日が昇り、ベルメールさんとノジコに「先に行く」なんて言われて、それによりどうやらこの旅立ちを見送られる事が分かれば、何とも気恥ずかしくなる。こんな優しい幸福があるなんて、これ迄一度も考えていなかった。
私の両手には何も無いのに、私の両手は何ひとつ掴む事は出来ないのだと諦めながらも、その現実を受け入れたくなくて何度嘆いた事だろう。けれども本当は違っていた。
私の両手は……それどころか背中や胸にまで、私は大切なものでいっぱいで、それを守りながら進もうとしていたから、何も出来なかったのだと今なら分かる。大切なものが多すぎて、私には抱え切れなくて……それでも、それを諦める事は出来ないからと、自分を捨てて大切なものを守ろうとした。
それによりどれだけの哀しみを生み出すのかさえ、想像する事も出来ない程に私は幼く、愚かだったのだろう。そんな私を、そのままでいいと言って手を掴むのが、ルフィだった。
私から掴めないなら、俺から掴んでやると。一人で抱えられないのならば、共に抱えると。
何も出来なくて、我儘な私をそれがお前のいい所だと笑う光に、抗う術などある筈も無かったのに。そして、その光は他の光をも呼び集める。
多くの光が、私に笑いかける。共に進もうと。
波間の向こうへと、共に進もうと言ってくれるから。私は長年共に過ごして来た机に触れると、そっと自らの名が刻まれた所に触れて……眼を閉ざす。
独りで生きて行くのだと、心で叫び続けていた日々の中でも、魂は常に独りが怖いと泣いていた。その全てを知っている机に、小さく語り掛ける。
「行ってくるわ。今度からは、自分に素直になって……この世界で〝私〟として、生きてみる」
大切過ぎて動く事が出来なくなっていた人達を残して、私は旅立つ。守るのでは無く、守られる事も少しは覚えろと言わんばかりに微笑む彼等と共に。
手荷物だけを持ち港へ行けば、そこには人だかりが出来ているのが見える。別れを惜しむ人達の姿に、海賊相手に見送りって……と笑いそうになるけど、それがこそばゆい。
だからこそ私は決意する。涙の別れなんて、そんなものはいらないから。
呆れて、笑って、寂しくならないで。しんみりした別れなんて、きっと原作のナミちゃんには似合わない。
私は彼女にはなれない。でも、彼女の強さと優しさを借りて前に進むわ。
「船を出して!」
その声を出してすぐに、私は人の間を駆け抜けるように走り抜ける。私を止めようと手を伸ばす皆に、私は触れた事さえ気付かれないように触れて行く。
既に動いている船を見て、島の人達が悲しげな声を出すのを聞いて、仲間達が「良いのか」なんて言うからつい笑みが浮かぶ。そして、地を蹴りメリー号へと着地する。
良いにきまってる。私は笑顔で言うのだと決めているのだから。
「「「ナミー!!」」」
優しい声が背後から響くのを聞いて、私はおもむろに洋服を捲りあげる。皆からスった財布が、バラバラと船の甲板に落ちて行くのを見せ付け乍様子を伺う。
それを見ていた全員の言葉が途切れる。その場の空気が凍るのがわかるからこそ、面白い。
それを確認してから私は悪戯な笑顔で振り向く。だって、私は望んで旅立つのに涙なんて要らないと思っているから。
「じゃぁね、皆。行ってきます!」
サヨナラなんて言わないで、私は大手を振って笑顔でその場を船で去って行く。腕にはノジコから貰った飾りを着けて、肩には両親をイメージした入墨を祖父に彫って貰って、家族の想いの欠片を共にしての船出である。
そこにゲンさんの声が響く。私へでは無く、恐らくはルフィへ。
それを受けてルフィは笑うから、私はよく分からないままに双方を見比べて首を傾げる。そこへ、ベルメールさんの声が続く。
「ナミー!!アンタが幸せなら、何でもいい!好きに生きなさい!」
「ありがとう!皆、愛してるよー!行ってきます!」
それに島から笑い声が返るから、幸せだなと思う。そうだ、私はナミとして既に18年も生きているのだ。
いつまでも過去の中に生きて、遠くから眺めていてはいけなかったのだと思い知る。この愛情を受けるべきは私では無いと思って生きてきたけど、きっとそれは間違っていたんだわ。
そんな事を思っていると知ったら、きっとあの人達は悲しむだろうって事に、漸く気付けたのだ。だから……私はもう、大丈夫。
大切なものがなんであるのか、私はきっともう、見失わない。大切な人がいるからこそ、私は生きなければいけなかったんだ。
島が見えなくなった頃、私は漸く仲間に振り返る。心から仲間と呼べる人達に。
「改めて宜しく。麦藁海賊団の航海士ナミよ。そして、世界に狙われる作家であり作曲家の〝宝玉〟でもあるからトラブルは多い筈だけど文句は受け付けないわ。最後に……蜜柑畑を移植したけど、勝手に食べたら許さないから」
そう言えばサンジ君にはちゃんと挨拶していなかったと思ったら、サンジ君はそんな事は気にしていないかのように私の手を取り挨拶してくる。その仕草は確かに王子だなと思うのは、同じ事をしても他とは違いチャラく見せないからだろうか。
ああ、絵本の王子様みたいなんだわ。金髪に整った顔と細いのに筋肉質な身体で、女性には紳士的。
「愛しのマドモアゼル。俺は愛のコックで名をサンジ。貴女専属の愛の奴隷です。どうぞ宜しく」
なんだっけ、あったな、この……愛しのマドモアゼルから始まる歌。ああ、ディズニーの美女と野獣で挿入歌となっている『ひとりぼっちの晩餐会』だわ。
このサンジ君があのヴィンスモーク家の一員とは、わからないものだと私は考えて……その過去を知った時の話の流れが記憶に無い事に気付く。思い出そうとしてみても、仲間の姿はわかるのに、仲間のプロフィールもわかるのに、次につく島も、起きる事件や問題も、何も思い出せなくなっている事に。
死ぬ筈の人が死なないようにした事への弊害なのかと思うけど、答えはわからない。また、何か必要になれば思い出すかと呑気に考えて、私はサンジ君に笑いかける。
その時、上空にクーちゃんがいるのに気付き呼ぶと、迷わずに降りて来た。そのまま甘えるように擦り寄るクーちゃんにどうしたのかと思いながら撫でれば、心配そうな瞳と視線が絡む。
「そっか……私が死ぬ覚悟してたから……」
声に出せばクーちゃんは頷くから、そうだよねと思いながら「ゴメンね」と言ってその小さな身体を抱き締める。それを見た仲間達は、その光景に言葉を失っていたが、そこはこれから慣れてもらうしかないだろう。
クーちゃんとは、海賊になる前からの付き合いだもの。大切な家族みたいなものよ。
「クーちゃん、これからは少し真面目に執筆するから、それの売上とかについて少し話をしたいの。それでね、これを届けてほしいんだけど……頼めるかな?」
今までは何かあった場合、実家に全額。何も無くても一割は実家に届けていたけど、ベルメールさんとノジコに届けるなと言われてしまったのだ。
だけど、この船にお金をそんなに置いておくのは正直不安もある。何せ何かある度にこの船は、見張りを残すなんて余裕も無く、全員で戦いに行くのだから。
船であるメリーに「ひとりで戦え」なんて言える筈もないから、私に入る8割を10としてその内4割を出版社にて保管して貰い、必要な時には小切手として使えるようにして貰いたいと思っている。即ち出版社2、私の手元に5、預かってもらう金額3としたい訳でそれを書いた手紙だけど……通るかは分からない。
「ナミ、ソイツと知り合いなのか?」
「あ、そっか……手紙運んでもらってるってしか話してなかったものね。ニュースクーだから、全員クーちゃん。呼び方は変えてないけど、何羽か見分けはつくのよ。この子はこの地域の担当だからこれ迄に、一番お世話になってるの。ねー、クーちゃん」
「クェー!」
鷹の目の時に助けに来てくれたのもこの子だ。それに対して小さく、他の人には聞こえない程度に抑えた声で「助けに来てくれてありがとう」と言えば、クーちゃんは落ち込んだ様子を見せる。
それにより本気で鷹の目から助けようとしてくれてたのだと分かり、つい笑ってしまう。なんて優しくて、愛しい子だろう。
「他の地域にいるクーちゃん達も皆いい子だから、捕まえて食べようとしたりしないようにね!」
私の言葉にビクリと身体を揺らす麦わらの一味が誇る
そこには、クーデターが頻繁に起きているとの情報が載っていた。クーデターという単語を見て、微かな頭痛がしたかと思うとくらりと身体が揺れる。
それをさっとゾロが支えてくれたと思ったら、壁に寄りかかれるように座らせてくれた。でも、何だろう……この頭痛。
そうだ、サボの事を思い出そうとした時のと似ているんだわ。あぁ違う、それよりも先に……伝えなきゃ。
でもどう伝えるべきなのかしら。まだ、これを知ってショックを受ける子はここにいないけど……でもそれなら、伝える必要ないのかしら。
「ゾロ、ありがとう」
「気にするな」
そう言いながら散らかっていた財布と、私の手荷物を纏めて近くに持ってきてくれるのだから、お礼の言葉くらい素直に受け取ってほしい。その時、ゾロなりに私を心配しているらしく、眉を微かに寄せているのが分かり、ふっと微笑みが浮かぶ。
原作を読んでた時は無表情がデフォルトかと思てたけど、結構普通に表情コロコロ変わるのよね。その笑顔が、可愛くて好きってファンが多かったのをふと思い出す。
「疲れでも出たか?」
「……肩に、刺青入れ直して貰ったばっかりだし、基礎体力がアンタ達とは違いすぎるのよ。覇気も今回使い過ぎたし……だから、少し休めば大丈夫」
「なんだ、その、ハキってのは……?」
黙っているといつまでも無言で心配されそうだから、素直に話してみれば何故か話は覇気に移った。それに対しては、他のメンバーも同意見の様子で聞きたがっているのが分かる。
やっぱり男の子ね。強くなれる可能性には敏感。
「覇気って言うのは、大きく分けて三つあるの。うーん、そうね、私がアーロンからの攻撃を躱し続けられたのが、それの恩恵かしら」
「……それは悪魔の実とは違うんですか?」
サンジ君の言葉に私は頷く。それから私は、三種類の覇気について説明していく。
それを聞いた四人は興味深そうにしているけど、実際どうだろう……この時点で教えた事で何か問題が起きたりしないだろうか。それでも、何かあるとしたら私がその責任は負いたいと思う。
「だからナミの攻撃は痛てェのか」
ルフィの言葉に私は首を横に振る。そうじゃないわ。
だって、ガープさんが言ってたもの。何故か会った事無いけど。
「それは違うわ。愛ある拳は痛いものなのよ」
「「「「んな馬鹿な!」」」」
四人の息はピッタリで、それが可笑しくて笑ってしまう。それから新聞に視線を戻せば、やはり情報と共に頭痛が襲ってくる。
どうやら次は、ビビが仲間になる事を示しているらしい。ビビを仲間と呼ぶならば、ヨサクとジョニーも仲間だろうから、ビビは仲間じゃないと言う人もいるけど、朧げにしか思い出せない記憶の中の話を思えば、私はビビを仲間だと思ってる。
そう言えば、この船に乗る女は皆、素直に仲間になったりはしてなかったななんて、どうでもいい事を思う。それと初期メンバーで離れる騒動が無いのは、ゾロだけだなとか……。
あれ?でも、私は見てないから知らないけど、ゾロを主人公にした映画では、一味を抜ける話があるとか聞いた覚えがあるわね。
誰から聞いたんだっけ?……ダメだわ、無理に思い出そうとすると気持ち悪くなるから今は諦めましょう。
折角だからと、壁に寄りかかったまま新聞を読み進めれば、中から一枚の手配書が出てくる。それは、新たな手配書である事を意味していた。
だけどそれよりも、そこに書かれている金額と写っている人物を見て、頭を抱えたくなる。満面の笑みで可愛く写るその姿は、間違えようもない。
「ルフィ」
名を呼べば不思議そうに私を見ているから、手にした物をヒラヒラさせれば比喩ではなくビヨンとルフィが近付いてきて、嬉しそうにそれを手に取った。手配書が出るの早すぎでしょうと思うのに、何も言えなくなる無邪気な笑顔で奇声をあげる。
あまりにも無邪気な顔をしたルフィの手配書は、初めての物でありながら3千万と書かれている。アーロンでさえ2千万だったと言うのに、何故。
いや、それよりも何故アーロンがたかだか2千万だったのかが気になるところ。そう思った時、先程の比ではない頭痛が私を襲う。
そして、見えない筈の情景が目に浮かぶ。それは……悲劇がまだ起きていない事を示している。
でも何これ、目の前で起きてるみたい。過去なのか現在なのか、それすらも分からないんだけど。
【これ弟なんだ!俺の大切な弟なんだよ!】
【へー、これがかい?】
【無邪気そうな弟だよぃ】
【初めから3千万、それも東の海でとは豪気な事したもんだな】
それはまるで今起きているかのように、鮮明に。明瞭な声と共に、同じ手配書を持って喜ぶ人達。
エース、イゾウ、マルコ、サッチ。会った事もないのに、目の前にいるかのように鮮やかに映る彼ら。
声を出せば怪しまれると、私はただ頭を抱えるしかできない。見えているという事は、何かしらの意味はある筈よ。
そして少しのブレと共に映像が変化する。色彩は先程よりもくすんでいるけど、これは……いつ?
手配書は今でたばかり、それより先ってことは、これは未来?決まってるのか、可能性なのかな。
【サッチが殺された?!】
【犯人はティーチだ!】
【やめろぃ、少し落ち着けよぃ!】
【ティーチは俺の隊員だったんだ!なら、俺の責任だろ!】
そうして色を少しずつ、見える全てを黒ずませながらも話は進む。進む度に全体の色彩は暗くなり、声もところどころに雑音が入るようになる。
シーンも飛び飛びで、無理な省略をされているように思える。そうしてその中で最後に映し出されたのが、エースの最期。
【愛してくれて、ありがとう】
そこまで見て、頭痛と謎の症状が落ち着いた。今回の手配書で見えたのは、恐らく今で、その後は近い未来から鮮やかで、暗いのは、時間的に離れている未来なのだろう。
ならば、今のところはまだサッチは死ぬらしい。このままこれが進めば、エースは死んで、ルフィも傷付き苦しむ事になる。
それは控えたい。どうにかしなくては。
あの手紙だけでは弱かったのね。ならば何をしたら、変えられるのかな。
偉大なる航路にいる海賊の未来を、どうやって変えたらいいのかわからないよ。エースを……死なせたくない……!
ルフィの成長に必要と言われてるけど、喪わなくても成長は出来ると思うのよ。そう、死んだと思えばそれでいいじゃない。
脂汗が浮かんでいたのを拭ってから顔を上げれば、サンジ君が飲み物を差し出してきた。心配そうな眼差しが私を見詰めている。
「疲れが抜けないのでしたら、こちらをと思いまして、如何ですか、ナミさん」
「ありがとう、サンジ君」
飲み物を受け取って一口飲むと、体調が落ち着いてくる。……それと同時に、涙が零れそうになるのを感じた。
人から手渡されたそれを、疑いも無く口にしたのはいつ以来の事だろう。信頼出来る存在と言うのが、どれ程貴重なのかを思い知らされる。
ホッとして、手配書を見て喜んだり落ち込んだりして遊び回る男達に視線を向ける。それから私はその騒ぎが落ち着くのを待って、次の島へ向けて舵をとる事にした。
冷静に分析してみたくても、思考が定まらない。でも何も考えない訳にはいかないからと、現状の理解につとめようと努力する。
今までは、いつでも思い出す事ができた知識。それが突然わからなくなった。
更にそれを思い出せるのは何かのきっかけが必要だと言う事は、今後戦いの最中にそれが起きないとも限らないという事。……不安は多い。
でも、それが変わった、もしくはこれが成長したと言う事ならば、仕方ない。不安だからと足を止める事は出来ないのだから、前を見て行くしかないと決意する。
そう、だって次はいよいよ、ルフィが大喜びしそうな島であり、偉大なる航路へ向かうには必要な通過地点なのだからと気を引き締める。つい先日訪れたばかりの島は、もう目前に迫っているもの。
メリーを動かし始めて、そんなに長い時を待たずして見えてきた島を示して、ルフィを呼べばそれまでとは少し違った反応をされてつい笑みが浮かぶ。キラキラとしたその眼差しが、目的地が何処なのかを理解していると告げている。
「流石にわかるのかしら。あれは、ローグタウン。海賊王が産まれ、そして処刑された町」
私の声がルフィにどこまで届いているのか分からないけれど、ルフィはキラキラと輝く瞳でその町を見つめている。そんな姿に私は笑みを浮かべて、船をつけるように準備を進めた。
海賊王、即ちエースの父親が産まれて死んだ町。一度もエースと会わないままに別れる事となったのに、この世界では何故か産まれた事自体を罪だと言う。
地球では宿った新たな生命に罪は無いとされていたから、女海賊だけはいつも処刑されたりする事がなかったと言うのに。そう……女海賊は捕らえられた時点で九割以上が妊娠していたから、宿ってる命に罪は無いとされて拘留期限の関係で、女海賊だけが無罪放免とされるのが地球では常識だった。
余談だが、残りの一割は牢の中で妊娠したので無罪放免である。最後まで妊娠しなかった海賊もいるにはいるが、それは王侯貴族であったため金で解決してる筈。
地球の過去と良く似た世界なのに、この世界ではそこだけ大きく違う。いや、もしかしたら海賊になる人達の基礎の性質も、違うかもしれないけれど。
思考の渦に飲み込まれつつも、船をとめて上陸すれば、ルフィは大はしゃぎで町をみている。今後どうするのかと皆で情報共有しようとすれば、ルフィは死刑台を見学に行くと言い出して、サンジ君は食材調達、ウソップは装備を集めに、そしてゾロも買い物にと言う。
見事に協調性がない。まぁ、纏まって動いても非効率だものね。
「それなら、サンジ君はこれ持って行って。食材の買出しのお金。それから三人はこれがお小遣いよ。くれぐれも迷子にならないようにしてね」
そう私が言えば、全員が驚いた顔をするのでそう言えば今まで一度も渡してなかったと気付く。でも、ちゃんと一千万ベリー持ってきてるからなぁ……なんて考えて苦笑を浮かべる。
とりあえずクロネコちゃんを倒した時のは借金返済の為に全額貰ってるから置いといて、アーロンを倒した時の稼ぎとしてある分は必要経費とかはちゃんと残して、大丈夫な範囲で平等に用意したつもりのお小遣い。
「あぁそうだ、ちょっと待って。ウソップはこれで自分の分だけでいいから、夏物と冬物の服五着ずつ揃えてきて」
追加でベリーを渡せば、不思議そうに首を傾げられるが気にしない。細かい事を気にしていたら、この先やっていけないもの。
説明さえ今は面倒。それでルフィが興味示したら、本当に厄介だから仕方ないのよ。
「細かい事は気にしないで買ってきて」
後三人はと視線を向けて、背中から肩幅などをペタペタと触って確認すると一応メモしてから解放する。……ルフィ、少し大きくなったわね。
背中のサイズまでサンジくんとゾロ近いのね。サンジくんのが少し細いけど。
「えっと、ナミさん、今のは?」
サンジ君が動揺した様子で聞くから、それが何だか可愛くて笑ってしまう。ゾロはただ首を傾げていて、ルフィは何故か真っ直ぐに私を見ている。
仕方ないかと内心で溜息一つ。興味を示さないで出掛けて欲しかったんだけどな。
「ウソップは言えば買ってくるでしょうけど、ルフィとゾロは忘れると思うし、サンジ君は食料の買出しがあるでしょ?趣味はわからないから、今着てるのと近い物を選んでくるわ」
そう言った後で、何か希望があったのかと聞けばサンジ君は首を大きく横に振ったので、それぞれを見送って買い物に出発した。色々忘れたとはいえ、これから向かう
最悪、各季節五着あればどうにか回せるだろうと言うのもあったので、その為に出発しようとしたらルフィが私の後に着いてきた。それに気付いて振り向くと、ルフィが珍しい事を言う。
「ナミ、俺も一緒に行く。……駄目か?」
「そんな事ないわよ。寧ろ助かるわ」
笑い掛ければルフィはいつものように笑って、そしてそのまま抱き締めてくる。何かあったのかなとその背中に腕を回したら、ルフィは深く息を吐き出した。
ルフィも溜息なんてつくのね。何も考えずに動いてると思ってたのに。
幼少期は買った物を引き摺ったりしてたけど、それでも荷物持ちすると着いてきてたものね。それなら、今のルフィは荷物持ちできるだろうから、来てくれるなら助かるのも嘘じゃないわ。
「仕方ねェのは分かるんだけどよ。……ナミが無防備で、俺としては心配だったりする」
「……仲間に警戒するとか、無理だと思うのよ?」
「そうだな。ナミはそのままでいい。今まで頑張りすぎだったんだ……少し緩いくらいが良いかもな」
そう言って困ったように笑ったルフィは、小さく首を振ってから「取りあえず買い物だよな」と言って、いつものように笑ってくれた。ルフィのその笑顔に、私の心は随分救われてる。
洋服をルフィに合わせて買えたので、良かったと思っていたらルフィが不思議そうに私を見ているのに気付いた。何かついてるのかな。
「何か、気になる?」
「んー?ナミってどうしていつも、蜜柑の匂いがするんだろうって考えてた」
「この間一緒にお風呂入った時、ルフィからもするようになってたでしょ?」
「おぅ!だから、余計わかんねェんだ。ナミは蜜柑食ってる事多いから、そのせいかと思ってたんだけどよ、俺はそんなに食ってねェからさ」
言いたい事が分かり、私は買い物した物を持ちながらルフィの頭を軽く撫でる。それから自作の洗剤を使っていて、その材料に蜜柑を使ってる事を伝えれば、分かってなさそうな雰囲気で「成程な」とルフィは笑った。
ルフィが笑えばわかってようが、何も分かって無かろうがそれが正解で、ルフィがいればそれだけで良いのだと思える。ルフィは何も言わずに荷物を私から取ると、他に何を買うのかと視線で問い掛けてくるので気が緩む。
それが何だか懐かしくて、ふふっと笑ってしまう。あの頃も、ルフィはこうして傍に居てくれたわね。
「ルフィ……前もこうやって、買い物に付き合ってくれたわね。ありがとう」
「ナミは無駄な事しねェから、でもって、なんでも一人でやるから、こっちから声かけるくらいしねェと……って思う。ナミは俺が守るって、決めてるから」
真剣な顔で言われてしまえば、私もそれに否とは言えない。でも私は……。
足が動かなくなり、立ち止まってしまった私に合わせるようにルフィも立ち止まる。私に、ルフィの傍にいる権利なんてあるのかな。
「私は、ルフィ以外の男に、ルフィからの告白受けてから抱かれてるのよ。それでもいいの?」
「……何が、問題なんだ?」
「へ?」
ルフィは不思議そうに私を見て、首を傾げる。それから当然のように言う。
まるで私がおかしいみたいに。でも多分、私の意見はおかしくない筈よ。
「俺達海賊だぞ。弱けりゃ奪われる。ナミは女だから殺されたり、大怪我させられたりしねェで抱かれた。んでもって、俺がそれを守れなかったんだから、もし誰かに責任があるとするなら、それは俺にある」
ルフィの顔は真剣で、冗談を言ってる訳じゃないのが伝わって来る。だから……。
だからこそおかしい。ルフィ何言ってんの。
「……この先、だって、何があるか分からないのよ?私をこの間抱いたのだって……今の実力じゃかなわない相手で……勿論金銭の絡んだ合意ではあったけど……」
慌てて言葉を、合意だった事を付け足して、ルフィが無謀にも挑まないように気を付ける。それに対してルフィは一瞬その瞳を細めて、小さく「やっぱりな」と言ってから、何事も無かったかのように私を見つめる。
その視線から逃げたくなるのは、私の弱さ。でも、逃げたくないのよ、ルフィからは。
「この先ナミが誰かに抱かれたとしたら、それは俺の責任だろ。ナミが望んでとか、俺と別れたくなったからって言うなら話は別だけどよ……違ェなら、守れなかった男の責任だ」
「……そういう、もの?」
なんか、私の常識と違うんだけど。こっちではそうなの?
ここと地球の違い?え、でもそんなのほぼないわよね?
いやまぁ、地球の常識が海賊に通じないのはよくあるから、逆もあって不思議はないんだけど……。
「……鷹の目のオッサンに、今勝てるかって聞かれたら俺は勝てねェよ。そんなの相手にナミが抵抗出来なかった事を責めたら、おかしいだろ」
「それは……って、なんで……!?」
話してない。私、話してないわよ!!
慌てる私にルフィは怪訝そうな顔をする。けど、むしろ私が正常の筈よ、なんでルフィが知ってるの?
ゾロ?
ゾロが話したの!?
他には誰も知らない筈よ。ノジコにだって話してないんだから。
「ナミの部屋の洋服、鷹の目のオッサンと同じ匂いがした。それと、机の所に紙があっただろ。だから相手は鷹の目のオッサンと、鷹の目のオッサンが警戒してた奴だろ。そんなのからどうやって、ナミ一人で身を守れるんだよ」
……鷹の目の置き手紙、か。成程。
あれ、でも、あの手紙は……。
「その手紙、どうしたの?」
「ナミの机に入れといた。流石に、キッチンのテーブルに置き去りだと不味いだろ」
……ごもっともです。
少し落ち込んだ私は、けれども下着等を買う為にルフィを伴って買いに行く。各サイズ2~30枚ずつ買えば、後は……と思った所で「男達で適当に分けるから気にすんな」と、迷う私にルフィは優しく言う。
甘やかされてるなとしみじみしながら、荷物だらけのルフィと一度メリーに戻る事にした。ルフィは歩きながら、サンジ君の事を色々話してくれる。
仲間になったタイミング的に、私が何も知らないと思って、多分ルフィなりに気を使って……る、のかな?なんか、話の大半が飯が美味いに集約されてるんだけど……。
それともお腹が空いてるのかな?
お腹が空いてるにしては、途中の飲食店で食事をしたいと何故かルフィは言わないから、不思議だわと思ってルフィを見つめる。そんな私にルフィは唐突に言う。
「ナミが別れたいって言うか、俺が死ぬまでナミは俺の女だからよ。……誰に何されても、ナミは気にしなくていい。それを理由に別れるなら、自分を責めるんじゃなくて、守れなかった俺を責めろよ。それだけは、守ってくれ」
サンジ君の話の途中で突然割り込んで来たその言葉に、私は動きを止める。ルフィはニカッと笑うと「そうならねェように、守るからさ」なんて言ってくれるから、呼吸さえ止まりそう。
「ルフィ、私はルフィの事、ちゃんと好きよ。だから、ずっと傍に……居させてね」
「当たり前だろ。俺と別れても、船を降りるのは許さねェからな!」
「……降りたいって言ったらどうするのよ?」
「地の果てまででも、海の果てまででも、追い掛けてやる。ナミは俺の航海士だ!俺の進路はナミなんだ」
顔が、赤くなるのが分かる。女としてよりも、仲間としての私を優先してくれる事が、こんなに嬉しいと思わなかった。
好きな女だから、傍にいてくれと言われただけなら、居場所を見失って居たかもしれない。でも、ルフィは居場所と役割の他に、女としての私を求めてくれる。
「……あ!でもナミ、俺の責任だってのは分かってても、多分なんかあったらナミの事手加減無しで抱くから、それは忘れんなよ」
「へ?」
「流石に……この間みたいな、手加減はできねェよ。俺はナミに惚れてるからな」
この間みたいな手加減って、何。まさか、あれ、手加減してたの?
結構、冗談抜きで激しかったと思うんだけど!?
体力お化け?
性欲の権化?
私は言葉には何もしてないのに、何故かルフィには通じたようで驚いたような視線を向けられる。でも待って、おかしいのはルフィだからね!?
「……まさか、ナミお前、あれで普通に抱かれたと思ってたのか?」
「普通ってか、全力、だと……」
回数考えたって、そう思うじゃない。だって……ありえないでしょ!?
人として体力も精力もおかしい。猿でもここまでじゃない筈よ。
そう思ってた私にルフィは、少し呆れたような視線を向けて来る。まるで私がおかしいみたいに。
「ナミが体力使い果たしてるのは分かってたから、手加減してたんだぞ?あの時普通に抱いてたら、その日の内にナミが動ける筈ねェだろ。もし俺が全力で抱いてたんなら……数日は寝込んでたと思うぞ」
「……ルフィ、ごめん。私、付き合う自信が無いわ」
無理、私の身体が持たない。ルフィの体力に、付き合いきれない。
冗談抜きで腹上死は嫌だわと思って溜息を落とした時、少し低い声でルフィが言う。それには、覇気が含まれてるんじゃないかと本気で疑うような声。
「……ナミ、ここで抱かれたいならそれでも俺は良いけどよ?」
なんでそうなるの!?
思わずルフィを睨めば、ルフィは雄の顔で私を見る。それにゾクリとしたものが走ったのは、防衛本能の一種だろうか。
「俺はナミが別れたいと言う事は許すけど、別れてやるなんて言ってねェって事、忘れんなよ。……ナミは俺のモノだ」
私はこの段階に来て漸く、もしかしてルフィという生き物は、安易に付き合ってはいけない相手だったんじゃないかと気付いたけど、時は既に遅いような気もする。……私、本当に死因が腹上死とかになりそうで嫌だわ。
そんな事を思いながらメリーに買ってきた荷物を置いて、ルフィに簡単に食事を作ると何だか嬉しそうにされた。ルフィと二人で食べるのは初めてだな……と、思う。
幼い頃はいつも、エースやサボがいたし、最近はゾロがいた。出会った当初は、赤髪海賊団のメンバーやウタがいたものね。
私達がいない間、エース達と会う前は村の酒場で食べてたと聞いてるから、ルフィって一人で食事した経験は殆どないのかも?だからなんだか新鮮に思えてしまう。
それにしても、ルフィは相変わらず物凄い量を食べるわね。サンジ君が作ったのとは違ってそこまで美味しくはない筈なのに、ルフィは嬉しそうにしていて、それを見てる私も幸せな気持ちになって微笑む。
こうして過ごした事で、運命の歯車が少しズレた事に、私は気付いていなかったのだ。本来は有り得ない再会は、すぐそこに迫っていた。