられる事にある。

 でも……私から盗もう(・・・・・・)なんて、百年早いのよ。この界隈において〝泥棒猫〟の異名は私の方が先であり格上なんだから。

 私の大切な師匠からの贈り物(ベックに貰った短剣)を奪おうだなんて、許せる筈も無い。それにこれ、金額的にも誰にも渡せないわよ。

 

 「ゾロ、太い方の敵を任せて平気?」

 「あァ、だがナミはもう少し、手加減してやれなかったのか?」

 「あら……その形見の刀を盗もうとされても、ゾロが同じ事言えるなら聞き入れるわよ」

 

 ゾロの言葉にイラッとしてつい小馬鹿にしたように答えたら、ゾロが驚きの表情を見せる。それに続いた言葉により、内心心臓がバクバクだったが、戦闘中だった事もあり表情は変わらずにすんだ。

 

 「……なんで形見だって事を……ってルフィか。見張りの時とか暇だもんな」

 「私が間違えて蹴飛ばしたりしないように、教えてくれたのよ」

 

 た、助かった。ファン達の間では当然の共通認識だったから、まだ本人から直接聞いてないの忘れてたわ。

 咄嗟の大嘘だけど、ここはそういう事にしておく。だってルフィは肉の話とか、エースやサボの話しかしないもの。

 その他には冒険に対する期待と、私やウタ、シャンクス達を好きって話もされるけど、そこは割愛する。いつかウタとルフィがまた仲良く喧嘩する姿を見られるといいのだけれど。

 ゾロは私の言葉を受けて「それじゃ、しかたねェな。それだけ大切な物狙われたんならよ」と笑う。その笑顔は結構好きかもなんて思いながら、私は細い方をクリマタクトで再度殴りつけた。

 今度は電撃を纏わせて。けれども感電した筈のその身体で、ふらっと身体を揺らしながらも立ち上がるのは、私よりも恐ろしい存在として刻み込まれた男が視線の先に居るからか。

 それを見ている雑魚達は何故か恐怖に慄いたような表情で後退り、私やゾロ、そして、ルフィを見ている。私は細い方を立てないだろう位まで殴り飛ばしてから、ゾロに視線を向けるとゾロもまた、ちょうど倒したところだったらしい。

 ルフィとウソップは親猫と会話をしていて、なんだか楽しそうにも見える。でもそんな事も言ってられそうにないから、クリマタクトを片手ににっこりと笑うと「どうする?」と尋ねる。

 それを受けて逃げようとした雑魚達を親猫は許さず、暴れだした。それは敵味方関係の無い無差別攻撃だけど……速度は六式の剃と同じ位かなと思う。

 だとするなら彼はまだ、その技を扱うのには早かったのだろう。 自分の速度に対応できない未熟さが、この攻撃の未熟さを物語る結果を生んでしまっている。

 

 「面倒ね。制御出来ない力なら使わないで欲しいわ」

 

 私はそう言って迫る親猫の攻撃を防いで、隙をついて殴り飛ばす。それでも敵の武器が厄介なのはその通りで、思ったより強い力に私が少し弾き飛ばされると、ルフィが親猫に怒りをぶつけるように戦い始めた。

 同じ速度かそれ以上で走れる私には、問題なく対応できるレベルの攻撃の筈だった。でも実際は、その速度と言う重さを加えた成人男性の攻撃。

 認識が甘かったと言わざるを得ない。それでも私は、武芸十八手、武器を何でも扱えるとは言わないけど、一通り扱えるのは事実。※作注、武芸十八般の方が有名ですが、武芸十八手と同じ意味ですので間違いではございません。

 だけど、体力や腕力がそれに見合わない為、ルフィの介入は正直助かった。でも、守られるばかりでもいられないから、対策考えなきゃ。

 私は残りの雑魚を追い払いつつ、宝を守る為にルフィ達に背を向けて進む。雑魚を打ち倒して、船から宝を貰い受けてから浜辺に戻ると、何をどうしたのかカヤちゃんがいて、親猫と会話をしているのが見えた。

 カヤちゃんを守るようにウソップが親猫の前に立ちはだかるけど、意にも介されていない。この時点ではまだ、ウソップの方が弱いのだから当然だけど、ウソップはこれが本当に初陣なのだから弱くたって仕方ないと思うのよね。

 ウソップは、ルフィのように祖父にしごかれ、兄に滅多打ちにされて育った訳じゃない。ゾロのように世界一を目指して賞金稼ぎで食いつないでいた訳でも、私のように海賊相手に大立ち回りしてきた訳でもない、普通の村に住む心優しい少年なのよね。

 

 「そう……君には殴られたのだから、お礼をたっぷりしてあげなくてはね」

 

 その言葉が私にはウソップへの死刑宣告に聞こえて、咄嗟に月歩でウソップの元へと移動すると間に割って入った。だが、ここまでで体力は限界に近く、弾き飛ばされた私は崖に背中を打ち付けて呻く。

 赤髪海賊団にいた頃とは違い、近年外に出られるようになっただけで、途中の数年間は部屋に閉じ込められてたし、外に出られるようになっても定期的に帰って海図を描かないといけなくて、体力は明らかに落ちている。肩凝りなどを防ぐ為に舞ったりはしてるけど、体力の維持にさえ貢献できてるのか怪しい。

 それ等が今、祟っている。前ならば……この程度でへばったりしなかったのに。

 ウタを抱えて逃げ回り、その後海賊に立ち向かえるくらいの体力があったのに……。いくら内勤が増えたからってこれは、情けなさ過ぎるわ。

 

 「ナミ!」

 

 ルフィの必死な声が聞こえた。けど今は、流石に受け身を取り損ねたから、呼吸がままならなくて返事が出来ない。

 ああ、これ、スネイクが見たら爆笑されるやつ。それだけじゃない、大半が情けないって言いながら笑い転げるわよね。

 そう考えたら、赤髪海賊団って本当に大人が少な過ぎやしないかしら?きっと心配してくれるのは、シャンクスとベックとウタだけね。

 そんな事を考えている間に、ルフィが親猫と戦い初めていて、周りにも被害が出そうな戦いが行われている。ウソップはと視線を向ければ、三人の部下(少年海賊団)とカヤを必死に庇うようにしていた。

 私は打ち付けた場所が悪かったのか、呼吸をするのも大変な状態から、中々回復出来ずにいる。こんな時、本当に自分が情けなくなるわね。

 使える技は多くても、このままじゃアーロン達に勝てない。そうなれば挑んでもまた返り討ちにあって……何を、今度はさせられるだろうか。

 

 「ナミ大丈夫か?」

 

 いつの間に近付いていたのか、ゾロが顔を覗き込むようにして言うから、私は軽く笑って見せる。だけど、明らかに軽くない怪我をしているゾロにだけは、言われたくないと思ってしまった。

 そう言おうとした時、カヤちゃんの悲鳴が聞こえて私は顔を上げた。敵はルフィが押さえている筈なのに、どうして……。

 いいえ、悩んでる暇はないわ。悲鳴が聞こえた事実は、覆らないのだから。

 見聞色の覇気を使って様子を見てみれば、どうやらあの時縛り上げたジャンゴを町の人達が解放してしまったらしいと知り、ゾロにウソップの援護を頼むと言って任せる事にした。このままでは、ウソップもカヤちゃんも、三人の子分も、皆助からない。

 ゾロが駆け出したのを見て、身体から力が抜けるのを感じる。どうやらここまでで、体力の限界超えて暴れすぎてたみたい。

 一度失われた体力はどんなに訓練しても、人並み以上にはなれても、ゾロやルフィのような無尽蔵な体力にはならなくて……。幼い頃からずっと力も弱い、体力は皆に遠く及ばないのに、更に減ってしまって、自由に使えるお金さえも無い。

 今の私に一体何があると言うのだろう。どうしたら……良いのだろう。

 もし、私が死ぬ事で皆が開放されるなら、喜んで死ぬのに。微笑みを浮かべて、必要ならアーロンへの愛だって語れる自信があるわ。

 ただ叶うなら、逃げたと思われないように、死ぬならばアーロンの目の前で死にたいと思うだけ。そして、希望が叶うならば……皆を解放してから死にたい。

 そう思った時、脳裏で聞こえるのは優しくも物悲しい声。〝ずっとそばにいるよ〟と、家族とも、赤髪海賊団とも違う誰かの声。

 懐かしいのに知らなくて、愛しいのに悲しくなる。怨嗟の声とは異なる謎の声を、追いすがりたくなるそれを振り切るように目を強く瞑った。

 そうして思考の闇から飛び出して、私はふと視線を上げる。するとちょうど戦いが終わったところのようで、私は倒れようとするルフィを支える為に近付く。

 倒れて来たルフィは思いの他軽くて、少し心配になる。これで意外と筋肉質だから……本来もっと重い筈なのに。

 

 「ルフィ、お疲れさま」

 

 声をかければアイツ嫌いだと悔しそうにルフィは言うけど、そんなルフィだから皆はルフィが好きなんだよと内心で返す。口に出したら、無駄な期待を抱かせるのだと分かっているから言えないけど。

 

 「なァナミ~……どうして仲間になってくれねェんだよ~……」

 「最初から、手を組むだけって言ってたでしょ!?」

 

 あまりにも情けない声に慌ててしまう。その上で頭を撫でたくなるけど、な、撫でたら駄目よ、私……!!

 絶対図に乗る。仲間になってくれるんだって騒ぎ出すわ。

 

 「ナミの、意地悪……」

 「ルフィ……甘えても、仲間にはならないわよ」

 「なーんだ、残念!ナミなら、甘えたら可愛いって絆されて仲間になるかと思ったのによ!」

 

 そう言ってルフィは明るく笑う。どっちが本当なのかな。

 いや、きっと、どちらも本当なのだろうと、分かる。分かるからこそ、困ってしまうのだけど。

 戦いが終わり、落ち着いた時には宝も無事で、皆が満身創痍の中でルフィだけは楽しそうにしていたのが少し憎らしく思えた。でも、ルフィだって確実に疲れてる。

 後はゾロ達が帰るのを待つだけだと思ったら、膝から力が抜けて、ルフィを地面に付けないように抱き締めて後ろ向きに倒れた所で、私の意識は途絶えた。

 その時ルフィがこの世の終わりのような声で名前を呼んでたなんて、私は知らなかった。そしてそれは、私とルフィをゾロが移動させてくれていたなんて事さえも。

 次に目覚めた時、全員がある程度の回復を見せていたものの、ルフィのお腹が盛大に空腹を訴えた為に私は頭を悩ます。何かを作る機能が今の船には無いし……と、仕方なく私達はこの戦いが無事に終わった事を祝して、食堂へ腹ごしらえしに向かう事にしたのだった。

 そう、戦いは終わったのだ。つまり、戦いの前に弟にしか思えないと話した事で、この後ルフィが何を言ってくるのだろうと思う。

 二人きりになりたくないな、なんて……。叶う筈も無い事を願いながら、足は前へと進んで行く。

 前にウソップに案内されたオススメの食堂で食事をしていると、ウソップは居ないのにカヤが執事を引き連れて姿を見せたので、私はカヤに話しかける。やっぱり……女の子には優しくしないとね。

 

 「身体はもう大丈夫なの?昨日はカヤ……はじめてなのに、激しい事になったから、結果的に随分無理させちゃったでしょ。悪かったと思いつつ、心配だったのよ」

 

 そんな私の言葉に何故か吹き出すルフィとゾロにチラリと視線を向けた直後、カヤは私の行動や男達の反応を不思議そうに眺めながら、大丈夫である事を伝える為に詳細を語ってくれる。穏やかな声音と表情で語る彼女は、正直ウソップには勿体無いと思う。

 ウソップの印象って、初期の頃は特に皆と遊んでチョッパー騙してる悪戯小僧でしかないのよねぇ。少し戦えるようになった時の話だって、逃げ回ってそげキングとかで指名手配されてた筈よね。

 あれ、時期はいつ頃だったかしら。まぁ、いつにしても正式な顔と名前で手配されないと、カヤとは釣り合わないでしょう。

 ……いや待て、そうなったら今度は二人で平和に生きられないのかな?それならずっと手配書なんて出ない方がいいんじゃ……うーん、悩ましいわね。

 カヤを見ながらつい、アレコレと考えてしまう。その後執事とカヤに誘われるままに海岸へ行けば、メリーが待っていた。

 〝メリー、はじめまして。これから宜しく。〟とか言えたら良いけど、流石にそんな訳にはいかないからメリーにと言うよりも、キャラヴェルに喜んでるようにはしゃげば、首を傾げる男共。

 な、に、かな……?この反応って、まさか…………そんな訳ないわよね、いやいや待てや、冗談でしょ?

 嫌な予感のようなものが身体を震撼させ、その答えを導き出すのを拒もうとする。でも、それ以外の答えが見つからない現実。

 海賊名乗ってるのに、キャラヴェルが分からないとかないよね?そんな筈、無いよね?!

 ついつい、使いやすくて人気のある船はツータイプあって、その内の片方がキャラヴェルだと熱く語ってしまった。そう、こんな感じで。

 

 「そんな、まさか分からないの?冗談でしょ?海賊を名乗っておきながら!?……良いかしら、今の時代を代表する船種が、キャラヴェル船と、キャラック船なのよ。かの有名なコロンブスが乗船していたことで有名なサンタ・マリア号がキャラック船。大型で安定性の高さが持ち味のキャラック船だけど、その大きさゆえに小回りが効きづらく、航行できる地形も限られてるの。何よりも問題なのが、船を動かすのにも大人数の人手が必要だって事。一方、小型なキャラヴェル船は、速度、操舵性の高さが持ち味であり、浅瀬や河川などの地形も航行できるその汎用性の高さから、冒険家に愛用されてるって訳よ。わかった?」

 

 そう訪ねれば、男共は何故か更に首を傾げる。それに怒りを覚えないと言えば、嘘になるわね。

 こいつらの頭って……。メリーに謝れ!

 

 「とりあえずいい船なんだろう!」

 

 ルフィはニカッと笑って言うから、もうそれで良いかと思ったけど、次に続いたゾロの言葉にビシリと固まる事となった。だって、私の知識はここと前世の世界(異世界)の混合技だから。

 

 「かの有名なコロンブスのサンタマリア号って、何の話だ?初めて聞いたが」

 「それは……金持ちとして有名な男で、私が狙ってる相手よ」

 「似た名前なら覚えがあるけどな。違う海域だから関係性はねェのか?」

 「ああ……〝殺戮支配者〟のオオロンブスかしら?船の名前もヨンタマリア号だったわね」

 

 うん、覚えてる覚えてる。手配書見た時に、絶対コロンブスモデルに作られたキャラクターだと確信したもの。

 そういう意味では、モデルがいる海賊って多いのよね。〝黒ひげ〟は実在していて、その本名がエドワード・サッチだと言われてる。つまり、黒ひげは自分の良心を殺して海賊なった……と、推察した事があるわ。

 だとしても、そんな未来は困るから。エースを泣かせたくは無いから、サッチさんには生きて貰いたくて、手紙を書いているのだもの。

 それにしても……金持ちの船を狙ってるって、咄嗟に出たとはいえ自分の言葉に絶望する。どうしてそんな嘘が罷り通るのよって、世界が違うからか。

 世界が違ったとしても、嫌よコロンブスの船を狙うとか、勝てる気がしないわ。だいたいこの世界にいないし、無いし、熱くなったからって何を言ってるの私。

 でも男達はそれで納得したのか、追求される事は無かった。それだけが救いだと思う。

 

 「すぐに出港できるように、一通り揃えたつもりですが、足りなければ仰ってください」

 「そんな、悪いです!」

 「お嬢様をはじめ、この島を守って下さった。その恩に報いるには、これでも足りないくらいです」

 「ありがとうございます。では、見てきますね」

 

 その言葉だけで充分です。……とは、言えない世知辛さ。

 そんな会話の後でメリーの中を点検してから、必要な物や足りない物を買って来ないと航海が出来ないと脳内で必要な物リストを作りチェックしていく。見て回れば有り難い事に、生活には困らなそうでもあった。

 家具などは揃っていたし、食器もある。ベッドとハンモックがあるけど、同室になってるから間に家具を置いて衝立代わりにしないとと思った後で、家具を入れるのは後でいいから、取り敢えず衝立よねと見てみれば壁のところに置かれていたので、寝る時だけ使えばいいかと判断した。

 よくよく探検すれば小さな個室があったから、それを私の私室にしてしまうという手もあったけど、そんなに長い事留まる訳でもない私が部屋を貰うのは気が引けるし、別な部屋の方が襲いやすいのだ。身の安全を守るには、案外同室で雑魚寝の方が良い。

 食料品や医療品、衣料品も一揃いあって有難いなと思う。リネン系も揃っているから、良い執事なのだと理解できる。

 漁で使えそうな網があると嬉しいと話せば、執事さんが釣りのセットと、漁で使えそうな網を6枚用意してくれた。他に必要な物と言われたので、裁縫セットとエタノールが多目に欲しいと伝えて、その他にガーゼや包帯、紙とインクもついでに頼んだ。

 自分達で揃えるべき所なのに、命を助けられたからと言って、無償で提供してくれる。病気対策には何もいらないのかと言われて、氷枕が欲しいと言えば追加のタオルとセットで用意してくれた。

 娯楽はと聞かれて、楽器を譲って欲しいと頼み食堂にピアノが運び込まれた。他にもいくつか運び込まれた楽器を見て、ルフィが喜んでいるからそれでいいかと笑う。

 そして私達三人がメリーに乗り込み、出航の準備が整った頃、大荷物を抱えたウソップが姿を見せた。その姿にカヤは、ウソップが旅立つと気付き声をかける。

 その会話が聞こえて来て、本当に女心の分からない親子だわと、幼い頃にお世話になったヤソップを思う。……せめて、妻の死を伝えるべきなのだろうか。

 ウソップと行動したと、会ったと言えばおかしい事では無い。でも、彼が知って何が変わるのだろう。

 そんな思考の中にいる内に、ウソップがその勢いのままに別れの挨拶なんかするから、ルフィは変な顔で首を傾げる。ゾロもちゃんとウソップを仲間と認めて、楽しそうに笑っていた。

 ほら、早く来なさいよ。アンタは最初から、大切な仲間としてこの船に乗れるんだから。

 内心でそう呟いたのは、自分がそれを羨ましいと思うからかな。でも、これはどうしても譲れない決断なの。

 そうして私達四人は、カヤが積み込んでいてくれていた酒をそれぞれが持ち、乾杯すると同時に新たな仲間に乗り、次の島を目指して進み始めた。仲間が増えた事、船が、メリーが仲間になった事を喜ぶ宴は、麦藁の一味として最初の宴となった。

 その宴の最中に、ルフィが不思議そうに私の宝を見ている。どうしたのと視線で問い掛けると、ルフィが妙な事を言う。

 

 「ところでさ、ナミ。なんか宝増えてないか?」

 「ルフィなのに、よく気付いたわね。クロネコちゃんから貰っといたのよ」

 

 ルフィの言葉に〝当然じゃない〟と言外に伝えれば、男達は怯えたような表情を見せた。だって私が、お宝が無事かを確認したのよ?当然、私のお宝が増えるに決まってるじゃない。

 そうは思うけど口には出さずに、代わりに貰ったばかりの木琴を甲板に運んで来ると、ルフィの為に演奏する。曲目は取り敢えず『ビンクスの酒』だ。

 音を鳴らし始めてすぐに何の曲か気付いたルフィは喜び、歌い出すけどゾロとウソップは驚くだけ。私は、ただ演奏するだけ。

 古い曲、懐かしい曲。それでも、宴の席には丁度いいだろうと小さく笑う。

 

 「ナミも歌えよ!」

 「ハイハイ」

 

 ルフィの誘いに乗って、声を合わせて歌えばゾロもウソップも楽しそうに笑った。ルフィがもう1回と言えば、何度でも繰り返して演奏する。

 その内にゾロやウソップも歌に加わり、四人しか居ない海賊団は、楽しげに海を渡って行く事になった。メリーも楽しんでくれているだろうかと、時折船首に視線を向けながら私は歌い続けていく。

 深夜になる頃、宴はウソップ、ルフィの順に倒れるように眠ったのを見て、ゾロと小さく笑ってお開きになった。片付けをしていく私と、甲板で独り酒を呑み続けるゾロ。

 本当に強いわねと妙に感心しながらゾロを眺め、毛布をルフィとウソップに掛けてからゾロに問い掛ける。さすがに寝てるのと起きてるのなら、寝てるのが優先だわ。

 

 「ゾロも甲板で寝る?それとも中で休む?」

 「……誰か見張りが必要だろ。呑みながら見張っててやるよ」

 「あら、ありがとう。それなら任せちゃおうかしらね」

 

 ただ呑みたいだけかもしれないけど、正直まだやる事もあったから助かるので笑顔でそう言って中に入る。簡単なツマミを作り、毛布を腕に掛けて戻ればゾロはさり気無く海を見ていて、本当に見張りしてるんだなと思う。

 それに無言で近付いてツマミを置くと、その隣に毛布を置く。近くに転がる空き瓶を回収して、中身があるのはどれ位かと確認すれば、まだ5本あるから追加は無い方が良いだろうと判断して、戻ろうとした時に声が掛かる。

 

 「ナミ、足音や気配を消して武人に近付くな。殺されるぞ」

 「……癖なのよ。気を付けるわ」

 「お前は……何だってあんなに強いのに、いつも一人で行動してんだ?」

 

 暇なのだろうか。問い掛けには、特に意味があるように思えない。

 それでも、相手はゾロだから。ルフィの大切な片腕だからと、答える為に唇を開く。

 

 「……例えば、私が急激に速度を上げて移動する技を使うと、その時は良いけど一気に体力を消耗するのよね。そうなれば当然、暫く動けなくなる訳よ。そんな時、信用出来ないのが近くに居たら休めないでしょ?」

 「ルフィが、信用出来ないって事か」

 

 低くなった声が、怒りの感情を伝えて来る。それでも怒鳴り散らさないのは、確認が取れてないから。

 ゾロは、ルフィを本当に信頼しているのだ。おそらくこれは、本能的なところもあるんだと思う。

 

 「うーん……少し違うわね。巻き込みたくないのよ。それに、ルフィを置いて逃げられないから、さっきの急激な速度は使えなくなる。私は逃げる事で上手く立ち回ってきたのに、それを封じられたらジリ貧だもの」

 「それなら一人のが身軽って訳か。……だから、ルフィを拒んでんのか?それとも、他に好きな奴でも?」

 

 ゾロからそんな事を聞かれると思ってなかったから、私は一瞬言葉に詰まる。それを見てゾロは好きな奴がいるのかよと、驚いたような顔で言われてしまう。

 

 「……何よ、その驚き方。好きかって聞かれたら間違いなくNOと言うけど、私の心を捕らえて離さない奴なら居るわよ。私の全てはアイツの物だから、ルフィと一緒には居られないの」

 

 嘘は言ってない。何一つ。

 ここに向かう直前にも、二人……死んでる。ご夫婦だった。妻が病に倒れて、看病するだけで精一杯で、定められた金額は払えない。

 そうなると村の人達が揃って殺されるからと、彼等は自ら死を選んだ。旦那だけでも生きる選択肢はあったのに、妻と共に逝きたいと……そう言って笑った。

 その報告を受けたアーロンは楽しそうに笑い、金のねェ奴はそうなるしか道はねェよなと、笑い転げた。私とノジコに優しくて、農家の特権と言わんばかりに珍しい形に育った物を食べさせてくれて、いつも優しく頭を撫でてくれたの。

 孫を可愛がるように。慈しむような暖かな眼差しで。

 そんな人達の死を……どうして、笑えるのだろうか。彼等がアーロンに何かした訳では無いというのに……!

 耳の奥で谺響する。アーロンの高笑い。

 その時唇に何かが触れた。それにより意識を思考の渦から取り戻したら目の前にゾロのアップがあって、慌ててそれを引き剥がす。

 

 「な、何するのよ!?」

 「……本当に何か考え始めると、何も聞こえなくなるんだな。不便だろそれ」

 「煩い。全く、本当ならお金請求する所よ!」

 

 そう言った瞬間、ゾロが懐から宝石を1つ取り出した。何!?と思って見れば、それなりの価値がある……100万ベリーって所かしら。

 

 「……これを渡したら、最後まででも良いんだな?」

 「馬鹿ね、私そんなに安くないのよ」

 「おいおい……そりゃー随分とぼったく「でも……キスくらいなら、いくらでも受けてあげてもいいわよ?」」

 

 減るもんじゃないし……。そう思って妖艶に微笑む。

 この身体は過去の経験に基づいてやる行動の一つ一つを過去より洗練してくれるから、勝手に周りが落ちてくれる。視線で犯すとか、過去の私なら単なるギラギラオバハンでも、今の姿だと視線で誘い犯してるようなものになるのよね。

 それに気付いたのは12歳の時で、それからは時折そうやって慣れてるフリをして来た。シャンクス達には通用しなかった可愛さやお色気も、世間では効果絶大だったもの。

 それはそうよね。あんなに可愛いウタが近くにいたら、私の可愛さにも免疫ついてるわ。

 ノジコの可愛さとウタの可愛さは世界を取れるわ。そして、世界一の美女はハンコックじゃなくてベルメールさんよ。

 少し脱線した思考の中で、冷静な私が突っ込むように脳内で言う。……何が嫌って、この身体を傷付けたくないのよね、ナミちゃんに申し訳ないって言うかさ。

 それに、私としても一生やりたくは無い。子供は可愛いけど、その前の行為は、するのもされるのも嫌。

 不味い、苦い、苦しい、気持ち悪い、痛い、おぞましい。あんな行為が好きな奴らの気が知れないわ。

 

 「……俺がナミを金で買うのは難しそうだな」

 「そうね、時価だもの」

 「ケッ、よく言う」

 

 クスクスと笑いながら、私はゾロから離れる。その瞬間ゾロから殺気のようなものを感じて、咄嗟に短剣を引き抜くと、振り下ろされた刀を抑えるのに成功した。

 それに対してゾロは直ぐに刀を収めたけれど、一体なんだと睨み付けたくもなる。でも、ゾロはそんな私に笑みさえ浮かべながら呑気に言葉を紡ぐ。

 

 「強いな、本当に。……俺もナミが仲間になる事を望んでるって事は、伝えておく」

 「馬鹿ね。今のは私が防ぐのではなく反撃してたら、殺されても文句言えない行為よ。……おいたは、程々にしておきなさい」

 

 試されたのだと気付いて、内心でホッと息を吐き出す。それを表に出さないようにクールに去って、部屋へと逃げ帰る事で、心臓に悪い夜は終わりを告げた。

 私はまだ、彼等と共に波間の向こうを目指して進む事はできないから。せめて強がるくらいは、許して欲しい。

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