翌朝、目覚めると身体が妙に重くて、私は疲れていたのかなと鈍い頭で考えながら身体の向きを変えて……悲鳴を上げそうになった。それもその筈、私はこの場合悪くない。
寧ろ、良くぞ悲鳴を飲み込んだと褒め讃えられて然るべき状況だと思う。だって……何故か同じベットで鷹の目が寝ているのだから。
視線を動かせば腕枕してくれてる上に、転がらないようになのか逆の腕は私を抱き込んでいる。身体のサイズ差もあって、すっぽりと収まってる様子は幼い子供を守る父親のよう。
起こさないように細心の注意を払い、そっと腕から抜け出してベッドから降りると、怖々振り返り、やはり本人だと分かる。……ハンモックが嫌だったのかしらと溜息を落としてから、ルフィ達のシャンプー類ではなく、鷹の目が私のそれらを使ったとふわりと漂う香りで気付いて、小さく笑う。
鷹の目から漂う麝香が薄れて、代わりに柑橘類の香りとか、何かのネタかと思ってしまう。と言うよりも、麝香使ってるなら、毒とかあまり気にしなくても良いだろうにと思って笑った。
簡単に身支度を整えてから甲板に出ると、まだ空は白んでいてその空気にホッとする。海は変わり続けていて、それでいて本質は変わらないから。
夜の内に仕掛けておいた網を見に後甲板へ向かえば、気合を入れて持ち上げるだけ。私一人なら構わないけど、鷹の目も居るならそれなりの物をとも思うけど、無駄に保存できる食料を減らしたくは無い。
持ち上げてみると思いの他捕まっていたようで、正直キツい。てか、ルフィ居ないのにこんなにお魚さんが捕まってもどうにも出来ないよ……と内心溜息を落として、深呼吸して、よしっと力を入れた時、網が勝手に持ち上がった。
否、勝手にじゃないんだけど。気分的には勝手に。
「……声を掛けろ。この程度造作もない」
……そりゃ、貴方には造作もないでしょうけど!とは言えないので、笑顔でお礼を言って魚を確認する。何か見慣れた大きいのがいると思ったら、鮭と鯖で鯖は足が早くて保存に向かないから、即刻鯖を使う事に決めた。
でも、鮭って結構重いのに、それにすぐに落ちるとはいえ最初は海水も持ち上がるから重量は考えたくもない。それを軽々と持ち上げた男の筋力については、異世界だからで済ませていいものだろうか。
だって、この世界では通常の筋力の人も多いのだから、明らかにこれは怪力の域。駄目よ、考えたら深みにはまるわ。
とりあえず意識を魚に戻す。他は適当に捌いて塩漬けにでもするかと一人で頷く。
鯖を手にして、何か野菜あったかなと確認しつつ下処理をして行く。とりあえず……キャベツ発見。
キャベツは丸い状態で芯を空気に触れないように保護してあげるとそれだけで長持ちするから、結構買い込んでたのよね。この世界にも新聞紙があるから、切る前なら白菜なんかも長持ちさせられる。
ちなみに白菜は刃物を嫌うので、少しだけ使いたい時は刃物を使わずに外側から剥いて使うのが正解。保存方法は新聞紙で包んで冷暗所。
とりあえず今日はキャベツの千切りの上に、鯖の竜田揚げみたいな物を乗せて、柚子じゃないけど、蜜柑ポン酢でもかけるかと決めて調理して行く。米は炊けるのに時間もかかるからと、トマトベースのスープを作りながら、固くなり始めてるパンを取り出して皿に乗せた。
スープ、パン、野菜と魚。朝食で無くても十分だろうとテーブルにセッティングしていたら、鷹の目が綺麗に捌いた魚を運んで来てくれたので驚いて見詰めてしまう。
……この人、そんな事出来たんだ。そりゃ、海で長い時を一人で生きてるのだから、できなきゃ困るのかもだけど。
「……早いな。それが朝食か」
「ええ、ただ飲み物を何にするか聞いてなかったわね」
「主と同じで良い」
「……ジャスミンティーの予定なんだけど、良いの?」
「構わぬ」
何だろう、この違和感。この人には、素直にワインか珈琲を飲んでて欲しい。
そんな風に思うのは、まだどこかで〝読んでいた頃〟の感覚が強いくらい遠い人だからで、現実感が無いからだろうか。そういう意味では、ルフィは読んでた頃の感覚とかって言ってられなかったな。
初対面の時から、ウタと喧嘩してるし……。でも、幼くて孤独で、なのに前しか見ないルフィに何度も救われた。
まだあの頃は主人公らしさなんてなかったのに。でも、可愛くて愛しくて、大切な子だったわ。
そんな子を捨ててここまで逃げて来た。いつかはメリーも返さなきゃと思うけど、会うのが怖い。
そんな事を考えながらも手を動かし、ジャスミンティーを用意しながら、ふと視線を向ける。部屋に置いてあった筈の、私の新聞を読んでいる鷹の目に、自由だなと心から思う。
全てが揃った所でどうぞと声を掛けて食事をすれば、鷹の目が面白そうに私を見て言った。それは、イタズラに成功した子供のようにも思えるような言い方で。
「怒らぬのだな」
「……へ?」
「主のベッドにいた事だ」
「……怒られると思うなら、やらないでよ。驚いたわ」
無意識で声に出して「心臓に悪い……」と小さく呟いた。それからはたと気付く。
一緒に寝てたって、どういう事……。どうして、私気付かなかったの?
人の気配には敏感な方だし、一応警戒して寝てた筈なのに。だからこそ、これまでも何事も無く生きてこられたのよ。
思考をフル回転させて、理由を考える。解決しなければ、私は簡単にこの生命を失ってしまう。
「……あ、同じ匂いだったから……」
海に生きる男特有の匂いは、海賊である赤髪海賊団と近いものがある。それを誤魔化すための麝香は、風呂に入ればある程度落ちるもの。
そこに加えて、私が作った蜜柑の洗剤類を使われれば……それを好んで使い、潮の香りが抜けない家族と重なるのは通り。ノジコやベルメールさんと近い感覚になったのかと、一人で納得すると鷹の目が喉の奥で笑った。
……それが様になるから嫌味だと思う。それにしても、偶然とは思えないわよね。
「……ドアの前に立っただけで、気配が半覚醒になったのでな。風呂にあった物を試してみたが、効果は絶大だった」
「人で遊ばないで」
全くなんなんだこの男はと溜息を落として、私はさっさと食事を終えた。ジャスミンティーに癒されながら、食後の時間を少しゆったりと過ごして、洗い物より先に船を動かす事にする。
立ち上がった瞬間に射抜くような視線を感じた。……何か、飲みたかったのかな?
「俺は、そんなにあの阿呆と似ているか」
「え?」
阿呆って誰。何言ってんの、この人。
アホウって名前の訳ないわよね。私だけお茶飲んだりしててズルい的な話じゃないの?
小首を傾げて真っ直ぐ見詰めれば、何故か嫌そうな顔をされる。それがまた、絵になるから嫌な男だと思う。
「〝赤髪〟だ。〝シャンクス〟と〝ベック〟は、奴とその副官を示すと思うが違ったか」
「寝言にまで責任持てないわよ」
「ふむ……では〝ベルメール〟と〝ノジコ〟と〝ゲン〟を含んで、どれに似ている」
「黙らっしゃい!!」
寝言で呼ぶのか、私。そっか、まぁ、心当たりしかないけど。
とりあえず怒鳴りつけてから甲板に向かう。心中では大切な人達が大爆笑してる気がしたけど、夢の中でくらい……甘えたって良いじゃない。
船はある程度動き出せば、後は暫く波と風に任せておけるので、それから洗い物をしてしまおうと思う。メリーが軌道に乗ると、私は朝食の後片付けをしてその勢いで、洗濯物を片付ける為に洗い始める。
さり気無く鷹の目の服もあるが、気にしていられない。二層式なら洗濯機作れたりしないかなーって思うのは、確かだけど。
全て洗って干して、進路を確認して……空を見上げる。朝日が眩しい。
何か忘れてる気がして呆然と空を見ていたら、鷹の目から声がかかる。それにより、つい〝それだ!〟って言いそうになりながらも言葉を変換した。
「魚はあのままで良いのか?」
「それだ、わ。ありがとう」
忘れていた事を的確に指摘してもらい、私は鷹の目の横を抜けて魚の処理を行う。それが落ち着いた頃、外の様子がおかしいのに気付いて飛び出す。
小さく舌打ちしたのは、サイクロンが来るからだ。いつもなら男達を使えるのに。
そもそもこの東の海で、どうしてサイクロンが発生するのよ。異常気象的な年に数回しかない筈の穏やかさが、東の海のいい所じゃないの!?
仕方なく一人で船を転回させていたら、鷹の目がどうしたと声をかけてくるから、サイクロンが来るのよと答えて、必死で船を動かす。本来一人で動かすように出来てないから、こんな時は地味にキツい。
「方角は」
「九時に進みたいわ」
「わかった」
鷹の目が迷い無く協力してくれて、サイクロンとぶつかる事無く移動出来た。それにありがとうと言おうとしたら、何故か頭を叩かれてしまう。
手加減はされてる筈だけど、正直に痛い。恨みがましい視線を鷹の目に向けると、呆れたような顔をされた。
「……乗せて貰っているのだ。必要な時は使え」
「お客様、でしょう」
「……俺が助けて貰ったのだ、客では無いだろう」
逆なら客として扱うだろうと思える対応をするのに、この人は平然とそんな事を言えるのね。そう思ったらその言葉に小さく笑ってしまうので、誤魔化すように「次があればそうするわ」と言葉を口にする。
サイクロンを横目に進み、珍しい現象に少しだけ肩から力が抜ける。それから間も無く、船は目的地であるローグタウンに到着したのだった。
船を海岸に付けて、私は書き上げた譜面を持って船を降りるように準備すると、鷹の目に声を掛ける。自分の装備品に間違いや忘れ物がないのは、ちゃんとチェック済。
「ミホークさん、着きましたよ。それじゃ、お元気で」
「ナミはどうする」
「私は本屋に行って……あ!ミホークさん、あの……」
言いかけてから、どうしようかと一瞬考える。でも、叶うならば。
届けて欲しい。そう願うのは、きっとわがままではないだろうと自分に言い聞かせて、黙って待っていてくれる鷹の目に言葉を続けた。
「シャンクスに会う予定はありますか?」
「……赤髪の知古と認めるか」
「ハイハイ、認めますよ。寝言で名前を呼ぶくらいには、共に過ごさせて頂いてました」
鷹の目は少し考えるようにしてから、会おうとは思っていたと口にした。それに私は笑うと、少し付き合って欲しいと頼んで写真屋に向かう。
今の私の写真を持って行って「元気に蜜柑農家で呑気に平和ボケしていたと伝えて欲しい」と頼むと「何処からそんな大ボラを……」と笑われてしまった。でも、断らずに写真を受け取ってくれたのだから良い人なのだろう。
まぁ、私としてもシャンクス達と共に居た事を隠すつもりはなかったのだけど。それでも、結果的に隠そうしていたとも受け取れる言動だったのだから、それを許してくれた時点で良い人と言えるとは思う。
「ありがとうございます。よろしくお願いしますね。それでは」
そう言って軽く会釈した後、背を向けたら腕が伸びて来て、腰にそれが巻き付いた。そのまま抱き寄せられてしまえば、抵抗も出来はしない。
何かまだ話でもと思ったら、声が降ってきた。それにしても、人外って程じゃないけど、本当に大きいわよね。
「一宿一飯と道先案内の礼をしたい。夕刻、船まで迎えに行く」
「気にしないで結構よ、ミホークさん。それに、その程度の事なら写真と伝言だけでお釣りが出るわ」
私はすぐにでもここを離れたい位なのだから、構わないで欲しい。そう思ったのに、そこへ愚かにも単なるカップルと勘違いした、東の海の海賊達が集まってきた。
こんな所で鷹の目に暴れられたら、民間人に被害が出るからと、私は鷹の目を視線で制して解放して貰うと前に出る。こいつら程度になら、私で十分。
「……では、ここで別れましょう。貴方に暴れられたら民間人に被害が出るから、ここは私が」
「そうか」
鷹の目はそう言うと近くの壁に寄り掛かるから、こいつらが邪魔なのだろうと判断して、クリマタクトを構える。クリマタクトを棒として扱い、それでも問題なく倒せてしまえたので、昔に比べたら少しはマシな動きができるようになったのかしらと息を吐く。
でも、力が強くなった分動きが制限された気がするわ。子供の頃は軽業師みたいな事もできたのに。
海賊達の事を縛り上げつつ懐を漁ったけど、悲しくなる程手持ちのお金は少なくて、戦った報酬にはなりそうも無い。無いよりはマシだけど、それにしても……私の記憶にある範囲では懸賞金掛かってないのよね、こいつら。
懸賞金のかかってる顔は、東の海に関しては全員記憶している筈。その中にこいつらの顔は無かった。
だとしたら、賞金稼ぎなのかしら?ゾロもそうだったから、手配書が存在してないのだし。
「骨折り損のくたびれ儲けね。一人も懸賞金掛かってないって、どういう事よ」
「……それでも礼金を多少なら出してやるぞ」
声のした方を見ればスモヤン……いやいや、スモーカーが立っていた。……肩が見えない服で良かったわ。
包帯は欠かさずしてるけど、万が一を考えたら面倒。アーロンが私を助けるって名目で、ここに来たりしたら犠牲者が尋常じゃなくなるもの。
溜息を飲み込み、笑う。艶やかに、けれども愛らしく。
「あら、ありがとう。いくらくれるの?」
「一人二万ベリーって所だな。捕縛協力感謝する」
「あら嬉しい。手続きしに行かなきゃダメかしら?」
無言の見つめ合い。根負けしたのはスモーカーの方。
内心で喝采しながら、臨時収入にほくそ笑む。これでとりあえず、足りない備品とか揃えられるもの。
航海するには、それだけである程度のお金がかかる。だから船賃ってそれなりに取られるのよ。
「……たしぎ!」
「は、はいっ!えっと、7人なので14万ベリーですね。此方にサイン頂ければ大丈夫です!」
差し出された書類に、本名は書きたくなくて名無しの権兵衛よろしくナナと記載すれば、たしぎちゃんがナナさんですかと微笑んだ。それに鷹の目がピクリと反応したけど、何も言わないでいてくれた。
それでも存在自体に問題があるのか、スモーカーは鷹の目を睨む。これまで空気扱いしてたのに。
「それで、何故お前がここにいる?」
「俺の勝手だ」
スモーカーと鷹の目は仲が良くないらしい。もしくは、これで初対面だったりするのだろうか。
とりあえず貰ったお金を懐に入れてから、巻き込まれないようにその場をそっと後にした。そして……本屋に近付いた時クーちゃんの羽音が聞こえて立ち止まると、クーちゃんの様子がおかしくて、どうしたのかと心配になる。
「クーちゃん!?何があったの!?」
呼び掛けると甘えて来るクーちゃんは可愛いけど、飛び方が尋常じゃなかった。クーちゃんに会えたからと譜面を渡したら、クーちゃんから〝赤い封筒〟を渡された。
返事は受け取らない。それが明記されていた一方通行の筈のそれが、帰って来た事で嫌な予感がしたのは、きっと防衛本能の一種。
怖々とそれを受け取り、中身を取り出す。そこには冒頭に隠れろと書かれていた。
『隠れろ、そして、逃げろ。
この手紙を読んで居るのならば、急いで身を隠せ。
ナミの書いた〝嘘つきノーランド〟の関係で政府が探していて、それに名乗りを上げたのが七武海の中でも厄介な奴だ。これが鷹の目なら、俺が頼んでどうにかなるんだが……。
とりあえず七武海の中で1番厄介な相手だ。名前と特徴を書くので、注意して逃げてくれ。
ナミの命に関わると話したから、特例で持って行って貰える事になった。余計な事はあまり書けない。
親愛なるナミが無事である事を願う。
その七武海の名は』
そこまで読んだ時、手紙だけが綺麗に細切れになった。紙吹雪となったそれの向こうから現れたのは、ピンクの悪魔……。
七武海であり国王。肩書きの多過ぎる男、ドフラミンゴだった。
……シャンクス、確かにこの男は不味いわね。でも、ごめん、最後まで読めなかったし間に合わなかったわ。
心からシャンクスの手紙に同意するものの、身動きを簡単に取れる状況でも無く、ニンマリと笑う悪魔から、どうやって逃げるかと本気で頭を悩ませる事しか、私には出来なかった。この場に鷹の目やスモーカーがいないのは、良かったのかも悪かったのか。
自己紹介する訳でも挨拶する訳でもない。ただ、歩いて来る男と、手紙を破かれた私が無言で視線を交わしてるだけ。
なのに、空気が揺れる。肌がビリビリする。
下手な事をしたら、簡単に全てを奪われる気がする。でも、それを受け入れる気は無いのよ。
何かをピンクの悪魔……ドフラミンゴがしている訳では無い。それは、分かっている。
ゆったりと手を持ち上げたドフラミンゴから、見えない何かが放たれて、私は短剣を引き抜くとクーちゃんの前に立ってそれを断つ。クーちゃんは私の左肩に乗って、身を小さくしている。
本当にクーちゃんは賢い。確かに、そこなら守りやすいわ。
「ほォ……今のが見えたのか?」
「見えないわよ!」と、怒鳴れたらどれだけスッキリするだろうか。出来ないけど。
短剣を構えてジリジリと後退する。この男相手に、間合いなんてものは存在しない。
最悪逃げ回れるならまだ戦いにもなる。けど、そんな事したらこの島が消滅するわ。
それはシャンクスとか、ベックとか、ヤソップとか、鷹の目も同じだけども……。
その時ドフラミンゴが、私の持つ短剣に視線を向けた。興味深そうにその瞳を輝かせたけど、あげないわよ。
「その剣……海楼石か。相当な値打ちもんだな」
分不相応なのはわかってる。でも、きっとこんな時の為に、ベックは私にこれをくれたんだと思う。
でも、どうやらこの短剣を求めての暴挙ではなさそう。だとするなら、目的は何かしら。
手紙を最後まで読めなかった事が悔やまれる。可能性は今のところ〝宝玉〟だけ。
「……人の手紙切り裂いて、攻撃まで仕掛けておいて、言う言葉はそれだけ?」
キッと睨み付ければ、ドフラミンゴは楽しそうに笑う。それは本当に遊んでいるとしか言えないようなそれで……戦うだけ無駄なのは分かりきってる。
大体どうしてローグタウンに七武海がいるのよ!っても、鷹の目は私が案内したんだけど。
「……いや何、俺が居るのに他の物に視線を向けられるのが、堪らなく嫌な気分にさせられてな。……11年ぶりだな?」
「……は?」
「あ?」
互いの抱える大きな問題の違いに双方が固まり、そして私は丁寧にご挨拶した。だって、間違いなく人違いされてる。
11年前なら、私、9歳よ。会ってないわ。
「お初にお目にかかります。私、現在18歳の村娘です。どなたかとお間違いでは御座いませんか?」
「……18だ?」
「はい。お疑いなら、そこの酒場の店主にでも聞いてみてください。10歳前後の頃からお世話になってますので、聞けばすぐに答えて下さいますよ」
ドフラミンゴは即座に酒場に入り話を聞いたらしく、納得いかない様子で私の前に戻って来た。逃げる事も考えたけど、それは良くない。
だってなんでか知らないけど、妙に執着されてるのは分かるから、絶対追いかけて来るって断言出来るから。それは本気で、迷惑だもの。
勿論その間にクーちゃんには逃げてもらったけど。クーちゃんは最後まで心配そうにしてくれていて、この子達は本当に癒しだと思う。
「……11年前、何処にいた?」
「近海で舟遊びしていたかと思いますが、正確な事は分かりかねます」
ここで無闇にシャンクスの名は出せないし、村の名前を教えるつもりもない。そうなると、嘘ではない範囲としては、これが精一杯の答え。
それにしても、なんで11年前なんだろう。その頃って何かあったかな。
「……東の海から出た事は?」
「物心着く前は知りませんが、物心着いてからは一度も御座いません」
シャンクスの船は私を乗せてる間東の海に居たわ。あれ、でもウタと別れたエレジアって東の海じゃないから嘘ついたかも?
でもまぁ、その事を知りたいのだとしても、それは死んでも言えないからいいのよ。ウタが世界政府に狙われるようなこと、許せる筈もないもの。
でもそんな私の心を知らず、ドフラミンゴはまたもや考え込む。それを見て、この人は何が知りたいのだろうと本気で思う。
「……宝玉は知ってるか?」
「絵本の作家さんよね?」
この世界は、絵本と漫画が近い存在。だから、間違ってないわ。
互いに見つめ合い、暫しの沈黙が降りる。さて、どうしたものか。
先の質問は冷静に考えてみれば、恐らくだけど私が11年前に見ていた夢の関係。とすれば、未来で私は過去に行く事にでもなるのかも知れない。
だとしても現在は本当に何も知らない訳だし、嘘ではないわ。それと、後から宝玉を知っているかとドフラミンゴが聞いたと言う事は、世界政府が探しているのだろう。
ドフラミンゴと世界政府の繋がりは濃く、強く、深い。……世界政府が宝玉を探す理由として考えられるのは、ロビン達の過去について書いた話による、暗殺的なものか、もしくは……偉人伝辺りにて書いた私としては当然の知識の中に、欲しいと思える知識があって生け捕り希望か。
……どちらにしても、難しいわね。誤魔化して煙に巻いて逃げるのは、無理がある。
だからと言って戦える状況でもなく、戦っても勝てる可能性は無いわ。私もシャンクス達のおかげで覇気が使えるとはいえ、防御や逃げに特化してる私に倒す手段なんてないもの。
私も長考していたけど、長い沈黙の後ドフラミンゴは、はぁと聞こえよがしな溜息を落とすと、突然私の腕を掴んで先程の酒場に入る。そこで私ごとソファに腰掛けると、勝手に飲み物や食べ物を注文し始めた。
何なんだと思っても、腕は離して貰えないので身動きが取れない。これなら、糸で縛られる方がまだマシだわ。
「それで……だ。俺は宝玉を生け捕りにしろと言われていて、その候補者であるお前を見に来たんだが……流石に若すぎるか」
「そうね。もしそうだとしたら、デビューを何歳でした事になるのかしら?」
これで、同じく年齢を理由にしてウタの事も宝玉ではないと伝えられる。私が候補って事は、ウタも絶対入ってるもの。
他にいる候補は人魚の歌い手さんが有名だし、有り得るかな。でも、魚人島が元ならどう足掻いてもバレるし、その可能性も考えて否定されただろう。
だからこそ、候補になり得る全員に派遣されてるのかもしれないわね。それなら、私の所に来たのは念の為でしかないのだから、変に興味を持たれない方が良いとは分かってるけど……突然の事で対応に失敗してしまいそう。
「……だが、ニュースクーと親しくしていたのは間違いないだろう」
「私、動物に好かれる質なの」
生け捕りという事は、私の書いた知識のどれかを世界政府が求めているという事。だとするならば、エジソンの話か、ライト兄弟の話か、はたまたナイチンゲールだろうか。
どれであったとしても、本に書いた内容以上のものは知らないし、語る事は出来ない。飛行機とか、電気の発明した人の事を語れても、彼らの作ったそれの構造を理解しているかと言われれば、電気工学等は専門外だから無理なのだ。
学校の図書室に置いてある偉人伝シリーズを読破しただけなのに、詳しいところまで分かってたらむしろ怖いわ。だと言うのに、明らかに宝玉の可能性が低い私にドフラミンゴは何故か執着する。
会話はいつまで経っても平行線を辿る調子で、軽いジャブを繰り返すようなそれに、少し疲れて来た。そこへ食事と飲み物が運ばれて来て、そして……。
「ナミちゃんは〝宝玉〟さんじゃないだろうが、関係者だろ?ここのレシピは〝宝玉〟さんの本が出る前にナミちゃんが教えてくれたから、持ち直したんだしな。ありがとう、感謝してるよ。ところで……今日は歌ってくれないのかい?」
善意からだろうけど、余計な事を言われた。こんな事になるならこの店に案内しなければ良かったわ。
この店は基本的に店主ひとりでやっている。体調が良い時だけ、奥様やお子さんも手伝ってるみたいだけど。
そう、この酒場の店主は、子供だからと宝を換金する時に足元見られて大騒ぎしていた時、仲裁に入ってくれたのを縁に、話をするようになった善人。そこで知ったのは病気の妻子がいるのに、経営が上手くいってないという事。
私は恩返しになればと、発売直前の料理メニューを提供して、それだけでは口コミもままならないだろうと、ピアノを演奏しながら歌う事で客寄せした。それから先は店主の血と涙と汗と努力の結果なのだから、もう気にしなくて良いのに、今でも店主は私には飲食代を支払わせない。
それだけ私に感謝してくれてるのだとわかるし、何より大人の男としては、幼女時代から知っているからお金を取りにくいんだと思う。それも分かるんだけど……。
「お連れさんがいるなんて珍しいから、オジサン嬉しくてね。あ、まさかお父さんかい?いつもお母さんとお姉さんの話しかしないけど、お父さんもちゃんといたんだね」
店主、黙っててください。本当に。
切実に願う私に、店主は人好きする笑顔で私を見詰める。この人は本当に悪意なんて無いのだ、空気が読めないだけで。
困り果ててる私を見かねたのか、良い情報が入ったからなのか、ドフラミンゴが口を開く。無駄に良いその声で。
「残念だが、ビジネスの話をしてるだけで親じゃねェんだ。そうか……お前は〝宝玉〟の知り合いか」
「だとしても、口は割らないわよ。たとえ拷問されようと、殺されようとも……ね」
店主に向けた言葉の後は、挑発するように私を見て笑うドフラミンゴ。それに私も応える為に挑発的な笑みで、艶やかに声を出す。
そこに驚きを隠さず、けれども困りきった声が割り込む。視線は即座に、その人に皆が向けてしまう。
「え?まさか〝宝玉〟先生何かしたのかい?困るよー……先生の料理で持ってる店なのに」
「店主、リクエストしてくれたら、好きなの演奏でも歌うのでもしてあげるから、少し黙ってて」
これ以上暴露られたらたまったもんじゃない。そう思って言ったのに、店主はぱあっと明るい笑顔を見せた。
悩むかと思ったけど、当然のように即座に返事が来た。そして、言葉と共に去って行くのが少しばかり恨めしい。
「なら、新曲を二、三曲頼むよ。明るいとか暗いとかは気にしないからさ。いつも悪いね!あ!お連れさんもお代は良いからね!」
「……お代、貰いなさいよ。そんなんだから上向かないのよ、この店」
立ち去る背中に力無く言葉をかけるけど、店主はにこやかに立ち去って行く。もうっ……あのお人好しっ!
他の客も微笑ましそうに私と店主を見ている。既にこの光景は、ここの日常に近いのだから仕方ない。
「それで……ナミだったな。お前、この俺から逃げられると思うのか?」
「思わないわ。でもね、何も話すつもりは無いの」
殺気立つドフラミンゴに冷たく言い放ち笑い掛ければ、呆れたように溜息をはかれる。だって、ドフラミンゴの殺気は軽かったから本気とは思えなかったんだもの。
でも、ドフラミンゴ的にはお嬢ちゃんには十分過ぎる殺気だと思ってたらしく、どこか呆れたような顔をする。こうして見ると、表情筋はちゃんと生きてるらしい。
笑顔で怒って、笑顔であくどい事するイメージだから、笑顔以外が無いのかと思ってた。でも、ドフラミンゴも人間なのだからそんな筈ないのよね。
「殺されるとは思わねェのか」
「〝宝玉〟への唯一の手掛かりを?それも、もしかしたら私が世界政府が求めている〝宝玉〟かも知れないのに?……そもそも生け捕りしないといけない相手なのに、殺せる筈ないわよね」
「フッフッフッフッフッ!だが……四肢を切り落とす事は出来る。違うか?」
試すように笑いながら問い掛けるドフラミンゴに、私は笑みを深める。なんて甘いのかしら。
言葉遊びを試すには相手が悪かったわね。私はこの可愛くも美しい肉体の前に、凡人として生きていた期間があるのよ。
「それをした場合、本物の〝宝玉〟なら……生け捕りにする意味は、ほぼ皆無になるわ。だから、やるとしたら足だけよね。でも、その足だけでさえも、失えば口を割らない危険性や協力しない危険性があるのに、危害を加えるなんて……出来ないでしょう」
「痛みは恐怖だ。それ以上に破壊されない為に従うのが一般的だろ」
「馬鹿なの?」
「あ?」
思わず言った言葉に、怒りマークが浮かぶのが分かった。本当に血管で怒りマークになるのね。
そんなどうでもいい事を考えながら、小さく笑う。それがまた癪に障るみたいだけど。
「誰が一般的な女の子の話をしてるのよ。今の現状なら、それをされるのは私よ?」
私を傷付けて価値を落とす事を得策と言えるのか。そう視線で問い掛ける。
ドフラミンゴはそれを受け取り、嫌そうに眉間に皺を寄せた。それに対して私は言葉を続ける。
「私が〝宝玉〟であるなしの前に、私を傷付けた場合のリスクは大きいわ。そして、もしも私が〝宝玉〟なら、そんな野蛮人に協力するくらいなら自死するわよ」
「簡単に死ぬとか言「愚かね。簡単じゃないわ。でもね、もし宝玉の手を落としたらどうなるの?今出してるのはほぼ書籍。本人は謎。なのに手が無くて役立つの?」」
ドフラミンゴが黙った。あえて言葉を遮ったからかもしれないけど、簡単に死を選んでる訳じゃないからそれは伝えたい。
だって、私には守るべき人達がいるのだから。それこそ軽々しく言わないで欲しいわ。
「足だってそう。もし私が宝玉なら、今から演奏すると言ってるのに、演奏ができなくなるじゃない。 それって、作曲もできなくなるって事よね。そうなった宝玉に価値はあるのかしら?そして、価値を奪う存在に囚われる位なら、死を選ぶ事の何がおかしいのか分からないわ」
「可愛気の無ェガキだな。だが……まァいい」
そう言って怒りを抑える為か、ドフラミンゴは店主の料理を口にして……固まった。どうだ美味しいだろう!
内心鼻高々なのは、この世界でも作れる範囲の、お馴染みレシピだからって事なんだけどね。……私も何か頼もうかな。
脳内でメニューを思い浮かべる。そんな私にドフラミンゴが問い掛けてきた。
「これも、宝玉の考えた物なのか……?」
「そうみたいね」
「〝宝玉〟は何人かのチームだと言う噂もあるが」
「あら、そうなの?知らなかったわ」
そんな噂あるのか。本当に知らなかったわ。
でも、確かにそうよね。私は地球の知識を持って来たから、こちらにはない歌もお話も歴史も料理だって知ってる。
でも、そんなに多彩な才能を一人が持ってるのは普通なら考えられない。残念ながら絵の才能がないから私の落書きを元に、絵の得意な人が描き直して絵本になってるのはご愛嬌だけど。
その人には売上の3パーセントが行ってる筈だわ。だからこそ、世界政府の考えるグループに間違いは無いとも言えるわね。
「……なァ、ナミ。何か欲しいものがあるなら言ってみろ。それと引き換えに、情報を少し差し出せば良い」
少し考え込んでる間に、ドフラミンゴは困りきった様子になっていた。けれど私はドフラミンゴに冷たい視線を向けて、肩を竦める。
私が欲しいもの、ね。家族の平穏が欲しいだけよ。
自由が欲しいの。大切な人の笑顔が欲しいだけなのよ。
でも、それは叶わない。分かりきってるわ。
「そうね……火鼠の皮衣かしら」
「……あァ、宝玉の作品に出て来た夢幻の品か」
「えぇ、あるのならば、弟にあげたいわ。きっと喜ぶもの」
そう言って笑えば、ドフラミンゴは苦虫を噛み潰したような顔で私を見る。その時鷹の目の気配が近付いてきて、私は咄嗟に立ち上がった。
敵では無いけど、味方でもない。なんの用事でこんな所に来たのかしら。
「ミホークさん?」
「ナミ、天夜叉と共にいるとはな」
「絡まれてたのよ。可愛いって罪よね」
言うと同時に掴まれた手首に視線を向ける。それに鷹の目も視線を向けて、喉の奥で笑う。
それにまた青筋を立てるドフラミンゴ。仲が悪そうねと思いながら様子を見る。
「そうか。だが、俺が先約だ。天夜叉には引き取り願おう」
「あァ!?鷹の目、お前……」
「昨夜と同様に、今宵もナミと褥を共にすると約してある」
「……そんな話初耳よ。と言うか、誤解を招く言い方しないで!」
黙っていられなくて口を挟むけど、鷹の目は愉しそうに笑うばかり。なんだってこんなに性格が悪いのよ。
睨んだのは当然だと思う。本当に憎たらしい男。
「昨夜のナミは可愛かったが?今朝も、遊ぶなとその事で俺を叱っただろう」
「……っ!だからっ」
グラスの割れる音が聞こえて振り向けば、店主が倒れそうになってるのが見えた。うん、誤解してるわね。
私は空気を変える為に、手を振り払いピアノに向かう。これ以上こんな会話に、付き合っては居られない。
調律の確認かねて、猫踏んじゃったを演奏しながら気持ちを落ち着けたのは、当然と言える。文句は言わせないわ。