※この作品はR-18です。

波間の向こうを目指して   作:夢枕 七変化

7 / 35
過去の改竄

 意識を私が取り戻した時には、目の前に落ち込むシャンクスと憮然としたベックマンがいて、その近くでえぐえぐと泣くウタの姿まであれば何となく状況が読めた私は、のそりと体を起こした。それに即座に反応して視線を向けて来たのはベックマンだったので、ベックマンに話し掛ける。

 

 「ベックマンさん、迷惑かけてごめんなさい。私は、大丈夫ですよ」

 「いや、お頭が本気でナミを襲うとは、思ってなくて悪かった。今夜から俺の部屋に来い」

 「う……うたも……ママと、いく!シャンクスのバカっ!ナミをイジめるシャンクスなんか知らないっ!!」

 

 ウタの言葉に固まってしまうシャンクスを見れば、吹き出しそうになったのも許して欲しい。そっと両手を広げれば泣きながら駆け寄って、そのまま抱きついて来るウタを強く抱きしめる。

 そのままえぐえぐと泣く愛娘の頭を撫でながら、本当に愛しいと思わされてしまう。いつまでも一緒に居られると約束できる訳でもないのに、離れたくないと思ってしまう程には。

 でも今は、取り急ぎシャンクスを助けなければ。放置したら、ベックマンさんの胃に穴が空いてしまうわ。

 

 「襲われた訳じゃ無いです。だから、そんなに疲れた顔しないで下さい。元々眠りが浅いのに、そんな事したら死にますよ?」

 

 安心して欲しいのと可笑しいのとで、クスクスと笑ってしまえば、ベックマンさんははぁと溜息を落として、私の頭を優しく撫でてくれる。それからギロりとシャンクスに視線を向けて、次は無いと言い残して去って行った。

 残されたシャンクスは情けない顔で私を見て、それからすまなかったと謝ってくれる。心配してくれたのは分かってるから、もういいよと笑ってから、お詫びをしたいなら……とそこまで言ってウタに視線を向けると、船を漕ぎ始めていたから、そっとベッドに寝かせてしまう。

 ウタは、まだまだ甘えたい年頃の筈なのに、シャンクスではなく私を選んでくれた。その事実が、泣きたい程嬉しくて……。

 

 「言葉を途中で止めるなよ」

 「あ、ごめんなさい。……夜寝る前に1つ訓練を追加して欲しいの」

 

 今はまだ四皇では無いシャンクスだからこそ、私は頼む事にした。覇王色の覇気をぶつけて欲しいと。

 正直ウタに悪影響を及ぼすんじゃないかって思ってたけど、最近の様子を見るにシャンクスは相手を選んで覇気を飛ばせる。それなら、ウタに被害は及ばない筈だもの。

 この肉体は身体が覚えたものはすぐに反応出来る。それならば、殺気は無理でも覇気ならぶつけて貰えるだろうと思っての提案。

 この先もしも修正力により努力が報われず、原作の通りに話が進むのならば、私が覇気で倒れていたらルフィの邪魔になってしまう。私の存在がこれ以上誰かの邪魔になるくらいなら、生きていたくはないと心から思うのだ。

 

 「覇気を?」

 「ええ、体験したものは次から余り効かなくなったり、対応しやすくなるから……最初は意識を失っても、次からは意識を辛うじてでも保てると思うの。覇王色の覇気を持つ人は少なくないとは言え、多くも無いもの。ぶつけて慣らして貰えるチャンスを無駄にしたくないわ」

 「そこまで強くなる理由は、無いだろ。ナミは東の海から出る予定は……無いんだろう?」

 

 怪訝さを全面に出しつつも、隠し切れない心配そうな眼差しが私を射抜く。ここで答えを誤魔化せば、シャンクスからの協力は得られない。

 だけど、未来を知ってるからなんて言えば頭を心配されるだけなのも分かりきってるのよ。だからシャンクスの問い掛けに、私は笑って答える。

 

 「確かに18歳までは恐らくは東の海にいると思う。だけど、その後は私も偉大なる航路(グランドライン)に向かうと思うの。私の夢は〝自分の目で見た世界地図を描く〟事だから」

 

 地球でも世界地図が描かれたのは、大航海時代の産物だ。彼等がまだ見ぬ大陸に思いを馳せて、地上では生きられないからと海に全てを託してくれたから、世界地図は作られた。

 私もまた、そんな風に世界地図を描きたい。全ての島を巡り、地図を描いて……それが出来たらどれ程嬉しいだろう。

 本来のナミちゃんが望んだ夢。目指した目標。

 二人分の夢だから、譲れない。譲っちゃ行けないと思うの。

 

 「分かった。詫びとして……覇気をぶつけてやる。……庇って貰ったしな」

 「ありがとう、シャンクス」

 

 言ってからウタを起こさないようにそっとベッドを降りて、勢い良くシャンクスに飛び付く。そんな私をシャンクスは軽々と受け止め、そっと守るように腕を回してくれる。

 だから私は、昨夜の事は無かったかのように素直にシャンクスに甘えた。シャンクスもまた、それがあったからか元の優しいお兄さんに戻ってくれて、均衡は保たれるようになったと思う。

 今やらなければ、きっと私はシャンクスに触れられなくなってしまった。それくらいの衝撃はあったのよ。

 この時の私はまだ、分かっていなかった。シャンクスは、ただ優しいだけの男じゃないんだって事を。

 敵にだけ厳しい訳じゃないんだって事を、分かってなかったの。こんな日でさえ、まだまだ平穏と呼べる日であった事を、この時は愚かにも全く理解していなかったのよ。

 そんな事のあった翌日、私達はウタに合う武器を探す目的で、入れ代わり立ち代わり戦い方を教えて行く。その時空いてる人と私が手合わせをして午前中を終えると、私はともかくウタがヘナヘナと崩れ落ちてしまう。

 そうなれば慌てた私が寄り添ったのは当然で、そこにルーがパフェ片手に現れた。そのパフェに瞳をキラキラとさせて回復したウタが可愛くて、ルーに唇の動きだけでありがとうと伝えれば、得意気なウインクが帰って来ては吹き出すなと言うのは無理な話。

 パフェは苺とバナナの二種類があり、ウタは悩んだ末に苺を選んだので私がバナナを手に取ると揃って食べ始めた。そこで一口分スプーンで掬い、そっと差し出すと食いつくウタに頬が緩む。

 

 「ナミも、あーん!」

 「あーん」

 

 つられて私も苺を貰えば、お互いにニコニコしてしまう。そのまま喜んで食べるウタを眺めつつ、感想と改良点を書き出してルーに差し出せば、何故か献上品を受け取るかの如くやうやうしく拝領されてしまい、思わず息を飲んで動きを止めたのもわかって欲しい。

 そんな私とルーの姿に爆笑してそのまま崩れ落ちたライムジュースが甲板を叩きながら転げ回れば、モンスターがそんな彼の頭に乗ってしまう。それにより動きを止めたライムジュースに、周りがまた笑い出す。

 結局のところ、ここにいると笑いが絶える事はないのかも知れない。小休止を挟んでウタが歌い出して、私はそれを聴きながら演奏したりハモったりしていく。

 そうして能力を使わずにいても十数曲歌えば、ウタが力尽きるのはいつもの事。脳力を発揮しない場合は何曲も歌えるけど、能力を発揮した時は今のところ1~2曲で眠ってしまう。そっとカーディガンを脱いでウタにかけてから、皆がつられて寝ているのを横目に裏甲板に向かい見張りをしつつ、暇潰しを兼ねて舞いを開始した。

 恐らく私が舞うのは、神楽と歌舞伎の演目が主な所。日本舞踊と呼べるのかは、定かでは無い。

 でも、神楽の中には剣舞もあるから戦いに使える事も多い。その事実と知識はありがたいのに、思い出せないのよね。

 どうして舞えるのか。どうして覚えたのかを。

 無理に思い出そうとしたり、雑念を持って舞うと必ず聞こえてくるのは叱責の声。もっと軽やかに、もっと華やかに、違う、駄目だ、そうじゃない……その叱責に、それでも認められたくて、愛して欲しくて、縋るように身体を動かしていた事だけは分かってるの。

 ……今はもう、愛されている。優しい家族に、村の人達に、赤髪海賊団に、だからこそ、護りたい。

 力が欲しい。大切な人を誰一人喪わない為の力が、必要なのよ。

 身につけてもいない、鈴の音が聞こえる気がした。神様なんていないと知ってるのに、助けなんて来る筈もないと分かっていて……それでもこれが誰かへの救いとなるのも知っていたから、私は舞っていたのかも知れないわね。

 舞い終えて頭が床スレスレで止まった時、ポタリと落ちた己の汗で鈴の音が消えた。そうして、代わりに聞こえてきたのはウタの声。

 

 「ナミー?どこ行ったのー?」

 「すぐ戻るわ!」

 

 軽く汗を拭いながら戻れば、ウタは少しだけ疑わしそうな視線を私に向けたと思ったらそっと私の手を握り……駆け出す。それに引っ張られながらついて行けば、そこにはお風呂場があるだけ。

 今日の気候でウタは汗をかいてるから、気持ち悪いのかも。うん、洗ってあげよう。

 

 「シャワー浴びよ!その後でご飯だって!」

 「訓練して汗かいたものね」

 「ナミもだよ!……皆が寝てる間に、ナミだけ踊ってたでしょ」

 「あら……」

 

 どうしてわかったのかと問い掛けるよりも早く、ウタは服を脱ぎ始めるからそれに従う。お昼ご飯何だろうねと楽しそうに言うウタに、確かにそうねと笑ったのはある意味当然。

 ウタが笑うならそれが正解。幸せな世界にずっと生きて欲しいと心から願わずには居られない、愛しい子。

 汗を流してサッパリしたところで、化粧水を手に取りウタの顔につけていく。それを少し嫌そうにするけど、船の上にいる以上、大切な事なのだ。

 

 「こんな、何回も顔にいろいろ塗るの、意味わかんないっ!面倒だよー!」

 「洗顔の必要性は分かるわよね?汗とか汚れとかを落とすの」

 「うん。綺麗になったらそれでいいじゃない……」

 

 プクーっと膨らむフグのようなウタに笑いそうになる。突っついたら怒るかな?

 それでも誘惑に負けてつんつんとその頬を指先で弄ると、もぉー!って言い出すウタに耐えきれず笑ってしまった。そのウタの頭を撫でながら説明を続ける。

 

 「海の上だから、潮風で肌はダメージ受けてるのよ。そうじゃなくても、顔を洗うと必要な油分や水分まで洗い流しちゃうから、化粧水で保湿する必要があるのよ」

 

 私の言葉に固まるウタは、どうやらやってる事の意味を本気で理解してなかったか、返答が想定外だったらしい。そんなウタに追い討ちをかけるように、それをしないとひび割れたりするとか、毛穴が目立つようになるとか、肌がカサカサになると教えていけば、化粧水については納得してくれた。

 その流れで乳液の必要性も教えておけば、納得した様子を見せるからいい子ねと、もう一度頭を撫でてから脱衣所へ向かう。すると着替えを持って来た覚えが無いのに用意されていたそれ等に、甘やかされてるわねと小さく笑ってしまった。

 服のチョイスはガブだろうなと思う。けど、ここまで持ってきたのは多分だけどヤソップだわ。

 ウタは何も気にせず着替えていて、その裾が折れてたり襟が立ってたりするからそれを直しておく。……うん、可愛い!

 

 「ナミ、ご飯食べたらさ、弓の後で踊り教えて」

 「え?」

 「ナミがやってるみたいなのじゃなくていいの。歌いながら踊れるようなの、知りたいなって」

 

 戦う為ではなく、歌う為……か。それなら、教えられるものもあるかも。

 でも、歌うだけでもすぐに寝てしまうウタには、体力的に難しいんじゃないかな?

 じっとウタを見詰めて考えていると、ウタはウルウルとした眼差しを向けてくる。それに勝てる筈も無く、私はそれを快諾してしまう。

 その代わりに、皆の所に帰る前にとウタの両腕と足にクリームを塗って、甲板にいる時間が長かった日は必ずやるように念押しすればウタも頷いてくれる。美しい歌姫が、肌荒れだとかヒビ割れの肌だなんて嫌だと思ってくれたなら嬉しい。

 皆で揃って食べたのはウタがこの後動くというのもあって、サンドイッチになった。軽く早く食べられて、野菜も強制的に食べさせられるからと言うのが主な理由。

 モグモグと頬張るウタは兎にしか見えなくて、ヒトガタで産まれた兎に違いないと確信を抱かせる程。でもこれを言うと、ブーメランだなと笑われてしまう謎現象がついてくるのだけど。

 食事を終えるとウタが譜面を見せてくれるので、それを確認してまずは振り付けを簡単に考えていく。有名な曲では〝男は狼なのよ〟と言う時に指で狼として狐を作ってフリフリした……なんてのもあるのだ。

 それを踏まえて必ずしも、飛んだり跳ねたりする必要があるとは言えないのだと言うのも含めて教え、考えて行く。それでも、歌わない時に棒立ちしてるのが嫌だから踊りたいと言うなら、ステップを教える所からだろうと、舞とは異なるダンスの指導を開始する。

 それにより歌詞に合わせた振り付けと、それに対して違和感を抱かせないダンスについて語り合う。テンポと合わないステップは論外だし、だからと言って適当に身体を揺らすのも頂けない。

 演歌や歌謡曲のように、どっしりと構えて歌うものも良いけれど、アイドルのように踊りながら歌うならそれなりに考えなければならないのだ。ただ踊るダンサーとは異なり、歌うからにはできる動作も限られるから。

 

 「だから、腹筋や背筋は勿論、持久力も必要になるわ。そうなると毎日スクワットや腕立て伏せなどの筋トレは必須になる。それでもやるなら、こんな感じのものがあるわよ」

 

 そう言っていくつかのダンスステップや振り付けを見せれば、ウタはすぐさま真似て見て……転んだ。慌てて抱き起こそうとしたら、手で制されてしまう。

 それは、ウタの決意。甘えを許さない強い意志。

 

 「駄目。ナミはウタが転んでも黙って見てて。自分でちゃんとできたって思えた時にどうか聞くから、その時に直して欲しい」

 

 そう言うウタの眼差しは真剣で、頷く他に選択肢を持たなかった。逆らえない程の、強い眼差し。

 負けられないもの、譲れないものなんだって伝わる。だから私はその場で頷いてウタを見守るだけにとどめて、強く拳を握っていた。

 何度も手を伸ばしそうになる。だけどその度にそれを抑え込んで、終わるのを待つ。

 そんな私とウタを少し離れて見守る皆にも気付いてる。皆ももどかしいだろうに、何も言わず見守り続けているのだ。

 これは、ウタにとって大切な事だから。私が永遠に手をかせる訳じゃない以上、無責任に手を貸し続ける事は許されない。

 荒い呼吸が繰り返される。それでも自分で納得いくまで何度でも繰り返し、踊り続けるその姿。

 ……私にも、こんな時があっただろうか。何故か思い出せない過去も含めて……。

 最後の決めポーズまで行けた時、誰が始めたのか拍手が聞こえて来る。それは津波のように次第に大きくなり、歓声が上がればウタもようやく自分が見守られていた事に気付く。

 それが恥ずかしいのか、顔を真っ赤にするウタ。そして、歌手を目指すだけの事はある大きな声が甲板を駆け抜けた。

 

 「……完成してからのだけ見てよっ!」

 「何言ってんだ!成長過程も全部見られるのが、俺達の特権だろ。……可愛い愛娘の努力だ、いつだって見守ってるさ」

 「シャンクスの馬鹿っ!舞台裏見たら、歌姫の威厳が成り立たないでしょ!?」

 「世界には歌姫でも、俺達には愛しい娘のウタでしか無いから無理な相談だ!!それにな……」

 「何よォ……」

 

 勿体ぶって言葉を切るシャンクスに、ウタは怪訝そうな顔をする。微笑ましいやり取り。

 甘えられる相手だと分かっているウタと、甘やかしたい父親達。皆の娘だけど、結局はシャンクスの娘なのだ。

 

 「俺達は海賊だ!欲しい物は手に入れるし、見たいものは見る!そして俺達は、ウタの頑張る姿を見ていたいからみてるんだ!」

 「頭おかしいんじゃないの!?」

 

 怒るウタに、微笑ましそうに、幸福そうに微笑むシャンクス。それを見守る暖かな笑顔と眼差し。

 そんな中で、ルーが飯だぞー!って声を響かせながらいい匂いを届けてくれる。そうなれば、ウタの怒りなんて持続する訳もない。

 それでもぶつけ損ねた怒りを持って、泳げもしないのに海に飛び込もうとするからそれはさすがにと腕を伸ばしたけど、間に合わない。即座に覚悟を決めて、海へと飛び込もうとした私の腰に腕が回る。

 見ればそれはシャンクスで、驚きのあまり声を失ってしまう。そんな私の横を駆け抜けて落下前に拾い上げて、叱り飛ばしたのはスネイク。

 

 「死にてェのかっ!!」

 「うっ……。だって、だってェ……!!」

 「だってじゃねェ!泳げても夜の海は危険なんだ!なのにカナヅチが何考えてやがるっ!!」

 「ウタッ」

 

 泣いているウタを見て、シャンクスを振り払う。駆け出して、両腕を広げればウタも私へとその小さな手を伸ばしてくれる。

 思わずスネイクから奪い取り、ウタを力一杯に抱き締める。……鼓動が、聞こえる。

 体温がある。呼吸してるわ……。

 

 「良かっ……た……。落ちなくて……」

 「……まま……」

 「ウタ……危ない事、しないで……お願い……」

 「うん。ごめんなさい……」

 

 小さな、掠れた声でウタが謝る。反省してるなら、それでいいのよ。

 私の声が震える。身体が、震えて……喪う恐怖に体温が下がって指先が冷たいのがわかる。

 それでも、生きていてくれた。無事なら、それだけでいい。

 

 「ウタ……愛してるわ。お願いよ、私をおいて、逝かないで……」

 「うん、ごめん。ごめんね、心配かけちゃって……」

 

 震える私の背中に手が回る。その手が抱き着いていいのかと戸惑うように動いて、それから強く力を込めた。

 そんな様子に、男達はそれ以上叱る事はない。ただ、ヤソップが笑い出して空気が変わったけど。

 

 「無事で良かったじゃねェか!それにしてもよォ……ナミ、こんな時位怒れよ。怒ってる姿見た覚えねェぞ?」

 「ウタは良い子だもん!怒られる訳無いじゃん!」

 

 私の肩から顔を出してベー!ってしてから胸元に隠れるウタに、おいこら待てそれは無いと皆が言い始める。でもそうなればウタも負けてない。

 ウタは真っ直ぐに、ウルウルとした眼差しを私に向ける。それだけで私は、ほぼ篭絡されていると言えるだろう。

 

 「ママ、皆がいじめるゥ……!」

 「ちょっと……何、不特定多数でウタを虐めてんのよ……!」

 「今の流れ思い出せ!どう考えてもウタを虐めてねェだっ」

 

 クリマタクトを繋げて、ヤソップの言葉を最後まで聞かずに殴り掛かる。それにより途切れた言葉の続きを言わせる気はなく、そのまま戦闘となれば静止の声は届かない。

 脳天かち割る勢いで振り下ろしたクリマタクトを別な棒が遮り、ニヤリと笑ったのはライムジュースでそれを一瞥して標的を変えれば、背後からウタの声援が飛ぶ。そうなればシャンクスは笑いながらやれやれー!と言い出すし、ベックマンさんは呆れたようにこちらを見てるだけ。

 助かった……と言いながらウタにデコピンするヤソップに雷雲を飛ばして落雷させれば、皆は黙って視線を私に集中させた。でもそれに対応する余裕はなく、目の前にいる敵を倒すのに集中していく。

 

 「ナミって、後ろにも目があんのかよ。ウタになんかしたら雷が比喩じゃなく降るって……ありか?」

 「少し過保護なお母さんってのは、あんなもんだろ」

 「少しか!?」

 

 スネイクの言葉にベックマンさんが答えれば、悲鳴のような返事が返る。でもそれに少しだろと冷静に返すベックマンさんは、基本的に私とウタの味方である事を貫いているだけ。

 そもそもその〝少し過保護なお母さん〟というフレーズは、私が言ったもの。もしベックマンさんの言葉なら、お母さんではなく母親と言っただろう。

 その日はご飯を食べてお風呂に入ってさっさと寝てしまったので、明日から本格的にダンス教えてあげようと心に誓って眠りに落ちた。これにより結局、ウタに弓を教える機会は無くなったのだが、それは些細な事だろう。

 翌日からの特訓は、ウタには楽しくも苦しい日々だったと思う。私の方はウタを横目に見ながら執筆したり、事務仕事をしたりしていただけで、それ程大きな変化は無かったりする。

 そんな忙しなくも楽しい日々が大きな変化を齎したのは、エレジアに到着したから。シャンクスがウタを今回のチケットで参加する存在だと伝えれば、大歓迎で迎えて貰えた。

 チケットも無いのに、私もどうかと誘っても貰ったけど、そこは丁重にお断りしてウタが楽譜の山に飛び込んで行ったのを確認して、私も観光を楽しませて貰う。シャンクスはウタの保護者として案内を素直に受けながら、ウタが色々参加して行くのに付き添っているらしい。

 

 「……ホンゴウは、良かったの?」

 「ん?」

 「私より、ウタと居たかったんじゃない?」

 

 ホンゴウはウタの髪の毛を誰がセットするのかで対決してしまう位には、ウタを愛している。体調管理も成長記録も彼が担当してるのだから当然なのかも知れないけれど。

 ただそうなると、私の横を並んで歩く事が不自然。私はウタとは違いちゃんと一人で帰れるし戦えるから、誰かに付き添われる必要性なんて無いもの。

 

 「俺が、そこまで楽器やら紙やらに、興味があるように見えるか?それよか、普通に観光する方がしょうに合ってる」

 「なら、良いか。……でも、好きにしてていいのよ?私、適当に見て歩くから」

 「……観光じゃなくて、それ、測量だろうが」

 「それもあるけど……あら、面白い形してるのね」

 

 島の形が面白い。自然豊かな穏やかな気候もあり、この美しさを保てているのだろう。

 人の力で造った部分も確かにあるけれど、大半は自然に形作られている。市街地と離れ小島を水道橋が繋いでいて、その離れ小島は縦長のドーナツ形。

 その中心には浅瀬があり、その浅瀬には更に小さな小島がいくつもある。それぞれが独立しているのに壁となる部分もあるから、小さな演奏会や練習に困る事はなさそう。

 本島にある市街地を抜ければ城があり、その城の背面には聳え立つ山が。その山の中腹には、畜農を行えるような開けた平地が広く存在していた。

 港の他に海岸もあり、レジャーや観光をメインにしてもやって行けそうな場所。素直に……美しいと思う。

 音楽の都と呼ばれているけど、私には芸術の都と呼ぶにふさわしい気がするわ。そんな事を考えながら、見慣れない景色に心を奪われる。

 

 「スネイクと歩いてる気分だ」

 「航海士って、皆そんなもんよ」

 「それは違う!世界の航海士に謝れ!見てるだけで測量とか、スネイクが取り残されてる理由考えて謝って来い!」

 

 怒り出すその姿が何だか不思議。私は兎と亀の兎で、ざっと見て回ってるだけ。

 スネイクは細かい所も見ながら、スケッチしたり色々やってるのよ。そうなれば、同じ速度でなんて歩ける訳ないし、そこに加えてこれだけ色々あるのだから普通は観光しながらになるわ。

 

 「細かい所まで測量してたり、観光もしてるだけでしょ。イチイチ気にしないの」

 「え、俺がおかしいの?」

 

 そんな生産性の欠片もない会話をしながら、測量の片手間で観光して行く。城に戻れば、ウタには楽園だろうと思える設備と施設の数々。

 宝の山にしか見えないだろう大量の楽譜。その中に自分のそれが混ざっていて、気まずさでそそくさとその場を後にした私とは違い楽しそうに広げるウタ。

 どこかしこで歌声や演奏が響き、天気や食事の話をするように音楽の話をする人達。平和で優しい時間。

 歌の練習させてもらい、ダンスの特訓を受けて、その度に天才だと喜ばれるウタと、それを誇らしげにしているシャンクス。そんな二人を眺めながら、料理にしか興味を示さないルーと、楽器に食い付いて色々触らせてもらうパンチとモンスター。

 自由な皆と、楽しい時間。ログがたまるまではいるけど、そこから先についてはまだ何も決まってない。だからきっと、ウタが楽しんでくれてる間は、きっとこの島に留まるのだろう。

 船へと一人戻り、航海日誌を書いて、海図や地図を描いて、思い出した譜面を書いて、ウタの幸福を祈る。歌も踊りも、本来は祈りや願い、感謝を届けるためのものだから……きっとこの国は幸福が続くのだろうと船べりに肘を置いて笑っていると、肩を叩かれて驚いてしまった。

 一人だと思っていたのに、いつの間に来たのだろう。静かに見上げれば、スネイクが言う。

 

 「幸せか?」

 「ええ、ウタが笑ってるもの」

 

 端的な問い掛け。けれども、それは優しい。

 だからこそ、素直に答えられる。ウタが楽しそうにしているのを見ていられたら、その成長を見守れたら、私はきっとそれだけで満足してしまえる位には幸福。

 

 「……なら、このまま、正式に仲間として共に行かないか」

 「え?」

 「お頭からも、副船長からも話はあっただろ。そろそろ真剣に考えてくれても良い頃合だと思うがな」

 「断ったわ」

 「そうか、そうだよな。断ったよな……断った!?」

 

 一度は認めた様子だったのに、なんだと言うのかしら?

 意味がわからなくて首を傾げたら、スネイクが嫌そうに顔を歪める。元々良くは無い顔なのだから、やめた方がいいと思うのだけど。

 ベックマンさんやシャンクスのような女好きするようなタイプでは無いし、明らかなイケメンタイプでも無い。なのにどうして、そこから更に顔を歪めてレベルを下げてしまうのだろう。

 

 「……ナミ、お前今失礼な事考えなかったか?」

 「んぅ!?……別に?」

 「多少は見聞色の覇気使えるから、隠しても無駄だぞ」

 「分かるなら聞かないでよ」

 

 プイッと顔を背けたのは、罪悪感から。だってほら、確かに失礼な事考えてたし。

 でも、そんな私に溜息ひとつで許してくれるのは、大人の余裕だろう。でも、先程のそれをなあなあにはしてくれないらしい。

 

 「んで?何が不満で断ったんだよ。まさか……俺達が、怖いか?」

 「馬鹿ね。……本気で怖いとか考えてると思うの?」

 「ナミは、警戒心が高いようで低い。子供の見た目なのに、つい大人として扱っちまう。……そんな矛盾の塊だからこそ、読めないんだ。教えてくれ」

 

 真剣な顔と声に、その眼差しに、逃げる事ができなくなる。こんな所が、この船の男達の狡さよね。

 普段はおチャラけてる癖して、時にちゃんと大人になる。そのギャップで、私を含めた読者の心を弄んでるとしか考えられないわ。

 

 「ナミ?」

 

 優しく名を呼ぶ声。それに絆されそうになる。

 やっとの思いで、シャンクスのそれから逃げたのに、どうしてこう次から次へと。困った人達だわ。

 

 「私、海賊や盗賊とも何度も戦って来てて、赤髪の皆の事は心配したり守ったり、守られたりしてるわ。怖い訳無いじゃない」

 「……お頭に、襲われかけたろ」

 「ベックマンさんね?……今の身体では受け入れられないし、挿れる方も苦痛にしかならないもの、大丈夫よ。同じ年頃の少年達でも多分、双方痛いだけだわ」

 

 だからこそ、エースが危険なのよね。ちゃんとプロのお姉さんに抜いてもらったのかしら?

 発散させ損ねたとか言って、私にそれを向けられても困るのよ。それにしても、潮風が心地良いわね……。

 潮風に髪が靡く。前髪が目に入らないように気を付けつつ、漆黒の闇にしか見えない海と、宝石箱をひっくり返したような島を交互に見ていたら言葉が勝手にこぼれ落ちた。

 

 「私、守りたい人達がいるの」

 「ん?」

 「だから、強さも必要だけど……私の手は小さいから、その時に傍に居ないと守れないわ」

 

 掌を見詰めて、切なくなる。今よりはもう少し大きいだろうけれど、やはり小さなその手で、大切な人へ手を伸ばし……届かないままに喪う本来のナミちゃんの悲痛。

 大切な人や場所をこれ以上奪われたくないと、必死に足掻いても手も足も出なくて求めた助けが、トラウマとなる。目の前で傷付く大切な人を前に、孤独な戦いを決意したその気持ちが、分からない筈もない。

 だから私には、時間が足りないのよ。もっと強く、賢くならなければ、大切な人達を守りきれないもの。

 

 「いつ、必要になるか分かってるみたいだな」

 「え?」

 「時間的な焦りは見えても、家族の傍に居ない焦りは感じない。どうしてだ?」

 

 本当の意味で、馬鹿ならシャンクスの仲間にはなれない。だからこうした真面目な話の時、彼等はとても手強い存在となる。

 分かっているけど、何も言えないのよ。まさか、漫画で読んでたから知ってるのよ……なんて、言っても理解はされないし、漫画の説明から入らないといけなくなるもの。

 だから、フッと笑う。それだけで深追いしないと知っているから。

 

 「……前兆があるのよ。それをまだ発見してないから、今は私を鍛える時期」

 「成程な。なら、俺達も共にその守りたい人を守ってやると言ったら?」

 「その前兆が出た時、即座に私の守りたい人達を余す事無く守れるって言えるの?」

 

 真っ直ぐにその眼を見て問い掛ける。その瞬間、たじろいだのは間違いない。

 この世に絶対なんてものは存在しないから。それを知っているからだろう。

 苦しそうな顔を見せないで。悲しそうに見詰めないでよ。

 ……いじめるつもりなんてない。今すぐ謝ってしまいたくなる。

 でも、それはできないの。だって、私は決めてしまったから。

 ナミちゃんの人生を奪ったからには、ナミちゃんが愛した家族と村と村人は何があっても守るって。それに……私も、私自身として、愛しい人達を守りたいと思うの。

 

 「大切な人なの。……見返りを求めない愛情を、惜しみなく与えてくれるのよ」

 「ナミ……」

 「分かってるのっ!私の存在が、負担にしかなってない事はっ!!……それでも、傍にいたい。生きて、欲しいの」

 

 いつも、油断すると聞こえて来る怨嗟の声。お前のせいで、お前が産まれたから、だから……お前を愛した者達は全員死ぬのだと。覚えていない過去が追いかけて来る。

 そんな中で、どれ程奇行に走ろうとも、支えてくれる家族に。何かを作る度に喜び褒めてくれる人達に、私はただ生きて幸せでいて欲しいと願ってるだけ。

 

 「愛する人の幸福を願う事は、罪なの?」

 「……悪かった。譲れないものも、あるよな」

 

 卑怯だと分かってる。でも、瞳から涙を落とさないだけで今は精一杯。

 そんな私に、謝ってくれる大人の男。……なかなか、いないわよ、そんな存在。

 自分よりずっと幼い、しかも女に謝れる大人の男。希少種もいい所だわ。

 そう思ったからか、謝罪の言葉が勝手に落ちていく。心は凪いでいる。

 

 「ごめんね」

 「……そこまで愛せるとはな。お頭が足元にも及ばないとはなァ。ナミはお頭を良い男だと、思わないのか?」

 「へ?……世間的には、良い男なんじゃない?海賊じゃなければ」

 「………………男として、見た事あるか?」

 

 長い沈黙の後、返ってきた謎の言葉。何を聞かれているのかよく分からない。

 あの胸板が鍛え上げられた女のものとは思えないわ。それに、ウタの父親だって言ってるのに女としてはどうやっても見られないと思うのよ。

 

 「あるわよ。シャンクスは、明らかに男じゃない。え、そんなっ……まさか、シャンクスは女だったのにホルホルの力で男に!?」

 「いや!男だ!そこは安心していい!」

 

 返事を聞いて、良かった良かったと胸をなでおろしてから、なら何故そんな事を聞かれたのかと悩む。でもそんな私に困ったような顔をして、そうだ、ガキだった……なんて呟く相手にそれ以上何が言えるだろう。

 そんな夜をこえて、ウタが主役となる日を迎えた。拍手喝采で迎えられるウタを、誇らしく見詰める赤髪海賊団と私。

 これが、絶望へのカウントダウンだとは、この時誰にも分かっていなかった。未来を知る筈の私が、何も知らないままにいた罪が、罰となり降り注ごうとしていたのだという現実を分かっていなかったのだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。