※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して   作:夢枕 七変化

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足元にも

 約束の日を迎える頃には、見聞色の覇気は集中している時に限り正確に機能してくれて、戦いにおいては攻撃の軌道位は把握できるようになった。それに対して武装色は攻撃を受ける際に無意識的にそこに防御として身に纏う事はできるようになったのに、余程の事が無いと攻撃にそれを応用できないという欠陥が生まれてしまっている現実に打ちのめされる。

 何故私は、武装色がこんなにも下手なのか。何故こんなに頑張ってるのに、防御しか出来ないのかな……。

 悔しさがこみ上げるけど、約束の日になってしまった今日、これ以上何かを強請る事は出来ない。シャンクスとベックマンに視線を向けて、礼を言って帰るだけだ。

 ……もっと、ウタと過ごしたかった。と、心でそこまで考えた時、はっ!として諌めようとするのに諌められない現実。

 心の中ではあるけど、本音が溢れ出す。だって、ウタが可愛いのよぉぉぉ!!

 そう、一昨日こんな事があった。いつものように皆の間を駆け回ったウタが、私がペンを動かしてるのを見て寂しそうに服を掴んだ所までは、周りから聞いた話。

 

 「ナミ……うたと、おふろ……はいろ?」

 「そうね。入りましょう!」

 

 ウタの呼び掛けに即座に反応すれば、その場に満ちるのは男達のザワメキ。いくら呼んでもいつもは無駄なのに……なんて聞こえた気がしたけど、ウタだけは特別扱いで当然である。

 可愛いウタをこんなむさ苦しい男達とお風呂に入れるなんて、許されないわ。髪の毛も傷んでたのよ!?

 一緒に入るようになってすぐはウタが皆に嫌われたのかと落ち込んでたけど、今はもうそんな事も無い。これまでは基本的に、シャンクス、ベックマンさん、ホンゴウの誰かと入っていたのに、突然余りよく知らない余所者と入れとか言われたら、確かにキツイだろうと思う。

 でも、私と共に入るようになれば、見る間にウタの髪質は良くなり、肌の状態も良くなって行く。そうなれば歌手を目指してるウタは、同年代の女の子だと言うだけではなく素直に私を慕ってくれるようになった。

 こうなってしまえばもう、日常的に向けられる笑顔に私が勝てる筈なんて無かったのだ。甘えるように、わざとなのか油断するとなのかは不明だけど少し舌っ足らずに話す時と、お願いがある時に呼ぶママの呼び声が私の心を掴んで離さない。

 ノジコが世界一可愛いと思ってたけど、負けずとも劣らない可愛さ……!ああああっウタが愛しいっ!

 

 「ウタ……可愛い!」

 「ナミもかわいいよー!だいすきー!!」

 

 そのまま抱きしめ合い、早く風呂行けと追いやられた私達は仲良くお風呂を楽しむ。当然、ウタが水没しないように見ておくのは私の役目。

 その間に表ではどんちゃん騒ぎが始まって、楽しそうに酒盛りしてるのが伝わって来る。それに顔を見合わせて笑ったのは、今回は何人が裸でひっくり返ってるだろうかと思うから。

 

 「もー……コドモなんだからァ」

 「そんな所が可愛いんでしょ?」

 「さっすがナミっ!分かってるー!」

 「ふふ、ウタは本当にかわい……ウタ、下がってて」

 「え?」

 

 その瞬間風呂場のドアを蹴破り入って来たのは、明らかに赤髪のメンバーでは無い汚い奴ら。咄嗟に石鹸をその足元に滑らせつつ、ウタを左腕で抱き上げる。

 そんな時、私とウタを見て明らかに残念そうな顔をする男達。けれども直後にウタの髪色を見てまさか……と呟いたので内心で舌打ちしてしまう。

 間違いなく気付かれたわね。ウタの特徴的な赤い髪は、シャンクスの娘だと伝えているようなもの。

 ニンマリと笑って足を踏み出した男が石鹸でバランスを崩した所に、熱湯シャワーを向けてやれば慌てて逃げようとして背後にいた別な男が邪魔で混乱状態に陥る上に、足元は石鹸で泡立ち下手に動けなくなっていく。それでも私の顔を見てその目をギラつかせた男達は、美少女の価値をちゃんと分かっているのだろう。

 ここで、ウタの価値をこれ以上高める訳にはいかないからと、そっと抱き上げる腕に力を込める。それだけで慣れてるらしいウタは、私の首に両腕を回してくれるので少し楽になった。

 敵は……四人。武器は無い。

 こんな事なら、何か持って入るんだったわ。あの酔っぱらい共、入浴中の乙女を守れないなんて……使えないんだからっ!!

 脳内でいくら責めても、結果は変わらない。仕方なく私はお風呂用の椅子と風呂桶の端へと足をかけて、空気窓である天井近くのそれへ右腕を伸ばす。

 当然身長では無理だけど、それぞれジャンプしながら足場として使って飛び上がるなら可能。そうして窓から表に出ると、真下にいた他所の海賊の上へと落下した。

 予想外のそれに上手く気絶してくれたから、そいつから服を剥ぎ取りウタに被せると、その腰にある武器へと手を伸ばす。確認すると三発残った銃とサーベルだったのでサーベルを口に咥えて、右手に銃を構えてウタを左腕で抱き上げると、駆け出した。

 敵の進入を許してない部屋にウタを入れて、その部屋の入口で私が戦うしかない。そう思うのに、廊下を曲がる度に現れる雑魚達に仕方なく銃をぶっぱなしていたら音で集まって来る上に、銃弾が足りなくなる。

 仕方なくて銃を顔面めがけて投げてから、口に咥えていたサーベルを右手に持ち変える。銃を投げた事でバランスを崩し視界と意識を持って行かれてる相手にサーベルで斬りかかり、その腕の健を切って突き進む。

 一秒でも早くウタを保護しなきゃ。でも、既に囲まれて……。

 流石にこの身体に体力があるとは言っても、自分より少し大きな子供を一人抱えての大立ち回りはキツすぎる。早くしないと、私ではウタを守りきれない……!

 でも、今ウタを守れるとしたら……それは私だけ。廊下と私の隙間にウタを降ろして、そっとサーベルを構える。

 背後にウタを庇うから、動きは制限されてしまうけど、それでも両腕を使えるのと、待機中に体力を消耗しないのは利点。だけど大人の男が振り下ろす剣を、使い慣れないサーベルで受けるのは限界があるのは間違いなくて……。

 私は良い。斬られて死んだなら、それは海賊として生きてる以上仕方ないから。

 でも……ウタは、まだ死なせられない。こんなにも幼い女の子を、ここで傷付けさせたくないのよっ!

 何度かの打ち合い、そして、何人をこの場で沈めたのか。返り血で自分が汚れても、ウタだけは守ると決めたのに……手が、足が、もう……!

 小刻みでは無く震える。感覚が、次第に失われていくのを感じて、ウタを守る為に最後の賭けに出た。

 

 「誰かっ!ウタを助けてっ!!」

 「よく守ってくれた。もう、大丈夫だ」

 

 降ってきたのは、真っ黒な布と聞きなれた声。泣きそうになって、でもまだダメと気を引き締めると、布越しに抱き締めてくれる腕がある。

 その腕から消毒液の匂いがするから、誰なのか見えなくても分かってしまう。それにはウタが先に反応した。

 

 「ホンゴー!!」

 「ウタ、よく邪魔しないで護られてたな。偉いぞ」

 「私、戦えないもん!」

 「ああ、ウタは戦わなくていい。俺達が必ず、守ってやるからな」

 

 その会話が、ウタの笑顔を引き出す。なんとも尊い声だと思う。

 そう思って笑っていたら、ウタが引き取られて心が楽になる。これなら、まだ戦えるわ。

 布から顔を出して、そのついでに顔についた汚れも落ちれば目の前がクリアになるかと思ったのに、次々流れて来るから、ちゃんと拭く。赤いそれが落ちてこなくなった時には、頭から被せてもらった布が変色してたけど……そこは気にしてる場合じゃないので、そっとサーベルを構える。

 この武器を高く掲げるような構えは、私にはまだ早いと分かってる。けど……突撃するには空気抵抗が無いし、そうとしか見えない構えだから動きを変えれば視界から消えやすくなるので案外便利。

 そう思った時、拭いてる間に現れたシャンクスが振り向きもせずに言う。いつの間にか、背後に庇われていたらしい。

 

 「ホンゴウ、ナミとウタを任せた」

 「守るのはウタだけでいいわ。私はまだ、戦える……!」

 「その姿で、これ以上戦わせられるか。……さて、ナミとウタの裸体を見たんだ……覚悟は、できてんだろうなァ?」

 

 私はこうして、シャンクスの父性愛の強さを思い知る。でもそれより……また、お風呂入り直さなきゃね。

 そう思ってウタに笑いかけると、背後から迫る敵の姿。それに声を出すより早く、ホンゴウは私の持っていたサーベルを奪い、振り向きざまに簡単に切り伏せてしまう。

 それに声も出せずにいた私に、振り向いたホンゴウは笑った。いつもの明るい笑顔と歯の抜けたその口は、戦闘中だと言う事を忘れさせられそうな程。

 

 「ナミ、悪かったな。誰が風呂場に行くかで揉めてる間にこんな事になっちまって。ナミが居てくれて、良かった」

 「私は、でも……」

 

 守りきれなかった。私だけなら、ウタを喪っていたわ。

 後少しで、私は、ウタを守れずに……。ウタは、殺される方がマシという思いを味わった危険性だってあったのよ。

 そう思うと悔しくて、掌は自然と握り拳となって行く。そんな私の頭を撫でながら、ウタを優しく抱き上げているホンゴウはいつもとは違い、妙に大人に思える。

 

 「今、風呂場でルウが調理中だから、後片付け終わるの待ってもう一度風呂だな」

 「そうね、ウタがバッチィ服で汚れたもの」

 「……ナミ、お前のが酷い汚れだからな?…なァナミ、俺達の娘を守ったんだ。誇ってくれ」

 「駄目よ。私が居なければ、皆のうちの誰かがお風呂に入れてたから、こんな危険な目にあわせる事も無かったのは間違いないんだから」

 

 首を横に振る私は、まだ頭を上げられない。顔を見るのが怖いの。

 さっき、シャンクスが怒ってた。修行つけてもらっておきながら、守りきれなかったから……怒ってたんだわ。

 情けない。ウタ一人守れないで、どうやって村の皆を守ったらいいんだろう。

 

 「……幹部が風呂に入れてたら、そうかもな。だが、その場合は俺達も武器は無かったんだから人数によってはキツかった筈だ。……お前、新人達よりずっと強いぞ」

 「足りない。私、これじゃ足りないの……!」

 「そっか……なら、もう少しどうにかならないか、お頭達と話しといてやるよ。……俺も、幹部だぞ。少しは発言力あるからな?」

 「ありがとう……」

 

 泣くのを耐えて顔を上げれば、ゆっくり風呂楽しんで来いと笑いかけられて、その頃には私達を取り囲んでいた男達は物言わぬ肉塊に姿を変えていた。充満する生臭さと鉄臭さに、ウタが気持ち悪そうにしてるから慌ててお風呂場へ向かう。

 お風呂場での調理と言う言葉にウタは首を傾げてたけど、私はそれを理解できないフリすら出来ないほどにこの世界に染まってる。少しだけつらそうな様子を見せるウタに、今日はスキンケアやマッサージも丁寧にやろうねと笑いかけて笑顔を引き出すけど、私の心には暗雲が立ち込めていた。

 こうして私は、シャンクス達の足元にも及ばない事を痛感させられながらも、綺麗に掃除された後のお風呂でウタと気持ちを落ち着かせたのだ。ウタを守る為に私が人を傷付けたと言う事実に、震えそうになるのを耐えながら。

 そんな風に思い出しながら視線を上げてシャンクスを見た瞬間、視線を受け止めたシャンクスの腕が伸びてきて私を捕らえると頭をわしゃわしゃと撫で回される。何なんだとその手を振り払おうとするけど、全く敵わない。

 

 「ナミ~!このまま俺達と旅しようぜ。な!……一生大切にするから」

 「無理よ。私には守るべき人達がいるの。この身を犠牲にしても、命を犠牲にしても、笑っていられるくらい大切な人達が」

 「俺も一緒に守ってやるからさ」

 「……私が十八歳になるまで東の海(イーストブルー)を出ない覚悟があるなら、受け入れてもいいわよ?」

 

 空気が凍ったのが分かったけど、私も退けない。確かナミちゃんはルフィと行動する時、十八歳だったもの。

 なら、最悪その時まで村を離れられない。ノジコはあの時、アーロンの支配から何年と言っていただろう。

 思い出せない。それが思い出せれば少しは違うのに。

 その時クーちゃんの姿を見付けて、私はスルリとシャンクスの腕を抜け出して駆け出す。クーちゃんは私に気付くと、ベリーの入った袋と封筒を差し出して来た。

 それらを受け取る代わりに、私は暇を見て書いていたレシピ本にしようと溜めていたそれを渡す。本が完成したら、ベルメールさんに直接届けてもらわなきゃと少し頬が緩む。

 

 「少し重いけど、平気?」

 

 問い掛けると頷いてくれるから、その頭を撫でてから新聞も受け取る。新聞にはまだ、特別気になる動きは書かれていない。

 ……まだ、今の時間軸だとオトヒメ王妃は生きているのかな。場所が深海では、手紙を届けて貰って注意を促す事も出来はしないけど。

 もしもそれが出来れば、根本的な事から変わるかも知れないのに。そう思った時私が受け取った封筒を奪い取る腕があり、咄嗟に奪い返そうとするけど身長が足りなくてどうにもならない。

 

 「シャンクス!返して!」

 「……気になってたんだよ。ニュースクーがナミにだけは、妙に懐いてるしさ」

 

 そう言って勝手に取り出したのは、私が許可するべき書類と譜面。その作詞及び作曲者の名は〝宝玉〟。

 それを覗き込むようにして見たベックマンや他数名が驚いたような顔をしているので、嫌な予感がした。ベックマンは私をじっと見詰めて、凄いなと言うけど、これ盗作ですからとは言えない。

 私は他人の曲を勝手に譜面におこして、それで商売してるだけですから!と、言えたら楽だけど、それの元は誰が作ったと聞かれたら、それこそ困る。だから私は黙る事で誤魔化そうとしたのに、誤魔化されない賢い男がいた。

 

 「……最近、童話を出版する傍らで、作詞作曲をしている彗星の如く現れた謎の新人作家として、有名な人間の名前だな。〝宝玉〟さん?」

 「へー……宝玉さんって、そんな風に言われてたんだ?私、出版社に知り合いがいるから一足先に見させて貰ってるの。ほら、笛吹いたりするの好きだから!」

 

 誤魔化せないかなと無謀な事を思いながら口にした言葉は、書類をひらりと示されただけで撃沈する。これを出版して良ければ、ハンコ下さいってやつだから。

 私は諦めの境地で溜息を落とすと、仕事だからそれ返してと言ってシャンクスから封筒の中身を受け取る。あまりクーちゃんを待たせられないので、譜面に間違いが無いかを急いで確認して行く。

 途中二箇所のミスを見つけたので、胸元にしまっていたペンでそれに修正を入れてから、メモ紙にこれを直したら出版して良しと記入して、修正された譜面を送って来るようにとも付け足す。

 本人である証拠の印を書類に押して、今回は料理のレシピ本をこれで出せないかと言う打診だと書いたメモも添える。それを封筒に入れてカモメに渡せばカモメはそれも受け取り、一枚の紙を出て来た。

 見ればベリーの内訳と金額に間違いがないかの確認書類で、その場でササッと計算した私は、その書類にも印を押して返す。思ったより売れているらしい事が売上から判断できて、少しホクホクした気持ちでクーちゃんを見送ってからハッと状況を思い出した。

 ギギギギギッと音がするのではないかと言うような動きで振り向くと、楽器を構えた赤髪のクルーとシャンクスが瞳をキラキラと輝かせており、ウタが両手を突き出して譜面を求めてるのが分かってしまう。視線を動かしてベックマンを見れば、楽しそうにニンマリと笑っているのが見えた。

 これは不味いと判断した私はにっこりと笑って、お世話になりました!と言い残して自分の船に飛び移ろうとして……捕えられた。くそぅ!

 それからベックマンに問い詰められて、お金が必要で子供でも安全に稼げるから作詞作曲と童話の作家をしているのだと言えば、天才かと呟かれた。でも、違う、これは盗作。

 勿論そんな事は言えないけど、お金が必要なのだから仕方ない。それから演奏して欲しいと言われて、楽器を借りての演奏会となった。

 一度演奏すると、譜面を見ていた人達が今度はドラムの方をと言うので、それを他の人達の演奏に合わせる形で行えば、歌えるかと聞かれて、ドラムを叩きながら歌う事になった。歌い終えると、こんな曲になるのかと感心した様子で言われてやはり仲間にと騒がれる。

 その合間合間でウタも歌うー!と言われればウタにもそれを見せて、譜面の読み方を音楽家が教えるのは自然な流れ。ウタは初めて見た!と喜んで鼻歌で歌い出すけど……上手すぎないか?

 一通り確認してから、楽しそうに歌う姿を見てしまえば絆されそうになる。ウタは手にした数曲を歌い終えると、笑顔で私に抱き着いて来た。

 

 「ナミ!大好き!あのね、もっといっしょにいたいの!ね、良いでしょ」

 「ウタ……」

 

 ルフィの宴好きと、音楽家への希望が強かった要因が彼等なのだから当然だけど、新しい音楽に彼等は興味津々だ。でも、いつまでも遊んでる暇は私にはない。

 ウタは可愛い。愛しいし、共に居られたらと思わなくもないけど、私には守るべき大切な人達がいるのだ。

 ウタには、守ってくれる人達がいる。でも、村の人達には……そんな相手はいないのよ。

 だからそっとウタと離れて、それでも私の腕を掴むライムジュースを睨み上げる。それだけでビクッとしたのに、手は離そうとしないのだから強いと思う。

 

 「……いい加減にして!私は強くなって守らないといけないのよ!大切な人達なの!邪魔しないで」

 「ならナミ、俺達もまだ暫くは東の海にいるから、その間は仲間として行動しないか?その間は当然修行を付けてやる」

 

 シャンクスの声に肩が揺れる。そんな私の腕をライムジュースがそっと離したけど、それは私がちゃんと話を聞く体勢に入ったからだと思う。

 修行を付けて貰えるのはありがたいけど、仲間になるのは正直勘弁して欲しい。それが顔に出ていたのか、ベックマンは更に条件を付け足してきた。

 それは仲間とは言ってもこれまで通り、小船は紐で運んでおくし、東の海にいる間だけこの船に乗っていればいいと言う破格の待遇。海図や地図を描く時間と、修行の時間は確実に確保してくれると言うし、仲間だからと何か役割を持たせるような事もしないと。

 それならば何の為に仲間という肩書きを与えたいのかと聞けば、ウタはシャンクスの娘としているのだからその友達である私も同等の扱いをする為に必要だと言う。それでは私だけが得するのではないかと思っていたら、小声で……シャンクスがナミと居ると船長として存在してくれるから助かる……なんて言われる。

 ……シャンクスって元々、そんなにクルー達に苦労かけてばかりだったのかと呆れた視線を向ければ、何故か泣かれてしまった。そんな訳で私に都合のいい条件で、暫くの間仲間もどきとして行動を共にする事になったのだ。

 ウタは喜び、作詞や作曲のやり方を聞いて来るのでまずは文字を覚えなきゃねと教える事になった。これは譜面は問題なく読めるのに、歌詞の読み方を時々間違えてたからなんだけどね。

 耳で覚えるから、文字を覚えるのが苦手なのかも。……ウタは極端に、耳で覚える能力が高いのでこの現象が起きてるのだろう。

 天気が荒れる時、嵐が近くに来る時、それらを航海士や操舵手に伝える他はウタと遊ぶばかりで、貢献らしい貢献を私はしていなかった。けど、シャンクス達は約束通り私を鍛えてくれたし、海図や地図を含めて他の多くの物も自由に描かせてくれたのだ。

 シャンクスの机で色々な物を描いていると、ベックマンが本当に勤勉だなと褒めてくれて、貢献してないのに食事の提供を受ける事を気にしていた私に笑ってくれた。私がどの武器でも、ある程度戦えるようにとシャンクスから扱かれている姿は、クルーの怠ける気持ちを消し去るのに都合がいいのだと言う。

 そんな日々の中で、同じベッドで寝ている私の髪を弄るシャンクスが困ったように言った。彼はどうやら、この髪がお気に入りらしい。

 見ればウタは私の腕の中で幸せそうに眠っている。シャンクスもそれがわかって、言葉を口にしたのだろう。

 

 「ナミに最初に会った日に、売るつもりかと言われただろう?」

 

 私がそれに頷くとシャンクスは正直に、美少女だが売って金になるとは思ってなかったと言う。それでもそれから少ししたら、子供だからと舐めてかかれない程の実力を持っていたから、真剣に修行を付けて行ったのだと教えられる。

 その上で、私が海図を描いているのを見て天才だと判断して、これは売れると気付いたから、自衛の為にと覇気を本気で教える事にしてくれたのだと言う。更にはすでに出版している物を見て、手放したくなくなったのだと。

 甘く囁くように言われても、シャンクスは幼女趣味なのかと尋ねるのが精一杯。ここで本気にしたら、泣きを見るのは私だ。

 二十代後半の男が、六歳の子供に本気で恋愛してるなんて思える筈もないし、今の私よりも一歳だけとは言え歳上の娘もいるのだから。そうして適当に流して、出版出来そうなものは片っ端から出版して行く私は、シャンクス達に連れられて運命の出会いを果たす事となる。

 ただし、その前一年程前の段階での出来事は大切だろう……。いつもシャンクスが私とウタを部屋に閉じ込めてから、何かと対戦し始めたのは悔しかったけどそれはどうにもならない。

 私は未だ、基本的に実践をやらせては貰えないのだ。ウタは戦えないから分かるけど、私が戦わせて貰えるのは接近を許し過ぎてしまった時に仕方なくと言うものだけ。

 ウタは見張りをしたり隠れたりして上手くやり、私はウタを任される形で共に守られてしまう事が多い他は、自衛程度の戦闘だ。できるだけ致命傷にならないように倒すのが、彼等には危なっかしく見えるらしい。

 だから今回もウタと共にシャンクスの部屋に閉じ込められてる。そのドアの前には、斧事件の青年が仁王立ちしてる筈だ。

 それは私が荷物だという何よりの証拠。それが悔しくない訳は無い。

 それでも我儘は言えないし、今回に限って言えば私とウタはこの戦いの後でプレゼントを貰える事になっている。いつも良い子にしてるからご褒美、なんて言われてるけど……何をくれるんだろう?

 

 「シャンクス、何くれるんだろうね?……ナミは、最近何が欲しいかとか、聞かれた?」

 「聞かれたけど、無理だと思う様な物しか言ってないわ。ウタは?」

 「私も、難しいだろうなァ……。聞いた事も無いから、私の欲しい物」

 「私もよ。そうなると……ぬいぐるみとか、洋服とか、あ……!宝石かな?」

 「ああ!その辺が妥当な見立てよね!シャンクスは手抜きが過ぎるわ!!」

 

 まだ渡されてもいないのに怒り出すウタに、こらこらと言っておく。でも実際、手に入る訳無いのだ。

 私が求めたのは、クリマタクト。ウソップが宴会の盛り上げアイテムとして作ってくれた物をナミちゃんが勝手に武器にしたのをきっかけに、その後改良されて武器となるのだから。

 つまり、今この世に存在する筈の無い物だわ。……でもなぁ、やっぱり欲しいのよね。

 

 「ねえナミ!」

 「なぁに、ウタ?」

 「私も描いてみたの!……小さい時にね、皆が歌ってくれた子守唄から作ったんだけど……どうかな?」

 

 それは『私が大好きな海賊』と書かれた曲。それは応援歌であり、背中を押すような楽曲でもあった。

 完成してると言えばしてるんだけど、いつも文字と向き合ってる私には、同時にただ好きな単語を並べているだけに見えてしまう。そこで、なんと言うべきか考えていたらウタが泣きそうな顔で私を見詰めて言う。

 

 「ナミ、この歌だとどうかな!?何かダメだった!?」

 「厳しい意見と、優しい意見どっちがいい?」

 

 甘やかすだけなら、素晴らしいと言えばいい。確かにそれも間違いじゃないから。

 年令を考慮しなくても、この段階で十分に素晴らしい曲だわ。でも、海賊を主人公にしてるのか、それとも……それを見てる人を主人公にしてるのか伝わらないのだ。

 宴か何かなのだろうとシーンの推察はできるけど、それだけ。明るい応援歌であっても、それを聞いて楽しくなれるかは、海賊を好きかどうかで大きく変わるし伝わりにくい表現も多い。

 じっと見つめる私に、ウタは真剣な表情を向ける。恐らく、決意を固めたのだろう。

 

 「……厳しい方」

 「宜しい。これだと、歌の主人公も背景も感情も何も伝わらない。妄想を文字にしただけでは、誰にも伝わらないわよ」

 「そんなの、どうしたら……」

 

 見るからに落ち込むウタの頭をそっと撫でる。それでも顔を上げないし、髪の毛は下がったまま。

 そもそも……元来ウタはバラードが得意なのに、どうして急にラップなんで作ろうとしてるのかな。まぁ、作りたいなら協力はするけど。

 

 「突然シャンクスから電話が来て、この歌詞を突然言われたとして、意味が伝わる?」

 「え?……無理だと思う」

 「歌は誰が聞くの?不特定多数が聞いて、意味が伝わらなければ、それは共感も感動も生まれないのよ」

 「あ……」

 

 驚きと絶望をその表情に浮かべる。それが申し訳ないけど、この子はちゃんと教えれば伸びると分かるから手抜きはしたくない。

 この先、海賊じゃなくても何があるかなんて分からないのだから、海賊である私達には安全で確約された未来は無いのだ。だから……自力で生き抜ける力をウタに持って欲しいの。

 

 「歌詞を突然読み上げられて、意味が伝わるような歌詞を書くようにしてみて。まずはそこから。曲を作るセンスは完璧なんだから」

 「でも、私は主人公とか考えてないよ!」

 

 心のままに歌って、あのクオリティなのか……と、ビンクスの酒よりも多く歌ってる曲達を思う。優しくも物悲しいあれは、ウタの心の叫びや寂しさから来るものなのかも。

 なんと言ってあげればいいのか分からなくて、唇を噛む。その時ウタが笑顔で顔を上げた。

 

 「ナミは厳しいなあ!でも、シャンクスと同じ位ナミの事も好きだよ!」

 「ありがとう、いつも戦いになる度に船内に閉じ込めたり、島でお留守番させて……ごめんね」

 

 そう、私はそれでも戦えるからと時々は戦わせて貰えたり、時には連れて行ってもらえる。でも、ウタは完全に閉じ込められるか、お留守番。

 良くて……見張りが精々。それだって、誰かが真横についててくれる訳じゃないのだ。

 イザとなればシャンクスが助けられると判断してる距離にいる時ではあるけど、結局ウタから見れば放置されてる事に変わりは無い。私は今、ウタになんと言えば、良いのだろう。

 

 「ナミ……私、これ、バラードにする。それでね、主人公を作ってみるよ」

 「ウタ……?」

 

 真剣な顔で譜面を見てるウタのそれを、私はまだまだ甘く見てたのだと痛感させられる。そうだ、ウタはプロなのだから中途半端な向き合い方をしちゃいけない。

 私は盗作してるだけのアマチュアだけど、教えられる事は全て教えよう。後は、この子の才能を信じればそれだけで良いんだわ。

 

 「ウタ……私が、笛を吹くからそれを聴きながら心を空っぽにしてみて。そうしたらきっと、歌詞は勝手に生まれてくるわ」

 「うん!ありがとう!!」

 

 ウタが笑う。だから私は、ウタの作った曲を吹き続ける。

 ウタはただ、それを聞く。転がったり立ち上がったり、しゃがんだりと色々しながら聞いて、そして……突然言った。それは、私が海図を描く時のそれと何処か似ている気がするわね。

 

 「そうだよ、私は〝風〟として、皆を見ていて……そして、その〝風〟は〝歌〟でもあるんだ!」

 

 ウタは紙を取り出して、ペンにインクを吸わせるとサラサラと書き始める。感情を剥き出しに書くそれは、波打ちながらも次々に言葉になって行く。

 ウタの髪が上がる。それは、テンションが上がってる証拠。

 

 「だったら、これは……!!題名が……!」

 

 目の前で天才が開花した。これは、奇跡の瞬間。

 この曲が、この子の処女作と言えるだろう。それでこのクオリティとは、恐れ入る。

 単語の寄せ集め……なんて、もう言えない。生半可なプロなら、裸足で逃げ出しかねないレベルの作品。

 

 「できたっ!『風のゆくえ』!!皆が私に歌ってくれた楽しくて優しくて、でも……今は悲しくもある歌」

 「頑張ったね……」

 「ナミ、聞いて!最初に聞いて欲しいの!それで、感想教えて」

 「勿論よ。ウタ……聞かせて」

 

 そうして始まったのは、子供が歌ってるとは思えない神曲。これを、神曲と言うのだと私は心から思ってしまう程の物。

 私は、比べるのも烏滸がましい存在でしかないと思い知らされる。ウタもシャンクスも……ううん、この赤髪海賊団の人達の誰の足元にも、私は及ばない。

 そんな現実に打ちのめされていた時、ドアが開かれて困ったような顔をするシャンクスの姿。ウタは嬉しそうに飛び付き、素直に甘えるから……だからこそ、思う。

 ベルメールさんと、ノジコに、逢いたいな。元気に、してるかな……と。

 

 「お前達、隠れてんのに音楽会されたら意味ないだろ?何考えてんだよ」

 「できたのっ!私の歌っ!!」

 「〝私の歌〟?どういう事だ?」

 「ナミに、少し直して貰ったけど……自分で作った、私の歌!」

 

 ウタがはしゃぐそれを見ながら、ウタが書き上げた譜面をシャンクスに手渡す。すると、シャンクスが目を見開いて……破顔した。

 愛しさを溢れさせる微笑みで、ウタを優しく見つめながら頭を撫でる。……そう、素人目にも素晴らしいと分かるこの曲は……きっと世界に満ちる曲になる……と、信じられるようなもの。

 

 「シャンクス、褒め称えてあげて。さて……と!早く演奏会を開かなきゃね!ウタは天才だわ!可愛くて天才!!こんなに可愛くて天才とか、世界が放って置かないわね。……でもまずは、皆に聞かせてあげないとっ!!」

 「……ナミ、お前、本当に親馬鹿みたいになってんな」

 「シャンクス達には言われたくないんだけど!?」

 

 そんな会話をしながら甲板に向かえば、ウタはシャンクスの腕に座って、肩に手を置いたまま笑う。幸せそうに、楽しそうに。

 その姿に私とシャンクスは喧嘩を辞めて、ウタが可愛いと、天才だと褒め称えていく。それを受けてウタは流石に恥ずかしい……なんて頬を膨らませるけど、それもまた可愛くて笑顔が途絶える事はなかった。

 皆の足元にも及ばなくても、足元をこうして着いて歩く事はできる。今は、それで良いんじゃないか……と、漸くそう思えるようになって来た事で、私の心は少しだけ浮上して行く。




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