食事を終えた時、私は洗い物をしながらこの後どうするつもりなのかを確認してみる。するとルフィは処刑台は明日にして今日は適当に町の中を見て来ると言うので、気を付けて行くようにと言って簡単なお弁当を持たせた。
お弁当を渡した所で、ルフィのお小遣いが食べ物に化けるのは知ってるけど、それでも少しは足しになる筈。空腹が一番の弱点である船長を、心配しない事は難しい。
それに何より、長年可愛い息子や弟の分類にいたんだもの。多少過保護になるのは、致し方ないと思うのよ。
「ナミはどうすんだ?」
「私は顔馴染みが何人かいるから、挨拶に行くわ」
私の答えにルフィはこの島にも良く来てたのかなんて言うから、笑って頷いておく。洗い物を終えてから立ち上がると、ルフィと共にメリーを降りて、道を分かつ。
少し歩くといつもの居酒屋があって、これからの事もあるからと挨拶にと足を進めた時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。できたら振り向きたくないけど、仕方ない。
「あ!ナナさん!」
「……たしぎちゃん?」
「はい!お久しぶりです!前もこの島で会いましたし、やっぱりこの島の方なんですか?」
「馬鹿か。海賊専門の泥棒だから手配書が出てないだけで、これは〝泥棒猫〟の二つ名を持つ女だぞ」
可愛い声に遅れて聞こえて来たのは、やはりスモヤンで、心の狭い男の発言にケッと言いたくなるのを押さえる。やっぱり調べたか、あの時から気付いてたのね。
ルフィと別行動にしておいて良かったわ。ルフィはどうせ今頃、どこかでお弁当広げてるでしょ。
「……確かに、噂にある泥棒猫の雰囲気に近いですけど」
近くないから。それは大いなる間違いだから。
確か、バギーはこう言っていた。泥棒猫とは、強気で、若く、美しい女。
太陽のような明るい髪は長く、幻のように姿を消す。男達を弄び手玉に取るは正に魔女。
けれども捕まえようと手を伸ばせば、引っ掻かれて何もかもを盗まれる。猫のようにしなやかに、素早く逃げ回る為、実力の程は不明。
それの雰囲気って……どんなですか?
深い溜息を落としてから、何の用かとケムリンを睨み付ける。それに対してケムリンは居酒屋を顎で示すから、取りあえず三人で目的の居酒屋に入る事となった。
でも私は失念していたのだ。体力馬鹿二人に絡まれて連れ去られたあの日が、最後に会った日だと言う事を。
「ナミちゃん!良かった、無事で……」
「店主、どうしたのよ」
半泣き顔で飛び付いてくるオッサン。それを驚きつつ受け止めちゃう美少女。
あれ、絵面的にヤバくないかな。大丈夫?
「あの日のお連れさん、両方とも七武海だったんだろ?後で知って、ナミちゃん大丈夫かなって」
「……ピンクの方が言ってたでしょ。ビジネスよ。問題無いわ」
笑い掛ければ「座って」とカウンターを示されるので、三人で並んで腰掛けると、私の目の前にはマスターが見えるように作ったレモン水が置かれる。それを飲みながら、ケムリンに視線を向ければ、小さく煙を吐き出していた。
本当に名は体を表す……よね。悪魔の実を食べる保証なんてないのに、良くもまぁこの名前にしたものだわ。
「そういう訳だ。心配かけるもんじゃねェ」
……この人、このいかつい顔で善人の部類だとか、何を狙ってるんだか。まァだからこそたしぎちゃんが、傍に居られるのだろうけど。
真っ直ぐすぎる二人が、少し眩しい。私には、こんな時期無かったもの。
真っ直ぐなら、今私はここにいない。歪まなければ、生きられなかったわ。
「あの、名前……ナナさんじゃ?」
たしぎちゃんの言葉に私はつい、笑ってしまう。可愛い子だなぁと。
でも、同時に少し胸が痛くなる。正しさと優しさは違うから。
例えば、久しぶりに会った友人が太ってた時、それを見て驚いたり太った事を指摘するのは〝正しい〟のかもしれない。でも、なにか理由があって、減らせなくて悩んでたらそれはその人を傷付けるだけで、優しさなんてないもの。
「……名無しの権兵衛から〝ナナ〟って名乗っただけよ。他の所では前に〝ミカン〟って名乗ったり、サイクロンが来るの分かってたから〝サイ〟って名乗ったりもしたわ」
「その名前……全員有名な賞金稼ぎですよね。賞金稼ぎをしていたんですか?……どうして?女性なのに、そんな危ない事を!もっと自分を大切に「アンタ達海軍が、役立たずだからよ」」
たしぎちゃんは嫌いじゃない。真っ直ぐなところも、素直に彼女の美点だと思うわ。
でも、だからと言って何を言われて不快にならない訳じゃないし、言われた時我慢出来ない言葉もある。女性は危ない橋を渡らず、自分を大切にしろって……?
なら、そうできる環境をあんた達が作りなさいよ。それができないなら、とやかく言わないで。
「アンタ達海軍が、海賊の手下になって私の故郷を、村人を奴隷にしていたから……だから、お金が必要だったのよ。皆の命を私達はお金で買ってたの。……おわかり?」
「……聞き捨てならねェな。その海軍ってのは、どこの支部だ?」
「話すだけ無駄よ。……そいつもケムリンと一緒で大佐だったもの、地位が同じなら裁けないでしょ」
ケムリンは瞬間的に黙り、少し間を置いてから小さくケムリン?と言って私を見た。そこで漸くまだケムリンとルフィと会ってない事を思い出した。
出逢っていれば、この呼び方に違和感なんて抱かないだろうから。そういう意味では、ルフィって凄いわよね。
いつも、的確なのに無礼なあだ名つける天才。だからこそ昨今の小学校では、あだ名禁止なんてのも多いのだろうけど。
「煙の悪魔の実だもの、ケムリンでしょ?」
私の言葉にケムリンは呆れたような視線を投げてから、黙った。けれども私の冷たい声と視線を受けた上に、海軍が海賊の手下だったと言われて、その衝撃から声を無くしているたしぎちゃんの反応は無い。
それを気にしていられる余裕が私にも無いから、当初の予定通りに店主へ挨拶を済ませようと視線を向ければ、何かを悟ったかのような店主の視線と絡み合う。この人は本当に不思議な人だと思う。
「店主、私もう数年は帰らないから……挨拶に来たの。今までありがとう」
「……七武海の関係かい?」
「まぁ、それもあるけど……夢を、追い掛けてみようと思うの。ずっと諦めて来た夢を」
私の言葉に店主は困ったように笑って、一瞬止めていた息をゆっくりと吐き出してから、微笑みを浮かべて「いつでも帰っておいで」と言ってくれた。それから「気を付けて行ってくるんだよ」とも。
普通ならば、よくある会話。でも、私にはそれが嬉しくて……同時に島を出た時と同じような複雑な気持ちになってしまう。
「虐められたら、つらくなったら、いつでも帰っておいで」
ここもまた実家なのかもしれない。そう思わせてくれる優しい笑顔に、指先が震えて唇が震えるから、そっと唇を噛んで俯く。
そんな私にカウンター越しに手を伸ばし、優しく頭を撫でるから……瞳から汗が出そうになるのを必死で耐えた。近くに、好きになれない相手がいるから尚更。
強くグラスを握り締め、一気にグラスの中身を飲み干してから、私は席を立つ。ケムリン達を待つ理由も無いので店の外に出ると、初対面だけど良く知る人物が目の前を横切った。
何も考える余裕もなく、咄嗟にその人物を追い掛けると、人通りの少なくなった所でその人物が立ち止まった。そして、振り向きもしないまま静かな声で問い掛けてくる。
「何の用だ?」
「……はじめまして、私はルフィの仲間です」
その人物は私の言葉に反応して振り向くと、私をそれこそ頭の先から足の先まで見て……笑った。それから無言で着いて来いと示されるので、後を追う。
言葉も無く共に歩いて少しすると、裏路地にある酒場に到着した。そこで小さく頷きあった店主と男は、奥のドアを私に示す。
私はそれに頷いて男と共に奥のドアを抜けると、促されるように向かい合わせに置かれた椅子に腰掛ける。それを確認してからその人物は、静かな声で問い掛けてくるから、少し早まったかなと思う。
「……ルフィから、聞いたのか」
「いいえ、ルフィは貴方を知りません」
「知らない……か。親父が教えてないとは思えないが、ルフィだからな。……それなら、何故?」
「ルフィに二人の義兄弟が居るのはご存知ですか?」
私が問い掛けに対して問い返した事で、男は一瞬黙り、それから成程と頷いた。そして妙に穏やかな顔で「ルフィの兄弟から聞いたのか」と言った。
この人はルフィの父親だからって、無条件で信じてここまで来てしまった。でも、ドフラミンゴもミホークも変態体力妖怪という原作とは違う生き物だったのだから、多少は警戒すべきだったかな。
それにしても、度量が違う。ルフィの兄弟が誰なのかなんて、この人は知らないのに、平然と受け入れたわね。
「えぇ、彼はガープさんのもう一人の孫でもありますから」
「……火拳のエースか。ルフィの義兄弟とはな」
「もう一人は、貴方の元に居る筈ですよ。参謀長のサボがそのもう一人ですから」
私の言葉に少し考えるようにして、納得したように頷いた男は「今更だが」と前置きして、私を真っ直ぐに見据える。どうやらエースの事だけ認識してたらしい。
そうなるとサボに関しては本人が何も覚えてないから、刺激しないようにしてたのかな。下手したら、記憶が戻った時に記憶を失ってた期間の事を忘れるタイプもあるからね。
「名前を聞いても?」
「私はナミと言います。ドラゴンさん」
「東の海に置いておくには、惜しい人材だな」
軽口を叩くドラゴンさんに私は小さく笑うと「貴方の息子は、そう言う人間だけを器用に集めて偉大なる航路へ向かうようですよ」と、口にしていた。それを受けてドラゴンさんは「人を見る目はあるようだ」と、嬉しそうに笑ったけど、その笑顔がルフィと似ているように思えて戸惑う。
けれども同時にそれが〝父親〟らしく思えて、会えなくても愛情はあるのだと理解出来たから、それだけで充分な収穫だったと思える。だからつい、私は我儘なお願いを口にしていた。
「……記憶が無いのは分かってますが、サボに……伝言を頼めますか?」
「近くにいるから、会って行くと良い」
「でもっ!万が一それによって記憶が戻ったとして、問題はありませんか?」
下手をすれば、記憶の無かった期間の記憶を失う事もある。タイミングがズレれば、必ずしも原作と同じような結果になるとは限らないのだから。
肉体の病だって充分難しいけど、こういった脳や精神に強く作用するタイプの事は研究も進まないから、症例も少なくて偶然治った人達のそれを元に考えるしか出来ない。そうなると、万が一の時に私はその責任を持てはしないから、少し臆病になる。
もしも、早く記憶を取り戻した事で、助けてくれた革命軍の事を忘れてしまったら。ルフィと一緒に肉体だけ成長した、昔の兄が仲間になったら……色々と話が変わってきてしまう。
「いつか来るのであれば、それは同じ事。サボも失われた記憶を知りたいと、心のどこかでは思っている筈だ」
私はその言葉に静かに頭を下げる。それだけで他に言葉は必要無かった。
その直後にドラゴンさんが何やら手配をはじめて、その数分後にサボが顔を覗かせた。身長がのびて、無邪気な笑顔が消えた他はあまり変わってないその姿に、私の涙腺は崩壊してしまう。
「……よかった、無事で……」
四肢も、瞳も失われては居ない。記憶は失っても、生きていてくれた。
顔には大きな傷があるけど、それだけで済んだなら御の字。本人は嫌かもしれないけど、ちゃんと欠損なく生きていてくれた事がありがたい。
それでも初対面の女が突然泣き出すのを見れば心穏やかでは無いだろうと思って、涙を拭おうとした時ハンカチが差し出された。三兄弟の中でこれができるのは、サボだけだろう。
「ありがとう……。ごめんなさい、取り乱して」
「……お前、名は?」
「……ナミよ、覚えてないとは分かってるけど、久しぶりね。サボ」
ここは他人のフリをするべきなのかも知れない。でも私はサボに〝はじめまして〟なんて言いたくなかったの。
ハンカチを借りて涙を抑えながら言えば、サボが溜息を落とした。そして……。
「髪だけ、覚えてる。記憶の中に、この色の髪がチラつく時がある。記憶の中では後姿ばかりだったが……」
「……サボを背に庇ってた事も少なくなかったものね。サボが一番、三兄弟の中ではマトモだったから、私の事も忘れずにいてくれたのかも知れないわ」
「……三兄弟?」
私は不思議そうにするサボに笑いかける。変わらないその姿に少し、ホッとしながら。
なんと言えば良いんだろう。言葉なんていくら紡いでも、記憶が戻る訳じゃない。
他人の言う事は嘘かも知れない。騙そうとしてる可能性は常にある。
騙そうとしてなくたって、それを伝えた人の印象だから、記憶としてはねじ曲がってる事も有り得る。階段から勝手に落ちたって記憶か、階段から突き落とされたって記憶かはその人の当時の認識にもよるもの。
だから、言葉選びは慎重になる。警戒されてるのも、当然の事だとわかるし。
「えぇ、サボとエースとルフィの三人は、兄弟盃を交わして義兄弟になったのよ。私はその時既に傍を離れていたけど……。生きていてくれて、ありがとう」
サボはエースとルフィの名前に小さく反応して、頭を押さえた。やはり二人はサボの中で大きな存在らしい。
私の事よりも本来強く覚えてるべき人達を忘れて、私を覚えていたのはきっと、一人で先に海へと飛び出した負い目もあるんだわ。でも、苦しむくらいなら忘れたままでいいのよ。
「積もる話もあるだろう。共に食事でもしたらいい。用意するよう頼んである」
ドラゴンさんの言葉に振り向けば、サボを優しく見つめるその顔にホッと息をはく。サボもまた、愛されているのだと知る事が出来たから。
そうして食事を三人で取る事になった訳だけれど、ドラゴンさんとサボは視線で会話するし、私も何となくわかる範囲で視線で会話してしまうからほぼ声のない食事風景となる。それにそもそも論で、会話出来る内容が無いのだ。
これでサボがルフィを覚えていたらサボが永遠に私へ質問をしてくれたのだろうが、それもない。困ったと思ったところで、胸元にルフィの手配書を入れていたのを思い出して、それを取り出して差し出せば、サボがそれを素直に手にしてくれた。
話題提供の為に行ったそれに映る、ルフィの無邪気な笑顔の手配書を見た瞬間、サボが頭を抱えて身体を揺らした。それを見て咄嗟に立ち上がりその身体を支えると、サボは小さく呻く。
苦しそうな呼吸の合間に、喘ぐようにサボが言葉を音にする。それを聞いて、私は泣きそうになるのを耐えるのが、大変だった。
「……ナミ、ルフィは……?」
「元気にしてるわ。私は今、ルフィのクルーなのよ」
「……なら、安心だ。アイツの泣き虫は、相変わらずなのか?」
「昔ほどじゃないわ。今は私の方が泣き虫かもね」
サボはそれに薄く笑う形で応えると、そのまま意識を失った。そんなサボの頭を撫でると、呼吸が安定して来た。
痛みからか辛そうな顔をしていたサボの表情が和らいだのを確認したら、自然と頬が上がる。それを見たドラゴンさんがサボを引き受けてくれたので、私は頭を下げてその場を後にする事にした。
これ以上いたら、サボは休めないものね。暫くは混乱もするだろうから、今後どうするかを自分で判断する為にも私は居ない方が良いもの。
恐らくはサボの記憶が、予定にない形で戻ったのだと解ったから。これがどう作用するのか私には分からないけれど、何かを変える事で、思ってもみなかった形で別の何かが変わる事もあるのだと言う事は理解しているから……私は気を引き締めてメリーへと戻って行った。
色々な感情が入り乱れて涙となるのを、途中の路地に隠れて落ち着かせてから帰らなければ、きっとルフィ達に心配掛けてしまう。でも、サボが名前を呼んでくれた。
私を懐かしそうにナミと呼んでくれて、もう会う事も出来ないんじゃないかと思っていたからこそ、余計にそれが嬉しい。私の知る限りでは、サボと原作のナミちゃんが会う事は無いから。
サボはルフィを、あんな状態でも気遣ってくれた現実が言葉に表せない感情を生む。それもあって、私の涙腺は暫く回復しそうに無かった。
その日の夜、船に集合した全員で買い出し品のチェックを行い、サンジ君に網の件を伝えて……と忙しくしていたけれど、大きな問題は無くて、明日にはここを出発できるかと話をしていた。サンジ君は魚の網について感動していて、新鮮な魚が定期的に手に入るのは有難いわよねとサンジ君と二人で手を取り合って喜んで居るのを、ルフィが不満そうに見ていたけど、お前の為じゃ!と心から思う。
翌朝、食料をつまみ食いと言う事の許されない量を食べ尽くしてくれた船長のおかげで、買い出しに再び行かなくてはいけなくならなければ、素直に出発出来た筈なのだけれど。まぁ、過ぎた事は変えられない。
私とサンジ君に叱られたルフィは、朝一番でいじけながらもサンジ君の作ったお弁当を手に処刑台を見に行ってしまった。叱らない選択肢は無いのだし、仕方ない事だけど。
「サンジ君、ごめんなさい。私がルフィを甘やかして育てたから」
「ナミさんのせいじゃねェよ。あれはそういう生き物だ」
「お前ら、夫婦で子供の会話してるみたいになってんぞ」
ウソップの突っ込みが妙にしっくり来た。そして、この後何が起きるのかを私は思い出せてはいなかったのだ。
ルフィは邪魔にしかならないからと、即席で作ったとは到底思えない出来栄えの弁当を持たせたサンジ君により、メリーを追放されたと言うか、いじけて処刑台に向かったというか……。姿の見えないルフィが、問題を起こさずにいてくれる事を祈るばかりである。
それから私とサンジ君の二人で足りない物が無いかチェックして、買い出しに必要な金額を計算する。食材の事はサンジ君に任せた方が良いので、私とサンジ君は別れて買い出しに行く事になった。
勿論荷物持ちとしてサンジ君にはゾロが、私にはウソップが付き添う事になったのだけど……。買い出しリストが多過ぎる。
シーツを干せる、くるくるハンガーが欲しくて探したけど無かったのは少し根に持ってるけど、どこかで特注するしかないとわかっただけでも収穫ね。いくつか買い物を終えた私が店を出た時、今朝はそんな気配なかったのにと今更気付く。
ありゃー、こりゃ雨になるかー。皆スマホ持ってないから、こういう時連絡できないのが不便よね。
電伝虫と子電伝虫を作りたいところだわ。今、その技術のある仲間はいないから困りものだけど。
とりあえず広場にでも行って、雨宿り出来そうな所で食事でもしようと私は考えていたけど、似たような事を考えたのか、ゾロとサンジ君を近くで発見した。運良く合流出来たと思って顔を上げれば、何故かルフィが処刑されようとしているのが見える。
そこで私は漸く思い出す。ここで何が起きるのかを。
「バギー……」
どうしてその場にならないと思い出せなくなったのかと、不便で仕方なくなったそれに歯噛みするがどうにもならない。それと同時に嫌なものを感じて、私は空を見上げる。
時間はもう残り少ない。買った物がダメになったら、この先の航海に支障が出るわ。
「この町に嵐が来るわ。船が流されたらどうにもならない。ここは、二手に別れましょう」
私がそう言うと、ゾロとサンジ君、ウソップは力強く頷いてくれた。そしてゾロとサンジ君が「「船長は任せろ」」と言うので、私はウソップと共に船に戻る事にする。
全員分の荷物を私とウソップの二人で持ってるから、大荷物になる。でも、それを嘆く時間も落としたり捨てたりする選択肢もないから、必死で抱えてから声をかけた。
「じゃぁ、また船で!」
私はウソップと共に買い込んだ物を持つ為にウソップにも荷物を括り付け、更にウソップはサンジ君が買っていた食材を持つ。私とウソップが大荷物を抱えてメリーに到着すると、バギーの仲間がそこにいるのが見えた。
名前なんだっけ。変な人達なのは覚えてるんだけど。
「モージとリッチ?だったかしら?……記憶が曖昧だわ」
後半を小さく呟く私にウソップは「名前何かどうでもいいが、メリーが燃やされたらたまらない」と言いながら走る速度を上げる。でも、私もウソップも荷物だらけでそこまで速度は上がらない。
ただ、この悪天候のおかげで火がうまくつけられなかったようで、戸惑っているのがわかる。それにしてもこの雨……普通じゃないわ。
撃退する事に何とか成功して、荷物は全て一度食事室へと運び込んでからルフィ達の帰りを待つ。あの二人がいてルフィに何かあるなんて事、それこそ有り得ないもの。
それにしても、あの時とは船が違うのに良くわかったなぁなんて、船に乗り込んだ後の今になって考えていると天候はますます悪くなっていく。メリーから陸を見るけど、視界は強過ぎる雨に遮られて状況がよくわからない。
いつまでも陸をボーッと見ていても仕方ないわね。いつでもメリーを出せるようにウソップに指示をしながら、私はルフィ達の帰りを待つ。
その時騒ぎの音や声が聞こえて来て、待ち人達のその姿が見えたのでそれと同時に船を緩やかに回転させ、三人が飛び乗るのを待つだけという所まで用意しておく。
三人の後ろから海兵が迫っているのを見ながら、ルフィなら大丈夫だろうと判断して少しだけ船を進めればルフィが二人を巻き込んで船に飛び込んできた。激しい音と共に帰り着いた三人を確認して、全力で船を先に進める。
「お帰りなさい」
私の言葉に三人は一瞬呆けたように、けれどすぐに楽しげに表情を変えて笑った。これでやっと、私達は波間の向こうを目指して旅立てる。
その勢いのままにサンジ君が進水式をしようと言い出すのを、ゾロが楽しげに受け入れて準備を始める。そしてそれぞれが夢や目標を語り、樽の上に足を乗せていく。
こんな進水式を私は知らない。でもきっと、これは必要な事。
「俺はオールブルーを見付ける為に」
「俺は海賊王!!」
「俺ァ大剣豪に」
「私は世界地図を描く為!!」
「お……お……俺は、勇敢なる海の戦士になる為だ!!」
「「「「「行くぞ!!〝
それから最後に、私達五人は揃って樽に乗せていたその足を振り下ろして、樽を割って私達流の進水式は完了した。本来はこんな天候の時にやるものでは無いし、普通ならそれは船に乗る前にやるもの。
だが、全員が足で樽を割るという暴挙とも呼べるような進水式は、だからこそ私達らしいのではないかと思えてならない。揃って笑い出す私達は、きっとこれから多くの苦難にも合うだろうけど、それを凌駕する楽しい事にも出逢えると信じられる。
「いざ行かん、偉大なる航路!」
五人の心はこの時、ひとつだった。波間の向こうを目指す小さな海賊団の、これが新たなスタートだと言えるだろう。
ぐっしょりとした姿で全員揃って食事室に入ると、サンジ君が暖かいものを用意してくれて、私だけは着替えてから席に着く。お茶を飲んだりしつつ買った物について話したりしていたら、暇になったのかルフィが私にこの後どうしたら偉大なる航路に行けるのかと聞いてきた。
それを受けて私は、自分の手荷物の中から一枚の地図を持ち出してテーブルに広げて見せる。懐かしきかな、ルフィと再会したきっかけとなった、バギーから盗んできた海図だ。
これを盗みに行かなければ、ルフィとの再会は無かったのだから、それだけはバギーには感謝しても良い。でも、ルフィを殺そうとした事だけは、生涯許すつもりは無いわ。
覚えてなさいよ。いつかアンタが忘れてても、いつか何かの形でお礼してやるから。
「地図のここ、これがローグタウン。それで私は〝導きの灯〟を頼りに進もうと考えてるわ」
ルフィにそう言って説明すれば、やはり山に向かっている事を気にする言葉が飛び交う。でもそれは想定内の事なので、自信を持って頷く。
「そう、山のところを流れる川を逆流して登るの。想定内の事は起こらない。何が起きてもおかしくない場所。それが、偉大なる航路」
そこまで言って、はたと気付く。いつの間にか嵐を抜けてしまっている事に。
しまったと顔色を変えた私にルフィは首を傾げ、ゾロは嫌そうに顔を歪ませた。私が顔色を変えるのなんて、そう多くは無いからか嫌な緊張感が漂っている。
「どうした?」
ごめん、話に夢中になり過ぎてた。ここは
顔面蒼白とはまさにといった風情の私に、ウソップも何かを察知して青ざめる。その姿を見て、どうにか誤魔化したくてぎこち無く笑って見せた。
「……ウソップ、洋服とか小物は、確認した?気に入って貰えると良いんだけど」
誤魔化すように言ってみても、女の子に甘い筈のサンジ君でさえ誤魔化されてはくれなかった。それから私は、どうにか凪の帯に入った事を誤魔化せないかと本気で一瞬考えて、そんな事をしていたら死ぬと即座に気付いて溜息ひとつ吐き出してから、素直に話す事にした。
「ここは凪の帯。今すぐ嵐の海域に戻って」
「はーい、ナミさん」
いっそハートマークがついてるであろうサンジ君の言葉に、ブレなくて助かると思ったのは内緒だ。でも、恐らく馬鹿三人が騒ぐので一気に説明する。
嵐よりも安定している気候のここを安全だろうと言う彼等を、時間も無いので急いで説得しなければならない。こんな形で冒険が終わってたまるもんですか!
「凪の帯は大型海王類の巣で、風が吹かないから漕がないと永遠に帰れないの。だから、帆をたたんで今すぐ漕いで!」
簡潔にそう言ってみた瞬間に、船は高く高く上がってしまう。これは間違い無く巨大海王類の上にいる。
あぁ……遅かった。メリーを持ち上げてる海王類を切り刻んだら他の海王類が敵になるし……どうしよう。
私は柱にしがみついて涙を飲む。こんな事で泣いてる場合じゃないのよ。
海王類の鼻の上にいるという状態に気付いた三人は、顔を青ざめさせながらオールを手にしていつでも漕げるように準備をする。その中でウソップはと視線を向ければ、立派に気絶していた。
それに危機感を覚えて私が声を出そうとした時、海王類がくしゃみをした為に、船から落とされない事だけにそれぞれが必死になる。その結果、嵐の中に戻れたのだから幸運と言えるのではないかなんて思った私は、楽観的なのだろうか。
ちなみに気絶していたウソップは、ルフィが手を伸ばし、ゾロとサンジ君が支える形で助かりました。みんな無事で何よりね。
それから嵐の中で山を登れる理屈を説明してみるものの、恐らく理解はされてない。特に、ルフィには。
「なるほど!」
ルフィの言葉に分かったの?!と期待の眼差しを向ければ、次の瞬間には力が抜けてその場に崩れ落ちる。期待した私が馬鹿だったわ。
そのまま諦めてたら良かった。いや違う、今後の為に耐性をつけたのよ、私は。
「〝不思議山〟なんだな」
「もう、良いわよ。……それで」
諦めモード全開で言えばサンジ君がフォローしてくれるけど、この脱力感はどうしようもない。でも、座っていたらそれこそ船ごと死ぬから私は立ち上がる。
嵐の中という事は、海王類とはまた違う脅威が待ってるもの。そして続く山を登るルートのリスクもある。
それは、言葉で説明してる場合じゃない。とりあえず生き残る為には、動くしかないのよ。
「皆、死ぬ半数に入りたく無かったら頑張ってね!」
明るく笑って見れば、サンジ君以外が明らかに嫌そうな顔をしてこちらを見た。それでもどんな顔で見られようとも、現実は変わらない。
……だから、別に、気にしてない。気にしてないからっ!
しかし、じゃれている間もなく入口が見えてくる。ここが正念場だ。
「なんだ、あのでかい影」
騒ぎになって、感動しているのは何も男達だけじゃない。私も、知識で知っているだけで初めて見るのだから、感動もすれば一瞬呆然ともする。
山を登れる筈が無いと言い続けていたゾロも「嘘みてェだ」なんて呟いていて、一瞬注意が疎かになる。それを一喝したのはルフィの一言。
「舵をしっかり取れ!」
即座に反応したのはウソップとサンジ君で、ルフィの言葉に従って舵を取ろうとしたけどそこで最悪の事態が待っていた。それを想定してなかった自分を殴りたい。
舵が、折れた。となれば当然このままではっ!
そこでルフィが悪魔の実の力を使って衝突を防いで、ゾロがそれを助けて、少しのズレはサンジ君が蹴ったりしながら調整する。漸く軌道に乗ると、そこからは信じられない程スムーズに船は進む。
全員が振り落とされたりする事なく無事に、海流に乗って頂上に到達する事が出来た。ここを下れば、偉大なる航路に入れる。
ワクワクする気持ちを誰一人抑えられずに、前を見据えて笑顔になる。それぞれの夢が、今目の前に広がっているのだから。
さぁ、広い世界を見に行こう。波間の向こうを目指して進もう。
見た事も無い大いなる海を、島々を、世界を見よう。そこは正に、待ち望んだ
私は風に靡く自分の髪が目に入らないよう気を付けながら退かして、ニッと笑うと両手を空に突き上げて大声で笑った。原作のナミちゃんの夢も共に連れて、私達は波間の向こうを目指して進む。
東の海編ー完