未来の三兄弟と私は、それから空いた時間は共に過ごすようになった。それでも私と共に三兄弟が過ごせる時間は多くないので、勉強をする為に教えても無駄もしくは邪魔なルフィはサボかエースが鍛えてくれて、その間にもう片方が私から航海術を学ぶ形式を取った。
それに最初ルフィは文句を言ってたけど、ルフィも強くなりたいんだろうと兄達に言われれば頷いて了承してくれた。その鍛えるついでに、食料確保も含まれていて、彼等は適当に獲物を捕まえてくるので、ルフィと共に食料確保して帰る迄が残された方の勉強時間だ。
それから簡単に味が変えられる料理とも言えない程度の料理を教えながらの調理時間となり、食事を済ませると怪我をして帰るルフィの手当をしながらそれの説明をする。そのうち私がやらなくても三兄弟で手当をし合える位には怪我についての処置は身に付けてくれたし、獣の血抜きも覚えてくれた。
航海術もシャンクスが帰ってくる迄に基礎は身に付いたのだから、三兄弟の兄達は優秀だ。食後に三人がローテーションで戦闘訓練していて、ルフィは未来の兄達に全く敵わず、兄達は一進一退の攻防を続けている。
か弱い私はそれを眺めながらお茶してるのが役目だと思っているのに、何故か巻き込まれて訓練に付き合う事も多い。ただし、三人とも私が女の子だから手加減してくれてるらしく、私は今の所無敗だ。
でも、私に気を遣いながら忖度修行ではやりにくいし、力もつかないのではないかと不安になる。ただ、考え方を変えれば、手加減する方法を学んでいるのかもと一人納得して三人の相手をしていく。
ルフィは粗しかないけど、エースとサボは改良点を教えればそれをスポンジのように吸収していく。こうなれば楽しくて、シャンクス達が私に色々教えてくれるのも少しわかる気がして来た程。
そんなこんなで過ごしてから、夕方にはルフィを連れて帰る。その途中で歌ったり自分の世界に籠ったりしてるウタも回収して、二人を纏めてマキノさんに預けてから宿でやるべき事を済ませていくのだ。
お風呂に三人で仲良く入る事になったのは、悪魔の実を食べてもいないルフィが浴槽で溺れるからと言うのと、私とウタで入っていたらルフィがいじけてしまったから。そう考えると、私もウタも結局はルフィには本当に甘いんだと思う。
「今日は早食い競走だ!」
「オレンジならあるから、出してあげるわ。でも、先に二人とも手を洗ってきなさい」
ルフィの声にマキノさんの言葉が重なるように聞こえてくる。どうやら、オレンジを食べるのが本日の二人がやる勝負らしい。
次から次へと毎日違う事を思い付いては戦いにする二人に、つい頬が緩んでしまう。微笑ましくその様子を眺めていると時の経過が早く、やらねばならない事が山積しているのにそれを忘れてしまいそうになるのが困り所。
「村長さん、三人をお願いします。私、少しやる事が……」
「これ!マキノの事まで、ナミちゃんが見守る対象に含むんじゃない。……まァ……身近に居るのが、少しではなく子供の心を持つ大人達ではそうなっても仕方ないか。困った海賊達だな」
「そこは仕方ないでしょう?だって相手は、悪人の代表とも言える海賊なのですから」
言葉とは違って、無言で微笑む私に軽く手を振ったのは優しいその心が所以。頑固で素直じゃないこの老人が、誰よりも村にいる人達の平穏を願い心を砕いてくれているのは、分かりきったこと。
素直に好きだと相手に伝えられる強さはなくても、イザとなったら必ず守る為に動ける大人。素直にならないのは、大人の男であるが故なのかも知れない。
私はこれ迄に、いくつもの武器を手にして来た。何かあった時、大切な人を守る為に、喪わない為に戦える力が欲しくて。
でも、どの武器が私に合うのか、それをまだ見いだせていない。原作のナミちゃんは、棒術と化学を用いて戦っていたけど、それも元は多節棍から始まっているから鞭の分類になる。
メリーを守る時は銃を手にしていたし、元々ある程度なんでも使える子なのよね。だからこそ、私も何でも使えるようになったのだろう。
「……ベルメールさんが、教えてくれたんだろうな」
そうでなければ、ベルメールさんが殺された武器の使い方を彼女が知ろうとは思えない筈だわ。そう考えたら、ベルメールさんは本当に良き師匠であり、厳しくも優しい母親だったのだと思う。
そう言えば、この間一人で訓練してたら突然ベックマンさんに声をかけられて会話をしたのだった。そのまますぐに、出発となったから何となく不完全燃焼だけど。
「……俺は、ナミには短剣を使って欲しい所だな」
「ベックマンさん……?」
使い方を忘れないように、一人で一通りの武器を操っていたのに、突然聞こえたその声に思わず声が上擦る。そんな私に気付いてるのに、一つ一つの武器の状態を確認して一人で頷いているのが不思議。
こんな時に舞いの練習してる時じゃなくて良かった……とか、考えるのは私が弱いから。だって、思い出せないの。
どうして私が舞いを舞えるのか。どうして、舞うと心が無になるのか……。
「確かにナミがお頭に強請ったその武器も合うし、良いとは思うが……俺としては、短剣を勧めたい」
「……どうして?」
短剣は接近戦。力も体重もない、子供である私には向かないと思う。
大人になったとしても、女の私には男に張り合える程の怪力は得られないだろう。それなのに、賢いこの人がどうしてそんな事を言うのかな?
「ナミは、武器の性質をなんだと思う?」
「え?」
「ホンゴウは、ナミに何か贈ろうと言うとまず武器を挙げる。それを聞くと、ヤソップが〝そんなにナミが嫌いか?それとも敵意の表れかよ〟と突っ込むけどな……そうじゃない」
「はぇ?」
はい。と、答えるつもりが疑問形になった為に変な声が出た。
それでも、ベックマンは言葉を続ける。恐らく私の返事なんて、気にしてないのだろう。
「ホンゴウは、ナミだけじゃなくて、使えもしないウタにも武器を渡そうとする。それは
「なら……その、私に短剣をって言うのも、何か意味があるんですか?」
「……当然だろう。ナミは、その性質的には弓が合うだろうが、だからこそ短剣が良いと思ってる」
「弓が合うのに、短剣?」
どういう事だろう。よく、分からない。
だからこそ考える。弓を最初に作った人は、何を考えて弓を求めたのだろうか。
それは、飛ぶ鳥を食料としたかったのか、遠くに居る仲間をも守りたかったのか。それとも、別な理由かな……?
「弓は、目に見える全てを守り、生かす為にある守りの武器。一人で多くを救いたいと願い、己の防御を無視した武器だ」
言われてみれば確かに、接近戦も含めた全ての攻撃に、弓は不利となる。その上、神事等の時に多く用いられる事のある武器なのは、祈りや願いを、言葉や想いを届ける道具としての役割が強い道具であるから。
遠くに居る大切な人を守る為に、少ない食料を少しでも多く得る為に、人々は弓という優しい物を手にしたのかも知れない。ならば確かに、弓は多くを守りたいと強欲に願う私には向いている気がした。
「……己を顧みない優しさ、愛情、それが弓の根源にあると俺は思っている。孤独に戦う戦士の意味もあるだろう。だからこそ、俺はナミに短剣を勧めたい」
「短剣は、攻撃する為に?」
「……短剣は、誰かと共に使える唯一の武器だからな」
「へ?」
短剣は長剣には及ばないけど剣舞として使うにも適していて、防衛として使うにも、私の体格的な意味でも使いやすいからかと思っていた。長剣やクレイモアは、体格的に使いにくいし隠し持てない。
堂々と持つには実力不足な上に、悪目立ちしてしまう。明らかに剣士という訳でも無いから尚更。
でも、どの武器にしても武器は一人で扱い、戦う物の筈よ。それなのにどうして、誰かと使えるなんて発想になったんだろう。
「……分からないで混乱してるな?」
「はい。わからないです」
真っ直ぐにその瞳を見上げて頷けば、喉の奥で小さく笑ったベックマンさんは私の頭に手を置いて撫でる。無骨なその手が、本当は繊細にできていて優しいのは本人さえ自覚は無いのだろうけど。
ウタが撫でられるのはいつも見ていた。だからこそ、少し驚いて固まる私に、ベックマンさんは「素直で宜しい」と言いながらシャンクスに向けるような幼い笑みを浮かべた。
その顔は、狡い。語彙力を含めた全ての思考が奪われてしまう。
そんな私に気付かないのか、気付いていて放置してるのか、説明を再開する。その時には、先程の笑顔は消えてしまっていたけど。
「短剣は、二人で柄を握り、二人分の力で刺したり破壊したりする事もできる武器だ。そして、力が少なくとも長剣を折ったりもできる防御中心の武器でもある」
「防御中心……」
私の武器は、全体的に防御の物ばかり。戦う力が欲しいのに、どうして皆そうやって……。
私は守る為に防御を得たい訳じゃないの。守る為なら血に濡れて恨まれ、憎まれて蔑まれても構わないと覚悟は遠に出来ているのよ。
「だが、相手の懐に入り込めさえすれば恐ろしく殺傷能力が高い為、素早さが求められはするが高い攻撃能力も秘めている。ナミは、素早い。幼く小さいが故に軽いからこそではあるが、相性が良い武器の中で唯一攻撃力も高い」
「……敵を、倒せる?」
「治療、料理、細工の共として使える他に、防御をメインに置いた殺傷能力のある立派な武器だ。ただ受けるだけなら、鉄扇をこれまで通り使い、短剣で突き刺したり切り裂けばそれなり以上の攻撃力を発揮出来る」
「……なら、相性の良さそうな子、探さないと」
手に馴染むような子がいい。叶うなら、鉄扇や鉄笛、流星錘と仲良く出来るような優しい武器が欲しいわ。
そう思って掌を見たら、ベックマンさんは再びそっと頭を撫でてて出発した。それの意味を問い質す時間は与えられないまま。
見送る時にルフィは分かりやすく膨れて、ウタは悲しそうに瞳を揺らした他は何事も無いように装っていたから、その対比が何だか切ないなと思わされる程。強がりなウタと、装う事を知らないルフィは本当に対局に思えるわね。
そんな事を思い出しながら武器の点検と修理、簡単な体慣らしを終えてしまう。お風呂の準備を手伝いつつ、執筆したりしていればいつものように三人でお風呂に入る事となり、本日の対戦結果を拝聴する。
皮を剥いた状態のオレンジを食べたウタと、皮も含めて丸かじりしたルフィの戦いは、皮を食べてた分ルフィの勝ちだ!と言う主張と、先に食べ終わってたウタの勝ちだ!と言うウタの主張によりまたもや判定はそれぞれの中で己の勝利として刻まれている。
認識の隔たりの大き過ぎる二人に、ある意味で似過ぎてて反発してるのかなと思わされてしまえば楽しいばかり。それでもウタはエース達と遊ぶつもりは無いのか、三人で力試しして来る!なんて言う日は私とウタで過ごす形を取りつつ過ごしている為に、四人と一人、三人と二人で行動する形が多い。
夜になれば前より懐いてくれたルフィが、ウタと共に寝ているベッドに侵入してくるようになったけど……まぁ、ルフィだし良いかと一緒に寝たりしてる。そんな日々も、シャンクスが帰れば形を変える。
それは前もって伝えてあったので兄達は文句を言う事なく受け入れてくれたので助かるけど、私も子供らしく生活出来る日々はそれなりに楽しかったから少し寂しい気持ちになるのも確か。エースとサボは元々二人で行動してた期間が長いので、その時間が皆無になるのは正直好ましくは無い。
それもあり定期的にウタとルフィと私で過ごす時間や、ウタとルフィで戦う時間も取っていたりするのだ。何より、ウタを独りにしたくなかったのは大きい。
一人になりたい時もあるのは分かるけど、それは独りになっても気にしない訳でもなく、傷つかない訳でも無いから。慣れ過ぎて麻痺してるだけなのよ。
ウタにも、ルフィにも幸せでいて欲しい。家族の幸福を守る為なら、たとえ呪術に手を染めても、呪いに蝕まれる事となっても、他人から蔑まれ後ろ指刺されるとしても構わないわ。
私はあの日決めてしまったから。これが悪行だというのなら、微笑んで謗りを受け止めてみせる。
決意を胸に愛しい二人を胸に抱き寄せ、今はその眠りが穏やかであるようにと願った。まさかこの二人が、私を守る為に共に寝ていたなんて事は、随分先の未来に至るまで気付く事もできなかったのだけれど。
それから数日後、シャンクスが帰って来るのは何となく分かるので、明日には生活が変わると共に過ごしていたエースとサボに伝えてから、ルフィを連れて帰ろうとした時エースに腕を掴まれた私は、何事かと立ち止まり振り向く。その瞬間、エースの顔が目の前に迫り、唇に柔らかいものが触れた。
覇気を使えるのは防御の時だけな上に、覇気を纏ったからと言って力そのものが強くなる訳では無いから、男の子であるエースの拘束からは逃げられなくて、私はそのまま唇を割って侵入する舌を受け入れるしか無い。流石に経験はあまり無いらしくたどたどしいその動きに、身体に火を付けられるような事は無いけどルフィの教育上良くないだろうと必死で抵抗する。
歯が触れ合うような初々しさと、止まる事を知らない激情。唇が離れた瞬間、エースの頬を叩けばエースはそれを受けてなお笑った。
反省はしていないらしい。同時に、触れていた身体が震えていた事に……気付かなければこんなにも哀しくはならなかっただろう。
「……また、来いよ。ナミ」
「暫くは来られないわよ。それに……子供が大人の真似をするんじゃありません。もう少し経験積んで出直してらっしゃい」
まったく困った子だわ。誰に教えられたのかしら?
エースが震えていたのは、未知への恐怖か。私に嫌われる事を恐れたのか、その答えは見えない。
それより、今回は私とウタが置いて行かれたから、次回の航海に私も乗船するだろう事は分かりきっている。そうなると最低でも、この先一ヶ月はこのような時間は作れなくなる。
……それにしても、エースもお年頃なのかしら?他に同年代の女の子が居ないからって、盛らないで欲しいわ。
思考が、ウタとエースの間を行き来する。そのくらいには、私だってエースを気にかけているのよ。
帰り際サボに少しのお小遣いを渡して、プロに抜いて貰って来たらとエースを示して言えば、何故か頭を抱えたサボに鈍すぎると言われてしまう。更にはルフィに質問攻めにされたので、もう少し大きくなったらお兄ちゃん達に教えて貰いなさいと言ってその場を後にする。
その翌日、予想通りシャンクスが帰ってきたのでそれを出迎えると、何があったのかは知らないけど数人が大怪我をしていた。その治療で少し時間が掛かりそうだという話になればじっとしては居られない。
ウタも見慣れてはいるだろうけど、大丈夫かな。応急処置のやり方は余裕があれば教えておいてあげたいけど。
なんて……そんな事を考えていたら、予想通りに今回は一緒に行こうと誘われたので、私はそれに笑顔で頷く。けど、シャンクスが心配で言葉が勝手にこぼれ落ちる。
「……シャンクス、海賊だから常に安全にってのは無理だってわかってるけど、あまり危ない事しないでね。流石に、心配だわ」
「ナミは優しいな、心配してくれるのか」
「当然でしょ。シャンクスは師匠なんだし、ベックマンさんにも、他の皆にもまだまだ教えて貰いたい事が沢山あるんだから」
この世界の事は、知ってるようで知らない。私は知らない事だらけで、ベックマンさんの仕事を手伝いながら、その辺を学ばせて貰っている状態なのだ。
怪我の治療だって、知識だけより実践経験の有無で変わる事は多い。そう思って見ていたら、前に私が自分で受けた毒と同じ症状の怪我人を発見して、慌ててシャンクスから離れるとその症状を確認する為に駆け寄る。
これは……まずい。良く生きてると感心してしまうレベル。
この毒は受けてから時間が短ければまだ、後遺症無しに生きてくれる可能性がある。でも、免疫力が足りなかったり長ければ助かったとしても後遺症が残ってしまうわ。
「この症状になってから、時間はどのくらい経過したの?!」
「半日、位だが……」
「ホンゴウー!!熱湯とメス!それから塩水と私の薬草鞄持って来て!」
叫ぶ私に、シャンクスとベックマンが少しの距離を置いて近付く。でも、余りすぐ側に来る事はしない。
前にそれで、私とホンゴウが同時に怒鳴るようにして叱ったからだろうか。そんな事を考えてる隙にホンゴウがすべて揃えて持ってきたので、慌てて毒の治療を開始した。
そんな私をホンゴウやベックマンも含めて、赤髪のクルーが真剣な眼差しで見ているのはわかってるけど、これは説明してる時間も惜しい。手元が狂うと生命に関わるからと、無言を貫く私に、誰も責めるような事はしないのだからおかしなものだと思う。
……どちらだろうかと思ってたけど、どうやら私が考えていた麻痺して二度と使えなくなる方ではなく、壊死する方だわ。半日なら、ギリギリね。
毒を受けてすぐならいいけど、時間が経過すると壊死してしまうタイプの毒なので、既に壊死してる患部は切り落とすしか無いのだ。血管が壊死したら、その先の身体の部位を失う事になる。
時間が無い。焦る心とは裏腹に私の手はただ機械的に動き、痛みで苦しむクルーに私の肩を噛むように指示して、奥歯を砕かないようにしてから治療を続けた。
無事に血が吹き出したのを見て、ホッと息を吐いてからその傷口を塞ぐ治療を行う。恐らくこちらの方が患部を切り落とされるよりも痛みはあるだろうけど、我慢してもらうしかない。
毒により麻痺してないかを確認する為にも、麻酔は使えないのだから。チクチクと縫えば肩に歯が食い込み、相当な痛みを感じていると分かるけど、暴れずに耐えてくれるから有り難い。
それらが終わって振り向くと、ベックマンに風呂へ行けと言われて首を傾げるのと同時に、ポタリと頭から被っていた血液が甲板に落ちた。どうやら私は全身血塗れになっているらしい。
「ありがとう、行ってくるわ。……あ!ウタも連れてく?」
ウタの事放置してたわと思って口にしたのに、ルーがウタを抱き締めて首を横に振る。私を気にして暴れるウタに、スネイクが囁くように、宥めるように言葉を口にした。
「見ちゃいけません!」
「変質者とかになったつもりは無いんだけど……」
「情操教育的に流石に不味い見た目してるから、行って来いよ。その間は俺達がウタと楽しく過ごすから」
むー……!と膨れながら言った私にヤソップが笑う。まるで、今までウタを独り占めしてたんだからそろそろ返せとでも言われてるかのように。
勝手に置いて行った癖に!と、思わなくもないけど、ウタが楽しそうだから良いかとも思う。なので、素直に立ち上がるとお風呂場へと向かった。
笑顔で手を振る私に、シャンクスでさえも引き攣った顔を向けるから、相当な状態なのだろうと思えばウタを汚さなくて良かったと溜息が落ちる。シャワーを使って血を落として、いつものように頭を洗う。
それだけで少し気持ちが落ち着いてきた。血を見るのは初めてじゃないけど、実際あんな状態になると今もまだ、手が震えている。
毒を抜く為にも血が吹き出してくれないと困るんだけど、どうも私には向いてない気がしてならない。チョッパーなら、もっと効率的なやり方でやれるのかな。
薬草を使うとか、そういうやり方もある筈なのに、その知識は私には無い。どう見ても、どう考えても、私は力不足なのよね。
ホンゴウは今回私のやる処置を見ていたから、次から問題なく対処出来る筈だわ。私の付け焼き刃の知識より、多くの知識があるから寄り良い形に進化させるのも可能だろうと思う。
今あるこの知識は、ベルメールさんとドクターに教えて貰ったもの。私の知る世界は本当に狭い。
血液で固まっていたところがほぐれれば、後は流すだけ。蜜柑の香りが浴室に充満して行くのを感じながらお湯を被る。
全身から蜜柑の香りがするようになれば心も落ち着いて、深呼吸してから脱衣所へ向かう。肩の傷を適当に治療して、髪を絞って、身支度を整えてからシャンクスの元へ戻れば、シャンクスに笑顔で手招かれたので素直にそれに従う。
「ほら、ナミ。土産だ」
そう言って手渡されたのは音楽会の参加招待状で、その島の名前は〝エレジア〟だった。この名前には見覚えがあって、つまりはウタの晴れ舞台。
航海の途中で聞いた音楽の島。ウタは喜ぶに違いないと、どうにか侵略や侵攻ではなく平和的に立ち寄れないかと願った事がある。
「ありがとうっ!早速ウタの衣装選びに行かなきゃ!!どんなのが良いかしらね。ウタならなんでも似合いそうだけど……やっぱり白かなー?」
「ナミママ!どうしたの?」
大声を出した私に気付いて、ウタが近付く。そんなウタを抱き締めて満面の笑みを浮かべる私に、皆は困ったように笑うばかり。
ドレスが良いわよね。動きやすい方が良いかしら?
歌うだけなら、動きにくくても問題は無いだろうけど。でも……ウタなら何でも似合う筈だもの、どうしましょう!?
「ウタ!ウタが楽しめる音楽の都に行ける事になったのよ!おめかししなきゃね。お洋服買いに行きましょう!!」
「ママが選んでくれるの?」
「当然じゃない!金に糸目はつけないわ。可愛い娘の晴れ舞台だもの!良い物選ぶわよっ!」
「その金、俺のだよな?」
何やらシャンクスが呟いた気がするけど、そんな幻聴はガン無視してウタを抱き上げる。天使のようなウタが、音楽の都で技術と能力を高められたら……きっとウタの望む世界が近付く。
私達は信じて疑わなかった。幸福へと続く道が、この先には用意されているのだと。
なのでそれからはシャンクスがいる時のタイムスケジュールで行動して、町に出ていた時間にエース達の元へ通ったりしつつウタとの交流も忘れない。ただ、ウタの事を構いたがるオッサン達も居るので、その分安心してエース達に出発までの時間を使えたのは大きいと思う。
とは言え優先されるのはやはり愛娘。関心を引こうと頑張るその姿は、他の海賊団には見せられないものである気がする。
「ウター!これがいいんじゃない?」
「いや!ウタにはこれが似合う!!」
「私、どっちも好きじゃないんだけど……」
そんな騒がしさを貴族の多く集まる区域にあるお店で繰り広げては、ウタに呆れられるのはこの時の私達には日常としか言えなかっただろう。ウタも私の真似をして戦いたいなんて言い出して、パンツスタイルを望むから私とシャンクスが滂沱の涙を落としたりしながらも、平穏な時が流れて行く。
結局真剣に頼み込むウタに、皆が交代で武器の扱い方を教える事になったのは、勝手に振り回して怪我をされるよりは教えた方が良いと判断されたから。私はウタに弓を教える事となり、出航してからゆっくり教える事を約束した。
問題はウタではなく、エースがあれ以降二人になった時に、時たま私に手を出してくるようになった事。けど、今はまだ私の方が逃げ足も早いし、見聞色のおかげで対応出来てる。
余りにも改善しないソレに、発散させて無いのかとサボに聞いたけど、答えは濁されて謎のまま。……それとも、意識としては早熟でも身体はまだ子供で勃たないのかな?
そして明日出航するという日になって、隙をつかれた私は首筋に吸いつかれてしまい、思わず武装色を纏わせた足で男の急所を蹴り上げていた。それからルフィを伴う事も忘れて、ろくな別れも告げずに私はレッドフォース号へと逃げ帰った。
微かな痛みを覚えるのは、吸い付かれた首筋か、それとも蹴り上げてしまった事に対する胸の痛みか。はたまた、友達だと思っていたエースに襲われそうになった現実によるものか。
まだ家主の戻っていないシャンクスの私室で、私は自らの身体を強く抱き締めて震えるなと言い聞かせる。これから先、恐らくはもっと多くの事を経験する、それならば今の内に体験できたから次に生かせるだろうと思う他無いと言うのに。
……エースが男の顔になっていて、獣のように襲って来た事が……多分悲しくて、怖かったのだと、気付く。どうしたってエースのイメージは、ルフィを心配する優しい兄か、白髭の元で甘やかされている末っ子、もしくは共に過ごした期間に見たヤンチャ少年のイメージだったから。
私がこの世界で生きているように、エースもまた生きているのだと、この日私は痛感した。イメージでは良い人だからと、簡単に気を許す事は、女の姿である以上許されないのだと、私は身を持って学んだのだった。
恐らく私は、意識のどこかでここを現実として受け入れられていなかったのだろう。だから、何処かで甘えがあったから、こんな事になっている。
この先、知っている敵も多くいるのだから、甘えてなんて居られないのだと強く認識して、決意する。そこへドアを開けて入ってきたシャンクスの姿を見て、私は咄嗟に微笑みを向けてみせた。
「お帰りなさい」
それだけを言って。だって、日本人は本心を隠して笑うのが得意だもの。
それに対してシャンクスは怪訝そうな顔をしてから、何かに気がついた様子で一気に間合いを詰めてくる。そして私の首筋に触れて、獣が唸るような声を出す。
「ナミ、これは……どういう事だ」
「これ?」
「誰かに、抱かれたのか?」
真剣な眼差し。真面目な声。
男みたいな顔で、空気が重くなる。知らない、こんなシャンクス。
「え?」
「……誰にやられた。合意の上か?違うなら言え、始末して来てやる」
「シャ、シャンクス……?」
シャンクスは戸惑う私を無視して、私から衣服を剥ぎ取ると念入りに私の身体を調べて行く。それは家族として心配の余りに行っている行為なのか、それとも雄としての行為なのか、私には判断が出来なくて、ただ震えるしか出来ない。
敏感な所に触れられて身体が反応すれば、こういう事もされたのかと問われて、私はただ首を横に振り続ける。いつも太陽のように笑っているシャンクスの変貌に、私は驚き怯えるしか出来ない現実に打ちのめされた。
「やだ、シャンクス、もう……やめて」
私の声はシャンクスに届かない。力ではエースにすら敵わないのに、いつも修行をつけてくれてるシャンクスに敵う筈もないのよ。
覇気だってシャンクスの方が全てにおいて精度が上で、今も微弱に漏れ出ているシャンクスの覇気に当てられて、頭がクラクラしている。多分シャンクスのこれは、無意識で出しているのだろうと分かるけど、流石にそろそろキツい。
こちとらまだまだ幼い子供なのだから、手加減してほしい訳よ。中身が例えどんなオバチャンだとしても。
時間にして恐らくは30分程度だっただろうけど、覇王色の覇気をぶつけられながら全身を愛撫に近い事をされて、私の心と身体は限界だったのだ。その為に私はそれの途中であるにも関わらず、意識を飛ばしてしまった。
その意識が途絶える直前に、シャンクスの慌てたような声が聞こえた気がしたけど、それを確かめる術を私は持ってはいなかった。こうして私は男と女の違いを突き付けられたまま、シャンクス達と共に既に何度目になるか分からない航海を開始したのだった。
抜けていた単語があったので、追加しました