昨夜というか、今朝までの事はなかったのように皆の元へと戻ったルフィは、気になった食べ物に手を出しながら過ごす。そして私は、この島で再会してからずっと気になっていたゾロの傷の手当てについて確認して、そこでゾロが治療の途中で逃げたと聞いて探し回る事になった。
「逃げた!?馬鹿なの!?……馬鹿だったわ」
「酷い言いようだな」
「治療の途中で逃げ出すなら、馬鹿か意気地無しよ」
プンスコー!って様子を見せればドクターは笑う。ルフィはすでに料理に夢中な様子で、ゾロを気にかけてもいない。
やっと見付けたゾロは肉と酒を手に宴に加わっていて、治療を終えるまでアルコール禁止っと怒鳴りドクターの元へと引っ張って行こうとしたら、途中でゾロがその身体を凭れさせてきた。咄嗟に支えようとしたけど、支えきれなくて建物の壁とゾロに挟まれる形になってしまう。
筋肉ダルマだから重たいのよね。それに、今はちょっと身体が……怠い。
「ゾロ?どうしたの?……まさか、痛むの!?」
「ナミ……お前を抱いた奴の中に鷹の目がいるだろう」
……どうして、わかったのよ。と言うか、突然どうしたって言うのよ?
内心でそう思いながらも、私は荷物から鎮痛剤を取り出す。水が無いかとキョロキョロと辺りを見ながら、それに答える。
「……今そんな、どうでもいいことを話してる場合?」
言ってる時に水を置いてあるのが視界に映り、私はゾロと壁の間から抜け出そうとしたけど、ゾロは強い力で私の腰を抱いて離さない。それが少し痛いくらいだから、相当痛むのだろうかと思うと心配になる。
溺れる者は藁をも掴む。つまり、私は今藁であるという事。
「ゾロ、取り敢えず今水持ってく……」
言葉は途中で奪われた。私がゾロを見上げていたから、倒れて来たゾロのそれと重なったとか、そんなレベルじゃない。
激しく貪られるそれは、まさに食べられているような感覚で……。混乱と重だるい身体が思考を鈍らせる。
抵抗しようにも力では全くかなわないし、真後ろは壁だし、ゾロは私を抱いてる力を緩めないからどうにも出来ない。それでも必死に抵抗する私にゾロは気付いていて、それなのにやめようとしないのだから困ったもの。
「ふっ……ぅん……ゃ!」
今私が動いているのも意地と根性でしかないから、ろくに力が入らない。そう思っていたら、満足したのかゾロの唇が離れる。
でも、なんだって突然。男の子が盛る理由とタイミングが、よく分からないわ。
「ナミ、答えろ。答えねェなら……この場で犯す」
本気だとゾロの眼差しが言うから、私は荒くなった呼吸を落ち着かせるように深呼吸してから、キッとゾロを睨みつける。突然襲いかかってきて、言うに事欠いて何ほざいてんのよ。
体調の悪さもあり沸点が低いのは自覚してる。だからこそ、口調も語尾もキツくなってしまう。
「……何の権利があって、こんな事をしてるのよ!言ったでしょ、私に触れたきゃそれなりの金を払えって!」
「……ルフィには、好きにさせたみたいだがな?ああ、それとも……ルフィが金を払ったのか?」
身体が私の意思を無視して、ピクリと反応する。別に悪い事をした訳でもないのに。
思わずゾロを見れば、ニンマリと笑われてしまう。それから耳朶に触れて来たゾロが囁くように言うそれは、まるで悪魔の囁き。
「ルフィはナミにそういう事をした時必ず、耳に噛み付いて跡を残してるからわかり易い」
全身が心臓になったかのように脈打つ。悪い事はしてないし、疚しい事もないのに、責められているような気がするのは何故なのか。
ゾロはそっとルフィの残したであろう首筋の跡に重ねるように、そこに吸い付く。チクリとした痛みと共に、甘い疼きを与えてくる。
「やっ……!だぁ!」
両手でゾロの頭を引き剥がそうとしても離れてくれなくて、それどころか両手が震えて力が入らないのが良くわかる。そんな私にゾロは溜息を落とす。
ここで誰を呼べば助かるのだろう。でも、ゾロが傷つくのも嫌。
「どんだけ抱かれたんだよ。力、全然入ってねェぞ。それで、答えるか、ヤられるか、好きな方選べよ」
「……っ!居るわよ。それが、なんなのよ!」
なんでそんなにミホークさんにこだわるのよ。剣に関してならわかるけど、女の事に感じてなんてどうだっていいじゃないのよ!!
怒る私にゾロは自嘲的な笑みを浮かべる。そして何処か辛そうに言う。
「……答えないで俺に抱かれても、良かったんじゃねェか?」
そんな事を耳元で囁くように言いながら、当然のように腰を撫でてくるゾロのそれに身体が反応する。せめてもの抵抗として声を抑え、耐えていればゾロが楽しそうに笑った。
言葉は刃となると知らないのか、それとも何かストレスでも溜まってるのか。ゾロは言葉を選びまくって、当然のように口撃して来る。
「ま、匂いで鷹の目は確実だと思ったが、随分開発されたもんだな」
確かに、その言葉に間違いは無いだろうと自分でも分かる。身体が勝手に熱を持っているのは、自分が一番よく分かってるもの。
でも認めない。お金も払わない強奪犯に、素直さなんて見せてやるものですか。
「……麝香なら、鷹の目が悪戯で私のクローゼットに香袋を残して行ったのが理由よ。とっくに……鷹の目の匂いなんて肌には残ってないわ」
「あ?なら、メリーに鷹の目が?」
「えぇ、色々あって二晩泊まったのよ」
ゾロは嫌そうな顔で「その匂いの元どうしたんだ」とか言うから、素直に「そのまま置いてあるわよ」と言ったら、何故か「すぐに捨てろ」と叱られてしまう。何がそんなに気に入らないのか。
麝香は毒消し効果もあって、悪い物じゃないのに。ふぅ……と溜息を落として、私は歩き出す。
「……早く、行くわよ。それと、私の体調が戻ったら、覚悟しておきなさい」
「気安く触るなって?」
「当然でしょ」
「……鷹の目は、支払ったのか?対価とやらをさ」
嘲るような色さえ乗せて発せられた言葉を受けて、私はゾロに一瞬振り向く。それから艶やかに見えるよう、ふっと笑う。
甘いわね。海賊として生きてる期間の差がそのまま、やり取りに出て来る。
「……そうね、2千万ベリーほど支払ってくれたわよ」
ゾロがそれに驚愕の眼差しを向けるから、クスッと笑う。悪戯な笑みを向けて「証拠もあるけど、読む?」なんて言えば、ゾロはもう余計な事は言わず、抵抗をする事も無く、着いてきてくれた。
ゾロをドクターに預けて治療して貰ってる間に、私は一人で家から描き溜めていた海図をメリーに運び込む。その途中で治療の様子を見に行けば、ゾロは傷の手当が終わるとそのまま寝てしまったようだった。
寝顔を確認出来て、手負いの獣そのもののような様子だったゾロに少し溜息が出る。とりあえず、治療も済んだ事だし、これで落ち着くかしらね。
痛みや熱があれば、人はそれだけで体力を消耗する。消耗を抑える一番の方法は睡眠。
消耗を抑えるだけでなく、回復する力もある睡眠は、地球の現代医学において精神的な病などの治療法が無い全ての病において唯一の特効薬。だから、嫌なことがあったら寝てしまえと言われるのだ。
そう考えると、隙があるとすぐに寝てしまうゾロは身体と心が限界を超える戦いや状況に常にいるから、回復する為に眠り続けているのかも知れない。寝顔を見見詰めてそんな事を考えていると、無邪気な顔で眠り続けるゾロの先程の行為を許すべきなのかと思い、無意識で深い溜息が落ちた。
───────
その頃ゲンゾウとベルメールは、岬に立って海を眺めながら語り合っていた。それは親子のような、夫婦のような、不思議な距離感でありながら、緊張感と言えるものは特に無い。
「お前の娘達は、実に立派に成長したな」
「勝手に育ったのよ。私は、何もしていないわ」
自嘲するように笑うベルメールに、ゲンゾウは首を縦には振らなかった。それどころか優しい眼差しで、ベルメールを見るのだ。
こんな時ベルメールはいつも、自分が子供に返ったような気持ちにさせられる。それでもゲンゾウが子供扱いしてると思っている訳でもないので、悔しいとか悲しいとか言う事も無いのだが。
だがもしも、ゲンゾウが本機で子供として見ていたとしてもそれに対して〝私は大人なのよ!〟なんて騒ぐような幼さも激しさも、劣等感も無い。全ての人間関係に明確な名前が無くても、特に困りはしないのだから。
「二人共お前に似ている。お前が〝良い母親〟だからこそだろう」
そんな会話をしている所に、サンジが食べていた生ハムメロンを求めてルフィがひょっこりと顔を出した為、ベルメールは車椅子ごと振り返り面白そうに笑った。その幼い様子の少年が、お人好しで、意地っ張りで、生真面目で、優しくて、頭デッカチで、鈍感で、抜けてて、プライドの塊である、愛しい娘を解放したのだから……人は見かけによらないと思わされる。
話に聞いていた彼は、幼い少年だった。彼よりもきっと、歳上の誰かと共に居た方が甘え方を知らない不器用な娘には合うだろうと思いながらも認めてしまう。
それと同時に、娘は血の繋がりなんてなくてもやはり娘なのだと思い知らされるのだ。素直に甘えられないのに、離れるなんて選択肢を脳裏に掠めさせる事も出来ない辺りが、私とソックリだから。
「ナミは貴方の船に乗るのでしょうね」
ベルメールはそう言うと、ルフィの手首に巻かれたままになっている、元の色がわからなくなったリボンを見る。あれはノジコがナミにあげたプレゼントを包んでいたリボンだろうかと、ベルメールは記憶を探る。
そういった物もナミは大切にして、何かに使っている事が多い。恐らく髪に使っていたのを、怪我した時に落としたか何かだろうが、その黒く染まっているリボンを少年は当然のように身に付けている。
リボンをナミが取り返していない事にも驚くが、既にあの色になっているならば、捨てるしか無い筈のリボンに、どんな想いが込められているのか。そう思って二人は瞳を細めるけれど、ルフィは良く分からなそうな顔をしている。
風呂の時に没収されそうになったリボンを、ルフィはこの島を出るまでは返さねェと言ってナミから回収していたのだ。その行動の意味は、リボンを返さなかったルフィにしかわからないだろう。
「もしお前らが、ナミの笑顔を奪うような事があれば、私がお前を殺しに行くぞ!」
ゲンゾウはそんなルフィに、突然そう怒鳴り付ける。明らかに実力差ではルフィが上だと、ゲンゾウもルフィもどちらも分かっている筈なのに、ルフィは一瞬息を飲んでから、引き締めた表情でそれに応えるように頷く。
ゲンゾウはそれでもナミに手元から離れないでほしいと願いながら、同時に無理だともわかっているから、小さく息を吐き出した。その次の瞬間ルフィは口を開く。
「ナミは、貰ってく。んで、ちゃんと守る」
「小僧……貴様、貰うとは何事だ!!」
「だってよ。俺、ナミいねェとこの先に進めねェもん。ナミは俺の指針だからな!」
太陽のように明るい笑顔で言いきられてしまえば、ゲンゾウは言葉を失いベルメールは笑い転げるしかなかった。けれどもルフィは二人を見て少し唇を尖らせる。
屈託のない笑顔が太陽を思わせる少年は、少しいじけてる様子だ。何をいじけているのかと考えて、娘に想いが伝わらないのかと心配したが、直後に妙な事を言い出す。
「でも今んとこ、ナミの中じゃ俺ってそんなに重要度高くねェんだ。一番は昔っから〝ベルメールさんとノジコと蜜柑〟だからな。んで、次が〝ゲンさんとドクター〟で、その次に〝村の人達〟で、その次に俺なんだ。だから、おっさん達二人は俺のライバルだ!」
「……多分、一番手強いのはもう既にナミの一部になってる蜜柑で、次はノジコよ。ナミを最初に助けたのはノジコだもの」
ベルメールが予想外すぎる言葉に笑いすぎたが故に溢れた涙を拭いながら言うと、ルフィは少しだけ大人びた顔で笑う。ナミの事は全て分かってるとでも言うように。
その時風に乗って娘の匂いが届く。ベルメールは、本物の蜜柑より少し甘いそれが少年からする事の意味が、わからないような子供では当然無いのだ。
「ん、それは知ってたけど……蜜柑はナミだから良いよ。それよりさ〝ベルメールさん〟って、お前だよな?」
「そうよ」
ベルメールがルフィの言葉に頷けば、ルフィは小さく「聞いてた通りの人だな」と言葉を落としてから、真っ直ぐにベルメールを見つめる。真摯なその眼差しにベルメールも視線をそらす事なく、それを受ければルフィは言葉を臆面も無く口にした。
「ナミを愛してくれて、ありがとう。こんな状態でもナミが壊れないで立ってたのは、やっぱりナミが愛して、ナミを愛してくれてた家族のおかげだと思ってる」
それから、ルフィはニカッと笑った。少しの陰りもない、ナミが好きだと臆面も無く言い切るルフィらしいその表情で。
この太陽の前なら、ナミは向日葵でいられるかもしれないと思わされる。普段は蜜柑の花を思わせるお人好しで、賢いのに馬鹿な娘。
「ナミは貰ってく!ありがとう!」
ルフィの言葉に、ベルメールが静かに涙を落とすのとほぼ同時に、ゲンゾウは「誰がやるかー!!」と怒鳴ったが、ベルメールに諌められて結局何も問題は起きなかった。
───────
その頃ナミは海図やら荷物を運び終えて、ドクターの元を訪れていた。診察台に俯せにさせられているナミに、ドクターは辛そうに声をかける。
とっくに目を覚まして、どこかに消えていたゾロを心配する気配は無い。島の人達にも怪我人や病人が居た筈なのに、その姿さえ一人もない状態で。
「入墨なんてもんは、一生消せない。分かっていただろう」
「うん、分かってた。それでも、後悔はしないわ。それでね、ドクター」
私はノジコが自分に合わせて入墨を入れた時の事を思い出しながら、一枚の紙を差し出す。ずっと、もしも叶ったらこれを入れて貰おうと決めていたマーク。
原作で彼女が、このマークを選んだ理由がわかる気がした。これはそう、彼女の立場を奪った私が彼女と共に生きるという近いでもある。
「これを、入れて欲しいの」
それを見たドクターは目を見開き、小さく笑った。見ただけでそれが何であるのか、理解出来たのだろう。
そんなドクターに笑いかける。それから枕に顔を埋めて、聞こえるかギリギリの声で言う。
「お願いね、お祖父ちゃん」
「……この蜜柑マークの上に、麦藁帽子はいらんのか?」
「傍にいてくれるから、私の身体にまで刻み込む必要なんて無いわよ」
私の小さな声を拾って、擽ったそうに笑いながらドクターはその紙に描かれたものを忠実に肩に描き始める。その痛みさえ、今は愛しく感じられるわ。
そこで私は痛みを確かに感じながら、祖父に甘えるように声を掛ける。できるだけ静かに。
「ねぇ……避妊薬の作り方教えてくれない?」
それを聞いた祖父の反応は推して知るべしである。今宵は同じ島の別々な場所で、事件が起きているようだ。
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その頃ウソップは宴の主役となっており、サンジはナミ達と入れ違いでメリーに姿を見せていた。船の内装を知りたいのと、調理設備等のチェックをしたかったからだ。
サンジがサニーの中にある調理設備や備品を確認して、誰かが丁寧に使っていたらしいと気付くのに、時間はかからなかった。貯蔵庫等も確認すれば食料の備蓄はあり、必要な処理はされている。
誰がやったのかなんて、考えるまでもないなとサンジは思い、他の部屋も見に行く。その途中、ほぼ使われていない小部屋と、大部屋を見付けて小部屋をナミさんの部屋に改良するよう進言するかと考える。
この船で唯一の女性であり、唯一の知力だ。守るべきだろうと考えたサンジは恐らく正しい。
宝玉の出したレシピ本はサンジも数冊持っていて、愛用している。このレシピ本は余白が多い為、料理人が作ってから自分なりのアレンジをした時に書き込む事などもし易いのが、人気の理由の1つとして挙げられる。
珍しい料理や美味い料理でありながら、身体に優しい料理や見た目の華やかな料理等、種類別に出版されているそれは、普段どのような料理を作る事を求められているかによって使う物を選べると言うのも、利点だ。明らかにまだまだ改良の余地を残しているとわかるレシピに、料理人達はまるで挑戦状を突きつけられているかのようだと、それぞれのオリジナルになるよう手を加えて完成に持って行く。
ほうれん草で書かれていたレシピの最後に、それをキャベツにしたら、白菜にしたら、どう味や見た目、栄養価や効能が変わるのかが書かれている。それを見てしまえばそれぞれ作り、そこから調味料の量や種類を自分のオリジナルに変えたいと考えるのがやはりプロというものだろう。
スープのレシピがそれの最たる所で、最後の調味料はお好みでと締められてる事が案外多い。味噌を使えば味噌汁で、醤油を使えばアッサリスープで、鶏ガラを使えば中華スープという具合だ。
悔しいが確かにその通りで、ラストの味付けが丸投げされてるからプロしか作れないかと思いきや、調味料の配合も一応書かれていて体調や時期で使い分けたらいいと書かれていれば、プロじゃなくても色々と作れるという気遣いまであるから料理レベルにより使い方の変わるレシピ本でしかないのがこの本が売れる理由だろう。
初期の頃は文字だけだったが、いつからか小さな挿絵が入るようになり、分かりやすさが増した。そして最近では別冊として料理の写真と料理名だけが載ってる物さえ発売されていて、その彩の良さに同じように作りたいと思うやつも増えて来たのだ。
写真の方が高いから料理本だけを買う人間も多いし、写真は宝玉の手を離れてる物らしいが、それでも美味そうに見えるのは確か。撮影協力者の名前がカマバッカ王国と書かれているが、なまえが不吉過ぎるので何かのネタだろうと考えている。
だからこそ宝玉は料理人達の中では、一度は会いたいと渇望されている奇跡の存在だった。サンジはバラティエにいるだろう人々の顔を思い出して、宝玉と同じ船で旅立つのだと告げれば大騒ぎになるだろう考えてと小さく笑う。
その笑顔を見た者は、メリーの他には誰も居なかった。サンジは誰かに見せる為に笑った訳では無いので、それで良かったのだろう。
はたまたその頃ノジコは、ナミに命を救われた少年と穏やかに会話をしていた。生きて居る事を互いに喜び、ノジコの怒りの理由を知った少年が、自分を叱ってくれたノジコへ淡い想いを抱いている事は、少年しか知らない話ではあるけれど。
ついでに言えば、ノジコはこの島で大人気のモテガールなのだが、そこはほら、ナミの姉である。欠片も気付く気配は無い。
むしろ、ナミが威圧するのでこれまでは近付けず気付けなかっただけとも言えるので、今後はどうなるか。……いや、ナミの姉だ、期待はやめておこう。
そうして夜はふけてゆき、それぞれの朝を迎えた。島を挙げた壮大な宴はまだ……続いている。
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朝になると私は、入墨を入れた関係で襲い来る多少の痛みと熱に苦しめられていたけど、ドクターにお願いするまでも無くいくつかの薬を飲まされ、これからの為にと〝予備用の薬〟を持たされた。素直ではないドクターに笑えばドクターは祖父の顔になりそっと、一冊の本を差し出してきた。
見ればそれは三歳の時に写本させて貰ったもので、懐かしく思いながら見ていると薬の調合に関する本だったと気付く。作り方を丁寧に書かれている訳では無いけれど、成分や効果について書かれていて、私は思わずドクターの顔を凝視した。
「……前に写本させた医学書達は全て、ナミにやろう。宝玉として販売するといい」
「待ってよ!これ、私の物じゃないし、これって既に誰かが販売してるからここにあるんじゃ……?」
私の問い掛けに、ドクターは近くに過去私に貸してくれた本を積み上げながら、何冊か抜粋して差し出してくる。思わず受け取ったそれは、良く見れば本来日記として使うべき、文具店で売られているようなノートの一種であると気付く。
……まさか。嘘、でしょう?
「儂がこれまで医者としてやって来た事を、纏めて本のような体裁を取っただけのものだ。編纂してこれからの冒険の足しにするといい」
「でも……!」
「儂は、戦えん。ナミが執筆して稼いだ金も、盗み、戦い、身を差し出してまで得た金も、全てこの島の為にと残して行くのだろう?なのに、儂らはナミに何も持たせられんのだ」
被せるように言われたそれに言葉が詰まる。でも、ただ素直に受け取るには価値が高過ぎるわ。
私は何もできてない。こんなに良くして貰える価値なんて……。
「……アーロンへの支払いに余った一千万ベリーは持って行くし、これまでに描いた海図や地図も全て持って行くわ。写本させて貰った本だって、全て持っては行くつもりだし」
「それを編纂する事で、読み直す事になる。そうなれば恐らくナミが求める知識は得られるだろう。それと、少しでも医学の発展に貢献したい。名もないジジイが出すよりも、宝玉が出した方が効果も高い」
「なら、売上げは「それがどれ程売れようと10億にはならん。……宝玉の作品に加えてくれ」」
言葉を遮るように発せられたドクターの言葉に、私は頷く事しか出来なかった。そんな私にドクターは、笑いながら頭を撫でる。
断る事も考えないわけじゃなかった。でも、苦しそうに何もできないと嘆く祖父をこれ以上悲しませたくないのだ。
「……祖父として、孫娘に餞別じゃ。それにな、宝玉が活躍する事は、ナミが生きている何よりの証になる。それをやる余裕があると教えてくれる。そうだろう?」
残される側の不安もわかって欲しいと、祖父の顔で言われては、それ以上言える筈もない。私は頷くと、写本させて貰った本を編纂して書籍として販売すると約束した。
そんな私に薬の原料を惜しみなく差し出してくれて、持って行けと言われる。薬その物も、避妊薬だけで相当量渡されているから、これだけで私だけなら三年は持つだろう。
「ナミが寝てから作った薬だ。保存方法を間違えなければ5年は使える。足りなくなったら自分で作ると良い。ナミなら出来るだろう」
そんな技術ないと言おうとした私に、ドクターは優しく笑うと「儂の手伝いをしていた間に基礎は身に付いていて、その本もあるから出来る」と断言される。私は「孫に期待かけすぎよ」なんて笑いながら、祖父に抱き着いて少し甘えてから出発する事にした。
今だけは、不器用で真っ直ぐな祖父に素直に甘えたいから。次に会えるのはいつになるのか、これが今生の別れかもしれないと互いにわかっているからこそ。
「
「船には猿と狼と狐がいるのじゃから、警戒は怠るなよ。何かあればいつでも帰って来い、儂らは命を掛けてでも……ナミを守る」
「なら、私は二度と帰らないわ。私のせいで傷付く姿はもう、見たくないもの」
「それでも、帰ってきて欲しいと願うのが〝家族〟なんじゃよ」
頭を撫でる手が優しくて、耳朶に降る声が温かい。離れたくないと、甘えていたいと思うけど……私とナミちゃんの夢がかかってる。
それにいつまでも行かなければ、ルフィが迎えに来てしまうわ。だから、断腸の思いで離れ、細く息を吐き出してから笑って手を振った。
メリー号に向かうとサンジ君とゾロが何やら家具の移動を行っていて、ルフィとウソップの姿は無い。なぜ二人だけこんな所にいるのかしら?
「二人とも宴は?」
「ルフィとウソップに任せた。それより今までナミが俺らと同室で寝てた事が有り得ねェとコイツが言うから、倉庫のひとつをお前の部屋にする事になった。コックと相談して指示寄越せ」
ゾロの言葉に私は頷くとサンジ君の元へ近付く。するとサンジ君は呆れたような顔で私を見てから、一枚の紙を差し出した。
それをほぼ無意識で受け取り目を通す。少し上から説明する声が降ってきて、それを聞きながら脳内で完成図をイメージして行く。
「簡単な家具配置の予定図ですが、何か足りない物はありませんか?」
考えてみれば足りない物は多い。でも、この島で調達できるものには限りがあるわ。
それなら必要であり、用意出来そうなものを考えなきゃ。とりあえず、ベッドは必要よね。
男達はハンモックで良いとして、女部屋と医務室はベッド必須だわ。ハンモックには利点も多いけど、怪我人や病人、毎月苦しむ事が確定してる女には辛い時も多いのだ。
特に病人や怪我人への身体の負担を考えたら、動かさずにマットレス等があってちゃんと休めるのは重要。そして、ある程度の硬さを有した床が大切になる。
これは、身体が楽になるのではなく負担になるけど、それでもある程度の硬さがないと心肺蘇生とか水を吐き出させる事が難しくなるのだ。寝るだけとか回復だけなら、柔らかい方がいいのだけど、柔らかいと身体を押した時に力がマットレスに抜けてしまって蘇生や水を吐かせる事が出来ないので、ある程度の硬さは必要なのよね。
この船に限れば、野郎達にそれの心配は無いから掃除のしやすさ優先でハンモックがいいわ。水が船内に入ってもモップとかで拭くだけで済むもの。
「……女の子が仲間に増える事や病人や怪我人が出た時の事を考えて、最低でももうひとつベッドが欲しいわ。それと、本棚が足りないわね。……机も無いと困るわ」
紙を見て言うとサンジ君は頷いて二つの倉庫を今空にしてるから、その間になら家具の配置考えましょうと言われる。広い方の倉庫にベッドを並べて置いた場合でも、壁に付けて置いたとして、その横に机を置くとそれだけでギチギチになる。
だからだろうけど、冷静な様子で「本棚は置けないだろうと思いますよ」と言うサンジ君に「ベッドの足元にベッドからは本棚の背が見える形で、本棚を置けばそこにベッド二つ分の本棚が置けるわ」と言えば、肩を震わせながら「圧迫感がやばくなりますよ」なんて笑われたけど、それを受け入れて貰えた。その大きな理由が、壁と本棚に囲まれた奥に寝てるなら、敵に襲われた時少しは時間稼ぎになるだろうと言う、守る側としての意見もあるらしい。
必要な家具を置いて、隙間は全て本棚を設置する予定の図案が出来ると、そんなに本がと言いかけたサンジ君が、そう言えばと言葉を切り替えた。それはまるで、天気の話でもするかのような自然さで。
「ナミさんが〝宝玉〟なんでしたっけ?なら、あのレシピ本は全てナミさんが?」
「えぇ、私が食べたくて書いたのが始まり。でも、中には私じゃ上手く作れない物もあって、プロに見てもらってそれを提供して貰えたら嬉しいと思って、難しい物も結構書いたのよ」
それを受けてサンジ君は、少し手は入れてありますけどと前置きするように言ってから、今度からは俺が作りますよと笑ってくれる。それにお礼を伝えて、ゾロへと指示出しに行こうとしたら腕を掴まれた。
振り向けば心配そうな顔。それが何だか不思議な気がしてしまう。
「怪我は、もう大丈夫ですか?」
「鎮痛剤飲んだから、大丈夫よ」
「それは、大丈夫とは言いませんよ……」
そう言いながらサンジ君は私を優しく抱き締めるので、心配かけたんだなと思って好きにさせていたら、突然名を呼ばれて顔を上げた瞬間に唇が重なる。触れるだけのそれに驚いていたら、クスッと笑われた。
「俺はナミさん専属の愛の奴隷です。いつでも使ってください。……ただ、時折このようなご褒美を頂けたら幸いです」
「なっ……!?」
サンジ君は動揺する私を残してゾロの元へと歩いて行き、直後に指示を出している声が聞こえて来た。その指示を聞いたゾロが、それほぼ書斎だろと呆れたような声を出していたけど、広い方の倉庫はそうして女部屋に改良されたのだった。
狭い方の倉庫に、食料以外の備蓄が全て押し込まれて、その乱雑な様子に棚を用意させて整理すると、備品目録を作って行く。倉庫の壁が全て棚になって、中央部分に棚じゃない方法で備蓄するべき物を纏めて置けば、まだまだ隙間があるのが分かる。
それでもこれからも仲間が増える事を考えたら、余裕があるとは到底言えない。ついで食料庫の方もサンジ君と相談しつつ棚を置いたりして準備を整えると、そこの一角に薬の原料等も置く事になった。
ニンニクやシソ等は、どちらでも使うからと言うのが理由だ。その薬品系は下の方に置かせてほしいと頼めば、不思議そうにしながらも頷いてくれた。
それはチョッパーが仲間になってからの事を考慮してのものだけど、同時に背の高いサンジ君に対する配慮でもあるので「下から物を取るより楽でしょ」と笑えば、納得して貰えた。蜜柑の移植に加えて、紫蘇とか春菊とかの簡単に増やせる野菜も育てる計画を立てて、食料補給には余念の無い状態にしておく。
蔦さえ絡められる所があればウリ科は育てやすいかと思えば、そうでもない。ウリ科は栄養と水が大量にいるのに根腐れも起こしやすい厄介な子なのよ。
そういう意味では、プチトマトが育てやすい。使い勝手が良いのは大きい方だから、それも踏まえて私の故郷は夏島だし少し野菜の種や苗を調達しておきたいわ。
あ、ピーマンとパプリカ!種も入手しやすいし使い勝手もいいわね!
私の医学は少し齧ってる程度だから、それ程使用頻度が高くない事も考慮されて倉庫内の配置案が通る。そうして三人で一日掛かりでメリー号の中を改装し、男部屋は基本的にハンモックで、何かの時の為にベッドを一つ予備で置いておく形に落ち着いたらしい。
その勢いで私の部屋となったそこへ海図を運び込もうとしたら、サンジ君に見咎められて倉庫の一角にそれを置く場所を作られた。その上でサンジ君がサラリと言うのだ。
「この海図や地図も、地域で纏めて本にしてしまえばどうですか?確認しやすくなりますよ。勿論こちらの海図達は別に、そのまま残しておいても良いと思います」
「……そうね、そうした方がいいかも知れないわ」
こうして暫くは医学書と海図、地図等の編纂を行いそれを本として販売する事になりそうだと小さく笑う。遺作になるかと思っていた譜面は、遺作ではなく単なる作品の一つとなった事が……妙な気分だけど。
この世界は星の名前や種類も違うし、そもそも見える量が違うから覚え直すのに苦労した。もしかしたらどこか遠い国とは同じなのかもしれないけど、少なくとも私の知る国の中で同じと言える所はなかったわ。
「歌も、童話も、小説も書いて、料理のレシピも書く天才。性別も年齢も不明で、何人かのグループでは無いかとさえ言われていた〝宝玉〟が、俺より歳下の女性だとは思いませんでした」
「ベルメールさんとノジコを、安全に、確実に生かす事と、10億貯めるのに必要で始めた事よ。お金になるなら、なんでも良かったけど……本なら印税である程度定期的な収入になるもの」
「それで、思いついたものを次々と出したと……?」
驚いた様子のサンジ君に頷くと、話を聞いていたらしいゾロがそれに口を挟む。寝てなかったのね。
静かだと身体動かしてるか、寝てるかだと思ってしまう。それくらいゾロは自由な生き物である。
「普通じゃねェ才能だろ、それ。誰でも必要だったら本を書けると思うなよ」
「私は……」
ゾロの言葉に何か返そうとして、返せないと気付く。だって、全て盗作だもの。
歌詞にこの世界にない物が出た時それを直す程度で、譜面はそのまま人の作品。小説も大半がそのままトレースしただけで、違うのは皆の過去を書いた物くらい。
偉人伝だって覚えているから、それを書いただけだもの。私の能力なんて欠片も反映されてないけど、それは言えない。
言えば元は誰の作品なのかと言われてしまうし、そうなれば生まれ変わりだのなんだのと、頭がおかしいとしか言えないような言葉を口にする必要が出て来る。それに、この世界は私の知る世界に酷似しているけど、確実に同じ世界とは言えない要素が多過ぎるのよ。
私が未来を変えた事で、変わった事なのだとしたらそれは仕方ないけど、その為に知識として持っている情報が正しいとは言い切れないのだから。それに、原作と、アニメと、エピソードと、映画……どれを軸に話が進むのかさえわからない。
この中でも映画については見に行けてないから、私は映画関連については知識が皆無なのも痛い。アニメだって見れたり見れなかったりで、オリジナルストーリーは全く内容を知らないのよね。
オリジナルストーリーというのが、単なる日常回なら良いけど、どこかの島とかに立ち寄って冒険してるなら、映画と同じように全く内容を把握できてないから、先回りして考える事は不可能。そんな事を考えて黙った私に、ゾロが溜息を吐き出した。
「責めたつもりは無かったんだが……悪かったな。だが……なんでも出来る完璧人間なんざ存在しねェと俺は思ってる。抱えきれなくなる前に、その荷物少しは預けられるようになっとけよ」
ゾロの言葉に何も返せず、空を見ればそろそろ夕方であるから、それも言い訳にして他の荷造りもあるから家に帰ると言った私に、サンジ君は微笑む。そして、これからよろしくなんて優しく言葉をかけてくれるので、笑顔を返してその場を誤魔化す。
勿論この二人が、この時点で本気で誤魔化されたなんて思ってはいない。それでも、色々ボロを出すよりは逃げ出す方が賢明だと思ったのだ。
この時既にサンジ君にご褒美とか言われた事を私は完全に忘れていたし、本気だなんて欠片も思っていなかった。逃げるように家に帰れば、ベルメールさんとノジコが暖かく出迎えてくれる現実にただ癒されている。
それから共に荷造りをしていた時、ベルメールさんが物に掴まってなら立てるようになったと何でもない事のように報告してきて、私は動きを止めた。見ればノジコも同じで、声も出せずに見詰めれば「まだ一歩も足を動かせないけど何かに掴まってなら立てるようになったのよ」なんて、はにかむベルメールさんに二人で飛び付いたのは致し方無かったと思う。
宴の食事を貰って来て、家で三人揃って食事をすると、ベルメールさんが嬉しそうに笑った。それから「気を付けて行くのよ」なんて言って頭を撫でてくれる。
それに頷いた時、ノジコが私にブレスレットを投げ寄越した。咄嗟に受け取ったそれは、ノジコが気に入って肌身離さず使っていたそれで……。
「餞別。一緒に、連れてってくれるでしょ。……楽しくやんなよ!」
私は幸せ者だと、痛感して笑う。そんな私に二人は母娘だとしか思えない同じ顔で、ケラケラと明るく笑う事で応えてくれた。
暖かくて優しい時間が、ゆっくりと流れていった。その中でノジコがベルメールさんをゲンさんについて揶揄い始めて、それに私が便乗するなんて事態にもなったけど、比較的平和な時間を過ごす事が出来たと思う。
お風呂から上がった私の髪から雫が落ちるのを見た二人が「相変わらずなのね」と笑いながら拭いてくれて「これから困るわね」なんて言われる。だけど、別段困っても居ないから首を傾げて終わらせると「つまり、男達がこの立場を狙って戦う訳ね」なんて訳知り顔で言われてしまう。
「元々私は髪の毛なんて、家でふたりがやってくれるか、船でベック達がやってくれるか、放置だもの。特に問題ないわ」
「問題しか無いわよ、それ。いつも言ってるけど、髪の毛は雑巾じゃないんだから、絞って終わりとかにしたらダメよ?」
「折角良い物使って綺麗な髪保ってるんだから、ちゃんと拭けるようになりなさい。もう、私達は拭いてあげられないんだから」
二人は口々にそう言うけど、努力はしてるのよ、努力は。……身につかないだけで。
髪の毛頑張っても水が落ちるから、面倒になったというか。そうよ、この世界にドライヤーが無いのがいけないの、私のせいじゃないわ。
内心で言い訳を重ねて、唇を尖らせれば二人は同時に吹き出す。それから声を揃えて「いつまでも子供なんだから」と言うけど、その子供でいさせてくれる優しさに私がどれ程救われてるか、きっとこの二人はわかってないんだろうなと思い笑う。
その日の夜中に、ふと目覚めて表に出ると島中で宴の後片付けをしている様子が見える。纏めた荷物を目が覚めた今の内にとメリー号に運び込んだ私は、ついでにキッチンへ足を向けて水を飲もうとしたのだけど……そこに黒い影が固まっているのがわかり、足を止めた。
小さく丸まっているその影が、人である事は分かるので様子を見れば、私の動きに合わせてビクリと震えるのが分かる。取りあえず水を飲んでから、新たな水を手にその影に近付くと酒を随分飲まされたらしいサンジ君で……。
「いや、だ。殴らない、で……。助け、て……お父さ」
半覚醒の状態で紡がれるその言葉に、サンジ君には酒を極力飲ませすぎないようにしないとと思いながら、グラスを手の届くギリギリの位置に置いた。それからそっと、サンジ君を抱き締める。
震える身体は細身で、本当に王子様だなと金の髪と整った顔を見て思う。大丈夫だよと声をかける事さえ許されない気がして、私はサンジ君が落ち着くまでと思って、その身体を無言で抱き締めて、背中や頭を優しく撫でる。
悪夢なんて見なくていいのに、苦しむ事は無いのに。きっと宴だからと、主役だからと無理に飲まされてこうなったのだろうと思えば、つらいだろうなと思わされるばかり。
賢くて、優しいサンジ君だから、誰にも言えずにいるのだろうと分かるので、余計に。サンジ君の夢が少しでも平穏になれば良いと、けれども起こせば私に知られたとサンジ君は気にするだろうから、落ち着くまでその背を撫でるくらいしか出来ない。
その内サンジ君の震えが落ち着いて、寝息が聞こえてくると、私はそっとその身体を横たえて、無駄になった水を飲み干してからメリー号を後にする。そろそろ寝ないと、明日の出航に差し障ると気付いてしまったから。
今夜のサンジ君のそれは、他の誰にも見られてないのが救いだろうと思う。優し過ぎる彼が、これから先苦しまずにすめば良いと心から思いながら、私はベッドに入って眠りに落ちた。