※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して   作:夢枕 七変化

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一緒に死んで

 敵が目の前にいるのに平然と口説いてくるサンジ君のその姿には、誰もが言葉を失った。けれど冗談抜きで、メロリンとしたモードじゃないサンジ君のこうした台詞は、心臓に悪い。

 いや、もしかしたらサンジ君的には口説いてるつもりは無くて、日常会話なのかも知れない。だとしたら、いや、だからこそ、女の子の心を掴めるのかもしれないわね。

 サンジ君は何処か、今の私の両親に似ているといつも思っていた。煙草を咥えて料理したりする姿がベルメールさんと重なるし、お洒落なのに、足のスネ毛は処理しない所がゲンさんと似ている。

 そして何より、優しい所が二人に重なるから……だから……。願ってしまう。

 

 「サンジ君には、無傷でいて欲しいのよ。私の両親と似てるからね」

 「両親って……」

 

 サンジ君が言葉に詰まっているから、私は視線をベルメールさんとゲンさんに向けてから、サンジ君に笑いかける。家族は、私の存在理由。

 大切で愛しい家族。自分なんか捨てても構わないと、本気で思えるくらいの。

 大切だから守りたい。守る為に離れるしかなかったウタの事は心配だけど、やっぱり大切で愛しい家族である事に違いは無いのよ。

 

 「ベルメールさんと、ゲンさんを足して若返らせたらサンジ君になると思ってる。だから、私は守りたいの。サンジ君の勝手があるように、これは、私の勝手」

 「……っ!……ナミさん、それは卑怯だよ」

 

 素直に笑いかけるとサンジ君が言葉を詰まらせるから、恐らくゼフさんと死んだお母さんを思い出したのだろうと検討をつければ、勝手に表情が緩む。だからその勢いで言う。

 今なら素直に、皆に手を引いてもらえるかも知れない。大丈夫、もう気の迷いは落ち着いたから、私一人で戦えるわ。

 

 「そんな訳だから、皆には怪我をして欲しくないの。ルフィ……分かってくれない?」

 「ナミ、これは……俺の喧嘩だ。ナミを泣かせた奴は何があっても許さねェって、ガキの頃から決めてんだよ」

 「でも、私泣いた事なんて無かったじゃない」

 「……あったよ。一度だけ」

 

 記憶になくて困惑してると、ルフィが言う。今でも怒ってしまうと言わんばかりに、怒気を漲らせながら。

 

 「ウタを島に置いて来たって話をした日の夜、ナミは寝言でウタを呼んで泣いてた」

 「それはっ「だから俺は、シャンクスと喧嘩したんだ。詳しく聞こうとしたら怒鳴られて、悔しくて喧嘩したってのもあるけどよ」」

 

 大人気なくシャンクスがルフィに八つ当たりして、シャンクスを叱って、ルフィを探しに行こうとしたらベックが様子を見に行ってくれた日の事を思い出す。あれは私の為に戦ってくれてたの!?

 驚いて声が出せなくなった私の耳元でルフィが喋る。美声が耳朶を擽るのは、力が抜けそうになるからやめて欲しい。

 

 「ガキの頃から何度も言ってるだろ。ナミは俺のものだ」

 

 ルフィが私にそんな事を言う。そして私をぐるりと掴んで空高く持ち上げて、村の人達の所へと吹き飛ばした。

 何とか受身と覇気を使って無事に着地した私に、ルフィは振り向きもせずに言う。その背中は、私が庇っていた小さなものではいつの間にか無くなっていて……。

 

 「俺はいつまでも、ナミに守られてるだけの弟でいるつもりはねェ。たまには大人しく守られてろ!」

 「ルフィ……」

 

 私は名前を呼んでから少し間を置いて、その背中に語り掛ける。だってその背中が、意思を曲げるつもりは無いと明確に告げているから。

 ルフィもまた、一度決めたら絶対に意見を変えないタイプなのだからそこは仕方ない。これは私が折れなければ、どうにもならないとわかる。

 

 「じゃぁ、今の内に少し手当しちゃうわね。流石にこのままは、不味いかもしれないから」

 「おゥ」

 

 ルフィが答えるのと、魚人達が暴れ出すのは同時だった。私はそれを黙って見守る。

 そして多少の不安を隠しながら、サンジ君から借りてる上着を脱げば肩を顕にした瞬間に、村の人達がザワついたのがわかる。その中から慌てて飛び出して来たドクターが、適当に治療しようとしてた私の腕を掴み止めると、即座に治療を始めてくれた。

 

 「ナミ、これはどうしたんだ」

 「……自分でやったのよ。大した事ないわ。だから、気にしないで」

 「ナミ……いつも、すまん!」

 「ドクター?」

 

 私が自分でやったのに、それも伝えたのにと思えば、何を謝られているのか分からなくて首を傾げる。すると、ドクターは手早く治療を終えて包帯を綺麗に巻いてくれた。

 それに「ありがとう」と言ってから、視線を四人の方へ向ける。幹部は三人、そして船長のアーロンだから雑魚を除けば戦える人数は同じ。

 ゾロはクロオビと、ウソップはチュウと、サンジ君はハチと戦いはじめて、ルフィは雑魚を蹴散らしつつアーロンと対峙する。その戦いの中でルフィが海に沈められると、流石に私も座ってはいられなくて立ち上がった。

 そんな私を横目にノジコとゲンさんがルフィを助けに行くと言い出して、それに私が参加しようとしたら、私が居なくなるのは目立ち過ぎると止められてしまった。ベルメールさんに視線を向けると、村の人達が銃等で参戦しようとするのを止めている姿が見える。

 それに協力するべきかと考えた時、ドクターがその一団に入り込むのが見えて無用かと判断する。彼は、ただの優しい老医師では無いのだ。

 

 「ナミの時に足を引っ張ったのを忘れたかっ!」

 

 ドクターの言葉に若者達が動きを止めて、皆が銃を下ろすとベルメールさんがドクターに「ありがとう」と微笑んだ。それを見て私は、皆はもう大丈夫そうだと判断して、視線をゾロ達に戻す。

 いつの間にかゾロはハチを、サンジ君はクロオビを相手にしている。ウソップはチュウを引き連れて、この場を去っていく。

 私達にチュウが攻撃しようとしたのをウソップが止めてくれた時は、本当に驚いたけど……結局ウソップは優しいんだよね。そして私も、震えてばかりもいられないと戦う為に覚悟を決める。

 今アーロンはフリーになっているから……。アーロンにルフィを殺させない為には、私がアーロンと戦うしかないだろう事は分かる。

 アーロンに視線を定めれば、アーロンが怒りに燃える視線を向けて来る。視線が、絡み合う。

 この空気は、随分久しぶり。初対面で、私が魚人の腕を切り落とした時以来かしら。

 

 「ナミ、俺に逆らうか」

 「えぇ……でもね、それを選ばせたのはアーロンなのよ。私は、アーロンがたまに見せた優しさを、信じてた。勿論私が勝手に信じたのだから、裏切られたなんて言うつもりは無いわ」

 

 私の言葉に、アーロンが僅かに動揺したのが分かってしまった。僅かな反応で何を考えているのか分かるくらいには、共に過ごして来たのだ。

 何だかんだと言いながら、他の魚人達から守られてたと言うのは、今なら分かる部分もある。アーロンなりに精一杯私を守ってくれてたんだって。

 でも、ね、それでも許せない。村の人達を苦しめる結果を選ぶ事は、私には出来ないのよ。

 私がここでアーロンの元に残りますと言ったら、村の人達は自分を責めて、幸せにはなってくれない。それでは、私がアーロンの元に残る意味が無くなるもの。

 クリマタクトを手にアーロンの前に立てば、アーロンは忌々しいと言う。私はそんなアーロンに、容赦無く攻撃を仕掛ける。

 覇気を纏わせたクリマタクトから、電撃も放っているからアーロンもやりにくそうにしている。でも私が思っていた程には、私の動きは速度が出なくて躱されてしまう。

 そんな戦いの途中でアーロンが反撃に転じてきたから、私はいつの間にか防戦一方にさせられている。でも、私が受けられる威力である事から考えて、殺さないように手加減されてると分かってしまう。

 私が怪我をしているから、だいぶ加減してくれてるとわかる。だって、普段ならこれの数倍の威力だもの。

 何度も挑んで、その度に負けては折檻を受けた。傷跡が残らないように、その度に治療されて隠されたそれは虐待する親のそれに似ている。

 たとえ手加減されていても、アーロンからの攻撃を受ければ体力を無駄に消耗するから、防戦一方から躱す事にのみ全力を尽くす形に変わる。そうなるとクリマタクトに覇気を纏わせるのは無駄と思い、見聞色に切り替えた。

 チョコマカと逃げ回る私に、アーロンは相変わらず逃げるのは得意かと舌打ちする。その間にゾロはハチを倒していたし、サンジ君はルフィを助けに飛び込み、水中戦になっているのがわかった。

 叶うならばサンジ君を助けに行きたいけど、今はアーロンを止めておくので精一杯。でも……冗談ではなく、魚人相手に水中戦は不味いわ。

 

 「今度は何処の男をたらしこんだ?」

 「上着の事なら、今水中戦してる金髪の彼から借りてるのよ。誰かさんが突然破くから」

 

 憎まれ口を叩き合いながら、私はアーロンと戦う。アーロンの瞳が海王類のそれと似てきたのを感じるけど、今の所速度には対応出来てる。

 少しでも足止めして、戦いを終えた誰かと共闘する必要がありそうね。流石に一人だと、勝てそうにないわ。

 体力がちゃんとある時で、尚且つ怪我をしてなければもう少しまともに戦えたかもしれない。でも今は、そのどちらでもないから、それ用の戦い方しかできないのだ。

 どんな時に戦いになっても、負けは負け。そして敗北は皆の死を意味するのだから、簡単に諦められる筈もない。

 私一人なら死んでも構わない。だから特攻もできたけど、皆の生命を背負って、仲間と共に戦う今、その選択肢はないのよ。

 

 「分かってるだろうが、ナミは殺さねェ。お前を倒したら、両足切断して測量士として飼ってやる。……一生な」

 「それは、ゾッとしないわね」

 

 そのナミとアーロンが、表面上嫌味の応酬とも取れるやり取りをしながら行っているこの戦いは、村人には既に脅威でしかない。その事にナミが気付かないのは、師事した相手が強過ぎた事と、最低基準目標がアーロンである状態で、何年も戦い続けてきたからだろう。

 村人達は、戦いに一切手を出す事が出来ないままにナミを見守る。それにより、アーロンに襲われたあの日に自分達が本当にナミの邪魔をしてしまったのだと、気付いてしまったのだ。

 勝てなくても一太刀。殺されても一撃。

 そう思ってこの場に来た筈の村人達は、自分達を庇い戦うナミの姿に泣き崩れる者も出始める。それ程に、同じ村で生きてきたとは思えない実力差がそこには生じていた。

 幼い子供達は、自分達を守って犠牲になってるけど、負担を増やさない為に……と声をかける事を許されなかったお姉さんの戦いを、生まれて初めて目の当たりにして身体と心を震わせる。声援の一つだって今は邪魔になり得ると、気付いてしまったのだ。

 アーロンの拳が振り下ろされる度に、瓦礫が舞う。その瓦礫全てを躱しつつ、長い棒をクルクルと回して電撃を落とすナミ。

 長い髪が動きに合わせて動くけれど、その速度故に風の影響を受けないそれは現実離れしている。いつも胸元に入れていた折り畳まれた長い棒が、電撃を纏うなんて事は殆どの人が知らなかったし、アーロンでさえも厄介そうにしているのだから相当な威力だろう。

 戦っていると言うよう舞うような動き。それは美しく、無駄がない。

 目で追える動きである事から、出血の影響で速度が半減してると普段の動きを知っていればわかっただろうが、初見の彼等には分かろう筈もない。強くて優しいお姉さんが、何故今まで倒せなかったのかも戦いを目にして気付く。

 アーロンに一人で挑んだ時、他の援軍が来てはナミに勝ち目はないからだ。もしそれでも勝てるとしたら、ナミが殺す事を良しとした場合だけ。

 アーロンはナミを殺さないように注意しながらの攻撃を続ければ、無駄に自分の体力を消耗するだけと分かっていながら、それでもナミを殺すかもしれない攻撃は出来ずに、時間だけが過ぎていく。その時、大量出血の関係で呼吸を整えていた筈のゾロが、アーロンに横から攻撃を仕掛けた。

 そこから動きは変わる。私はアーロンに生まれた隙をつくようにクリマタクトで雷撃を放ち、アーロンはそれに小さく呻くと、手加減する余裕を無くしたアーロンにより吹き飛ばされた。

 私が壁に激突して土煙の中に私が姿を消せば、ゾロの意識が私に向けられてしまい、アーロンに捕らわれてしまった。私の責任だと慌てて身体を起こそうにも、血の足りない身体は言う事をきかないばかりか、視界を歪ませてくるのだから情けない。

 土煙の中で、咳き込みながらもアーロンに攻撃させないように声を張りあげれば、アーロンはゾロだけは今始末しなければとその腕を持ち上げる。その絶望的な光景に、身体に動けと命じながら必死で声を張り上げた。

 

 「やめてー!」

 

 私が縺れる足を動かしてゾロとアーロンの間に入るよりも、クロオビを倒し終えたサンジ君の乱入の方が早かった。それでも満身創痍のサンジ君が勝てる筈も、ゾロを解放できる筈もなく、打ち倒されて地に転がる現実。

 現状ウソップは今も行方不明で、ルフィは未だ水の中だ。私は原作の流れを思い出せないままに、ゆっくりとアーロンに近付いていく。

 アーロンに、皆を殺させる訳には、いかないのよ。どれ程絶望的な状況でも、諦める訳にはいかない。

 もう少しでアーロンの間合いと言う位置で、立ち止まる。そんな私に、アーロンは視線を向けて来た。

 ゾロは荒い呼吸の中で、私に唇の動きだけで「逃げろ」と言う。サンジ君も顔を上げて私に「やめろ」と言う。

 それを私は無視して、アーロンと対峙する。それに対して、アーロンは笑った。

 

 「ナミがもしアーロン一味に快く戻り、幹部として海図を描くというのなら、そこにいるココヤシ村の連中だけは助けてやってもいい!まァ……こいつらはダメだがな。暴れすぎた。要は、どっちかにつくかだ……」

 

 試すように言って私を見るアーロンの視線は、私から離れなくなった。それに対して、私は小さく笑う。

 だって、そんなの答えは決まってる。迷う時間すら不要だわ。

 

 「今の内に俺について村人と共に助かるか、この貧弱どもについて皆で俺と戦って朽ち果てるか!」

 

 決めろとその眼差しは言う。そして、トドメのように私に定められていた視線を周りに移しながら、舞台の中央に立つ主人公のように堂々とした様子で言い放つ。

 スポットライトはないけれど、きっとその心理状態はそんな感じだろう。己に陶酔しているとしか言いようがない。

 

 「もっとも、頼りのこいつらがこのザマじゃァ惨劇は目に見えてるがな!……ナミ!お前は俺の仲間か?それともこいつらの仲間か……?」

 

 決断の時は来た。でも、今の私には既に迷いはないの。

 今更ここで、私に仲間なんていない。手を組んでるだけなんて、そんな言い逃れをするつもりは無いわ。

 私はルフィから預かった麦藁帽子に、そっと触れてみるだけで気持ちは落ち着く。今まさに生命を奪われそうなこの状態でなお、私を気遣ってくれる二人が近くに居る。

 どんな状態であろうと……助けを求めた以上、皆の言葉を疑う訳にはいかないし、もしも負けたとしても、それなら運命を共にする覚悟は出来てる。ただ、ここでアーロンが麦藁の一味である、皆の事も助けるから帰って来いと言っていたら、どうしていたか分からないけれど……言われなかったのだから考慮する必要は無い。

 皆を関わらせてしまった以上、彼等を見捨てる選択肢だけは有り得ない。だから、私は村の人達を振り返り、力強く笑顔で言い切る。

 このままもし死ぬとしたら、全員一緒だ。遺される苦しみなんて、誰も背負わずに済む。

 

 「ごめん皆!私と一緒に……死んで!」

 「「「ぃよしきたァ!!!!!」」」

 

 湧き上がったのは、村の人達からの歓声。そして、それに呼応するように、離れたところから海水が吹き上がる。

 そんな所に噴水はない。つまりあれは、ルフィ復活の合図。

 

 「ブゥーーーッ!……っっぱァ!!」

 

 ルフィが大量の水を吐き出し、意識を取り戻したのだと気付き、私はクリマタクトを片付けてアーロンに向き直り短剣を構える。短剣を構えた私を見て、アーロンは小さく懐かしいなと言った。

 私がアーロンに攻撃を仕掛ければ、アーロンはゾロを投げ捨てて私と対峙する。まるで八年前の再現のようだと、頭のどこかで思う。

 アーロンがどう動くのかわかる。私の動きを、アーロンもまた察知して躱す。

 既に体力が限界な私は、覇気なんて使ってはいないのに、互いにどう動くのか分かってしまう。それだけ、この八年の間に……何度も戦った。

 そして、戦う内にあの日と同じ動きをしているのだと、それもまるで再現しているように全く同じ動きだと、どちらともなく気付いてしまう。互いに血塗れになって斬り合ったあの日とは違い、今はどちらも傷を負っていないだけで……基礎の動きは同じなのだ。

 それを見ていたサンジは思わず、呟く。放心したように。

 

 「すげェ……。本当に、ルフィの言葉通り強かったんだな」

 「あァ、それに動きも綺麗だ。本気のナミと一度、戦ってみてェと思わされるな」

 「巫山戯んなよ、クソマリモ。だが、これだけ強くても……数がいて守るべき相手がいて、手を出せなかったって事か」

 「さっき村のヤツらに、一緒に死んでくれと言った事で、守らなくなったんだろうよ。ナミは全力で攻撃出来るようになった。だから、アーロンもあの瞳で本気で戦っている」

 「……クソマリモ、ナミさんのフォロー任せた」

 「あァ、分かってる」

 

 二人は会話を終えるとサンジは海へ向かう。だが、そんなサンジを止めようとハチが起き上がるが、それはゾロが止める。

 今ゾロは、誰にも、どの戦いも邪魔して欲しくなかったのだ。そして、ハチが倒れるとアーロン達の動きを見て、ナミの邪魔にならない動きで戦いに参戦する。

 雌雄を決する戦いが、始まった。それぞれが、真打ちを復活させる為に。

 その戦いはまさに一進一退。そう、初めの内は言えるものだった。

 ゾロに向けられた攻撃を庇い、身動きを封じられた所で振り下ろされる攻撃に、ゾロが対応する。その隙に私がアーロンに攻撃を仕掛けて……ゾロがそれに追い討ちをかける。

 こういった形での共闘は初めてなのに、次に相手がどう動くのか分かる。言葉にしなくても、伝わって来た。

 水から上がってきたサンジはナミとゾロを見て、息を飲む。仲間とは、これか……と無意識で呟く程に息の合った戦い方をする二人。

 しかし、大怪我で動きの鈍いゾロと、出血多量による貧血及びトラウマの元との対峙となっているナミでは、二対一でも有利にはなり得ない。ゾロの後輩二人がルフィ一だけに挑んでも勝てないのと、理屈は同じ。

 動いた事で血を流して動けなくなるゾロと、そんなゾロを庇い得意の逃げ回る戦いを封じられたナミ。舞うように動き、躱し、逃げるのがナミの戦い方である以上、逃げ回れないのは消耗戦でしかない。

 素早さだけが特出している防御型なのに体力のないナミに、この戦いは不利。理性の残った状態のナミでは、勝ち目など既にないのだ。

 

 「またか。八年前もそうやって庇った事で負けて、俺に捕まったんだよな……?」

 

 ナミは声を出す事も出来ずに、その攻撃を耐える。覇気とは元々使えば使う程に体力を消耗し、体力を消耗する事で精度も落ちる性質を持っているから既に限界は超えていた。

 基礎体力の少ないナミには、覇気を使える回数は限られている。結果本気のアーロンからの攻撃など、そう何度も受けられる筈が無かったのだ。

 

 「……ぅ……あっ!」

 

 吹き飛ばされて海に落ちたナミをサンジは即座に助けに飛び込み、悪魔の実の能力者でもないのに沈むナミを慌てて抱いてその華奢さに驚く。力の抜けたナミの身体は浮力で持ち上げるのに、何の抵抗も無い。

 海面にサンジとナミが顔を出した時、ゾロはルフィから交代を言い渡されて吹き飛ばされる所だった。交代と同時にアーロンに攻撃を仕掛けて、吹き飛ばしたルフィはアーロンに視線を向けたまま声を出す。

 

 「サンジ!ナミを頼む!……ナミ!任せろって言ったのに、無理させて悪かった。今度こそ、アーロンって奴ぶっ飛ばすからよ、待っててくれ!」

 

 ルフィの声に反応して意識を取り戻したナミは、薄く微笑んだ。そして、小さく答える。

 それは信頼の証。何者にも割って入れないような空気が、二人の間に僅かに流れた。

 

 「……了解、キャプテン」

 

 サンジはそれを受けて、陸にナミを抱いて上がると海に落ちた事で傷が開いた事に気付いて、村人達の元へナミを運ぶ。人の中に埋もれていたドクターが慌てて上着を脱がせると、ナミの治療を開始した。

 サンジはそれを見て、先程までアーロンと戦っていたのが本当に彼女なのかと、ずっと見ていたにも関わらず疑いたいような気持ちになって居た。真っ青を超えて真っ白な顔で荒い呼吸を繰り返すその姿は、若くしてその生命を喪った母と重なる。

 

 「ナミさん、君はいったい……」

 

 その先サンジが何と声をかけたかったのか、それはサンジ本人にさえよく分かって居ないだろう。言葉を止めたサンジに、誰も何も言わない。

 近い心情を村人達も抱いているのだろう。自分達はナミの事を何も分かっていないのだと、痛感させられながら。

 

 「……ドクター?」

 

 霞む視界の中で、ドクターの手付きだと分かり声を掛ければ、ドクターが良くやったと言ってくれた。どうやら、夢ではなくルフィに戦いは引き継がれたらしい。

 良かった。それなら、もう大丈夫。

 

 「サンジ君、ありがとう。あのまま海にいたら、アーロンに捕まってたわ」

 「俺達が助ける筈が、ずっとアーロンの相手をさせていたんだ。礼には及ばねェよ。……ナミさんは、ずっと一人で、ああやって生きて来たのかい?」

 

 サンジ君の声は悲哀を含んでいて、私は安心させたくて笑う。今動いたら、ドクターに叱られる事くらいは分かるから表情を変える事くらいしか、出来ないとも言えるけど。

 だから、今だけは正直になろうと思う。素直に、本当の事を話そうと。

 

 「いつもああやって戦ってたら、とっくに皆が殺されてるわよ。私はね、何をされても逆らわないで、でも〝生意気な人間の小娘〟であり続けたの」

 

 私の言葉に皆の声が止んだ。サンジ君は私を支えるようにして、身体を起こしてルフィを見えるようにしてくれる。

 その間もルフィはアーロンと戦いを続けており、私はそちらに視線を向けながら、語る。ルフィは本当に強くなったな……と思いながら。

 

 「アーロンはね、いいえ……ここに居る魚人海賊団は〝人間〟に大切な人を殺されたの。その人は魚人でありながら、人間にも〝英雄〟と呼ばれた冒険家だったのよ。それなのに、種族も性別も関係無く多くの命を救ったその英雄を〝人間〟の〝海軍〟が奪った……」

 「ナミさん、それは……」

 「私はそれをずっと知ってたの。新聞でね、情報集めてたから。アーロンから聞いた訳じゃないわ。でね、その怨みと憎しみからここでアーロンは暴れ始めた。でも……私達がその魚人を殺した訳じゃないのよ」

 「そう、ですね……」

 

 素直に話すとは言っても、前世とか原作知識なんて言えないから多少は誤魔化す。そうしないと、頭がおかしくなったと疑われるだけだもの。

 私はそっと、ルフィとアーロンの会話に耳を傾ける。アーロンが威圧するように言葉を掛けても、それに対して力の抜けるような回答をルフィがするから、なんと無く気の抜ける会話にしか思えない。

 そこで突然、ルフィが大声で宣言するように言った事で意識がそれに集中する。それは村の人達や、サンジ君も同じ様子だった。

 

 「俺は剣術は出来ねェ!」

 

 アーロンは剣術はそれ程強くない。ハチにさえ、剣術と言う意味においては勝てないのだから。

 それでも使えないとも言えない。だから、単純に剣術と言う意味だけならば、アーロンよりも私の方が強いだろうとさえ言える。

 私はシャンクスに習ったから、それなりか、もしかしたらそれなり以上に剣を使えるけど、基礎の握力とか色々なものが足りない為に、短期決戦で使うしかない道具となっている。でも、小回りという長所を殺す事になるから、結局は長剣では無く短剣が無難だった。

 だから私にベックがくれたのは、長剣ではなく短剣だったんだと思う。仕込みやすいってのもあるだろうけど。

 

 「航海術も持ってねェし、料理も出来ねェし、嘘もつけねェ!」

 

 ルフィはそれでも、船長なのだ。ただ巫山戯ているだけの子供では無い。

 船長としての責任を背負う事を、仲間を何よりも大切にする事を知っている。アーロンも、私以外には頼れる船長だったのだ。

 視線を向ければ、サンジ君もどこか嬉しそうだし、小さくウソップがツッコム声も聞こえた。でも何より、視線をルフィに戻した時に続いた言葉が、何故だかどうしようもなく愛しく感じた。

 

 「俺は助けて貰わねェと、生きていけねェ自信がある!」

 

 ずっと……一人で生きていこうとしていた。独りで生きていくんだと叫んだ事も、一度や二度じゃない。

 誰にも頼らず、すべてを自力でできるように。だから、航海術も、海図を描くのも、文字の読み書きも、天候を知るのも、知識で出来る事は幼いうちから自力で頑張ってきた。

 ベルメールさんが協力してくれて、身を守る術だけは教えて貰ったし、本格的な所についてはシャンクスが鍛えてくれた。手助けして貰ったりはしたけど、結局は独りである事を、常に自覚して生きてきた。

 ウタといる時だけは、独りじゃないと思えたけど、それだって守りきれずに手放したわ。私が弱かったから、それ以外の選択肢が存在しなかったのよ。

 シャンクスからクリマタクトを、ベックからは海楼石の短剣まで貰った。それに……覇気を使えるようにしてくれたし、ホンゴウには医学知識だって叩き込まれたし、航海術についてはスネイク何度も喧嘩したりしながら話し合ったし短剣の扱い方も学んだわ。

 ルーに料理を色々提案したし、教えてもらった。変装技術の基礎とか、銃の扱い方、武器の手入れ方法まで、なんでも教えてくれた人達がいたのよ。

 その後海賊専門の泥棒となり、気配を読む事、音を聞き分ける事、料理と治療についても一人で行う事を経験して、勉強して、工夫して、それなりにはできるようになった。本も譜面も販売して……そんな事をまるで走馬灯のように思い返す。

 ……それからあの日、アーロンから私を助けようと皆が傷付いたあの時から、誰にも頼ってはいけない、甘えてはいけないと思って生きて来た。それでも、頼りたいと思わされたのは、強いとわかっていたのに、ゾロやサンジ君ではなくて……ルフィだった。

 そのルフィが今、潔くも無理だと言ったのだから、私も頼って良いのだろうか。傍にいたい……と、願う事が、許されるのだろうか。

 

 「てめェにいったい何ができる!」

 「お前を倒せる」

 

 アーロンの高笑いに応えるように高らかと宣言するルフィに、息が止まりそうになるのを自覚した。求める事、期待する事、頼る事、それらを全てをもうしないと決めて生きてきたのに、今私は明らかに期待している。

 だから、言葉が勝手に零れ落ちた。誰に聞かせるでもなく、語り掛けるように。

 

 「……アーロンのやった事はね、壮大な八つ当たりなのよ。英雄を陥れて殺す道具として、何も知らない人間の少女を海軍が利用したのもあってね……。アーロン達は〝人間〟の〝海軍〟と〝少女〟に強い憎しみを抱いてるの」

 「それは……まさか……」

 

 サンジ君は賢い。だから、私は笑いかける。

 否定も肯定もしない。ただ、事実だけを伝える為に。

 

 「そう。元海軍将校たるベルメールさんと、その娘である少女。私は、アーロン達の琴線に触れる存在だったのよ。その上私は、海図を描く事にかけては天才だもの」

 

 私の言葉に、村の人達もサンジ君も言葉を失った。サンジ君が支えてくれてる背中から、動揺と優しさが伝わって来る。

 まさか、髪の色まで同じなんて事は、教えられないけど。髪を短くさせようとしたのは、その少女との類似点を増やして、より憎めるようにと考えたのかもしれない。

 私はそれに安心して、随分口が軽くなってたと気付く。だから、空気を変える為に、ルフィを見つめて言う。

 

 「それを、ルフィは終わらせてくれる。ルフィが勝てないなら……もう、道は無いもの。そして、ルフィが勝てたなら……この支配は終わる」

 「そうかな。あのクソキャプテンもナミさんを手元から離さないだろうから、海賊にナミさんは支配され続けてるって事にならないかい?」

 

 サンジ君の言葉に驚いて顔を向ければ、人の悪い笑みを浮かべているのが見えた。揶揄ってるのか、空気を変える為の手伝いなのか。

 どちらにしても、サンジ君は私に甘い。それは既に、優しいの領域を超えていると思う。

 

 「ルフィが私を支配とか、出来る筈……無いじゃない。ルフィはね、私の可愛い弟なのよ」

 

 私が笑って言えば、サンジ君は肩を竦めて見せる。それから手だけでなく身体で、私を支えるように背後に腰を下ろした。

 その温もりに甘えたくなる。こんなにも年若い少年相手なのに。

 

 「寄り掛かってください。精神はともかく、身体は既に限界を超えてますよ」

 「……ありがとう、サンジ君」

 

 サンジ君の優しさに甘えて身体の力を抜いて、ルフィに視線だけ向ける。サンジ君は私をそっと抱えてくれるから、もし意識を無くしても倒れる事は無いだろう。

 ルフィとアーロンは、それこそ対等に戦っているように見える。どちらもまだまだ小手調べ、という風情でさえあるのだから恐ろしい。

 ルフィは、いつの間にこんなにも強くなったのだろう。それとも、私が弱くなったのかな。

 そんな戦いの中でアーロンが水中に消えると、私はルフィに声をかけようとして戸惑う。その代わりにサンジ君がルフィに隠れろと言うけど、ルフィはそれには応えない。

 もしもルフィが隠れたら、アーロンは見せしめを兼ねて村の人を襲うだろう。そうなったら、私は身を呈して村の人達を庇う事は確実。

 ルフィは、それを分かっているのだろうと思う。それにルフィは必ず真正面からぶつかるから、隠れるとかの行為は最低限しかしないのよね。

 けれどもルフィとアーロンの戦いはまだ序章の様相で、思考の海に沈む事さえ許されない。アーロンはノコギリとしか呼べないような武器……キリバチを持ち出して、暴れ出す。

 建物の中に移った戦いの様子は外からではわからないけど、それは上へ上へと登っていく。私はそれが途中で止まったのに気付き、嫌な汗が流れるのを確かに感じた。

 壊された気配のある階の次の階には、私の部屋として用意された測量室があるのだから。クリマタクトを杖として立ち上がると、サンジ君が後ろで心配してくれてるのがわかったけど、それを気にしている余裕が今の私に無い。

 ふらりと一歩足を前に出したその次の瞬間、壁を突き破り飛び出してきたのは一つの机。村の人達が惚けたように机と呟くのと同時に、私の瞳からは止まった筈の涙が流れ落ちる。

 そのまま今度は海図が雨のように降ってきて、私の呼吸は止まりそうになる。アーロンパークで私が過ごした日々が、濁流のように記憶として呼び起こされていく。

 唇が、身体が震える。とめどなく降り注ぐ海図や本が、今の私として生きてきた半生。

 

 「ルフィ……ありがとう」

 

 私は、それしか言葉に出来なかった。そんな……机や海図、本棚が落ちてくるそれを見て、村の人達もサンジ君も、ゾロでさえ私に視線を向けている。

 けれども、仲間達には誰も……何も言わなくても分かる。アレが何であるのか。

 あそこに何があったのか。何故、それが降ってくるのか。

 その後、爆発するような音が聞こえたかと思うと、建物が崩れ落ちた。中に二人を残したままで。

 私は思わず駆け出そうと足を前に出す。ルフィは無事なの!?

 

 「ルフィー!」

 

 土煙が立ち上り、誰も姿を見せない。数歩進んだところでサンジ君が私を抱き締めるようにして、動きを阻害する。

 でも、心配で気が狂いそう。こんな事なら、私が一人で戦っていたら良かった。

 

 「ルフィ!ルフィー!」

 

 周りもざわめく。どちらが勝ったのか、それさえ分からないのだから。

 もしもアーロンが勝ったのならば、このまま今度はルフィ無しで戦わなくてはならない。ルフィはゴムだから、打撃には強いけど……でも、瓦礫の中に鋭利な物があればそれはルフィの命を脅かす。

 土煙が落ち着いた頃、人影が瓦礫の上に立つのが見える。そして、その人影はゆらりと体をふらつかせながらも、しっかりと立ち上がった。

 それが誰かなんて考えるまでもない。大きく息を吸う音が聞こえた直接、人影……ルフィは叫ぶように宣言する。

 

 「ナミ!お前は、俺の仲間だ!!」

 

 それに対して私は、いくら拭っても拭いきれない涙を浮かべたままで頷く。それしかできない。

 無事で良かったとか、私のせいでとか、色々言いたい事はあるのに。ありがとうでもごめんなさいでもない言葉が、唇から零れ落ちた。

 

 「うん!!」

 

 考えていた事は沢山あるけど、言いたい事も沢山あるけど、でも今はただ、上手く言葉に出来なくて小さく頷く事しか出来なかった。ルフィはそんな私に満足そうに、嬉しそうに笑う。

 その瞬間に湧き上がる歓声。そしてそれを打ち破るように現れた縛られていた筈の、ネズミとその仲間達。

 そのネズミが、ネズミの分際でアーロンの宝を奪いに来たと知り、私がトドメを刺さんばかりに攻撃を仕掛ける。それでも何とか生きているネズミを、ルフィがあっさりと引き継ぎ、ボコボコにする事でネズミは怒りを顕にして、負け惜しみを言い放ちながら姿を消した。

 騒ぎが一区切りついた時、ルフィの元に皆が集まっているのを見て後から近付く。そして、被せて貰っていた宝をその頭に乗せ返す。

 

 「……っ……」

 

 言いたい事は沢山あるのに、何も言葉に出来なくて、私は自嘲の笑みを浮かべてからルフィに背を向ける。村の人達が待ってるのを言い訳にして。

 私の集めた宝を含めたアーロンの宝は、回収され島の人達に平等に分配される事となる。そうして、長かった村人達の〝奴隷生活〟は、終わりを告げた。

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