調律に問題がないのを確認してから、何を歌うか……と考えて、ふっと思い浮かんだのはボカロ系。そう言えばこれまで、一度も出してないと気付いたのだ。
ここで歌い終わったら譜面にしよう。そしてそれをクーちゃんに託したら、アーロン次第ではあるけど〝宝玉〟ラストの曲だわ。
もし奇跡が起きて生き延びられたら、その時はただの悲しい歌。それだけになるもの。
もしそうなったなら、その後は芋づる式にボカロ系で譜面書けるわ。それで暫くは持つわよね。
鍵盤の上を指が滑るように動く。1つ音を出してみて、心が決まる。
客を集めるには、酷く悲しい歌か、お祭り騒ぎの曲が良いけれど、鷹の目はお祭り騒ぎの曲は苦手だろうから。そして、今の私の心情にピッタリと合うからこれに決めた。
え、ドフラミンゴは騒がしいのが好きかも?そんなもん知るか。
ゆっくりと息を吸い込んで、私は20年近く歌ってなかった曲を弾きながら歌う事を決意する。だから、題名を音にして発生した。
「『soundless voice』と『proof of life』2曲続けてどうぞ」
指が、覚えていた。身体が、耳が、心が、肉体は違う筈なのに……覚えていた。
確かにずっと演奏や歌は続けて来たけど、ボカロなんて思い出せないと思ってたのに。ボカロの難しさは尋常じゃないもの。
アーロンに支配されてから中々歌ってる暇なくて、久々に歌う気がする。なのに、身体はちゃんと発生する方法を刻んでいた。
演奏を始めれば、旋律は内側から勝手に溢れて、音となり、声となり響く。私はやはり、歌う事が好きなのだ。
「ーーー」
低く……男性的な声で歌い出せば、店主が正気に返ったのがわかる。もう大丈夫だろうと思えば、ホッとするのは当然の事。
心配性で優しい店主に、少しだけ泣きたくなって、でも私は今泣くわけにはいかないからと指を動かし声を出す。ただ、街を白く染める雪を呪いたいような気持ちを込めて歌うのが、今の私の役割。
「ーーー」
ドフラミンゴの「冗談だろう」と言う、戸惑った声が聞こえる。だけど、それよりも鷹の目の無言の眼力が少しキツい。
どうしてそんなにも、殺気に似たものを放たれねばならんのか。私はただ、弾き歌いしてるだけよ?
触れただけで溶ける儚さは、雪と幸福の共通点かもしれない。それでも追い求めたくなるのは、愚かということかも知れないわね。
「ーーー」
ポーン……と、音を出す。それに合わせたかのように、客が増える。
けれども音を出さないように、そっと入ってくる。それはさながら、雪の積もった街から逃げ込んできたかのよう。
儚い幸福を集めて微笑むのは、優しい人達。私はそれを泣かないように見詰めるのが精一杯なの。
「ーーー」
私がボカロ系をこれまで歌わなかったのは、感情を込めすぎてボカロ系の意味をなさなくなるから。これは〝機械だから良い〟と言う意見も、あるくらいなのだから当然だけど。
でも、私はいつも感情を込めてしまう。喪う事の恐怖を、喪わせる事への恐怖を、私は捨て去れない。
だから本来、歌う権利なんて持ってないのかも。そう思っても、歌と演奏は止めない。
こちらの声に何も反応しなくても、きっと聞こえていると信じて言葉を口にするなんて、そんな怖い事は私には難しい。そんな弱点晒すなんて事をしたら、すべてが奪われてしまうもの。
「ーーー」
この歌の歌詞だって、所々とはいえ歌詞ではカタカナなのに、私が歌えば漢字で表現されるだろう事は分かってる。この世界には、漢字はファッションとしての意味合いしかないのだとしても、譜面に歌詞として付ける時はローマ字か英語になるのだとしても……。
ああ、迎えに行きたい。ウタの事を、そして、大切な家族を安全な島に避難させたいと、切望してるだけ。
「ーーー」
私の歌は、感情が入りすぎて原曲から明らかにズレている。それも20年ぶりだから、何処か違う可能性だってあるわ。
それでも、私だってたまには吐き出さなければ壊れてしまう。だから、奏でて、歌うのよ。
離れるなんて考えもしなかった愛しい人達。愛しているからこそ、置いて逝く事を許して欲しい。
「ーーー」
この身体の音域は広い。アーロンとの対話用の低い声を、更に意識すれば低く出来るから、声だけならば、男に聞こえているだろう。
その時が来て家族が私の亡骸を見つけたなら、抱き締めてくれる。それだけで充分だから。
「ーーー」
高い声は悲鳴の声。あれを更に高く出来る。
だから、使い分けようによっては、8種類位の声を使い分けられるこの身体は、歌う事に特化してる。恐らくは漫画に声を吹き込んだ声優さんのそれが、大きく起因しているわね。
その声を使って幾度でも呼ぶから、愛しい家族名を。そばにいるから、心だけは永遠に。
だからどうか、悲しまないで。私は幸福だったわ。
本来は知ってるの。私に
「ーーー」
この二曲はセットじゃないとね。でも今は、一曲目に全力を尽くす。
そう思って弾きながら歌う。あまり連続で歌いたくないのは、歌うだけでも演奏するだけでも、集中力と体力を大きく消耗するから。
そうして間奏に入れば、店内には私の姿を見ておぉ!と喜ぶ人達の、ざわめきまで聞こえてくる。そして、小さく「今回は随分暗いの歌ってるな」なんて、聞こえて来た。
でも、昼間から酒場に集まる奴らにそんな事を言われる筋合いは無いのよ。ただ、この歌はどうしてもルフィがエースを亡くした場合を連想してしまう。
あの様子は何十年も過ぎた今も、鮮やかに蘇る。ルフィや白髭海賊団が
「ーーー」
思考が時折別な所へ飛んだり、間奏の度にざわめきが起きる。それでも、歌い出せば喧騒は止む。
それが、他の客から袋叩きに合わない為らしい、と知ったのは、何年前だったか。演奏よりも歌に興味があるのだと理解はしたけど、酒場としてはそれでは減点だろうとも思う。
既にその辺の記憶は、曖昧になっている。ただ、歌えば思い出すから、それを譜面に起こして発売すればいい。
それは結果として、家族を守る事に繋がる。だから、他の曲を思い出す為にも演奏するのは大切なのよ。
けれど叶うなら、私に心を残さないで。私は皆の役に立てたのなら、それだけでいいと思っているのだから。
「ーーー」
盗作だとか言って躊躇って、大切な人を助けられないなら、私はそんなもの気にしない。宝を盗むのと、歌を盗むのと、いったい何が違うと言うのか。
相手がこの世界の悪人か、他の世界の住人かの違いしかない。なら、盗まれてもどちらも困らないんだから良いじゃない。
罪悪感が無い訳では無いけど、それを凌駕して余りある想いがある。だから、私は迷わない。
雨は流れて消えるしかなく、雪だけがつもるように、私の記憶もきっと今は降り積っているだろうけど……。大丈夫、雪だって太陽に照らされたなら時と共に水に変わるから。
「ーーー」
まさか、ドフラミンゴと鷹の目の前で歌う事になるとは、思ってもみなかったし、それ以前に会うとは思ってなかった相手。妙な形で、記憶に残らないと良いけれど。
それ以前に、原作だとナミちゃんとこの二人って会うシーン無かった筈よね。なんでこんな事になってるのかしら。
彼らに殺されたなら、何の役にも立てないで終わるから避けなければならない。この世界に溶ける事さえ、許されなくなってしまうもの。
「ーーー」
歌えば歌う程に思う事がある。こんな想いを、ルフィにさせたくない。
こんな想いを、大切な人にして欲しくない。でもきっと、これは変えることが困難なところだわ。
勿論、エースは私にとっても可愛い弟。だから、他の誰かの犠牲が必要なら、私がなると決めてるの。
だから、その時がきたら教えてあげたい。ちゃんと、聞こえてるよって。
「ーーー」
その為にも、私は一人でお金を貯めて、皆を解放すると決めているのよ。もしもそれを裏切られたならば、アーロンの前で首を掻っ切ってやるつもりだ。
その後で、エースを助けるの。私は、家族を誰も喪いたくないし、傷付けたくない。
だから、エース、その炎を他の人に譲らないで。愛しい家族にであっても、渡してしまわないでほしいの。
「ーーー」
だってそんな事になったら、ルフィも共に朽ちてしまうかもしれないから。だからどうか、生き延びてね。
そう願うように歌い終えると同時に間奏に入ると、注文する声が聞こえる。これが酒場のいい所だと思う。
暗くなりすぎない。……万が一の時は、私が死ぬ事で、アーロンは永遠に、求める海図を手にする事が出来なくなる。
その代わり……ベルメールさんとノジコに、悲しみを残してしまう。それだけが、気掛かりだけれど。
「ーーー」
きっと……下手に想いなんか伝えない方が良い。遺される人には、それが重い十字架になるから。
優しく暖かい思い出さえ、毒となる。呪いと変わる事を何故か知っているの。
愛してると、家族に言えないままきっと世界は隔たれる。分かっていても、きっと私は伝えられないのでしょう。
「ーーー」
歌うべきフレーズを終えると同時に、島中に響くのでは無いかと言う勢いで、私は「あー!」と叫ぶ。悲痛なこの声は、遺す事への後悔だろうか。
遺されたであろう失われた記憶の残滓かもしれない。ただ分かるのは悲痛と苦痛の綯交ぜになった声である事。
「ーーー」
語りの所やハモリの所は、流石に一人では無理だから、メインだけを歌う。……ねぇ、悲しまないで、憎んでもいい、怒ってもいい、忘れてもいい、だから……幸せになって欲しい。
ドフラミンゴの言った通りに、欲しい物が何でも手に入るのならば、私はベルメールさんとノジコが、ウタや赤髪のメンバー、村の人達が幸福に生きられる世界が欲しい。それを手にできるのならば、何を捨てても後悔なんかしないと……断言できるのに……。
私は私を隠したい。降り積もる雪の中に埋もれて、すべて奪い去って貰えたら良いのに。
「ーーー」
そんな事は不可能だと、知っているから。誰も巻き込まないために、メリーを盗んだんだもの。
全て解決したら返すか、その前に来たら渡すから素直に立ち去って欲しい。甘い考えは裏切りの元にしかならないと、ルフィ達には学んでもらいたいわ。
この生命は、すべて家族の為にある。だからルフィの為には、使えないの。
「ーーー」
今更……何を躊躇うというのか。残りは、3千万ベリー。
今の私なら、あと一回の航海で終わる。集められる額だわ。
最後に一言だけのフレーズを歌い、それにより一曲歌い終えれば、私が最後の演奏を続けながら、店主に視線を向ける事でそれが伝わる。続けてだけど、どうするかと問いかければ、頷かれるので私は小さく笑ってから演奏していた指を止めた。
酒場が妙な熱気に包まれて、鷹の目とドフラミンゴの視線が突き刺さる。それを無視して私は店主に、いつもと同じように微笑みを向ける事で、誰にもこの歌を選んだ理由が分からないように日常とする事を心掛けておく。
そんな私に気を使ったのか、店主がカウンターの奥で動き始めたのが見える。あの様子だと、何かを用意してくれるのだろう。
店主は私に見えるように果実水を作り、それをどこかで遮られる事がないように気を付けながら、私の元へ運んで来る。どうしてこの店主は、こうも変な所に気が付くのかしら?
それを有難く受け取り、水分を補給してから、私は引き続きの演奏を開始する。今度は先程の返歌……つまりアンサーソングだ。
この曲達は本来三部構成。でも、遠い過去だからとゆっくりでも前を向く事は私にはできなさそうだから、三曲目はなしにする予定。
一曲目は喪った側の曲で、二曲目は去り逝く側の曲。そして最後にその現実を痛感しながら残された人が前を向く三曲目。
私には、その三曲目を歌う資格も勇気もない。喪った事を受け入れるなんて、できそうにないから。
「ーーー」
先程とは違い高い少女の声。私の地声や男を挑発するようなものではなく、慈愛に満ちた少し幼い声で歌う。
死を前にした時、人は弱く、そして強い。諦めと覚悟は、似て非なるものだと痛感する事が良くある。
四季が固定された島々では、日増しに寒くなるなんて感覚は無いけど、冬島でもあたたかそうに元気に動く皆がイメージできる。私は、冬島嫌いだけど。
「ーーー」
イメージとしてはノジコの幼い時のような感覚で、天使のような歌声を響かせる。この歌は、そうでなくてはならない。
けれども歌い方としてはウタをイメージして、自由に優しく、そして儚い。伝えきれない愛情を声に乗せよう。
枯れゆく生命と、次なる生命の歌だから。光の中で芽吹く歌だからこそ、そうするべきだと思う。
「ーーー」
私に春なんて……来るのだろうか。そう考えた直後……馬鹿な事を、考えたものだと自嘲する。
春など来ないままに、私の生は終わるだろう事は、ルフィと再会した瞬間に覚悟したのに。その上更に、七武海の二人に遭遇したのだから、助かると思う方がおかしい。
運命は厳しい方向に変わって行く。少しは違う世界を疑った事もあるけど、それはきっと映画やアニメ、原作との差異に近い程度の変化。
だから認めて諦めるしかない。だけど、叶うならと夢見てしまう。
隙があれば願ってしまう、祈ってしまうの。シャンクス、ルフィ、私の家族を助けてくださいって。
でも、それは無理だから。巻き込む事も傷付けることもしたくないから、私は私の生命をもってでも終わりにすると誓ったの。
それでもなお、強く思う。最後の時まで歌っていたい。家族への愛の歌を、息が続く限り。
「ーーー」
ベルメールさん、ノジコ、ゲンさん、ドクター、皆に私の死が優しく伝わる事を祈っています。分かっていても、お金で解決しようとする私は愚かなのかも知れないけど、時折見せるアーロンの優しさを、信じてみたいと思っているわ。
それで何か残せたなら、この世界に私も生きていたのだと、残せたら。そんな願いが僅かにあるの。
「ーーー」
おそらくは、この店で歌うのも、これが最期。そういう意味でも、この歌は相応しいかもしれない。
最期のその瞬間まで、歌っていたい。皆に、幸せな未来があればそれだけでいい。
歌は残る、誰かの心に、その脳の片隅に。思い出して
歌い手が、聞き手が、思い出してくれる時、それはきっとその人を守る力になる。大切な人の幸福に続く道を少しでも照らせるなら、これ以上に嬉しい事なんてないのよ。
ねぇお願い、今だけは笑っていさせて。優しい歌を歌う今だけは。
「ーーー」
私はこれが二回目の人生だもの、充分過ぎる程に生きたわ。だからもう良いの。
皆が生きてくれるのならば、もう構わない。私の死が村を解放するとは限らないとずっと思っていた。
だけど、昨年それをアーロンに漸く書き足させたから、私がアーロンの前で死ねばココヤシ村は助かる。それならば既に、死は私にとって救いそのもの。
もう少しで帰れる。帰ったなら、そこで死んだ時には開放される他の道は、存在しないもの。
私が死んで皆が開放されるか、アーロンがお金と交換で約束を守るか。でもきっと、アーロンは約束を守らないから、私が死ぬ事で皆を解放するしかないわ。
私の想いは伝えられない。伝えたらきっと、苦しめて傷付けて泣かせてしまうから。
「ーーー」
この歌が終わらなければ良いのに。そうしたら、別れなんて来ないのに。
分かってる。終わらない歌が無い事は。
本当は分かってるのよ。どう転がっても私に未来が来ない事は。
お金で解決出来ればそれが一番。それでも、アーロン達がいなくなる訳じゃないから、きっともっと私は抜け出せなくなるだろう。
そうなったとしても、家族と村は守れる。だから、それが最良。
分かっているのに怖くなる。苦しくて寂しいと、叫びたくなる時があるの。
可能性は3つ。その中で一番楽な解決策が私の死だわ。
「ーーー」
ルフィの笑顔が脳裏にチラつく。私を好きだなんて……物好きよね。
確かに容姿はナミちゃんだから可愛いけど。まだ、成長前だから、それほどスタイル抜群って訳でもないのにね。
ルフィに会った直後に、アーロンが暴れだした情報を得たら帰る。その時お金は僅かに貯まってなくて、それを奪われて涙する。
それが本来の流れなのは分かってるから、それならば……そうなったらアーロンの前で私は笑顔でこの首を差し出そうと決めていたと言うのに。そう、未来を選べるのは私じゃなくてアーロンなのよ。
分かってるのに、ルフィの笑顔が……消えない。家族の声が、消えないの。
「ーーー」
永遠に、告げる事は無いけれど……。きっと私は心のどこかで、ルフィを恋愛かはともかくとして、愛してる。
可愛い息子のような、弟のような、手のかかる子でありながら、優しくて暖かなその温もりに何度も助けられた。メリーを取り戻しに来た時、私が既に死んでいたら、少しは悲しんでくれるだろうか。
息子か、それとも弟かと悩むくらいには近くて可愛く愛しい存在。なのに、それを上手く伝える事もできない。
優しい歌を残すから、優しい歌を歌っていてね。そうしたらきっと、孤独な世界も少しは明るくなるから。
「ーーー」
シャンクスの言葉が脳内に谺響する。必ず助けると、嘘でも言ってくれた事が嬉しかった。
本格的に船医目指せと言われたり、音楽家に力入れろよと絡まれたり、戦い方が似てると言う理由で良く戦ったり喧嘩しては笑いあった皆を、諌めて守ってくれたベック。娘のように、妹のように、けれども仲間として愛してくれた大切な人達。
きっと本気で助けを求めたら来てくれるだろう。でもそれで彼等が傷付いたら?
でもそれが間に合わなくて、私が死んでいたらどうなるだろう。そう考えたら、助けなんて求められる筈もない。
鷹の目に頼んだから、もしもの時だってシャンクス達は私が平和にのどかに生きているのだと信じていてくれる。皆の中でだけでも、生きていられるわ。
ウタを迎えに行けない事が心残りだけど。今の環境では連れてくるなんてできやしないのだから、安全な島で生きていて欲しい。
寂しくないよ。大切な人達が笑っていてくれる世界が残るなら、私が消えても少しも……。
「ーーー」
明かり1つない部屋に何日も吊された事、首だけが出るようにして埋められた事、鞭や棒で叩かれ続けた事、それらも既に過去のもの。何故暴行を加えながら、その傷跡は綺麗に消すのか、今でもその謎は解けないけどね。
媚薬や毒でジワジワといたぶられたり、弄ばれるのも慣れたもの。次第に効きにくくなり、量や濃度を増されても耐えられるようになってしまった。でも、海賊としては良かったのかも知れないわ。
女海賊は基本的に海軍に捕まっても処刑はされない。使い道が多いから。
逆に恐ろしいのは、別な海賊や民間人に囚われた時。それに……船長が女だという場合を除けば、女海賊は船長の女または船の性欲処理要員。
力の無いものに、世界は厳しい。だからこそ、私に仲間なんていないのよ。
この歌が宝玉の出す最期の曲。そして、最期の作品。
最近はそう思って出てきたけど、残り時間を考えたら、本当にそうなりそうね。でもいいの、この先どう転んでも、私は家族だけは守れると信じているから。
歌が残るから、独りにはならないよ。大丈夫、忘れないで。
「ーーー」
13年かけて
だから、これまでの事に悔いはない。やり直せたとしても、きっと私は懲りずに同じ事を繰り返す。
ノジコはこの先一人でも、村で歌ったりしてくれるだろうか。今は誰にもそんな余裕無いのは分かってるけど、開放された後でならば……。
私の愛しい家族。麗しい慈愛の女神。
歌い続けて欲しい。幸福と自由を。
暖かな手で触れてくれる指先から、何も言われなくても伝わって来た。それ愛情に助けられてきたのよ。
「ーーー」
私の事なんて、忘れてくれていい。
見えなくても、聞こえなくても伝わる事はある。裏切り者の私を、それでも愛してくれる優しい村の人達。
気遣ってくれる暖かな母と姉、二人の温もりが私の心を包むから……。その時が来ても、私は笑って旅立てるだろう。
悲しい歌にはしたくないの。だから、最後まで笑って歌わせて。
「ーーー」
ゲンさんは今も、風車を外してない。それがきっとゲンさんの精一杯の優しさ。
裏切り者を見捨てられない。でも、憎くて会話もろくにできないゲンさんは苦しいだろうと思うの。
だけどどうか、ゲンさん、早くベルメールさんを幸せにしてあげてね。悲しませないで。
ドクターは私の真似して刺青を入れたいと言ったノジコを、支えてくれた。それがどれだけの愛情なのか、分からない程の愚か者にはなれない。
結局、ノジコの美しい肌にも刺青は入ってしまったけど……でも、そうやってノジコの心も救ってくれたのだと私は知ってる。刺青は本来、幼い子には向かないもの。
異物を激痛と共に身体に入れるのだから、発熱もするし化膿する事も少なくない。それを最小限に抑えて美しい刺青を入れてくれて、その後の感染症対策もしてくれたんだから優しいと思う他ないじゃないの。
最期に捧げたい。この惜別の歌を。
「ーーー」
ノジコ……最期にと選んだこの歌は、本来一人で歌うものじゃないのよ。そう言ったら、ノジコはなんて言うかな。
きっとノジコもウタも、それを知ったら一緒に歌うというのでしょう。もしも三人で歌って演奏できたなら、それはここまで悲しい歌にならないのかもしれないわね。
夢のような、幸福な幻。ありえないと知っている未来。
私は皆を……愛してる。この想いだけで、充分すぎる幸福。
最後に伝えたいのはただ一言。ありがとう。
だからきっと、泣かないでと願うこの歌こそ相応しい。皆は幸福に生きてねと祈りながら歌い終えてからもピアノを演奏していく。
ピアノを弾き終えると拍手が鳴り響いた。私はニッコリと笑ってお辞儀をすると、話の途中だった二人の元へ向かう。
そんな私の手を取り鷹の目が指先にキスをするから、それにふっと微笑み受け入れる。その直後、周りからリクエストの声が上がり店長がオロオロしながら私達に視線を向けた。
「これが私のお仕事です。これで、納得して頂けましたか?」
ドフラミンゴに問いかけると鷹の目はそっと手を離し、成り行きを静観し始めた。それに気付きながらも、あえて視線を逸らす。
私には全員を同時に相手できるような能力は無いのよ。聖徳太子じゃあるまいし。
「お前、やはり〝宝玉〟だな」
「違いますが、なぜ?」
小首を傾げれば呆れたような様子を見せる。それを周りの人達も固唾を呑んで聞いているけど、巻き込まれるといけないから刺激しないでよねってのが、正直なところ。
まぁ、目の前にいる二人が〝王下七武海〟だなんて普通は思わないわよね。私も信じたくないし。
「俺は捜索を〝依頼〟された後、これまでの発表曲をすべて聞いた。そして、これからの発表曲も先に聞いたが、これは無かった。だが、これは間違いなく〝宝玉〟の曲だ」
「先に曲を教えてもらわなければ、歌えないでしょう。私は宝玉が認める歌姫の一人なのですから」
用意してあった答え。そう、私は私が認めてるのよ、歌ってもいいよって。
ノジコもウタも、ベルメールさんや購入者だって歌っていい。だから何も嘘はついてないの。
買ってなくても、それを歌い商業利用していいと言ったのは今のところウタとノジコだけだけど。将来的にそれは増えるかもしれないし、認めてなくても買った人なら好きにアレンジや練習して歌って欲しい。
「他にもいるのか?」
「……その筈ですよ」
そう言って視線を外し、リクエストの一覧を店主から受け取ると一番多い物から順番に印をつけて、頷く。これ以上会話したくもないし。
選ばれた五曲を見て店主は嬉しそうに笑うから、それを伝えてと言って果実酒を貰うと一気に飲み干す。それだけで空気が変わった。
弾いてもらえる。歌ってもらえるのだと喜ぶ人達に、流石に二人は黙ったままだ。
そうしてリクエスト曲を演奏しつつ、歌えば酒場は大盛り上がり。そうして場が温まった所で、一礼して帰り支度を済ませる。
これがマスターへのお礼でなければ、投げられたチップはすべて私のものにするけどね。今日はあの二人もいて迷惑かけたから、少しだけ貰って食費に当てるだけにするわ。
「少しは楽しめたかしら?ごきげんよう、お二人さん」
そう言って、それではと立ち去ろうとした私の腕を鷹の目が掴む。何事かと見れば、何故か怒りをその瞳に湛えている。
身が竦むとは、まさにこれだろう。覇気も殺気も慣らして貰ったというのに、どうして……?
「俺と、今宵は約していただろう。一人で彷徨くな。……歌姫?」
ゾクリと全身の肌が粟立つような感覚。猛禽類の姿を間近で捉えた猫に、逃げ場などある筈も無かった。
それでも精一杯の威嚇をしようとした時、声が割り込んで来た。その声はまた、身を竦ませるのだけど。
「それに、参加させて貰いてェ所だが……俺は明日で良い。明日はゆっくり、俺と過ごして貰うからな」
お断りよと言う余裕は無い。だって拒絶を許さないと、ドフラミンゴの瞳がサングラス越しに告げているから。
私はただ、身体を小娘のように震わせる事しか出来なかった。一人でも対応しきれない大物が二人もいて、他に何が出来るというのだろう?
クリマタクトを用いた所で、見聞色の覇気を使える男達に対抗手段なんてない。分かっていて姿を消して逃げ出したとして、この島が消える未来しか私には見えなかった。
定まりきらない思考が、乱れる心が、私をただの小娘にしてしまう。そう遠くない未来にこの生命が消え去る事が決まっていたとしても、今はまだ、死ぬ訳にもいかないのに……。