意識を取り戻した時には、外は明るくて……動かないかと思われていた身体がなぜかだいぶ楽に動かせる事に気付く。でも、そんな事を気にしてる余裕は無いので、早く帰らなければと船を動かし始める。
なんと表現したら良いのかわからない最悪な出会いと別れを終えて、私は限界を超えているだろう身体を更に酷使する。指も動かせないで、そのまま足掻く事になるかと思っていたから、人間の回復力に驚かされてしまう。
だからと言って元気ハツラツとはいく筈もなく、膝が笑う上に腰に力が入らない。苦しくて、痛くて、泣きそうになるけど……そんな事してる場合じゃないのだ。
私には、泣いてる時間も無いし、何より……そんな資格は無い。早く帰って、皆を助けなくちゃ。
宝石と現金を一纏めにして、顔を上げる。アーロンとこの体調で向き合うのは多少では無く不安はあるけど、そんな事言っていられないわ。
船を進めながらシャワーを浴びると、気持ちが引き締まる。同時に慣れない匂いを敏感に感じ取って、ここ数日の出来事が走馬灯のように呼び起こされてしまう。
なんだって私が狙われたのか、今もってわからない。やはり、可愛い見た目のナミちゃんの肉体である事が原因だろうかと……良過ぎる容姿に振り回される悲劇を痛感していた。
シャワーを終えて表に出ると、順調にコノミ諸島へ向かっているのが確認出来て身支度を整える。その時何故かクローゼットの中から麝香の香りがして、中を漁ればいつ置いたのか分からない香袋が置かれているのに気付く。
少し呆れながらもアーロンに隠すなと言われている肩を露出する為に、麝香の香りが染み込んだそれに着替える。肩に包帯を巻かずに、露出する姿になった時私は漸く気付いた。
……これを、あの二人には見られているのだと。風呂に入れる時、包帯を外さなかったとは考えられない。
鷹の目には、余計な事をシャンクス達に言わないようにと祈るように願う。ドフラミンゴには、余計な手出しをしないでくれと祈るように願う。
だからと言って、それぞれに手紙を出す気にはなれない。契約外の相手に送るのはお金もかかるし、どちらも王下七武海だから……悪目立ちしたくないわ。
それにしても……あの
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※
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深い溜息をつきつつ、島の周りをゆっくりと動いて行けば、ゴザの村が壊滅しているのが見えて息を呑む。煙の立ち上るそれを見て、無力を痛感させられる。
どちらにしても、私はココヤシ村の他に守れる所などありはしないのだから、この結果はどうあっても変えられない。分かってる、私には……どうにもできない事なんだって……!
でも、苦しい。それでも、悔しい。
原型を留めていない隣の村。協力する余裕さえ私達には無い。
それでも、何かできたんじゃないのかと自分を責めたくなる。どの村にも、幼い子供や老人達がいるのは変わらないのに……。
アーロン達と共に、村を潰すのに立ち合ったりした事もある。その度に心で叫び、無表情を貫いたのだから、この景色を見ただけで心を揺らされていいはずも無いわ。
だからそれらを全て押し殺して、深呼吸してそれを逃がす。喪えない大切な人達を守る為なら、他の人は切り捨てる覚悟は、もう出来てるのだから。
私には全てを守れる力なんかない。自衛を捨てて皆を守ると決めたのは、私の力が足りないからなのに、迷えば弱くなるだけ。
強く瞳を閉ざして、細く息を吐き出し、幹部の顔を作る。瞳を開けるのとほぼ同時に姿を見せたのは魚人で、私を見ると船に乗ってきた。
島に近付く船は、すべてこうやって乗ってる相手を確認するのだ。これでは、偉大なる航路から来た人以外、近づく事すら困難だろう。
「なんだ、ナミか。帰ったのか?」
「えぇ、当然でしょ。先に私の物が壊されてないか確認してからアーロンの所へ行くわ。そう伝えておいて」
「あ?アーロンさんの所に真っ直ぐ行かねェのか」
少し不機嫌そうに訪ねてくるそれを鼻で笑って、私は馬鹿にしたように言い放つ。私が真っ直ぐ帰らないと、八つ当たりされるのだと言うのは知ってるけど、そんな事はどうでもいいとしか思えない。
私無しではご機嫌取りさえできないっての?〝同胞〟様なのに?
「村が一つ、破壊されてたもの。その勢いで、私の物まで破壊されてないとも限らないでしょ」
「……あァ、脱走者が紛れ込んでとか、有り得るからな。だがココヤシ村はナミの物になる予定だから、多少の事にはアーロンさんも目を瞑ってるんだと思うぜ」
「だから、確認するんじゃない。確認したらアーロンの所へ向かうわよ。それとも……少しの〝待て〟もできないの?」
「犬みたいに言うなよ……」
「言われたくないなら、待てくらい覚えなさいよ」
その言葉に魚人は、納得したのか素直に海に帰って行く。それを見送ってから私は船を岸に付ける。
真っ直ぐに自宅へ行ける位置に停めた船は、もう私の物と認識されている筈だ。船首を見詰めて、息を吐き出す。
心を揺らす時間は、既に残されていない。宝を抱えて帰宅する途中、確認したのだと言う事実の為に村に寄るか考えて……後にしようと逃げるように帰宅すると、宝を当然のようにこれまでの物と合わせて、それの計算を終えた時……私の顔が勝手に笑う。
やっと、10億ベリー揃った。もう、これで大丈夫だわ。
足りなかった所は、あの精力馬鹿共がくれた宝石で賄えたわ。宝石も合わせてだけど、10億ベリーに違いはない。
これで、もう大丈夫。皆の生活を、生命を、自由を、取り戻せるわ!
「ベルメールさん、ノジコ、行ってくるわね」
遠くで蜜柑の手入れをしているだろう二人には届かない事を承知で、私は言葉を落とす。ここで気を抜く訳には行かないから、顔は見ずに行こうと宝を埋めて立ち上がる。
それから忘れない内にと、笛でクーちゃんを呼ぶと酒場で歌った二曲を託す。……アーロンの出方次第では、本当にこれが遺作となるわね。
私はそう思いながらも、気持ちを切り替えて、表情を消す。私は……裏切りのナミなのだから。
村を避けて、蜜柑畑も避けて歩くと、自然と海岸線沿いになる。魚人を見かける頻度が上がるけど、足取りからアーロンパークへ向かっていると気付くから、何も言われる事はない。
アーロンパークへ向かっていたら、アーロンパークのすぐ近くの林が視界の端に映る。そこに子供が隠れていて、どうやら少年らしいと分かった。
その子供は武器を手に殺気立っていて、何をするつもりなのかは一目瞭然。子供一人のそれだって、アーロンは許しはしないと言うのに。
何をしているのよ。歯向かおうなんてしたら、村ごとすべて消しさられるのをアンタだって知ってる筈でしょ。
あの年齢なら支配された後に産まれてる……ここで生まれ育ったんなら、知らない筈無いのに。……それでも、村人全員の命を引き換えにしても、一人で挑みたいと言うのだろうか。
そんな身勝手な独りよがりで、全員を殺したいと言うの?アンタ一人の生命で、全員を巻き込んで許される訳ないのに。
全員揃っていても、一太刀だって入れられない可能性の方が高いのよ。それでも、自分のせいで他の生命が喪われてもいいと思えるくらいの憎しみなのだろうか……。
大切な人は、誰もいないの?信じられる人は、誰もいないの?
私は念の為に子供から話を聞いて、それにより判断する。この子はまだ、生きていた方がいい。
村人全員と心中するには、色々と足りないわ。心を閉ざしたまま、子供をクリマタクトで殴り飛ばす。
それなりに、けれど深くない傷を負わせてから私は冷たい眼差しで言い捨てる。そうする事でしか、この子も村も守れない。
「アーロンは、アンタみたいなガキ……相手にしないわよ」
言葉と共にお金を投げ付けてから、後はもう子供の存在さえ無かったかのように、私は門の内側へと歩みを進めた。20万ベリーは投げ付けたから、これであの子供だけなら4ヶ月、家族がいてもそれが1人なら1ヶ月は生きられる筈。
根本的な解決にはならないけど、野良猫に餌を与えるのと同じで、解決には向かわないけど……。それでも、あの子供がアーロンに向かって行くよりは犠牲も減らせた筈だと、小さく息を吐き出す。
家族を喪った悲しみを、僅かでも癒せる時間が作れたなら……。悲しむ間もなくお金を稼ぐしかない日々は、きっと本当の地獄よりつらいもの。
何も考えずにいたいから、働いていたいというのもわかるけど、それをやれるのは仕事と言う逃げ場所のある大人だけ。あの少年には、そんな逃げ場所すら存在しないのだ。
アーロンパークに到着すると、アーロンはいつものように、寛いだ様子で私を出迎える。こういった対応をされるようになるまで、大分時間がかかったわね。
勿論それは、私が隙あらば殺そうとして挑みかかったからだけど。その度に行われた折檻は、既に拷問の域だっただけの話。
それも、もう慣れてしまった。なのに、時折心が怯える。
情けないわね。私、いつまでも弱過ぎるわ。
「今帰ったのか、同胞ナミよ!今回の稼ぎはどうだった?」
「まぁまぁね。でも……そうね、もう少し奴らといて稼ぎたかったわ」
「いいカモだった様だな」と言って笑うアーロンに、私は胸の痛みを無視して「騙しやすくて楽だったのよ」と冷たく笑ってみせる。それに満足したらしいアーロンは宴を開くと言うので、私は軽く手を振り溜息を落とした。
こいつらとの宴なんて、冗談じゃない。どんな辱めを受けるか、分かったもんじゃないもの。
媚薬で強制的に発情させて、プールサイドに鎖で縛り吊るしたまま、水で溶ける布だけを身に付けさせられ、目の前で泳ぐ奴らの水飛沫に怯える。汗や水飛沫で溶ける布に泣きそうになるのを耐えながら、笑い者にされるような宴を何度開かれた事か。
「私は行ってきた場所の海図を描きたいから、部屋に行くわ。宴をしたいなら私に構わず好きにしたら?」
そう言ってアーロンの前を通過した時、アーロンの手が私の腕を掴んで抱き寄せた。力で適う筈もないから大人しく抱き締められているけど、なんだと言うのか。
刺青は見えるようにしてあるし、今はアーロン好みの気の強い女風な言動で、いつも通りの〝魔女〟を演じただけだからおかしな言動はしてない。それなのに抱き締めてくるアーロンの腕から、苛立ちが伝わってくるのだから不思議。
何が気に入らないと言うのかしら。癇癪持ちの子供じゃあるまいし、やめてもらいたいわね。
「……アーロン、私は人間なのよ。アンタの馬鹿力だと苦しいから離して」
「ナミ、お前……誰に、いつ抱かれた?」
「今、アンタに」
「意味が違ェって事くらいわかるだろ。なんだ、犯されたいのか」
アーロンの言葉に溜息一つ。侮蔑の視線を向けて、呆れを隠さずに応える。
「その時点で、ココヤシ村を貰うわよ。……でもさぁ?いつ誰に抱かれたなんて、覚えてないわ」
「巫山戯るな」
怒りで手を震わせるアーロンのその手を叩いて、少し距離を取る。私を壊さないようにしてるから、隙さえ作れたら簡単に抜け出せるのだ。
怒り心頭ですって顔をするアーロンに、呆れてしまう。こいつ、私の何であるつもりなのかしら。
溜息をこれみよがしに落としてやれば、アーロンの血管が浮き上がる。それを見ながら、おちょくるように笑って見せた。
それと同時に伸びた手が、私の手首を掴む。振り解けないほどじゃないけど、折られたらたまらないので大人しくしておく。
「手っ取り早く稼げるもの、相手とか時期なんてイチイチ覚えてないわ。何か問題?」
「……ナミから、変な臭いがするのは気に入らねェな」
どうしてアーロンは、無駄に独占欲が強いのかしらね。下等生物だと言いながらこの身体を狙うのは、溜まってるからだろうけど、本当に迷惑。
こいつらから見て下等生物じゃない相手……魚人の女を攫ってきてって訳にもいかないのは分かるけど、下等生物を襲う気には普通はならないのだろうけど、私は見慣れてるからとかそんな理由だろうと思ってる。でもそれだとすると、ノジコも危ないから、要注意だっりするんだけど。
それに、変な臭いって……。麝香は虫除け効果も……アーロンは魚じゃなくて虫なのかしら。
「あら、下等生物である私の事なんてどうでもいいでしょう?」
「確かに俺は無能で下等な人間は嫌いだが、ナミは別だ。足があるのが不思議だが、人魚と言われても納得出来そうな上に、賢いからな」
そんな戯言を言いながら、アーロンがやっと手を離したので私はこれみよがしに溜息を落としてから部屋に向かう。去り際に、一晩で十億の金支払うなら相手してあげるわよと言って笑えば、アーロンは苦虫を噛み潰したような顔になった。
勿論いくら積まれてもお断りだが。そんな事実を言うよりは、平和的な捨て台詞だろう。
この建物の中も、随分慣れてしまった。てか、ホントにいつの間に建てたのよ、このアーロンパーク。
与えられた部屋で、私はいつものようにペンを手にして、何も描けないままに動きを止める。今までは、いつかルフィ達に渡せる可能性があると、心のどこかで期待して二枚ずつ描いていた海図が、もう渡す事も出来ないのだと気付き手が動かなくなってしまう。
いつか役立てるかも知れないと思っていた海図、それでもお金が溜まった今それこそ無意味になる可能性もあり、そう考えたら今は……描ける気がしない。自らルフィ達が後を追えないように、アーロンの手配書にも反応せずに少し遠回りして帰ってきたのだから、救われる理由が無い。
ここに来る筈がない。来られる筈がないのよ。
そもそも私はルフィを弟にしか見られないと言って、ふったのだから。……分かっているのに、それが苦しい。
でも、自力で解決出来る可能性も残されている。お金を渡して、村が解放されたら……私だって自由になれるのだから。
解放されたなら、ルフィに謝って一緒に行くか、シャンクスに連絡してまた船に乗せて貰うのも良い。エースとサボにも連絡して、会ったらヨロシクって伝えて安心させたいし、ウタを迎えに行けるかも。
私は深呼吸してから、海図を漸く描き始める。無心になっていつものように描いて、描き終えてから渡せる訳もないのに、いつもの癖で二枚描いたと気付く。
何してるのよ。私は、何がしたいの。
ルフィを突き放したのも、シャンクスに知らせられないのも、村の皆を優先すると決めたのも自分。なのに、どうしてこんなに私は弱いのかな。
揺れる心を隠すように一度深く深呼吸して、立ち上がる。じっとしてても何もならないわ。
海図のうち一枚をアーロンに確認させる為に持って、アーロンの用意している服に着替えてから、宴をしている筈の所へ行けば、何故かそこにゾロがいるのが見えた。縛り上げられたゾロは、その身体に包帯が巻き付けられている。
え、待って。どうして、ゾロがいるの?
縛り上げるとか、魚人がやるの珍しいんだけど、そんなに危険物なのかな、ゾロって。というか、どうやってここを突き止めたの?
その包帯があるって事は、ミホークさんとは会ってたのね。いや、聞いてはいたけど、なんて言うか……あの状況でそんなの気にしてる余裕なかったわ。
て事は、あの包帯の下は生きてるのが妖怪レベルの大怪我よね。あれ、私の記憶が正しければ船医は居なくてそれに近いのって私だけだから、傷の手当まともにはされてないんじゃ?
だとしたらあの包帯の下には、何も処置されてない傷があって、包帯が巻かれてるだけ?なんでゾロって、破傷風とかにならないのよ。
演技を一瞬忘れて呆然とゾロに視線を向けて、すぐさま強く瞳を閉じて表情を裏切りのナミへと切り替える。動揺してるなんて、気付かれたら不味い。
「おォナミか。どうした?」
「おいナミ!これ解け!」
アーロンとゾロの声がほぼ同時に聞こえて、私は小さく笑う。どうしてかなんて……理由なんてどうでもいい。
何があろうとも、ゾロはルフィに返さなければならないと言う、事実が……現実がある。疑われないように、どうしたら返せるか考えないと。
「一枚海図が描けたから見て欲しくて持ってきたのよ。確認してくれる?」
考えてる事はともかくとして、この場でおかしく見えないように振る舞わないと。アーロンの肩に手を置いて、私がそっと耳元で囁くように言えばアーロンは機嫌良さそうに笑ったので、どうやら正解だったらしい。
アーロンにしなだれかかるようにしてから、ゾロに視線を向ける。馬鹿にしたように笑い、冷たい視線を向ける事には、慣れているのよ。
色気を振り撒く。妖艶に微笑むのは、魔女様である私には得意分野。
「まさか、騙されたと本当に気付かないでこんな所まで来たの?宝なら返さないわよ。馬鹿ねぇ」
「こいつは面白い。相当深くまでくい込んでから騙して来たってのか!」
アーロンはそう言って笑うとナミは金の為なら、自分の産まれた村も、親や姉妹もどうでもいいのだと言いながら、私がアーロン一味の幹部である事をゾロに楽しそうに話す。それを聞きながらただ、何を今更というようにアーロンを見ながら頷けばいい。
いつもと何が違うのよ。笑え、笑いなさいナミ。
表情が引き攣りそうになるのを堪えて私は綺麗に、妖艶に微笑む。私の恋人はお金なのよ。
ベルメールさんとノジコの生命は、私にかかってる。仕上げが終わるまでは、アーロンの望む私でいる必要があるんだから、邪魔しないで。
「当然でしょ?何を今更言ってるのよ。そんなくだらない事の為に、私を呼び止めてるの?」
イタズラを叱るように言えばアーロンは少し焦ったように、悪かったと謝ってくる。それを不愉快そうに見てから、ゾロを牢に入れるように言えばいいだけ。
そうすれば、隙を見て逃がしてルフィの元へ帰せる。そう思ったのに、ゾロは勝手に動く。
どうして、どうして大人しくしてないのよっ!思わずそう叫びそうになったのは、仕方ない事だろうと思う。
ゾロは何かを呟くと水の中に自ら落ちていった。それを見て魚人達は自殺したかと笑うけれど、それどころではない。
ゾロは絶対に、ルフィに返さなくちゃいけないのに。考えるより先に身体が動いた。
言い訳とか色々考えておかないといけないのに、身体が勝手に動くんだからもうしょうがない。水に沈むゾロを見付けて、浮力を使って引き上げる。
一気に押し上げなければ、私の力でこの男を上にあげるなんて不可能に近い。普通の女の子よりは力もあるけど、ゾロやルフィみたいな力は持ち合わせていないのだから。
やっとの思いで陸にゾロを上げれば、ゾロは咳き込みながら助けるならもっと早くしろだの、一人の人間さえ見殺しにできない小娘がとか、色々とごちゃごちゃ煩く言ってきて、心配と不安と怒りが混ざった感情そのままに思いっ切り傷を狙って殴り付ける。棒術も俄ではないからそれなりに威力もあると分かっているのに、この苛立ちを他にどうしたらいいのか分からない。
邪魔しないで、平穏を乱さないで、後少しなのよ!ベルメールさん達に何かあったら、どうしてくれるのよ!?
……ルフィを一人に、しないでよ。アンタが死んだら、ルフィはどうなるの。
そんな内心で荒れ狂う私を、魚人の一人が慌てて止める。それさえも、今はただ煩わしい。
「どうしたってんだナミ」
「宝だけじゃなくて船も奪ったから、ここから帰すくらいはしてあげようと思っていたけど、こんなに生意気な奴だったなんてね」
言い訳は勝手に口から零れてくる。何も考えなくても、それくらい言えるような癖がついてるのだと気付かされた。
長い年月こいつらの前で演じてきた結果がこれ。なのにゾロは何処か冷静に私を見ているから、それに少しの恐怖を覚えてしまう。
「船も!?海賊から船奪うってどういう事だよ、すげェな!!流石は魔女だ!」
「五月蝿い……私がどうやって盗んだかなんて、アンタ達に関係あるの?」
ギロリと睨み付ければ、震えて声も出せなくなる。完全な八つ当たり。
でも、悪いとは思わない。そもそもこの状況なのは、八割方こいつらの責任なのだから。
ただ、冷たくし過ぎてはアーロンが機嫌を損ねる。仕方なく細く息を吐き出して怒りを少し抑えてから、それでも魔女の演技は続けておく。
「私がいたぶりながら始末するわ。牢にでも入れておいて」
私は自分でも賞賛したくなる程に冷たい眼差しでゾロを見た後、アーロンに視線を向ける。もしも、アーロンに疑われたら全てが終わるもの。
アーロンはけれども、私を見て満足そうな顔をするから大丈夫だとわかる。アーロンは、魔女の私を明らかに好んでいるとわかるから、それもまた少しウザイ。
「服が濡れて気持ち悪いから、着替えてくるわ」
アーロンの視線が気持ち悪い。張り付く服と同じくらいに、まとわりついて来る。
後ろから「今日のナミは随分荒れてるな」なんて会話が聞こえたけど、どうでもいい。何か良いタイミング見てゾロを逃がさないと。
……あの怪我だと、流石に心配だわ。誰か……サンジ君とかが治療したのかな、やっぱり自分でやったのかな。
部屋に戻るのと同時に服を脱ぎ始め、脱衣場に到着と同時に脱ぎ捨てる。それでも身体に張り付いてるから脱ぐのは一苦労な上に脱いでもベタベタしているのだから、本当に嫌になるわ。
シャワーで海水を洗い流してから、アーロンが買い揃えてくれた洋服を見る。その中からアーロンが着た時に喜ぶような物ではなく、少し気に入らなさそうにする物から選んで着替えれば、気持ちも少し落ち着いた。
どこにでもあるような果物ナイフを胸元に隠して、階段を降りる。私の愛用してるベックからの贈り物を、こんな所で使える筈も無い。
アーロンの機嫌が悪い時や、アーロンを喜ばせた方が都合が良い時などにしか着ない服は、私には少し派手に思えて好きになれない。恐らく原作のナミちゃんなら喜んで着るであろう華やかな衣装だけど、気後れするし……アーロンを喜ばせたくないのよね。
お話として過去を知っているからこそ、アーロンに心が無いなどと言うつもりは無い。アーロンが何故、こんな事をしたのかも理解している。
それに私は、原作のナミちゃんと違って誰も喪ってはいない。村の人達だって、死んだのは……自ら生命を絶ったのだから、アーロンを責めるのはおかしいのかも知れないとは分かってる。
それでも、大切な人達を苦しみの中に置かれている事には間違いは無い。ベルメールさんには障害が残った。
ゲンさんも痛々しい傷跡が残ったし、ドクターは私を苦しそうに見詰めてくる。村の人が……彼らの身近な人達が次々に死んでる事に、違はない。
お金を払えないとわかった人が、自死する事で村を守る。そんな日々の中で、けれどもアーロンは直接手を下してないから殺してないって……言える訳ないじゃない。
それでも優しい村の人達は、裏切り者だと私を見捨てる事も出来ずに、遠巻きに時折様子を見守ってくれてる。そんな優しい大切な人達が、生活も精神も含めていつ死んでもおかしくない極限状態に置かれて、笑って許せる程私は聖人君子ではないのよ。
今出来る事をしようとゾロのいる牢に足を向けて、早く去れと冷たく言い放つ。二度とその姿を見せるなと言って、果物ナイフを投げ入れる。
それには、奪われた刀の在処を記載したメモを挟んでおいたから、義理は果たしたと思う事にする。これ以上関われば、確実にボロが出るもの。
「さよなら」
たった一言、本当は伝えたい感謝の気持ちも、巻き込んだ事に対する謝罪さえも言えないままに、上手く村を助けられない可能性を考慮して、最期の別れのつもりで言葉を落としてから、私はゾロの元を去った。二度と彼等に会えない事をわかっていても、私に涙を流す事は許されない。
涙はもう、枯れ果てた筈なのだから、勝手に出るなと自分の身体に言い聞かせながら、外に出た。今はそれしか、選択肢が無いから。
だって私は、守るものを決めてしまった。何よりも、
その為なら、
大丈夫、私は、大丈夫。後少しで皆を解放できる筈よ。
揺れる心は魔女の仮面で覆い隠し、前を見すえる。優先順位を決めなければ、何一つ守れはしないと知っているから。
私が建物から出ると、眩しさに一瞬目を眇めそうになり、目の前に広がる光景に息を飲む。いつもの幹部が半数ほどいない事に気付き、自然と表情が曇るのが自分でわかった。
それに気付いたらしい、残っていた魚人が声を掛けてくる。気軽に声をかけてくるけど、こいつも私をオモチャとしか思ってないのは分かりきっているのよ。
「アーロンさんならココヤシ村に行ったぞ」
その後に笑いながら「ナミは本当にアーロンさんの事好きだよな」とか言ってるのは、5年ほど前まで私をアーロンにバレないように、いたぶって来ていた相手だ。そんな魚人の言葉など、普段なら気にする必要も無い。
私が初対面の時にボロボロにしたから、その反撃のつもりだろうけど、それなら正々堂々戦えばいい。なのに、アーロンに縛り上げられて動けない私を鞭で打ったり、育ってない胸を揉んだりした事を私は忘れていないのよ。
そんな事を思いながらも、不自然にならないように相槌だけでそれに答えると、興味無さそうに門を出る。不自然だと思われたら、全てが台無しになるわ。
海図を渡しながらお金の話をして、村を返して貰う筈だったのに、ゾロが現れて無理になった。ゾロを解放したから、今のうちに話そうと思ったのに今度はいないなんて……本当にタイミング悪い。
辺りを確認して、近くに魚人がいないのを確認してから、私は剃を活用して全速力で走る。まだお金の話ができてないから、村はアーロンのもののままなのよ。
どうして……?まだ集金の時期じゃないのに。
アーロンは無駄な事はしない。まさか、皆が何か行動を起こしたの?
不安を感じながらも私は、少しでも早く様子を知りたくて
ココヤシ村につくと、そこに魚人の姿は無かった。村も多少壊れた建物がある程度で、血の臭いがしないから、恐らく皆無事なんだろうと思う。
ホッと息をついてから、言い訳を考えるのに、なかなか言葉が浮かんでこない。泣くな、震えるな……私!
「……っ……久しぶり」
やっとの思いで絞り出した声は、情けなくも掠れていて、それどころかどこか震えてさえいた。そんな私に笑顔で声を掛けてくるのは、世界中探したって、そんなに多くは無い。
だから、気付かなかった。ゲンさんが怪我をしてる事実に。
時が、物語が進んでる現実に。ゾロが来た時点で、修正力のようなものが働いてると気付くべきだったのよ。
「相変わらずアンタの評判最悪だよ」
突然かけられた声に、そして村の人達の変わらない対応に少し胸は痛むけど、気にしてはいられない。だってこれを選んだのも、望んだのも、私自身なのだから。
だから、動揺は見せない。心配かけても、いい事は何も無いわ。
「当然でしょ。私、海賊だもの」
にっとルフィの真似をするようにして笑えば、ノジコは軽く頭を小突いてくる。そのまま促されるように村から離れると、ノジコに言う。
もう心配いらないよ。私が必ず、皆を解放するからね。
「大丈夫よ。今回の航海で全額揃ったから。これから持って行けば良いの。それで……全て終わるわ」
笑って言う私にノジコは何も答えず、ただ、共に家までの道を歩く。喜ぶかと思ったのに、何故かノジコは不安そうにしている。
どうしたら安心してもらえるかな。どこで何を聞かれてるか分からないから、中々言葉をハッキリと伝えにくいんだけど。
「ナミ……今更だけど、本当にアンタも無事に解放されるのよね?」
「当たり前じゃない!でも、そうね。不安だよね……ありがとう、愛してくれて。私は、幸せ者ね」
それだけ言って宝を掘り出すと、私は蜜柑を積む為の台車に宝を積込み、アーロンパークへ戻る為に足を進める。これで……全てが終わる。
話を先にできなくても、現ナマ見せて権利書を得ればいい。それだけで皆は開放されるし、私だって……夢を叶えに行けるんだから。
「ナミっ!……ちゃんと、帰って来なさいよ!」
「ノジコ……ベルメールさんと、待っててね」
私はあえて明言を避ける。何かあった時私はノジコに嘘つきと泣かれるのだけは、耐えられそうにない。
私の弱点は、いつだってベルメールさんとノジコなのだから。だから揺れるこころは置き去りに、足早にアーロンパークへ進んで行った。
※地点が[助けIFへの分岐点]です。