ウタが皆の前で歌を披露するけれど、まだ練習段階だからか誰も寝る事も無くそれを聞く事ができた。その事実に頬を緩ませて、ウタの作った歌を聞く幸福な時間を堪能して行く。
一度聞いた後で音楽家達が楽譜を見せろと騒ぎ、皆で確認してから再び始まったそれは何とも穏やかで賑やかな時間となる。微笑ましいそれを眺めていれば、ウタがトテトテと聞こえて来そうな勢いで近付いてきた。
「ナミ!ナミも何か歌ってよ!」
「何かって言われても……」
「ウタ知ってるんだよー?ナミ、切なそうにお歌、歌う事多いの」
ニンマリと笑うそれは、最早子供とは思えない。いや、子供だから素直にニヤニヤしているのかも知れないけど。
そんな事を考えて戸惑っていたら、シャンクスが二つの包みをチラつかせてきた。どうやらそれが、この間からしきりに聞いて来た〝欲しい物〟の結果らしいと理解する。
「ウタは今歌ってくれたから、後はナミが歌ったらこれをやろう」
「もう……!ウタが可愛く歌ってくれたんだから、それだけで良いじゃないの」
可愛いウタがいれば十分でしょう。そう思って脱力しつつ言葉を口にしたのに、シャンクスは間髪入れずに否定するし、足をパンパンと叩くようにしながらウタも抗議してる。
ウタのこれは子供ならではの地団駄なのか、それともウサギの威嚇なのかな。どちらにしても良い癖とは言えないわよね。
「ダメだ!俺はナミの歌もちゃんと聞いてみたいからな!」
「仕方ないわね……」
ウタがよくシャンクスに「仕方ないわねェー」と言いながら、嬉しそうにしてるのが何だかんだ分かってしまう。違いがあるとしたら、私は嬉しくないところだろうか。
それでも……ここで断る選択肢はない。そう判断して、あまり暗過ぎず……けれどもお祭りっぽくならない曲を……と考える。
「なら、そうね……歌うわ」
「何歌うの!?」
地団駄ウサギを辞めて、キラキラと輝く眼差しを向けられては、私は自分の存在がそのまま浄化されるんじゃないかと思わされる。うちの子、可愛い。
天使は、実在した。天使じゃないなら、妖精だわ。
「ウタ……可愛い!」
「そんな歌は無いと思う」
思わず抱きしめながら言ったら、静かなツッコミが返った。でも、可愛いのよー!
だめ、ウタの事はどこにも嫁に出すものですか。狙う狼は、全員私が蹴散らしてくれる。
ウタが欲しければ、私の屍に超えて行け。その為にも、強くならないと!
「ナミ、帰ってきてー!」
「何言ってるの。私はずっと可愛いウタの傍にいるわよ?」
「うん、心が傍に来すぎて遠く行ってた」
「難しい事言ってるわ……。そうね、なら『月と太陽』にしましょうか」
「楽しみー!!」
そう言ってウタが離れて行く。それが合図。
歌う為に笛では無理があるので、楽器を借りようと視線を向ける。本当はドラムが欲しいけど、ドラムだけで音をとるのはキツイからピアノへと視線を固定した。
それに気付いたのか、道が即座に作られたのでそっと近づき、簡単に音を確認してから腰を降ろす。……私が〝宝玉〟だと知られて、最初の真面目な演奏。
この名前に泥を塗る事はできない。この名前は、本来のナミちゃんをイメージして付けたものだから。
静かに深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着かせ、鍵盤に指を滑らせる。一音目と歌い出しが重なるこの歌は、けれども誰かと合わせてでは無く一人での弾き語りであればそれ程難しくない。
大丈夫、できる。そう自分に言い聞かせてから、息を大きく吸い込み、開始した。
「ーーー」
夢に誘うウタと、
最初のワンフレーズが終わると、僅かな間奏が入る。少し短めの間奏ではあるけど、最初のフレーズを際立たせる効果は高い。
「ーーー」
淋しいなら声を聞かせてと言うかのように、海は優しく受け入れてくれる。届かないなら、
そんな自然の優しさに、私は飛び方を忘れた鳥のようになってしまう。行き先を見失ったかのように、空を見詰めるしかできない。
「ーーー」
月は太陽に照らされ輝くのに、私は照らされても輝く事ができない。ただ、月のように消えて行く姿が、水面に映るばかり。
このまま変わらなければいい。悲しい未来に進むのが怖くて、逃げるように
「ーーー」
夢を追う幾千の海賊達。その船の下を流れ行くのは、砕け喪われた夢誰かのか、それともこれまでに己が奪って来た生命だろうか。
その旅に出れば二度と戻れないとしても、それでも皆は進むのでしょうね。それは私も同じだから、皆の為なら死ぬと分かっていても飛び込んでしまうと確信を持てるもの。
そのまま間奏に入る。すると気付かない間に汗をかいていたのだと教えるように、風が肌を撫でるそれが妙に冷たく感じた。
驚きと感動を隠さない視線が、隠しも遠慮もなく向けられる。ソレに応える余裕は無く、間奏の終わりが近付いていき、私は再び大きく息を吸い込んだ。
「ーーー」
感情の赴くまま、哀しければ頬を濡らし、伝えたいから声を枯らして歌う。俯くのではなく、俯き過ぎて浮上する手段が見付からなくなってしまっている。
悲しみや苦しみを簡単に見付け、自分や他人の影を探してしまうの。躓いて動けなくなって、そうなって漸く私は空を見上げられるくらいには、無知で愚かな私と言う存在。
「ーーー」
永遠だとか、真実だとか、存在さえあやふやな目に見えず触れられない物ばかりを求めてしまう。そんな私を導いてくれるのは、神話のように水面に浮かぶ方舟。
ここから歩いてく為に、シャンクス達の足跡を必死で辿るばかりの自分が、情けなくて苦しい。そんな感情を乗せながら、曲の盛り上がりを伝えるように指と声が勢い付く。
「ーーー」
当てがある訳も無いのに、名を高め広めようとする男達。ただ、本能と欲望の赴くままに。
いつか、自分達がこの世にいた証明を残せたらとでも言わんばかりに暴れ回る。きっと海賊と呼ばれる人達は、突き進んで行くのでしょうね。
長い間奏に入る。その間に呼吸を整えるのはこれがラストの間奏であり、締めへ入る直前だから。
真剣な顔で私を見てる幹部達。その瞳が、ただ楽しんでるのではないと伝えて来るから、私の気持ちは自然と引き締まって行く。
「ーーー」
一人で佇むしか出来ない。輝き方なんて、私には分からないもの。
守り方が分からない。輝く力が、守る力が足りないの。
「ーーー」
いつの日か皆は光に包まれて、私とは別の道を進むでしょう。ずっと傍には居られない事は分かってるわ。
例え二度とこの場所に戻れなくても、私は進むでしょう。終曲への道しかないのだとしても、これ以外の道を私は、選べないから。
歌が終わり、曲も終わる。シン……と静まったのは一瞬なのに、永遠に感じた。
「流石は宝玉、か……」
ウタと楽しそうに戯れる姿は、身長が近いからか姉妹のように見える。なのにその瞳に宿る感情や言動は単なる親馬鹿な、甘ったるい母親のそれ。
イザとなった時俺達よりも先に反応してウタを庇う。その庇い方が〝女〟だなと思わされるが、それでも確実に守り抜いて来た。
俺を表す二つ名にも使われる髪が風で乱れるのと同時に、ナミはピアノの前に腰をおろした。歌に関する悪魔の実を有した天才であるウタが憧れ、師事するだけの実力をナミが持つとは思えないが、それでもそれなりには力もあるのだろうとその様子から判断して聴き始めれば……己の甘さを痛感させられるばかり。
その身に宿る悪魔の実の能力故にか、元々あった才能を悪魔の実がサポートしているのかは定かでは無いが、そんな元々天才性の高いウタが認めた存在である事を、俺は甘く見ていた。今更ながら、子供同士の戯れでは無いと思い知らせてしまう。
甘く切ない声が、語り掛けてくる。好きに進めと言いながら、己は淋しさを歌にすると哀しく伝える歌。
天才が師事する相手が、凡人の筈が無かったんだ。己が海であると知らず、月を映して月になれぬと嘆くその姿は決して幼子とは思えない。
何を抱えて生きている?
歌や演劇は、その演者がどんな経験をして来たか、想像力を持っているかでリアリティや練度が明らかに変わる。それなのに、まだ六歳の幼子がこれ程の歌を歌いながら演奏できると、誰が思う。
ウタは天才だ。それに、指摘をして伸ばし、自分で一曲を完成させられるようにできるその実力を見誤っていたのは俺の落ち度。
この子もまた、世界から狙われる。俺達は、この二人の娘を守り切れるのだろうか。
……娘と、ナミを思えるのかも怪しい。時折見せる子供とは思えない判断力と言動に、悲しそうな横顔に、庇護したいと思うのと同時に感じる劣情。
何だかんだと言いながら甘さの目立つその言動は、明らかに海賊向きでは無いのに、その覚悟が……この世界でしか生きられない事を如実に伝えて来るんだ。他の誰かに取られるくらいなら、俺の腕の中に閉じ込めておきたいと願うのは、本当に父性としての感情だけだと言い切れるのだろうか。
歌う姿がどれ程子供と思えなくても、守る姿がどれ程慈愛に満ちていようと、戦う姿がどれ程気高くとも……相手は
例え戻れなくて、終曲へ導かれているのだとしても、今はまだ認められない。そこまで外道になるには、俺も抱えてる物が多過ぎる。
歌が終わるのに合わせて、多くの感情を込めて呟けたのは一言。それに対し困ったように笑うそれが、妙に色気を含んでるのがまた問題だ。
「流石は宝玉、か……」
シャンクスの声が聞こえて、人の作品だからと言いたくなって飲み込む。これは、私が抱えて行くと決めた業だから。
そう思って笑ったら、シャンクスが戸惑いをその瞳に宿した。何か変な事でもしたかなと首を傾げると、その直後にウタと私へ向けて包みを投げ渡して来る。
それをそれぞれが慌ててキャッチすると、ウタは迷い無くそれをビリビリと開けていく。可愛い包装紙だったのに、良かったのかな?
けれども出て来た物を見た瞬間、そんな思考は停止してしまう。この世界に、そんな物があるとは思わなかったから。
ウタもそれがなんだか分からないようだけど、間違いなくそれはヘッドフォン。造りとかは分からないけど、耳に当てる部分に〝UTA〟と書かれたそれはオーパーツ地味てさえいる。
「え、それ、音楽どうやって聞けるの?」
「これが、音楽を聞く為の物だと説明無しに分かるところが怖いんだがな」
そんな事を言って笑うのはスネイク。何だかんだと言いながら、私と過ごす事が多い人物でもある。
航海士であり曲芸師でもあるスネイクは、私の動きを見て改善点を見付けては教えてくれるし、海が荒れると言ったりする私を素直に受け入れてくれた優しい人でもある。……顔が少しゴツイからか、勘違いされやすいみたいだけどね。
「これ、音楽聞けるの?」
「ああ、知り合いに頼んで用意してもらった。耳に被せてみろ」
シャンクスの言葉に従い、ウタはヘッドフォンを頭に被り耳を覆う。そうして周りをキョロキョロと見ているから周りの音が聞こえないのかと心配したけど、どうやら問題なく声も音も聞こえているらしい。
そのままパンチとライムジュースにヘッドフォンの使い方の指導をされ始めたウタは、上機嫌で頷いたりしながら操作をしている。それを微笑ましく見ていたら、ベックマンに頭を軽く叩かれてしまった。
「ナミも見てみろ」
「あ、はい。そうですね。すみません」
「……俺には、硬いままだな」
「え?」
「気にするな」
そう言って笑ってくれるから、私は意識を手にしていた包みに向ける。そのままそっとそれを開けば中から出て来たのは、有り得る筈も無いと思っていた三本の棒。
思考が止まるのを感じながら、けれども思考がフル回転して身体が勝手に動き出す。クルクルと回して風を起こしたり、熱を発生させたり、冷気を出したりして……そうしてそれを活用して小さな爆発を起こしたり雷雲を作れば、それを見ていたらしい皆が固まった。
声も何も聞こえない。そんな中で私は手にしたそれが
「気圧は十分。天気は快晴!突然の雷にご注意ください!」
「そんな天気がこの東の海であって堪るかっ!やめろナミ!!」
「ハートの痺れに、ご注意ください」
言葉と同時に近くを泳いでいた海王類に向けて放つ。顔を出すのは海面の動きから推測できていたので、問題は無い。
バリバリと音を立てて痺れるのは、哺乳類系の生物であるから。身体の中に水分保有量がそれなりにあれば、雷にやられてしまうのは当然の事。
それも、通電にかけては最高の相性である水……それも塩水の中にその身を沈めているのだから、感電しない方がおかしいのだ。断末魔の様な悲鳴が海王類から聞こえたのを気の所為と無視して、その威力に頷く。
この位はないと役に立たない。でも、だとするならこれは間違いないわね。
くるりと身体の向きを変えて、その勢いのままシャンクスに飛び付いた。それは、感謝の心が溢れているから。
「シャンクス!ありがとう!」
「…………俺は、何て物を与えちまったんだ」
頭を抱えるようにしながらも天を仰ぎ見るシャンクスに、満面の笑みを向けた。嬉しい。
これがあれば運命は変えられるかも知れないわ。誰も、喪わずに済むかも知れないのよ。
「嬉しい!ありがとうっ!!これで、戦えるわ!!」
「今までも十分すぎるくらい戦えてたからな?」
「これで、護れるかも知れない……」
「ナミ……」
「本当に、ありがとう。大切にするわ」
叶うなんて思ってなかった、奇跡の出逢い。有り得ない邂逅により、私は力を得る事ができた。
私とウタはそれぞれが生涯大切にする事になる大切な相棒と、この日出会ったのだ。ウタと共に喜び合い、笑顔で手を握り見つめ合うと嬉しさの余り二人で思いつく限りの曲を歌い続ける事となる程には、幸福に包まれていたの。
そんな幸福な時から一年程の時が流れる。その間にも私は〝宝玉〟としての作品を発売し続け、定期的にベルメールさんとノジコへの連絡を入れてはいたけど。
シャンクスには勿論、ベックマンやヤソップ、スネイクとも何度も戦っては己の弱さを痛感させられる日々。その中でも、ライムジュースとは戦い方が似てるからと良く手合わせをしていた。
切磋琢磨して互いに得る物があるのだと言える相手と、明らかに遊ばれたり教えて貰ってるだけの相手がいて……けれどもどちらにしても、私が勝てる相手では無い。どう足掻いても勝てない人達に囲まれながら、それでも実力が伸びているのを実感できるのはウタを抱えての戦闘を負担と思わなくなってきた事にあるのだと思う。
接近に気付かなくて乗り込まれた時にも、ウタを抱えて追い詰められたように見せかけて船首から皆の元へと、敵を飛び越えて戻り戦える程度の脚力と度胸がついている。戦闘になるとウタを部屋に閉じ込めて、私も共に戦わせて貰える事が次第に増えて行く。
そんな中で毒を受けて倒れたクルーに私が対応していたら、知らない種類の毒だったのがホンゴウが横から色々聞いてきたり、子供が思い付きで治療するなとか言ったりするから、つい本気で一喝してしまった。それ以来、私が必死で何かをしてる時は
先程の一喝も、結局は子供の癇癪だと呆れられてるのかしらね。そう思ったら切なくて、深く溜息を落としてしまう。
「ナミ、ウタ、悪いが二人ともこれからちっとばかり騒がしくなるから奥に引っ込んでてくれ。……歌わずにな」
「はーい!」
「気を付けて見てるわ」
真剣な様子を見せるシャンクスに対して、ウタは明るく返事をする。これが、寂しさを隠してる事をシャンクスは理解出来てない。
だから私とウタの返事を受けて、心配そうにするのだって寂しさに対するものではなく、ただ敵に狙われるのを防ぐ為。隠して、庇って……彼等は〝宝物〟をそうして守る他の道を知らないのだ。
「ナミ、頼むぞ。ウタはそう言って、部屋で歌ってた事が何度ある?」
「もう大丈夫よ!自分の中のステージにいるからっ!」
「なら良いが、落ち着いたらまた俺達に歌ってくれよ」
「分かってるわよ!私は〝赤髪海賊団の音楽家〟であり〝世界の宝玉〟が書き下ろしてくれた全ての曲を自由に歌っていいって許可を得てる唯一の存在なんだから!!」
ウタはドヤァァ!!って背後に書かれてそうな勢いで言い切る。その様子が愛しくて笑えば、シャンクスが私を見て困ったように笑う。
そんなシャンクスと私を見て、ウタは何かを察したように頷いた。それからいつものように、妙な事を言い出すのだ。
「シャンクスはパパって感じじゃないけど、ナミはママって感じがするんだよね。……ねェ、ナミはいつちゃんとママになる?」
「ウタの方が歳上なのよ?……確かにウタが可愛くて、顔面崩壊してるのは認めるけど」
「ウタ、余計な事考えるな。まだ、何も起きねェよ」
ニマニマと笑うウタに、シャンクスが突っ込む。その様子に仲良しねと笑えばウタから、本気で分かってないし……とか呟かれるけど、なんだと言うのかしら?
確かにウタはまだまだ小さくて、私の中身的には娘に欲しいけど。……身体がもう少し大きければ、娘!とか本気で言えるのになぁ。
どうしてこんなにも、ウタは可愛いのかしらね。ウタに恋人でもできようものなら、シャンクス達より騒ぐ自信があるわよ。
そんな事を考えていたら、ウタがシャンクスにニタァと笑う。その様子が、おマセなお姉さんぶりたい子供特有のものだと分かって更に微笑ましく思えて来る。
「ふぅん?……まだ、ねー?」
「生意気に育ちやがって……」
そんな事を言いながら、シャンクスはやはりウタが可愛くて仕方ないのだとその全身から滲ませる。こんな光景を見ているのが、私の日常となっているとしみじみ思う。
「気を付けて行ってきてね」
「ああ、ウタを頼む」
「大丈夫、ウタはいい子だもの」
自慢の娘と声を大にして言えるとしたら、それはウタが赤髪海賊団の娘であるから。でも、私は正式なクルーではないから、そちらの意味でも言っていいのか分からない。
そっとウタの手を握ると、部屋に入る。そんな私はとウタに軽く手を上げて去って行くシャンクスを見送ってからドアを閉めて施錠すると、ウタは即座に自分の世界に入ってしまう。
そんなウタを眺めながら、最近立寄った島の地図やこの海域の海図を描いていく。船が、揺れる。
インクが揺れて、けれどもウタも私も気にする事なくそれぞれの世界に没頭しながら待っている。どうせ長くはかからずに、シャンクス達が勝つのだから。
そんな事を思いながら、絶対の信頼を胸に。顔を上げると、ウタが小さく身体を丸めて自分を抱きしめるように、自分の世界に入り込んでると気付く。
自分の能力を少しずつ理解して、でもまだ制御もできないウタ。危ういけれども、こればかりは自分で乗り越えるしかないから、私は頑張ってと心で応援するしかできないのだ。
その時歓声が上がり、皆の勝利を認識する。それによりそっとウタの肩を叩くと、はっとした様子で顔を上げるから笑顔で頷く。
それにより嬉しそうに笑うウタの頭を撫でれば、その髪がピヨン!と立ち上がるから色々な意味で嘘が付けないのねと思う。無邪気に抱き着いて来るウタに、私も腕を回して抱き締め返す。
「ねェナミ」
「ん?」
「……ちゃんと、迎えに来てくれるよね、皆」
「勿論よ。ウタを愛してるもの。独りにする筈が無いじゃない。皆今はお掃除してるのよ。だから、もう少し待ってあげてね」
このまま宴に入って、閉じ込めてる事を忘れられるのではないか。そんな不安がウタの中には根強い。
初めて書いた歌が、本当は〝私の大好きな海賊〟だった事を知る人は、少ない。あの歌は今〝風のゆくえ〟と題名を変えて、ウタの居場所が皆の心の中だと伝える物へと変貌している。
この子が幸せに笑うのは、何年後だろう。いつになれば、皆はウタにも戦い方を教えて、ちゃんと海賊として認めてくれるの?
私が傍に居られる期間はそんなに長くない。早く、早く……ウタの事を認めてあげて。
「ナミ、だぁい好き」
「私もウタが好きよ。私の自慢の娘だもの」
「ホントに、ナミがお母さんなら良かったなァ……」
「……ウタは、赤髪海賊団が誇る自慢の娘で、世界一の歌姫よ」
「うん……ありがとう……」
寂しい、淋しい、さみしい……。ウタが無言でいても、別な言葉を口にしていても、ずっとそう聞こえて来る。
ウタの瞳は、ずっと泣いていて……。本当にアイツら……父親失格ね。
「ウタ、愛してる。私は、ウタが楽しそうに歌ってると幸せになれるの」
「なんで?歌ってて楽しいのは、ウタだよ?」
「あら!だって、ウタもそうでしょ。皆が笑ってたら嬉しいでしょ?私も、大切なウタが笑うと嬉しくて、幸せになるの」
そっと頭を撫でて、その額に軽くキスをする。それに少しだけ驚いた顔をして、それから何度か頷く。
何か変な事したかなと不安になっていたら、ウタが言う。それの意味が素直に分からないけど。
「ナミ……やっぱり、シャンクスなんかにあげない」
「んん?」
「いーの!こっちの話っ!」
甘えて来るウタを撫でながら、こんな時間が長く続いて欲しいと願う。同時にウタの悲しみが、寂しさが、少しでも早く癒えてくれる事を祈ってるの。
「遅くなったか?宝を配るから、二人も来いよ!」
「ホンゴウさん!うん!」
迎えに来たホンゴウに、ウタは笑う。そうしてホンゴウと手を繋いで歩く姿を見て、私も二人に続く。
腕を下げて腰を歪ませてしまうと、腰に負担がかかるからとウタに腕を上げさせるのは医者だからなのか。でも、何だかこの二人って微笑ましいのよね。
そうして甲板に行けば、ウタに宝石だらけの装飾品を渡して似合う似合うと喜ぶシャンクスと、それを身に付けて喜ぶウタの姿。本来のナミちゃんなら、その宝石寄越せってなるんだろうけど……あら?
「これ、ただのガラス玉ね」
「あ!?水晶じゃねェのか!?」
「球体の水晶は、奥に居る人が真っ直ぐ映るの。ガラスだと逆さまに映るのよ。……さて、これは?」
「チクショウ!」
大仰な宝箱に入った巨大な透明の球体に喜んでたヤソップには悪いけど、それは間違いなくガラス玉。そのやり取りを見ていたルーが笑うけど、ルーの手にしてるそれも金ではなくメッキ。
そんな事を言ってたら、次々と持って来ては打ち崩れるから可哀想にと苦笑してしまう。でも、ニセモノだと今の内にわかる方が良いと思うのよね。
その中でウタが駆け寄ってくるから、ウタのそれも見て頷く。メインの一番目立つそれだけが本物で、後はガラスだわ。
「堂々と着けてたり、有名な人が着けてれば硝子玉も本物になる。……本物を身に付けてると思われるような、存在になるのよ」
「それで、これは?」
「そのメインの一番大きいのだけ、本物よ」
「「「「「「「ナミ先生!鑑定お願いします!」」」」」」」
「鑑定料取るわよー?」
皆の声にクスクスと笑いながら受ければ、皆はそれで良いからと言って頷く。シャンクスはそんな喧騒から珍しく少し離れているから、どうしたのかなと思うけど忙しくてそれ所では無い。
その時シャンクスが手にしていた物をウタが欲しがり、それを貰えなかったと言われて慰めたのだけど、それが何なのか……私は理解してなかった。もしも理解していたとして、何かできたのかと言われたらその答えはNOなんだけどさ。
「あ!可愛い!ありがとう、シャンクス」
他の物で気を引いたシャンクスのそれにより、機嫌がなおったウタに皆が歌ってくれとせがむ。それによりウタは甲板を自由に動き回り、ステージとする場所を決めて両手を広げた。
貰ったばかりの装飾品で、飾り付けられたままに。そうして、口を開く。
「ここは、世界中から有名なアーティストを集めたライブ会場。そこで私は、トリをつとめるの!」
空をクーちゃんではないカモメが飛ぶ。その様子を見ながら、ウタは言葉を続けて行く。
自分のやる気を上げるためか、設定を必死で考えているらしい。でも、皆はそれが理解できないのかポカンとした状態で眺めているだけ。
「会場は凄く盛り上がっている!」
言い聞かせるように言うウタの言葉を聞いても、皆は反応しない。だって、誰も歌ってないから。
それでも、その場でウタが言葉を怒った様子で繰り返せば、慌てて騒ぎ出す皆。その様子に溜息を落としたウタは、呆れを滲ませて言う。
「もういいわ。私が悪かったァ……」
そう言って歌い出したウタに、皆は盛り上がる。良くあるほのぼのとした光景に、私は花を添える為笛を吹いてサポートして行く。
そんな騒ぎの数日後、私達はとある島に向かう。その島の名前と特徴を聞きながら、これが出逢いなのかと息を飲むのは仕方ない事だろうと思える。
「ゴア王国だ。暫くあそこを拠点にする」
「えー……」
不満そうなウタに、シャンクスは笑うばかり。ウタは不満を嫌味に変えて、船縁を歩きながら言う。
「素敵な所ね。何も無くて」
「フーシャ村は、ゴア王国の中でも辺境だからな」
そんな会話を聞きながら、皆が船を泊めるのを見守る。港に泊められたこの船を目指して、駆け出してくる小さな影が、私の思考を奪い去ってしまう。
有り得ない邂逅だった筈の、出会う筈が無かった出逢いの瞬間。運命が変わったと言える、小さな出逢いが、発生しようとしていた。
ウタと少年は互いの存在に気付くと睨み合う。そして、少年は拳を強く握りしめて言った。
「お前ら、海賊か?」
可愛い少年には、まだ海賊に憧れる様子は見えない。その瞳が、憧れに輝く事もなく、麦わら帽子も無ければ、左目の下に傷も無い。
どこにでも居そうな、普通の少年。けれども分かってしまう、彼がルフィだと。
だとしたらここには、生きている幼い頃のエースとサボも居るのだろうか。可愛いだけの少年ルフィと、私達は邂逅を果たしてしまった。
原作では描かれていなかった、ルフィとシャンクスの出逢いを、私は今見ているのだ。ウタの存在がどうなのかは不明だけど、間違いなくイレギュラーである私の存在と共に、この出会いは発生してしまい、もう無かった事にはできないのである。
「そうよ。なんか文句でもあるのー?」
ウタはルフィを挑発するように笑う。答えないルフィに勝ち誇った笑みを浮かべて、船縁に器用に座り直して。
数年後には、立派な女海賊になっているのかもしれない。そう思わされるくらいには、悪女っぽい話し方だったと思う。
「だったら聞くよ?船長シャンクスの娘、このウタが」
「海賊なら、出てけ!」
「なによ、やるっての?」
互いに睨み合う二人。それを止めようと思うのに、どちらも可愛くてどうやって止めたらいいのか分からない。
オロオロと視線を動かしていたら、シャンクスが笑った。そして、ウタに声をかける。
それは叱るでもなく、宥めるでもない。船長の命令でもなく、ただ自然な会話。
「辞めとけ、ウタ。俺達は喧嘩しに来た訳じゃない。……この村には、手強そうな保安官が居るんだな」
「なんだ……お前……!」
「俺はシャンクス。この船の船長だ」
「変な事したら、ただじゃおかないからな!」
ウタはそんなルフィとシャンクスのやり取りが気に入らないのか、フンッとそっぽを向いてしまう。シャンクスはそんな二人を見て、優しく笑うばかり。
これが、彼等の出会いだったのだ。そんな事を思いながら共に過ごして行けば、ルフィはすぐにシャンクス達に懐いた。
最初に自己紹介を済ませていた筈のウタとは、会う度に喧嘩してたけど、私はあれ以来基本的に船から降りなかったので特に会話もしてなかったのだ。
けれどもそれも長くは続かない。可愛い生き物を愛でるのは、私の生き甲斐なんだもの。
「……お前も、海賊なのか?」
「違うわよ。私は、旅人なの。シャンクス達に守って貰ってるだけよ」
「なら、お前弱いのか?」
「当然じゃない!私は普通のか弱い女の子よ!」
胸を張って答える私に、シャンクスが微妙な顔でか弱い女の子なんて知らねェぞ俺はなんて言うから、男の急所を覇気を纏わせた脚で蹴り飛ばしておいた。それにより蹲るシャンクスを見て、ルフィは首を傾げる。
皆から聞いていた話と違うと言いながら。その後は飽きもせず毎日毎日、シャンクスを見れば海賊になりたいと追い回すようになっていたルフィは、既に家族とは自由で強くて楽しいのだと認識していたから。
それでも、シャンクスを嫌う事なく傍に居るルフィに、皆が絆されていく。入団テストしてくれとせがむルフィに、シャンクスは仕方ないなと笑った。
〝入団テスト〟と言う名の、ルフィを揶揄う時間が始まる。私も結局、ルフィと同じ枠なのだろうとは分かってるから、なんだか切ない。
どう足掻いても今のシャンクスには勝てないのだから、諦めてしまえばいいのに。でも、諦める訳には行かない私と、諦める事を知らないルフィは毎日シャンクスに挑む他の選択肢を持たないのだ。
実際私のタイムスケジュールは過酷と言えるだろう。子供でないとしても、キツいと思うわ。
午前五時起床。シャワーを浴びたら着替えて、朝食前にベックマンの書類仕事を手伝い、呼びに来た誰かにベックマンごと連れて行かれて朝食。
午前八時より訓練開始。日替わりで最低五人程と戦い、その中に必ずシャンクスも含まれる。
正午、お昼を食べて軽くシャワー。小休止の時間である。
午後一時、宝玉としての活動時間。これは五時まで。
午後五時から夕飯の七時までが、自由時間とされているのだけど、大概ここでウタと過ごしたりしてしまうので新聞や本を読める事は少ない。それでも、ウタと過ごすこの時間が大切なのは間違いないのだけど、最近はウタも忙しそうなので私はその隙間時間に島を散策してスリの腕を磨いていたりもする。
午後七時、夕飯を食べて、お風呂に入る。騒いで散らかす皆を叱ったり、お風呂に誘導するのもここに含まれる。
午後九時、ウタを寝かせる。そうして寝たのを確認してから書類仕事を手伝い、航海士としての意見を伝えたり聞いたりして行く。
午後十一時、私の就寝時間である。とは言え大概シャンクスがいい加減にしろと言いながら連れ戻して、私を真ん中に三人で川の字になれず私に絡みついて一の字を成形されてしまうので自発的に寝た記憶はないのだけれど。
このような過密スケジュール生活をしていても、運命は残酷に次の出逢いを用意していた。僅かな散策時間に、出逢ってしまったのだから。
夕方は薄暗いのもあり、スリはやりやすい。これのおかげで私は貴族からスリを出来たから、随分稼がせてもらえている。
ルフィのように無邪気に寄ってきて、勝手に懐いてくれるのとは根本的に違う二人の少年は、私がスリの為に人にぶつかりよろけたのを見て心配して声を掛けてくれたのが始まりだった。勿論声をかけてくれたのは、サボの方。
「大丈夫か?貴族にぶつかって、よく無事だったな」
「ありがとう、私身体が弱くて……」
「おい!サボ早く……って、なんだ、そいつ?」
慌てた様子でサボの元へと戻って来た少年がエースで、二人が揃ったのを見て嫌な予感に苛まれる。私は咄嗟に、二人の腕を掴んで路地裏へ移動した。
その直後どこかの店主らしき人が二人を追って駆け抜けて行き、押し殺していた息をホッと吐き出す。やっぱり彼等も、私と似たような事をしていたのだろう。
「……助けて、くれたのか?」
「偶然だろ!ほら、離せよ!」
サボは不思議そうに、エースは不愉快そうに私に言葉をかけるから、私はごめんねと言って手を離す。少なくとも優しく話しかけてくれたサボだけは、捕まるのが嫌だったと言うのが理由で庇う為に連れ込んだだけだったから。
それにしても、まだまだ未熟ね。これが将来的にあんなにも強くなるのだと知っているから、余計に不思議でならない。
「何事も見つからないようにやれないなら、今後は気をつけた方が良いわよ。坊や達?」
そう言って二人の胸元からスった物を見せて、挑発するようにニンマリと笑ってから、私はピョンと屋根に登って手を振った。エースがもう少し素直だったら、こんな事しなかったんだけど。
それからシャンクスの元へと帰った私は、いつもの日常へと戻って行った。この有り得ない邂逅がルフィとエース達との出逢いを早めるきっかけになってしまうなんて、私はこの時考えもしていなかったのだ。
誤字修正
吐息を→と息を
ジフン→自分